全287件 (287件中 1-50件目)
昨年は、9月で更新がストップしてしまい、これではいけないと思った時は、年が明けていました。平成29年の最初のテーマは、「米ドル」にしました。私が、小学生だった頃は、1ドルが360円でした。先生が、「1ドルとは、1円を毎日貯金して、1年経って貯まったお金が、1ドルだ」と教えてくれました。 社会人となって、会社の社員旅行で、ハワイへ行った時は、1ドルが250円でした。その時は、1ドル硬貨が、出回っており、消費税が4%でした。当時、消費税は、日本になかったので、面食らいました。牛乳のコップ1杯49セントが、税込み51セントでしたから、理解するのに2~3分を要しました。 平成になって、2度目のハワイ旅行があって、マウイ島に宿泊した時、同じ部屋に泊まった若い社員が、ホテルの廊下に置いてあるコーラの自動販売機に1ドル(10セント・コインを10枚)いれても、コーラが出てきません。私は、若い社員に代わって、ホテルの係員にトラブルを告げにロビーまで行き、「My room-mate has a problem. He put 1 dollar into vending machine. But no cola issued.」と云いましたら、係の強面のおじさんが、1ドル返してくれました。しかし、日本に帰って、自動販売機の前面に 「Use 4 Quarters.」と書いたビラが貼ってあった写真を見付け、納得しました。
2017.01.14
コメント(1)
私の所属する点訳サークルでは、奇数月に「点字通信」という点字雑誌を発行しています。近所に住むNさんは、点字板による手書きの原稿を投稿してくれます。 原稿の一部を墨字訳して紹介します。・・・ 『中秋の名月』 1年を通し 月が最も輝いて きれいに 見えるのは 9月から 10月とも いわれ 今年の 中秋の名月は 9月15日。 (中略) さて 月は どうして光っているかと言う 設問を受けたとき 太陽の光の反射により 光っており お月様そのものが 光っているものではないことを 明かしておきます。 名月を詠んだ俳句には、 名月や 池をめぐりて 夜もすがら 芭蕉 名月を 取ってくれろと 泣く子かな 一茶などの 句が知られており、かぐや姫の 竹取物語などは よく知られているようです。 ちなみに 地球の速さは 1秒間に 7.5回 まわることは 承知かと思いますが 10秒で 75回 まわるわけです。 (以下略) ・・・ ここで、「地球の速さは 1秒間に 7.5回 まわる」との文章にでくわして、ハタと困ってしまいました。地球は、24時間で1周する筈ですから、1秒間に 7.5回 もまわるのは、間違いです。「1秒間に7.5回」などでネット検索して、「光の速さ」を述べている事が分かりました。この作業で、半日を費やしました。結果的には 「光の速さは 1秒間に 地球のまわりを 7.5回 回ることは 承知かと思いますが 10秒で 75回 まわるわけです。」と訂正しました。 点訳も一筋縄では、まいりません。
2016.09.13
コメント(2)
ブログの更新を5月以来怠って、申し訳ありません。最近も東京在住の先輩から「終活は、うまくいってますか? 私のほうは、3ヶ所目の納骨所を手配しました。」というメールが届きました。ショックです。そのため私のブログ更新は、途絶えたままでした。このままでは、いけないと思い、意を決してブログ更新を試みます。・・・ 日本経済の環境が大変革を遂げたのは、運送業界の主流が、「馬車から自動車へ」移行したことだと思いますが、私の幼年時代は、馬車が大きな通りを闊歩していました。今の時代、ガソリン・スタンドが在って当たり前ですが、昔は、主要な道路に「鍛冶屋」さんが居りました。鍛冶屋さんの主な仕事は、馬車馬の蹄(ひづめ)に附ける「馬蹄」の修理だったと私は記憶しています。 小学校の唱歌を思いだします。 < 村のかじ屋 > (昭和22年改定後の最終的な歌詞) しばしも休まず槌うつ響き 飛びちる火花よ はしる湯玉 ふいごの風さえ息をもつがず 仕事にせい出す村のかじ屋 ・・・2番以下省略・・・ 上の歌は、村の鍛冶やさんを歌っているようですが、 私の思っていたのは、「町のかじ屋」さんでした。
2016.08.13
コメント(0)
ブログの更新を半年近く怠って、申し訳ありません。東京在住の先輩から「はなさん、終活はどうなっていますか? わたしは、寺の住職さんに依頼して、戒名も付けて頂き、納骨の手配も済みました。」というメールが届き、ショックでした。その影響からか、私のブログ更新は、途絶えたままでした。これでは、いけないと思い、ブログ更新に着手することに決めました。 今年は、リオ五輪の年ですが、12年前は、アテネ五輪・パラリンピックの年でした。開会式でのテレビで、日本選手団の先頭に、「ΙΑΠΩΝΙΑ」というプラカードが目に入ってきました。「イアポニア」と読むのでしょうか? ギリシャ語は、高校生の頃から、αβγ・・・(アルファー・ベータ・ガンマー・・・)と習って来たので、意味は知らなくても、読むことはできます。「イアポニア」が、日本を意味することは、直ぐ分かりました。 「ΙΑΠΩΝΙΑとは」でネット検索して見ると、更に詳しい情報が手に入ります。ギリシャ語は、不得意ですが、「日本という単語」だけは、覚える事ができました。
2016.05.17
コメント(0)
私が小学校1年の3学期に、10~15センチの雪が積もりました。これ位でも、何年ぶりかの大雪です。母から、「今日は雪だから、学校を休みなさい。」と云われ、私が、家のなかでゴロゴロしていると、祖母が「どうして学校へ行かないの? 男の子が、こんな事で、学校を休んではダメ!」と云われ、私は、スゴスゴと、積もった雪を踏みしめながら、学校へと向かいました。70年前の出来事を、今も記憶していると云うことは、余程つらかった為でしょう。今考えると、70年余りの人生の中で、これが最初の試練だった訳で、正直に申しますと、祖母の判断は、正しかったと考えます。私が、大学を卒業した年に、祖母は他界しましたが、祖母に心から感謝しております。
2016.01.12
コメント(0)

