FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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一部性的描写が含まれますので、性的描写が苦手な方は閲覧をご遠慮ください。 2011年5月。 ウィーン・ホーフブルク宮では、ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフとその妻・瑞姫の結婚1周年を祝うパーティーが行われていた。「お兄様、ミズキ!」主賓として客達に挨拶をしている2人の元に、ルドルフの妹・マリアーヴァレリーとその婚約者・フランツ=サルヴァトールがやって来た。「ヴァレリー様、ご無沙汰しております。」瑞姫はそう言ってヴァレリーに頭を下げると、彼女は苦笑した。「わたし達はもう義理とはいえ姉妹となったのだから、敬語はなしよ。それにしてもミズキがお兄様とご結婚されていたなんて少し驚いてしまったわ。でも、お兄様あなたの隣ではいつも笑顔を浮かべていらっしゃるわ。」ヴァレリーはそう言って、瑞姫の隣に立っているルドルフを見た。彼はパーティーに来ていた旧友達と談笑していた。「お兄様は余りあんな顔をわたし達の前では見せないのよ。いつもは気難しい顔をして何処か人を寄せ付けなかったわ。でも、あなたと結婚して変わったみたい。」「そうですか。」「それに、リョータロウをあやすお兄様のあんなにお優しそうなお顔も初めて見たわ。やっぱりあなたとお兄様がご一緒になられて良かったわ。」「ありがとうございます・・」瑞姫が照れ臭そうにそう言って笑うと、不意に彼女は視線を感じて会場の隅を見た。そこには1人の男が立っていた。彼はじっと、瑞姫を見ていた。「ヴァレリー様、あの方は?」「ああ、あの人ね。最近フランスから来たっていう・・名前はなんだったかしら?」「ミズキ、わたしという男が居ながら抜け駆けするつもりか?」ルドルフはそう言うと、瑞姫を後ろから抱き締めた。「そんな事しませんよ。それよりも、もうご挨拶はいいんですか?」「いや、いい。パーティーが終わったら、2人だけで祝わないか?」ルドルフの言葉に、瑞姫は静かに頷いた。―まぁ、なんて仲の良いこと・・―お似合いのカップルだわ。―ルドルフ様も、以前にまして次期皇帝としての威厳がおありになられて。―ご覧になって、ルドルフ様のあの笑顔。今までにあんな穏やかなそうなお顔、見た事がありませんわ。―やはり皇太子妃様との関係が上手くいっておられるからよ。仲睦まじい様子の皇太子妃夫妻を見ていた貴族達はそう囁きを交わしながら、見つめ合い談笑する瑞姫とルドルフの姿を見た。そんな彼らの姿を会場の隅で見つめる男がいた。男のアイスブルーの視線は、瑞姫に向けられていた。 パーティーが終わり、瑞姫はルドルフに乳房を愛撫されて喘いだ。「もう大丈夫みたいだな。」じんわりとタオルを濡らす液体を見つめたルドルフは、そう言って瑞姫を見た。「遼太郎は?」「もう寝ているさ。それより今夜は2人だけの結婚記念日を祝うんだろう?」「ええ。」「じゃぁ、今夜はリョータロウの代わりにお前のおっぱいを吸ってやろう。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の乳房に顔を埋めて乳首を吸い始めた。「あぁ、いい!」身体の隅々までルドルフに愛撫され、瑞姫が悶えていると、おもむろに彼が瑞姫の下に寝そべった。瑞姫はゆっくりと腰を落としてルドルフの上で動くと、彼は下から激しく瑞姫を突き上げた。天蓋の中では2人の喘ぎ声と激しい摩擦音が響いた。「まだ2人目は早いかな?」「どうでしょう? 避妊しているから大丈夫だと思いますけど・・」「最近感じやすいな。産後にはセックスレスになる夫婦がいるようだが、わたし達には無縁だな。」「ええ。」 翌朝、瑞姫が王宮の廊下を歩いていると、また誰かの視線を感じて彼女が振り向くと、昨夜大広間に居た男が立っていた。にほんブログ村
2011年01月15日
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瑞姫は突然の事で一瞬呆けていたが、フラッシュが眩い光を自分に向けて連射することに気づき、慌てて顔を伏せた。「一体あの人達は何処から・・」「パパラッチどもめ、警備の網を潜りぬけてきたんだな。」フランツはそう言って舌打ちした。「ミズキ、気にするな。あいつらはゴシップという餌を求める野良犬どもさ。」ルドルフは震える瑞姫を抱き締めると、彼女に微笑んだ。 空港を出発したリムジンは、ウィーン市内へと入った。窓の外から見えるウィーンの街は、ルドルフとホーフブルクで暮らしていた頃と全く変わらない街並みに見えたが、変わったのは道行く人々が携帯を片手に会話しているところだろうか。「ホーフブルクに着いたら記者会見を開く。」「何の為にですか、陛下? あの方達はもうわたし達の事をご存知の筈でしょう?」瑞姫がそうフランツに尋ねると、彼は険しい表情を浮かべた。「ミズキ、お前は日本でルドルフと暮らしていた時のような自由な生活がウィーンで送れると思ったら大間違いだ。ルドルフと結婚したのだから、その位の覚悟は出来ていると思っていたんだが。」フランツの言葉に、瑞姫は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。ルドルフと日本で暮らし、共に遼太郎を育てて来た半年間、瑞姫は彼がかつてのオーストリアの皇太子であることを忘れていた。だから今までどおりの生活がウィーンでも送れると勘違いしていたのだ。しかし、ルドルフはハプスブルク帝国、強いてはオーストリアの皇太子であり、その妻である瑞姫はこれから皇室の一員となるのだから、自由な生活は望めまい。「陛下、息子のことはわたしがいたします。それだけは・・」「その事についてはもうお前と話すつもりはない。お前とルドルフでリョータロウを育てるがいい。だがミズキ、お前は常に皇室の一員だということを忘れるな。」「はい、陛下・・」 ホーフブルクへと入った瑞姫とルドルフ、フランツは、王宮内の一室で記者会見に臨んだ。遠い異国から来たオーストリアの皇太子妃は、瞬く間に世界中から注目され、それまで故郷で自由気ままに過ごしてきた瑞姫は生活の変化に戸惑った。かつて宮廷で暮らしていたとはいえ、期間は1年余りのことで、皇室の一員としてではなく、エルジィ付の侍女としていた為、今回のように皇室の一員として暮らし、世界中から注目されることは瑞姫にとっては初めてのことで、精神的なストレスを彼女は少しずつ抱えるようになった。 その影響は、遼太郎の命を支える母乳が突然止まってしまったことで、瑞姫は初めて己の身体の異変に気づいた。どんなに搾乳しても、母乳は一滴も出なかった。「ミズキ、少し休んだ方がいい。」「でも、母乳が・・」「余り思い詰めたらますます出なくなるだろう?リョータロウにはミルクをやるから。」ルドルフはそう言って落ち込む妻を励ますと、空腹で泣いている息子を抱き上げてミルクを飲ませた。 それから数日経っても、母乳が出る気配がなかったので、瑞姫は医師に診察して貰うことになった。「乳腺炎ですね。暫く安静にして、野菜中心の食事をおとりになってください。」慣れない異国での生活でストレスが溜まり、母乳が止まってしまったことに瑞姫は溜息を吐いた。 公務を終えたルドルフが夫婦の寝室へと入ると、そこには溜息を吐いた瑞姫が寝台に横たわっていた。「皇室の一員になるのが、こんなに大変な事だとは思いませんでした。」「お前は絶対にわたしが守るから、安心しろ。」 遠い異国からやってきた皇太子妃は、夫の愛情に包まれながら慣れぬ公務と育児に奮闘し、漸くその生活に順応できるようになったのは、風薫る5月のことだった。その日は、ルドルフと瑞姫の結婚1周年記念日だった。にほんブログ村
2011年01月15日
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数日後、ルドルフと瑞姫はフランツとともに成田へと向かった。「瑞姫、向こうでは身体に気をつけるんですよ。」「ええ、お義母様。」瑞姫はそう言うと、顕枝を抱き締めた。「では、行って参ります。」黒塗りのリムジンに2人が乗り込むと、フランツはじっとルドルフの腕に抱かれ眠っている遼太郎を見た。「可愛いな。これがお前の息子か?」「ええ。わたしの宝物です。」「そうか・・」成田まで、フランツと瑞姫達との間に気まずい空気が流れた。 成田に着くと、客室乗務員の案内によって3人はハプスブルク帝国専用機の搭乗口へと向かった。バスに揺られて数分後、機体の胴体部分にハプスブルク王家の紋章である双頭の鷲がペイントされた帝国専用機が見えた。「お足もとにお気をつけてください。」「は、はい・・」遼太郎を抱き、ヒールがあるブーツを履いていた瑞姫はバスのステップにつまづいて転びそうになったが、寸でのところでルドルフが彼女を支えた。「大丈夫か?」「ええ。」タラップの傍には数人のSPがおり、瑞姫達がタラップを上って機内へと入るのを見届け、彼らは瑞姫達の後に続いて機内へと乗り込んだ。 国家元首専用機とあってか、機内にはシャンデリアが天井に飾られ、真紅のソファがあり、とても飛行機の中とは思えないような内装となっていた。「この子の名前は?」「リョータロウといいます。」「良い名だな。」専用機がゆっくりと動き出したので、瑞姫達はシートベルトを着用した。「ルドルフ様・・」「大丈夫だ、大丈夫だから。」ルドルフはそう言うと、不安がる瑞姫の手を握った。専用機はやがて離陸し、ふわりと上空に浮かぶ感覚がした。機体が安定し、ベルト着用サインが消えたので瑞姫は遼太郎に授乳する為、ママバッグの中から授乳ケープを取り出した。「ウィーンはまだ寒いかな?」「まだ寒いでしょうね。今年の冬の寒さは厳しいと言っていましたから。」遼太郎が目を開けて瑞姫の乳房を小さな手で揉み始めた。おっぱいを欲しがるサインだ。(この子は、どうなってしまうんだろう?)母乳を飲む息子の顔を見ながら、瑞姫はある不安を感じていた。シリルからルドルフの幼少期の事を聞いているだけに、遼太郎も実母である自分から引き離されて育つのだろうか。「ルドルフ様、わたしは遼太郎を普通の子として育てたいんです。」「解っているよ、ミズキ。」ウィーンに着いたら、日本で暮らしていたような穏やかな生活がなくなることをルドルフは確信していた。遼太郎と瑞姫と離れたくないのは、ルドルフも同じだった。いくら帝国の為とはいえ、これだけは譲れなかった。「父上、お話があるのですが。ミズキとリョータロウのことで。」「お前達親子を引き離しはしない。シュティファニーとの離婚は成立したし、お前の好きなようにすればいい。」父の言葉を俄かに信じられないルドルフであったが、父が自分達の事を感がていることを知り、少し安心した。 10時間以上ものフライトを終え、専用機はウィーン国際空港へと着陸した。「こちらです。」タラップを降りた瑞姫達は、真紅の絨毯を歩いてリムジンへと乗り込んだ。「これからホーフブルクへと向かう。」(遂に来てしまった・・)今や遠くなった故郷に瑞姫が想いを馳せていると、突然外からカメラのフラッシュが光った。にほんブログ村
2011年01月15日
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「陛下、お久しぶりです。」瑞姫はそう言って、フランツに礼をした。「久しいな、ミズキ。」「こんな所ではお身体が冷えますから、どうぞ家の中へ。」「ああ。」数分後、ルドルフと瑞姫はダイニングでフランツと向かい合わせに座っていた。「父上、何故わたしに会いに来たのですか?」「何故って、お前をウィーンへと連れ戻しに来たに決まっているだろう。」フランツはそう言うと、じっとルドルフの隣で強張った表情を浮かべている瑞姫を見た。「ですがわたしはミズキと夫婦になり、子どももおります。」ルドルフはフランツに左手の薬指に嵌められた結婚指輪をフランツに見せた。「お前は帝冠よりも恋を選ぶと・・王族ではないミズキを選ぶというのか?」「ええ。父上、もうあなたが治める国は滅びた筈です!」「いや、滅びてなどいない。」そう言うとフランツは、朝刊をダイニングテーブルに広げた。その一面記事には、ホーフブルクのバルコニーで民衆に手を振っているフランツの写真が載っていた。その下には、英語でこう書かれていた。『ハプスブルク帝国、存続の危機』(そんな筈はない・・ハプスブルク家による王朝はとっくの昔に滅んだ筈だ!)「ルドルフ、お前が時を・・歴史を歪めてしまったんだ。」「わたしが?」ルドルフはフランツの言葉を聞き、思わず声が掠れてしまった。「お前はマイヤーリンクで“死んだ”筈だった。だがお前はこの国でミズキと夫婦となり、子を作った。それ故に、滅びる筈だった帝国の後継者―お前の息子が誕生したことにより、帝国は滅びなかった。」フランツはそう言葉を切ると、コーヒーを飲んだ。「わたしに息子が生まれたから、帝国が滅びなかった?」「ああそうだ。わたしがこうして生きてお前と話しているのは、お前がハプスブルク帝国の皇太子だからだ。」「陛下、わたしはルドルフ様と離れたくありません。」瑞姫はそう言ってルドルフの手を握った。「そうか。ではお前もウィーンに来て貰うぞ、ミズキ。」フランツが冷たい光を湛えながら瑞姫を見た。 数時間後、瑞姫は両親にルドルフと共に渡欧する事を伝えた。「そんな突然に・・遼太郎ちゃんはどうするの?」「連れて行くわ。お義母様、いつか必ず日本に戻ってくるから、心配なさらないで。」瑞姫はそう言うと、顕枝を抱き締めた。(向こうで何が待ち受けているのかわからないけれど、わたしは絶対にルドルフ様と離れたりはしない!)「ミズキ、本当にいいのか?」「ええ。あなたとはもう夫婦なんですから、何処までも付いていきます。」「そうか。」瑞姫は左手の薬指に光るルドルフと揃いの結婚指輪を見た。「あなたのことを、愛しています。」「わたしもだ、ミズキ。」瑞姫とルドルフは、静かに互いの唇を重ねた。2人が日本を離れる日は、数日後に決まった。「そうか・・あの2人が渡欧する事になったか。」聡一郎は携帯で会話しながら、朝刊を見た。そこにはフランツ=カール=ヨーゼフとルドルフの写真が載っていた。「消えたUSBメモリは絶対ルドルフが持っているに違いないから、彼から目を離すんじゃないぞ。ああ、隼のことなら心配するな・・」パチンと、暖炉の薪が燃え上がる音がした。炎に照らされた聡一郎の顔は、まるで悪鬼のようだった。(わたしから逃げられると思うなよ、ルドルフ!)にほんブログ村
2011年01月15日
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「夜分遅くにすいません。どうしてもお二人にお話したいことがありまして・・」「こんな夜中にですか?」ルドルフと瑞姫はダイニングの椅子に座る香帆子を見た。「実は義父が・・」香帆子はぼそりと、昨日義父から話された事を打ち明けた。「うちの息子・隼(しゅん)は心臓に重い障害がありまして・・移植手術が必要なのですが、あなた方にお願いがありまして。」「お願い、ですか?」「息子のドナーになっていただけないでしょうか?」香帆子の言葉を聞き、2人は暫し唖然とした。「それは、一体どういう意味ですか?」「あなた方の息子の心臓を、うちの息子に移植していただけないかと。」「そんな事は出来ませんし、法律に違反する行為でしょう! いくら跡継ぎの命を救いたいからとはいえ、滅茶苦茶でしょう!」ルドルフはそう叫ぶと椅子から立ち上がった。「わたしも義父からこの話を聞いた時、それだけはしてはならないと思い反対しましたが、聞く耳を持ちません。終いには、『お前が隼を健康に産んでいればこうはならなかった。』とわたしを責めて・・」(やはりあの男は諦めた訳ではなかったのだ・・)聡一郎が香帆子の出産を知り、あっさりとあのまま瑞姫を諦める訳がないだろうと思っていたが、彼はとんでもないことをまた考え始めたようだ。「ソウイチロウさんはどうかしている!」「お願いです・・隼を助けて下さい。」「わたし達の息子でなくても、ドナーが現れるまで待つしかできませんよ。」ルドルフはそう言うと、香帆子を睨んだ。「お帰り下さい、あなたとはもうお話することはありません。」香帆子は涙を流しながらダイニングから出て行った。「いいんですか、ルドルフ様?」「いいんだよ、ミズキ。これでいいんだ、これで・・」瑞姫を抱き締めながら、ルドルフは聡一郎の好きにはさせないと思った。「瑞姫さんには話したか?」「はい、お義父様。駄目でした。」香帆子はそう言って、隣に座る聡一郎を見た。「そうか。では隼の手術は彼の様子を見て待つ事にするか。」「はい・・」 翌朝、ルドルフは溜息を吐きながら新聞を取りに玄関先へと向かった。冬の寒さを受け、ぶるりと身を震わせながらポストから新聞を受け取ると、霧の向こうから誰かがこちらへとやって来るのを見た。(誰だろう、こんな時間に?)こつこつと、革靴の音がアスファルトの地面に響き、足音が真宮邸の前で止まった。「ルドルフ。」霧が少し晴れ、足音の主が朝日の中で明らかになった。ハプスブルクブルーの双眸は、冷たい光を放ちながらルドルフを見つめている。真紅の軍服の上に毛皮のコートを纏った男からは、威厳に満ちたオーラが漂っている。ルドルフは男が誰なのか知っていた。彼を忘れられる筈がない。「父・・上・・?」90年以上も前に死んだ筈の父親が、何故現代日本にやって来たのだろうか?「どうして、こんな所に・・」「お前に会いに来たんだ。」「わたしに、会いに?」ルドルフは驚愕の表情を浮かべながら、男―オーストリア=ハンガリー帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフ1世を見た。「そうだ、ルドルフ。」「訳がわからない・・」その時玄関のドアが開き、瑞姫が驚愕の表情を浮かべてフランツを見ていた。「陛下・・?」「久しいな、ミズキ。」フランツはそう言うと、瑞姫を見つめた。にほんブログ村
2011年01月15日
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「何故エルジィがここに居る?」「それはこの子が望んだからだ。そうだな、エルジィよ?」「うん!」エルジィはそう力強く頷くと、ルドルフに抱きついた。「エルジィ、お父様は・・」彼女に瑞姫と結婚していることを告げようかと思ったが、いずれ彼女は知ることになるだろう。自分が母親とは違う別の女性と結婚していることを。「お父様、手を繋いでもいい?」スーパーから出たルドルフに、エルジィはそう言って小さな手を差し出した。「ああ。」「やったぁ!」そういえばこうしてエルジィと手を繋いだことなど一度もなかったなと、ルドルフは思い出した。「ねぇお父様、ミズキは何処?」「エルジィ、よくお聞き。わたしとミズキは夫婦になったんだよ。」「ふうふ? 結婚したの、ミズキと?」「そうだよ。エルジィはお父様と暮らしたいかい?」「うん!」ルドルフはエルジィと手を繋ぎながら、帰宅した。「お帰りなさい・・」玄関ホールで自分を出迎えた瑞姫はエルジィを見た瞬間、顔が強張った。「ミズキ!」「エルジィ様・・お久しぶりです。」「お父様とふうふになったの、ミズキ?」「え、ええ・・」エルジィを抱き締め、彼女に微笑む瑞姫だったが、その笑顔は少し強張っていた。「エルジィ、お父様はミズキと大切な話があるから向こうで遊んでいなさい。」「えぇ~、やだぁ。」父親と漸く再会したというのに、何だか仲間外れにされているようで、エルジィは気に食わなかった。「エルジィ様はお父様と一緒に居たいんですよね? なら一緒に話を聞きましょう。」「ミズキ、それは・・」瑞姫はエルジィの手を取ると、ダイニングへと入った。「ルドルフ様、お話とは何ですか?」「ミズキ、わたしはこれからエルジィと暮らすつもりは・・」「ルドルフ様、エルジィはお父様に会えて喜んでいるんですよ。エルジィ様のお話を聞いてください。」「お父様、わたしお父様のことずっと探してたの。わたし、お父様と暮らしたいの!」エルジィはそう言って椅子から立ち上がると、ルドルフにしがみ付いた。「お父様、一緒にいてもいいでしょう? ミズキとも一緒に居たい! もうひとりは嫌!」「エルジィ・・」自分にしがみつく娘の小さな手が震えているのを、ルドルフは見た。(エルジィは、ずっと恋しがっていたのか・・わたしをずっと探して・・)「解ったよ、エルジィ。暮らそう、わたし達と一緒に。」その時、遼太郎を抱いた顕枝がダイニングに入って来た。「瑞姫さん、その子は?」「ルドルフ様の娘さんです。」エルジィはじっと顕枝の腕に抱かれている遼太郎を見た。「お父様、この子誰?」「この子はね、お前の弟だよ。」エルジィの視線が、遼太郎から瑞姫へと移った。「わたしに弟が居るの?」「そうだよ、エルジィ。仲良くしておくれ。」エルジィが遼太郎に微笑むと、遼太郎はきゃっきゃっと笑い声を上げた。 こうしてエルジィはルドルフ達と暮らすこととなった。その夜遅くに、真宮邸の前に1台の黒塗りのリムジンが停まった。中からは、何か思い詰めたような表情を浮かべている香帆子が中から出て来た。にほんブログ村
2011年01月15日
