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ははが病院に紹介状を持って診察を受けに行き、即日入院してから早6ヶ月。当初の診断では、胆管がんで患者であるははには、もちろん父にすら最短で桜の季節まで・・・???と次女の妹のみが余命を宣告されたことなど言えず三姉妹で苦悩した。看護師休職中の三女の妹はかかりつけの病院に行った直後から黄疸が出ていることで入院することになりそうだと、わかっていたようで悪いものでなければと心配していた。20年近く前に食道がんと診断され、胃の全摘、リンパの切除、脾臓?の摘出をしており当時、早期ではなく確実に完治は難しいかも?との旨を医師から告げられたのは父と私だった。食道がんからの再発もなく10年が過ぎ完治したと主治医からもお墨付きをいただいたのに・・・。今となっては、やっぱり定期的に検査を受けさせればよかったと後悔だけが残る。そんなこともあり手術も放射線療法も出来ないようで抗がん剤での様子を見てとのことだったようだが、副作用が厳しかったようで抗がん剤も打ちきられ緩和ケアのある病院に5月末に転院した。5月の桜の季節、一時帰宅をして帰宅の際に家路につくまでの道すがらで満開の桜を見たと喜ぶはは。6月、転院したものの、食事に細かい配慮がなされていて食欲も戻りつつあると喜ぶはは。7月、転院から2度目の帰宅?。韓流ドラマの虜のきっかけとなった、イ・ビョンホンssi主演のアイリスを必死に見ているはは。8月、お盆の私と孫娘達の帰省に会わせ、おそらく体調がよくないのに頑張って一時帰宅してくれたはは。次に私達が行けるのは、9月半ば過ぎかな?実家を後にする前に、ははは、自分のアクセサリーを見せながら形見分けのようなことを言った。自分の体調の変化や、今まで看取った身内の様子をわかっているかのように。親孝行も出来ず、近くにいることも出来ず・・・。 ごめんね。実家を後にした後、お盆の最終日の夕方にご先祖様のお墓参りに寄って 「もう少しだけお願いします。」 「連れて行かないで下さいt。」と仏様頼みをしてしまった。9月のははの誕生日、4人目の孫の12月の1歳の誕生日までファイティン
2010.08.16
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3年ぶりに待ちに待った小田さんのコンサートへ出かけた。還暦とは思えないほど、ますますパワフルな感じさえした。このひと月くらい、めちゃくちゃ落ち込んでひたすらこの日を励みにしていた。今まで何気なく聴いていた小田さんの詞が、どの曲もあまりにタイムリーだったりする。号泣してしまいそうだった。「愛の唄」は30年前の淡い思いと最近の現実が重なりたまらなかった。でも、この30年オフコースと小田さんのうたに支えられ日々を過ごしてきたことを生小田さんにあらためて感謝!感謝!である。盛岡のテーマ曲?(笑)「ダイジョウブ」も小田さんと観客で2回もうたってくれて感激だった。今回は2daysかなわなかったけど、私にとってファン歴30年目と結婚20周年目の節目の年であり、忘れることのできないコンサートになりそうである。帰路につき駅のホームに降りると間もなく日付が変わるところだった。シンデレラにはほど遠いおばさんは夢から現実へ戻る時間だった。それにしても、明日のご当地紀行が気になります。
2008.05.15
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流行語大賞も発表になり、今年は例年以上に紅白歌合戦が気になるこの季節。子供達に朝の登校準備をさせながら某国営放送の朝の番組をいつも のように見ていると「自己ベスト・2」が記録を樹立と放送していた。さすがに朝の連ドラは半年とは言えども反響の大きさを感じた。私は朝からテンション昼の民放で紅白の出場歌手発表を見て複雑な心境。ひそかに期待しながらも、やっぱりあるわけないじゃん! 「これが小田さんさ!」いぃんです。多くの小田ファンには、年末おだジャンボ宝くじとおだお年玉くじが待っているから。
2007.12.04
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朝からいい!私にとってはさみしい朝だったが、半分、思いがけずのチャンスだったので行ってしまった。もう、日が暮れてしまいそうな時間だったが。家族が一緒じゃこんなことはできないので。最近、ちょこちょこ盛岡に行く機会はあるもののほとんど岩手山を見られない天気ばかりだった。新幹線の車窓から見た景色は、まさに『どんど晴れ』だった。この半年「どんど晴れ」・と小田さんの・「ダイジョウブ」が毎日の元気の源だった。盛岡を離れて間もなく10年。故郷のよさを感じることができた半年でもあった。
2007.09.29
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夏の我が家の恒例行事。あいにく、天気にめぐまれず、ちょっと残念だったが…。天気が悪かったせいもあるのか涼しい高原でのコテージ泊まり。個人的には、なかなかオススメかも?
