私が見に行った、昼の部は、ジョージ川口さんの次男である。ライジ川口ジャズコレクションの若いグループ皮切りに、菅野邦彦トリオ(このコンガ担当の小川庸一さんは、ほぼ毎月見に行っている、ボサノヴァのグループの一員でもある)の何が起こるかわからないけど美しい演奏、チャーリー半田の楽しいボーカル、ペギー葉山さんらの素晴らしい女性ボーカル、そして、ジョージ川口Jr. NEW Big 4と続いた。 最後の、ジョージ川口Jr.NEW Big 4は、ジョージ川口の次男である、ライジ川口が、ジョージ川口Jr.を名乗り、ジョージ川口のトレードマークであるツーベース・ドラムを踏襲し、迫力のあるサウンドを出そうというバンドだ。 この「NEW Big 4」の演奏の前に、ジョージ川口さんの「ビッグ4」が出来たいきさつの朗読が、会場に流れた。 この「ビッグ4」は、日本人のジャズメンで、グループを作ることをコンセプトにしてメンバーを集めた。なかなかピアニストが見つからず、あきらめて、外国人プレーヤーを雇おうと思ったが、そんなときに、若手の中村八大が見つかり、日本人だけのジャズバンドが出来上がった。全員小柄だったが、大きな音で演奏し、外国のプレーヤーに負けないよう「ビッグ4」と名づけたそうだ。そして、大きく羽ばたいた。 ジョージ川口Jr.NEW Big 4が始まった。小さな頃、テレビで見た「ビッグ4」の雰囲気がある。大きく違うのは、松本英彦の奏でていたテナーサックスが、トランペットに入れ替わっているという事だ。迫力のあるサウンドと、お客さんに対するサービス精神は、見る見る会場を熱くした。 今から50年前に出来たバンドだが、このビッグ4のコンセプトは古くないと感じた。たとえ、既にメンバーの何人かが亡くなり、違うメンバーが、演奏こそしているが、一つの公演で10万人を動員しただけのバンドだったと、なんとなくわかった。 今、ジャズ界、いや、J-POPで、ビッグ4のようなものを造る事は、可能だろうか? これは、なかなか難しいと思う。 もしかすると、このような成立プロセスで作られ、成功したのは、イエローマジックオーケストラぐらいかもしれない。 今のミュージシャンは、すごく演奏が上手い。バークリー音楽院も、日本人でいっぱいというぐらい、熱心にプレイの腕を磨いている。しかし、50年前の若手プレーヤーとは、スケールと言うか舞台から発するオーラが違う。 それは、進駐軍という、戦争という別の目的で日本に来て、ストレスを溜め、数少ないレジャーとして、ライブを見に行く。つまらない演奏だったら、何が起こるかわからない。音楽家としては、素人だが、音楽を楽しみたいという気持ちは、玄人のお客さんとの戦いである。