1992年、私の勤務先に3週間滞在され、日本語の勉強をされていたキャラ・ダンさんは、ハーバード大生でした。2006年に、彼女の消息を知るため、インターネットを検索しました所、残念なことに、彼女は、2004年に亡くなっておられました。ところが、現在、彼女は銅像に姿を変え、この世に復活されていました。
2015.11.06
コメント(0)
毎年、8月の今頃になると、幼い頃の戦争体験を思い出します。今年は、特に戦後70年の年でもあり、記憶している事を綴って見たいと思います。 私にとって、戦時中の記憶は、小学校1・2年生の時のものです。ある日、海軍の制服を着た20歳ぐらいのお兄さんが、教室にやって来て、「自分は、この小学校を卒業した○○と申します。いま、海軍に入隊して、潜水艦の機関室で仕事をしています。」と言いながら、黒板に、潜水艦の絵を描いてくれました。「君たち男の子は、大きくなったら、我が帝國海軍に入って欲しい。」と言われ、その気になったものの、次の年の8月に終戦となりました。 小学校1年のとき、「手旗信号」を教わりましたが、今、覚えているのは、「イロハニホヘト」くらい迄で、それ以後は、忘れてしまいました。大きくなって、思い付いたことですが、これは、軍事訓練の一環だったのです。近所の2歳年上のお兄ちゃんが、「トツー イ トツートツー ロ」と呟いていたのを覚えていますが、これは、「モールス信号」だったのです。戦争が、あと2~3年続いていたら、私も「モールス信号」を教わる筈でした。 戦後70年の今、奇妙なことを覚えているものだと、自分ながら感心する次第です。
2015.08.04
コメント(2)

点字自動翻訳システム(Système de transcription automatique en braille)を開発された厨子直人さんの Site にある文章を引用させて頂きます: ・・・・・ 点字は、(誤解を恐れずに言うなら)視覚にハンディキャップのある方のためだけのものではありません。英語は特定の国のためだけのものではありませんよね? 「点字を習得することによって、点字を自ら利用し、自らの生活の質を高める。」・・・・・ と云う、厨子さんの大胆な提言に釣られて、私は、点字を指で読む練習を始めました。 家の中にある点字といえば、シャワー・トイレ(メーカーによっては、ウォシュレット)のコントロール・パネルに「止」と「おしり」のボタンがあり、ボタンの上に、点字を書いた透明なプラスチック・シールが貼ってあります。目で読もうとしましたが、透明なシールの点字は、読めません。仕方なく、慣れない指で読んでみると、「トマル」と「オシリ」が、辛うじて読めました。それも、最初から予想して、「トメル」と「オシリ」だと思って読むから、読めたのであって、何も予備知識が無ければ、とても読めたものでは、ありません。ここで、気が付いたことですが、「止」は、「とめる」だと思って一生懸命、指を動かしましたが、「め」の字がありません。「め」は、6点すべてがオンだから、スグわかります。実際は、「め」でなく、「ま」であったので、面食らいました。 とめるも、とまるも大した違いはないので、殆んど問題ではありません。ところが、田舎の弟宅へ行った時、自分の家と同じメーカーのシャワー・トイレだったから、「トマル」と「オシリ」の点字が書いてあると思って、指で読んだところ、何か様子が違っていて、スグには判読できません。よくよく見ると、「ストップ」と「シャワー」のカタカナ英語でした。 同じメーカーでも、これだけ異なった表示が、なされているのだから、メーカーが違えば、もっと多様な表現になるものと、予想されます。 トイレ・メーカーの設計担当の方に、お願いですが、「なんでも良いから点字が貼ってあれば、よいでしょう」と言うのでなく、業界全体で統一された点字で表記した製品を売り出して頂きたいものです。 この願いは、トイレに限らず、自動販売機とか、駅の券売機など、それぞれの業界で統一された点字表記をお願いしたいものです。
2015.05.23
コメント(0)
皆様 たいへんご無沙汰しています 小原二三夫です。 昨年初めから木彫を始めています。週末はほとんど木彫と、それから一昨年から始めたフルートに明け暮れています。 これまでに制作した木彫作品十数点を六甲山の上美術館で展示していただけることになりました。交通は不便な所ですが、よかったらぜひ、自由に手にとって触って観てみてください。 以下、案内です。 タイトル 木彫作品展: 「小原二三夫 イメージを彫る」 期間: 2015年4月4日(土)~5月31日(日) 場所: 六甲山の上美術館 (神戸市灘区六甲山町北六甲4512-808) 電話 078-894-2400 木曜日休館、入館料1000円 多数触って鑑賞できる作品が常設されていますので、ぜひ常設展示も鑑賞してください。アクセス: 阪神御影駅、JR六甲道駅あるいは阪急六甲駅から、 神戸市バス16系統で六甲ケーブル下駅まで行き、 そこで六甲ケーブルで六甲ケーブル山上駅に行き、 さらにそこから六甲山上バスに乗り換え、カンツリーハウスで下車、 そこから歩いて10分弱の所。詳しくは以下のページを。http://handsonme.web.fc2.com/access.html*作品展で展示する作品の簡単な解説と写真は次のページで見られます。 木彫作品紹介http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/shumi/shumi6.html 以上です。よろしくお願いいたします。>>上の文章は、一部手直ししています。>>
2015.03.28
コメント(0)
東京に住む先輩から次のようなメールが入って来ました。自称「イスラム国」で最も残酷な男の身元が判明したそうですが、すぐ易々と捕まりそうにありません。メールの最後に「日本人も居るようです。」とあるのは、ちょっと心配です。>> 後藤健二さんらを殺害した過激派組織イスラムの黒覆面の斬首男の正体は、英国人のモハメド・エムワジと特定した…と、英国BBC放送が報道しました。 彼はクウェート生まれ、ロンドン西部の中流家庭育ちで、市内のウェストミンスター大学にてコンピュータープログラムを学び、2009年卒、年齢は27歳前後とみられています。 米ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏ら複数の英米人の他、後藤さんや湯川さんの殺害も実行したとみられています。 この過激派組織は、自称「イスラム国」であり只単なるイスラム教徒の凶暴集団で、世界各国から集まっています。中には日本人も居るようですね。>>
2015.03.04
コメント(0)