2007.08.10
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某国営放送の朝の連ドラのおかげで週7日のうち日曜を除いて、小田さんのうたごえに毎日の元気をいただいている今日この頃。この7月からは月9のドラマでも小田さんの曲が流れるそうで、番宣が始まるのが楽しみです
2007.06.29
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新年度を迎え、私にとって今朝から暫くの間ほぼ毎日、元気に過ごせる朝が始まった。待望の某国営放送の朝の連ドラ「どんど晴れ」何よりも大好きな小田さんの「ダイジョウブ」をほぼ毎日聴くことができ私と旦那の地元、盛岡が舞台で、ヒロインが娘と同じ名前でこれまたビックリ!ちなみに、その娘が生まれた年、朝の連ドラ「あぐり」にハマッテいたものだ。(あぐりにハマッタのも・・・・またの機会に)旦那の転勤で縁もゆかりもない秋田に越してから間もなく丸10年。雪の多さと厳しい寒さを比べたら盛岡に帰りたくないと思っていた。でも、ドラマで開運橋からの岩手山を見たら「ウルウル」だった。
2007.04.02
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毎年2月になると、テレビから横浜国際女子駅伝(?)の番宣が流れ始める。そして、私は思い出すことがある。1989年の2月26日を。前日の夜から親友と旦那と3人で川崎に一泊して、翌日は憧れの横浜見物。当時、横浜に住んでいた妹とその彼(?)に案内してもらい中華街で食事をして、元町の「You&I」や港の見える丘公園へ行き、記念撮影までして首都高で東京ドームへ行ったこと。おのぼりさんの私にとっては見るものすべてが驚きと感激だった。そして、その目的の最後には、かなしみが待っていた。東京ドームで感じた、あの何ともいえない感情・・・それは、まさに 「言葉にできない」だった。思いがけず、「こころは気まぐれ」のイントロが流れたときそれまで抑えていた感情は一気に涙になり親友と二人で泣いたっけ。「最後の最後まで今日のこと、そしてオフコースの4人をこの眼にやきつけ、記憶に留めよう」と同行した旦那のことなど気にするはずもなく、哀しくも最高の最後の一夜を楽しんだ。翌日は仕事だったため、余韻に浸りながらドームから東京駅のバスターミナルまで歩き、夜行バスで帰路についたが、車中では複雑な思いでなかなか眠れなかった。オフコースの5人それぞれが、今でも音楽活動をしておられることこのうえない、よろこびです。ちょっと、欲を言えば・・・またいつの日か・・・待ってます
2007.02.19
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ダメ元で、以前、旦那の名前を書きかけていた往復はがきを使って、スタレビの要さんのラジオの公開録音へはがきを投函した。なんと今回のゲストは・・・ジローさん投函後、数日して返信のはがきが届く。なんと、入場整理券。おまけに旦那も祝日の振り替え休日で世間の皆様と共に休日。今年の冬は暖冬だってのに、よりによって前日の天気予報で今日は荒れた天気になると言っていた。高速道で1時間ちょっとの横手とは言え、荒れた高速は、おっかない。前夜、興奮と少々のあきらめで、ちょっと飲み過ぎ結局、断念してしまった。全くもって、おばかなわたし・・・。
2007.02.12
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やってくれました都市対抗野球で数々の強敵を倒してTDKが優勝した。普段、スポーツには殆ど興味のない我が家の旦那も今日の試合は、気になったらしく一家でテレビ観戦。試合の行方に一喜一憂。アマチュアスポーツ、俄ではあるが地元のチームにこれ程までに声援の送ったのは、私と旦那にとっては新日鐵釜石以来かも。東北のスポーツは、まだまだ限られた地域のみだけ振興しているような気がする。地元にいながら声援しか送れないのがもどかしい。久々に一家で熱くなった。 優勝 おめでとうございます。
2006.09.05
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今年はWBCで盛り上がってから、久々に野球の面白さを感じていた。今年の高校野球も最後まで目の離せない試合が多くて連日、テレビ観戦の日々だった。そして、都市対抗野球、東北代表、秋田のチームがなんと決勝進出!正直、ビックリ!もちろん、応援させて頂きますガンバレ!TDK
2006.09.04
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今年の夏は、久々に夏の高校野球にかじりつき。1回戦から、目の離せない好カードがあったりして無意識に野球中継を見ている毎日。そんなある日のこと。テレビの画面に出ていた解説者の名前。「バンビくん」こと甲子園のアイドルだったあの方だった。私が中学時代?下敷き代わりに使っていたカードケースの中にセブンティーンなどの切り抜きを入れて応援していたものだった。余談になるが高校野球の選手で夢中になったのは「牛島くん」と「バンビくん」。その流れと小田和正氏つながりで星野さん、田尾さんもご贔屓の選手になり中日ドラゴンズを応援していた時期もあった。今年の高校野球は、最後の最後まで目の離せない試合が多くてハラハラ・ドキドキの連続である。「息子が高校生になったこともあるのかな?」とちょっと思ってみたりして。それにしても今日の決勝戦、両校15回まで本当に頑張っていた。これ程の試合を見せてくれる両校に優勝させてあげたい気持ちになった。休養日もなく明日の試合に臨む駒苫・早実共に全力でけっぱれ~!(でも、心情としては、優勝旗を北の地に・・・)
2006.08.20
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今日から例年より少し早い、ささやかな家族旅行。旦那の仕事の関係で、お盆前に連休なんて初めてのこと。ダメもとで提案した仙台七夕。(私には七夕がらみのイベントが最大の目的)諸般の事情もあり連休は今週でなければとれないこともあり、思いがけず仙台行きが決定した。久々の仙台七夕、最終日で以前訪れた時とは比べものにならないほどの人の多さ。七夕を見物して、息子の買い物に付き合い、夕飯を食べようとしたが、私の目的達成のためにはゆっくり夕飯を食べている時間もなく、某ハンバーガーショップで腹ごしらえ。仙台まで来て「ありえない!!」と言いたいところだったが・・・。「おまえのせいで・・・」と4人から集中口撃を受けるのは私なので「グッ」と我慢。目的のイベント会場へ向かう足取りは靴擦れで少々痛かったが、心は躍っていた。予定の時間より少し早く会場へ到着。少しでも近くで生の歌を聴こうと娘を道連れにおばちゃんパワー全開。いよいよ、長年、待ちこがれたS・O・Sの生のライブ短時間ではあったが、個人的に好きな曲を沢山聴かせてくれて私にとっては今年最大の思い出になりそうである。タケさんのパワフル且つ艶っぽい歌唱力(赤いシャツがまたセクシ~)コウイチロウさんの繊細ながらもピリッと締めてるメロディーコウヘイさんの3兄に欠かせない力強いリズムパートそして、3人のハモり私の次の密かな野望!S・O・Sの単独ライブ観るぞ~!
