P-Blog アイデア&インプレッション

2004.01.30
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新宿のミスタードーナツでミーティングをしていたら、友人のライターの携帯に、東急東横線の桜木町の実況写真が送られてきた。どこに、これだけいたのかと思われる夥しい数の鉄道ファンが、携帯の小さな液晶画面に映し出されている。
さて、この桜木町駅だが、日本の鉄道の最初の路線、明治5(1872).5.7 品川~横浜の仮開業 明治5(1872).9.12の新橋-横浜の横浜駅が、今のJR根岸線の桜木町駅である。
そんな、横浜の玄関であった、桜木町駅だが、明治20(1887).7.11に、国府津まで東海道線が延長した際は、今の桜木町駅である横浜駅で進行方向を反転(スイッチバック)していたため、その11年後の明治31年には、東海道の直通する線路が出来たために、直通列車が通らなくなる。そこで、東海道本線の横浜通過を避けるため、大正4年に、今の高島町付近に、新しい横浜駅が出来たことで、いままでの横浜駅を桜木町駅と呼ぶようになった。その後、関東大震災で、横浜駅が焼失したため、今の横浜駅の位置に移築し、そこに、東急、相鉄、京急のそれぞれの前身となる会社が接続したために、横浜の玄関口が、横浜駅になってしまった。
国電が運転されるようになるが、その後、昭和26年4月26日に、桜木町駅では、北陸トンネル火災と共に、日本の鉄道の防火基準に影響を与える、桜木町事件が起きたれもするが、昭和39年5月19日に根岸線(桜木町駅~磯子駅間)が開通。国鉄の桜木町駅が、終点でなくなった。
磯子駅周辺には、商業地域と、海を見おろす高層住宅地域が出現きたり。昭和45年3月に洋光台駅が誕生駅を中心にした町づくりがなされた。
そのため、横浜市磯子区あたりは、東京方面への交通の便が格段に向上し、人口は爆発的に増加したが、その一方、桜木町駅は、単なる通過駅になってしまった。もう、根岸線の桜木町駅は、横浜の玄関口の機能を失ったといえる。
今回、東横線の桜木町駅がなくなったことで、桜木町駅が、いよいよ、横浜の玄関口としての機能を終えたと言えよう。





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最終更新日  2004.08.12 03:27:52
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