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久しぶりに日記を書きます。6月末で飲食事業から撤退しました。構想から2年半、、、2店舗を出店しましたが、一店舗目offtimeは三代目店長に経営譲渡しました。二店舗目は閉鎖、明日は次のオーナーがプレオープンします。いろいろなことが頭を巡りますが、今は一つ一つ噛みしめながら日々を過ごすありがたみを感じています。時間を見つけてプールで泳いで体力作りに励んだり、本を読んだりしてます。失敗の経験を最大限、今後に生かしていこうと思っています。
2008.07.10
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ひさしぶりの書き込みです。今日は久々に仕事の予定の入っていない日なので、二日前に仕事をしない日と決めました。嵐の前の静けさのようなそんな空白の日。といいながら、朝から店舗情報を検索していますが、、、ほっとくと何か仕事をしている状態が続いてしまいます。休むと決めて仕事の段取りをしていくのも大事だなと思ったりします。
2007.03.18
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昨年は自分の中で準備の年と位置づけていたから、飲食業を始めたこと以外、実はそれほど大きな動きはなかったのである。今年に入って、新しい動きが始まりつつある。これは自分からしかけたというより人からの依頼なのである。ある人からの仕事の相談が予想外に広がりそうな感じだ。実際やることになればそこから多くの人との新たな出会い、予想外の展開が始まりそうな気もする。依頼の内容はやったことはないが、創業当初考えていた事でもあった。正直話を聞いていて迷いがあった、でも断ることは簡単なのである。できません、難しい、やったことがありません、うちの会社ではやっておりませんその一言で片付く。しかし、パソナの南部会長のお話を聞いたとき何度か言っておられた「迷ったらやる!」実際、事業なんてやったことのない事の連続なのであって、そのやったことのないことに多くのビジネスチャンスが含まれているという自分なりの経験則がある。やってみてつまらなかったりおもしろくなければ、次からやらなければいいのである。やらないという選択肢も結構重要である。そしてもう一つだいぼさんのがっしょである。これは話があったとき迷いはなかった昨夜の集まりは穏やかでありながら、熱いものがたぎっていた。今年もおもしろい年になりそうである。
2007.02.08
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先週戻って来ました。シドニーのワインショップでお勧めのワインと ハンタバレーでテイスティングして気に入ったワインを購入してきました。マクギガンセラー帰りのチェックインカウンターで重量オーバーと言われあわてて手荷物に一部詰め替えたりするハプニングがありましたが、おかげさまで自分で言うのも変ですがおいしく、お客さんには予想以上に好評いただいています。オーストラリアワインは代表的品種は、赤はシラー、白はシャルドネ。カベルネとシラーをブレンドして飲みやすくしたものなど結構あります。11月16日以降、皆さんワインをほんとよく飲まれます。 それから話は変わって店を始めて良かったなーと思うことの一つに店で懐かしい人と再会することがあります。僕が店を始めたということを聞いて来てくれる人や先日は偶然通りかかって、お互いにどこかで見たことあるなと思っていたら起業家スクール一期生の人で飲み会も何度かご一緒した人で卒業以来どうしているんだろうと気になっている人だったんですが、とっても幸せそうでほんとうれしくなりました。店のHPも始めております(メンテナンスは店長) シドニーの様子、引き続き追ってアップしていきます。
2006.12.03
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フロントがどこにあるかよくわかりませんでした!1階PUBのお姉さんに聞いてついて行ったら、廊下に小窓のような物がありそこがフロントでした。なんとかインターネットにつながりました、ちょっとレスポンスが悪いです。こちらは初夏の気候です。
2006.11.20
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20日~24日オーストラリアへ行ってきます。シドニーの市場調査とオーストラリアワインの勉強です。先週は二つのイベントをこなし、立ち上げから二ヶ月たったところでいったん頭の中をクリアして、次なる展開を目指していこうと考えてます。止まるホテルは築100年のパブホテルです。1階がパブになっていて、二階が宿泊施設になっているので酔っぱらったらそのまま部屋に上がって寝れます。HPを見るとスタンディング形式のカウンターがあったりして店の内装の参考になりそうです。www.macquariehotel.comそれからシドニーからくるまで三時間のハンタバレーという70近いワイナリーが点在しているところのテイスティングツアーに参加してこようと思います。ここで作られたワインを仕入れて店に並べようかなどと思ってます。
2006.11.19
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明日11月14日(火)OFFTIME、くにびきめっせに出店いたします。山陰の”産業・雇用”の明日を考えるイベント-YOUR STAGE-MEETING 12:00~20:00 当店のハウスワイン、おつまみ試飲試食できます。もちろん店で流している70年代POPmusicも聞けます。 昼間は当店店長、スタッフもいますので是非お出かけ下さい。 椎名誠の講演もあり、地元起業仲間も多数出店しております。
2006.11.13
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画像ピンぼけですが、ほぼ完成。内外装のコンセプトは「チープさの中にかっこよさと手作り感」
2006.09.10
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店舗をOPENするときに忘れてはならないのはロゴ!ぎりぎりになって依頼しましたが、本日完成しました。 今日は、店長の試作品もできあがり試食いたしました。家庭では出せない、プロの味に感動しました。これならビールにもワインにも合いおいしく飲めます。
2006.08.29