2006.08.08
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春先に送った親友へのメール。返信がなかった。いつも長期の連休にはご主人の実家へ帰省しているので、彼女にとってはいつものように気の重い連休では?と2、3日前にメールを送った。返事がなかったので、どうしたことやらと心配になっていた。今日、メールが届き、今日からご主人の実家へ帰省とのこと。ホッとしたのもつかの間、メールの続きに、この数ヶ月病気で入院していたこと、きっと、女性にとって苦渋の決断となる選択をしたことが記されていた。私なんかには計り知れないほどの葛藤があったに違いない。私の母も同じ病気だったので、つい自分のことに置き換えて考えてしまう。彼女の子供さんもまだ小学校の半ばと、ぴかぴかの1年生。 「元気だから心配しないでね。」とメールの最後に記された言葉。これからの何年間、心の何処かで不安や心配が離れないことも時にはあるかもしれない。私じゃ、何の力にもなってあげられないけど・・・。 「無理せず、自分のペースで、ファイト!だよ。次の小田さんのコンサートと、互いにいまだ観たことのないスマップのコンサート、子育て一段落したら一緒に旅行へ行く約束・・・いっぱいいっぱい楽しみにしてる約束あるからね。」遠くにいるけど、 ♪~忘れないでどんな時も いつもそばにいるから~♪ 早く心から笑える日がくること祈ってます。
2006.05.05
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平成2年、我が家に生まれた第1子。旦那も私も幼少時代、背丈が小さかったこともあり、息子の誕生の際も2700g代だった。今でもクラスメートの中では小さい方であるが、少し前に私の背丈を追い越し、間もなく旦那の背丈も体重も追い越そうかという勢いでただいま成長中!旦那の転勤で3度の転校を経験し、この数年は親に悪態をつき、友人とのトラブルで何度か親も青くなることがあったが、何とか無事に卒業の日を迎えることが出来た。高校受験が迫ってきているにもかかわらず、マイペースだった君。この3年間は、ひたすらテニス一筋だったね。親としてはその気持ちを、少しは勉学のほうに傾けてくれたらと思ったものだった。勉学はワーストに近かったが・・・(涙)中学で親友を得ることができたのか?わからないが、きっと中学時代の2度の転校で多くの友達と出会うことが出来たと、いつか思える日が来ると思っているよ。勉学は正直、自慢できない、ははであるが友達の大切さは唯一の自慢の種かも。卒業式を迎えたものの、受験の結果発表までこの数日、複雑な心境で過ごす日々。3度目の受験も否定できないようですが、はめをはずさない程度にこの数日、親友との楽しい思い出が出来るといいね。 まずは ~ 卒業、おめでとう。 ~
2006.03.10
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午後から、4月から入学する養護学校の体験入学と説明会があり子供と共に学校を訪ねた。入学を決めるまで、何度も学校を訪ねていることもあり娘も臆することなく初対面の先生方と体験入学を楽しんでいたようだった。学校の説明会を聞いてからと思い、間もなく3月というのにまだランドセルを買っていなかった。上の子供達のときも、結局3月に近かったような?最近、買い物に出かけても、娘は行きなれた店の何処に遊び場や自分の興味の場所があるか把握してきたようでなかなか、こちらの思いどおりにならず、娘が癇癪を起こして奇声を発しないうちに・・・と店を後にする。そんなこともありランドセルもゆっくりと見る機会がなかった。さすがに3月が近いこともこともあり以前より数も少なくなっていた。私や旦那の実家の地元のカバン店の系列の販売店を覘いてみると小さな娘の体格に合った軽量ランドセルがそこそこ並んでいた。娘が生まれた時の体重よりも軽い700g台のものもあり、重さを確かめながら800gのランドセルを持って 「こんなに軽かったんだぁ~」と娘の生まれた時のことを思い出してしそうになってしまう。店員さんのすすめで「天使のはね」とやらのランドセルを娘に背負わせてみると体にぴったりフィットしていた。ランドセルに背負われる姿を想像していたが、意外とさまになるもんだ。旦那は即決私は娘は大そう気に入ったらしく家に帰ってから寝るまで何度も自分でランドセルを背負ったり下ろしたりしていた。自分で出来るのか心配していたが、取り越し苦労だったようだ。親の心配をよそに、出来ることも少しずつふえてきた。もうすぐ、卒園式。卒園証書を受け取る際に大きな声で 「 は い 」と言えたらちちもははもそれだけで嬉しいよ
2006.02.22
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インターホンがなりメール便が届いた。配達してくれた人が「大事な書類のようなんで」とポストインせずに手渡しで届けてくれた。A4サイズの封筒、いったい何かと思えば県からの就学通知書だった。上の子供達が小学校へ入学する際には、市の教育委員会からのはがき1枚の通知書だった。娘2号の入学先はかなり悩み、養護学校へ入学することにした。封筒の中身は書類1枚の通知書だったが県の教育委員会からである。数週間前に訓練先の園長先生に久々にお目にかかり、以前私が就学のことで相談にのって頂きたいことを話していたので気にかけて下さっていたようだった。養護学校へ入学させることをお話しすると最近の幼稚園での娘の様子もご存知だったようで力強い言葉をいただき、正直また心が揺らいでしまった。「もっと、じっくりと時間をかけて多くの先生方に意見を聞くべきだったのかも?」と後悔もしてみたりする。これからの12年間、いずれは養護学校で学ぶ日が来るはずである。この先に、娘が笑顔で楽しくゆっくりでも成長していけることをちちも、ははも願ってるよ。今はまだ、これでよかったんだ!と正直、言いきれないけど。いつの日か、きっと・・・。
2006.02.04
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今週は週明けから、我が家にとっては初体験の連続!月曜日は息子の初めての受験。息子の名誉のため、とても皆様に明かすことの出来ないエピソードもあったようですが・・・。担任からは、専願で受験科目の少ない私立高を強く勧められたが2度3度の面談で、旦那が併願を宣言してきたらしい。我が家から天気さえよければ自転車で通える距離の高校は3校もある。徒歩5分くらいで通学できる高校だってある。息子や旦那は私の愚痴に機嫌を損ねるが 「だからあれほど言ったじゃないの!!」勉強が嫌いなら親に負担をかけずに親孝行してくれたらいいのに。初の受験が終わってヤレヤレと思っていたら息子の担任から電話。朝の9時前から電話があり、熱があるので帰宅させるとのこと。咳はしていたもの体調不調を訴えることもなくいつものように登校して行ったのに。帰宅後すぐに近所の内科に診察に行かせると、なんと我が家初のインフルエンザと診断されてきた。噂のタミフルも処方され、我が家にとってはこれから暫くインフルエンザ警戒中の日々になりそうである。
2006.02.01
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実家の母に、録画を頼んだ「クリスマスの約束」岩手では、先週15日に放送だったので母に録画を頼んだがいまいち、ビデオを使いこなせていない64歳。当日、Gコードで予約できなかったので、知人のご自宅で録画をしていただけることを連絡してきてから音さたがなかった。「きっと、私のところに連絡しずらい事態になったに違いない。」半ばあきらめていた。久々に出先から電話があり、恐る恐る諦め半分で聞いてみた。「ところで、小田さんのビデオ。だめだったの?」あまりに思いがけない母の言葉に驚いた。「録画していただいたビデオ、しっかり観たよ。 とってもよかったから、お友達のKちゃんにみせてから送るから。」と、思いがけない母の言葉に次の瞬間、私の口からこんな言葉が出ていた。「小田さんのコンサート、生で観たくなったでしょ?」「次は是非、行きたいね。」次回、小田さんのコンサートの際には親友と母と一緒に行ける楽しみができた。でも、クリ約のビデオ、いつになったら届くことやら?
