手をつなぐ理由(桃海 他)


 海は高く波を立て、テトラポットに打ち付ける。
 潮風を含んだ風はまだ冷たくて、髪の毛を湿らせた。

 海の匂いがした。
 肌寒かった。

 だから、それを理由に、
 二人でそっと、手をつないだ。



手をつなぐ理由





「あっちに行けば海があるって!行こうーっ!!」

 練習試合で海岸線の学校まで来た帰り道、エージ先輩が大きな声でそう言った。
「海行きたいにゃー。なあなあ、行こう行こう」
 確かに、テニスコートにいても海の匂いは感じていた。風が強かった。潮の匂いが流れてくる。
 駅の前の案内掲示板には、確かに海の表示があった。ここからはそれほど遠くない。
「行くぞーっ!」
 エージ先輩に引きずられるように、みんなで海沿いへと繋がる道を歩いた。




「……なあ、抜け出そうぜ」



 耳元で小さな声で桃城がそう言った。
「……はあ?」
「だからさあ、抜け出そうぜ。二人で海デートしねえ?」
 気がつくと、一番後方を歩いていた。
 前方には、エージ先輩を先頭に、先輩たちや1年がどこか楽しそうに歩いている。みんな、海が見たいんだ。強引なエージ先輩に、心のどこかで感謝しているだろうと思った。みんな楽しそうだった。
「……海堂、ほら、今ならバレねえって」
 桃城が小さな声で呟いている。

 そして、曲がり角の前で、答えを何も返す前に、桃城は俺の腕を強く引いて走り出した。
 一瞬のことだった。


「脱出成功!」

 全力で数十メートルを走った。
 振り返るともう他の部員たちの姿は見えなかった。あまりに突然の疾走に、はあはあと息が漏れる。
「……おまえなあ」
「いいじゃねえかよ、なあ。デートしようぜ、デート!」
 海沿いに続く国道。
 恐らく先輩たちが向かったのとは反対方面で。
 海が見えた。桃城が笑っていた。
 ああ、と深く溜め息を吐いた。
 そして、呆れたように一言だけ口にした。

「ばかか、おめーは」
 けれど、桃城は、また満面の笑みで笑って手を引いた。




 砂浜は途中で終わっていて、ヨット用のコンクリートで固められた岸へと繋がっていた。
 たくさんの停泊されたヨットの影を、二人で歩いた。
「すげえな、たくさんあるなー」
 そんな当たり前の事を驚いたように言いながら、桃城は手を離さなかった。
 手をつないで海辺を歩く。潮風が時々打ち付ける。悪天候のせいか、他に人影はほとんど見えなかった。


「なあ、あっちに行ってキスしようぜ」

 桃城が笑顔のままそう言った。
 一瞬、自分の頬が赤くなるのがわかった。

「はあ?」
 そう言って、視線を逸らす。つながれたままの手が恥ずかしかった。
「だからさー、ほら、あっちにテトラポットあるじゃん。あそこまで行って、キス、しようぜ」
 桃城の指差した先には、三角のテトラポットが砂浜に積み重ねられていた。
 確かに、そのコンクリートの影には死角がたくさんありそうだった。きっと誰にも見つからないだろう。
「なっ」
 桃城は笑っている。
 けれど、さすがに首を縦に振ることは出来なかった。
 キスしようと言われているのに、うんとは言えない。

 黙ってしろよ、ばか。
 内心そう毒づいて、けれど手を振り払えずに一緒に歩いている自分にも、ちょっとだけ嫌気がさした。



「うお?」 

 その時、桃城が突然立ち止まった。
「……ったく、なんだよなあ」
 そうぶつぶつと呟きながら、片手でポケットから携帯電話を取り出す。
「……電話か?」
 そう尋ねると、いいやと小さく首を振った。そして、ボタンを慣れた指先で押す。

「……っあー、もうバレちまった」
 桃城が、顔をしかめてそう言った。そして、自分のほうに携帯電話を向けて、困ったように笑う。
「菊丸先輩から」


『おまえら集団行動乱すなよなー、二人でどこ行ったにゃー!』


 画面の中には、そう文字が書かれていた。
 まあ、いいか、知らね。桃城はそう言って、また手を引いた。



 風は水分を含み重たかった。
 波が打ち寄せる音がする。空は暗くなり始めていた。雲が厚い。
 海辺には人が少なかった。

 だから、キスをした。
 テトラポットの影で、キスをした。
 抱き寄せられても、唇を重ねられても、口では抵抗しながら受け入れた。
 桃城は楽しそうに笑ってた。テトラポットに背中をつけて、その舌を受け入れた。

