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生駒聖書学院は昨日終業式でした。クリスマスと新年に向っての実習期間です。式が終わると冬休みではなく、2学期に学んだことを全国に出て行って実践するときです。その意味で生駒聖書学院は、生駒聖書実践神学校と言えると思います。
私も学院長ですが、エリムキリスト教会の牧師として毎日伝道したり、いろんな相談を受けたり牧師として務めを続けています。車の中にはいつもパワーフォーリビングや、自分の著書を積んで、いつでもどこでもだれにでもイエス・キリストの救いの福音を伝える用意をしています。
お話を聞いて下さる方があれば、いつでもどこでも神の愛と人の罪、イエス・キリストの十字架と復活を話します。悩みを打ち明けて下さる方の話をしっかりお聞きし、イエス・キリストを心にお迎えするようにお勧めします。
10月も心斎橋のステキなお店で五人の店員に出会いました。それぞれお話を聞くことができ、よいコミュニケーションが与えられ、「黙示録 3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」の聖書のことばを紹介しました。「アーメンと言えば救われる!」確信でいつも分かれるとき握手をして幸せを祈ります。何々さんの健康と仕事と「人生の幸せを、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメンと言うとみなさんアーメンと応答してくださいました。
アーメンとおっしゃった方々に、今日イエス・キリスト様を心にお迎えなさいませんか?と問うと、全員がハイと答えてくれました。そこでもう一度、「イエス様。私の心にお迎えします。お入りください。今までの自分の思うままの罪の人生をきよめて、新しい心をお与え下さい。信じます。アーメン」と声に出して祈ってもらいます。アーメンとともに、「ありがとうございます。私は救われました。感謝します!」
様々な出会いがありますが、一人でも多くの方々に幸いなクリスマスの時期に、イエス・キリストを信じ迎える気持ちを持ってもらいたいと祈りつつです。
ローマ人への手紙
10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。
10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。
10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。
10:5 モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いています。
10:6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。
10:7 また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。
10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。
10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。
10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」