2006.01.21
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旦那の仕事の関係で、お盆はもちろん、年末年始もない 我が家。 元旦からの出勤になって5度目も正月だろうか? スーパーも元旦営業のところが増えてきたので私にとっては 正月の準備も年々、どうでもよくなってきた。 子供達は冬休み、毎日雪で出掛ける気にもならずひたすら ゴロゴロ。 やっと、旦那の正月休みになり温泉に行きたがる旦那と子供達。 もちろん私だって行きたい。 「でもね~・・・」 懐具合がわかっているだけに簡単に賛成が出来ないつらさ。 旦那の半ば泣き落とし戦術に根負けで、楽天さんのお勧め 温泉をさがしあて、はるばる山形・湯の浜温泉へ一泊。 海老と蟹でおなかがいっぱいになり、値段の割には けっこう満足だった。 それにしても、同じ日本海側なのに道路に雪がないことに 驚いた。もちろん歩道や路肩にはけっこう雪があったが。 帰路、自宅までの距離が短くなるほど雪の量が増えてゆく。 やれやれ、明日から上の子達は学校だ。 また、朝から忙しい毎日かぁ~。 これから、春まで入試、卒園、卒業とバタバタだ。 我が家の春は一段と遠そうである。
2006.01.12
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幼稚園入園から、早8ヶ月。最初で最後の、舞台になるクリスマス礼拝。無宗教の我が家だが、娘の幼稚園は礼拝のある園で他の園なら、言わばクリスマス会やお遊戯会といったところか。子供達が聖書を暗記して読み上げたり、お遊戯したり、聖劇なるものを演じたりで感動ものだった。我が娘、相変わらず言葉のでない毎日で台詞を持ち帰った時にはお友達と一緒だとは言え台詞つきの役で、親としてはどうなることかと、ドキドキものだった。いざ本番、入園前から仲良くしてくれているお友達に手を引かれやっぱり何も言わなかったが、金色の星のついた棒を片手に、星の大役?をはたすことができた。何よりびっくりしたのが、礼拝が始まって間もなく年少から年長までの園児全員でクリスマスの歌を歌っていた時のこと。私は自分の目を疑った。最近、歳のせいか視力の低下を感じることが多くなった。目をこすってもう一度娘を見ていると、旦那も同じことを思ったらしい。 「歌ってる!口が動いてる!」旦那とふたりで顔を見合わせ同じことを言っていた。間近で観ていたわけではなかったがしっかり口を開けていた。きっと、音は出ていなかったのだろうが、気持ちよく歌っていたに違いない。家では、絶対に見せない姿に親馬鹿であるが 「大変、よくできました」
2005.12.15
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テレビで小田さんのCM(トヨタ・アリオン)が流れるようになって、どうやら週末からの土・日・月は要チェックDAYのような気がしてきた。あくまでも私の勝手な思い込みだが・・。この週末は、小田さんのCM 「見てないなぁ~」 「もうじき、クリ約の埼玉だもんなぁ~」 「もう、キャンペーンも終わった?CMも終わったのかな?」と思いながら「素敵な宇宙船、地球号」を見ていたら今週も小田さんの笑顔を1度は拝見でき 「ほっ」とする。私の住むところ、どうやら日本で唯一、TBSのキー局がないところ今年も隣県の実家か、友人に頼んで見せてもらうことになりそうだ。もうすぐ、12月。個人的な楽しみで今年も 「君にメリークリスマス」のジャケットを飾り 「クリスマスDAY」と「君にメリークリスマス」を聴きながら日々を過ごすつもりである。
2005.11.27
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12日の夕日。年に数度しかおがめない最高の夕日。日没までのわずか1時間足らずの時間だったが最近の私にとってはいつもにまして癒しタイムとなりました。
2005.10.18
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昨年あたりから、我が家から程近い海岸沿いの防風林の松の木たち、松くい虫とやらにやられてしまったらしく、茶色く枯れてしまい無残な姿になっていた。今年になってから地元の企業を中心に植樹の活動を目にすることがあり機会があったら参加してみたいと思っていた。今日は幼稚園の園外活動で我が家もよく行く海水浴場の近くの松林に植樹体験で私もおともした。男鹿で大事に育てられた柏の苗木は娘と同じようにちっちゃな苗木だった。植樹の仕方の説明を聞いて、いざ場所をさがす。時々、散歩がてら様子を見に行ってわかりやすいところと思い、はじっこの日当たりも風当たりもいいところをあえて選んだ。娘のこれからの人生、きっと日本海の冬の海のような荒波を乗り越えなければならないことが何度もあることだろう。けれど、「負けずに大地に根を張ってゆっくりと大きくなぁ~れ」娘への思いと柏の苗木に思いを込めしっかり植えてきた。娘が二十歳を迎える頃、大きくなってくれることを願いながら。
2005.10.14
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最近、虫歯があちこち疼きだし、この数日、のたうちまわっている私。味覚の秋だってのに、食べたいものも横目で見ている毎日。家族からは「いいダイエットになるんじゃないの~」なんていやみなことを言われさんざん!そんなこんなで、虫歯をだましだまし夕飯を食べていた。 「おや?小田さんの歌がテレビから・・・」ってことは、久々にコマーシャルで小田さんの曲をちょこちょこ聴けるとニヤケながら振り返ってテレビの画面に目をやると、そこには・・・ 「小田さんが・・・」何と小田さんがコマーシャルに出ている!!!思わず叫んでしまった。 「きた~あ~」旦那は私が次に何を言い出すか「ピン」ときたらしく 「俺はアリオンはほしくないから!」と釘をさされた。今なら、勢いで「車、買ってもいいよ!アリオンなら!」なんて言ってしまいそうな、おばかな私なのでした。 「あぶない!あぶない!」
