はにわきみこの「解毒生活」

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2005.04.25
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「奈々が見えるかい。奈々はどんな格好をしてる?」

 耳元で龍一の声がする。そんなもの、自分で見ればいいじゃない。奈々は今、この部屋の中にいるんだから。そう思いながらも、唇が勝手に動いて返事をしていた。

「白いサンドレスを着てる」

 サーファーズパラダイスで見た夢の中で、私が来ていた服だった。真夏の光をまぶしく跳ね返す、真っ白なコットンドレス。肩も腕もむき出しにしたノースリーブ。

「奈々はどんなヘアスタイルをしてる?」
 龍ちゃんにも見えればいいのにね、と思いながら説明する。

「背中まであるロング。毛先をホットカーラーで巻いてるわ。お洒落してきたのね」
 奈々はこっくりとうなずいた。そして私に謝った。

「阿南ごめんね。私のせいで髪の毛を伸ばすのやめちゃったんでしょ。短かければ、髪をつかまれたり、勝手にハサミで切られたりなんかしないもんね」

 鼻の奥がツンとして、涙が出そうになった。

 なんで謝るの? つらかったのは、奈々のほうでしょう?

「私ねえ。あの結婚は間違ってたって、ずいぶん早くから気づいてたの。殴られるようになる前から、あのひとがいい人じゃないって、わかってたのよ」

 じゃあどうして気づいたところでやめなかったの?

「間違った選択をしたのは私よ。最後まで責任を果たさなくちゃダメだって思ったの。親を捨てて、友達を捨ててまでして、彼を選んだのよ。たとえそれがハズレでも、捨てることはできないと思った」

 ハッとした。その生真面目な発想は、今の私そのものだ。だとしたら、私が奈々を窮地に追いやったのではないか。逃げた方がいい、と直感で分かっていたのに、理性でそれを押しとどめた。もともとは、他人になんと言われようと気にしない性格だったではないか。親に愛されている自信だってあった。

 どうして人生の一大事に、それまでのやり方を180度変えようなんて思ったのよ。
 わがままついでに、結婚なんてやっぱりやめるって出てきてしまえばよかったのに。
 どっちに転んでも責められることに代わりはないでしょう?

 奈々は寂しげに笑った。
「すべてを捨てて彼を取ったの。だったら、意地でも彼と幸せにならなくちゃ」

 ねえ奈々。そもそも、なんであんなうさんくさい男の言葉に耳を傾けたりしたの? 私はどうしてもそれが知りたいの。男なんていくらでもいるじゃない。




 愛されてみたい。それは自然な欲求だ。しかし、欲しいもの手に取った後の代償が大きすぎた。それにつけ込んだ男のやり方の汚さに、今さらながら胸がむかついた。

「愛されてると思ってる時は幸せだった。でも、彼に愛されるためには、私には足りないものが多すぎたの」

 足りないものって?
 そんなのは、人間的な魅力とは関係ない部分じゃない!


「そういってくれて安心した。私、女として全然魅力がないんだって、がっかりしてたの。毎日ののしられるようになってからは、前向きな考え方なんてできなくなってたし」

 頬に涙がつたうのがわかった。
 この子は、なんてつらい目に会ってきたのだろう。今の私なら、いくらでも言ってあげられるのに。そんなに思いつめることなんか何ひとつないってことに。

「阿南。二人で話をしてるの?」
 龍一の声が響いてきた。そうだった、ここには龍ちゃんもいたんだわ。

「うん」

「しょんぼり立ってる。ドアのそば。私、奈々をギュッって抱きしめたい」
「そうしてあげて」

 龍一の声が合図になったのか、奈々はおそるおそる私の方へ近づいてきた。私は両手を広げて、彼女を強く抱きしめた。奈々の長い髪からは、甘いココナツの香りがした。

「阿南。私、ずっと寂しかったの。本当は、阿南と一緒にいたかった。話を聞いて欲しかったのよ。足かせになるのがわかってたから、ずっと言い出せなかったの」

 わかってる。今ならよくわかるよ。ずっと放っておいてごめんね。私自身が子供だったから、奈々を受け入れることができなかった。
失敗したのは私じゃない、と思わなければ、現実に立ち向かえなかったの。許して。

「阿南。奈々はなんて言ってる?」

 龍一が質問してくる。こうして奈々と抱き合っていると、もう、言葉の必要性は感じなかった。メッセージは、心に直接届けられていた。
「帰ってきてもいいか、って」

「どうする?」
「もちろん、OK」
 奈々は、ぱっと体を離すと私の顔をじっと見た。嬉しそうだ。

「本当にいいの?」
 当たり前じゃない。迎えに来るのが遅くなって、ほんとにごめん。

「いいの。もう、待たなくっていいんだから」
 奈々は、再び私の首にしがみついた。
 力の限りその体を抱くと、一瞬にして奈々は霧のように消えた。
 そのかわり、私の胸の中がじいんと熱くなっている。体の密度が濃くなったような気がする。ふんわりとした熱が、血管の中を巡っている。そしてそれは体中の毛穴から、シュワッと外へ飛び出していった。

 頭の中には、失われていた記憶が洪水のように暴れていた。こま切れの映像が猛烈なスピードで通り過ぎていく。

 龍一の声が私の思考をさえぎった。
「阿南。奈々はどこに行った?」

「私の中にいる… 奈々が言いたかったことが、今、いっぱいに散らかってる」

 今や、部屋の中は浮遊する紙でいっぱいになっていた。そのひとつひとつに、奈々の主張が描かれている。それは文字のようでもあり、絵のようでもあった。手を伸ばしてそれをつかむと、瞬時に映像として私の中に入り込んでくる。

 その中のひとつを取ると、やけどしそうに熱かった。これは…。

「龍ちゃん、席を外して!」

 私は叫んでいた。これは、純粋に奈々と私の秘密だ。龍一に見られるわけにはいかなかった。お願い、あっちにいって。のぞかないで!
 龍一の声が静かに響いてきた。

「オレにできることはすべてやった。あとは阿南が好きなようにしていいんだよ」

 私は安心して、燃えるような熱い紙に視線を落とした。





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最終更新日  2005.04.25 09:49:05


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