上の資料は、私が点字の先生(長岡英司氏)から頂いたもので、「点字入門の資料ですから、読んで見てください。」と云われ、基礎知識の無いまま、読んでみました。この資料を書いた人は、ドイツ人だったので、点字の例文も、ドイツ語でした。 Kant war ein philosoph. に対応する点字が示されています。変な話しですが、私が初めて覚えた点字は、カントの「K」でした。日本の点字なら、普通は、アイウエオの「ア」から覚えるわけですが、私の場合は、特殊なケースとなりました。なお、その時、私は点字のことを英語で「Braille(ブレイル)」と云う事さえ知りませんでした。お粗末でした。
2015.01.31
コメント(0)

ブログの更新を怠って、申し訳なく思います。元日から年賀状をプリントしておりましたが、プリンターの不具合から「用紙切れ」とかで年賀ハガキが思うように印刷出来ませんでした。何とか頑張って、10日ごろ、やっと発送できました。少し、気持ちの余裕が出来たので、ブログの更新を行います。例によって画像の添付を致します。
2015.01.16
コメント(0)
昭和60年頃、社員旅行で、初めてハワイを訪れた時の話しです。当時日本には、消費税の制度は有りませんでしたが、ハワイでは税率4%の消費税が課せられていました。この事は、旅行会社の方から聞いてはおりましたが、いざ買い物となると、大変な苦労を伴いました。 それは、とあるカウンターで、コップ酒ならぬコップ牛乳を飲もうとした時のことです。値札には、「49セント」とあったので、50セントを出した所、店員さんは牛乳を出そうとしません。49セントが税抜きであると、理解した私は、49掛ける4%が2セントだと判断して、50セントに1セント追加したところ、金髪の店員さんは、やおら牛乳をコップに注いで呉れました。この間、会話はなく、無言のままで1分近くが過ぎていました。私にとって、初めての消費税でしたから、「消費税は厄介なものだ」と感じたものです。
2014.12.12
コメント(0)

アクセスが、50,000回を超え、感謝感激です。相変わらず、点訳の作業に追われ、少し手抜きして可笑しな写真を掲げます。
2014.10.25
コメント(0)
私は、かつて、車イスの人が話し合っているのを聞いて、悲しい思いをしました。 それは、車イスの一人が「あなたは、生まれつき手足が不自由だから、カタワだ。」と言い、そう言われた人は、唯々黙っているだけでした。カタワだと言っている人は、成人になって、怪我をして肢体不自由になった訳ですが、生まれつきでないから健常者だと思っているようです。昔は、「同病相憐れむ」と言って、同じ境遇の人をいたわったものですが、今は、随分冷たくなったと感じております。私は、これよりもっとショックを受けた事があります。それは、 視覚障害者の青年二人の会話ですが、ひとりが「目明きには、トコトン世話になろうぜ!」と言い、もう一人が「そうだとも」と、私の目の前で話していました。 晴眼者の私が傍にいることを知らずに、障害のある人が「本音」を語っている光景は、余りにも悲しい出来事でした。 しかし、悲しんでばかりでは居られません。私が杖を突いて電車に乗っていると、必ず席を譲ってくださる人がおられるので、お礼を云って席を譲ってもらいます。「健常者には、トコトン世話になる!」と云う考えが、私の心にも根付いていました。
2014.10.01
コメント(0)

今年の1月14日、このブログで話題にしたアメリカの女子大生、キャラ・ダンさん(当時21歳)は、東京に3週間ほど滞在され、その間に、アメリカに住む、彼女のお婆さんから手紙が送られて来ました。手紙は、墨字、いや、インクプリントで書かれていたので、目の見えないキャラさんには読めません。その手紙を、こともあろうに、私のところへ持ってきて、「これ、私のお婆ちゃんからの手紙です。読んでください。」と日本語で頼みにきました。私は、日本語の対面朗読は、日常的に行っていましたが、英語は初めてです。ポーランド生まれのお婆ちゃんが書いた英文は、(tの字の横棒が抜けていたなど)多少不慣れなところもあったようですが、私はお婆ちゃんになったつもりで、心を込めて読みました。日本語で言えば、「キャラちゃんや、元気にしとるかえ」と言う感じの手紙だから、それなりに、やさしい発音で読みました。読んだ後、「あなたの英語、よく分かります。」と言ってくれたので、とても嬉しく思いました。私の下手な英語も、こんな所で、役に立ったようです。
2014.08.29
コメント(0)