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「ただいま帰りました、お義母様。」東京から実家へとルドルフと瑞姫が戻って来たのは、翌日の昼過ぎのことだった。「お帰りなさい、瑞姫さん、ルドルフさん。遼太郎ちゃんはぐっすりとお2階で寝てますよ。」顕枝(あきえ)はそう言ってにっこりと2人を出迎えた。「久しぶりの夫婦の夜を楽しく過ごせたそうね。」「ええ、ミズキと久しぶりに愛し合いました。これからもリョータロウのお世話をお願いしても宜しいでしょうか?」「構わないわよ。夫婦仲が円満になるのならね。遼太郎ちゃんの前ではいつもあなた達は笑顔でいてくれないと。」顕枝はルドルフに笑顔を浮かべた。「ありがとうございます、お義母さん。」結婚当初は顕枝とルドルフとの仲は険悪だったが、遼太郎が生まれてからの彼女は少し丸くなったように感じた。「ねぇルドルフさん、瑞姫からあなたには娘が居るって聞いたんだけど、その子とは会っているの?」「いいえ・・会っていません。色々と事情があって・・」マイヤーリンク事件で“死んだ”ことになっているルドルフは、愛娘・エルジィとは二度と会わないと決めていた。ただ、彼女が自分亡き後どのような人生を歩んだかは、本で調べた。結婚し家庭を築き、オーストリアの為に懸命に生き、波乱万丈な生涯を終えた彼女の事を知り、もし自分が生きていることをエルジィが知ったら・・と思うと、切ない気持ちになった。幼い頃父親を亡くし、自分の面影を追い続けて来たエルジィ。娘に会わぬと決意し、瑞姫と生きることを選んだ自分。そんな自分を、娘はどう思っていたのだろうか?自分と母親を残して“死んだ”父親を。「ルドルフさん?」「あ、すいませんお義母さん。少しぼうっとしてしまって・・」「いいのよ。」「買い物に行ってきますね。」ルドルフはそう言うと、真宮邸を出て近所のスーパーへと向かった。今年の冬は、昨年の酷暑の影響か、厳しい寒さが年末から続いていた。雪こそ降ってはいないものの、厚手のコートを羽織っていても寒さが身にしみた。スーパーの店内に入って熱いくらいの暖房に晒された瞬間、ルドルフはほっと安堵のため息を吐いた。―お父様!カートを押して必要なものだけをカゴに入れて彼がレジへと並ぼうとした時、誰かが自分のことを呼んだような気がして振り向いたが、誰も居なかった。空耳だと思いルドルフがレジへと再び並ぼうとした時に、子どもの足音が聞こえたかと思うと、ドンと小さな身体がぶつかる感触がした。「お父様!」自分に良く似た、癖のある金髪に、宝石のように美しく輝く蒼い瞳―その子どもは、紛れもなくルドルフの愛娘・エルジィだった。「エル・・ジィ・・?」「会いたかった、お父様!」「エルジィ、どうしてこんなところに?」時空を超えた実の娘との再会に、ルドルフはただただ驚くだけだった。「このお兄ちゃんがね、お父様のところにわたしを連れて来てくれたのよ。」エルジィはそう言うと、慌てて自分の方へと駆け寄って来る少年を見た。「誰かと思えば、あの皇子様ではないか。」「お前、お前は・・」ルドルフの脳裡に、マイヤーリンクで自分を襲ってきた双子の片割れの顔が浮かんだ。「はじめまして・・ではないか。久しぶり。」そう言ってにやりと笑う少年―瑞姫に倒された双子の弟・緋禄(ひろく)の兄・璃禄(りろく)だった。にほんブログ村
2011年01月15日
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一部性描写が含まれます。性描写が苦手な方は閲覧をご遠慮ください。 半年振りに口付けた瑞姫の胸は、妊娠前と変わらぬ形だった。「なんだか、恥ずかしい・・」瑞姫はそう言って顔を赤く染めた。「こうしてお前を抱くのを半年振りだな。」「ええ。今まで遼太郎の為に時間を割いていましたから・・心の底であなたの心が離れてしまうんじゃないかって怯えていたんですよ。」「馬鹿な事を。愛しているのはお前だけだ。」ルドルフは苦笑すると、瑞姫の下肢へと唇を落とし、蜜壺を舐めた。「あぁん!」ルドルフのビロードのような舌がゆっくりと自分の中を愛撫した時、瑞姫は快感で身を震わせた。「大丈夫か?」「ええ。それよりも早く、わたしの中に・・」「解った。」今夜の瑞姫はいつになく積極的だなと思いながら、ルドルフはゆっくりと彼女の中へと入っていった。瑞姫の内襞がルドルフを逃すまいと、ぎりりと締め付けて来た。「ミズキ、力を・・」「ルドルフ様!」瑞姫はルドルフの背に爪を立て、喘いだ。半年振りの情交は、妊娠前のそれよりも激しいものだった。「大丈夫か?」もう何度か上りつめたかわからず、ルドルフは熱を孕んだ蒼い瞳で瑞姫を見つめた。「ええ。半年間あなたに抱かれたくて、その事を考えるたびに母親として失格だと思って・・」「何を言う、ミズキ。わたし達の間に隠し事はしないと約束しただろう?」「ええ、そうですけれど、こんな事をあなたに話してもいいのかなって・・」ルドルフは瑞姫を抱き締めると、彼女の額に唇を落とした。「愛し合いたい時に愛し合えばいい。性の悩みはわたしに打ち明けてくれ。力になるから。」「ありがとうございます。あなたにはいつも助けられてばかりですね。」「夫婦とはそういうものだろう? 互いに尊敬しあい、助け合うことが。わたしは、シュティファニーとはそんな関係は結べなかったけれど。」ルドルフはそう言うと、深い溜息を吐いてガウンを羽織った。「国の為とは言え、わたしは成人して家庭を持っても、幸せになれなかった。だがお前と出逢って結婚し、家庭を持ってから初めて幸せだと思うようになれたんだ。」「ルドルフ様・・」瑞姫はベッドから起き上がると、ルドルフの逞しい背中を抱き締めた。「わたしもあなたと出逢って、深い孤独から抜け出すことができました。あなたという光が、わたしを孤独の闇から救ってくれたんです。」「そうか・・」ルドルフはゆっくりと瑞姫の方へと振り向くと、そっと彼女の唇を塞いだ。 あれから―瑞姫と出逢ってから、矛盾と虚構、孤独に満ちていた灰色の世界に初めて色がつくようになったと、ルドルフは思った。シュティファニーと形だけの結婚をして、彼女との間に子を作り家庭を築いたが、そのことで深い孤独が消えることはなかった。だが瑞姫と出逢い、彼女に惹かれてゆく内に、徐々に孤独という名の闇が薄くなってゆくことに気づいた。そして今、瑞姫とともに生きて彼女と家庭を築いた時、彼女が自分にとって至高の存在だとルドルフは漸く気づいたのだ。(もうわたしは、ミズキなしでは生きてゆけない。)自分の頬を撫でる優しい手や、自分の名を呼ぶ声は、全て自分だけのものだ。(わたしは絶対に彼女を離さない・・)瑞姫を、失いたくない。「ミズキ、愛している・・」「わたしもです、ルドルフ様・・」瑞姫はルドルフの蒼い瞳を見つめながら、彼の全てを抱き締めた。自分に向ける嵐のような激しい愛も、彼が抱える孤独を全て受け入れたい。(あなたなしでは生きられない・・)愛し合う夫婦の夜は、静かに更けていった。にほんブログ村
2011年01月15日
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軽い音がグラスから立てられ、シャンパンの泡の中では瑞姫がはにかんだような笑みを浮かべながら向かい合わせに座る夫の姿を見ていた。「誕生日おめでとう、ミズキ。」「ありがとうございます、ルドルフ様。」高級ホテル内にあるイタリアンレストランで、ルドルフは瑞姫と2人だけで彼女の20歳の誕生日を祝っていた。ルドルフと出逢い、愛し合い、夫婦となり子を授かったこの2年間は慌ただしく過ぎてゆき、待望の長男・遼太郎を出産してからの半年間は家にこもりきりでこうして夫婦2人で食事をしたり、デートをしたりすることはなかったし、夜の営みも無かった。妊娠前の激しいルドルフとの営みは常に瑞姫にとって激しい快感となり、彼の愛撫によって何度スパークしたか知れない。だが遼太郎を妊娠中は早瀬聡一郎のことで精神的ストレスが溜まり体調を崩しがちだったし、安産とはいえ産後の肥立ちも余り良くなかった為、ルドルフとの営みを敬遠するようになってしまった。初めての育児をルドルフとともにし、遼太郎が日に日に成長する姿を夫婦で見守りながら、次第に瑞姫は彼と愛し合いたいと思い始めるようになった。そのルドルフが自分の誕生日を夫婦で祝う為に、エステが付いた宿泊プランとイタリアンでのディナーを密かに予約したことを知ったのは、誕生日であるバレンタインデー当日のことだった。「プレゼントは気に入ってくれたかな?」「ええ・・とても嬉しいです。去年も一昨年も色々とあったから・・」ルドルフはそっと瑞姫の顎を持ちあげると、彼女の唇を塞いだ。「ん・・」久しぶりの、夫とのキスに、瑞姫は酔いしれた。「今夜、いいか?」ルドルフの問いに、瑞姫は静かに頷いた。 レストランを出てエレベーターで部屋へと向かう中、瑞姫はルドルフと互いの唇を貪り合った。「もう部屋まで我慢できない・・ここでするか?」「そうしたいけれど、ここでは・・」ルドルフの手がそっとドレスの中へと入り、内腿を這っている感覚がして瑞姫は思わず声を上げてしまった。「はぁんっ」その時軽い音がしてエレベーターのドアが開いたので、ルドルフは瑞姫のドレスの裾をそっと直した。「続きは部屋で。」甘い声で彼女の耳元に囁くと、彼女は静かに頷いた。やがてどやどやと観光客らしき外国人の団体が入ってきて、俄かにエレベーター内は彼らの話し声で賑やかになった。ドイツ語で今日の観光のことを話す彼らの様子を傍で聞きながら、瑞姫はそっと隣に立つルドルフを見た。彼は何処か、遠くを見つめているようだった。故郷から離れた遠い異国での生活に順応しているとはいえ、時折ルドルフは遠くを見つめるような目で空を眺めていることがあったが、やはりウィーンが恋しいのだろうか。「ルドルフ様・・」そっと瑞姫がルドルフの手を握ると、彼は蒼い瞳で瑞姫を見つめた。「すまない、少しぼうっとしていた。」「ウィーンが、恋しいですか?」「恋しくない、と言えば嘘になるかな。」やがて観光客達が降りて、再びエレベーター内が静かになった。 エレベーターを降りて部屋の前でカードキーを挿し込んで中に入るなり、ルドルフは瑞姫の唇を貪ると、素早くドレスのチャックを下ろし、首筋を吸いあげた。「ああんっ」下肢へと手を伸ばすと、そこは既に濡れていた。「いつから濡れていたんだ?」「レストランでキスしてから、ずっと・・」はじらいながらも自分の愛撫を受け入れてくれる瑞姫を堪らなく愛おしく想いながら、ルドルフはそっと彼女の胸に唇を落としていった。にほんブログ村
2011年01月15日
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ルドルフが書斎へと入ると、真珠がデスクトップのパソコンを起動させてルドルフから受け取ったUSBメモリを挿し込んでいた。オルゴールのような音がして、パソコンの方へとルドルフが向かうと、真珠がマウスを動かしながら画面を見つめていた。「一体どうなっているんだ?」「これ、誰から貰ったの?」そう言って振り向いた真珠の顔が強張っていることにルドルフは気づいた。「アタカの告別式の後に、ポストに入っていた。それよりもこれはなんだ?」画面上に表れている数個のファイルを指差しながら、ルドルフは首を傾げた。「さぁね。開いてみないとわからないや。でも、ウィルスとかあったら怖いし。」真珠は素早くファイルのひとつをダブルクリックして開くと、そこには帳簿のようなものが出て来た。「差出人の名前はなかったの、封筒には?」「ああ。これが一体何なのか見当がつかないな。マジュはわかるのか?」「僕もわかんないや。でもこれ、誰かがルドルフさんに送ったものだとすると何かの証拠品かも。」真珠はUSBメモリをパソコンから抜くと、ルドルフに手渡した。「ミズキ、大丈夫か?」「ええ、少し寝たら良くなりました。それよりも下で何かしていたんですか?」「少しな。」(一体これは何だろう?)ルドルフはUSBメモリを鍵のついた引き出しに入れると、瑞姫の隣で横になってゆっくりと目を閉じた。 一方、東京都内のマンションの一室では、早瀬聡一郎が部下に向かって怒鳴っていた。「あのUSBメモリを亜鷹とかいう奴に奪われただと!?」「はい、申し訳ありません・・」「で、奴は始末したのか?」「はい。ですが肝心のUSBメモリが行方不明でして・・」「早く見つけ出せ!」(あれが誰かの手に渡りでもしたら、いままでわたしが築き上げて来たキャリアが全て無になってしまう!)「お義父様、よろしいですか?」ノックの音がして、長男の嫁・香帆子が入って来た。「あの、隼のことなのですが・・」隼とは、香帆子が出産した早瀬家待望の跡継ぎであり、聡一郎は彼の誕生によって血筋が途絶える心配がないと安堵していた。「隼がどうかしたか?」「それが・・あの子には生まれつき心臓に障害があるようなのです。」「何だと? それで医者は、何と言っているんだ?」「移植手術をすれば治ると・・ですがまだ隼は赤ん坊です。せめてあの子が成長するまで待っていただけないでしょうか?」「手術は早い方が良い。隼は早瀬の待望の跡継ぎだからな。もう下がっていいぞ。」「はい・・」香帆子が部屋から出て行った後、聡一郎は深い溜息を吐いた。(待望の跡継ぎが、まさか心臓に病気を持っているとは・・)自分は誰かに呪われているのだろうか・・そう思いながら聡一郎は眉間を揉んで目を閉じた。(隼を死なせる訳にはいかないし、あのUSBメモリは必ず見つけ出さなければならない・・)ふと彼の脳裡に、瑞姫の顔が浮かんだ。もう彼女の子どもはこの世に誕生しているのではないだろうか。だとしたら・・ 亜鷹が死んで半年が過ぎ、その死の真相は未だに明らかにされずじまいだった。ルドルフは日に日に成長してゆく遼太郎の姿に目を細めながらも、あのUSBメモリに何が入っているのかを考えていた。「だ~」遼太郎がルドルフの髪を掴みながらにっこりと笑うと、彼はUSBメモリの事など吹っ飛んでしまった。 今は息子と妻の事だけを考えよう―既に自分達の家庭に立ちこめている暗雲に気づかずに、ルドルフは遼太郎のぷくぷくとした腕を撫でた。にほんブログ村
2011年01月15日
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亜鷹の告別式は数日後に宵宮家で行われたが、高熱で倒れた瑞姫は告別式に参列できなかったが、それでも彼女はベッドを飛び出して参列しようとした。「お願いです、兄様にお別れを言いに行かせてください!」「駄目だ、ミズキ! そんな身体では無理だ!」「でも、兄様に会わないと!」「いい加減にしろ、お前は母親なんだぞ!」半狂乱になりながら宵宮家へと行こうとする瑞姫の頬を、ルドルフはそう叫んで張った。「お前にもし万が一のことがあったらリョータロウはどうなる?」「すいません・・」瑞姫はそう言って涙を流した。「お前の気持ちはよくわかる。だが今は風邪を治す事だけを考えろ。」2階から遼太郎の泣き声が聞こえ、瑞姫はふらふらと部屋へと戻った。「ごめんね、一人にしちゃって。お腹空いてたんだね。」遼太郎に授乳しながら、瑞姫は亜鷹のことを想った。いつも自分を助けてくれた亜鷹は、もういない。“瑞姫”いつも優しい声で呼んでくれたあの声は、もう聞けない。黒髪を優しく梳いてくれる指先も、自分を抱き締めてくれる温もりも、もう感じられない。(兄様、わたしはこれからあなたなしでどうすればいいの?) ルドルフは宵宮家で亜鷹の告別式に参列した。棺の中で眠る彼の顔は、どこか笑っているように見えた。(アタカ、今までミズキを支えてくれてありがとう。)ルドルフはそう思いながら、彼の棺に花を入れた。「兄様!」出棺の時、喪服姿の瑞姫が亜鷹の棺へと駆け寄ってきた。「ミズキ、まだ寝ていないと・・」「お願いです、今だけ・・今だけでいいから兄様にお別れをさせてください!」「・・わかった。」宵宮家の男達が棺を下ろすと、瑞姫はそれをそっと撫でた。「亜鷹兄様、今までありがとうございました・・さようなら。」彼女は涙を流すと、棺に取り縋った。「もういいか?」「ええ。」瑞姫の傍を、亜鷹の棺が通り抜け、それは霊柩車の中へと納められた。彼女は涙を流しながら、霊柩車が宵宮家の正門から出て行くのを見送った。「ルドルフさん、これを。」2人が宵宮家から戻ると、顕枝がそう言ってルドルフに一枚の封筒を渡した。「これは、誰から?」「さぁ・・うちのポストにいつの間にか入っていたわ。」ルドルフが封筒の裏を見ると、そこには差し出し人の名が書いていなかった。爆発物かもしれないと思いながら彼が恐る恐る封筒を開けると、底には長方形の箱のようなものが入っていた。(何だ?)封筒を逆さにしてみてそれを取り出して何か仕掛けがあるのかどうかをルドルフが観察していると、真珠(まじゅ)がダイニングに入って来た。「何してるの、ルドルフさん?」「いや・・封筒から変なものが出て来てな。」ルドルフはそう言ってそれを真珠に見せると、彼はその正体をルドルフに教えてくれた。「これ、USBメモリだよ。」「USBメモリ? どう使えばいいんだ?」「この中にはデータを保存できて、パソコンに挿し込むとその中のデータが見る事が出来るんだよ。」真珠の説明を聞いて頭の中を「?」が飛び交いながらも、ルドルフは必死にそのUSBメモリという道具のことを理解しようとした。「それ、ちょっと貸してくれる?」「わかった。」真珠にUSBメモリを渡すと、彼は書斎へと向かった。一体彼は何をするつもりなのかとルドルフは思いながら、真珠の後をついていった。にほんブログ村
2011年01月14日
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「どなたなのかしら、こんな朝早くに・・」顕枝(あきえ)がそう言って眉を顰めた時、ダイニングに真宮家の執事が駆けこんで来た。「どうしたの、そんなに慌てて・・」「お、奥様・・先程亜鷹様のご遺体が横浜港で・・」「なんですって!?」瑞姫は亜鷹の訃報を聞き、気絶しそうになった。「兄様が・・そんな・・」「ミズキ、大丈夫か?」「兄様が死んだなんて嘘よ・・お義母様、遺体の確認に行かせてください!」「駄目よ、瑞姫。ここはわたくしが行きます。あなたはまだ本調子ではないでしょう?」「でも・・でも、兄様が死んだなんて! そんなの信じられない!」瑞姫はそう叫ぶと、椅子から立ち上がってダイニングを飛び出した。「ミズキ、待て! 何処に行くつもりだ!?」「兄様のところに行かないと・・兄様が無事だってことを確かめないと!」半狂乱になりながら、瑞姫は玄関ホールで靴を履いて外へと出ようとした。「落ち着け、ミズキ!」ドアノブへと手をかけようとした瑞姫を、ルドルフは慌てて止めた。「離して、離してください! 兄様に、兄様に会わないと!」「産後間も無い身体では無理だ!」「でも、兄様がっ!」瑞姫は床にくずおれ、嗚咽した。「兄様が死んだなんて嘘・・兄様が、死んだなんて・・」「わたしが遺体の確認をしに行ってくる。お前はここで待っていろ。」ショックを受けた瑞姫を支えながら、ルドルフは彼女を連れて2階へと上がった。「瑞姫の様子は?」「ショックを受けていたので部屋で休ませました。遺体の確認に行って来ますので、リョータロウをお願いします。」 亜鷹の突然の訃報に動揺しながらも、ルドルフはそれが事実であると確かめる為に、彼の遺体の確認へと向かった。「こちらです。」警察署へと向かったルドルフが警官によって通されたのは、遺体安置所だった。中には入ると、そこには1人の男性が白い布に覆われていた。そっとルドルフが男性の顔を覆う白い布を捲ると、それは紛れもなく亜鷹のものだった。「宵宮亜鷹さんに、間違いないですか?」「はい、間違いありません。」(アタカ、何故だ・・何故・・)「彼は、何故死んだんですか?」「解剖の結果、高所転落による頚椎骨折で即死ということです。遺体が発見された現場はまだ特定できていませんが・・」「そうですか・・」ルドルフはそう言うと、物言わぬ冷たい骸となった亜鷹を見た。一週間前、突然亜鷹から掛かって来た電話。『瑞姫を、頼む。』あれは彼から自分に対する遺言だったのだろうか。今となっては、解らない。(アタカ、ミズキはわたしが守る。だから、わたし達を見守ってくれ。)遺体安置所から出たルドルフは、携帯を取り出して瑞姫に亜鷹の訃報を知らせた。『兄様、やっぱり・・』通話口越しに聞こえてきたのは、瑞姫と遼太郎の泣き声だった。 亜鷹の遺体は実家の宵宮家の仏間へと安置され、そこで瑞姫は初めて彼の遺体と対面した。「兄様、起きて下さい・・お願いですから・・」瑞姫は冷たくなった亜鷹の手を握り締めながら涙を流した。ルドルフは憔悴しきった瑞姫の肩を抱いて宵宮家を出て行った。 真宮家の玄関ホールに辿り着くと、瑞姫は床に崩れ落ちた。「ミズキ、しっかりしろ!」ルドルフが瑞姫の額に手をあてると、そこは焼けるように熱かった。「ミズキ、ミズキ!」にほんブログ村
2011年01月14日
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◇第二部◇「可愛いな。」ルドルフは産まれたばかりの息子を抱きながらそう言って口元に笑みを浮かべた。「ええ。見苦しいところを見せてしまいましたね。」瑞姫は数時間前の出来事を思い出しながら、恥ずかしげに俯いた。「馬鹿な事を言うな、ミズキ。お前は懸命にこの子を産んだんだ。最高の誕生日プレゼントをありがとう。」ルドルフは瑞姫の額にキスした時、彼の腕の中で息子が泣き始めた。「お腹が空いているのかもしれません。」瑞姫は病院着の胸紐を解くと、息子をルドルフから受け取るとそっと彼を抱き、前を肌蹴させた。すると今まで泣き叫んでいた息子は瑞姫の乳首を口に含み、勢いよく母乳を飲み始めた。「よく飲むな。」「赤ちゃんは3時間おきにおっぱいあげないと。ちょっと妬いてます?」瑞姫は授乳しながらそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。「少しな。それにしても女というのは不思議だな、子どもが出来ると強くなれるだなんて。」「それは自然の事ですよ。」「あの人はわたしが生まれた時、喜んでくれたのかな?」「ルドルフ様・・」ルドルフは実母・エリザベートから生後まもなく引き離され、厳格な祖母・ゾフィーの下で育てられ、エリザベートから満足な愛情を与えられずに幼少期を過ごしたことを、瑞姫はシリルから聞いて知っていた。「母親にとって我が子は特別なんですよ。きっとエリザベート様はルドルフ様を自分の手で育てたかったんですよ。でもそれが出来なかった。」「ミズキ、わたしはいい父親になれるかな? エルジィの傍にいつも居てやれなかったわたしが・・」「大丈夫、わたしと共にこの子を愛してあげましょう。初めてのことだらけですけど、2人一緒なら大丈夫です。」「そうか、そうだな。」ルドルフは、涙を流しながら元気良く母乳を吸っている息子を見た。「この子の名前、何にします?」「候補がふたつあるんだが・・どちらがいいか、迷うな。」「聞かせてください。」「リョータロウとヨウ。漢字は難しくて・・」「どちらも素敵な名前ですね。遼太郎にしましょう。」ルドルフと同じ日に生まれた息子は、遼太郎と名付けられた。 それから瑞姫とルドルフ、遼太郎の親子3人の生活が始まった。本能のままに泣き、排泄し、ぐずる遼太郎の世話にてんやわんやになりながらも、2人は遼太郎の成長を優しく見守った。「やっと寝たな。」遼太郎がなかなか泣き止まずにいたので、ルドルフは一晩中彼をあやした後、そう言ってぐったりとした様子ですやすやとベビーベッドで眠る彼の寝顔を見た。「ええ。お疲れでしょう、暫くお休みになっては?」「いや、いい。それよりもお前の方こそ夜中の授乳で寝不足気味だろう? 少し眠ったほうが良い。」「ありがとうございます。」瑞姫はそう言うと、ゆっくりと目を閉じて眠り始めた。(親になるというのは大変だな。)自分の娘だというのに、エルジィを世話係や乳母に任せきりにしていたルドルフは、日々瑞姫と遼太郎の育児に追われながら、親になる苦労を初めて知った。(この子を守れるのはわたしとミズキだけしかいない。)ルドルフはそっとベッドから抜け出し、ベビーベッドで眠る遼太郎を見た。「生まれてきてくれて、ありがとう。」彼はそっと自分に似た息子の頬を撫でた。 翌朝、瑞姫が起きてダイニングへと向かうと、そこには遼太郎を抱いたルドルフの姿があった。「おはよう、ミズキ。」「おはようございます。遼太郎、ぐずりませんでしたか?」「今日は機嫌がいいみたいだ。」和やかな雰囲気がダイニングに流れた時、突然玄関ホールの方で音がした。にほんブログ村