2005.10.12
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私の地域でも昨年から小中学校が2学期制になり、子供達は喜んでいるが親にとっては、ちょっとね~。ただでさえ数日前から歯が痛くて最悪な毎日なのに毎日、兄妹げんか 「いいかげんにしやがれ!」堪忍袋がいくつあっても足りないほどである。秋休み最終日、旦那の休みをいいことに、旦那を 「紅葉の季節だね~」と焚き付けて遠出をさせる作戦成功!数日前から、栗駒山近辺の紅葉をテレビや新聞で見ていたので 「今しかない!」といざ出発。相変わらず山道に弱い息子の顔色は悪かったが、山の景色は好天の青空だったこともあり最高の色。錦絵とはこのことか?今までに見た紅葉の中では最高の紅葉と言えるほどだった。夢中で紅葉をカメラにおさめている旦那。岩魚の塩焼きにかぶりつき満足かと思えば、草餅までも食べていた食い気の我が家の3兄妹。どいつもこいつも、お気楽です。わたしゃ、このまま温泉につかって2、3日お暇がほし~わ~。ありえな~い。明日から、またため息の毎日。ト・ホ・ホ。
2005.10.11
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幼稚園、入園から間もなく丸5ヶ月。やっと入園したと「ホッ」とした直後から、いろいろな方から来春の就学のことをたずねられることが多くなっていた。1学期の間に幸い、就学先として考えている学校2ヶ所を見学することができたものの未だ私も旦那も迷っている。そんなこともあり、相談機関を紹介されてはいたが、思い悩んでいた。思いがけず今日、相談機関の先生とお目にかかれる機会があり、お話することができ、のんびりしていられないことを実感した。でも・・・娘自身の希望を確かめることもできず親としても天秤状態で悩んでます。
2005.08.30
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1週間前から上の子供達が私の祖母の家に泊まりに行っていた為、子供達を駅に迎えに行く時間の関係で、いつもより早く県民会館へ到着した。「何年ぶりかな?」開場前に会館へ到着するなんて。30分足らずの時間がやたらと長く感じられた。開場してから、何年ぶりかでオフコースファン時代からの友人と再会。開演ギリギリ近くまで積もる話をして、自分の席に行ってみる。チケットが届いた時、12列の中間の席で「ラッキー!」と喜んでいたが席についてビックリ!まさに花道のステージのど真ん中の席でそこから3列後ろの席だった。友人曰く「いい席だと思ってたのにこんなに近い席で、鳥肌が出そう。」私ですら、「人生の運を使い果たしてコンサートが終わってから無事に帰宅できるのか?」と心配するほどだった。旦那は数日前にまさに厄年に突入したので最近、結構用心深い私。どうやら、私の現在住んでいる街は、昨年放送された「クリ約」を放送していたキー局の系列局が唯一ないところらしい。そんなこともあり、今回の小田さんのツアーが発表されたとき東北では仙台のみの公演だったので、個人的にはかなりくさっていた。後日、追加のスケジュールが発表され、盛岡も入っていたのでホッとした。平日!夏休み中!私にとっては子守りを頼める最高のチャンスである。盛岡とはいえ、今回は公演会場も限られているようなのでチケットが届くまでは、安心できなかった。だから、なおさら今回は特別な思いで「小田さんに見捨てられずにすんだ」約3時間、「小田さん大丈夫かな?」とこちらが心配になるほど満足させていただきました。やはり、あの曲と、あの曲で私の涙腺は緩み止まらなかった。
2005.08.11
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築40数年の私の祖母の家。酒店を営んでいることもあり、1階の居住空間が殆どない状態だった。家に住んでいる者も、来客もゆっくりできる家ではなかった。今年の初夏から、1階部分のリホームが始まった。祖母と同居している私の母にとっては、念願であったが、家の主の祖母にとっては、かなり複雑な心境だったらしい。リホーム工事が始まって母から、ちょこちょこ電話があり「夏休みまでには完成する予定だから、夏休みになったら遊びにおいで。」と孫である私の子供達に話していた。夏休みに入ったものの、子供達をどんな手段で秋田から岩手の宮古まで送り届けるか?毎年悩みのタネである。次女の夏休み中の病院や訓練も一段落したが肝心の旦那の休みや竿灯祭りのことも考慮して、懐はかなり痛いが”こまち”で子供3人と実家盛岡まで贅沢なお出掛けをすることになった。一番心配だったのは、次女が盛岡までおとなしく座席に着いていてくれるかだった。座席の隣は、見ず知らずのおば様だったこともあり緊張していたようで何とか盛岡まで持ちこたえてくれた。駅のホームから下の階へ降りようとエスカレーターに乗り下り始めると頭の上のほうから母が手を振っていた。下の階でおよそ4ヶ月ぶりで再会して、駅ビルの地下で食事をして、上の子2人を母に預け次女に悟られぬよう別れた。その後、何年ぶりか思い出せないほど、久々の「フェザン」の中を歩いたが子連れの私は、居心地が悪くてさっさと駅の構内へ脱出した。最近は、郊外のショッピングセンター専門だからね~。 「へっ!どうせ3児の子持ち!40のばばあだよ!」1週間くらい前に改装されたらしい駅の構内を歩いていると学生時代よく出かけていた書店がテナントで入っていた。懐かしく思いながら書店の店先の本を見ていたら 「この角を曲がれば」というタイトルが目に入り、気になって本をめくってみた。懐かしい盛岡の町並みの写真集。取り分け我が家の旦那にとっては子供時代、よく見ていた風景に違いないはずだと思い、少し高かったが誕生日プレゼントにした。先日、映画館で観た「マラソン」の原作手記の「走れ、ヒョンジン!」もエンドにあったので迷わず購入した。こまちの時間を確認しに行くと30分足らずで出発、座席も何とか確保できたので、盛岡到着から、わずか2時間足らずであったが秋田にとんぼ返りの贅沢な旅を楽しんだ。帰りは少し、次女のご機嫌をとるのに苦労したが、「これくらいなら何とかなるかな?」と少し自信を持つことができた。旦那に駅に迎えに来てもらい、3人で竿灯祭りを観に行った。こちらに越してきてから、8回目の竿灯になるが、毎年1日は足を運んでしまうほど好きなお祭りである。普段は、盛岡まで車で出かける我が家であるが、今年の夏は、子供達にとって思い出に残る夏休みになってくれればと願う”はは”である。