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今回OPEN予定の店の名前、Office街にも近く、仕事帰りにONからOFFへ切り替える、気軽によれる場所を提供できたらという想いででつけました。今気がついたのですがOfficeはOffとiceがドッキングしてますね。意外と好評なのでこの名前で正式決定です。既に工事にも入ってます。ただ古い木造の建物(元々かまぼこ屋だったらしい)をスナック向けに改装して37年間使ってきた場所なので想定外の事が色々出てきます。隣の店?のガスの配管が通っていたり、3坪という狭さで厨房機器が入るかどうか?色々と課題がでてきます。料理も乾きものだけでなく、シズル感のあるメニューを出していきたいので、店長も今の店をやりながらメニュー開発で頭体フル回転状態のようです。生ビールは、ヱビスビールで行きます。この店のきっかけヒントにもなったのが東京恵比寿でもありますし、泡のきめ細やかさ、ワンランク上のおいしさを提供するには最適。女性向けにオリジナルビールもメニューに入れる予定です。カクテルはOfftimeオリジナルカクテルをスタッフが開発中です。ワインに関しては、フランス産をベースに、オーストラリアとかブラジルとか南半球のワイン新興国のものをそろえてみようかと検討中です。ワインを飲みながら伊勢宮の片隅からグローバルに地球の裏側に想いをはせるなんてどうでしょうか?もちろん飲みやすくおいしいものをそろえます。音楽に関してはソニーのネットジューク(ハードディスク内蔵のコンポ)活用してがんがん曲をため込んでいって自動演奏するように考えてます。60~70年代のポップロック、ワールドミュージック系で行く予定です。昨日デオデオで購入して曲を入れてみました。ビートルズのアビイロードなどのメドレーで流れる曲と曲のつなぎ目もmp3でも見事に連続して再生してくれます。音質もMP3でこれなら合格点です。十分行けると調子に乗っていたらぷつんと電源が切れそれっきり立ち上がらずメーカに問い合わせするとどうも初期不良のよう・・・・交換に来てくれるみたいです。今のうちにしっかり曲セレクトしPC側にため込んで準備しておきます。
2006.08.14
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今回ハワイに来た一つの目的に、レストラン巡りがあった。しかし子供達の「プールで泳ぎたい!」 に負け、ホテル内でたらーと 過ごすことが多かった。 子連れ旅行原則「子供のペースに合わせる」 そんな中、ワイキキのすぐそばアロハタワーマーケットプレイスには何度か足を運んだ。ここには結構いいレストランがそろっている。最初に行ったのはロングヘアーにホットパンツの女の子がウェイトレスをしているHooters といってもアダルトオンリーではなくファミリーレストランで、子供には塗り絵セットを出してくれた。ここは今回いけなかったのだけど地ビールレストラン Gordon Biersch そしてなんと言ってもお勧めなのが毎夜ハワイのトップミュージシャンがライブを聞かせてくれる 「チャイズアイランドビストロ」 この日は二人組のデュオがアコースティックギター二本で素晴らしいハワイアンミュージックを聴かせてくれました。画像がぼやけていますが奥がステージで演奏中です。 ここは予約をしていかないとたぶん入れません。地元の人たちで300席、満席状態です。ハワイの数々のレストラン・アワードを受賞しているお店オーナーシェフはバンコク出身のチャイ氏 このステーキは柔らかくて本当においしかったです。感動しました! デザートです。 <おまけ>$200ドルのサービスチケットの誘惑にまけタイムシェアリゾートの見学に。 「この景色は私のもの・・・」 空より青い海 年に1回、海外に行くと頭の中が驚くほどクリアになります。リセットされて新たな気分になります。 日々仕事の事を考えていると知らず知らず頭の中が堅くなってしまっているようです。 また来年も来ようと思います。
2006.08.12
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カーナビ付きで安心していたのだが、あまりにコンパクトでなれるまでに3日ぐらいかかる、いちおう日本語のガイドにも切り替え可能無いよりましです。 ノースショアに向かう道 一瞬日本海かと錯覚 6月のノースショアはオフシーズン びしょびしょ、水着に着替えさせれば良かったです。 ワイキキの夕暮れ 金曜日の夜8時、ビーチから花火が上がります。部屋の真横で炸裂する感じでかなり迫力ありました。 ワイキキの夜景です。 水族館へ行きました。 ハワイカイ 、この近くにのショッピングセンターで子供の靴や服を買いました、地元の人向けなのでわりと安く種類も豊富にありました。 プレスリーの「ブルーハワイ」で有名なハナウマ湾 日本人の旅行客は3割切っているとのこと、たぶん東南アジアに日本人旅行客は取られているのだろう、物価や時差を考えると東南アジアが行きやすいし、ホテルのスタッフにしてもホスピタリティの面では東南アジアのリゾートホテルの方が上だと思う。でもハワイの風景の美しさ、どこで車を降りて行ってもゴミ一つ無いビーチ、風の心地よさは格別である。また来年も出来るなら訪れようと思う。
2006.08.09
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6月にハワイに行っていわれたこと「ビジネスは小さく始めて大きく育てるのが原則」そして東京では大阪人のコンサル先生に「しょぼく始めようと」いわれた。はっと気がついた知らず知らずのうちに出来る限りの投資をして始めるという思考に陥っていた。二つの起業体験を通じて(一つはまだ準備中)ここ最近出来上がったマイ原理原則は1.ビジネスは小さく始めて大きく育てる小さく始めれば怪我も小さい、すぐ始める事ができる、必ずしも大きく育たなくてもそれはそれで楽しい。2.来月出来ることから始める。出来ないことをやろうとしても出来ないし始まらない、出来ることから始めていけば出来ないことも出来るようになる。3.世間一般に言われていることは9割方正しいがそれを聞いていては起業できない。世間一般常識は非常識という言葉があるが、実は90%位は当てはまることでもあると思う、がこの90%の常識の中で考えていては「起業はしない方がいい」になってしまう。90%の失敗例を分析して残りの10%でどうしたら出来るかを徹底的に追求していけば決して起業は難しいものではないと思う。4.起業はタイミングが重要、タイミングとは自分がやりたいと思ったとき。この辺は自分を信じるしかないのだが、今の事業もあのタイミングで始めたから出会ったお客さんがいるし、今準備中の事業もまさにタイミングが合ったからスタッフと出会えた。5.情熱熱意ビジョンこれにまさる起業の成功条件はない。全てを動かし出会いを作っていくのはこれしかない。6.自分に合ったやり方が一番こうじゃなきゃいけないなどというものはなく、自分なりのスタイルでやるのが一番無理に人に合わせたりして窮屈な思いするなら起業する意味がない。 7.ドリームチームを作る!近年聞いた言葉で最大のインパクトでした。これは古里さんの講義で言われたのですがビジネスとしてやるからにはドリームチームを作らなければ成功出来るわけがない!がーんときました。ちょうどその時行き詰まっていた部分がありその言葉を聞いて一旦白紙に戻し、その一週間後今のスタッフと出会いました。ドリームチームを作ろうと!恥ずかしげもなく熱く語りました。ということでスタンディング形式のバーを9月中旬OPEN予定です。皆様には色々お願いすることもあろうかと思いますがよろしくお願いします。
2006.08.06
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今月から東京に通っているが、羽田空港で起業家スクール一期生のOさんと会った。Oさんも半年間通うのだという、なんという偶然、降りる駅も一緒。7時の飛行機に乗れば9時30分には渋谷に着いているので日帰りでも十分いける。今の事業も東京で一ヶ月ほど修行してから始めたので、今回も同じパターンである。 講義ではコンセプトも重要だがそれよりも大事なのが地域の特性にフォーマットしないといけないという話があった。自分が始めようとしているエリアの人たちが何を望んでいるのかそれを無視して自分のやりたいという気持ちだけで行くと失敗する可能性が高いということ。 お客さんが何を望んでいるのかそれを追求していくのは全ての事業に共通するものだと気がついた。