2011年01月14日
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2010年8月。切迫早産の危機を乗り越えた瑞姫は臨月を迎え、出産予定日まであと1ヶ月を切ろうとしていた。「ミズキ、入るぞ。」病室に入ると、そこには食事を終えた瑞姫がにっこりとルドルフに微笑んだ。「体調は大丈夫か?」「ええ。でもおしるしが一昨日出て・・龍之助さんは予定日はあくまでも予定日で、いつ産まれてもおかしくないって。ごめんなさいルドルフ様、折角のお誕生日なのに何もお祝いできなくて・・」瑞姫はそう言ってルドルフに詫びた。「何を言っている。わたしはミズキと腹の子が大切なんだ。無事に産まれてきてくれることだけを毎日祈っているんだ。」「そうですか・・なら頑張れます。最近兄様から連絡はありませんか?」「いや、ないが。」実は瑞姫の見舞いに来る数分前、亜鷹から連絡があった。『瑞姫を、頼む。』どこか切羽詰まったような彼の声に、ルドルフは何か嫌なものを感じ取った。だが瑞姫を動揺させてはいけないと思い、彼女には黙っていた。「そうですか・・優貴ちゃんの事なんですけど、彼女結婚式の日に交通事故で・・」ルドルフの脳裡に、自分に迫って来た優貴の顔が浮かんだ。「そうか。」「なんだか怖いです・・わたしの周りの人達がどんどん死んでいって・・もしかしたらこの子も・・」瑞姫は不安そうな表情を浮かべると、下腹を擦った。「馬鹿な事を言うな。お前と赤ん坊は大丈夫だ。」「でも、母様のこともあるし・・娘のわたしが、もし同じような事になったらどうしよう!」瑞姫はパニックになり、両手で髪を掻き毟った。「あなたと赤ちゃんを残して死ぬなんて耐えられない! いやだ、死ぬのは嫌ぁ!」「ミズキ、落ち着け、落ち着くんだ!」パニックに陥った瑞姫を何とか落ち着かせようとルドルフが彼女を抱き締めたが、瑞姫は突然過呼吸を起こした。「どうしたんだ!?」「ミズキが突然パニックを起こして・・」龍之助が瑞姫の脈を取ろうと彼女に近づいた時、何かが弾ける音がした。「破水した! このまま分娩室に運んで・・」「痛い、痛い!」瑞姫は目を血走らせながらベッドを壊さんばかりにそう叫んで暴れた。「瑞姫さん、落ち着いて! しっかり呼吸して!」「ルドルフ様、ルドルフ様何処!?」半狂乱になりながら瑞姫はルドルフを探した。「ミズキ、お前の隣に居る。大丈夫だ、大丈夫だからしっかり呼吸しろ!」ルドルフの言葉に平静を取り戻した瑞姫は、出産時の呼吸法をし始めた。「そうそう、上手だね。まだ息んじゃだめだよ・・ゆっくり深呼吸して~」ルドルフは瑞姫の汗をタオルで拭ったり、彼女の手を握り締めながらともに呼吸した。「もう少しで頭出てくるからね~、もう少しで出るから、息んでいいよ。はい、そこで息んで!」瑞姫は胎児が産道の出口に到達したのを感じて、弓なりになって叫んだ。 その直後、力強い産声が病室に響いた。「おめでとう~、元気な男の子だよ!」龍之助がそう言って瑞姫とルドルフに見せたのは、手足をバタつかせながら必死に呼吸しようと泣き叫んでいる男の赤ん坊だった。「抱いてみる?」「ああ。」ルドルフはそっと赤ん坊を抱くと、両腕に命の温もりが伝わって来て、彼は歓喜の涙を流した。「やっと会えた・・わたしの赤ちゃん・・」2010年8月21日。奇しくもルドルフの151歳の誕生日に、彼と瑞姫の息子がこの世に生を享けた。にほんブログ村瑞姫、待望のルドルフ様との子を出産。ルドルフ様との出逢いから結婚まで100年以上も経っておりますが、ルドルフ様はまだ30代です。実年齢を出しちゃいましたが(笑)独身なので妊娠・出産未経験で、育児サイトをネットで検索して出産体験記を読んでイメージを膨らませた上で出産シーンを書きました。
2011年01月13日
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聡一郎が瑞姫とルドルフを連れて来たのは、海辺のカフェだった。「さてと、単刀直入に言うが、瑞姫さん、出産予定日はいつなんだ?」「9月の末頃になります。」「そうか。それまでに色々と手続きをしなければね。」「お言葉ですが、ソウイチロウさん。」ルドルフは聡一郎の言葉を途中で遮ると、蒼い瞳で彼を睨みつけた。「もうわたし達に構わないでいただきたい。あなたは跡継ぎが欲しいという気持ちは判りますが、自分の事ばかり考えて居る。」「瑞姫さんは元々うちの嫁になる予定だったんだ!」「それはミズキの意思を全く無視した縁談でした。ミズキはわたしと夫婦になることを望みました。それにもうすぐ子どもも産まれます。あなたにこれ以上、わたし達の生活を掻き回さないでいただきたい。」ルドルフの言葉を聞いた聡一郎は、怒りで顔を赤く染めながら何か言おうと口を開こうとした。 その時、彼の携帯がけたたましい着信音を響かせた。「もしもし、わたしだ。」聡一郎は舌打ちして携帯に出ると、カフェから出て誰かと話をしていた。瑞姫は震える手でグラスを掴んで水を飲もうとしたが、お腹が張って顔を顰めた。「どうした?」「急にお腹が張って・・」ルドルフは脂汗を流して苦しそうに息をしている瑞姫を見て、只事ではないと感じた。「蒼霧病院に行こう。タクシーを呼んでくる。」「ええ・・」(まだ産まれないで・・)「お待たせしてすまないね。」ルドルフ達がタクシーを呼びカフェから出ようとした時、丁度聡一郎が戻って来るところだった。「ソウイチロウさん、申し訳ありませんがミズキの体調が思わしくないようなので失礼致します。」「そうか、そうか。」先程まで瑞姫の子どもを早瀬家の養子にしようとしていた聡一郎の態度が豹変し、ルドルフは困惑しながらもタクシーで蒼霧病院へと向かった。「切迫早産のおそれがあるね。精神的ストレスが胎児に影響を与えたんだ。」龍之助はそう言うと、ルドルフを見た。「ミズキの母方の祖父が勝手に縁談話を持ってきて、その父親がミズキとわたしの子を養子にするから寄越せと・・何度断っても執拗にミズキの携帯にかけてきたり、メールを送ってきたりしてしつこいんだ。その所為なのかもしれない・・」「そうか。今31週目だから8週間ここに入院して貰うよ。逆子じゃないし、安静にしていれば大丈夫だよ。その父親の名前は?」「セイイチロウ=ハヤセ。警察庁長官だ。彼の息子・ジュンに聞いたところによると、セイイチロウは家の跡継ぎがいないから・・」「わかった。それにしてもしつこいな、早瀬は。このままでは瑞姫さんと胎児が危険だ。僕が話をつけてくるよ。」「それには及ばんよ。」病室のドアが開かれ、聡一郎が中に入って来た。「早瀬さん、ルドルフさんからは事情は聞きましたよ。」「もうわたしは瑞姫さんの子は諦めるよ。先ほど長男から電話があってね、嫁が産気づいて男児を出産したそうだ。」「そうですか。ではもうわたし達のことは放っておいてくれるんですね?」「ああ、勿論だとも。」あれ程瑞姫の子どもに執着していた聡一郎があっさりと退いたことにルドルフは疑問を抱いたが、取り敢えずもう彼が自分達の周りをうろつかないと思うと彼は安堵した。「ルド・・ルフ・・様・・」苦しそうに呼吸をしながら、瑞姫はゆっくりと目を開けた。「大丈夫だ、ミズキ。暫く安静にしていれば産めるってリュウが言っていたぞ。」「そうですか・・良かった・・」まだ聡一郎が本当に瑞姫の子どものことを諦めたのかは解らないが、せめて瑞姫の出産が無事に終わるまで現れないで欲しいと、ルドルフは思った。写真素材 ミントBlueにほんブログ村
2011年01月13日
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瑞姫とルドルフはパーティーの間中、笑顔を浮かべていた。「瑞姫ちゃん、赤ちゃん産まれたら見に来てもいい?」清音がそう言って瑞姫に駆け寄って来た。「おむつ替えてくれるならね。」「う~ん、やっぱり考えとくわ。」清音は溜息を吐いて瑞姫を見た。「それにしても美男美女カップルの赤ちゃんって可愛いんだろうなぁ~」清音の隣に立っていた真子がそう言って笑った。「顔は瑞姫ちゃん似で、性格はルドルフさん似だったりして。嫉妬深くて我が強くて・・」「悪かったな、我が強くて。」真子の言葉に、ルドルフはムッとした。「どうかなぁ? それよりも優貴ちゃんは?」瑞姫はそう言うと、優貴の姿がないことに気づいた。「さぁね・・」「気分が悪いとか言って、欠席しちゃったの。」真子と清音は少し言葉を濁すと、そそくさと料理があるテーブルへと向かっていった。「何かあったのかしら?」「さぁな。それよりも少し寒くなってきたから中に入ろうか?」「ええ。」瑞姫がルドルフとともに邸の中へと入ろうとした時、誰かが自分を呼ぶ声がした。「瑞姫さん!」「準さん・・」黒塗りのリムジンから降りて来たのは、準だった。「何しに来たんですか! あなたとわたしはもう関係ない筈でしょう?」「瑞姫さん、何故そんな男となんかと! あなたは幸せになれないかもしれないのに!」準はそう叫ぶと、瑞姫の手を掴もうとしたが、ルドルフに阻まれた。「彼女に手を出すな。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の腕を掴んで邸の中へと入って行った。「それで? 結局お前は黙って指をくわえてあの男と瑞姫さんが幸せそうな笑顔を浮かべているのを見ていただけか?」失意の中準が帰宅すると、聡一郎はそう言って息子を詰問した。「お父さん、もうわたし達になす術はありません。わたしも瑞姫さんとの事は諦めましたし・・」「何を言うんだ、準! お前が諦めれば、早瀬家の跡継ぎが居なくなるんだぞ!お前はこの家を潰してもいいと考えているのか!?」「わたしは・・」「もういい、お前に期待したわたしが馬鹿だった!」聡一郎はそう叫んでテーブルで拳を叩くと、居間から出て行った。 ルドルフと夫婦になり、瑞姫は彼と共に過ごす日々に幸せを感じていた。ルドルフは毎回瑞姫の健診に付き添い、日に日に成長してゆく胎児の姿をいつも嬉しそうな顔で見ていた。「出産は立ちあいますか?」「勿論だ。呼吸法もマスターしたから大丈夫だ。」「多分獣みたいな叫び声出しちゃうかも。その時はどうします?」「わたしも叫ぶさ。」「ルドルフ様ったら。」瑞姫がそう言って苦笑した時、彼らの前に黒塗りのリムジンが停まった。「久しいね、瑞姫さん。」「お、小父様・・」聡一郎はじろりと瑞姫を睨んだ。「わたしが何故君に会いに来たのか、わかるだろう?」「小父様、諦めてください。」瑞姫は急に聡一郎の毒気にあてられたように、激しい眩暈に襲われた。「ミズキ、大丈夫か?」「大丈夫です。」「こんな所で立ち話もなんだから、一緒に来てくれないか?」「また、わたしと彼を引き離すおつもりですか?」「来てくれればわかる。」瑞姫とルドルフは聡一郎とともに黒塗りのリムジンに乗り込んだ。(そろそろ彼とは決着を着けなければ。)ルドルフはそう思いながら、隣に座る瑞姫をそっと抱き締めた。にほんブログ村
2011年01月13日
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「瑞姫姉様、お帰りなさい!」半年ぶりに帰郷した瑞姫を出迎えてくれたのは、異母弟の真珠だった。「ただいま、真珠。少し背が伸びたわね。」「うん! 僕ね、サッカーチームでレギュラーになれたんだ!」「そう、それは良かったわね。お義母様は?」「母様なら2階にいるよ。」「そう。」瑞姫が2階へと上がり自分の部屋へと入ると、そこには顕枝(あきえ)がアルバムを捲り溜息を吐いていた。「お義母様、何をなさっているの?」「結婚式で流す写真を選んでいるのよ。どれも可愛いから困っちゃうわ。」彼女はそう言うと、アルバムを閉じた。「お義母様、結婚式なんて・・入籍しただけでいいわ。」「何を言っているの、瑞姫さん。結婚式なんて一生に一度だけのものなのよ。」「でもお腹が目立っているから無理よ。それにみんなに何て言われるか・・」瑞姫は溜息を吐くと、ベッドの端に腰掛けた。 彼女が妊婦となって帰ってきたことを知った町の者達は一斉に好奇の視線を送り、良からぬ噂が立ち始めていることを瑞姫は知っていた。「そんな事、あなたは気にしなくていいんですよ。わたくしが守ってあげますからね。」「お義母様・・」いつも自分に冷たい顕枝が、笑顔を浮かべてそう言ったのを、瑞姫は驚愕の表情を浮かべて見ていた。「瑞姫さん、今まで辛く当ってしまってごめんなさいね。あなたのお父様と再婚する時、お父様がまだあなたのお母様のことを想っていることに気づいて、お母様に似たあなたを愛せずにいた。あなたの事を憎いと思っていないのに、どうしてもあなたの事を好きになれずにいたの。あの頃わたしは若くて、風習が違うし頼れる者も居ない中で他人の子を育てる余裕と自信がなかったの。でもあなたがあの人の子を妊娠したと知った時、もう昔の事を忘れようと決意したの。」顕枝はそう言葉を切ると、瑞姫を抱き締めた。「今まで冷たくしてごめんなさいね、瑞姫。これからは本当の母娘になりましょうね。」「はい、お義母様・・」瑞姫は涙を流しながら、長年継母との深い溝が埋まった気がした。 翌日、隣町の教会で瑞姫とルドルフの結婚式が行われた。純白のウェディングドレスを纏い父親とヴァージンロードを歩きながら、瑞姫は恥ずかしげに俯いていた。その向こう―祭壇前では白いタキシード姿のルドルフが笑顔で瑞姫を待っていた。神の下で永遠の誓いを交わした2人は、キスをした。指輪の交換時に、瑞姫は余りの嬉しさで手が震えてなかなかルドルフの指に指輪を嵌められなかった。「どうした?」「何だか、嬉しくて・・」「わたしもだ。」教会から出た2人を出迎えたのは、祝福の拍手と歓声だった。「結婚おめでとう、瑞姫。ルドルフと幸せにな。」真宮邸で行われたパーティーで、亜鷹は感慨深げに花嫁姿の瑞姫を見た。「ええ。兄様、わたしは・・」「いいんだよ。それ以上何も言うな。」亜鷹はそう言うと、少し寂しげな笑みを浮かべた。「ルドルフ様、ミズキさん、ご結婚おめでとうございます。」法衣ではなく、黒のタキシードにアスコットタイを纏ったシリルがそう言って2人に微笑んだ。「ありがとう、シリル。」「わたしは最後まであなた様に片想いでした。でもそれで良かったんですよね。」シリルはルドルフの手をそっと握った。「お前と会えて良かったよ。」「わたしもです、ルドルフ様。」にほんブログ村
2011年01月13日
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「お、小父様・・」瑞姫はそう言うと、ルドルフの手を握った。「折入って生まれてくる子どものことで話がしたいんだが・・」「話ですか?」「彼とは結婚するつもりなのか?」聡一郎はちらりとルドルフを見た。「ええ。あなたの息子さんとは結婚いたしませんと申し上げた筈です。それに、子どもは彼と2人で育てるつもりです。」「子どもを育てるのは簡単なことじゃないよ。父親が不法滞在者だと分かれば、どんな目で見られるか判ったもんじゃないよ。」馬鹿にしたような口調で聡一郎はそう言うと、ルドルフを見た。「早瀬さん、ルドルフさんの事でしたら心配要りません。真宮の旦那様が2人の結婚を許しました。」亜鷹の言葉を聞き、聡一郎はむっとした顔をした。「残念だな。それじゃぁ、子どもだけはこちらで引き取るとしよう。」「小父様!」聡一郎の言葉を聞いた瑞姫が顔面蒼白になりながら椅子から立ち上がった。「うちには跡継ぎが必要なんだよ。籍さえ入れれば誰の子だろうと問題ないじゃないか?」「酷い、小父様・・わたしは、わたしは・・」瑞姫は身体を怒りで震わせたかと思うと、気絶した。「瑞姫、しっかりしろ!」病室のベッドに横たわる瑞姫の手を握り締めながら、ルドルフは医師の説明を聞いた。「精神的なストレスは母体にも胎児にも悪影響を及ぼします。暫く安静にしていてください。」「解りました。」医師は瑞姫達に頭を下げると、病室から出て行った。「ルドルフ様・・」「赤ん坊は無事だ。」「そうですか・・小父様は?」「帰ったよ。それにしても自分勝手な男だ。わたしは絶対にお前と腹の子を守ってみせる。」ルドルフはそう言うと、瑞姫の手を握り締めた。「ルドルフ、今日はこれを持ってきた。」亜鷹は鞄の中から婚姻届を取り出した。「瑞姫の方はもう記入済みだ。あとはこの見本通りに記入すればいい。出来るだけ向こうが先手を打つ前に、これを役所に提出しなくてはな。」「ああ。」ルドルフは亜鷹から婚姻届を受け取ると、必要事項に記入した。「これでいいか?」「ああ、完璧だ。わたしと一緒に役所に行ってくれるか?」「だがミズキが・・」「わたしは大丈夫ですから、行ってください。」 亜鷹とともに役所へと向かったルドルフは、瑞姫との婚姻届を提出した。「何も問題ありませんよ。」係の者にそう言われた時、ルドルフは安堵の表情を浮かべた。「これで瑞姫とお前は法律上の夫婦だ。早瀬家は今頃慌てているだろうな。」「ああ、そう願うよ。」ルドルフは亜鷹に晴れやかな笑顔を見せると、ともに役所から出て行った。「婚姻届を受理されなかったとはどういうことだ!?」同じ頃早瀬邸では、聡一郎がゴルフのクラブを握り締めながら準を怒鳴っていた。「申し訳ございません、お父さん。どうやら向こうが先に出したようなのです。」「くそ、先手を打たれたか。」聡一郎は溜息を吐いた。「もう諦めましょう、お父さん。」「いいや、まだ諦める訳にはいかない・・うちには跡継ぎが、瑞姫さんが宿している子が必要なんだ!」聡一郎はぎりぎりと唇を噛み締めながら叫んだ。 医師からもう大丈夫だと言われた瑞姫は、病院を退院してルドルフと亜鷹とともに故郷へ帰ることとなった。にほんブログ村
2011年01月13日
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ルドルフは準の言葉を聞き、瑞姫と再会できた喜びが瞬く間に消えていった。彼が一体何を話すのかはわからないが、いい話ではないことは確かだ。『わかりました。』『ではこちらへ。瑞姫さん、健診までまだ時間があるからね。』準に連れられたのは、病院内のカフェだった。『お話とは?』『瑞姫さんがお腹に宿しているあなたの子を、養子に迎えたいと思いましてね。』『養子?』ルドルフの美しい眦が上がるを見た準は、次の言葉を継いだ。『実は彼女の妊娠が判った時、父から不妊検査をするように言われまして・・その結果、わたしが無精子症だと判りました。』『つまり、自分には子どもが出来ない身体だからミズキとわたしとの間の子を欲しいと?』準は溜息を吐いてコーヒーを飲んだ。『わたしにはこの病院に勤務している兄が居ますが、兄嫁との間には女児が1人居るだけです。父は早瀬の血を受け継ぐ男児を望んでいます。瑞姫さんがあなたの子を妊娠したと父に伝えた時、“他の男の子でも、籍を早瀬に入れれば問題ないだろう”と。』なんて自分勝手な考えなのだろうか。跡継ぎが欲しいからと、自分と瑞姫を引き離そうとする聡一郎の企みを準から聞き、ルドルフは彼に殺意を抱いた。『あなたはそれを承諾したのですか?』準はルドルフの言葉に静かに頷いた。『わたしはミズキとも別れませんし、彼女が宿している子を彼女と共に育てます。』ルドルフはそう冷たく準に言い放つと、乱暴に椅子から立ち上がってカフェから出て行った。「ルドルフ様、準さんと何を・・」「お前は知らなくていい事だ。それよりも経過は順調なのか?」ルドルフはそう言って瑞姫の下腹をそっと撫でた。「ええ。つわりはもう治まりましたし、運動もしてもいいと助産師さんが言ってくださいましたし。性別は今日辺りで判るようですよ。」「そうか。」数分後、瑞姫の健診に付き添ったルドルフは、そこで初めて胎児の心音を聞いた。小さな鼓動は、力強く逞しいものだった。「赤ちゃんは男の子ですよ。」「そうですか。」「そちらの方は?」助産師がそう言ってルドルフを見た。「わたしの恋人です。両親学級に参加しようと思うんですけれど・・」「来週の日曜にあるので、是非参加してください。初めてのことばかりだから不安でしょう?」「ええ。嬉しいんですけれど、ちゃんと産めるかどうか心配で・・」「大丈夫ですよ。」瑞姫と助産師の会話を聞きながら、ルドルフは超音波検査の画像を見た。そこには瑞姫の子宮の中で元気に動いている胎児の姿があった。(やっと、やっとお前に会えるな・・) その日の日曜日、瑞姫とルドルフは両親学級に参加し、授乳や沐浴の仕方、おむつ替えなど基本的な知識を知り、そこで会った先輩ママ達からのアドバイスを聞いて瑞姫は初めての出産や育児への不安が少し軽くなったと感じた。「瑞姫、元気そうだね。」両親学級が終わり、瑞姫とルドルフがカフェへと向かうと、そこには亜鷹が笑顔で2人に向かって手を振っていた。「兄様、どうして東京へ?」「お前とルドルフの赤ちゃんの為に色々とベビー用品を買ってね。右手の傷は?」「ええ、もう大丈夫です。でも兄様、わたしはルドルフ様とは・・」「結婚の事は真宮のお父さんをわたしが説得して折れてくれたよ。何だかんだ結婚を反対していても、初孫の顔は見たいようだ。」亜鷹の言葉に、ルドルフと瑞姫は苦笑した。「瑞姫さん。」瑞姫が振り向くと、そこには聡一郎が立っていた。にほんブログ村