2005.08.04
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今日は、夏休みのサマープログラム、3日目。今回のプログラムの4回のうち唯一、園外でのプール経験の日で次女の来年の就学先のひとつに考えている養護学校でのプールだった。屋内のプールで、娘にとっては幼稚園に入園するまでプールに入ったことも無く、まして「娘にとってこれほどのプールは、はじめてじゃん!」先生方やボランティアのお兄さん、お姉さんがついてくださるので殆どのお母さん方はプールサイドで汗かきながら、見学状態。今日も暑い一日で、屋内プールとはいえお日様サンサンのプールで思わず飛び込んでしまいたくなりそうだった。「どうなることか?」と心配していたが、小さい子供用のプールで怖がりもせず、午前中、満喫して自宅へ帰る。家では、夏休みで退屈しているお姉ちゃんと最近ちょっとお疲れ気味の旦那と、旦那に説教され、しょ気た兄ちゃんが3人で暑さにだれていた。風通の悪い我が家。こんな日は、家から脱出に限る。家から車で20分くらいのところに2ヶ所ほど海水浴場があるが、旦那も私も子供と一緒に海に「ドブ~ン」という体調ではなかったので、磯遊びも出来る男鹿近辺の海岸へ娘2人を連れ出かけた。息子は、一応受験生なので静かなエアコンの効いた部屋で勉強に集中してもらおうか?と・・・。誰もいない家で実ははね伸ばしてることは私自身がよくわかっているが。海岸へ到着。娘たちは各自浮き輪を持って興奮状態。暑さに耐えかねたのか旦那も海パンはいて3人で遠浅の海に「レッツゴー!」いつの間にか、次女は浮き輪の穴の中に背を持たれかけ足をバタバタさせて嬉しそうにしていた。休憩に戻ってきた旦那「俺が言葉で教えても通じないけど、お姉ちゃんの実演のほうが、ずっとわかりやすいようですぐに足をバタバタさせ始めたんだから」親にもなしえない事、またきょうだいの有難みを思い知らされた。
2005.08.01
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久々の小田さんのコンサートツアーが発表された際、自分の住んでいるところから最短の距離で行けるところは仙台だった。私にとっては、ちょっと遠く、チケット取るのはかなり厳しい仙台である。おまけに9月は子供の運動会シーズンで子守りを頼みたい旦那は世間一般の人達が休みの日には忙しい職種。私と同じくオフコースと共に青春時代を過ごして来た高校時代からの親友も旦那様の転勤で仙台まではちょっと厳しい様子。ふたりとも「今回は残念!だね~」と諦めていた。後日のスケジュールを見て「小田さん、ありがとう。」感謝!感謝! 私にとっては思いがけずの平日、親友と私の実家がある盛岡でのコンサート「小田さんに見捨てられなかった」とホッとした。チケットが届くまでは安心できずいたが今日やっとチケットが届きホッと胸をなで下ろした。♪も~い~くつ寝ると~♪久々に子供のように指折り数えてワクワクの日々を過ごせそうである。
2005.07.11
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のんびりやの私でも、歳を重ねるにつれ何だか気忙しくなってきたような気がする。私の母方の祖母も気忙しく、実家の母も、大病で数ヶ月間、闘病生活をしてから人生観が変わったようで、私にとっては、せわしない「おかーあちゃん」になってしまった。旦那曰く、「おばーちゃんや、おかーあさんに似てるんだよ!」私としては、嬉しいやら、悲しいやら。この春から、幼稚園・小・中学校と子供達が日中、自宅にいなくなったものの私も幼稚園に親子で登園の毎日。今週は、火曜日 幼稚園の遠足でお弁当作り 水曜日 中学校の修学旅行でお弁当作り 木曜日 幼稚園の午後から作業療法 土曜日 小学校の運動会ありがとさんよ!だんご三兄妹!この1週間、乗りきれるか少々心配なははでした。
2005.05.16
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入園式から、今日で5日目の「登園」のはずが・・・きのう、幼稚園から帰ってくると、やたらとあくびやくしゃみを繰り返していた。私も、例年なら雑草系の花粉の季節に鼻水、くしゃみ、目の周りが腫れぼったくなったりするが、どうやら今年は、スギ花粉なのか早々といつもの症状が出てきて4月に入った途端、鼻の周りは大変なことになっている。「鼻水タラリ~ン」そんなこんなで、娘も「もしや?花粉症!」と思っていたら、夕方から目がウルウルしはじめていた。「やばい!熱かも」おでこに手を当てると「あっちっち」「体温計で、お熱はかる?」素直に脇の下を指さす娘。このゼスチャーが出たら、本人にとっては、けっこうしんどい時らしい。熱を測ると38度6分。しんどいはずだ。どおりで昼食の好物の麺類にも殆ど手をつけなかったわけだ。今朝になっても熱は下がっていなかったので、お休み。無理もない。今まで殆ど温室生活していたようなものだから。時々、療育や訓練、病院で週の何日か出掛ける程度だった。当分の間、親子で登園のため、歩きで登園することになり、ママチャリを購入して娘と二人乗り、きのうは小雨模様で、時間的にもほんの少しだけ家を出られたので傘をさして、長靴はいてちょっと寒そうだったが、ごきげん。いつもなら、週に何度か遅番出勤の旦那、こんな時に限って通常出勤。入園からほどなく、お休みすることになることは予想していたが、意外と早くその日がやってきた。病院へ行っても、混んでいる時は、機嫌が悪くなってしまうため車のなかで待機しなければならず、病院へ行くのも考え物である。そんなこんなで、今日は様子見で1日過ごした。夕方には熱は37度後半まで下がったので明日の朝まで様子を見ることにした。明日は、なんと娘の家庭訪問。ひ~いぇ~。
