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昨日は朝早くから動き続けでした。新幹線新大阪駅で30分の予定が2時間弱の会談。新幹線乗り口まで見送り、昼食の約束があり生駒駅からタクシーで帰宅し、そのまま車で鹿鳴館(イタリアンレストラン)へ約束の時間ジャストに到着。楽しい語らい・・・・。
夜9時過ぎに帰宅、久しぶりに遅い夕食。ハガキが届いており読んでみると、星原中学1年の時山の中から越境入学し、方言も違い友人もいなかったが親切に優しく教えてくれた先輩の方からだった。10年前上野駅で40年ぶりに再会し、人ごみの中でもお互いの顔がすぐ分かったほど可愛がってもらったお姉様でした。久しぶりに中学生時代の話しに花が咲き時計を見ると10時過ぎになっていました。
ものも言わないで黙っているだけの可愛い少年でしたと、懐かしそうに話してくれる先輩の声を聞きながら、この本を読んだら・・・・とかいろいろ教えてくれた彼女との出会いもまた、すべてのことが働いて益となるひとこまでした。同地域の小学校から中学へと進む少年たちの中で山の中からひとり通ってくるので、それだけでもみんなの記憶に残っていたんだと思うと、今の苦しみや辛さが会ったとしても、それらすべてが益へと変えられいく幸いを感謝します。
一九七八年は多くの新しいことが続いた。
二月末、林実師がサレルド・ベント兄弟とともに学院を訪れた。ベント兄弟は、スラビック・オリエンタル・ミッションの宣教師で、おもにソ連に聖書を運ぶ仕事をしていた。いつも守られていたが、ある時、国境の検問所で自動車を徹底的に調べられ、聖書が見つかった。すぐKGBに拘留され、取り調べは三ヶ月に及んだ。要点は一つだけで、ソ連国内でだれに聖書を渡したかだけを問われ続けた。彼は沈黙した。脅されたり、懐柔しようとされたり、ありとあらゆる精神的拷問が加えられた。しかし彼はイエス・キリストがともにいることを堅く信じていた。三ヶ月経ったある日、取り調べ官は「もう家に帰れるぞ。お前の仲間が全部告白したから、一人で頑張らなくてよい」と言い、ポケットの中から一枚の写真を取り出すと、「家族に会いたいだろうし、もう全部分かっているから、頑張らなくてもよい」と語った。ベントは仲間が話したのならと、自分が聖書を渡したアナトリの名前を言ってしまった。すべてはKGBの策略だった。ベントといっしょに拘留された仲間は、聖書を渡した相手の名前をだれ一人話してはいなかったのだ。ベントは心理作戦に負けてしまった。アナトリはすぐ連れてこられた。ベントは悔しさと悲しさでいっぱいになり、赦しを求めた。アナトリは静かに、「父親がいなくなる家族の名前で赦します」とだけ言うと、同時に引かれていった。
ベント兄弟はスウェーデン人らしい優しさで、静かに自分の弱さを語った。その話を聞くうちに、私の心に何かが燃えはじめた。彼が学院から帰る時、私は「私があなたの代わりにアナトリに会ってきます」と約束していた。
再び信仰だけで行こうと決心して祈り、信仰を告白した。
ソビエト行きを、スウェーデンやイギリスでの旅程も含めて、七月下旬から一ヶ月と決めた。今度も主はすべての必要を、教会員の祈りと献金とともに、多くの牧師やクリスチャンによって奇跡的に満たされた。
聖書を持ち込むのが目的だから、横浜からナホトカまでバイカル号で行くことにした。五十四時間のナホトカ航路を、五〇〇〇トンの船で行く。二十冊の聖書を持ち、聖画カードや地下教会へのおみやげも持った。
コリント人への第二の手紙
4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。
4:8 私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。
4:9 迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。
4:10 いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。
4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。
4:12 こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。
4:13 「私は信じた。それゆえに語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。
4:14 それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです。
4:15 すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためです。
4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
4:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。
4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。