2011年01月13日
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東京都内にある病院にルドルフが入院して数日が経ち、彼はベッドから起き上がれるようになる位快復した。看護師によればルドルフは搬送された時、腹部に銃創を負っていたが、幸い急所から外れていたという。何処で受けたのかが解らないが、恐らく会津で敵兵が放ったものだろうとルドルフは解った。 病室に居るのは暇なので、ルドルフは気晴らしに病院内を散歩する事にした。廊下を歩くと、小児病棟の方から子どもの泣き声がした。あの中には幼い子ども達が病と懸命に戦っているのだろう。会津で大人達に混じって危険な作業を手伝っていた子ども達と同じように、彼らは毎日死と隣り合わせの日々を送っているのだ。ここは生と死が交錯する場所だ。毎日新しい命が生まれる反面、誰かが天へと召される。今まで自分は死ぬことだけを考えていた。いつになったら深い孤独から抜け出せるのか、それだけを考えて理不尽な世界を生きていた。だが、あの夜―マイヤーリンクでの夜に、運命が変わった。瑞姫が死神から自分を救い出してくれたのだ。“わたしと一緒に・・”あの時彼女が何を言おうとしていたのか、ずっと解らなかったが、彼女と離れてしまった今なら解る。“わたしと一緒に生きましょう”そう彼女は自分に告げる為に、マイヤーリンクへと、自分の元へと来たのだ。ルドルフをオーストリア=ハンガリー帝国皇太子としてでなく、1人の人間として見てくれたのは、瑞姫だけだった。 時を隔てて瑞姫とともに新しい人生を歩み出そうとした矢先、彼女は何処かへ消えてしまった。(ミズキ、会いたい・・)ルドルフが溜息を吐きながら産婦人科の待合室を見てみると、そこには瑞姫の姿があった。幻覚だろうかと目を擦って再び彼女が座っているソファを見ると、そこには紛れもなく瑞姫だった。「ミズキ。」ルドルフが呼ぶと、俯いていた瑞姫がゆっくりと顔を上げ、驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。「ルドルフ様?」「そうだよ、わたしだ。やっと会えた、わたしの愛しいミズキ。」「ルドルフ様!」ソファから立ち上がった瑞姫はそう叫ぶと、ルドルフの胸に顔を埋めた。「会いたかった、会いたかった・・」「わたしもだ、ミズキ。1人にして済まなかった。」暫く恋人達は場所を弁えずに熱い抱擁を交わしていた。「ミズキ、少し太ったか?」「そう思いますか?」瑞姫がそう言ってそっとルドルフから離れた。その時、彼女の下腹が少し膨らんでいることにルドルフは初めて気づいた。「もしかしてお前・・」「ええ。今妊娠20週なんです。漸くあなたの子が産めます。」瑞姫は下腹を愛おしそうに擦りながらルドルフに微笑んだ。「そうか。元気な子を産んでくれ。」ルドルフが喜びを噛み締めていると、廊下から黒髪の青年―瑞姫の許婚である準がやって来た。「瑞姫さん、こんなところに居たの。」「準さん・・」準は瑞姫とルドルフを交互に見た。『ルドルフさんとおっしゃいましたね? 少しあなたとお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?』そう言った彼の目は、笑っていなかった。にほんブログ村
2011年01月13日
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会津の戦況はますます悪化し、それと比例して新政府軍に対する鶴ヶ城への砲撃が激化してゆき、怪我人や死者が増える一途を辿っていた。そんな中でも、会津の者達は懸命に戦い続けた。ルドルフも遼太郎や蓉姉弟とともに敵兵を斬り伏せ、打ち破ろうとしていたが、新型兵器を持つ新政府軍の前では全く歯が立たなかった。「諦めては駄目です、わたし達は最期まで戦うのです! 亡くなった者達の為に!」目の前で味方が倒れ、一瞬怯んだ少年に向かって蓉はそう檄を飛ばし、般若のような形相を浮かべながら長刀を振るい敵兵の中へと突っ込んでいった。 1人、また1人と彼女の長刀によって敵兵が物言わぬ骸へと化してゆき地面に倒れていった。「わたしは負ける訳にはいかない・・負ける訳には・・」肩で息をし、全身に返り血を浴びながら蓉は敵兵の血に塗れた長刀を軽く振ると、再びそれを構えて敵兵へと突進した。だがその時、乾いた銃声が戦場に響き、蓉は首を撃たれて地面に倒れた。「姉上!」「ヨウ、しっかりしろ!」ルドルフが蓉の身体を揺さ振ると、彼女は低く呻いて彼の頬を撫でた。「ルドルフさん・・ありがとう・・」「姉上、しっかりしてください!」最期の時、蓉は涙を流してゆっくりと目を閉じ、18年の短い生涯を終えた。「姉上の首を敵に取られてなるものか!」遼太郎はそう叫ぶと、姉の長刀を手に取り、彼女の首を泣きながら落とした。地面に染まる彼女の血を見たルドルフは、激しい怒りに全身を支配され、敵兵を次々と斬り伏せた。今ここに居る全ての敵が憎かった。まだ若く美しかった彼女の命を奪った敵が憎かった。辺りを見ると、遼太郎が姉の首を抱き締めながら泣いていた。その背後には、敵兵が忍び寄っていた。「リョータロウ、危ない!」ルドルフが彼の元へと駆け寄ろうとした時、彼の前で遼太郎は敵の刃に倒れた。「リョータロウ、しっかりしろ!」「ルドルフ・・すまない・・」息も絶え絶えに、遼太郎はそう言ってルドルフに詫びた。「何を謝る事がある? お前はまだ死んでいけない、生きろ!」「お前と会えて、良かった・・」遼太郎は苦しげに咳き込むと、喀血して息絶えた。(そんな・・)遼太郎と蓉の死を、ルドルフは数日経っても信じられずにいた。やがて会津は降伏し、悲劇は幕を閉じた。全てが終わった後、ルドルフは川原へと向かった。闇に包まれた黒い川はここで戦がなかったかのように静かに流れている。(ヨウ・・リョータロウ・・)ルドルフは目を閉じ、最期まで会津を守ろうとした2人の若者の笑顔を思い出した。その時、何かが川で光った。ルドルフが川の方を見ると、黄金色の光を放ちながら無数の蛍が飛び交っていた。“蛍は死んだ人の魂だと日本では言い伝えられているんですよ。”以前、瑞姫からそんな話を聞いたのを思い出したルドルフは、涙を流しながら蛍を見ていた。その時、彼の膝元に二匹の蛍が飛んできて、彼の辺りを飛びまわった。「会いに、来てくれたんだな・・」蛍が放つ光の勢いがますます強くなり、ルドルフはその光に包まれながら意識を失った。 彼が目を覚ますと、そこはまたもや病室のベッドの上だった。「気がつかれましたか?」「ここは、会津の病院か?」「いいえ。東京の病院ですよ。」瑞姫の元に戻って来た―ルドルフは安堵の表情を浮かべると、眠りに就いた。にほんブログ村
2011年01月12日
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「遼太郎、泣くのはお止めなさい。そんなに泣いたら、母上が安心してあの世に旅立てぬではありませぬか。」母の遺体に取り縋って泣く弟を、蓉(よう)はそう言って諌めた。「姉上は悲しくはないのですか?」「母上は会津を守る為に立派な最期を遂げられたのです。その母上の娘として生まれたことを、わたしは誇りに思います。」蓉は泣くまいと懸命に歯を食い縛り、母の遺体から離れると、怪我人の手当てへと向かった。(母上・・)弟の手前、必死に強がってみせたが、また戦で大切な肉親を奪われた悲しみに襲われ、蓉は涙を堪えながら怪我人の手当てや炊き出し、弾丸作りに精を出した。そんな彼女を傍で見ていたルドルフは、この城で懸命に戦っている女達の姿と重ね合わせていた。敵軍による砲撃が相次ぎ、命を落とす者が増える中で、彼女達は決して涙を見せずに城の中を駆け回り、家族に寄り添い、友人と励まし合っていた。 瑞姫とともに会津に来て、白虎隊記念館で彼らの自刃の図を見た時は、何故彼らは愚かなことをしたのかと思っていたルドルフだったが、命を懸けて生まれ育った国を守ろうとする蓉や遼太郎、そして女達の姿を見て、胸の奥が熱くなった。自分の為ではなく、他人の為に戦うことは、容易いことではない。負けると解っていても、会津の者達は決して屈せず、堂々と敵に立ち向かっている。かつて自分も国を守ろうと必死になった事があった。けれどもそれは、皇太子としての義務でしかなかった。(わたしは自分勝手な男だったのだ。他人をどこかで傷つけながらも、それは国の為だと思って気にも留めなかった。) ルドルフが城で怪我人の手当てや弾丸作りを手伝い始めてから数日が過ぎたある日、男達が悲愴の表情を浮かべながら城へと入ってきた。「白虎士中二番隊、飯盛山にて自刃。」死者の名を男達は一人ずつ読み上げ、その度に啜り泣きが城内のあちこちから響いた。ふと隣に居た遼太郎を見ると、彼の顔は病的に蒼褪めていた。「そんな・・儀三郎が死んだなんて・・」死者の中に、彼の友人が居たようだ。「リョータロー・・」遼太郎は友人達の死に涙を見せず、怪我人の手当てへと向かった。 その夜、ルドルフは城の外へと出て夜空に煌めく星空を見ていた。(ミズキ・・お前に会いたい・・)草叢に寝転がって目を閉じ、思い浮かべるのは恋人の笑顔。拉致されそうになった瑞姫を助けようとして気絶し、病室のベッドで寝かされた時には、彼女は自分の傍にはいなかった。彼女を愛している癖に、彼女が自分の隣に居る事がいつしか当たり前だと思い始めていた。何時何が起きるかわからないこの世で、永遠に愛する者が自分に微笑んでくれる保障は何処にもないというのに。「どうなさったのですか?」ふと隣で誰かが寝転がる気配がしてルドルフがそちらを見ると、そこには蓉の姿があった。「ヨウ、今日の事は・・」「ええ。毎日誰かが戦で命を落とす。わたしの夫も、母も居なくなり、わたしが弟とお祖母様、そして生まれてくる子を守らなければ。」そう言うと彼女は、まだ膨らんでいない下腹を擦った。「ヨウ、わたしは何処かで誰かがいつも自分の傍に居る事が当たり前だと、愛されるのが当たり前だと思っていた。それがいかに傲慢な考えだったか、今身に沁みて解る。」ルドルフは蓉を見ると、そっと彼女の頬に触れた。「わたしは君に似た女を知っている。わたしが心から愛した女は、わたしをいつも支えてくれて、傍に居てくれた・・彼女が居ない今、その存在の大きさを改めて感じたよ。」「そうですか・・ルドルフさん、その方を大切になさってくださいませ。」蓉はそう言うとさっと立ち上がりルドルフに微笑むと、城へと戻っていった。にほんブログ村
2011年01月12日
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「助けてくれてありがとう。わたしはルドルフ、あなたのお名前は?」「蓉と申します。」瑞姫に似た少女は、そう言うと花が綻ぶかのような笑みを浮かべた。「美しい名だな。」「姉上、何故ここにおられるのですか!?」ルドルフと少女との間に和やかな空気が流れ始めた時、遼太郎が驚愕の表情を浮かべながら彼女を見た。「何故って、敵と戦っているのですよ。」「わたしはそんな事を聞いているのではありません! 母上達と城に居るのではなかったのですか?」「会津が敵に侵略されようという時に、じっとなどしていられますか! わたくしは武家の娘です!」少女はそう言うと、腹の底から声を出し、長刀で次々と敵兵を倒していった。「おやめください、姉上! 姉上の腹にはややが・・」「お黙りなさい、遼太郎!」何とか遼太郎が少女を止めようと声をかけたが、彼女はピシャリとそう叫ぶと、まるで蝶がひらひらと舞うように敵兵を倒していった。「おいルドルフ、何してる! 貴様も戦わないか!」遼太郎はそう叫ぶと、ルドルフを睨んだ。「武器がないのにどうやって戦えと?」「全く、世話の焼ける・・」遼太郎は舌打ちすると、敵兵の死体から日本刀を外すと、それをルドルフに投げた。「ありがとう。」ルドルフはそう言うと、鯉口を切って敵兵へと突進した。相手は銃を構える間もなく、ルドルフの刃の下に倒れてゆく。たちまち彼は全身返り血に染まり、肩で息をしているその姿はまるで戦神のようだった。「退け、退けぇ~!」ばらばらと敵兵達はルドルフ達に背を向けて逃走した。「姉上、ご無事ですか!?」遼太郎は必死に姉の姿を探した。彼女は長刀を振り回し、敵兵を袈裟斬りにしていた。「わたしはここですよ、遼太郎!」くるりと弟に振り向いた蓉の白く滑らかな肌には、敵兵の返り血がついていた。「敵が退きました。今の内に城に戻りましょう!」「ええ。」遼太郎と蓉姉弟、その仲間達に続いてルドルフは鶴ヶ城内へと入った。「お蓉、遼太郎!」城内にルドルフ達が入った時、紫の着物を着て白髪を丸髷に結って白い襷を掛けた女性が遼太郎と蓉の姿を見るなり、彼らの方へと駆け寄って来た。「お祖母様!」蓉は女性を見ると、にっこりと笑いながら両腕を大きく広げた。「お前、お腹にややが居るのに戦っていたのですか!」「ええ、薩長の奴らをこの長刀で斬り伏せてきました。」「お蓉、お前という子は・・」女性が呆れたような顔をしながら蓉を見ると、深い溜息を吐いた。「お祖母様、母上は?」蓉がそう祖母に尋ねると、彼女は暗い表情を浮かべた。「先ほど焼き玉おさえをしていたら・・」祖母の言葉を聞き、蓉は母に何かあったのかを悟った。「そうですか・・母上は何処に?」「お前は見てはなりません。」「いいえ。母上にお別れをしたいのです。」祖母は蓉と遼太郎とともに城の中へと入った。ルドルフが彼らの後を追ってそこへと入ると、怪我人の呻き声や女達の怒号、そして啜り泣く声が聞こえた。 廊下の片隅に、筵がかけられた女の遺体があった。筵には赤黒い血が滲んでいた。「母上~!」遼太郎の悲痛な叫び声が廊下に響いた。ルドルフが彼の方に駆け寄ると、そこには母親の遺体に取り縋って涙を流す遼太郎の姿があった。全身が焼け爛れた彼の母親は、安らかな死に顔をしていた。にほんブログ村
2011年01月12日
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ルドルフが辺りを見渡すと、そこには数人の少年達が興味深げに自分を見ていた。皆軍服を纏い、腰には日本刀を帯びていた。白虎隊士達の墓所があった所には、何も無く代わりには鬱蒼と茂った森が広がっていた。先程聞いた砲撃と怒号から察するに、ルドルフはどうやら戦火の只中へとやって来てしまったらしい。(どうなっているんだ?)記憶を整理してみると、突然謎の閃光を受けて気がつくと戦場に居た。あの閃光の正体が判らない以上、元の場所に戻る事は不可能だ。(このまま、ミズキと会えなくなるのか?)脳裡に瑞姫の笑顔を浮かべた時、ルドルフは砲撃の音で我に返った。「退け、ここは危ない!」「けど、何とか持ちこたえないと・・」「俺達はまだ負けた訳じゃない!」ルドルフの手首を掴んだ少年がそう怒鳴ると、残りの少年達は渋々と彼に従った。どうやら彼がこの集団のリーダーらしい。「お前、名前は?」ルドルフがそう言って少年を見ると、彼はきっとルドルフを睨み返した。「まずはそちらから名を名乗られよ。」「わたしはルドルフ、ルドルフ=フランツだ。」「わたしは望月遼太郎だ。ルドルフ、これから何処に行くつもりだ?」「出来ればお前達と付いていきたいのだが。」年下にいきなり呼び捨てにされて少しムッとしたルドルフだったが、些細な事に苛立ってはいけないと思いながらも、そう言って少年を見た。「いいだろう。ただし己の身は己で守ることだな。」少年―望月遼太郎はそう言うとルドルフに背を向けて仲間達とともに走り始めた。彼は気に入らないが、戦場で生きていく為には多少は妥協せねばなるまい―ルドルフはそう思い、慌てて彼らの後を追った。 遼太郎とその仲間達は、鶴ヶ城下へと入った。そこでは会津藩士達や新撰組隊士、そして婦子軍と呼ばれる女達が長刀を振るいながら新政府軍と戦っていた。「俺達も戦うぞ!」激しい剣戟の音、敵味方かどちらか解らぬ人々の怒号、そして次々と緋に染まる地面―鮮烈な緋が支配する戦場を、ルドルフは呆然と見ていた。今まで軍隊で部下達を指揮してきたが、それは司令室の中だけで、一度も剣を取り敵陣へと踏み込んだことがない。オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子である彼が戦場へ出る事を、重臣達が望まなかった。何故なら彼には国を統べるという重要な役目―次期皇帝としての役目があったのだから。皇帝とともに戦略会議で机の上に広げられた地図を見ながら、ルドルフは戦場を知り尽くしていたつもりでいたのだ。だが目の前に広がるリアルで壮絶な戦場を目の当たりにした彼は、目が醒めた。命を奪うか、奪われるかの瀬戸際に常に立たされる場所―それが戦場なのだ。ルドルフが呆けていると、突然敵兵が白刃を煌めかせながら彼の方へと突進してきた。護身用の拳銃を取り出そうと上着の内ポケットを探ったが、いつもの冷たい感触はそこにはないことを知り、舌打ちした。こうなったら丸腰で戦うしかないか―ルドルフがそう思った刹那、艶やかな黒髪と鮮やかな着物の袖がたなびいたかと思うと、敵兵が血を噴き出しながらどうと地面に倒れた。「怪我はありませぬか?」くるりと振り向いた少女はそう言ってルドルフを見た。(ミズキ!)その少女は最愛の女(ひと)と瓜二つの顔をしていた。「わたくしの顔に何かついておりますか?」「いや、何でもない・・」にほんブログ村
2011年01月12日
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瑞姫が暫く床に蹲って泣いていると、不意にドアが開いて看護師と医師が入って来た。(今の内に・・)彼らの隣を通り抜けようとした瑞姫だったが、すぐに医師に捕まえられた。「今は安静にしていないといけませんよ。」「離して、離してよ! わたしをどうしてここに軟禁しているの?」「それは、父が決めた事だからです。」医師はそう言うと、瑞姫を見た。「あなたも、あの人達とグルなのね。ルドルフ様は何処?」「あの人ならまだ会津に居ます。」「そう。では早くわたしをここから出して!」「それは出来ません。父とあなたのお祖父様からあなたをここから逃がさぬようにときつく命令されましたので。」どんなに瑞姫が医師に病室から出して貰えるよう頼んでも、彼の答えは変わらなかった。「お食事ですよ。」「要らないわ、食欲がないの。」ベッドの上に置かれたトレイを瑞姫はそう言って押し退けた。「そんな事をおっしゃらないで食べて下さい。」「要らないって言っているでしょう!」瑞姫は苛々としながらトレイを払いのけようとした時、炊きたての白米の匂いを嗅いで猛烈な吐き気に襲われた。「・・っ」慌てて口元を覆いながら吐き気を堪えた瑞姫は、そっと下腹を擦った。そういえば、今朝も旅館での朝食の膳に載せられていた味噌汁の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなって、食欲がなくなってしまった。もしかしたら・・「あなたは、あの男の子を宿しているのですね?」頭上から声がして、瑞姫が医師を見上げると、彼は驚愕の表情を浮かべていた。「ええ。だって毎日彼と愛し合っていたんだもの。暇さえあれば獣のように激しく愛し合っていたわ。彼とのセックスはもう気持ちが良くて何度イッたか知れないわ。あなたの弟さんにはわたしが処女じゃなくてごめんなさいねと伝えて下さる?」瑞姫がそう言うと、医師は一瞬怒りで顔を赤く染めたが、平静を取り戻して彼女を見た。「その子は、産むのですか?」「決まっているじゃない。彼もその事を望んでいるわ。食事は要らないから、検査をして下さる?」氷のような冷たい光を宿しながら、瑞姫は狼狽する医師を見ながら言った。 その後瑞姫は産婦人科の診察を受け、妊娠8週目に入っていることを知った。(ルドルフ様とわたしの赤ちゃん・・)超音波に映し出された小さな豆粒大の胎児を見た瑞姫は、嬉しさの余り涙を流した。「お食事ですよ。」いらないと言ったのに、看護師がまた食事を載せたトレイを持って部屋に入って来た。「つわりが酷くて食べられないの。」「お食事をなさいませんと、お腹の赤ちゃんにも良くないですよ。」「じゃぁ食べようかしら。」瑞姫は吐き気を堪えながら昼食を食べた。(ルドルフ様、あなたの子を宿しましたよ。どうか、わたしを助けに来て下さい・・) 一方会津の病院に入院していたルドルフは、密かに病室から抜け出して白虎隊士達の墓所へと向かった。目を閉じてあの声が聞こえないかと耳を澄ませたが、何も聞こえない。やはり気の所為だったのか―そう思ったルドルフが墓所に背を向けた瞬間、激しい衝撃とともに眩い閃光が彼を襲った。「う・・」激しい砲撃の音と人々の怒号に目を覚ましたルドルフが辺りを見渡すと、そこは戦場の只中だった。状況が解らないまま呆然としていると、突然誰かに手首を掴まれた。「何そんな所で呆けている、死にたいのか!」ルドルフが振り向くと、そこにはきりりとした顔立ちの少年が黒い瞳で彼を睨みつけていた。にほんブログ村
2011年01月12日