2006.04.30
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昨年末あたりから今年は準備の年と自分の中で位置づけている、そして昨年末は予想していなかったが、創業当初からおつきあいのあるお客さんが大きく変わろうとしている。こちらもそれに併せて体制を整えていく。よく考えてみると今おつきあいしているお客さんのほとんどが創業後半年の間に出会ったお客さんばかりだ。それほど顧客数が増えているわけではない。目の前のお客様を大事にする。今年は取引先の業界が大きく変化する年になる。準備の年と節目の年、変化の年でもある。
2006.04.13
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に成功した。今日某旅行代理店から、コンドミニアムの予約は取れなかった旨連絡があった、それ以上代わりのものを進めるではなく、そこで話は終わった。低コストで大量に処理する関係上いちいち別のものを提案したり細かく対応は出来ないのだろう。そこでキッチン付きはあきらめホテルのHPから直接予約を入れた。ネット検索で口コミをみるとどうもレインボータワーのダイヤモンドヘッド側しかも15階以上が眺めが抜群との情報を得る。予約した部屋のグレードが英語で書いてありよくわからなかったので電話でこちらのニーズを伝えると$10UPで変更OKとのことだった。直接航空会社のHPから購入した航空券の金額と宿泊金額の合計と、某旅行代理店のパッケージで同じ日程、同じホテルの同グレード、オーシャンビュー、高層階指定の料金と比べて子供割引や燃料付加運賃も加味して4人家族で20万円も安くできた。安くなるだろうとの予想はあったが、想像以上であった。 後はレンタカーの予約だけだ。レンタカーは予約が取れないという事態は起こらないと思うので車種をもう少し検討してから予約は入れよう。今回はアロハチャンネルで紹介されたスポットを出来るかぎり巡ってみようと思っている。
2006.04.12
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日々仕事をこなしてる中、いろいろな予想外の事が発生する。今日も予期しない出来事が発生した。すぐに連絡を取り現場に足を運ぶ、また電話での依頼があったり、そういう場合、後回しにしたりしないですぐ対応することが仕事が速く片付いたりスムーズに物事が運んだり色々といい回転につながってくるなと思った。ここ最近は電話がかかってくると10分圏内いることが多い、だからすぐ顔を出す。フットワークを軽くしているといい方向に回転してくるのだと思う。色々な偶然の出来事にも何らかのメッセージがあると気づき始めたのは30すぎた頃からか、何か起きればそれは自分に何を伝えようとしているのかを意識する。そう意識してみると世の中は目に見えないメッセージにあふれている。
2006.04.11
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航空会社のHPから航空券の予約を取ることはできたが、しかしカード決済が出来ない。カード決済すればその金額に応じたマイレージポイントがさらに加算される仕組みなので問い合わせをしてみると、なんとこのマイレージカード月利用限度額が10万円なのだそうだ。これは私の信用力が低いのかどうかよくわからないが、3ヶ月たてば状況に応じて限度額の変更は可能になるかもしれないとのあいまいな返事。これにはやられたという感じ。それにしてもちょっと自分のみみっちさにあきれもする。ファーストクラスの10分の1以下の値段でわずかの差で高いだの安いだの、、、ポイントが付くだの付かないだの。それからどうしても自分の泊まりたい部屋タイプ(キッチン付き)がHP上から結局予約できず、先日の旅行代理店に電話、こちらもきちっと条件を絞り込み、とれるかどうかきいてみた。なんか前回と同じ人のような気がしたが、3日ほどで回答が返ってくるとのこと。予約が取れる確率はなんか少なそうな気がするが、そのときはまた考えよう。
2006.04.10
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今年も無事繁忙期をのりきり、恒例の家族旅行の時期が近づいてきた!今年はトップページの写真の場所へ家族を連れて4年ぶりに行こうと思う。この間からちょこちょこと格安チケットで有名なH大手旅行代理店のHPで調べていた。旅行の際はいつもここから手配していた。子供連れ4人で一部屋に泊まれるか問い合わせしたのだが、「予約を入れてみないとわからないと」当たり前のように事務的に返答され、それ以上相談する気も失せた。ちょっとした顧客対応でお客は失うものだなと思った。というわけで三つのAで有名な航空会社のHPで検索してみると、なんと国際線が某旅行代理店の格安チケットよりやすいではないか!今までの常識として外国エアラインが格安チケットしてやすく手に入るものだと思っていたが直接航空会社のHPから予約すれば日本の航空会社の方が格安チケットより安いのである。さらに某旅行代理店で素っ気ない返答をされた、対象ホテルのHPを見つけそこで検索するとファミリー対応や、禁煙ルームやらかなり柔軟に部屋も選べそして値段も安い!うーん、航空会社、ホテルのHPの方が安く柔軟に予約できる時代、クレジットカードも使えず事務的な電話対応しかできない旅行代理店なんていらないんじゃないの?と感じた一日でした。
2006.04.07
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は「チャレンジ」だ。感動創造企業の旅では、「チャレンジすることが人生を楽しむこと」という言葉が浮かんできた。政府は「再チャレンジ推進会議」の初会合を開き、その中で安部官房長官は7回も「再チャレンジ」という言葉を使ったらしい。「勝ち組、負け組」という言葉もちゃんちゃらおかしい言葉だ。自分がその位置にずっと居続けるかのような発想がそこにある。一歩間違えば簡単に負け組になるし、チャレンジすれば勝ち組になれる可能性は大だ。世の中は昔からそういう仕組みになっている、単に意識を変えるだけでいいのになとも思う。チャレンジし続けることで人間は最大のパフォーマンスを発揮するんだと思う。
2006.03.31
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実は「非常識」な部分が、ままあるなと起業してから感じることが多い。野茂が大リーグに挑戦するとき日本球界では裏切り者扱いだったし、イチローの時はあの体ではとか、日本の選手で大リーグではピッチャーは通用するかもしれないが野手では無理ではないか?とかさんざん言われていた。二人は言われていることは重々意識していたに違いない、しかしそれを振り切ってチャレンジしたから、野茂の歴史的な記録があり、イチローの今がある。だから世間一般常識としてもっともらしく言われていることを間に受けていたら「起業なんてできやしない」と思う、今の私にとって「異業種に挑戦してもうまく行かない」という言葉がまさに世間一般常識論である。世間一般常識にまともに従ってたらいつまでたっても起業なんかできやしない。異業種に挑戦してもうまく行かないのは単に経営能力が無いだけじゃない?あえて周りがほんとにやるの、やめた方がいいんじゃないということにチャレンジすることに起業の醍醐味はあるとおもう。僕の場合はあまのじゃくだから、それはすばらしいとか絶対うまくいくとか言われたら逆にやる気を失う。「異業種に挑戦してもうまく行かない」この言葉は会社を辞めるときに上司に言われた「絶対に失敗する」という言葉に匹敵する、僕にとって励ましの言葉である。