 何度も何度もキスをした。



「……もういいだろ。いい加減にしろよな」

 唇が離れて、唾液が少しだけ糸を引く。
 波の音に声をかき消されそうだったけれど、そう小さく呟いた。
 高い波、曇り空、物陰で恋人とキス。
 なんだか、雰囲気に流されていそうで、少しだけ恥ずかしかったから。

「んー、もっかいしよーぜ……」

 桃城がまた、顔を寄せて腕に力を込める。
 その甘い空気に、思わずまた目を閉じそうになった。瞼を落として、その暖かい唇を受け入れそうになった。



 けれど、その時。



「みーつけた。いちゃついてんなよなー」



 近くで、聞き慣れた声がした。


「桃、ずりぃなあー。なーに、海堂とキスしてんだよー、なー」



 菊丸先輩の声に、触れかけた唇が、そのまま動きを止めて。
「……先輩?」
 桃城が振り返った時には、菊丸先輩はにっこにこで笑っていた。



 何があったかわからずに思わず固まってしまう。
 菊丸先輩?キスしているところを見られた?
 混乱したまま、先輩のほうにおそるおそる視線を動かす。

 すると、先輩は笑った。
 いつものように、ちょっとだけ楽しそうに笑いながら、一歩前に出た。


「みんなに言わないでほしい?」


 少しだけ楽しそうで、どこか真剣で。
 試合をしている時のような目だった。
 答えられずに、一瞬固まったまま。桃城も動かなかった。

 すると先輩が、腕を強い力を引き寄せた。

 桃城から離れ、砂に足を取られて体重が菊丸先輩に全部かかってしまう。
 先輩は、意外に強い力で全体重を受け止めて、抱き寄せた。
 そして、にっこりと笑った。


「口止め料ね」


 そして、唇に深くキスをした。
 桃城の目の前で。
 菊丸先輩の舌が、口の中に優しく入ってきた。



 咄嗟のことに、抵抗も何も出来ず、思わずされるがままに唇を受け止める。

「……っだあっ!先輩!何してんすかっ!!」

 桃城の叫び声が聞えて、強い力で引き離された。
「あーっ、びっくりした!何先輩、海堂にキスしてんすかっ!!」
 桃城が興奮気味に、引き寄せた。
 先輩は笑う。
 そして、楽しそうに言った。
「だーって、桃がすっげー気持ちよさそうだったから。俺も海堂としてみたくなっちったー」



「海堂、なんかいい匂いすんね」

 菊丸先輩は、笑いながらそう言って振り返った。
 そして、遠くのほうに大きな声で「いたぞー、見つけたにゃーっ」と手を振った。
 続く海岸線の遠くに、見慣れた先輩たちの姿が見えた。
 抜け出したことを知っている人たち。
 なんだか恥ずかしくて、逃げ出してしまいたかった。




「あーあ、せっかく海デート出来ると思ったのになあ」

 先輩たちにさんざん色々言われた時にも、桃城は笑っているだけだった。
 俺が海堂のこと拉致したんすよ。
 桃城のその言葉に、先輩たちも、そうだと思ったと桃城をからかうだけだった。
 助かった、と少しだけ思った。助けられた、とも少しだけ思った。桃城に。

 輪の向こう側をふと見ると、菊丸先輩と目があった。 

 先輩は、その人差し指をそっと自分の唇にあてると、楽しそうにこっちを見て少しだけ笑った。
 思い出して、恥ずかしくなって、先輩から目を逸らした。
 キスをしたんだ、あの唇とキスをしたんだ。
 つい先ほどの生々しい感触を思い出して、恥ずかしさに下を向いた。



「海堂」

 名前を呼ばれ、慌てて振り返る、
 後ろには、長身の先輩が立っていた。
「……砂浜でロードワークすると、普段の倍以上筋力に負荷がかかるから、いつも以上のトレーニング効果が生まれるんだぞ」

 乾先輩は、唐突に、そういつもの淡々とした調子で言った。
「……ああ、聞いたことあります。でも中々来れねえし」
 その話題の内容に少しだけ安堵した。
 桃城と脱走したことをからかわれるのではないかと思っていたから。

 乾先輩が、眼鏡の奥でちょっとだけ笑ったのがわかった。
「そうだな。トレーニングの場所としては最適なんだけどな」
「そうっすね」
「今度来るか?」
「え?」
「走りに。効率的なメニュー組めるよ」
「……いいんすか?」
「ああ」