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その頃、亜鷹は失踪事件の調査を終え、溜息を吐きながら警察署を出た。今回の事件は全て被害者達の自作自演で、彼らはいつの間にか自宅へと戻っていた。(人騒がせな事をしたのに、謝罪もせずに・・)彼らの自作自演に気づいたのは、ノートパソコンで偶然ネットサーフィン中に被害者のブログを見つけたからだった。そこには世間が自分達のことで大騒ぎをしていることに悦に浸っている自己満足な文章が書かれていた。更に彼女は、白虎隊士達のことを中傷の言葉で散々罵っていた。思い出したくもない、吐き気がするような内容だった。 亜鷹はすぐさま捜査本部にブログの存在を知らせ、被害者達が帰宅していること、自作自演であることを突き止め、事件は無事に解決した。その後、失踪事件はネット上で大きく取り上げられ、被害者達の行為は激しくバッシングされ、マスコミはこぞって事件を取りあげた。亜鷹が久しぶりにあの女のブログを見てみると、その最新記事には閉鎖のお知らせが書いてあった。謝罪も何もせずに逃げた女―彼女はきっとこれからも逃げ続けることだろう。一度ネット上でバッシングされたら死ぬまで追いかけられる。女は自ら墓穴を掘ったのだ。事件が無事解決し、亜鷹はほっと溜息を吐いて茶を飲んでいると、携帯の着信音が鳴った。液晶には、「瑞姫」と表示されていた。「もしもし?」『もしもし?』聞こえて来たのは、男の声だった。「どちら様ですか?」『失礼、わたしは早瀬聡一郎と申します。今あなたの大切な“妹”さんをこちらで預かっております。』男の言葉を聞いた亜鷹は、嫌な予感がした。「瑞姫は無事なんですか?」『ええ、今のところはね。』「どういう意味ですか?」『それは、あなたのお友達にお聞きになった方がよろしいでしょう。』男の嘲るよう笑い声とともに、通話が切られた。 ルドルフがゆっくりと目を開けると、ぼんやりと白い天井が視界に入った。耳元では、規則的な電子音が聞こえている。「う・・」「気がつかれましたか?」ふと枕元を見ると、そこには看護師が立っていた。「ミズキ・・」瑞姫の姿を探そうとルドルフがベッドから起き上がろうとすると、看護師がそれを阻んだ。「いけませんよ、暫く安静にしなければならないんですから。」「ミズキ・・ミズキ・・」ルドルフは再び目を閉じた。 その頃瑞姫は、東京都内の病院に居た。自殺しようと拳銃を発砲したが、それが暴発して彼女は右ひじから手首にかけて怪我を負い、救急ヘリで搬送途中に意識不明の重体に陥っていたが、数日前に意識を回復した。(どうしてわたしはこんな所にいるの? ルドルフ様は・・彼はどこ?)瑞姫は点滴の針を抜き、ベッドから降りて病室を出ようとしたが、ドアには外側から鍵がかかって外に出られない。「ねぇ、誰かいないの? ここから出して!」傷ついた右手でドアを叩いていると、人が近づく気配がした。「瑞姫様、申し訳ありませんがあなたをここから出すことは出来ません。」ドア越しに聞こえたのは、清滝家の執事の声だった。「あなた達は一体何を企んでいるの? こんなことをしても、わたしの気持ちは変わらないわよ!」「瑞姫様、暫くのご辛抱を。」執事の靴音が徐々に遠ざかる気配がして、瑞姫は冷たいリノリウムの床に蹲って泣いた。(ルドルフ様・・)にほんブログ村
2011年01月12日
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「兄様に、電話をかけてみます。」 瑞姫がそう言ってバッグの中から携帯を取り出した時、不意にロールスロイスから1人の男が降りて来た。 チタングレーの上質なスーツを纏ったその男は、灰色の髪を整髪料でなでつけ、鷲のような鋭い眼光で瑞姫とルドルフを見た。ルドルフは彼と目が合っただけで、彼が何者なのかが解った。『あなたは、早瀬さんのお父上様ですか?』ルドルフがそう男に問いかけると、彼はにこりと笑った。『ああ。準はわたしの息子だ。君は?』『初めまして、ミズキの恋人の、ルドルフ=フランツです。』『恋人? おかしいねぇ、瑞姫さんは倅の嫁に是非と清滝さんにと勧められたんだが。もしかして、僕が勝手に勘違いしちゃったのかな?』そう言っておどけた振りをしてみせた男だったが、その鋭い眼光は未だにルドルフに向けられていた。『これから何処に行くつもりなのかな?』『宿泊先のホテルです。市内にあるので、今知人に連絡を入れております。』『ふぅん、そうかい。わたしも市内に用事があるんだが、もし良かったら乗っていくかい?』男の誘いに、ルドルフは乗るべきかどうか迷った。彼の人を威圧するかのような空気といい、自分に向けられる鋭い眼光といい、彼が自分を歓迎していないことが明らかにみえみえだからだ。「ミズキ、こちらの方がホテルまで送ってくださるそうだが、どうする?」男に話の内容を聞かれぬよう、ルドルフはドイツ語で瑞姫にそう尋ねると、瑞姫は首を横に振った。「あの人はわたし達を引き離そうとしています。ここで兄様を待ちましょう。」「判った。」ルドルフが男の方へと向き直ったが、彼はそこには居なかった。(一体何処に・・?)邸の中だろうかと門の方をルドルフが見ると、背後から瑞姫の悲鳴が聞こえた。 振り向くと、そこには黒服の男達に羽交い絞めにされている瑞姫の姿があった。「ミズキ!」『人の親切は素直に受け取った方がいいと思うけど? それにこの国では拳銃の個人所有は認められないよ。』耳元で冷たい声が聞こえたかと思うと、男がルドルフを見ながら彼が右手に握りしめている拳銃を指した。『ミズキを離せ!』『彼女はいずれ離してあげますよ。大人しくわたしとともに来るならね。』『こんなことをしてただで済むと思っているのか? 警察に連絡すれば・・』『わたしが誰だか知っている上でそんな事を言っているのかな? わたしの力を持ってすれば君を不法滞在者として拘束することができるんだよ?』まるで歌うような軽やかな口調で男はそう言いながら、ルドルフを見た。『貴様・・』『もう時間はないよ。乗りなさい。』ルドルフは瑞姫を救おうと、黒服の男に狙いを定め撃とうとしたが、その前にスタンガンを押し当てられ、気絶した。「ルドルフ様!」地面に倒れたルドルフへと駆け寄ろうとした瑞姫だったが、男達に阻まれてしまった。「さぁ参りましょう、瑞姫様。」「嫌です!」瑞姫はルドルフの傍に転がっていた拳銃を拾い上げて撃鉄を起こすと、銃口を素早くこめかみに押し当てた。「動かないで! 少しでも動いたら引き金を引いて死にます!」瑞姫はそう叫ぶと、男―警察庁長官・早瀬聡一郎を睨みつけた。「そんな物騒なもの、君には似合いませんよ、下ろしなさい。」「嫌です!」「自殺できるものならやってごらんなさい。」(ルドルフ様、愛してます・・)瑞姫は躊躇い無く引き金を引いた。銃声を聞いた小鳥たちが、慌ただしく木の上から飛び立った。にほんブログ村
2011年01月12日
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「お祖父様、この方は・・」瑞姫はそう言って、突然洋室に入って来た青年を見た。「早瀬準と申します。」「早瀬、というと・・あの早瀬?」瑞姫が青年の名を聞いた途端顔を強張らせた。「瑞姫、彼の事を知っているのか? まぁお前のみならず、誰もが知っているだろうな。何せ準君は警察庁長官のご子息だからな。お互いの事を知っているなら、やはりこの縁談はお引き受けして良かった、良かった。」青年が入って来た途端に感じていた瑞姫の嫌な予感は的中した。 やはり突然祖父が自分に会いに来た理由は、この青年と自分を会わせるつもりだったのか。「お祖父様、その縁談、お断りいたします。」瑞姫はそう言って顔を上げ、誠一郎と青年を見た。「瑞姫、何故だ?」「わたしには、愛する方がいます。」瑞姫は白魚のような手をルドルフに向けた。「お前は己の立場を解って言っているのか? お前は・・」「ええ、解っておりますわ。お祖父様が今度の選挙の地盤固めの為にこの方とのご縁談を承ったことなどを。亡くなったお母様にもそうやってご縁談を持ちかけていらっしゃったんですよね?」瑞姫の言葉に、誠一郎の眦が上がった。「・・まるでわたしが黒羽根の代わりにお前を家の為に結婚させようとしているという言い方だな。」「あら、それは本当でしょう?」瑞姫は冷たい笑みを浮かべると、歌うかのように次の言葉を継いだ。「わたしが、お母様の・・いえ、清滝家の唯一の直系だから。わたしよりも、彼にはもっと相応しい方がいらっしゃるでしょうに。」「瑞姫、正直に言いなさい。彼とは一体どういう関係だ?」「言ったでしょう、わたしの愛する方だと。」「認めんぞ、そんなどこの馬の骨とも知れぬ男との結婚は! お前は早瀬君と・・」「嫌だと言っているでしょう!」瑞姫はそう叫ぶと、ルドルフの手首を掴んで洋室から出て行った。「待ちなさい!」誠一郎は瑞姫の手首を掴むと、自分の方へと引き寄せようとした。「わたしはその方とは結婚できません! お願いですから離して!」「そうはさせんぞ、瑞姫! お前はこの清滝の家を盛り上げなければならないのだ! それがお前の宿命なんだ!」ルドルフは誠一郎に負けじと瑞姫を自分の方へと引き寄せようとしたが、誠一郎も瑞姫を諦めようとしない。2人の間に挟まれて両腕を引っ張られた瑞姫は、痛みに悲鳴を上げた。ルドルフはさっと彼女から手を離すと、瑞姫は乱暴に誠一郎の手を振りほどき彼の胸へと飛び込んだ。「わたしはお祖父様が何とおっしゃろうが、彼と結婚いたします!」「馬鹿な事を! お前は母親と同じ過ちを犯すというのか!?」「過ちを犯したのはお祖父さまでしょう! お母様を家の犠牲にしようとしたお祖父様でしょう!」瑞姫の言葉に、誠一郎は金縛りに遭ったかのようにその場から動けなくなった。「行きましょう、もうこの人と話す事はないわ。」「ミズキ・・」「行きましょう!」ルドルフはちらりと呆然と自分達を見つめる誠一郎を見ると、彼に背を向けて瑞姫とともに洋室から出て行った。「お待ちください瑞姫様、どちらへ?」長い廊下を早足で歩き、2人が玄関で靴を履こうとした時、慌てて廊下の奥から清滝家の執事が走って来た。「ホテルへ戻ります。祖父にはもう二度と顔は見せませんと伝えて下さい。」「お待ちください瑞姫様、旦那様は旦那様なりのお考えが・・」「あの人が考えているのは、清滝家の存続でしょう? わたしはもう真宮の人間です、この家とは全く関係ありません!」ぴしゃりとそう瑞姫は執事に言い放つと、さっと立ち上がり乱暴に引き戸を閉めた。「瑞姫様・・」清滝邸を出た2人の前に、黒塗りのロールスロイスが停まっていた。にほんブログ村
2011年01月12日
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「こんな時間にお客様って・・一体誰なんでしょう?」部屋を出てロビーへと向かいながら、瑞姫はそう言って首を傾げた。「さぁな。それよりもアタカは?」「兄様なら事件の調査をしに行きました。当分戻ってこないかもしれません。」「そうか。」「ルドルフ様、なんだか嬉しそうですね? まぁ、その気持ちは解りますけれど。」ルドルフは瑞姫の言葉を聞いて少しムッとした表情を浮かべた。エレベーターがロビーに着くと同時に、2人はフロントへと向かおうとした。「瑞姫。」その時、ソファに座っていた初老の男性が立ちあがって彼らの元にやって来た。男性のスーツが一流の職人によって仕立てられたものだと、ルドルフは一目で見て解った。それに彼は人を何処か威圧するような空気をその身に纏っていた。「お祖父様・・」瑞姫が驚愕の表情を浮かばせながら男性を見た。「漸く会えたな、瑞姫。」男性はそう言うと瑞姫に微笑んで、彼女を抱き締めた。「ミズキ、知っている人か?」「ええ。」自分に向き直った瑞姫の顔が何処か辛そうなのに、ルドルフは気づいた。「この人は、清滝誠一郎。わたしの・・祖父です。」「瑞姫、この方は?」男性がそう言って瑞姫からルドルフへと視線を移した時、彼の眼窩に険しい光が宿っていることにルドルフは気づいた。『初めまして、ルドルフ=フランツです。』ルドルフはそっと右手を男性へと差し出すと、彼はその手を握った。『清滝誠一郎です。ここではなんですから、わたしの家で色々と話しませんか? たとえば、あなたと孫娘の関係についてなどを。』滑らかな英語でルドルフにそう言った男性は口元に笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。「お祖父様、わたし達ある事件の調査で来ているんです。申し訳ありませんけれど・・」「瑞姫、わたしは彼と話をしているんだ。」すかさず助け船を出そうとした瑞姫を、男性はそう言って制した。『どうするのかね?』『是非、伺わせていただきます。』『ルドルフ様っ!』男性との会話を聞いていた瑞姫は、咄嗟に彼の手首を掴んでエレベーターホールへと向かった。「祖父の誘いを断らないといけません。祖父の狙いはわたしです。きっとわたしに家を継がせようとしているに決まっています!」「話も聞きもしないで決め付けるのはどうかな、ミズキ? わたしたちの事を彼に説明するいい機会だと思うが?」「ですが・・もし祖父が認めなかったら?」「その時は、認めてくれるまで説得するつもりだ。アタカに連絡をするといい。」瑞姫は暫く黙っていたが、バッグから携帯を取り出した。 数分後、2人は瑞姫の祖父・清滝誠一郎とともに彼の自宅へと向かっていた。磐梯山を臨む荘厳たる武家屋敷は、和洋折衷な真宮の邸とは違い、奥ゆかしくも何処か凛とした雰囲気が漂っていた。「さぁ、掛け給え。」誠一郎によって通されたのは、武家屋敷の離れにある洋室だった。「ここは維新後に建てられた部屋でね。わたしの曾祖父はここで週末毎に東京から帰って来ては、紅茶を飲んでいたのが唯一の贅沢だった。彼にとっては瀟洒な東京の洋館よりも、生まれ育ったこの家の方が居心地が良かったのだろうね。わたしもそうだが。」誠一郎はそう言って、瑞姫を見た。「お祖父様、何故わたしに会おうと?」「お前に会わせたい人が居てね。そろそろ来る頃だ。」その時、洋室のドアが静かにノックされた。「入りなさい。」「失礼致します。」入って来たのは、長身のすらりとした黒髪の青年だった。にほんブログ村
2011年01月11日
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翌日、ルドルフと瑞姫、亜鷹は失踪事件の調査の為に、被害者達が訪れた場所へと向かった。「まずは白虎隊記念館だ。」3人が白虎隊記念館に入ると、そこには学生旅行だろうか、若い女性達が数人、展示物に見入っていた。 白虎隊記念館には白虎隊士達が着用していた隊服や、白虎隊自刃の図などが展示されており、この地で起きた悲劇を後世に語っていた。「何故彼らは自殺したのだ? 生きていれば・・」「彼らは最期まで幕府の為に戦おうとしたんだよ、ルドルフ。」亜鷹はそう言ってルドルフを見た。「会津藩は“他の藩が倒れても、会津だけは幕府を守る”という教えの下、皆戦った。男だけでなく、女や子どももだ。どれだけ戦いが不利になろうとも、彼らは決して逃げる事はしなかった。敵に屈する事は今まで信じ貫いてきた己の生き方を否定することだ。」「わからないな、わたしには。」何故若者達が死に急いだのかが、ルドルフには理解できなかった。「ルドルフ様、会津藩は必死に守ろうとしていた朝廷からは帝に弓引く逆賊という汚名を着せられ、友好関係にあった薩摩藩には裏切られたんです。その上、新政府軍に寝返った藩からは攻撃されて孤立無援の状態で戦っていたんですよ。もしオーストリアが各国から背を向けられ、敵から総攻撃を受けたら、どうなさいますか?」瑞姫の黒真珠のような瞳が、射るようにルドルフを見た。ルドルフの脳裡に、紅蓮の炎に包まれるウィーンの街が浮かんだ。もし自分が彼らの立場に立たされたら、同じ事をするだろう。母のように自分を包んでくれた帝都を敵に渡さぬよう、どんな手を使ってでも守ろうとするだろう。「戦うだろうな、最期まで。諦めずにウィーンを守ろうとするだろう。」「そうでしょう?」瑞姫はそう言って少し寂しそうな顔をすると、展示室から出て行った。 白虎隊記念館を出た彼らは、自刃した白虎隊士達の墓所へと向かった。そこにはTVドラマや映画の影響か、若い女性達がそれぞれ花や線香を持ってお参りにきていた。ルドルフは墓の前に立ち、そっと手を合わせて目を閉じた。その時微かに、誰かの声が聞こえた。―ニクイ・・ルドルフが周囲を見渡すが、周りには誰も居ない。気の所為かと思いながらルドルフが瑞姫達の方へと向かおうとした時、またもや声が聞こえた。―ナゼワレラガ・・ナンノタメニ・・「ルドルフ様、どうしました?」「いや、何でもない。」旅館へと戻って部屋で寛いでいると、瑞姫はルドルフの様子がおかしいことに気づいた。「それにしても、被害者達は何処へ行ったんでしょう? 貴重品を置いて失踪するだなんて・・」「それが判ったら事件が解決するんだがな。」亜鷹はそう言って溜息を吐くと、机の上に広げられている資料を見た。そこには今回の事件の被害状況が記されていた。(被害者達は全員犯罪組織に拉致等による失踪ではないことは明らかだし、彼らが失踪した時の目撃証言がない。だとすれば一体犯人は誰だ?) その夜、ルドルフは昼間聞いた声のことを思い出していた。あれはただの空耳だったのか。それにしては明瞭に聞こえたし、日本語だったのに何を言っていたのかが正確に聞きとれた。誰かの悪戯かと思ったが、あの時誰も墓所の周りには居なかった。瑞姫も、あの声を聞いたのだろうか?ルドルフは謎の声が気になってその夜は一睡も出来なかった。「ルドルフ様、顔色が悪いですよ?」「ああ、少し一晩中考えごとをしていてな。それよりも瑞姫、余り食べていないな。」「ええ。」「もしかして・・」ルドルフが次の言葉を継ごうとした時、襖の向こうから仲居の声がした。にほんブログ村
2011年01月11日
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瑞姫は温泉につかろうと服から浴衣に着替えようとしていた。「何をしている?」いつの間にか背後には階下の土産物店へと行っていたルドルフが立っていた。「温泉に浸かりに、着替えをしようかと思って・・」「風呂なら部屋にあるだろう?」ルドルフは瑞姫のブラジャーのホックを外すと、彼女は恥ずかしそうに両手で乳房を隠した。「あの、タオルを・・」「何をいまさら恥ずかしがっているんだ? いつもわたしの前では脱いでいるだろう?」「でも・・」瑞姫がもたもたしていると、ルドルフは瑞姫のパンティを脱がしにかかった。「下は自分で脱ぎますから。」「そうか。」ルドルフは近くの籐椅子に腰を下ろすと、じっと瑞姫がパンティを脱ぐのを見ていた。何もされていないのに、狂気を孕んだ蒼い瞳で見つめられるだけで全身の産毛が逆立つほどの恐怖と羞恥を感じた。「あの・・」「こちらに来い。」「はい・・」恐る恐るルドルフの前に立つと、彼は瑞姫の乳房にむしゃぶりついた。「いや・・」「お前の胸は柔らかくて気持ちが良いな。子どもを産んだらどうなるのかな?」「どうしたんですか、ルドルフ様? 会津に来てから、様子が変ですよ?」「変にさせているのは誰だと思っている!」突然そう叫んだルドルフは、瑞姫を突き飛ばした。「ミズキ、どうしてアタカの傍ではあんな楽しそうな顔をしているんだ? まだあいつに未練があるのか? 昨日はあいつと何かしたのか?」「いいえ、兄様とは何もしてません。ルドルフ様、あなたのことをわたしは愛しています。」「それは本当か?」「ええ。ルドルフ様、わたしはあなたから逃げないと約束しました。」瑞姫はそう言ってルドルフを見た。(わたしはミズキに何てことをしてしまったんだ!)我に返ったルドルフは、全裸で啜り泣いている瑞姫の身体に浴衣を羽織らせた。「すまない、ミズキ・・お前に執着する余りに、わたしは酷い事をしてしまった。」そう言って瑞姫にルドルフが詫びると、彼女は優しく彼に微笑んだ。「いくらでも嫉妬してくれても、わたしを憎んでくれてもいいんですよ、ルドルフ様。」「どうしてお前はそんなに優しいんだ? 何故わたしを罵ったりしないんだ?」「解っていますから、あなたの気持ちが。あなたがわたしに執着していることに、気づいていますから。」 清らかでいて、凛としていて、いつも自分に従順な瑞姫。彼女に酷い事をしているのにそれを責めなかったのは、ルドルフが彼女に執着していることに気づいていたからだ。今まで皇太子としての義務を果たす為に生き、決して後ろを振り向くこともなく下を向くこともなく、常に前を向いて歩いて来た。どんなに自分が頑張っても、その努力が報われず、望んだものは決して手に入らなかった。そんな中漸く瑞姫との幸せ、彼女と共に生きるという幸せを手に入れた。その幸せを手放したくなくて、ルドルフは瑞姫に次第に執着していった。だがその所為で、周りが次第に見えなくなってしまっていた。「ルドルフ様。」そっと涙に濡れたルドルフの頬を拭いながら、瑞姫は彼に優しく微笑んだ。「わたしは何処にも行きませんから。」「その言葉を、信じてもいいのか?」瑞姫は何も言わずに、ルドルフの逞しい胸に頭を預けた。その夜、ルドルフと瑞姫はいつにもまして激しく愛し合った。「ミズキ・・」「ルドルフ様・・」部屋の窓から映る漆黒の月が、愛し合う恋人達の姿を静かに照らしていた。にほんブログ村
2011年01月11日