2006.03.24
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毎年この時期は引っ越し屋さんと一緒で超多忙になる、今数えてみたら、今日は8つの現場が同時進行していた!手配ミスやらトラブル対応やら見積もり依頼やらてんてこ舞いだった。一人ではほんと無力である。スタッフ、業者さん、そして顧客、みんなが協力してくれるから何とかなっているふと思い出したのが会社員時代、消費税導入の対応をしたときだった。4月1日からのシステムの切り替わりを対応していたときのこと。電話回線を使った遠隔操作(すごく古めかしい言葉)で何とか乗り切った。起業してからしばらくは全くの異業種だったので会社員時代は無駄に時間を過ごしたなと思っていたが、最近になってマルチタスクで色々処理しているとあのころの経験が気づかないところで役立っているような気がしてきた。4月1日を無事迎えれるか、この一週間が勝負どころだ。これを乗り越えればスタッフの役割分担にも変化を加え次なる展開へと踏み出す。昨年想定していたより今年は予想外に仕事量が増えそうなので(良いことなのだが)第二創業の事業プランもそれに併せて変えて行かなくてはいけない。うれしい悲鳴である。
2006.03.24
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これは箱田忠昭氏の「出来る人の時間管理の使い方」に書いてあった。だから「やろうかやるまいか迷ったらやってみよう!」と同じ事をパソナの南部会長もおしゃっていた。 「迷ったらやってみる」僕の場合会社を辞めるときも、今回もそうだが不思議と迷いはない。不安は大だが。周りから見ると唐突にみえるかもしれないが自分の中ではそこに至るまで相当時間がかかっているし、自分では総合的に判断で決断しているから迷いはない。また人にも相談しない。決断してから家内に話し徐々に周りに話していくという感じだ。家内の次に話したのはだいぼさんだ。今回は19歳のころほぼフルタイムでバイトしていた業界でもあるし(ただ当時の経験は通用しないとも思う)1月2月と起業家サポート事業で経営のプロの方とみっちりと事業計画を詰めたので、課題になる部分ははっきり見えているので4年前の創業時のどうすればいいのかわからないという状態よりはやりやすいのかもしれない。
2006.03.12
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2月の17日に参加した東京感動創造企業の旅にて写した写真をトップに掲載しました。訪問した会社の経営者の方々の話を聞いて、大いに勇気づけられ、僕の中に上記のタイトルの言葉が浮かんだ。皆さん挑戦しているからあんなに楽しそうなんだと。今年の自分にとってのキーワードになりそうだ。無店舗型のサービス業を立ち上げて4年になろうとしている。昨年秋頃から第二創業の構想が浮かんできた。今度は店舗型になる。無店舗型の場合は、最初はお客さんが0だから準備とスタートは同時進行で進めることが出来るが、店舗型はそうはいかない。スタート時には完成されていないといけないのだ。そしてリスクも大きい。従って今年は準備期間にあてる。この先どういう展開になるか全くわからないが、本当にどきどきわくわくと不安(こっちの方が大きいが)で一杯だ。4年前の事を思い出すと先行き全く見えない状態だったが、手探りでも進んでいけば思った以上に出会いがあるし、想像以上のものがそこには待っていた。従ってこのどきどきわくわく不安は当然だし、前に進めば思った以上の出会いがあり展開になるはずと自分に言い聞かせている。
2006.03.12
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バリ島でテロがあった。クタとジンバランで同時に起こった。ニュースの映像で写っていたビーチにテーブルが並べられていた場所は見覚えのある光景で、バリに着いて確か二日目に妻と娘達とここで食事をした。泊まっていたホテルからビーチ沿いに歩いてすぐのレストランだ。夕日と海岸を散策する人々を眺めながら、明かりは月とテーブル上のキャンドルだけというとてもいい雰囲気の場所であった。3年前にテロがあったのは知っていたが、もうないだろうと思っていたが甘かった。朝、ホテルの部屋を出ると必ずガードマンが廊下に立って周囲を警戒していた。部屋に泥棒に入られる心配はないと、こちらはのんきに毎朝娘達と「ハロー」と声をかけていたのだが、状況はかなり緊迫していたのかもしれない。一体何のためにと思った。外国人をねらったテロだが観光客が激減して一番被害を受けるのは地元の人たちであり、インドネシア政府であろう。インドネシア政府の転覆をねらっているのか、それとも欧米文化への憎しみなのかいろんな要素が複合的に絡み合っているのだが、21世紀はテロの時代になってはならないし、早くこのテロ戦争の終結を願い、そしてバリ島が早く立ち直る事を心から祈ります。
2005.10.03
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昨日は明日の地域を考える会の懇親会に出席した。マルベリーの料理は、はっとするようなおいしさがあった。久々の飲み会だった。おおいに盛り上がった二次会にも行きたかったが、私の場合朝は6時から稼働するので、我慢して小倉夫妻と帰った。今日は車を走らせていて以前考えていていつの間にか忘れていたアイディアを思い出した。真剣に検討していく時期にきたかもしれない。・・・・・「これからはわがまま(自分の思いを押し通す)な人の時代がくる優等生的なもっともらしいことをいう人の言葉は伝わらない、起業を目指す人、および起業家の人はみんなわがままである」というのが僕の持論だ。小泉政権の圧勝をみてこの持論に確信を深めた。小泉政権の予想外の圧勝で専門家が国民は勝ち組にまわったのが圧勝につながったとかもっともらしいことを書いているが、有権者のレベルを低くみているしそんなレベルのことしかかけないのかな、、ほんとに視野が狭い評論家が多いと思った。ネットメディアで有名な方も解散直後「小泉政権は強行姿勢を貫いて自滅する可能性が高い」と見事に読みをはずしていた。ずいぶん前に日本の進むべき方向、処方箋等出そろっているのである。郵政民営化はそのほんの一部でありやって当たり前のことだ。今までできるかできないかというレベルだったと思う。抵抗勢力はできない理由を並べ立ててブレーキをかけ続けていた。できない理由など小学生でもいえる!それを小泉さんは小学生レベルの政治家を切り捨て「やるかやらないか」国民に選択を迫ったのだ。郵政民営化も抵抗勢力をあぶり出すための罠であったとも思える。「やるかやらないか」これは起業家精神の中にもある。できるできないで考えればすべてできないになる。ビジネスは「やるかやらないか」で思考しなくてはいけない、トヨタ自動車のトップが小泉政権を精力的に応援したのは、この部分に大きく共鳴したんだと思う。本音で勝負する小泉さんに賭けて有権者は「やる」という方向に大きく舵を切ったのである。日本はこれから本格的な外科手術に入るのである。本来は中曽根政権の時に行わねばならなかったことを20年遅れてやるのだと僕は考えている。しかし日本人は方向性が定まればそのスピードは恐ろしく速い。民主党は43歳という若い党首を選んだ。状況は整った。そして舵を切ったのだ。日本は劇的に変化を遂げると考えている。(楽観的すぎるだろうか?)