先日、午後4時頃、パソコンの操作をしていた時、ベランダの向こうに、黒い煙がモクモクと立ち上がり、赤い炎が次第に勢いを増して、火災の発生したことが直ぐに分かりました。私が、デジカメのシャッターを押した頃、消防車がやっと到着しました。鎮火には、4時間も掛かったようです。 次の日の朝刊によりますと、けが人は無かったそうですが、20人ほど住む家を失って、近くの公民館に避難している模様です。火の扱いには、十分注意したいものです。
2014.07.02
コメント(0)
僕はパソコン六十年前、僕の先祖は電子計算機と呼ばれ全身に真空管を纏いまるで古武士の風格があった今の僕は、パソコンと呼ばれスマートで、子供からお年寄りまで誰でも使える人気者だゲームもできるし、ネット検索もできる万能選手だ ところが先日、僕が英文和訳をしているとき今という意味の「プレゼント・タイム」を「贈り物の時間」と訳したものだからさあ大変僕を操作しているおじさんを怒らせてしまったここだけの話だけど検索では滅法強い僕なのに翻訳はチョッピリ苦手なんだどこかのおじさんのように
2014.06.23
コメント(0)

私が小学校に入った時、足し算・引き算を「指そろばん」で計算しておりました。私にとっては、10本の指が「計算機」の原点です。 小学校4年のころから「算盤(そろばん)」を使うようになり、中学校では、「計算尺」を使いました。高校では、受験勉強で忙しく、計算機らしいものを扱った記憶はありません。大学3年のとき、当時一番優れた計算機である「タイガー計算機」を、統計学演習という名目で、実習しました。思えば、まだコンピュータが無かった時代に、計算する道具を一通り経験したことになります。 今の若い人は、そろばんや電卓を用いて計算を行い、教室でパソコンを勉強するのが当たり前だと思いますが、私の場合、コンピュータの会社に就職して、足し算と引き算しかできない第一世代のものを手始めに、超大規模集積回路(VLSI)を備えた第三世代のコンピュータまでを体験した訳ですから、まるで「コンピュータの歴史」と共に生きて来たようなものです。 今、気付いたことがあります。それは、私の指そろばんと第一世代のコンピュータの共通点が二つあると云うことです。 (1)掛け算と割り算ができない。 (2)検算をしている。 私の場合、例えば、3+5の計算は、5+3も計算して、答えの8を求めますが、コンピュータの場合は、同じ計算を2度繰り返して、答えが一致することを確かめています。 私にとって、50年余りの間に、計算機と名の付くものを殆ど全て体験したことになり、感慨深いものがあります。参考までに、私が生まれて初めて目にしたコンピュータの写真を添付します。
2014.06.05
コメント(0)

我々の点訳サークルの定期的な作業として、奇数月に、「点字通信」を発行しておりますが、5月は、私の所属する班の当番になっているため、いつも点字で原稿を寄せてくださるNさんの文章を、目で読んでフリガナを振り、それを、漢字仮名混じりの文章に書き換え、点訳ソフトを利用して、点字の文章に変換します。今月のNさんの原稿は、「世界一を目指す東京」という文章で、フリガナを振る段階において、問題が生じて参りました。それは、東京23区の名称を列記した部分に「深川」と「目白」の名前があり、念のため、ネット検索して確認したところ、深川区と目白区は存在しない(深川区は、過去に実在した)事が判明しました。代わりに、中央区と北区が欠落していたので、原稿を修正することにしました。 参考までに、フリガナを付けた段階の点字の原稿を添付しておきます。
2014.05.08
コメント(0)

2年前、近所の道路脇の水たまりに2匹の亀がいましたが、大型マンションの建設工事が1年余り続き、水たまりが白濁したため、亀がいなくなっていました。最近、工事も完了し、亀たちはどうしているかと見に行くと、以前と同じ場所に、亀が2匹いました。ただし、1匹は子供の亀でした。2年ぶりに見た亀の姿をデジカメに納めて来ました。 2年前の写真と現在のものを連結して、以下に掲げます。
2014.05.03
コメント(0)

