それゆけ!派遣社員! ~研究所編~

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小さな恋の終わり





( はぁ~疲れた。 長い一日だったな…。 )


そう思いながら、自分の机を片付け

山中さんの机の上に 『お先に失礼します 磯野』

というメモを置いた。


そして、部屋のドアを開けた時 「お先に失礼します。」

と、周りの人達に声をかけた。


「...............。」 


ある程度、予想はしていたが、やはり無反応だった。


( ふぅ…。 また無視かぁ…。 ありえないよな~。 )

いつも笑顔で「お疲れさま~!」と挨拶をしてくれた人達が

大勢いた前の会社を、ふと思い出し

私は、肩を落としながら部屋のドアを閉めた。


すると後ろから 「磯野さん。 帰るところ?」

と声がした。


振り向くと、王子様が歩いてくるところだった。


「あ、はい。 ええと…お帰りですか?」


「うん。 今日は用事があるから早いんだ。

 ロビーまで一緒に行こう。」


「はい。」


私は、なんだか嬉しかった。


辛い状況を救ってくれたのは、王子様。

そして、恐ろしく長く感じた一日の終わりに

さわやかな笑顔で声をかけてくれたのも王子様…。


( こんな偶然があるんだ…。 )


私は、お昼の時よりも少し胸がドキドキしている

自分に気がついた…。


( まさか私、ほんとに王子様のことを…? )


「磯野さん、疲れちゃった?」

王子様の声で、ふと我にかえる。


「あ。いいえ。 すみません…。

 そういえば私、まだお名前を聞いてなくて…。」


「そうだったね。 僕は松田。 よろしくね。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「そういえば…。 お昼にグラウンドの所にいなかった?」


「えっ。ああ。 ベンチに座っていました…。

 あ、もしかして、松田さん野球部なんですか…?」


「そう。 センターで、一応4番!

 …って言ってもわからないか…。」


「いいえ。 私、マネージャーしてたことがあるんです。

 だからわかりますよ! センターで4番なんてスゴイですね!」


「えっ。 マネージャーしてたの?

 じゃあもしかして、スコアとか書ける?」


「はい。」


「じゃぁ、ぜひマネージャーになってよ!!

 スコア書ける人、探していたんだ!!」


「はい…。 あ…でも少し考えさせてください。」


王子様の誘いは、ものすごく嬉しかった。


でも、元彼のことがあり、もう二度とマネージャーには

なりたくないと思っていたのだ。


気持ちが揺れていた…。


心のどこかで、王子様と一緒にいたい…という

矛盾した気持ちもあったからだ…。 


私達は、ロビーまでの長い距離を

野球の話をしながら歩いた。


「磯野さんって好きなプロ野球チームあるの?」


「○○ファンです!」


「同じだぁ~!! 嬉しいな~! 少ないんだよねぇ。

 ○○のファンって。

 それにしてもよかったぁ! ××じゃなくて。」


「私も!! ××ファンの人とは、仲良くしませんから。」


そう言って、二人で大笑いした。


それからは、好きなチームの話で盛り上がり

会話が途切れないほど、とても楽しい時間を過ごした。


( こんなに偶然が続くなんて…これってもしかして運命?

  もし王子様が、運命の人だったら嬉しい…。 )


そんな風に思っているうちに、ロビーに到着した。


「遅いじゃない~。 あれ?磯野さん。」


そこにいたのは、坂本さんだった。


「廊下で会ったから、一緒に来たんだ。」


「そうだったの。」


私は、なんだか嫌な予感がした。

予感…というよりも、

一瞬で二人の関係を察してしまった…。


そして坂本さんが続けた…。


「私達、6月に結婚するの。

 今日はこれから式場に行くところ。

 いろいろ打ち合わせすることが多くて。

 おまけに、この人、土日に野球に行っちゃうから

 なかなか進まないの。 やんなっちゃう。」


「わかったわかった。 磯野さんの前なんだから

 それぐらいにしてくれよ。」


「はーい。」

坂本さんは、文句を言いながらも

とても幸せそうな笑顔だった。


(結婚…? 坂本さんと結婚するんだ…。)


私の心は、ついさっきまでの楽しい気持ちから急転して

暗く重いものになっていた…。


マネージャーに誘われて、嬉しいと思った自分が

みじめに思えた。


同じプロ野球ファン同士で盛り上がったことさえ

とても悲しかった。


( 私ったら、運命の人かも…なんて。 ホントにバカみたい…。 )


「ほら、磯野さんだってあきれてるじゃないか。」

何も言わない私に気付いて、王子様がそう言った。


私は慌てて

「あ。 いいえ。 そんなことないです。

 ご結婚、おめでとうございます…。」

と、頭を下げた。


「ありがとう。 それじゃぁ、また明日ね!」

「磯野さん、お疲れさま。」


それぞれ私に声をかけると、二人仲良く

ロビーを出て行った。


( そうだよね。 王子様には、やっぱりお姫様だよね…。

  私を快く、坂本さんに紹介してくれたのも

  こういうことだったんだ…。 )


二人の背中を見つめながら、

私は胸の奥の、ちくん…とした痛みを感じていた。


たった5時間の、小さな恋の終わりだった…。





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