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3人の宿泊先であるホテルは、室内露天風呂付の部屋がある老舗旅館だった。「いらっしゃいませ、ようこそ東山温泉へ。」女将と思しき和服姿の女性がそう言って、瑞姫達に頭を下げた。 案内された部屋は、会津若松の街が見渡せるところだった。「素敵なお部屋・・」「前もっていい部屋を予約しておいたんだ。」「ミズキ、こんな素敵な部屋に2人で泊まれるなんて嬉しいな。」ルドルフはそう言って瑞姫を亜鷹から引き離した。「ルドルフ、ここには2人で予約したんだ。」「アタカ、もしかしてお前はまだミズキに気があるんだろう?」「そんなことはない。」「そうか。てっきりお前はミズキとここに来てわたしの目を盗んで色々とするのかと思ったぞ。まぁ、そんなつもりがないということが解って良かった。」ルドルフは笑みを浮かべたが、蒼い瞳は亜鷹への憎悪を孕んでいた。「さてと、食事に行こうか、ミズキ?」「ええ・・」畳の上に置いてあるショルダーバックを取ろうと瑞姫が腰を屈めようとした時、さっとルドルフがそれを取った。「ありがとうございます・・」「ミズキ、そのスカート短過ぎないか?」「大丈夫ですよ、これ位。」「そうか。」ルドルフは瑞姫に微笑んだが、氷のような蒼い瞳で彼女を射るように見ている。 気まずい空気の中、3人は会津若松市内を一通り観光した後、近くのカフェに入った。「兄様、調査の方は良いんですか?」「明日から調査する。その前に、行きたい所がある。」「行きたい所?」「ああ、出来ればお前と2人で。」亜鷹の言葉にルドルフが美しい眦を上げた。「ルドルフ様、すぐに戻って来ますから。」旅館へと戻ったルドルフは、苛々しながら瑞姫の帰りを待っていた。今頃彼女は亜鷹と何をしているのだろう。2人だけで行く場所といえば、思い出の場所か何かだろうか。もしかして、亜鷹はまだ瑞姫のことを思っているのだろうか。(ミズキ、まだあいつを想っているのか?)瑞姫と自分が知り合って交際し、結ばれるまで1年しか経っていない。だが亜鷹と瑞姫は子どもの頃から知っている間柄だ。彼には瑞姫の知らない顔が沢山ある。彼だけが知っている瑞姫。(ミズキはわたしを愛してくれている・・だがそれだけでは足りない。)どれだけ思い出を重ねても、肌を重ねても、何かが足りない。夫婦としての絆―それが瑞姫と自分との間に欠けている。(ミズキはわたしのもの・・誰にも渡さない・・)「ここが、わたしを連れて行きたかった場所ですか?」瑞姫がそう言いながら亜鷹とともに立っているのは、飯盛山で自刃した白虎隊士達の墓所だった。「ああ。失踪事件の被害者達は必ずここを訪れている。」瑞姫はちらりと白虎隊士達の墓所を見た。 幕末、戊辰戦争の最中凄惨を極めたという会津戦争では、数千人もの死者が出たという。戦争中に新政府軍がこの地でした蛮行の数々は、100年以上経った今でもその恨みが残っている。何時の世も戦争は憎悪や悲しみをもたらす。「何か、関係があるのでしょうか?」「ああ。」瑞姫が部屋に入ると、そこには誰も居なかった。(ルドルフ様?)「ミズキ、お帰り。」ぬぅっと背後からルドルフが瑞姫を抱き締めながらそう言って笑った。「驚かさないでくださいよ。」「寂しかったぞ、ミズキ。お前をあいつに渡すなんて絶対にさせないからな。」(絶対に渡さない・・)にほんブログ村
2011年01月10日
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「亜鷹兄様、どうなさったんですか、こんな朝早くに?」瑞姫とルドルフが朝食を食べていると、突如として亜鷹がダイニングルームに入って来た。「瑞姫、急なんだがわたしと共に会津に行ってくれないか?」「会津へ、ですか? 向こうで何かあったんですか?」瑞姫が驚きで目を見開きながら、亜鷹を見た。「ああ・・なんでも、謎の失踪事件が相次いでいるらしい。被害者にはある共通点があってな。」「共通点?」亜鷹が次の言葉を継ごうとした時、女中が彼にコーヒーを運んできた。「これが失踪した者達のリストだ。」ダイニングテーブルの上に亜鷹が置いたA4のコピー用紙に書かれていたのは、失踪した被害者達の氏名と住所だった。「どこでこんなものを? 兄様が警察のお手伝いをなさっている事は知っていたけれど・・」瑞姫がそう言いながらリストを見ると、彼女はある事に気づいた。「失踪なさった方は、みんなあちらから来た方ばかりですね。もしかして・・」「お前は勘が鋭いな、瑞姫。なら話が早い。」「ミズキ、わたしと離れて何処かへ行くのか?」ルドルフは少し苛立った様子で瑞姫の手首を掴むと彼女を睨んだ。「ええ。でもすぐに戻って来ますから。」「本当にすぐに戻ってくるんだな? 確かなんだな?」そう言った彼の蒼い瞳が少し狂気に彩られていることに気づいた瑞姫は、初めて彼に恐怖を感じた。「兄様、ルドルフ様と一緒に行っていいですか?」「瑞姫、向こうには黒羽根の父親が居る。お前の戸籍は真宮にあるとはいえ、あちらの家はまだお前の事を諦めていないようだし・・」「そんな事、解っています。でもわたしはルドルフ様と離れたくありません。それにあちらの家のことはわたしとはもう関係ありませんから。」瑞姫はそう言うと、椅子から立ち上がると亜鷹に土下座した。「お願いです、兄様!」「わかった、今回は許そう。だが向こうで何が起こるか解らないから、その事だけを覚悟しておけ。」亜鷹は渋々ながらも会津への旅行にルドルフが同行する事を承知した。「ミズキ、アイヅには何かあるのか?」「ええ。母の実家があるんです。でも母が父との結婚を祖父が許してくれなかったので絶縁状態になってますからもうわたしとは何の関係もないんですけどね。」荷造りをしながら瑞姫はルドルフの問いに答えると、彼は安心したような顔をした。「そうか。てっきり向こうに想い人がいるのかと思った。良かった、そんな奴がいなくて。」ルドルフはそう言うと、瑞姫をじっと見た。「そんな人、居ませんよ。」「そうか・・そうだよな・・ふふっ。」突然ルドルフが笑いだしたので、瑞姫は彼の様子が少しおかしいことに気づいた。「ルドルフ様?」「いや・・何でもない。」(何だかルドルフ様が怖いなんて、初めて・・)ルドルフの内に潜む狂気の存在に気づきはじめた瑞姫だったが、まだその時はこの後ルドルフが大変なことになるなんて彼女は知る由もなかった。 朝早くに出発して瑞姫達が会津若松市に到着したのは正午を少し過ぎた頃だった。「ここが、母様が生まれ育った場所・・」初めて見る母の故郷の美しさに、瑞姫は目を見張った。「瑞姫、ルドルフ、こっちだ。」タクシーに乗った3人は一路、宿泊先のホテルへと向かった。「取り敢えず昼食を取って市内観光と行くか。」「ええ、兄様。」瑞姫と亜鷹の仲睦まじい様子を、ルドルフは恨めしそうな顔で睨んでいた。(ミズキ、わたしを裏切ったら許さないからな・・)タクシーはやがて、ホテルの正面玄関へと到着した。にほんブログ村
2011年01月10日
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帰宅するなり自分の胸で泣きじゃくる瑞姫を落ち着かせたルドルフは、彼女から学校であったことを聞いた。「そうか、そんな事があったのか。」「咄嗟に彼の股間を蹴りあげて逃げましたけど、あのまま押し倒されていたらどうなっていたのか・・」瑞姫は恐怖で身を震わせながらそう言うと、ソファに崩れ落ちるように座った。「水だ、飲め。」「ありがとうございます。」グラスに入った水を一気に飲み干すと、瑞姫は溜息を吐いた。「申し訳ありません、ルドルフ様。わたしが・・」「謝るな、ミズキ。お前は何も悪くない。」瑞姫に恐怖を与えた西田に、ルドルフは激しい憎悪と殺意を抱いた。「今日は疲れただろう。部屋に戻ってゆっくり休め。」「ええ・・」瑞姫はソファから立ち上がろうとしたが、西田に襲われた恐怖が抜けずに床に崩れ落ちそうになったところを、慌ててルドルフが抱き留めた。「怖かった・・怖かったんです・・」「わかったよ。もう何も考えずに眠れ、いいな?」瑞姫がベッドで寝息を立てたのを確認したルドルフは、そっと彼女の部屋を出てある場所へと向かった。 西田の自宅は学校から少し離れたところにあった。ルドルフは闇の中に身を隠し、息を潜めて西田が帰宅するのを待った。やがて彼が自宅の前を通りかかって来たのを見たルドルフは、西田を暗い路地へと引き摺りこんだ。「な、なんだよ!?」「お前が、ニシダだな?」西田は突然現れた長身のルドルフに怯え、腰が抜けて逃げられなかった。「そ、そうだけど・・」「そうか。」ルドルフは口端を歪めて笑うと、拳銃を西田の額に押しあてた。「ひぃ!」「自分が何をしたのか、わかっているな?」「真宮が悪いんだ、あいつが俺の気持ちを知ってる癖に相手にしないから!」「だから、彼女を襲ったんだな?」「そうだよ、文句あっかよ? べ、別に減るもんじゃねぇし・・」「黙れ!」ルドルフは西田の口に銃を押し込んだ。「二度とミズキに手を出すな。もし手を出したら・・解っているな?」ゆっくりと撃鉄を起こすと、西田は恐怖に目をひきつらせて失禁した。ルドルフはその様子を見てほくそ笑むと、彼のシャツの裾で唾液に塗れた銃を拭うと、背を向けて歩き出した。「いくらなんでも、脅迫するなんて犯罪だぞ?」ルドルフは不機嫌そうに亜鷹の方へと振り向いた。「どうしても許せなかったんだ。それにあんな馬鹿はすぐに脅しに屈する。彼は二度とミズキに手は出さないだろう。」「ルドルフ、お前が瑞姫を深く愛していることは知っているが、これはやり過ぎじゃないのか? 周りが見えなくなっているぞ。」「わたしはミズキを守る為ならどんなことでもする。わたしはあいつを守ると決めた。二度と彼女の手を離さないと誓ったんだ。だから・・」亜鷹はルドルフの蒼い瞳に狂気が揺らめいていることに気づいた。「ルドルフ、ひとつだけ忠告しておく。瑞姫はお前が闇に呑まれることを望んではいない。まだ間に合う。」そう言って亜鷹がルドルフの手を握ると、それは寒さの所為か冷たかった。「わたしはミズキを守る。」(ルドルフ、闇に呑まれるなよ・・)次第に遠くなってゆくルドルフの背中を見送りながら、亜鷹は不安を覚えた。「ん・・ルドルフ様・・」帰宅して瑞姫の部屋に入ると、彼女はそっとルドルフの頬を撫でた。「わたしがずっとお前を守ってやる。誰にも触れさせない、絶対に。」ルドルフはそう言うと、瑞姫をきつく抱き締めた。(ミズキはわたしのものだ、誰にも渡さぬ!)月光が、ルドルフの狂気に彩られた蒼い瞳を静かに照らした。 その頃会津では異変が起きていた。にほんブログ村
2011年01月10日
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新年を迎えて三ヶ日が瞬く間に過ぎ、瑞姫は約半年ぶりに通っている高校へと行くことになった。「大丈夫か?」「ええ。ちゃんと月のものも来てますし・・」クローゼットの奥にしまいこまれていた制服を取り出しながら、瑞姫はそう言ってルドルフを見た。「そうか。毎日お前を抱いているのに、妊娠の兆候がないなんて・・」ルドルフはそっと瑞姫を後ろから抱きすくめると、平らなままの下腹部を撫でた。「先生もおっしゃっていたでしょう、まだ可能性はゼロではないって。精神的なストレスが身体に負担をかけるんですって。」瑞姫はそう言ってルドルフに微笑むと、彼の頬に唇を落とした。「それじゃぁ、行ってきますね。」「気をつけてな。」クリーム色のセーターの上に青いリボンという制服姿で玄関ホールに立った瑞姫は、さっとコートを着てルドルフに手を振った。 彼女が通う高校は、バスで30分かかるところにあり、良家の子女が通うお嬢様学校でも何でもない、公立高校だ。地元の名士の娘である瑞姫が東京の高校に通わず、地元の高校への進学を決めたのは、ただ単に人づきあいをしたくないからだった。産まれてから実父や継母、使用人達に蔑ろにされて育ち、同年代の友人もおらずに常に孤立していた彼女は、学校にも居場所がなかった。その為か、地元の濃密な人間関係に溶け込むことなく、誰も寄せ付けずに高校に通い卒業までの日を指折り数えて待っていた。今も、それは変わらない。バスを降り、上履きに履き替えて教室へと向かった瑞姫は、刺すような視線を感じた。突然失踪し、その半年後に戻って来た瑞姫のことなど、この狭い田舎町では筒抜けだ。瑞姫が教室に入ると、クラスメイト達はちらちらと彼女の方を見ながらも、自分達の話に夢中になっている。そんな彼らの反応にもう慣れっこになっていた瑞姫は、自分の席に腰を下ろすと西田のノートが入った紙袋を持ち、彼の元へと向かった。「西田君。」瑞姫が西田を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げて彼女を見た。「これ、ありがとう。」「なぁ、今日暇?」「うん。それがどうかした?」「放課後、ここに書いてある場所に来て欲しいんだ。」西田はそう言ってノートの切れ端を瑞姫に手渡した。「わかったわ。」席に戻りメモを開くと、そこにはこう書かれていた。“科学準備室で3時に”(西田君、一体わたしに何の用があるんだろう?) 放課後、瑞姫は西田からの突然の呼び出しに戸惑いながらも、科学準備室の扉を開けた。「西田君?」中には電気がついておらず、嫌な予感がして瑞姫はドアに背を向けようとした。その時、誰かに口を塞がれて中へと引き摺り込まれた。「誰、誰なの!?」「真宮、やっと2人きりになれたね。」そう言って西田は口端を歪めて笑った。「ねぇ、一体何をする気なの?」「解ってる癖に。」西田は瑞姫を床に押し倒そうとした。瑞姫は彼の股間を蹴りあげ、脱兎の如く逃げ出した。「ミズキ、お帰り・・」帰宅するなり瑞姫はルドルフの胸に飛び込んで泣きじゃくった。「どうしたんだ?」「ルドルフ様・・」にほんブログ村
2011年01月10日
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一部性描写が含まれております。 性描写が苦手な方は閲覧をご遠慮ください。「あぁぁ~!」隣に優貴が寝ているにも関わらず、瑞姫はルドルフに激しく突かれる度に嬌声を上げた。もうこれで何度果てようとして止められたことだろうか。溢れ出る蜜でしとどに濡れた内腿を動かすたびに、ズチュリという卑猥な水音が響く。「あぁ、もう・・」「まだだ、まだイカせない。」ルドルフはそう言って瑞姫の両手首を掴むと彼女の身体を弓なりに反らし、より深い挿入角度にして激しく彼女を責め立て、最奥に精を迸らせた。瑞姫の全身がびくんびくんと痙攣したかと思うと、彼女は白目を剥いて気絶した。細胞のひとつひとつが漲り快感に打ち震える感覚にルドルフは陥りながら、瑞姫の首筋を強く吸った。 すでにそこには少し赤紫に変色しつつあるキスマークが鎖骨や胸にかけて無数に散らばっていた。華奢でありながらも丸みを帯びた瑞姫の裸体は、両性故かどこか中性的な美しさを持っており、今まで抱いた女達のそれよりもなまめかしかった。両掌に収まるくらいの形の良い胸を愛撫すると、ルドルフは両手を瑞姫のくびれた腰のラインへと沿わせた。臍の下―子宮へと目をやると、そこはまだ平らなままだが、いずれは新しい命が宿ることだろう。 瑞姫と出逢ってまだ1年しか経っていないのに、ルドルフはその身体を貪るように、彼女と濃密な夜を幾夜も重ねた。その中でも最も思い出深く残っているのは、初めて瑞姫を抱いた夜のことだ。そこでルドルフは瑞姫の秘密を知り、共有したのだ。男女の交わりなんてどれも同じだと思っていた。早熟だったルドルフは、帝国の後継者を作るという義務を半ば機械的にこなしていた。成人を迎えてシュティファニーと結婚してエルジィが産まれた後、何かがルドルフの中で弾け、女達との戯れにうつつを抜かすようになった。そんな中、瑞姫と出逢ったのだ。突如空から舞い降りて―正確には木の上から舞い降りて来た瑞姫を抱き留めた時、穢れを知らぬ無垢な瞳に心を奪われてしまった。一目惚れで始まった瑞姫との恋だが、今や彼女なしでは生きられなくなってしまった。瑞姫を快楽に溺れさせ、自分から離れられなくさせようという目論見通りに彼女は最早身も心もルドルフの虜となっている。だがそれと同時に、ルドルフも瑞姫の虜となっているのだ。まるで麻薬のようだ。どんなに何度も何度も味わっても、欲望が尽きることがない麻薬。「ん・・はぁ・・」腕の中で、瑞姫がゆっくりと目を開いた。「大丈夫か?」「ええ。ルドルフ様、今夜はもう無理です・・」「まだ夜は長いぞ?」「これ以上したら、死んでしまいます。」「そうだな・・今夜はもう眠るとしよう。」ルドルフは瑞姫を抱き締めながら、眠りに就いた。 暫くすると、誰かが部屋に入って来る気配がしてルドルフが目を開けると、自分の枕元には優貴が座っていた。「ユキさん、どうしたの?」「ねぇルドルフさん、わたしを抱いてくれない? 一度だけでいいの。」「それは出来ない。」「どうして? 瑞姫には欲情するのに、わたしでは駄目なの?」優貴はそう言うと、ルドルフの前で全裸になった。「済まないけど、わたしはミズキ以外の女には欲情出来ないんだ。君は可愛いから、他の男に慰めて貰うといい。」「あなたって最低ね!」優貴は怒りで顔を赤く染めながら、部屋から出て行った。「色仕掛けでわたしが落ちると思ったのか、小娘め・・」ルドルフはそう呟くとくつくつと笑った。にほんブログ村
2011年01月10日
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「あら、優貴ちゃんは何処に行ったのかしら?」「さぁね。」「知りませ~ん。」清音と真子はそう言って茶を飲んだ。「全く、新年の宴を途中から抜け出すだなんて・・あの子は一体何を考えているのかしら?」優貴の母親であると思しき女性が溜息を吐いた。「今頃優貴ちゃん、拗ねてるんじゃない?」「そうそう、ルドルフさんに振られてさぁ。ま、あの子にとってはいい薬になるんじゃない?」「ざまぁってカンジよねぇ。」2人はそう言いながら瑞姫を見た。「2人とも、そんな事言っちゃ駄目じゃない。小母様が聞いているでしょう?」瑞姫はにっこりと笑って2人を諌めたが、その顔は何処か嬉しそうだ。「だってぇ。」「ねぇ~?」姉妹が顔を見合わせていると、優貴が戻って来た。「あら優貴ちゃん、泣いてたの? 目元が赤いわよ?」「べ、別に泣いてないもん!」「あっそ。ねぇ瑞姫ちゃん、トランプやろうよ! ルドルフさんも入れて4人で!」真子がそう言って瑞姫に抱きついた。「わたしはいいけど、ルドルフ様は男同士の話で盛り上がってるようだし。」瑞姫はちらりと、ルドルフを見た。彼は亜鷹達に囲まれて楽しく話していた。「ルドルフ様、あの・・」「トランプをするのは久しぶりだな、混ぜて貰おう。」ルドルフはそう言って瑞姫の方へと向かった。「じゃあ、向こうでやろうか?」「うん、やろやろ。」「何する? じじ抜き、それともばば抜き?」「ポーカーとかどう? 役を覚えれば簡単だよ。」はしゃぎながら部屋を出て行く4人の背中を、優貴は恨めしそうに見ていた。「優貴、ちょっと来なさい!」母親に手首を掴まれ、優貴は彼女から厳しい叱責を受けた。「人前で恥をかかせて、あなたって子は!」(何よ、わたしは何もしてないもの・・)「ちょっと、ちゃんと聞いてるの?」「ちゃんと聞いてるわよ。あたしが悪かったわよ。じゃ、部屋で休むわ。」(瑞姫が悪いのよ、わたしが悪いんじゃない。)部屋へと向かう途中、少し開いた襖越しに瑞姫とルドルフが楽しくポーカーをしていた。瑞姫は自分の苦しみも何も知らずに、無邪気に笑っている。(どうして笑っているのよ、わたしはあんたの所為で怒られたのよ! 人前で恥をかかせられたのよ!)「優貴、どうした?」「なんでもないわ、兄様。」優貴はそう言うと、部屋へと向かった。「今日は本当にすいません。優貴が迷惑掛けて・・」その夜、寝室で瑞姫は優貴の非礼をルドルフに詫びた。「いいんだ、別に気にしてない。それよりもユキの母親はアタカの母親とは違うのか?」「ええ。亜鷹兄様と優貴は異母兄妹なんです。兄様の母親は・・」「そんな話は止そう。それよりも・・」瑞姫の帯紐に手を伸ばしながら、ルドルフは彼女の唇を塞いだ。「もう・・隣に人が・・」「大丈夫、もう寝てるさ。ミズキ、愛してる。」「わたしもですよ、ルドルフ様・・」瑞姫とルドルフは縺れ合うように布団の上に倒れた。 隣から聞こえてくる瑞姫の声を聞きながら、優貴は悔しさに唇を噛み締めていた。(瑞姫、許さない許さない許さない・・)にほんブログ村
2011年01月09日
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「失礼致します。」 瑞姫はそっと襖を開けると、父と新年に集まって来た一族の者達に向かってお辞儀すると、優雅な身のこなしで畳みの縁を踏まずに用意された席へと座った。「そちらの方は、向こうの席へ。」ルドルフが真宮家の女中によって案内された席は、瑞姫から遠い末席だった。「お父様、彼はわたしの恋人です。せめてわたしの隣に・・」「瑞姫、“男女七歳にして席を同じゅうせず”だ。」瑞姫の父親がそう言って険しい顔で彼女を睨むと、彼女は黙って俯いた。「駄目でしょう瑞姫さん、新年早々にお父様を怒らせては。」継母の顕枝(あきえ)が瑞姫をそう嗜めて意地の悪い笑みを浮かべた。「さてと、全員揃ったところだし、食べようか。」瑞姫の父親がそう言うなり箸で黒豆を摘むと、他の者もそれに倣いそれぞれ用意された料理を食べ始めた。箸使いも判らぬままルドルフは箸をフォークのように使って食べていると、顕枝が顔を顰めた。「まぁ嫌だわ、刺し箸だなんて。」「顕枝さん、ルドルフさんは箸使いが判らないんですよ。そんなに重箱の隅をつつくような言い方をなさらなくてもよろしいじゃありませんか。」彼女の嫌味にムカッときたルドルフだったが、すかさず亜鷹が助け船を出してくれた。顕枝はぶすっとした表情を浮かべると、茶を飲んだ。「ルドルフさん、わたしの隣へ。」「さっきはありがとう、助かった。」「いいんだよ。顕枝さんは小父様の前で君に恥をかかせようとしてたんだろう。表向きは瑞姫と君との結婚を許したと言っても、自分の思い通りにならずに苛々しているんだろう。」亜鷹はそう言って笑った。「あの人は何故ミズキを嫌っているんだ? 血が繋がっていなっていないからか?」「それもあるけれど、顕枝さんは瑞姫の父親と再婚する前に色々と揉めてね。それに自分の息子より瑞姫の方が賢いから面白くないのさ。」ルドルフがちらりと瑞姫を見ると、彼女は一族の女性達数人と何かを話していた。口元は笑っているが、目は笑っておらず、すぐに彼女が作り笑いをしているとルドルフは気づいた。「あの人達は?」「ああ、あれは瑞姫の従姉妹に当たる清音(きよね)と真子(まこ)、その2人の向こうにいるのがわたしの妹の優貴(ゆき)だ。どうやら君の事を聞いている。」瑞姫が彼女達に何か言うと、彼女達は目を丸くしながら黄色い声を上げた。「賑やかだな。」「女三人寄ればかしましいと言うだろう?」「ああ、わたしにも姉や妹が居たからな。」ルドルフがそう言った途端、瑞姫の従妹達が彼と亜鷹の方へと駆け寄って来た。「あの、あなたが瑞姫姉様の恋人って本当ですか?」「そうだけど、もしかしてわたしを狙っているの?」そう言うと従姉妹達の中で真っ先に駆け寄って来た亜鷹の妹・優貴はルドルフの問いに答える代りに彼に抱きついた。「わたしのものになってくれる、ルドルフさん?」優貴はルドルフにしなだれかかると、瑞姫に意地の悪い笑みを浮かべた。「済まないね、ユキさん。わたしはもうミズキ以外の女とは寝ないと決めたんでね。他を当たってくれ。」ルドルフはそう言って、優貴を突き飛ばすと瑞姫に抱きついた。「ルドルフ様、人前でそんな事をしては駄目ですよ。」「じゃぁ、2人きりの時ならいいのか?」「もう・・」瑞姫はちらりと呆然としている優貴を見て勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。「優貴ちゃん、振られちゃったねぇ。」「可哀想ぉ~!」わざとらしく清音と真子が顔を見合わせてそう言って笑うと、優貴は部屋から出て行った。にほんブログ村