今年のお城まつりは、3月28日に始まって、今日で終わりです。近隣の方達は、ハイキングのスタイルで、城趾公園の桜を満喫されていたようです。 私は、お城の外から、「しだれ桜」の写真を撮ってきました。毎年のように、同じ場所から撮影するので、何の変哲も無い写真となりました。自分で一番気に入った一枚を添付します。
2014.04.11
コメント(0)
昨年12月に、ガン研の冊子(小児の脳腫瘍、A5版24ページ)の点訳を開始して、今年の1月には、第2校正まで終わり、2月に入って、第3校正まで完了しました。最後の校正(第4校正)は、このプロジェクトの責任者に委ね、最終的な修正箇所は、10カ所程度でした。全作業に、4ヶ月を要しました。この作業が終わって、肩の荷がおりたことを実感しています。これまで、ブログの更新が3ヶ月滞っていたのも、点訳作業を抱えていたためです。 この点訳を引き受ける時、体力的な不安があり、お断りする積もりでしたが、分担する人が足りなくて、致し方なく引き受けてしまいました。 とは言え、無責任な態度で、作業を続けると、ミスも多くなるでしょうから、作業には気合いを入れて頑張りました。最初の工程では、体力的な負担が掛かるのは承知で、点字の入力を行いました。結果的に、思ったより早く仕事が進み、サークルの仲間には、迷惑を掛けずに済みました。 世間では、「ボランティアに無理は禁物」と云われておりますが、現実の問題では、大方の場面で、無理が生じているのは確かです。しかし、「苦しみを通り抜ければ、歓びが待っている。(Durch Leiden Freude!)」てな事を云って納得するしか無いのかも知れません。
2014.04.04
コメント(2)
![]()
2014.01.14
コメント(0)
平成4年のことですが、アメリカから盲目の女子大生、キャラ・ダンさんが、当時私の勤務していた東京の事務所に3週間滞在されました。 あの時から、すでに20年以上過ぎましたが、彼女について、ネット上で情報を収集している内に、2004年に亡くなられたことを知り、非常にショックを受けました。 彼女が亡くなってからも、ネット上に新しい情報が提示され、「パラリンピック・スキーヤー」として紹介されている事を知り、大変感激しました。 今年は、ロシアのソチで、2月に冬季オリンピック、3月には冬季パラリンピックが開催されることでもあり、キャラさんが冬季パラリンピックにおいて、どのような活躍をされたか、少しだけ注目して見ようと思います。 キャラさんが12歳の時、オーストリアのインスブルクにおけるパラリンピックのスキー部門で、銅メダルと銀メダルを獲得されたそうです。(In 1984 when she was 12 years old, Cara won two bronze medals and one silver at the winter Paralympics in Innsbruck, Austria, and in 1988, she returned to win two more silver medals, one in the downhill and the other in giant slalom.) 実際にスキーを滑っている写真を見つけました。 動画もあります。 http://www.youtube.com/watch?v=j4GWQ50Cvns スキーを滑ったことのない私から見ると、キャラさんは超人としか思えません。実際、彼女の言葉がネット上で紹介されています。 "In God, all things are possible."That was Cara Dunne-Yates' personal motto, and no one understood it better than she did. 「やれば、何でもできます。」と言ってのけた彼女は、凄い人だと思います。 注:写真の貼り付けに失敗しました。
2014.01.14
コメント(0)
我々の点訳サークルを30年前に立ち上げたI先生が、数年前大腸ガンを患い、患部の摘出も旨く行き、抗がん剤の副作用に悩まされ乍らも、点字図書館長として頑張っておられます。I先生は、癌に関する点字の資料が、極めて少ないことに気づき、ガン研(国立がん研究センター)の冊子を点訳して欲しいと、我々の点訳サークルに持ち掛けてこられました。 今年の6月ごろから、サークルの仲間12名ばかりで、一人1冊の分担で点訳の作業に取り組み、この程、やっと終わりました。しかし、何しろ、ガン研の冊子は、各種がんシリーズで34冊(その他のシリーズで十数冊)もあるため、各自あと1冊、お願い出来ませんかと伺いを立てられ、サークルとしては、再び一人1冊の分担を引き受ける羽目になりました。私個人としては、体調も優れないため、今回は遠慮申し上げようかと思っていましたが、「あと2名足りない。何とかなりませんか?」と云われ、渋々引き受けることとなりました。来年1月末までには完成して欲しいとのこと。老骨に鞭打って、頑張るしかありません。
2013.12.04
コメント(0)
目から鱗の話を紹介しようと思い、数年前に紹介させて頂いた眞道(しんどう)重明さんのホームページを覗いて見ましたところ、眞道さんは、昨年末にお亡くなりになっておられ、大変残念に思いました。眞道さんのご冥福をお祈りしながら、目から鱗の話を紹介させて頂きます。 目から鱗が落ちた話 ――眞道重明さんのホームページより抜粋―― (前文省略) さて、此処からが眼前で起こった私の体験の本論である。「鱗のようなもの」では無く、「鱗そのもの」である。1950年代の初期(昭和25年前後)の頃、今から半世紀も前のことである。当時私は長崎に在る国立の水産研究所に勤めており、数日置きに水揚げ港の長崎魚市場に赴き「魚体測定」と称して重要魚種の生物調査に従事して居た。未だ夜が明けきらぬ午前四時ごろ自宅を起床して一番電車に乗って魚市場に駆け付け、漁夫や沖仲仕の怒号で喧噪を極める中で5、6名のチームでするこの仕事は楽なものではない。 ある時若い作業員の一人が「アッ」と叫んで眼に手を当てた侭立ちすくんでいる。「どうした?」と皆駆け寄って訊ねた。彼は眼から手を離し「片方の目がボンヤリ曇ってハッキリ物が見えなくなった」。「痛いか?」と訊ねると「チョット痛いが大したことは無い」とのこと。一人が指で彼の目を押し拡げて「オイ、片方の目が死んだ魚の目のような色になっている」と言う。何が起こったのか皆には分からない。 「目に何か入ったようなゴロゴロした感じがする」と言うので、とにかく水道の蛇口の在る所に連れて行き蛇口を上向きにして目を洗った。それでも直らない。その内、一人がちり紙を紙縒りにして彼の目から異物をどうにか取り去った。見るとそれは魚の鱗の一片であった。「直った、直った、世の中が良く見える」とその若い彼は叫んで笑った。「眼から本当の鱗が落ちた」のである。
2013.11.04
コメント(0)
点字について、フランス文化研究者の早川雅水(はやかわ・ますみ)氏の「フランス生まれ」と言う本(集英社新書)の中で、次のような文章があったので、紹介します。・・・・・ 思わず、「えっ、そうなんだ、知らなかった」と言ってしまうようなフランス生まれのものがある。そんなひとつが点字、これ、れっきとしたフランスの発明である。 フランス語で点字をブライユ (l'alphabet Braille) と言うが、これは考案者の名まえに由来する。 ルイ・ブライユは1809年生まれ、3歳の時に遊んでいる最中の怪我で失明してしまった。 息子の将来を心配した両親は、小学校入学の年に、当時パリにしかなかった盲学校に彼を入学させるために、一家でパリに引っ越す。 ルイ少年の本を読みたいという思いは強かった。そんな彼が当時、軍隊で実用化されていた、暗闇の中で解読しなければならない書類をルリエフ、浮き彫りで書くシステムからアイディアをとり、なんと16歳で点字システムを考案したのだった。 その後、22歳で盲学校の教員になってからも点字の研究を続け、数字と楽譜の点字も完成させた。 こうして文学、数学それに音楽など、美術を除くすべての文化、科学に向かっての、まばゆい光を視覚障害者に与えたブライユ氏だったが、1852年に敬虔なカトリック信者として、間もなく44歳に、なろうとする直前に世を去った。 彼の死後、ユネスコなどの幅広い運動をとおして、今や世界じゅうに点字は広がっている・・・・ただ、その恩人であるルイ・ブライユの名を知っている人は意外に少ない。 余談。パリのカルチェ・ラタンにそびえるパンテオンには、フランス国家と世界じゅうの人類とに貢献した人びとのための慰霊所が設けられている。 日本でも知られているところではヴィクトル・ユゴー、エミール・ゾラなどの19世紀の大作家たち。20世紀の人物としては1948年に採択された世界人権宣言の父ルネ・カッサン。フランス社会党の創始者ジャン・ジョレス。対独レジスタンス運動の英雄ジャン・ムーランもここに祀られれている。 1952年。没後百年を記念してルイ・ブライユもやっとパンテオン入りしたのであった。・・・・・
2013.10.20
コメント(0)