2005.09.22
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人生を変えた年。郵政関連のニュースを見ていて思い出したが、よく考えてみればこの年は小泉政権の発足した年でもある。竹中平蔵さんが政権に参加する直前FM番組に出演していた。このときはまだ大学教授の肩書きで誰も政権に参加するとは思っていなかった。「これから旧世代と戦いが始まる」「今、旧世代の連中はつけを若い世代に残して勝ち逃げしようとしている、それに多くの若い人たちは気がついていない、勝ち逃げを許してはいけない」というような事をいっていた。ずばりすごいことを言う人がいるものだと大学教授にもこんな人がいたのかと思っていたら、一週間もしないうちに小泉政権に参加していた。自民党をぶっ壊すと言って総理になるのもおかしいが、そういう人を総理に選ぶ自民党も懐が深いというか何というか不思議な政党だと思った。長年政治に対して暗澹たる気持ちでいたのが光明が差してきたそんな気がした。そして今日、言葉通り自民党をぶっ壊した。森さんからの説得に殺されてもいいといった。命をかけてやれば国家的レベルの事を成し遂げられると起業家精神の中でもあった。司馬遼太郎の「日本の歴史は世界に誇れる一級品である」という言葉にあるように過去の歴史から、日本には時代の節目にそれまでの伝統やら何やらとは一切脈絡を持たない突然変異のように傑出した人物が現れている、織田信長はうつけといわれ変人扱いされていたし、坂本龍馬もそうだ。勝海舟もかなり変わっている。小泉さんも今は世間に言わせれば「うつけ」である。今後どういう展開になるかは予想が付かないがひょっとして数十年後の歴史はこの人を傑出した人物にあげる可能性があると思っている。そしてこの年20世紀から21世紀に変わったのである。新しい世紀に僕は自分の足で、自分の意志で歩むことが出来て何よりも幸せである。人生を変えた年・終わり
2005.08.08
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今日はある会社からの業務委託で仕事をした。終わった後、取締役と話をしたが、我々の仕事は奴隷みたいなもの、、、配達とかサービスはお客の奴隷みたいなもの、そこで知恵を使えばヤマトみたいにのびるんだよな、と言っていた。この人も、お客さんに振り回されたりして結構苦労しているんだなと、思った。がよくよく考えれば、起業すると言うことは一見自分中心に世界が動いていくようにみえるが実際はお客さんを中心に動いていく事になる、お客さんの奴隷とは正しい言葉だ。昼からはクレーム対応、交換しなければいけないかもしれない状態だったが、滅多に使わないスチーマー(高温の蒸気を噴射して汚れを落とす機械)を使って見るとうまく解決した。その場所はスチームのおかげでサウナ状態になり、汗だくになって作業したが、お客さんには納得いただいた。なんか今日は久々にいい汗をかいた気分だった。
2005.07.21
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この年は「9/11テロ」があった年でもある。この事件をみて「アメリカの時代は終わった」と予言めいた事を言う人もいた。最近のNHKで「ファイト」という朝ドラが放送されている。なんか今までの朝ドラと違って韓国ドラマの影響を受けているように思える。この中で由紀さおりふんする旅館の女将が、息子夫婦に後を次がせ女将を引退した後は音大を受験して音楽の勉強をすると宣言し、夫は「旅館の後を次がせたら二人で好きなところに旅行しようと思っていたのに」と大反対する。すると女将は「40年間女将を務めてきました、これからは私の好きなことをさせてください」と涙ながらに夫に訴える場面があった。恥ずかしい話であるが、会社で話合いがもたれたとき私も同じようなことを言った。自由という言葉に対してそれほど思い入れはなかったが、人間には自由に対するこんなにも強い思いがあるんだなと改めて感じた。今の日本は基本的に自由社会である。世界の状況を見るにおいてなんて恵まれた国だろうと思う。(恵まれていることが幸せとイコールではないということも最近わかったが)職業の選択の自由、信仰の自由、表現の自由、、、、でも自分の心は不自由であった。反対する人はいても、最終的には自分の判断決意なのであって、ひもでしばりつけたりすることなど誰にも出来ないのである。全て自分自身で自由を束縛してしまっているのである。自分が今自由に感じていることは何かというと経済的自由ではなく(笑)時間的自由でもなく、それは選択の自由なのである。誰になんと言われようが最終的に自分の意志で選択できる自由。その判断基準は 1.顧客にとって価値のあること 2.嫌なことはやらない。(会社にとって将来的にプラスにならないと思うこと) 3.関わる人にとって価値あること 4.子供の将来にプラスになること(何がプラスになるかはわからないが)等々まだよく整理出来ていません。つづく
2005.07.17
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日経ビジネスのインタビューにて先月トヨタ自動車の社長に就任した渡辺捷昭氏の言葉である。年商数百万のスモールビジネスから、利益一兆円超の世界的企業まで共通する原則なのだと驚いた。創業した年、まだまだ仕事が少なく、たまに忙しくなると仕事をこなしていても次の仕事への営業が出来なくて不安に思うことがあった。そんなときに福島先生に話したら「今の仕事を一生懸命することが最大の営業活動だ」と言われた。売上を追い求めたり、忙しくなってくるとどうしても効率優先になってしまう。ここに大きな落とし穴があるのだ。毎日自分に言い聞かせないといけない言葉である。「社長になって世界はまだまだ広かった」とも言っていた。
2005.07.16
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今日は午前中請求書、荷物、その他郵便物の発送処理や見積もりを行う。午後から現場へ材料を届け、総合体育館のトレーニング室へ3年ぶりくらいに入ってみる。それからプールで300mほど泳ぐ。体を使う仕事をしているがそれだけでは体力は付かない、ほっとくと、すぐ息切れするようになる。先月亡くなられた、「ヤマト運輸の元会長」小倉さんは僕の尊敬する経営者の一人である。運輸省と路線免許の許認可で裁判で争った反骨精神はすごいと思うし、10年以上前に「うちに年賀状配達を任せてくれれば大晦日に出した年賀状は元旦に届ける」と言っていた。以前、経済新聞に小倉さんが書いた私の履歴書が連載されていた。確か障害者が運営するベーカリーを立ち上げ、そこで働く障害者の人たちに給与を10万円払うという話があった。通常そういった施設では1万円ぐらいのお小遣い程度をあげるぐらいが普通らしいが、施設職員向けの講演で小倉会長は「経営努力が足りない、福祉という名に甘えている」と集まった関係者達に叱咤する場面があった。10万円という給与は決して小倉さんが援助しているわけではなく、実際にそのベーカリーの障害者の人たちが売り上げた利益から払っていて決して無理な金額ではない。10万円の給与があれば国からの給付金と併せて障害のある人でも自立して自分の好きなものを買ったり、好きなことにお金を使うことが可能になる。だから障害者だから難しいといって売上が上がらず一万円のお小遣い程度しかあげられないのは経営努力がたりない。と言うようなことがかかれていた。僕はこの話に鳥肌が立つような衝撃を受けた。やり方次第では利益を上げることができ無理と思っていた人たちでも自立出来る可能性が生まれるのだと・・・個人事業とはいえ経営を日々行っているのだが、今思うとこの考え方がベースにあると思った。事業というのは利益が出て初めて社会貢献が出来るのだなと、だから事業をするからには利益出して初めて次ぎへの投資、次へのステップにすすめ、関わる人たちにも貢献出来るのだと、、、でもマネーの虎の堀之内さんの言う「儲けを考えなければ商売はうまく行く」というのも真理だとも思うしこの辺がある意味哲学的というか逆説的な部分があって、、要するに事業に正解はないのであるが、、、最近コンビニのゆうパックの取り扱いを巡って、ヤマトは結局コンビニとの取引をやめたという件があったが、これも小倉さんの「反骨精神」は消えてないと思ったし、撤退するという経営判断が出来るのもすごいと思った。撤退後もすごいことにこの会社は売上も利益も確か伸びているのだ。今日もメール便やら着払い荷物やらヤマトのドライバーに携帯一本で依頼した、かゆい所に手が届くサービスを提供してくれてる。僕が身近に一番利用しているすばらしい会社なのだ。私は別に郵便局がなくても困らない。何を民営化反対と騒いでいるのだろう。この人たちは結局何事にもネガティブな未来しか想像できない人なんだろうと思う。話がそれたが、小倉昌男「ヤマト運輸元会長」は僕の尊敬する人の一人であり偉大な人である。その訃報はメディアでもっと大きく取り扱われてもいいはずなのに、、、
