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自分とは何か 何のために生きているか 今更考えていたら・・・今 立ち位置が ハッキリしました。生きる道と書きましたが具体的ではないし、立ち位置かそれは、「博愛の精神」せっかく小学校6年の時から持っていたのに失ってしまった。我子が小学校6年から科学者になることを目指しそのとおりに進んでいるのを昼食一緒にしながら見ていて 気づきました。私の目指していることは 具体的ではないけれどねある時 大きく落ち込むようなことがあって自己卑下の人生 反骨精神で頑張った時もあって人には良く見せようとも時にするけど結局 何も取り戻さないで、何も獲得せずに生きてきました。「執着を絶つ」という言い方も逃避だったかもまた、その自己卑下が取れてないことは 個人主義になっていたのでしたそれでも 「自分は何か持っているだろう」と考えました自分で考えて でも 自分を第三者的に見て考えてそこで 「博愛の精神」だけは 人一倍持っているのではないかと<意味>すべての人を平等に愛すること。人種・国家・階級・宗教などの違いを越えて、人類は広く愛し合うべきであるとする主義。1対1の 愛 は たとえ男女間でなくても 男同士でも 暖かいものですだから 博愛というのは 寂しくもあります。だから 博愛から 離れて 個人の愛とか 自分自身の中に居ました。でも本気で 以下のような絵のように 星が街中に広がれば全ての人が 幸せになるだろうと考えています。そんな人が 世の中にいてもいいのではないかと 思えてきましたそれが 自分と このように「博愛の精神」をもって 生活する 生きる道 大げさで「立ち位置」で物事を見聞きし 考え 勉強し 行動するそれを 今日をもって 取り戻し生きて行こうと思いますっ!全ての人々 100%の人々の幸福を願います私の生きる指針 ペンネーム ”most-asa ”の意 最高の「 All people Smile at All people 」「全ての人が、全ての人と微笑む」ために 生きていこうと決めました。
2012年01月29日
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キラリと光る星みんな星を持っている人間も 動物達も 植物達も自然界の鉱物、水の類や人工的な物理的なものもそれぞれ 皆 光るものを持っているいや ひょっとして 光るものでできているつまり 星でできている本能でのみ生きている動植物は、それらを作られた偉大な存在である神様の意のままに従順に役目を果たしている光自然界の鉱物、水、気体もしかり人工物は、作った人間の期待のような光、つまり星が行き続けている。そして、人間は、それらと共通する光 つまり星の持ち主でもあろうが人間だけに備わっているある力があるそれは その光 星を自ら 自分以外の人に手向けるとその星は どんどん 人間の内面に湧いてできてきます。だから 人間は 惜しむことなく 星を周囲に降らしてあげるべきです。その方法は1)手をふる2)笑顔・・などなど 星をまいてあげることになるのですが一番簡単にできるのは 1)手をふる です手をふって 星が手の平から出て出て 街中星だらけ人間は星を増やすことができますみなさん 手をふって 街中 星だらけにしてまいりましょう!!
2012年01月23日
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これは 完全に 俗に言う夢での話先週の土曜日の夢「手を振って、手から出る星で、街中、星だらけにしたい」と思ってイラスト作成中なのですがそれが 夢 ・・・ 街じゅうの人が 手を振ってくれるは何か たくさんの人の中で その全ての人が手を 嬉しそうに手を振ってる!自分にということでもなく、皆、それぞれに手を振り合っているんだ!これ 理想! そうなって 皆 幸せになってもらいたい!わが町が こんな風になるんだなあ と 思うと ワクワクです!燃えてます!(でも この話の協力者を ある会議で募りましたが・・・シーン「浅井さんらしい」と感心してくれたと思ったら 次ぎの議題にササッと移って・・・)そして 昨日の夢私はほんとは 会社で1人でいるのも好きなんだけど1人でいたはずなのにふと気づくと 会社には 社員さんが 10人以上いてまあ あきらめて 仕事に熱中してたところに 近所の人が来た。すぐ話は終わって、すると、また違う人が来て・・・それが、次から次ぎ来て・・・だんだん用事もないのに来る人が・・・そうして 会社は ごった返しているんです嬉しいような 「1人になりたかったのに」という気分でもありでも 活気があっていいかこんな夢 共通するのは「人がいっぱいうれしそう」という夢なんです何かいいことありそうなああ
2012年01月19日
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最近、多くの人が「ちゃん」付けなど 愛称で人を呼ぶ人が多いように思います。それこそ、欧米人がそうするように、日本が生活習慣も欧米化していきてる最たるものか日本人得意の「簡素化の文化」かそれにしても 私には「ちゃん」つけで 人を呼べません。周りに合わせて呼んだとしても、とても恥ずかしがっています。友人で唯一、いまだに 呼べてるのは「イトケン」伊藤という姓が 周りにあまりにも多いことその 友人が 賢治という これも良くある名前で仲良しの友人では「姓名の 名 の呼び捨て」くらいなんですが「イトケン」は どうにもこうにも こうなってます。この友人くらいです。幼稚園から大学までの友人で 名の呼び捨て かな仲のいい同級生女子もそうだ。 でも 30歳くらいまで・・・例えば「トミコ!」と呼び捨てにだったのですが・・・(このトミコは 医者の家に嫁いだのですが ある時 旦那さんの親のいる目の前で私が呼び捨てしまって 変な空気になってから 言うのやめました。