点訳の作業が山積されて、ブログの更新も儘なりません。忙中閑ありでもないでしょうが、ラクダの写真を編集して見ました。
2013.09.12
コメント(0)
先日、東京在住の会社の先輩から次のようなメールが届きました。・・・・・ 「この度、私の実家が檀家となっている御寺さんに永代供養塔が造られましたので、その御寺のご住職様に永代供養の納骨をお願いしましたところ、お引き受け頂いた上に、最高位の院居士戒名も授かりました。 また、三途の川を渡る時に閻魔様に提示する極楽行きの切符も授かりましたから、何時でも極楽行きが出来ます。なお、戒名料は20万円でした。」 ・・・・・ 先輩は、もうすぐ80歳になろかと思いますが、用意万端、備えあれば憂いなしの構えで、私にとって羨ましいと思うのは、閻魔様に提示する極楽行きの切符を手に入れられた事です。私も、ソロソロ「終活」を考えなくてはなりません。
2013.08.16
コメント(0)

点字を考案したブライユさんが、手書きで書いた墨字(すみじ)の手紙を遺していると聞いていましたので、一度見てみたいと思っていました。 最近、やっと見つけました。目の見えない人が書いたとは思えない綺麗な文字です。さすが、「盲目の天才」と云われるだけのことは、あるなと感心しております。 (画像を一部修正しました。)
2013.07.04
コメント(0)
ブログの更新が2ヶ月も滞り、非常に気掛かりです。 現在は、点訳サークルの顧問格の先生からのリクエストで、国立がん研究センター発行の「各種がん」と云う小冊子を、サークルの会員が一人一冊の分担で、6月末までに点訳を完了する大事業に取り掛かっています。 最年長の私は、もたついていて、若い人から、「図とか表は、後まわしにして、文章だけ先に完成して」と促され、今やっと文章の入力を終えました。 これから、仲間の誰かに校正して貰う段階に来ました。まだ、図と表の入力が残っているため落ち着いては居られませんが、取り敢えずブログを更新いたします。
2013.05.31
コメント(0)

新聞によりますと、今年の桜は例年に比べて一週間程度早く咲くとのことで、慌てて城趾公園まで走り、枝垂れ桜をデジカメに納めて来ました。(撮影は昨日で、本日は編集のみ。) まだ、三分咲き程度ですから、華やかさは有りませんが、新鮮な雰囲気が出ていると思います。以下に、出来たての写真を添付します。
2013.03.23
コメント(0)
今朝の読売新聞・日曜版に将棋の大山名人の名言「平凡は妙手にまさる」が紹介されていますが、大山さんの名前を聞いて、60年前の記憶が蘇ってきました。 私が中学3年の時のことです。家庭科の佐々木綾子先生が、教室に入るなり、「マア聞いて下さい。私のいとこの大山康晴が、名人になりましてなァ~、今日は、家庭科の授業を横に置いといて、康晴の話をさせて貰います。」との切り出しで、1時間にわたって、名人の幼少の頃からの苦労話を聞かせてもらいました。名人は、小学校を卒業するなり、木見金治郎九段宅に住み込みで入門し、最初の2年間は、部屋の掃除や庭の手入れだけを任され、将棋の話は皆無だったそうです。3年目から、ようやく師匠の手ほどきを受けたとの事でした。これは、60年前の記憶ですから、多少ウロオボエの部分もありますが、大山名人が艱難辛苦を乗り越えて、その道の頂点を極めた過程を身近に感じた次第です。
2013.03.10
コメント(0)