2011年01月09日
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「瑞姫、何処へ行っていたの? 早くこちらに来なさい。」そう言うと継母は瑞姫を睨んだ。「病院に行ってました。部屋で休ませていただきます。」瑞姫の言葉に、継母の美しい顔が怒りで歪んだ。「少しでも顔を出して頂戴。」継母と口論する気力がない瑞姫は、渋々とダイニングへと入った。そこにはフランス料理のシェフが招待客達に料理を振る舞い、客達はシャンパン片手に談笑していた。「瑞姫さん、お久しぶりだこと。そちらの方は?」ルドルフとともに入って来た彼女を見て、1人の女性がそう言って瑞姫に話しかけてきた。「この方は、わたしの恋人ですわ。」瑞姫はわざと継母に見せつけるかのように、ルドルフと腕を組んだ。「まぁ、素敵な方ね。お似合いのカップルではなくて?」「本当ねぇ。」「お式はいつなの?」婦人会のメンバーに質問攻めにあい、瑞姫は少したじたじとなったが、ルドルフがにっこりと彼女達に笑顔を向けて英語でこう言った。『まだ彼女は学生ですし、彼女の母親が結婚を反対なさっているんですよ。わたしとしてはすぐにでも結婚したいところですけれどね。』「まぁ、そうでしたの。」「顕枝(あきえ)さん、瑞姫さんのご結婚には反対なさっているとか? ルドルフさんは素敵な方なのに・・」メンバーの1人にそう言われて話を振られた瑞姫の継母は、苦虫を噛み潰したような顔をした。「まだこの子には結婚は早すぎますし、この子はまだ世間というものを知りません。」「わたくし、これでも家事全般は出来ますわ。だから安心なさって、お義母様。」「何故なの、瑞姫? 何故その男でないといけないの? 亜鷹さんはどうなさるおつもりなの?」「亜鷹お兄様とはお別れしました。お兄様はわたしとルドルフ様の事を祝福してくださいました。わたしは彼と共に生きていきたいんです。」「あなたは、この家を捨てるつもりなの? 母親と同じ過ちを犯すつもりなの?」「母様は命を賭けてわたしを産んでくれました。その母の命を次代に繋ぐ為にわたしは彼と夫婦になりたいんです。お願いです、お義母様、わたし達の結婚を許してください!」瑞姫はそう叫ぶと、継母の前で土下座した。「瑞姫、お顔を上げなさい。あなたと彼との結婚は許してあげます。」「お義母様・・」「但し、お父様にもちゃんと許可を得るのですよ。これはわたくし一人では決められませんからね。」「ありがとうございます。」瑞姫はそう言うと立ち上がり、ルドルフに抱きついた。「ルドルフ様・・」「やっと一緒になれるな。」継母は客達の手前、瑞姫と自分との結婚を許しただけではないのかとルドルフは思っていた。その証拠に、彼女はああ言ったが目が笑っていないではないか。(何か、ありそうだな・・)嫌な予感を感じながらも、瑞姫の前では作り笑いを浮かべた。 瞬く間に時間は過ぎ、除夜の鐘が108回撞かれた後に新しい年をルドルフは日本で迎えることとなった。「ん・・」「新年明けましておめでとうございます、ルドルフ様。」「おめでとう、ミズキ。」真紅の振袖を着て、漆黒の髪を結い上げた瑞姫は、どこかなめまかしかった。洋館に隣接する武家屋敷に用意された部屋で眠ったルドルフは、瑞姫によって黒紋付羽織と鼠色の袴姿となり、鏡の前に立った。「良く似合ってますよ。」「何だか変な感じだな。」部屋から出て2人は一族が待つ部屋へと向かった。「遅くなりました。」瑞姫が襖の前で正座してそう言うと、中から父の声がした。「入りなさい。」にほんブログ村
2011年01月09日
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産婦人科の待合室でルドルフと口論になり、看護師に連れられた病室でベッドに横たわりながら、瑞姫は何であんな風に取り乱してしまったのだろうと後悔した。「気分はもう落ち着きましたか?」「はい・・」ふと彼女が顔を上げると、看護師がそう言って瑞姫を見た。「すいません、迷惑を掛けてしまって・・」「いえ、いいんですよ。それよりも、余り焦らないでくださいね。子どもは天からの授かり物だと言いますからね。」「ええ。」瑞姫はそう言うと、溜息を吐いた。 ルドルフの子を産みたいと、彼と初めて結ばれた時からそう思い始めた。月のものが遅れた時に一瞬、妊娠していると思い始めていたが、まだその頃ルドルフは既婚者で、娘も居たので、もししているとしても腹の子を産んでもいいのだろうかと悩んでいた矢先の流産だった。妊婦としての自覚を持ち、腹の子を労わってやれば、あの子は無事に産まれてきたのかもしれない―そんな想いを抱えながら瑞姫は生きてきた。ルドルフと激しく愛し合い、彼の陽水が子宮を満たしていく感覚に喜びを感じ、瑞姫は漸く彼との子を産めると思っていた。しかし、そのルドルフから残酷な言葉を聞き、取り乱した瑞姫は死のうと母の墓へと向かった。病院に運ばれ、龍之助から自然妊娠は不可能ではないと知らされた瑞姫は、少し救われた気がした。いつ自分達の元に子どもが出来るのかどうかが判らないが、諦めずに希望を持とうと瑞姫は思っていた。「ミズキ、入るぞ。」病室のドアが開き、ルドルフが入って来ると、瑞姫はまともに彼の顔が見ることができなかった。あんなに激しく取り乱し、一方的に彼を責めてしまった後である。きっとルドルフはこんな自分に愛想を尽かしてしまうのかもしれないと、恐る恐る彼の顔を見ると、彼は済まなそうな表情を浮かべていた。「ミズキ、わたしが軽率だった。許してくれ。」そう言って自分を抱き締めてくれるルドルフの優しさに、瑞姫は涙を流した。「いえ、いいんです。それよりもさっきはあんな風に取り乱してしまってすいません。」「さっきカフェでお前の主治医に説教された。」「そうですか。」その後、瑞姫はルドルフとともに再び産婦人科へと向かい、診察の順番を待っていた。「瑞姫さん、どうぞ。」看護師の指示に従い、振袖の裾を捲り上げた瑞姫は、恥ずかしさ故かなかなか足を開く事が出来なかった。「大丈夫、すぐに終わるからね。」龍之助の言葉によって瑞姫はそっと足を開くと、目を閉じた。「診察の結果だけど、自然妊娠は出来るよ。君の妖力が完全に鎮められ、胎児にとってそれが毒にならなくなった今がベストなのかもしれない。排卵日にセックスしたから、妊娠は確実だと思った方がいいけど、駄目だった時は気を落とさずにね。」「ありがとう、先生。」ルドルフとともに蒼霧病院を出た瑞姫は、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。「ルドルフ様、もしわたしが子どもにべったりになったら、焼きますか?」「さぁな。あいつは色々と言っていたが、わたしはそんなに幼くはないさ。」「それはどうでしょうね。男の方って基本的に子どもですから。」「なっ・・お前もそんな事を言うのか!?」和気藹藹とした車内で、亜鷹は溜息を吐きながら2人の会話を聞いていた。「兄様、送ってくださってありがとうございました。」「いいや、礼なんか言われなくてもいい。ルドルフと仲良くしろ。」亜鷹の車を見送り、瑞姫とルドルフが真宮邸へと入ると、何やら家の中が賑やかだった。「お嬢様、お帰りなさいませ。」「どうしたの? 何か賑やかだけれど・・」「それが、奥様がクリスマス=パーティーをお開きになられて、婦人会の方々がお見えになっているんですが・・」「そう。」瑞姫はさっさと2階へと上がろうとした。その時、ダイニングから継母が出て来た。にほんブログ村
2011年01月09日
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ルドルフは、ちらりと和食弁当をガツガツと食べる青年を見た。一体彼は何者なのだろう。瑞姫とはやけに親しいようだし、瑞姫も瑞姫で彼に気を許しているようだ。それに自分の名を知っているということは、只者ではないかもしれない。「どうしたの? お腹空いてないと言った癖に、やっぱり空いてるんじゃないか。」悪戯っぽい笑みを口元に浮かべながら、青年はそう言うとブリの照り焼きを頬張った。「お前は何故、わたしの名を知っている? それにミズキとは一体どのような関係だ?」「僕はこれでも瑞姫さんの主治医だよ。親子2代続けてね。」「親子2代続けて?」「ああ。僕の父である前院長は、瑞姫の母・黒羽根様の主治医だったんだ。黒羽根様のご実家は旧伯爵家の元華族でね、彼女の父君は旅館経営や料亭経営などで成功された方で、1人娘であった黒羽根様には淑女としての嗜みを身につけさせ、何処へ出しても恥ずかしくないように厳しく躾けられたそうだよ。けれど当の本人には奥様の他に何人か愛人が居て、ご家庭を顧みない方だったようだ。」そう言って言葉を切った青年は、茶を飲んだ。「クロハネはミズキを産んだ後に死んだと聞いたが?」「ああ、それは本当だよ。相手は黒羽根様の父君と対立関係にあった真宮家の跡取り息子で、今では現当主様さ。瑞姫さんを身籠り、黒羽根様は家出同然で真宮家に転がりこんできたんだ。相手の男は黒羽根様を愛していたが、瑞姫さんを産んで亡くなったと知るや、瑞姫さんを蔑ろにした挙句、さっさと別の女と再婚してしまったんだ。」「そしてその女は男児を産んだ。ミズキは冷遇されたという訳か・・」瑞姫の複雑な家庭環境を青年から聞いたルドルフは、溜息を吐いた。あんな事を言うのではなかった。慰めのつもりで言った言葉が、瑞姫を傷つけてしまった。「瑞姫さんは君と出逢うまではいつも独りだった。家にも学校にも馴染めず、黒羽根様が遺したピアノを弾きながら、何故自分がこの世に生まれてきたのかを毎日探っていた。そんな彼女が君と出逢い、男女の仲となりその命を紡ぎたいと思っているのは、女としての本能なんだよ。」「そんな彼女の本能を、わたしが否定したと?」「どんなに医療が進歩していても、生命の誕生は未だ謎に満ちていて、妊娠・出産に関してはまだまだ解らないことばかりだ。そういったデリケートな問題は、口先だけの愛情や慰めの言葉なんて何の意味も無いんだよ。皇太子殿下は、どういったお考えをお持ちなのかな?」青年の言葉を聞いたルドルフは、顔を強張らせた。「君はハプスブルク家の後継者として意に介さぬ結婚をし、後継者を作る義務があった。けれども、産まれたのは役立たずの女児。君は義務を果たしたと言わんばかりに正妻に背を向けたんじゃないかい?」「ああ、その通りだ。だがひとつ、お前は間違っているぞ。エルジィは役立たずなんかじゃなかった。あの子はわたしの血をひいた唯一人の娘だ。」「その娘さんはあなたの遺志を継ぎ、後世に名を残した。彼女は一生涯、あなたの面影を追い求めていたんだよ。瑞姫さんとあなたの子どもには、あなたの背中を見て育って欲しいと僕は思うんだ。だから、今回の事は素直に自分の非を認めて瑞姫さんに謝って、充分話し合った方がいいよ。それより、何か頼むものがある?」「いや・・軽く食べられるものが欲しい。」「そう。ここのハンバーガーはかなりいけるよ。」「それでいい。」暫くして、店員がハンバーガーを運んできた。初めて見るハンバーガーをフォークで切り、ルドルフはそっとそれを一口食べた。「美味いな。」「でしょう? あ、自己紹介が遅れたね。僕は蒼霧龍之助。リュウと呼んで。」「性格に似合わず立派な名前だな。」「酷いなぁ。」青年―龍之助は溜息を吐いてポテトを摘んだ。「勝手に食うな。」「いいじゃない、減るもんじゃないし。」「絶対にやらないぞ。」そう言うと、ルドルフはバスケットを龍之助から遠ざけた。素材提供:写真素材 Mocaにほんブログ村
2011年01月09日
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謎の青年医師とともにエレベーターに乗り、ルドルフと瑞姫は産婦人科へと向かった。そこには、幸せそうな乳幼児連れの妊婦とその夫が待合室のソファに座りながら談笑していた。マガジンラックをふと見てみると、育児雑誌ばかりで、瑞姫のように不妊に悩む者や流産した者にとっては、何とも居心地が悪かった。「みんな、幸せそうですね。」瑞姫はぽつりとそう呟くと、俯いた。ルドルフはそっと彼女の肩を抱いた。「わたし達もいつか幸せになれるさ。だから、気を落とさないで・・」「どうしてそんな事が言えるんです? ルドルフ様は男だから一生解らないでしょうね、流産した女の気持ちが!」今まで堪えていた想いがルドルフの言葉によって一気に溢れだし、気づけば瑞姫は険しい表情を浮かべながら彼を責めていた。「わたしはそんなつもりで言ったわけじゃ・・」「無神経にも程が過ぎますよ! わたしはあなたの子どもが産めないと知ってから、死のうと思ったんですよ!」「わたしが悪かった。お願いだから気を鎮めてくれ。」「わたしに触らないで!」ルドルフが瑞姫を抱き締めようとすると、彼女はそれを激しく拒絶した。そんな2人の様子を、周囲の者は何事かと見ていた。「いいですよねぇ、幸せな人達は! 誰もわたしの気持ちなんか解ってくれない!」ヒステリックに瑞姫はそう叫ぶと、床に蹲って嗚咽した。「どうしたんだい?」診察室からひょこっと顔を出した青年がそう言って瑞姫とルドルフを見た。「瑞姫さん、ちょっと休もうか。」看護師がそっと瑞姫を病室へと連れて行くのを見送った青年は、くるりとルドルフの方へと向き直った。「ちょっと顔貸してくれないかな?」ルドルフは馴れ馴れしい彼の口調にムカッと来たが、彼の後についていった。「何処へ連れて行くつもりだ?」「別に、男同士で話したいことがあるから、なるべく人目につかない所でね。あんな騒ぎを起こしたばかりだし。」「わたしは何も悪くない。」「彼女はそうは思っていないようだけど?」やがてルドルフ達は病院内のカフェテリアへと入った。 カフェテリアには客が数人しかおらず、空席が目立つというのに、青年は窓際の目立たない席へと向かった。「で、瑞姫さんに何か言ったの?」「わたしは別に、彼女を傷つけようと思ってあんな事を言ったわけでは・・」「だから、彼女に何を言ったのか知りたいんだよ。」「いつかわたし達も幸せになれるから、気を落とすなと・・そしたらミズキが突然ヒステリーを起こして・・」青年は溜息を吐くと、呆れたようにルドルフを見た。「君って奴は無神経だなぁ、変な慰めほど女は傷つくものなんだよ。」青年の言葉にルドルフは拳でテーブルを叩いた。「女の扱いなど、慣れている。」「だからそれが無神経だって言うんじゃないか。恐らく君は数々の女をそうやって泣かせて来たんだろうなぁ。全くイケメンってこれだから嫌だよねぇ~、まぁ僕もそうなんだけどさ。」そう言って豪快に笑う青年に、ルドルフはますます苛々したので、さっさと椅子から立ち上がった。「何処行くの?」「ミズキのところに決まってるだろう。」「今行っても彼女は君に会いたくないと思うよ。ま、暫くそっとしておくことだね。」青年はメニュー表を開いた。「何にする?」「何も要らん。」ぶすっとした顔をしているルドルフを無視して、青年は和食弁当を注文した。「言っとくけど、あげないよ。」「ふん。」素材提供:写真素材 Mocaにほんブログ村
2011年01月09日
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「シリル、お前は死んだ筈では・・」ルドルフはそう言って黒髪の司祭に詰め寄ると、彼はにっこりとルドルフに微笑んだ。「ルドルフ様、またお会いいたしましたね。」黒髪の司祭―シリルは穏やかな笑みを浮かべ、ルドルフに抱かれている瑞姫を見た。「ミズキさんが診察に?」「院長は?」「先生なら診察室でお待ちです。こちらへどうぞ。」シリルの案内でルドルフ達は診察室へと入ると、そこには白衣を纏った30代後半と思しき青年がカルテを見ていた。「先生、ミズキさんがいらっしゃいました。」青年はシリルの言葉を聞くと、カルテから顔を上げた。「ようこそ、蒼霧病院へ。来ると思っていましたよ。さ、そちらのベッドに彼女を寝かせてください。」ルドルフは言われた通りに瑞姫をベッドに寝かせた。「先生、実は・・」「ちょっと失礼。」青年は亜鷹の言葉を遮ると、聴診器で瑞姫の鼓動を聞いた後、脈を一通り測ると、呪を唱えて掌を瑞姫の額に当てた。「何を・・」「診察ですよ。どうやら瑞姫さんの妖力は完全に封じられたようですね。」何が何だか判らぬまま、ルドルフはそっと瑞姫の手を握った。すると、苦しそうに呻きながら瑞姫が目を開けた。「ルドルフ様?」「ミズキ、大丈夫か?」「ええ・・なんとか・・」「瑞姫さん、久しぶりだね。」ルドルフと瑞姫との間に割って入った青年は、そう言って彼女に微笑んだ。「先生、どうしてわたしが此処に?」「君の妖力は封じられたよ。まだ完全に自然妊娠については大丈夫だという保障はできないけれどね。」「そう・・ですか・・」瑞姫はそう言って俯いた。「大丈夫、可能性はゼロだということはないんだからね。焦りは禁物だよ。」どうやら院長と瑞姫は顔見知りらしく、2人が会話している間にルドルフは少し焼き餅を焼きそうになった。「今日はちょっと産婦人科で検査してみるからね。こちらの方は旦那さん?」青年はそう言ってルドルフを見た。「まだ結婚はしてませんけど、恋人です。あの、産婦人科で検査するなんて・・着替えも何も持ってきてないんです。」「いいんだよ。嫌な事は早く済ませたいだろう?」不安がる瑞姫を安心させるように、青年は彼女の手を握った。「わたしも行きます。」瑞姫が青年と仲良くしているのが気に入らなかったルドルフは、2人の間に割り込むと瑞姫の手を引っ張った。「嫉妬深い彼氏さんだね。これじゃぁ子どもが産まれたら赤ちゃん返りしちゃうねぇ。」鳶色の瞳を悪戯っぽく光らせながら青年がそう言ってルドルフを見た。「わたしはそんな事にはならない!」「さぁ、どうかなぁ? 奥さんが子どもにかかりきりになって嫉妬する旦那さんって結構居るんだよ?」「そんなの一部の者だけだろう? わたしは冷静沈着な人間だ、子ども如きに嫉妬する訳なかろう。」「理屈ならなんとでも言えるんだけどねぇ~」飄々としている青年を前にして、ルドルフは徐々に苛立ちが募ってきた。「先生、ルドルフ様をそんなにからかわないでください。診察にはまだ行かないんですか?」瑞姫が慌てて2人の間に割って入った。「ああ、そうだった。じゃ、行こうか?」(なんなんだ、この男は!)瑞姫の手をひき、ルドルフは男に対して苛立ちをますます募らせながら、産婦人科へと向かった。にほんブログ村
2011年01月09日
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「おやめなさい、そんなことをしても何もならないわ。」凛とした声が聞こえ、ルドルフと亜鷹、腐葉が振り向くと、そこには艶やかな金色の毛並みを雪風になびかせた一匹の狐がいた。どこか威厳に満ちていて、それでいて凛とした雰囲気を纏った狐はゆっくりとルドルフの方へと歩いてきた。「あなたが、ルドルフね。」「どうして、わたしの名を? あなたは?」狐は閉じていた目をゆっくりと開いた。その瞳は、亜鷹と同じ紫だった。「黒羽根・・どうして・・? あなたは死んだ筈・・」(黒羽根? 亡くなった瑞姫の母親か?)狐はじっとルドルフを見た。「わたしは、あなたに会いに来たのです。娘の夫であるあなたに。」眩い光が墓地に満ちたかと思うと、狐が居た場所には天女のような美しい女が立っていた。「瑞姫、可愛いわたしの娘よ。」女は腰を屈めると、ルドルフに抱かれている瑞姫の頬を撫でた。「母・・様?」瑞姫は低く呻くと、女を見た。「長い間独りにしてしまってごめんね。辛い思いを色々とさせてごめんね。わたしが、あなたの苦しみを取り去ってあげるわ。」女―黒羽根はそっと瑞姫の手を握り締めた。すると瑞姫の黒髪が白銀へと変わった。「母様、わたしはこれからどうなるの?」「大丈夫よ。」黒羽根は瑞姫の唇を塞ぐと、彼女の髪を梳いた。「これであなたの苦しみは終わるわ。」「待って母様、行かないで・・」「魂はいつもあなたの傍に居るわ。」黒羽根は瑞姫の手を握ると、ルドルフを見た。「瑞姫をお願いね。わたしに出来る事はもうしたわ。」「いや・・母様、まだ行かないで・・」黒羽根は我が子に微笑むと、瑞姫に背を向けて墓地を後にした。やがて彼女の姿は雪によって見えなくなった。「今のは、一体・・」ルドルフは我に返ると、瑞姫が自分を見つめていることに気づいた。髪も瞳も、黒へと戻っている。「ミズキ、どうした?」「母様が、わたしの妖気・・完全に封じてくれた・・」そう言うと瑞姫は目を閉じた。「気を失っているだけだ。」亜鷹はじっと瑞姫を見た。「黒羽根め、余計な事をしてくれたわね。」背後から舌打ちする音がして振り向くと、腐葉が憎しみで籠った目で瑞姫を睨みつけていた。「お前は何故、ミズキを憎む?」「この子は災いを齎す子だ!」腐葉はそう叫ぶと、ルドルフ達の前から消えた。「とにかく、瑞姫を病院に連れて行こう。」「退院したばかりなのにか?」「人間ではなく、妖専門の病院だ。」ルドルフは瑞姫を腕に抱いたまま車の後部座席に乗り込むと、亜鷹は車を発進させた。車が海岸沿いの道を走ってゆき、鬱蒼とした森の中へと入った。その中には白亜の病院らしき建物がぽつねんとたたずんでいた。「ここが、妖専門の病院か?」「ああ。蒼霧病院(あおぎりびょういん)といってな、人では治せる病も治せるのさ。」そう言うと、亜鷹は車から降りた。彼の後に続いてルドルフが病院へと入ると、正面玄関にはキリスト像が掲げられていた。妖の病院に何故キリスト像が―ルドルフが首を傾げていると、奥から法衣を纏った1人の司祭が現れた。「シリル・・」にほんブログ村
