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今、たまたまテレビをつけていて、途中からだけど、このドキュメンタリーを見た。
『あすのりんかく ~小さな宅老所の物語~』
(制作:仙台放送)
高齢化と人口減少が進む小さな町・宮城県美里町にある
小さな宅老所「まりちゃん家」。
この宅老所を「家」として過ごすおばあちゃんと、元ヤクザで介護の仕事に就いて4年になる若者とのかかわりを軸に、いのちと向き合う日々を見つめた。
神経難病を患い弱っていくおばあちゃんの姿を目の当たりにした若者は、
何を感じ、どのように変わっていくのか…。
高齢化と人口減少が進む小さな町・宮城県美里町にある小さな宅老所「まりちゃん家」で過ごすあるおばあちゃんと、元ヤクザで介護の仕事に就いて4年になる若者とのかかわりを軸に、命と向き合う日々を見つめた作品だ。
役にたたないものとは、駄目なものとは、大事なものとは、なんですか?
行き場のないお年寄りと行き場を見失った若者が、東北の小さな町の小さな宅老所で出会ったことから、その問いかけは始まった。
急速な高齢化と少子化と景気の悪化と温暖化と…数え上げたらきりがないドン詰まり。そんな時代状況は、すべて人間が作り出したもの、それも経済偏重の拝金主義がもたらしたありさまだ。豊かになったという日本で、この国を築いたはずのお年寄りの居場所はなく、その一方で若者たちも使い捨ての労働に生きる意味を見失う。こんな時代だからこそ、大切なこと。
宮城県美里町、人口26,000人ほどの東北の小さな町にある小さな宅老所「まりちゃん家」。ここのケアの方針は、利用者が望めば最期まで見るという姿勢だ。老いてゆく中で起きる、生きてゆくための方策は医療行為とされ、法律上、原則としては介護職ができないことになっている。しかし、まりちゃん家は、施設を「家」としてみなし、利用者の同意を得ることで、「家族」として、お年寄りに対し、一歩踏み込んだケアにあたる。
そんな「まりちゃん家」で暮らす80歳のおばあちゃん。次第に身体が動かなくなり、最期には呼吸さえ困難になって、死に至るという難病を患っている。そして、このおばあちゃんの弱っていく姿を間近に見つめ、ケアにあたる一人の若者(33歳)。彼は介護の仕事に就く前はヤクザだった。彼は30歳を目前にした4年前、ヤクザ稼業から足を洗い、介護の道に飛び込んだ。民謡が好きで陽気なおばあちゃん、けんかっ早いが実は泣き虫の若者。ふたりの「ひとつの歩み」が始まった。
この冬、おばあちゃんは呼吸を確保するために、気管を切開する必要に迫られた。痰がつまり、肺炎や窒息を防ぐための方策だった。病院や医者が大嫌いなおばあちゃん。説得したのは若者だった。
「もっと長生きしてほしいんだ」。若者の懸命な説得におばあちゃんは気管を切開することを受け入れた。しかし…病院での処置中に、事故が起きた。そして、その2週間後、おばあちゃんは亡くなる。もっと長生きして欲しいがための方策だったはずなのに…。
おばあちゃんの葬儀で若者は、「生前の約束だった」弔辞を読み上げた。そしておばあちゃんを大きな道しるべとしてきた若者は、あすの輪郭をおぼろげながらも描き始める。
途中からだったので、この元ヤクザの若者がメインになっているというのは初めわからなかった。
ホームや家族の方が、このおばあちゃんが少しでも楽に長生きするように気管カニューレを装着するように説得していた。
最初は嫌がっていたおばあちゃんが、みんなの説得で手術を承諾する。
ところが、カニューレ装着手術の際の気管切開時に、病院のミスで、気管を突きぬけ背骨の方にまで達してしまった。
3日後、危篤状態になり、約2週間で亡くなった。。
青年はおばあちゃんとの約束で、おばあちゃんの葬儀で弔辞を読む。
そして、おばあちゃんにしっかりと生きることを誓う。
33歳の彼は、当時は中退してしまった高校に入学した。
働きながら通信制の高校を卒業したら、大学に行って、福祉を学ぶそうだ。