我々の点訳サークルでは、2ヶ月に一度、「点字通信」を発行していますが、いつも点字で原稿をよこして下さる方がいて、それを、サークル仲間(Yさん)に墨字訳していただくため、点字原稿をスキャンして、メールに添付して送ったところ、返答のメールを頂きました。 曰く、「早速ですが、スキャナーの原稿を和訳しましたので、目を通して頂きたいたのですが・・・。 なお、点字の読めない部分や不明の言葉があります。 それは、 ”日本23”の後と、”世界89”の後の点字がわかりません。」 ・・・・・ (以上、メールの内容) 読めない部分を調べたところ、「外字符」と「m」が、カナ点字の中に顔を出していたのです。「日本、2~3m(メートル) 世界、8~9m(メートル)」と読むためには、可成りの経験が必要になります。 面白いと思ったのは、Yさんのメールで、原稿を和訳したとありますが、これは、和訳ではなく、墨字訳が正しいのです。 問題となった点字の原稿の一部を画像として、以下に取り出します。(点字の行間の墨字は、私が、メモ代わりに追加しました。)
2013.02.09
コメント(0)
20年前の北欧旅行で旅行仲間だったNさんから、何年ぶりかの年賀状が届きました。 「我が家も高齢家族で、年が明けて3月には満80歳を迎えます。家内も75歳になりますが、二人とも自力で細々と過ごしております。皆様には健やかに良いお年をお迎えください。 平成25年元旦」・・・と文面にはありますが、Nさんは正直な方で、書いた時点は年末で、受け取った人が新年に読むことを計算に入れてないために、少し変な文章となりました。「本年3月には満80歳を迎えます・・・」とすれば良かったのでしょうが、何しろ、年末25日までに投函するよう急き立てられたため奇妙な結果と相成りました。私が気に入ったのは、Nさんが自分の文章で年賀状を書いたことです。 学生時代に一般教養の哲学の試験で、哲学科の教授が「君等、下手でも良いから、自分の文章で回答してくれ。」と云われたことを思い出します。この教授の言葉によって、私の人生は、大きく変わる事が出来たと思っています。
2013.01.08
コメント(0)
数日前、東京在住の先輩から、メールが入りました。 「今月末頃、琵琶湖の周辺でM7.8程度の地震発生が予測されているので近畿地方は大変な事となります。」・・・ この予測が当たるかどうかは別にして、素直に聞いておいた方が良いのではと、先輩は仰っています。私もそう思います。 ネットの記事に依りますと、地震予測を研究している串田さんは、「天気予報のように地震予報が世の中に流せる日を現実のものとするために、この6年間、1日の休みもとらず、地震前兆の観測を続けている。」とのことです。ご健闘を祈ります。
2012.12.22
コメント(0)

ヨーロッパのOCRソフトの会社からメールが入り、今注文すれば4割引だと云う話の他に、日本語はもとより、英語・フランス語・ギリシャ語等も処理可能だと云うので、慌てて注文してしまいました。3年前のことです。 割引後の値段は、123ユーロでしたが、今、落ち着いて考えると、衝動買いだったと後悔しております。しかし、折角買ったのだから、テストして見たくなり、適当な原稿を探して、試して見ました。原稿とテスト結果は、以下の通りです。 最初にスキャンして出てきた結果: Μεταβάλλοι/ άναπαύεται. « Le feu se repose en chαngeant» ............................................................ 上の結果を手で修正し、尾ヒレを付けたもの: Μεταβάλλον άναπαύεται. « Le feu se repose en changeant » 《火は、己の色を変えながら消えて行く》 ヘラクレイトス............................................................... テストの結果は、正直に云って、良好だったと思います。
2012.12.17
コメント(0)

先日、親友のOさんからメールが入り、同じ職場の1年先輩であるSさんが、今年3月に亡くなったとのことで、ショックを受けました。 先輩のSさんは、独身寮で私と同室だった事でもあり、会社の仕事で、コンピュータによる応用数学の技術的な指導を受けた事から、亡くなったと聞いて大変残念に思っております。 特に、お世話になったのは、ステップワイズ方式の重回帰分析(Stepwise Procedure of Multiple regression analysis)のアルゴリズムを懇切丁寧に教えて貰ったことでした。私は、この技法をネタにして、情報処理技術者の国家試験にトライし、合格できたので、先輩の恩を忘れることは出来ません。優れた先輩の死を悼み、心から冥福を祈ります。 先輩から頂いたフローチャートを添付します。
2012.12.02
コメント(0)
8年前の10月20日、キャラさんが亡くなり、残されたご主人は、悲しみの極だったと思います。ご主人の気持ちを察して、「巷に雨」の詩を自分流に訳して見ました。 (11月10日、入力ミスなどに気付き、訂正しました。) 町に静かに雨が降る ポール・ヴェルレーヌ原作 (はなさんの新訳) 私の心に 涙が降っている あたかも 町に降る雨のようだ 私の心に 忍び込む このけだるさは 何だろう? ああ 屋根の上から地面から 聞こえる 雨の優しい音は しょんぼりしている心に向けて いたわり励ます ああ雨の歌! うんざりしている心の中に 涙が わけもなく 降っている えっ、うそ偽りはないかって?... この弔いに わけなどないよ 確かにこれは 苦痛のきわみ 何故そうなのか 分からないとは 愛もなく また 憎しみもなく 私の心は、まさに苦痛でいっぱいだ! (参考までに原詩を添えます) Il pleut doucement sur la ville. (Arthur RIMBAUD.) Il pleure dans mon cœur Comme il pleut sur la ville. Quelle est cette langueur Qui pénètre mon cœur ? Ô bruit doux de la pluie Par terre et sur les toits ! Pour un cœur qui s'ennuie, Ô le chant de la pluie ! Il pleure sans raison Dans ce cœur qui s'écœure. Quoi ! nulle trahison ?... Ce deuil est sans raison. C'est bien la pire peine De ne savoir pourquoi, Sans amour et sans haine, Mon cœur a tant de peine !
2012.11.10
コメント(0)