2005.07.09
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飲み会の翌日は確か土曜日だったと思う交代勤務だった。出社人数も少なく休み時間に何気なく会社の経済新聞を読んでいたら、島根県が今年から半年間にわたって「起業家スクール」を企画するとの記事が大きく出ていた。東京のコンサルティング会社の社長が講師を務め・・・最終的にはプレゼンテーションがあり投資家とのマッチング云々と書いてあったような気がした。自分のために県が企画してくれたようだと思った。「120%迷いはない」と昨日言い切ったものの、どうやって創業すればいいのかなんて全く知らなかった。いま考えてみればかなり無謀である。この記事を見逃していたら起業家スクールに申し込むことはなかったと思う。このころは起業家精神などという言葉はしらなかった。この年平成13年9月から起業家スクールは始まった。福島先生の初日の講義を聞き、自分の選択は間違っていなかったと確信し、勇気をもらい、無限の可能性があるのだということに初めて気がついた。"福島正伸ブログ"そして奇しくも会社の退職もこの月であった。まるでスライドフィルムが切り替わるように、会社員から起業家スクールの創業を目指す一受講生に切り替わったのだ。今までの職場仲間と別れスクールの第一期のメンバーと巡り会うのである。「持っているものを捨てれば、新しいものとの出会いがある」ドラスティックにこれほど変わるのかと自分自身信じられない思いであった。どれだけ今までの環境を変えたかったか20年間の強い思いがこれほどあっという間に変わったのは拍子抜けするほどだった。人から見ればただ会社を辞めただけじゃんと思われるかもしれないが、私にとっては人生の非常に大きなターニングポイントであったと思う。そして自分の意志で踏み出す一歩はどんな小さな一歩でも、周りに流されて歩く一歩とは数万倍いや比較にならない違いがあるし、様々な幸運な巡り会いがあるのだということに気づいた。つづく
2005.07.07
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4月に、口頭でで上司に退職の申し入れをした。がここから正式に退職を受け入れてもらえるまでに時間がかかった。何度か話し合いがもたれたが、私の性格として決意して一度口にしたことは翻すことはない。実際に決意したのはこの年だが、退職を意識し始めたのは6,7年前からである。そのころから意識的にローンなどは組まずに身軽でいるように意識してきた。ある時上司とか数人のメンバーで飲みにでた、私の本音が聞きたかったのかもしれない。でだいぶ酒が進んできたところで上司が私に面と向かって言った言葉が今でも忘れられない。 「ハッピーC君は絶対に失敗する」この言葉を言われても不思議と僕は冷静だった。反射的に「失敗しなければいいんだ」とそう心の中でつぶやいた。でこの飲み会で僕の締めくくりの言葉は「正直不安はありますが・・・」「会社やめることに120%迷いはありません!」当然のように言い放った。これで僕の退職は正式に受け入れられたような気がする(笑い)この後「絶対に失敗する」ともう一人僕に向かって言った人がいる。母親である(笑)二人とも僕をある面よく知る人だから、とても独立して事業をやれるような人間ではないと思われていた、今でもそうかもしれない。で僕はこの人達は標準的な世間一般の人たちだと思うし、この世間一般常識が実は非常識な部分が往々にしてあるというのも起業してからわかり始めてきた。でも今でもこの言葉が実は支えになっている。言われたとき不思議と腹は立たなかったし、くそー見返してやる・・などとも思わなかった。「絶対失敗する」「じゃ失敗しなければいいんだ」反射的にぼくの中でこの答えが返ってくる。実にありがたい言葉である。つづく
2005.07.05
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東京から戻り、会社に出社するが、まったく疲労感がなかった。明治神宮に参拝したとき不思議なほど爽快感を感じたのだがあのときエネルギーを充填したような気がする。このとき2年越しで担当していた仕事が大詰めを迎えようとしていた。いままでの僕の仕事の中では3本の指に入る大きな仕事であった。その後2ヶ月間はこの仕事に没頭していた。そして顧客との約束の納期も守り本稼働しリースもかかった。ある日何気なく会社で書類に目を通しているとき、社内でなにやらひそひそ話をしている誰のことを話しているのか知らないがそんなことどうでもいい。「会社を辞めよう」と突然に決意した。2000年問題も昨年方が付いたし、自分が担当していた物件も完了し次は何をするかちょうど空白の時だった。会議で私の提案はだいたい論理的かつ否定的な意見で反対され、会社に対しても興味を失っていていたのも確かだ。今後の会社の戦略会議が始まるが各部署から責任者が集まって合議するということで、出席するが、「こういうことはトップで決めたらどうか?それぞれの部署から集まって合議したら結局各部署の都合の良いようになり、何も変わらないんじゃないですか」と私は言ったが、、、結局トップで何も決められないからみんなを集めて、、いわばお上が何となく安心するための会議である。時間の無駄、早く帰って子供と風呂に入っている方がよっぽど有意義だと思った。でもこれもやめるいいわけだなと思う。二十歳で就職してから20年間、ずっーと魂が仮死状態のようになっていた。毎月月末に決まった金額が振り込まれる安定した人生、世間の常識というレールからはずれることへの恐怖心から身動きがとれずにいた。ずっと収容所で生活している気分だった。いや逆に刑務所生活にあこがれた時もある(がだいぼさんの日記で大変な所だと知り自分の無知にあきれた)笑われるかもしれないが本当である。つづく
2005.07.04
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2001年(平成13年)この年は人生を変えた年であった。この年小野洋子からの日本のビートルズファンに対してのメッセージをWEBサイトで見た。色紙にシンプルにかかれていた。 「夢を持とう!」2001年1月の下旬東京への往復航空券と宿泊付きの格安ツアーがあったので一日有給を取って妻と出かけた。特に深い意味もなく通常の片道の航空券よりやすかったし、東京で見てみたいところもあるし、という気軽な気持ちだった。最初に行ったところは埼玉スーパーアリーナ内にあるジョンレノンミュージアムたぶんお忍びで軽井沢に来ていた頃の写真だと思うが、ジョンと洋子とショーンが三人で写っていた写真、すごく幸せそうな家族の写真、不覚にもこの写真を見て涙してしまった。"ジョンレノンミュージアム"それから夕方から青山にあるブルーノートへ行きディディーブリッジウォーターのライブを見る。結構雪が降り始め道路には雪が積もっていた。"ブルーノート東京"日曜日の夜だと言うのに満席状態、I like sex! と明るく言いながら歌う彼女のライブは実に楽しかった。やっぱりライブはアルコールをいただきながら、間近で見るにかぎる。ここのスタッフは毎晩世界の超一流のアーティストのライブをみれるんだからいいなーと思う。ディディーブリッジウォーターの名が付いたおすすめのカクテルを頼む。柔らかく甘い口当たりがうまい!(伊勢宮で飲むカクテルとは違う、、、と思った)"ディディーブリッジウォーター"それから東京に来たら必ず(といっても2回目だが)立ち寄る、六本木にあるアビーロード。ここはビートルズのコピーバンドがライブをやっている。演奏は本物にまけてません。"六本木 アビーロード"3ステージぐらい続けて見た。↓アビーロードの由来は間違いなくこれ"ビートルズ Abbey load"翌日は、明治神宮に参拝した。まだ雪の残る参道を歩いているうちに何か非常に爽快なさわやかな気分になった。確か代々木公園だったと思うシルクドソレイユの「サルティンバンゴ」を見る。フジテレビだったか後援していたようだが、92年に広島で「ファシナシオン」を見たのだがそちらのほうが芸術性、神秘性があってよかったなーと思う。シルクドソレイユを見るならやっぱり今ラスベガスのショーで人気ナンバー1の「O」をいつか見なくてはと思う。このシルクドソレイユはすごいなと思う10年前に見てから今では全世界に様々なバージョンのショーを展開しているのだから、大道芸人達が確かカナダ政府の支援を受けてスタートしたが資金的に行き詰まって最後の資金を使って(帰りのお金はなかった)アメリカでショーをやってメディアで絶賛、成功への道のりを歩んだ歴史があったはずだ。"ラスベガスのOに関するBLOGを見つけた"つづく