2005.04.14
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のんのが生まれて、長かったような、短かったような、あっという間の5年がいつの間にか過ぎてしまった。5歳にして、やっと、1年だけ幼稚園生活を迎えることができた。まだまだ、ブカブカの園服で年少さんのような娘。普段から、笑うと細くなる、ちち譲りのお目々は、朝から、ご機嫌で細くなりっぱなしで笑顔全快!相変わらず、まだまだ、お話しできず、ムーニーマンのお世話になり、日常生活もほとんど手助けが必要で親としても不安や心配は尽きないが、先生方やお友達にたすけて頂きながら、いろんなことを経験して、のんののペースで楽しくゆっくりと成長してくれたらと、ちちとはは、は願っているよ。
2005.04.09
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2、3日前の地元紙夕刊で、山形県酒田市美術館で藤代清治さんの作品展が開催されていることを知り、とても行ってみたくなった。幸い今日が、こんな時期にしては珍しく旦那の仕事も休み、子供達も春休みをいいことに旦那にリクエストして昼近くから一家で出掛けた。快晴ではなかったが、ほどほどの天気で、暖かな気温だったこともあり写真好きの旦那も意外に乗り気で内心、「ほっと」した。約1年ぶりの山形。酒田に住んでいたわけではないが、山形というだけでなんだか懐かしい気分になった。まずは、山居倉庫に寄ってみる。(旦那のリクエスト)趣のある倉庫、景色、生命力のすごさを感じる樹木に素晴らしさを感じた。限定個数の販売の大福を7個買ったが、あまりのおいしさに、往復の間に食べ尽くしてしまった。私のお目当ての酒田市美術館に到着。家族5人で拝見。「素晴らしい」の一言に尽きるようだった。
2005.04.02
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夕飯の準備で忙しい時間、電話のベルが鳴る。子機を持って息子が「ばあちゃんから・・・」 「この忙しい時間に?」と思いながら 密かに、「食材が送られて来るのでは?」と期待する私。 私: 「もしも~し、?」 母: 「今日からビョンホさんのドラマ、BSで始まるから録画しといて頂戴! 私: 「DVDに録画できる空きがないかも・・・」 母: 「でも、録画しといて!」 そう私に告げると、さっさと電話は切れてしまった。 そうなんです! 我が家のははも実は韓流ファンになっておりました。 その娘の私も、去年の暮れの冬ソナで最近、韓流ドラマに(ヨン様、ジウ姫) ハマリつつあります。 3姉妹の長女でありながら、若気の至りで両親のことなど考えることもなく 長男の旦那と入籍のみで結婚した私。 両家にとって、我が家の子供達3人は唯一の孫である。 ただでさえ、じじばばにとっては、孫は特別なものであるらしい。 なかでも、我が家の3番目の子である次女は、私のははにとって、言葉にこそ 出さないが、心配をかけていることが、ひしひしと伝わってくる。 せめて、韓国旅行でもプレゼントできればいいものの、専業主婦の私には無理なこと。 お金のかからない、私なりのプレゼントは、今のところ、「録画」くらいしか 親孝行できないのかも。
2005.03.14
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きのうの桃の節句は、せめて炊き込みご飯でもと、予定していたが予想外におととい実家から生ものオンパレードの宅急便が届いた。予定変更で今日、炊き込みご飯の準備をして炊飯器のスイッチを入れご飯の炊けるのを待っていた。凹み その1ケータイに、メールが届く。旦那からの帰るコールならぬ帰るメールもほぼ同じ時間に届く。旦那のメールは後回しで、先着の小田さんのサイトのメールをチェックする。 「やった~!いよいよ、ツアー始まるぞ。」はやる気持ちで、コンサートの専用ページにリンクしてみる。 「私の実家のある県外なら絶対やってくれるはず!」甘かった!今回はどうやら、大都市の大きな会場のみのコンサートになる様子。しかも、仙台。 仕事柄、平日休みの旦那に休みを取ってもらうにはかなり厳しい土・日 9月と言ったら、私の住んでいる地域では、幼稚園の運動会の時期 いちかばちかチケット押さえるにも仙台は高倍率なのに・・・。TBSのキー局がないこの県、おかげで去年は小田さんとご縁のない年だった。今年も、コンサートへ行くこともできず終わってしまう?小田さんが、だんだん遠い人になっていく。前回のツアーの時のように体調崩されたら心配だし、年齢的なこと考えたらファンとしては、納得せざるを得ないことなのかも・・・と複雑な心境。ギリギリまでチケット確保に頑張るぞ!凹みその2夕飯の準備が遅い日に、時々旦那は早く帰ってくる。炊き込みご飯が炊きあがる前に帰ってきたので、暫く待ってもらった。やっと、準備ができ、炊飯器のフタを開けシャモジでご飯をかき混ぜる。 「ちょっと、パラパラしてんじゃん!」混ぜても、混ぜても、妙な感じ。 「味見でもしてみようかな?」 「うわ~!炊けてない!ゲロまず!!」久々に、やってしまった。何と、炊飯器の設定を炊き込みご飯モードに変更してなかった。お腹がすいていた 次女はひたすらバクついていたが、お腹を壊したらかわいそうなので強制撤収!。
2005.03.04