20年前、偶然お会いしたキャラさんが、パラリンピックで夏と冬に、銀メダルを獲得し、インテリ・アスリートと呼ばれていながら、長女と長男の2人のお子さんを残して、2004年に亡くなられたことを、インターネットで知り、その後、2人のお子さんがどのように成長されたかを調べていました。最近、彼女のお子さんの写真が見つかりました。何だか彼女が導いてくれたように感じております。不思議な気持ちで一杯です。これが、その写真です。
2012.10.01
コメント(0)
現在、ロンドンで夏季パラリンピックが開催されていますが、20年前、私が東京の会社に勤めていた時、アメリカから日本語を勉強するため日本にやって来た、キャラ・ダンさんと出会いました。キャラさんは、5歳で失明したそうですが、障害にもめげず、夏は二人乗り自転車競争、冬はブラインドスキーの種目でパラリンピックに参加して、銅メダルと銀メダルを複数個獲得したそうです。つまり、夏冬共にメダル獲得したのは、驚くべきことです。ネット検索で、次のような文章が見つかりました。 ・・・・・ Cara Dunne-Yates was a scholar-athlete who graduated from Harvard College and UCLA Law School and earned medals in biking and ski racing, despite losing her sight at the age of 5 and enduring three bouts with cancer. ・・・・・ 何か新しい情報は無いものかと、ネット検索していたところ、キャラさんを取材した動画を発見しました。動画には、スキーの滑降シーンや二人乗り自転車競争のシーンが映し出され、感動を持って見ることが出来ました。アメリカの放送だから、すべて英語ですが、彼女が東京に滞在した時の場面では、JRの電車に乗るシーンで、「キャラ・ダンさん(21)」との字幕が出た時、ほっとしました。参考までに、動画のURLを添付します。 http://www.youtube.com/watch?v=j4GWQ50Cvns
2012.09.02
コメント(2)

2年前の今ごろ、脊椎のガンで亡くなった友人が、亡くなる前年に、立派に咲いた紫の菊の写真を送ってくれました。同封の手紙には、 「一病息災にて、ゆっくり過ごしていこうと思います。 今後ともお互に健康には気をつけて度々お会い出来ることを楽しみにしております。・・・」と書かれておりました。 友人は、ガンと闘いながら、我々との再会を望んでいたようですが、2年前の猛暑に抗しきれず、この世を去りました。猛暑の時期になると、友人のことを思い出します。
2012.08.06
コメント(0)
現在、点訳作業に追われて、ブログの更新が疎かになっています。 我々のサークルの顧問先生から依頼されて、「美人の日本語」(山下景子著・幻冬舎文庫)を点訳していますが、私の担当する部分で「のの様」(幼いころの祈り)という項目があります。この文章を読んでいて、思い出したことがあります。 それは、私が、まだヨチヨチ歩きの時でした。祖母に連れられて、散歩している途中、小さな祠の前で「のの様にアンしなさい」と祖母に促され、私は見よう見まねで合掌しました。生まれて初めての祈りでした。私が現在ボランティアをしている動機となるものは、この祈りに端を発しているような気がします。小学5年の時、トイレ掃除の当番には、決して休まなかったこと。高校生の時、青少年赤十字のクラブに参加して、奉仕活動に励んだこと。大学生の時、国際文通クラブに参入して、文通相手のドイツ人から、「我々が神に祈るのは、我々自身のためだけでなく、他の人のためにも祈るのです。」と云われて、大変感銘を受けたことなどを考えると、社会奉仕の精神が知らず知らずのうちに身について来たように思えます。 機会があれば、もっと深く探求して見たいと思いますが、今日は、このへんで失礼いたします。
2012.07.17
コメント(2)

近所に棲む2匹の亀を、先日の雨の日に見に行きました。しかし、姿が見えなかったので心配でした。 今日見に行ったら、2匹とも元気だったので安心しました。カメラを向けたら、いつもより警戒しているようです。
2012.06.25
コメント(0)

数日前の新聞広告に、「さわっておどろく!」という本が載っていたので、近所の本屋さんへ行って、本を探しましたが、見つかりませんでした。念のため、店員さんに在庫があるか尋ねたところ、すぐに探し出してくれました。折角だから、その場で購入を決めました。 家に持ち帰ってから、表紙を見て驚きました。本のタイトルの上部に、点字のフリガナ(指で読めるツブツブの点字)が付いていたのです。私は、点字を目で読むため、触らなくて驚いた訳です。不思議なことに、表紙の裏には、凹みがありませんでした。(点訳者の多くが裏から点字を読みますから、それが不可能となります。) まだ、中身は読んでいませんが、表紙の点字部分を抜粋して添付します。
2012.05.29
コメント(2)

面白い亀の写真を見付けました。作者は、Hageさん(髪はフサフサです)と云うドイツの方です。タイトルが「亀のサーカス?」とありましたので、亀の4兄弟がサーカスの練習でもしていると解釈しました。
2012.05.12
コメント(0)

最寄りの郵便局へ行く途中に側溝があり、そこには二匹の亀が棲んでいます。天気の良い日は、二匹が仲良く甲羅干しをしており、近づいても逃げようとはしません。先日、写真に納めて来ました。偶然ですが、金網の陰が、右の亀の甲羅に亀甲マークを付けております。
2012.05.07
コメント(0)

前回の点字の原稿を墨字に直したもの(抜粋)は、 LED電球 Q アンド A Q1. LED電球とは 何ですか A1. その前に白熱電球は フィラメントを光とし 蛍光灯は ガラス管内で 水銀を放出し 紫外線を光とする。 これに対して LEDは 電気から光を出す。 (以下省略) ・・・ これを点字に再度変換したものは、次の通りです。 原稿の点字と比べると、少し異なっています。
2012.05.01
コメント(0)

世にも珍しい点訳の作業を手掛けています。ご近所に住むNさんから、点字の原稿を頂いたので、これを一旦墨字(普通の文字)に直して、更に自動点訳のソフト(お点ちゃん)に依って、再び点字の文章に変換します。出てきた点字の文章を校正して、点字プリンターに掛け、指で読める点字文書を作ります。今、自動点訳する直前の段階まできました。原稿のタイトルは、「LED電球の Q アンド A」と云うものです。その一部をお目に掛けます。
2012.04.23
コメント(1)
全287件 (287件中 1-50件目)