2005.07.03
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タウンページに比較的大きなスペースで広告を掲載している関係でコンスタントに色々な問い合わせやら依頼の電話がかかってくる。昨日は、個人の方からかなり緊急を要する依頼があった。このときがいつかくるかと思っていたが、とうとうやってきた。自分としてはかなり冷静に対処できたと思うし、動揺もそれほどなかった。が、、、昨夜は何度か現場の光景で夜目が覚めた。自分では何ともないと思っていても意識の底では強烈なインパクトを受けているのだ。
2005.07.02
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これも1978年リリース、当時記憶では大原麗子と渡瀬恒彦が競演していたドラマで二人が夜景の見えるバーでカクテルを傾けているときにバックでこの曲がかかっていたのを聞いてなんてかっこいい曲だとしびれました。でも誰が歌っているかわからなかった。そして京都の十字屋レコード?の輸入盤専門店でこのジャケットを見たときひょっとしてこれではと手に取り部屋に戻って聞くと6曲目に見事にありました。このときの喜び、見つけ出した感動は今でも忘れません。なぜかこのアルバムは人に貸したりしていつのまにか手元からなくなっており、同じアルバム3枚買いました。バイトしてた店が元々ソウル喫茶でスタッフに黒人音楽オンリーの人がいてその人にこのアルバムを聴かせて、「この人白人なんですよ」というと「ホー歌うまいやんけ」ダニーハザウェイっぽいボーカルはだまされます。ジャケットもわざと白人とわからないようにシルエットにしてるんですよね。"ボビーコードウェル What You Won't Do for Love"ドラマのバックで流れていた 6曲目の.What You Won't Do for Loveこのイントロのブラスセクション何度聞いても最高にかっこよくしびれます。ラップでもカバーされますね。「デビューアルバムが最高傑作」のパターンではないかなと思います。
2005.06.30
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1978年にリリースされたこのアルバム18~19歳にかけて京都にいた頃バイト先でよくかかっていた。みんな山達と呼んでいた。友達と琵琶湖に行ってこのアルバムをラジカセでかけながらボートを浮かべた記憶がある。ライドオンタイムが発売される、山下達郎がブレイク直前の頃だった。今までの日本の音楽になかったバタ臭さ(死語?)が新鮮で、音楽がある種の雰囲気を作り出すというのも今までの日本の音楽にはなかったのではないかと思う。最近CDを購入して20数年ぶりに聞き直したが、すでに山達サウンドがこのときに完成されたのに驚いた。全ての曲のメロディ、サウンドともすばらしく、本人がこのとき音楽活動に行き詰まりを感じこれが最後のアルバムと覚悟してレコーディングしていたとは信じられない傑作である。"山下達郎 「GO AHEAD」"残念ながら現在入荷待ち。
2005.06.29
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昨日、某総合病院から電話があり、「お宅の会社のことはあちこちでよく耳にする。お願いしたい仕事が色々あるので打ち合わせしたい」とのこと、これは大きなビジネスチャンスが!!と早速訪問し、受付で「*階におられる**さんお願いします」と言うと入院患者の方ですか?と聞かれるので「仕事の依頼だったのでたぶん職員の方だと思うのですが」というと*階は病棟で職員は看護師しかいませんが、、、しばらく電話のやりとりの後、*階の看護師さんが「**さんは現在入院中でたぶんそちらで働きたいという電話だったと思うのですが、今入院中で働ける状態ではないので、、、」なんか要領の得ない話だった。私もじゃあそういうことでと、引き上げたのだが、翌朝**さんからTELがあり「昨日はありがとうございました、病室をクリーニングしていただいて、また今後もよろしくお願いします」「どういたしまして???」なんか狐につままれたような仕事の依頼であった。
2005.06.28
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今回思ったのだが、そう思ったらそのとき行動に移すことがとても大事であると思った。家族で旅行するためにはいろいろな条件がそろわないといけない。周りに病人がいない、自分がいなくても仕事に支障が出ない。子供が休みを取れる。旅費が貯まった。など、、来年も計画しているのだが、これも上記のような条件がそろわなくてはいけない。なぜまだ小さい子供を連れてまで家族で旅行に行きたいのか自分でも不思議なところはあるのだが、、でも自分の気持ちに正直に行動する、そしてその障害、リスクに関しては最大限配慮して実行に移す。これは起業家精神に通じるものがあるのではないかと思った。実行した結果に関しては思った以上の収穫があるのもビジネスとつうじるものがある。ジンバラン湾の海岸を散策する娘達。クタのビーチはまるでリトルワイキキのような雰囲気であったが、ここジンバランのビーチは地元の人たちが犬を連れて散歩していたりしてとてものどかであった。クタのハードロックカフェにて、スタッフに抱っこされる娘。ホスピタリティあふれるというか、このスタッフはずっとテーブルのそばにいて、娘の子守をしてくれた。地元の人に娘達はモテモテであった。夜11時からロックバンドのライブがあるそうで、娘達をホテルで寝かしつけて、またライブ見に来ようかと誘惑にかられた・・・
2005.06.27
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娘の絵がアイパルテに展示されているというので、昼から仕事が入っていたので朝のうち見に行く、揖屋と意東幼児園の絵が展示されていた。子供達の書いた絵を見るのは楽しい。この絵はウインクをしているところらしい。その足であのマネーの虎の堀之内さんの生活創庫がオープンしたとのことで見に行く。お袋が保温用の炊飯器が欲しいと言っていたので4100円で買う。私が担当している現場のすぐとなりなので驚く。毎月店の状況をウオッチできる。
2005.06.26
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一週間ほど南の島に行ってリフレッシュしてきました。半年近く日記の更新も止まっていましたが、これからまた再スタートを切ります。今までは起業というテーマでちょっと堅苦しい感じがありましたが、これからはちょっと趣味の部分に重点を置いて書いていこうと思います。ちょうど一年前沖縄に行き、今度は思い切ってバリ島に行ってみることにした。バリ島はいいという話を聞いていたのでいつかはと思っていた。で、僕の一つの目的がこれ↓関空まで休憩を入れて5時間、関空からデンバサール空港まで7時間、合計12時間かけて、家族を道連れに赤道を越えて来たのはこの一杯のためである。僕は観光地巡りとか買い物とかには興味はなく、ビーチに寝そべってビールを飲む瞬間に最大の至福を感じるのである。子供たちはひたすらプールで遊び、僕はそれを眺めながら日本から持ってきた一冊の本を読み終えることができた。"ポール・ホーケン著 「ビジネスを育てる」"起業してから現在までのことを思いめぐらせながら、この本を読んでいてしみじみ顧客の大切さ、ありがたさを感じた。そして周りの人々への感謝の気持ちがわいてきた。