あ あと幼稚園の仲良し 「せっちゃん」くらいか・・・)と それ以来 会社で 取引先で 行きつけの店で などなど 仲良しになっても「ちゃん」付けは まったく したことがありません欧米の人達は どうなんでしょう「ちゃん」付けと 同じニュアンスなんだろうか?メールでペンパルやってた チャコの友人は「・・・スキー」見たいな長ったらしい名前で全然違う言い方で 愛称は「マックス」自分で つけて 人に呼んでもらってるみたいでした。「大きくなりたい」希望の現われでね・・(実際 仕事は 今でこそどこにでもある バナーの開発者ですあの仕組み 売れたー一介のチェコ人が ロシア航空で エジプト旅行だの 遊び回ってた)イギリス人のペンパルは 名前の「シャロン」を短くして「シャン」だっただから フランクな欧米人でも「***ちゃん」という 言い方は 無いのでは? それは 「親しみよりも 尊敬」「人に言われるより自己主張」だから 「私は****です でも マックスでいいよ」と 相手に振る感じでは?何とはなしに 「ちゃん」付けする感じではないような・・・とにもかくにも 私は どうも「ちゃん」付けで人を呼べません申し訳ありません
2012年01月13日
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まだまだ ずっと 妻に言われている。「まだ 変な顔」 「顔が治らない」病気ではないです。精神状態、心の何かが悪くて、顔に出ているのです。ストレスと言ってしまうとそれで終わってしまいますが・・・会社経営のプレッシャーだけでもないそれは 過去からずっとそうだから何か 葛藤しているとかそれで いら立ってとか時に 落ち込んでか 何か・・・?妻は「わからないけど とにかくおかしい」そうだ。顔に出ているようだ。心の問題 その何かを求めるのはもちろんですがどうも「水不足」 ではないかと ピンときているその本質は 柔軟さ 自由さ 不足ずっと陸上生活してきて 重力に支配されもありやるべきことを やるためだけに 時間を費やす生活水の中でいる時のように 前後左右だけでなく 上下も逆転する世界(それは 空中でもいいのですが)前後左右の自由だけでは 私はダメなんです水泳をやればいいということでもないのです一生懸命 泳げばいいということでもなく(元水泳選手の私)水中ならば 「水の中で戯れる」時間が必要なのですそうだな行けなきゃ 地転 バック転 転がり 逆立ち 宙吊りそうまでして 体をかき回して 心を治して行けば 元どうりの顔になるような妻は きっと 15年くらい前の顔がいいんだろうなあ(若いとか そういうことではないと思います 自由奔放な 柔軟な ホンワカした顔だった)心の問題も 「まずは環境を変えて」「まずは形から」とかで きっかけつかむでしょう心身無二です
2012年01月10日
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(ずーーーっと以前書いたことありますが、次なる展開が・・・)背の丈3m以上はあろうかとおぼしき”葦の群生地”の眼前に、誰かが刈ってくれた「道」がいつも出来ていました。真っ直ぐな道ではなく、曲がりくねって、時々分かれ道のようにもなっている。でも、どちらかの道が太い道になっていて迷わず進んで行けました。そして、その行き先に「船」が待っていたので乗船しました。その船たるや、なんと「黄金の船」船の中に入ってみると・・・黄金の扉があり、開いてみると、床壁天井全てが黄金の部屋。床一面に財宝の数々、特大の”長持ち”のような玉手箱からはあふれんばかりの黄金の装飾品ザクザクです。「ああ これが宝船か~」と まばゆい黄金の光に心躍ります”葦の群生地の道”を行きながらも、宝船に乗ったままの生活。これが約10年続きました。それが その10年目のある日 突然「あなたはもう船を降りなさい」と言われ、船を降りることになりました。思い当たる節は、まったく無いわけではないけれどもそれからというもの「どうして船を降ろされたのだろう」と自問自答、自責の念が続きますどうしても 悪いほうに 悪いほうに考えて「また 乗せてください」と他力本願になります。これが 約12年続きました。それが それが 昨年11月17日 それは楠木の大木の下、湖の沢風が吹き、広ーい空をより感じさる筋雲のかかる風景の中 「船、宝船を自分で作りなさい」との声が・・・「あなたは1人漕ぎボートで、好き勝手な所に行きたがって、そのように生きてきたではないか」との叱咤の声・・・それから 約2時間の間 体を踊らされ 吐かされるかのごとく次から次へと その自分の身勝手さが解き明かされていきました。その合間には、航行に例えてのどうすればいいかの話が、ポツポツと湧いてきて、それも体を踊らされます。「船には船頭が必要で、先を見据えて航行しなければいけない」「船は何人も乗せて、荷物をを乗せてこそ、長く航行できるもの」「航行中は、持っているものの点検は欠かさず。行き先での迅速な対応に備えなさい」「航路を間違えないに越したことは無いが、極力早く目的の航路に戻りなさい」・・・・(これら踊りながら書き綴る・・・人が見たら気が狂ったの様相実際 声をかけられました「何してるの」・・「踊ってるの。体が止まらない」)少なくとも 船に例えて考えて生きていく手法を授かりました。とにかくこれからは 「宝船を自分で作って、航行していく」んです!
2012年01月04日
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2012年 はじまりましたね「先が見えない」世の中と言われますが 自分で探してみようと思いますマスコミ情報は マスコミ自体目先のことに捕らわれて 先を見ようともしてないのでマスコミ情報を 一生懸命 聞けば聞くほど 先が見えなくなってしまいます自分で まず 先を見ようとしてマスコミ情報は その材料とし 自分で想像しようと思います自分で 先を見てみよう おお 見えたぞ~
2012年01月01日
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