mayaさんが生きていたときは毎日メッセで話した。
もし今も彼女が生きていたら今日も話したことだろう。
夕食は何食べたとか、今日はいいことあった?とか
彼女と話せなくなった今、心に隙間が開いてしまったようだ。
今にして思えば
彼女は使わなくなったから車を売ったのではなく自分の入院費や治療費のため
両親の負担をなるべく小さくしようと思っていたのではないだろうか?
きっと彼女は辛くても自分でできることは自分でやったのだろう。
両親に負担をかけることが彼女には一番辛かったのではと今思う。
わたしが関節が痛いというと君は代わってあげたいと言うだろう
でも、、
代わってあげたいのはわたしのほうだった。
君にはやりたいことがたくさんあったのに・・・・・・・
時が立つにつれmayaさんと話した事の記憶が薄れていくのがわかる
「うん、うん。それでいいのよ」
と言うだろう
でもそれは悲しいことだ。
久々にmayaさんが夢に 2008.03.02 コメント(2)
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