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私は、迷いがある時、悩みがある時。。問題が起こった時。。どうしても、外側に助けを求めてしまう。。そして、そんな時こそ、内側に向かうべきだと何度も学ばされる。。が、それでも、また、それを忘れて外側に助けを求めようとしてしまう。。。おそらく、問題を物質界での現象としてのみ捉えてしまっているから。。。対象も解決策も外側(物質界)に向けるのだろう。。。以前、チャネリングスクールに参加中に家庭教師として傍にいてくれた、ロード・メタトロンから物事を決めかねている私へのメッセージの中に「自分の内側に問いなさい。。。ハートの中へ入っていきなさい。。。」「ハートの中に美しいターコイズが見えたら、その決断を信じて 進みなさい。。少しくすんでいたら、今一度考えてみなさい。。黒っぽくみえたら、それは、あなたにとってのNOというサイン。。。これを常に、物事を悩んだり、迷ったりした時の決める目印にしなさい。。」いかにも、邪魔くさがりの私にピッタリの対処法ではないか。。。確かに、悩んだり迷ったとき、自分の心の状態を冷静にみていくと自分の本当の気持ちがよくわかるかも知れない。本当にそれをしたいのなら、心に何の迷いもないだろう。。。晴れわたった空の如く。。本当はそれをしたくないのなら、心はそれを遠ざけるだろう。。。本当は、したいのか、したくないのかわからなければ、心は彷徨い続けているだろう。。。人間には突き詰めていくと3つの苦しみ(もしくは傾向)があるという。。。仏教的に説いた3つの苦しみ(傾向)とは欲望。。執着。。。欲しい、欲しいと思う心。。。。に対し、信頼するという事。信頼し必要なものはいつも受け取っていたということを理解する。。。拒絶。。反発。。。いらない。いらないという心。。に対し、距離を置くこと。距離を置いてみることが出来ればそれらは再度、自分のもとへ戻ってこないということ。。。混乱。。何が欲しいのかわからないという心。。。に対し、明晰さを持つこと。。執着や拒絶を持たないことで、明晰性を見出せる。。。という事。。。らしい。。どれか、ひとつに偏りすぎてもいけないのだなぁ~この3つの傾向をどう、生かしてバランスをとるかが難しいんだなぁ~(^^ゞ
January 25, 2006
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20日の午後1時半頃。。。実家の母と暮らしていたシェルティーの又次郎(またじろう)が眠るように息を引き取った。。。突然だった。。あっという間の出来事だった。。20日、私は朝から夕方まで某セミナーに参加する予定でいた。が、予定通りの時間に目覚め、準備も整えていたのにもかかわらずその日は朝から、奇妙な感覚を感じて、どうしても家を出ることが出来なかった。何故か、わからないけれど、家をどうしても出て行く気になれなかったのだ。。体調がすぐれない訳でもないし、精神的にも何ら問題はないのにも拘わらず。。。それでも、どうにか午後からのセミナーに参加するべく家を出ようとした途端、電話のベルがなる。。母からだ。。普段なら、時間もない事だし、後でかけ直せばいいと思って家を出るところだが何故か、私は電話をとった。。。電話から聞こえてくる母の声は、心配と不安と混乱が感じられた。「まーちゃんの様子がおかしい。。」「すぐに来て欲しい。。」「今朝は元気に散歩にもいったしご飯もちゃんと食べてたのに。。」「とにかく様子がおかしい。。」と。。。電話を切ってスグに母の元に駆けつけた。。。時間は10分もかからなかっただろう。。玄関をあけて、母を呼ぶと「今、まーちゃん死んだわ。。」そう、母が呟いた。。。愕然とした。。。言葉がなかった。。。まーちゃんの死に顔は、まるで眠ってるように安らかだった。。普賢を亡くした私がそうだったように、突然すぎただけに、母は又次郎の死を受け止められないようだった。。半年前に、同じシェルティーの虎之介(とらのすけ)が長い闘病生活の末、逝った後一人暮らしの母には、又次郎の存在が大きかったように思う。。。母の傍で長い間、一緒に暮らしたマーちゃんにとっては、自分が逝くときに母を一人にしておくのは心配だったのかも知れない。。。だから、私が母の元につくと同時に旅立ったのかも知れない。。。母が一人っきりで、淋しがらない様にと。。。この1,2年は高齢で、目も見えなくなっていたし、耳も聞こえなくなってしまったせいでいっつも、ボォーとしている、まーちゃんだっだけど、共に暮らした母への最後の思いやりをマーちゃんらしい表現の仕方で示したのかも知れない。。。そう、思う。。。まーちゃん、ありがとうね。これからは天国で、また虎之介と一緒にいられるね。。ありがとうね。。。
January 20, 2006
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数日前、強烈な夢をみた。。。なぜか、私は夢の中で戦っている。。自分の手に負えない相手と戦っていた。。夢の中で、私は相手が自分の力だけでは勝てないことを知っていた。。そしてある人に必死に助けを求める。疑うことなく強く信じて助けを求めた。。。そして、助けを求めた人物がちゃんと、私を助けてくれた。。そして、その人物に「信じ抜く勇気があったからこそ助ける事が出来たのだ。。」「その勇気が大切だと。。」と教えられた。。。不可視の領域を信じ、学び続けていく自分に自信がなくなっていたからかもしれない。。。進むべき道に疑問を抱き、自信を失いかけてたからかも知れない。。自分の方向性を見失いかけていたからかも知れない。。。そんな時に、みた夢は私には強烈なメッセージだった。どんなことであっても、それを「信じ続ける勇気」の大切さ。。本当になんて、シンプルな事なんだろう。。そして、どうして忘れていたのだろう。。今一度、原点に戻って「信じる強さ」「信じ続ける勇気」を自分の中に、あることを忘れずに、また歩いて行こうと心から思う今日この頃である。。。
January 18, 2006
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