 乾先輩は、そう言うと桃城を囲んでまだ談笑している部員たちのほうをちらりと見た。
 そして、声を落として言った。

「条件があるけどな」

「なんですか?」
 そして、少しだけ屈んで、耳元で声を落として囁いた。


「二人で来よう」




 一瞬、意味がわからず言葉を詰まらせる。
 乾先輩は、また何事もなかったかのように平然と、
「いつでもいいさ、気が向いたら言ってくれ」
と淡々と言うと、先輩たちの輪の中に戻って行った。


 桃城に知られたら、絶対にうるさく色々と言われるだろうなと思ったけれど。
 効率的なトレーニングメニューには、少しだけひかれてしまった。
 少しだけ立ち止まって考えた。
 乾先輩の、言葉の意味を。



「海堂も大変だね」

 いつの間にか横にいた不二先輩が、にっこりと微笑みながらそう言った。
 きっと、この人には色々と見透かされているのだろうと諦めていたけれど。
 その隣にいた越前までもが、缶に入った炭酸飲料を飲みながら、わけのわからないことを言った。

「一度振り向かせたら、しつこそうなんスけどね。そこまでが大変そうっスよね」

「ふふ、そうだね。どうする、越前。ライバル多いよ?」
「不二先輩はどうするんスかぁ?」
「さあ、どうしようかな」
「ふーん、手強いね」

 何の話をしているのか、わかるような、わかりたくないような会話に耳を疑った。
 言葉に詰まり、何も返せずに駅までの道を歩く。
 風が少し冷たくなっていた。
 海風が重たい塩分を含んで肌につく。
 剥き出しのままの肩を覆おうと、レギュラージャージを器用にバッグの中から取り出した。

「そうそう」
 腕を通していると、不二先輩が楽しそうに笑顔で言った。
「まずは、肌露出しすぎないところからだね、海堂」
「・・・・・・?」
「あまりに出しすぎだと、みんな困っちゃうからね、色々と」
 隣で越前が笑いながら頷いた。

 なんだかわからないけれど、本能が危険だと言っている気がして、レギュラージャージのチャックを上げた。




「・・・・・・この辺りは、ヒラメかな」
「そうだね、砂浜だし。もっと凪の日だったら結構釣れるんじゃないかな」

 部長と河村先輩が、感慨深げに海を見ていた。
 二人とも遠い目で、海ではなくてその中を泳ぐ魚のことを想っているようだった。
「手塚ー、釣ったらたまには食べさせてよねー」
 菊丸先輩の声に、そうだそうだとみんなが声をあげた。
 部長はまとわりつく声を振り払うように、一言だけ言った。
「・・・・・・そうだな、考えておく」
 そして、なぜかこちらにちらりと視線を動かした。
 部長と目が合う。
 部長が静かにこっちを見ていて、一瞬びくりとした。
「・・・・・・釣れたら、な」
 意味深なようで、よくわからない言葉を吐いて、部長はまた前を向いて歩き出した。
 魚の話をしているはずなのに、妙な緊張感が流れていた。
 部長の言葉は、いつも重たい。
 なぜか重たい。




「・・・・・・あ、あのさ、海堂」

 気がつくと、河村先輩がいつもの穏やかな声で、けれどなぜか小さな声で話しかけていた。
「・・・・・・なんスか?」
「・・・・・・そういえば、今日親父が、美味いアナゴが入ったって言ってたんだ」
「・・・・・・」
「食べに来る?」
「え?」
「あ、そういえば新しい色の手ぬぐいも入ったんだよね。ほら、練習に使う?」

 以前、乾先輩に練習用に一本もらった手ぬぐい。
 もっと練習量を増やしたくて、河村先輩にもう一本貰いに行ったことがある。
 ああ、さすがに3本は・・・・・・と言いかけたところで、突然大きな声が耳元で響いた。



「わーっ!!!タカさん!アナゴ食べさせてくれるってさーっ!!うれしいにゃー!」


「え、いや、菊・・・・・・」
「美味しいアナゴだって!行こう行こう!!ねー、みんな」
 菊丸先輩が、本当に芯から嬉しそうにそう言った。
「えー、まじでまじで?」
「やったー!」
 部員たちも口々に、河村先輩を取り囲んで大騒ぎを始めた。
「あ、いや、だから、海堂に・・・・・・」
 そう呟く河村先輩の声も耳に入らないようで、それぞれに何が食べたいか盛り上がっている。
「この時期は近海ものが・・・」
「ヒラメがいいな」
「やっぱアナゴだよー!アナゴ!」
「ふふ、ワサビ多目にしてもらおうかな」