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近頃、なさけないことに、めっきり我が身のガタを実感してしまい療育や訓練、病院、買い物以外はほとんど家の中で過ごしている。こんなことじゃいけないと思いながらも結局は、毎日テレビやDVDのお世話になってしまう。去年の年明けにビデオが壊れてしまい、それを機に子供達専用の再生のみDVDを購入した。暫く、使えると思っていたのに・・・。突然、動かなくなってしまった。旦那曰く、「毎日朝から夜寝るまで、お嬢の気まぐれにお付きあいだもんなぁ~。お疲れさんだよ」とまるで自分とダブらせるかのような実感のこもった言葉。私は心の中で思いっきり「私はど~よ!へっ!」と叫んでしまった。当の本人、とても悲しげな顔で、黙りこくっている。はは:「きかいさん、疲れて、いたい、いたいになっちゃんだって。」ちち:「あしたから、お医者さんで、もしもしして、チクしてもらうからね。」とにかく、デッキがただ事ではないことをわかってもらうために人間の体の不調に例えて次から次としゃべりまくる私と旦那。とりあえず、デッキが所定の位置からはずされ見られなくなったことは実感したようだった。明日の朝、旦那が出勤するときに、もう一度デッキにバイバイさせねば。明日から、どうなることやら・・・。
2005.02.20
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いつものように、今日も新聞のテレビ欄に真っ先に目をやった。「今日は、土曜日だから、僕らの音楽の日だなぁ~♪」目に飛び込んできたのは、N・S・Pの文字。思わず目をこすり、じっくりと新聞に目をやる。「間違いない!」懐かしすぎ!しかもほぼ、全国ネットの番組に出演とは、正直言ってびっくりしてしまった。さかのぼること今から27~8年前、当時中学生だった私は彼らと同郷だったこともあり、地元のラジオ局から流れる彼らの曲にのめり込み、ファンクラブに入会し、部屋にはポスターを貼っているほどだった。クラスのN・S・Pファンの友達からレコードを貸し借りしては曲を聴いていた毎日。ちょっぴり、ほろ苦い思いもしていた頃で、曲を聴いては泣いたり笑ってたりしたっけ。私にとっての学生時代の思い出は、小学校高学年から中学校卒業までの時間が一番の宝物である。そんな懐かしい日々共にした親友のひとりが5年前に、再会を果たせないまま天国へと旅立った。もうすぐ、バレンタインデー。僕らの音楽で、久々に、N・S・Pのうたを聴きながら、いろんなこと思い出しては懐かしくなりました。
2005.02.12
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昨夜は、あまりの眠さに、今日は幼稚園の一日入園と面接だってのに、提出書類も殆ど出来上がってなかったのに、爆睡してしまった。いつもより少し早めに起床して書類を完成させるつもりがスラスラ、記入出来ないことが多くて、ペンが全然、進まない。首のすわった時期?、ハイハイをはじめた時期?、歩き始めた時期?私ときたら、そんな大事なこと、お恥ずかしいことに母子手帳にも記入していなかったので、誕生からの長かった入院後から退院後のことなど、尋ねられると冷や汗もので、記憶で答えざるをえない、情けない はは である。7ヶ月の早産、未熟児で生まれ誕生から、いろんなことがあった。我が家にとっては3人目の子供だったこともあり、ある意味、覚悟はしたつもりだった。この子なりの成長で、と5年も経ったことに、特に旦那は感慨深げだった。私は、あらためて反省。面接で、入園後も暫く親子での登園になりそうで、間もなく40の私は、体力にちょっと不安を感じているのが正直なところ。娘は、幼稚園を楽しみにしているようで、そんな嬉しそうな顔や今までにない意欲的なやる気を見ていると私も頑張らなきゃいけないなと、思いつつ・・・。
2005.01.22
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夕方、新聞の日付を見て思い出した。 そういえば、旧姓から旦那の名字に変わって16度目の記念日だった。 目の前の旦那に「♪今日は何の日~♪?」と言ってみたもののすっかり忘れていた。お互い様だけど。 しかも、暫く考えてから「あっ、そういえば・・・ハハハ」 どうせ、そんなリアクションしか返ってこないことなんかとうの昔にわかっていた。 節目の15回目の去年だってなんにももらえなかったし。 「釣ったさかなに今年も餌は、ないもんね!!」の私の言葉にお得意の聞こえないふり。 ドラマ「夫婦。」を見ていて共感してしまう私。 ちなみに、あのドラマのようなかっこいい夫婦とはえらく正反対の我が家。 「あんた!旦那を見抜けてなかったですから、残念~!」とギター侍に言われそう。
2004.12.21
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我が家の窓際には、プリモプエルと言う、お話をするぬいぐるみがいる。実は、数年前にまだ発売、間もなかったこともあり長女のためになどと言いながら買ったことがあった。朝から晩まで家族みんなで、撫でたり抱っこしたりと随分楽しんでいた。しかし、電池が切れてしまいほっとかれていたプエル。我が家に実家の母が、遊びに来た際、そんなプエルを見て次女の顔に似ていると言いだし、電池切れのまま連れて行ってしまった。今我が家にいるプエルは、今度は次女が興味を持ってお話をするきっかけになってくれればと思い買ってみたものの、こちらの期待ほど興味を持ってくれていないようだ。しかも、家族すら見向きもしない始末。でも、しっかりと、夜型の我が家の生活パターンに合わせて午前10時に「おはよ~」深夜12時30分に「おやすみ~」ときっちりとご挨拶してくれる。次女にとってプエルより興味のあるもの、ミッキーより、エルモよりアンパンマンより大好きなのは、なんとバイキンマン。親の言葉を真似することすら拒否するくせに、テレビには言葉ではないものの反応していることがある。大好きなバイキンマンの言うことなら、まねしてくれるのかな?とちょっとバイキンマンに、ジェラシーです。
2004.11.08
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