2011年01月08日
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舞い散る雪の中を、瑞姫は黙々と歩いていた。草履を履かぬまま来たので、彼女の足は霜焼けで真っ赤になっていた。それでも彼女は歩みを止めることなく、ひたすらある場所へと向かっていた。漸く彼女は、そこに辿り着いた。「母様・・」瑞姫の前には、墓石が立っていた。そこには瑞姫を出産して亡くなった実母・黒羽根が眠っている。「ごめんね母様、全然母様の所に来れなくて。わたしね、やっと好きな人が出来たの。」瑞姫はそう言って、母が眠る墓を撫でた。「わたし、その人の子どもを妊娠したけれど、産めなかったんだ・・まだ初期だったから解らなかったの、妊娠してたこと。流産した後に妊娠したことを知ったのよ。」瑞姫は涙を流しながら亡き母に語りかけた。「もっとわたしが気をつけていれば、母様に初孫の顔を見せられていたのに。わたしがもっと早くに気づけば・・もっとわたしがしっかりと妊婦としての自覚を持っていれば、あの子は死ぬことはなかったのに。」そこで言葉を切り、瑞姫は堪え切れなくなって嗚咽した。「母様、わたしさえ生まれなければ母様はまだ生きていたんでしょう? どうしてわたしを産んだの? どうしてわたしを独りぼっちにしたのよぉ!」どんなに墓に向かって語りかけても、何も返ってこない。「どうしてわたしは生まれたの? 役立たずで両性で半妖のわたしがどうして生きてるの? ねぇ、教えてよ母様・・」墓石に縋りつきながら、瑞姫は雪の中でそっと目を閉じた。「確か、ここだ。」 一方、黒羽根が葬られた墓地へと到着した亜鷹とルドルフは、彼女の墓がある高台へと向かった。「アタカ、どうしてここが解った?」「瑞姫は辛い事があると必ず、黒羽根の墓に行っていた。父親は仕事でほとんど家庭を顧みず、後妻は息子を溺愛し、家の者は半妖であることを理由に彼女を蔑ろにした。今は亡き母親の温もりを、ずっと探していたのだろう。」亜鷹の言葉に、ルドルフは瑞姫と自らの幼少期を重ね合わせていた。実母は生きていたが、ほとんど姉や自分が居るウィーンへと帰ることはなく、各地を放浪していた。母の代わりに傍に居たのは、厳格な祖母だけだった。実母の温もりも知らず、冷たい墓石に向かって語りかける幼い瑞姫の姿を想像すると、胸が締め付けられるかのような苦しみがルドルフを襲った。ずっと探していた、魂の分身を。瑞姫が天から降ってきた時、何か尋常ではないものをルドルフは感じた。初めて肌を重ねた舞踏会の夜、心の底から湧きあがってくる幸福感―あれは漸く魂の分身を見つけたという幸福感から来たものだったのだろうか。 雪が辺りを白く染め、瑞姫がどこに居るのかが判らない。「ミズキ、何処に居る!」白く染まった地面を掻き分けながら瑞姫を探していると、真紅の帯が雪の中から突如として現れた。急いでルドルフが掻き分け、瑞姫を発見した。艶やかな黒髪にかかる雪を払いながら、ルドルフはそっと瑞姫の額に手を当てた。そこは焼けるように熱かった。「アタカ、ミズキを見つけた! 酷い熱だ!」ルドルフは瑞姫を抱きながら亜鷹に呼びかけたが、彼は全く自分達と違う方向を見ている。「どうした?」亜鷹が指し示す方向には、黒い衣を纏った女が立っていた。「母・・上・・」「やっと見つけたわぁ、瑞姫。」そう言って女―瑞姫に倒された筈の亜鷹の母・腐葉(ふえ)がジロリとルドルフと瑞姫を睨みつけた。「お前は、あの時の・・」ルドルフは護身用の銃を取り出し、銃口を腐葉に向け、引き金を引いた。「そんなものでわたしは倒せないわよ、坊や。」腐葉は口端を歪めて笑うと、ルドルフの背後に回り彼の髪を撫でた。「今度こそお前の肝を食ってやるわ。」腐葉の鋭い10本の爪がルドルフの喉笛を掻き切ろうとした時、鈴の音が高らかに墓地に響き渡った。にほんブログ村
2011年01月08日
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ルドルフの言葉に、亜鷹は辛そうな表情を浮かべて静かに頷いた。「瑞姫の身体には半分妖の血が流れている。普通半妖の者は完全体と比べて脆弱で妖力も微弱な者が多いのだが、瑞姫は違った。だがその妖力が強過ぎる余りに瑞姫の母親は産褥で死に、わたし達は彼女の妖力を封じる為にあのアメジストのネックレスを彼女に渡した。」亜鷹の話は俄かに信じがたいものだったが、プラハで妖の女に襲われた際にルドルフは瑞姫が覚醒する瞬間を見た。あの時、自我を半ば失いかけて暴走寸前だった瑞姫の姿は、とても恐ろしいものだった。妖力が全て解放されたらどうなるのか・・あの恐ろしい瑞姫の姿を見ただけに、ルドルフはそんな事を考えたくはなかった。「子どもとミズキの妖力と、どう関係しているんだ?」「お前の子を瑞姫は一度宿したが、流れてしまったことがあるだろう?」「あれはシュティファニーが盛った毒を彼女が口にしてしまっただけだろう?」「毒の事もあるが・・瑞姫の封じられていた妖力は腹の子にとっては猛毒そのもの。猛毒を食らい、その上知らなかったとはいえ瑞姫は毒を飲んでしまった故に子は死んでしまった。残念だが・・」「何か方法があるのだろう? 腹の子とミズキ、両方が助かる方法が?」「ひとつだけあるが、余り勧められない。」「それは?」「人の血肉を喰らい、啜ること―つまりは完全体になることだ。瑞姫が半妖のままで居る限りお前との子は望めぬ。しかし完全体となれば子は産む事は出来るが、お前が知っている瑞姫には二度と戻る事はない。」亜鷹の言葉に、ルドルフは絶句した。瑞姫と出逢ってから1年もの間に彼女と心を通わせ、共に生きることを選んだというのに、子どもが望めぬ残酷な現実を突き付けられた彼は、呆然と立ち尽くしていた。「完全体にならずとも、瑞姫がお前の子を産める方法は他に方法がある。だがその方法は彼女に肉体的・精神的苦痛を齎(もたら)すが・・」(兄様と、何を話しているんだろう?)なかなか戻って来ないルドルフを心配しながらも、瑞姫は学校を休んでいた分のノートを取った。ふと卓上カレンダーを見ると、今日はクリスマス・イヴだ。何か予定があったことを瑞姫は思い出そうとしたが、全く思い出せない。「ミズキ、待ったか?」突然背後からルドルフに抱きすくめられ、瑞姫は悲鳴を上げた。「そんなに驚く事はないだろう?」「す、すいません・・あのルドルフ様、兄様と何を話していたんですか?」瑞姫の言葉を聞いたルドルフの顔から笑顔が消えた。「ミズキ、良く聞いて欲しいんだが、わたし達の間には子どもは望めないことが判ったんだ。アタカが・・」(今何て? 何て言ったの?)ルドルフの言葉を信じたくなかった。「嘘でしょう、子どもが産めないなんて?」「本当だ。」「そんな・・」瑞姫はそう言うと、床に崩れ落ちた。「治療法はいくらでもある。時間はかかるかもしれないが・・いつかはきっと・・」「そんなの嫌!」瑞姫は涙を流してそう叫ぶと、突然ルドルフを突風が襲った。「くっ・・」風が止み、ルドルフが顔を上げるとそこには瑞姫の姿が何処にもなかった。「ミズキ?」突然消えた恋人に、ルドルフは激しく動揺した。「どうした、ルドルフ?」「ミズキが消えた。」「わたしと一緒に来い。恐らく瑞姫はあそこに居る。」急いでコートを羽織ったルドルフは、亜鷹とともに車に乗り込んだ。「あそこって?」「黒羽根―瑞姫の実母の墓だ。」亜鷹が車を出すと、空から雪が降って来た。にほんブログ村
2011年01月08日
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「さっきのは、男からか?」「ええ。でも彼とはただのクラスメイトですから、嫉妬しないでくださいね。」そう言うと瑞姫は椅子から立ち上がると、ベッドの端に腰掛けているルドルフの頬に唇を落とした。「し、嫉妬なんかしたりしていないぞ!」「ならどうして、拗ねたような顔をなさっているんですか?」「う、煩いな!」ルドルフは羞恥で顔を赤く染めると、瑞姫にそっぽを向いた。「ルドルフ様はわたしの前ではそんなお顔をなさるんですね。ホーフブルクではいつも気難しいお顔をされていたのに。」瑞姫はそう言うと、ルドルフにしなだれかかった。「お前だと何だか気張らなくて済むからな。それよりも、昨夜はやり過ぎたからから身体の方は大丈夫か?」ルドルフは瑞姫の下腹をそっと撫でながら言うと、彼女は頬を赤らめて俯いた。「ええ。立ったままするなんて初めてだったから、少し膝が筋肉痛になってしまっただけで、後は大丈夫です。それに・・」「それに?」「余りにも気持ち良すぎて、もっとして欲しいとさえ・・」そこまで瑞姫が言うと、ルドルフは悪戯っぽい笑みを浮かべた。「そんなに良かったか? まあわたしも、お前があんなに悦ぶ顔を見たことがなかったよ。」「そ、そんな・・」ルドルフはそっと瑞姫の髪を梳くと、彼女の唇を塞いだ。「ミズキ、この際だから言うが、わたしはお前の元許婚に初めて会った時に、もうお前が他の男に抱かれているのではないかと思ってしまった。だからあんなに酷い事をしてしまって・・」瑞姫の脳裡に、嫉妬に駆られたルドルフが自分を乱暴に抱いた日のことが浮かんだ。「いいんです、もう済んだことですから。それよりもまだ身体が疼いてたまらないんです。」そう言ってルドルフにしなだれかかった瑞姫は、帯紐を解き始めた。「随分と積極的になったな。昔は添い寝することを嫌がっていたのに。」「初めての時、余り痛くなかったからでしょうか。多分、あなたのリードが上手かったから・・」瑞姫の言葉を聞いてルドルフは苦笑し、彼女の髪を梳いた。2人の唇が触れ合おうとした時、ドアが静かに開いた。「相変わらず仲がいいね、2人とも。」涼やかな声が背後から響いて瑞姫が振り向くと、そこにはマイヤーリンクに居る筈の亜鷹が立っていた。「亜鷹兄様、どうしてここに?」「あの後、わたしはマイヤーリンクからこちらに戻ってきてね。きっとお前がルドルフと居ると思って。彼に少し話したいことがあるんだが、いいかな?」「ええ、いいですけれど・・」不安そうな表情を浮かべながら、瑞姫はそう言ってルドルフの手を握った。何か大変な事が起きたのだろうか。「大丈夫、今のところは平和だよ。ただ男同士で話すことがあるからね。」そんな彼女の気持ちが解ったのか、亜鷹は瑞姫に微笑んで彼女を安心させた。「そうですか・・」「すぐ彼を返すよ。」亜鷹はそう言うと、ルドルフを見た。「で、わたしに話とは何だ?」彼に中庭へと連れて来られたルドルフは、不機嫌そうな顔をして亜鷹を見た。「あれから瑞姫には何か異変はないか?」「肩の傷はもう完治したし、何も異変は見当たらない。」「そうか。ではお前はどうだ? マイヤーリンクで瑞姫の血を飲んだだろう?」「確かに飲んだが、別にどうということもない。」ルドルフの言葉に、亜鷹は溜息を吐いた。「瑞姫との子が欲しいか?」「ああ。ミズキもそれを望んでいる。昨夜は激しく彼女と愛し合った。だがミズキは一度、わたしとの子を失っている。それと何か関係があるのか?」「瑞姫が子を宿すことで彼女の内側に封じ込めていた妖力が解放され、完全体として覚醒めた彼女は自我を失ってしまう。」「それは・・子どもを諦めろということか?」にほんブログ村
2011年01月08日
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「お客様に暫く待つように伝えて頂戴。」「かしこまりました。」家政婦が階段を降りる音を聞いた瑞姫は、化粧台の前に座って化粧を始めた。「誰か来たのか?」「ええ。余り会いたくない人が来ているようですけど。」薄化粧を施した瑞姫は、クローゼットを開きその下に置いてある和箪笥の引き出しを開けた。そこには、和紙に包まれた布のようなものが出て来た。「それは?」「振袖です。他に訪問着や普段使いのものも収納してあります。」瑞姫は慣れた手つきでさっと振袖を一つ取り出すと、包んでいた和紙を解いてそれを広げた。それは一面の雪景色に鶴が舞っているという絵柄が描かれている、冬向きのものだった。夜着を脱いだ瑞姫は、素早く振袖を着て帯を締めた。「どうですか?」くるりとルドルフの前で一回転すると、彼はにっこりと笑った。「良く似合っているよ。お前一人だと心細いだろうから、わたしも行こうか。」「いいえ、わたし一人で行きます。」瑞姫はそう言うと、ルドルフの手を握った。 部屋を出て階段を降り、客間に入った瑞姫は、ビロードのソファに座っている制服姿の女子高生を見た。女子高生は瑞姫が入ってきたことを知ると、さっと立ち上がった。「お久しぶりね、真宮さん。」「あなたがわたしの家にくるだなんて、珍しいこと。学校で何かあったのかしら?」そう言って瑞姫は彼女に笑ったが、目は笑っていなかった。「ええ。」女子高生はそう言うと、ソファに置いていた紙袋を手渡した。「これは?」「中身を見れば?」瑞姫が紙袋の中身を見ると、そこには何冊かノートが入っていた。「あなたの勉強が遅れないようにって、わざわざ西田君がわたしに持っていって欲しいって言われてきただけ。」「あらそう。西田君にはお礼を言っておいて頂戴ね。わざわざお遣い御苦労さま。」瑞姫は紙袋を受け取ると、客間から出て行った。「何よ、偉そうに。」女子高生はそう言うと舌打ちし、客間のドアを乱暴に閉めると、瑞姫の後を追った。瑞姫は部屋に戻ろうと階段を上がろうとしていた。だがその時、突然手首を掴まれ彼女はバランスを崩した。驚いて振り向くと、そこには憎悪で顔を歪ませた女子高生がいた。「ちょっとあんた、西田君の事どう思ってるわけ?」「ただのクラスメイトとしか思っていないわ。彼と恋愛したいのならどうぞ。」「何よそれ! 西田君はあんたの事が好きなのに、それを知っている上で言ってるわけ!?」「離して、もうあなたとは話したくない!」瑞姫はヒステリックにそう叫ぶと、騒ぎに気づいたルドルフが彼女達の間に割って入った。「どうした、ミズキ?」「何でもありません。」瑞姫はそう言うと、乱暴に女子高生の手を振り払うと部屋へと戻って行った。「あの子は?」「同じクラスの人です。」それ以上、瑞姫は何も言わず、机に向かってノートを取っていた。 時計が正午を指そうとした頃、机の上の充電器に繋いでいる携帯から軽快な着信音が鳴ったので、瑞姫は素早く携帯を開いた。液晶画面には、“西田”と表示されていた。「もしもし?」『真宮、今何処?』「家だけど?」『近くまで来てるんだけど、会えるかな?』「ごめんなさい、会えないわ。色々と混乱としてて・・」『そう、わかった。』瑞姫が携帯を閉じてルドルフを見ると、彼は怪訝そうな表情を浮かべた。にほんブログ村
2011年01月08日
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一部性描写が含まれます。苦手な方は閲覧なさらないでください。「ミズキ・・」ルドルフは、瑞姫が抱えている孤独が痛いほどに解った。自分もまた、広大な王宮の中で幸せな家族像を演じながらも孤独を感じていたから。「わたしね、ずっと探していたかもしれません。わたしの事を解ってくれる人を。」瑞姫はそう言うと、そっとルドルフに抱きついた。「ミズキ、もうお前は独りじゃない。」ルドルフは愛おしそうに瑞姫の髪を梳いた。「・・そう言ってくれるのは、ルドルフ様だけです。」瑞姫の肩越しに外を見て、突如夜の海が光っていることにルドルフは気づいた。「あれは何だ?」「夜光虫って言って、海に住むプランクトンで、夜に光るんです。時々窓からあの輝きを見ると、何故か心が癒されるんです。自分は独りじゃないんだって。」瑞姫が自分の胸で泣いていることに気づいたルドルフは、そっと彼女の小さな背中を撫でた。「わたしが居るから・・もう独りじゃないから。」「ルドルフ様・・」瑞姫はルドルフから離れると、そっと彼の唇を塞いだ。「愛している、ミズキ。」「わたしもです、ルドルフ様。いつまでもあなたの事を愛すると誓います。だからわたしを離さないでください。」「離すものか。」ルドルフはそっと瑞姫の頬を撫でると、彼女の唇を塞いだ。啄ばむようなキスは次第に唇同士をぶつけ合う激しいものとなり、ルドルフの手が瑞姫のワンピースの中に入り、下着の上から彼は濡れそぼっている部分を弄った。「本当に、いいのか?」「何を今更。」瑞姫はそっと後ろを向くと、夜の海を見た。ルドルフはそっと瑞姫の下着を脱がすと、彼女の中に入った。「ああっ!」ゆっくりと奥まで進めると、瑞姫は声を出さぬよう壁に爪を立てた。「動くぞ。」ルドルフが腰を振り始めると、瑞姫は必死に崩れ落ちまいと足を踏ん張った。激しい摩擦音が部屋に響く中、宝石のように輝く夜の海を見つめながら、瑞姫は涙を流した。壁についていた瑞姫の手に、大きく逞しいルドルフの手が重なった。「ミズキ、わたしはお前から離れない・・」「ルドルフ様っ!」奥にどくどくと彼の欲望が迸り、ゆっくりと瑞姫は喜びを感じた。背中越しにルドルフの体温が伝わる。魂が重なり合い、ひとつになった瞬間、瑞姫はゆっくりと床にくずおれた。「大丈夫か?」「ええ・・」ルドルフはそっと瑞姫から離れると、彼女をベッドに寝かせた。「ルドルフ様、もう終わりですか?」「まだだ。」激しく貪り合う唇。絡め合う素足。そっと手を伸ばせば、逞しく大きい背中から伝わる温もりが瑞姫の孤独を癒した。「もう二度と、離さないで・・」夜の海では、孤独な魂を持つ二人が溶けあうのをまるで祝福しているかのように、青白い光で揺らめいていた。 空が白み始め、恋人達を優しく照らした。「ん・・」「おはよう、ミズキ。」そっと揺り起こされた瑞姫は、隣で寝ていたルドルフの金髪を指先で梳いた。このまま時間が止まればいいのにと思った。だが幸せな時は瞬く間に過ぎ去ってしまう。瑞姫は溜息を就きながら、そっとベッドから離れると夜着を羽織った。「お嬢様、お客様です。」ドアの向こうから、何やら切羽詰まった家政婦の声が聞こえた。にほんブログ村
2011年01月07日
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男児の黒い瞳とルドルフの蒼い瞳がぶつかり合った。「姉様、その人誰なの?」「この人はルドルフ。わたしの恋人よ。」瑞姫はそう言うと、ルドルフから降りて男児の方へと向かった。「姉様、お母様達が呼んでいるよ。」彼はルドルフが気に入らないというように彼から目を逸らすと、そう言って瑞姫を見た。「そう、解ったわ。この人と色々と話したいことがあるから少し遅くなるとお義母様に伝えてね。」「解った。」男児は不満そうな顔をして、ドアを閉めて階段を駆け下りた。「あの子は?」「異母弟の真珠です。継母が産んだ子で、わたしより可愛がられています。でもあの子はわたしが好きみたい。」瑞姫はそう言って溜息を吐くと、ベッドへと戻った。「下に降りるのか?」「ええ。いつまでも降りてこなかったらノックもせずに部屋に平気で入ってくるような人ですから。」瑞姫と継母との間には確執があるようで、彼女は継母のことを話す時に冷淡な表情を浮かべている。 ルドルフと瑞姫が真宮家のダイニングルームへと入ると、既に長方形のテーブルには瑞姫の父親と思しき男性と継母、そして瑞姫の弟・真珠(まじゅ)が座っていた。瑞姫はテーブルの隅に置かれてある椅子を引き、優雅に腰を下ろした。「お嬢様、この方は?」使用人の1人がそう言って困ったようにルドルフを見た。「わたしの隣でいいわ。椅子を用意して頂戴。」「は、はい・・」数分後、瑞姫の隣にルドルフは椅子に腰を下ろし、ダイニングから料理人と思しき男が料理を載せたワゴンを引いて入ってきた。「本日のコースは前菜のサラダ、コーンポタージュスープ、熊野牛のステーキ、デザートは苺のアフロマージュとなっております。」料理人の説明を聞いていた継母は、嬉しそうに笑った。「久しぶりのお肉だわ。」メインのステーキをナイフで切りながら、ルドルフは何かがおかしいことに気づいた。食事という、一家団欒の最中であるというのに、瑞姫を含め誰一人として言葉を発していない。それどころか、互いの目を合わせようとしない。瑞姫と継母、父親との間に冷たい空気が流れていることに気づいたのは、重苦しい沈黙に耐えきれなくなった幼い真珠が言葉を発した時だった。「姉様、その人と結婚するの?」「え・・」突然弟にそう言われて、瑞姫はフォークを床に落としそうになった。「真珠、どうしてそんな事を聞くの?」瑞姫の継母はキッと息子を睨みつけた。「だって、姉様がこの人が恋人だって紹介してくれたんだもん。」「あらそうなの。でも姉様がそんな事言っても、わたしは反対ですからね。」その後、デザートを食べ終え、それぞれの部屋に引き上げるまで一言も発さなかった。「ミズキ、お前の家族の事だが・・」「驚いたでしょう? 家族らしい会話も何もしない食卓って。物ごころついた時からわたしはもう慣れっこでした。」そう言って窓から見える海を眺めながら、瑞姫は深い溜息を吐いた。彼女の背中を見ながら、ルドルフは何故彼女に惹かれたのかがわかった。ミズキも、一見幸せそうな家族の中にありながらも常に深い孤独を抱えていたのだ。同じ魂を持つ者同士は自然に惹かれ合うと何かの本で読んだことがあるが、まさにその通りかもしれない。「ミズキ・・」「わたしはこの家の中で違和感を感じてました。果たしてここに居ていいのかどうかっていつも考えていました。」瑞姫はそう言うと、ゆっくりとルドルフに振り向いた。月光に照らされた彼女の頬は、涙で光っていた。にほんブログ村
2011年01月07日
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