2005.06.25
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ライブドア社長のブログより抜粋livedoor 社長日記「大前研一のアタッカーズビジネススクールで講演。つくづく不思議なのは、なぜわざわざ私ごときの講演を聞きにくるのかということ。起業したいなら、今すぐ起業すべきだし、私が講演で話すことなど私の本に全部書いてあるに決まっている。それが当たり前というものだ。私が大学に行かなくなったのも教授は自分の本の内容以上の事は話さないということが分かったからだ。起業している人は私の講演を聞く暇があったら営業に走ったほうが良い」そのとおりと思った。難しく考えず「自分の足で歩いて営業すること」が起業の第一歩とつくづく思う。という私も営業となるとずんと腰が重くなる、そのきっかけをつかむまでが大変だ。2週間ほど前に営業した2社とはその後何も進展がなく、大きなストレスとなっていた。一社は何度か電話したが担当者がつかまらなかったが、今日電話すると本人がでてきたのでちょっと驚いたが電話での一分にも満たないプレゼンをした。次のプレゼンの戦略も出来た。ここはひたすらこちらの熱意を伝える戦略をとる。そして夕刻もう一社の方から電話があった。前回あった人の上司であった。一度ゆっくりお会いして話がしたい。との事、今日はここ2週間のストレスが飛んだ。営業とは片思いの相手に初めて電話するようなどきどきとしたスリルを味わうことができる。うまく思いが伝わればひたすら相手のために尽くす、これは恋愛より単純にその効果は現れると思う。
2004.11.19
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最近欠かさず見ているブログがあります。高橋がなりブログ 虎の声こんな風に語れたらかっこいいなと思いながら読んでます。先週久々に名刺一枚で飛び込み営業をしてみた、10分間ほどだろうかお話をさせていただいたよい感触を得た、これからは週一件は飛び込みして新規顧客開拓する事にした。プレゼンはこういった初対面の人に会うときにほんとに重要性だと思う。名付けて名刺一枚のプレゼン
2004.11.06
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○○さんに経理の説明。今後様子を見ながらどんどん仕事をしてもらおう後処理に関する部分は出来るだけ人に任せて自分は未来に向かった仕事に専念できる環境に作り上げていく。自宅の倉庫駐車スペースが手狭になってきて、借地の打ち合わせに行く。一件見積もりを行う。このごろ自分の仕事の主体は見積もり業務になりつつある。見積もりに関しては素早い提出を最優先事項に決めた。先日に続いて夕方インテリアコーディネータフェスタにいく、驚いたことに最近取引を始めたメーカーが出店しており、担当の方もきておられたので挨拶をする。世の中狭いと感じる。
2004.10.17
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「ある程度の形が出来ていれば、売上を伸ばす戦略も考えられるが、始まったばかり、形が出来ていない場合は数多くの方法を試すことでしか会社を形作って行くしかないのかもしれない。そんな中で今これから始めることはいったい何をすればよいのか?これから考えていく。まずチラシから」創業した年、今日の同じ日にパソコンにこんな事を書いていた。このころは取引先もぽつぽつ出来始めていたがまだまだ稼働率は低い状態だった。このころに比べると今はある程度ビジネスモデルも出来てきて戦略も考えられるようになってきている。今日も見積もりやら打ち合わせで現場はスタッフに任せてばたばたしていたがこんな二年前の日記を見ればよりいっそう今何をしなくては行けないか?と言う思いに強く駆られた。
2004.10.13
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朝から某新聞社の取材を受ける。提供できる資料を準備しておけばよかったと思った。自社を説明するのに明快にわかる資料を作らなければ行けないと思う。写真撮影に南平台の現場へ行き何枚か写真を写す。記事は来月頃掲載になるとの話だった。南平台の裏の方から下っていくと国屋につながっており、最近松江カントリーをくぐるトンネルが開通して、春日方面にも抜けるのに便利になった。スタッフが次の浜乃木の現場に向かう間、この南平台-国屋-春日線を通り学園に向かい会社の制服を統一しようと思い、作業服を見に行く。今日は午後から仕事の依頼の電話、メール続けて入りスケジュール調整に頭の中がくるくると回った。不思議と仕事の依頼が入る日は重なるものである。それにしてもこの間まで猛暑で騒いでいたのにもうすぐ10月の中旬になる、今年も後2ヶ月とちょっとなんて最近時間の立つのが加速度的に早くなってきておりマジで恐ろしくなってきた。
2004.10.07
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出雲へ巡回D君が参加、一通りやってもらう何回かやれば一人でも行けそうだ。出雲で動ける人が出来て助かった。資材を直送で 内装業者さんに届く予定が届かないと連絡があった。初めての取引なので手違いがあるかもしれない旨話した。案の定うちに届いていた、担当者に電話すると素直にミスを認め出雲と東出雲を混同してしまったと言っていた。たぶん次からはスムーズに運ぶと思う。帰ってから自分で運送会社に配送手続きをしに言った。受付に行ったのだが事務所の誰も知らんぷりだ。しばらく回りを見渡したが誰も机から立とうとしないので、「すいません!!」と大声で怒鳴った。まるで昔のお役所の受付のようだ。受付担当がいなければ「ちょっと待ってください」ぐらい言えないのかと思った。以前からココの対応の悪さが気になっていたが、創業してから顧客対応の良し悪しには非常に敏感になった。この間、公園でみんなで弁当を食べていたら、エプロンをした女の子がこちらに歩いてきて、「電話してもらったら公園にも宅配しますので機会があればご利用ください」とランチメニューのチラシをくれた。ファミリーチェーン店だったが、たぶんバイトの女の子なのだろうと思うが、このように営業すればいくらでも売り上げは伸びるんだろうなと感心した。
2004.10.06
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いままで楽天で日記を書いてきましたが、自分の中で何を意図していたかなと考えたら、起業家スクールで出会った人たち向けのメッセージ性が強いなと思いました。昨日紹介したWEB起業講座を自分でもまた読み返していました。そして自分が今まで言いたかったことがココに集約されていました。売れる事業の基準スクールに第一期から在籍して多くの悩める起業志望の人たちに出会い早く最初の起業のハードルを乗り越えてもらいたいという思いから紹介させて頂きます。私はまだまだ自分自身始まったばっかりで偉そうな事をいえる段階ではありませんが、是非ともみんなに早く、少しでも、多くの人に事業の成功に向かって進んで頂きたいという気持ちでいっぱいです。
2004.10.01
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WEB起業講座何をするかで迷ったとき、事業をすすめて行く上で悩んだ時はこのホームページはおすすめです。起業したら必ず通る道、ぶつかる壁などが書いてあり私も時々読んでいます。
2004.09.30
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