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年に一度くらい、長野の勉強会では「心行」の解説をすることがあります。隔月でお送りしています会員さん向けのCDにも、その内容は収録しております。そのような事で、今年も、春先に解説をしてみたのですが、その録音した内容のCD起こしをして、その内容を、こちらのブログに順次掲載しております。内容が良いか悪いか、またレベルが低い高いは別としまして、誰にでも理解できることを目指した、一つの解説方法だと思って、ご理解いただけますと、ありがたいと思います。こちらの掲載は、ある程度の期間にわたりますが、少しずつ書いていく予定です。http://blogs.yahoo.co.jp/sefuti/folder/1500100.html正法真理を学ぶにあたりまして、この「心行」は要となると思います。園頭先生は、高橋信次先生の「正法」を学ぶ団体は、この「正法」を遵奉出来るかどうかが、本物かどうかの見極めになる、という様な事を言われておりました。※正確に覚えているわけではありませんが、そのようなニュアンスのことをお話しされていました。
2009.11.09
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第二回目「心と体を浄化する波動改善セミナー」あなたの心と体が波動を感じるセンサーになる!!自分の体をセンサーにする事で、さまざまな波動をキャッチできる様になります。そしてこの技術で、良い波動を生活に取り入れることが出来ます。ここで行う波動改善技術は、豊かで幸福な生活を実現するための、良き指針となってくれる事でしょう。真理追求にも大変役に立ちます。日時 3月16日(日) 10:30~16:00 ※今後も毎月の第3日曜日の10:30~16:00を予定します。場所 〒140-0002 東京都品川区東品川3-27-25 オフィスイン品川2F アストラル品川 カフェエリア心と体が軽くなる素晴らしい波動を持った、オープン間もないキックボクシングのジム内のサロンです。案内図はこちらもご覧ください。http://www.astral-shinagawa.com/as10.htm京浜急行線の特急又は急行で一つ目、「青物横丁」で降りて海に向かって来て、「元なぎさ通り」を真っ直ぐ渡り、左側少し歩いてローソンの隣の「酒のカクヤス」の2階です。案内図 セミナーの様子です 頭頂部にエネルギーを入れて、気の流れを良くします 定員 10名 ※上限で15名までです。会費 4,500円持ち物 5円玉 筆記用具内容健康についての波動改善について行います。 ● 心と体の浄化を図る瞑想 ● 人体図を使った健康チェック ● 人体図を使って体にエネルギーを入れる方法 ● 体のトラブルの各要因の調べ方・・・など 多少の体のトラブルも、その場で楽になってしまいます。 参加されると、きっと不思議な体験をされるでしょう。 ================================================= 長野市では、毎週金曜日の夜、セミナーを行っています。 興味のある方はお問い合わせください。 =================================================個人レッスンも承ります一時間1,500円 (目安として、一回当たり2~3時間) 出張の場合は、交通費別途となります。お申し込み先 SE研究所 穂苅まで TEL 026-259-5567・FAX 026-263-5583 info@selabo.jphttp://www.selabo.jp/夢をかなえるゾウこの本は面白いです
2008.02.24
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- 正しい瞑想の仕方 -園頭先生と高橋信次先生の出会いより(高橋信次先生が)「園頭さん、精神を統一してみて下さい」といわれた。短い浴衣の前をかき合わせて正座したら、「あ、、そんな窮屈な姿勢では精神統一できません。時間が長くなると足がしぴれて、足の方に気をとられて心は集中しないでしょう。本当に精神統一をするためには身体はラクにして、どこにも心がひっかからないようにすることです。あぐらをかきなさい。」と言われた。たしかに正座では足がしぴれて長くは坐れない。足が痛くなってくると、本当に精神集中どころではなくなってくる。私(園頭先生)はタ食が終ったら、また服に着替えて席を改めて何かを教えていただくのであろうと、宗教の奥儀伝授の荘厳な場面を想像していたので、浴衣がけでそのままで何かを教えていただくということにも最初いささか心の抵抗を覚えたが、それはそれまでの永い習慣、しきたりからくる思いであって、考えてみると、精神統一と服装とは開係のないことであった。形式だけを重んずる儀式によって悟りが得られるものではないのだということがすぐ分かった。肉体のどこにも捉われないラクな坐り方。それは、心と肉体の調和を図るためだということもすぐ分かった。精神統一というと心も身体も固くする人があるが、それではいけない。心も身体もラクにしなければいけないのである。心と肉体とは相関関係にあるから、肉体を緊張させて心はラクであるとか、心は緊張させて身体はラクにとかということは出来ない。心をラクに自由にしようと思えば、身体にどこにも心がひっかからないようなラクな姿勢をしなければいけない。だから、禅宗で、手の組み方とか足の組み方とか、やかましくいうのは本当ではないのである。ラクにしなさいと言われてハッと思い出したのは昭和十五年、私(園頭先生)が中支通城県の第一線で「宇宙即我」を体験した時も、禅宗で教えているような坐り方をしたのではなかった。勿論それまで坐禅を習ったこともないのであるから、しなかったのも当然である。「あぐらをかきなさい」と言われたからといって、何が何でもあぐらをかかなければならない、ということもまたないのである。正坐することに慣れて長時間坐っても、足がどうもないという人は正坐してもいいのである。とにかくその場合、私は浴衣がけであぐらをかいて背骨を正し首筋を正して精神集中にはいった。心が統一し集中してくると呼吸も自然に整ってくるのであって、書店に出ている多くの坐禅に関する本、瞑想に関する本には、難しい幾つもの呼吸法が書いてあって、その呼吸法を習得しないと心は集中しないように書いてあるが、これも正しいものではない。心が集中してくると呼吸は自然に深くなってくる。析角、坐禅をやり瞑想をやった人が途中で挫析する人が多いのは、心のあり方を教えないでやたらに姿勢や呼吸法をやかましく云うからであると思っている。また、根本的に大事なことは「無念無想」になってはいけないことである。「有念有想」で精神が統一してゆかないと「宇宙即我」を体験することは出来ないのである。正法誌No22より
2004.02.20
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