 河村先輩は、諦めたように小さく笑っていた。






 名残惜しく海と別れた。
 駅で、それぞれに切符を買った。

 話題の中心は、これから食べる寿司のことがほとんどで、誰もが浮き足だっていた。
 ホームに上がると、電車がちょうど滑り込んでくるところだった。

 電車がゆっくりと止まる。
 ドアが開き、乗客が降りてくる。



「抜け出そうぜ」



 その時、突然腕を強く引かれた。



 他の部員たちは、それぞれに電車に乗り込み、思い思いの場所に座りはじめていた。
「は、早く乗らねえと」
「いいからさー、抜け出そうぜ、海堂。今度こそ」
 アナウンスがホームに響く。
 発車のベルが鳴る。



 降りて来た人の波に紛れるように、桃城が、腕を引いた。


 ドアが閉まる。


 気がついた菊丸先輩が、こちらに向かって叫んでいるのがわかった。
「・・・・・・あーっ!!!桃ー!!また海堂連れてこうとしてるーっ!」




 電車はゆっくりとホームを滑り出した。
 みんなが、窓から驚いたようにこちらへ視線を向けているのがわかった。

「おいっ!!電車行っちまったじゃねえかよ!」
 小さくなっていく電車を見つめ、我に返り叫んだ。
 隣にいる桃城は、楽しそうに笑っていた。


「いいじゃねえかよ、な、海デートしてから帰ろうぜ」

 桃城は、悪戯っ子の顔をして笑っていた。

「さっきは途中で邪魔されたしな。今度こそ、二人っきりでデートしてから帰ろうぜ」




 桃城に掴まれたままの腕。
 みんなはもう電車に乗って行ってしまった。
 ホームにいても、潮の匂いが流れてきた。
 海の音は聞こえないけれど、海が近くだということがわかる匂いだった。

「な、海堂」


 少しだけ悩んでから、息を吐いた。


「・・・・・・少しだけだぞ」



 そう言うと、桃城は弾けたような笑顔で、おっしゃーっと握りこぶしを作った。




 桃城の誘いだけは、
 なぜかいつも断りきれなくて。


 海堂は自分に苦笑した。
 切符を払い戻して、また砂浜へと戻った。 

 曇りがかった暗い空の下。
 海は高く波を立て、テトラポットに打ち付ける。
 潮風を含んだ風はまだ冷たくて、髪の毛を湿らせた。

 海の匂いがした。
 肌寒かった。


 だから、手をつないだ。


 桃城が言った。

「なあ、海堂」

「あ?」
「今度はゆっくりキスしようぜ」
「・・・・・・おめーは、海見に来たんじゃねえのかよ」
「ちげーよ」
「は?」
「おまえとデートしに来たんだよ」




 潮風は冷たくて。
 空はまだ、重たい雲を抱えていたけれど。

 アナゴはちょっと食べたかったな。

 海堂はそう思いながら、目を閉じた。


 砂浜で、何度も何度も、キスをした。
 打ち寄せる波の音を聞きながら、一番落ち着く腕の中で、キスをした。

 海の音が、
 優しく優しく響いていた。







2600キリリクを、七瀬しなこ様より頂きました。


「桃海「海デートっ!!」なんてのだめですかね?総受け気味のギャグ風味でおねがいしまーす」
とのことでしたが・・・・・・、

すみませーんっ!!玉砕しました!!(笑)


最初はギャグ風味で書いていたのですが、
あまりにもキャラが全員破綻したので、諦めました。すみません・・・。
泣きながら潮干狩りをする手塚・・・とかになってしまったので。
いや、それはないだろ、と。


で、ならば「総受け」という部分だけでも頑張ろうかと・・・。
青学レギュラー全員いってみようと。
けれど・・・今気がつきました。

・・・大石忘れてた。



ああ、もう何から何まですみません(反省)。
タカさんや部長が、あまりにもわけがわからなくてすみません・・・全ての方にごめんなさい。
海より深く反省しています。

七瀬さま、リクありがとうございました!
全然応えられませんでしたが、こんなものでよければどうぞ・・・ほんとすみません。


☆☆☆☆
すばらしい!(キラキラ)
もう、キスのシーンに赤面しつつ、世界に飲み込まれてしまいました!!
ありがとうございました!!

ブックマークにリンクしております。

『パンドラ』 みん様


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