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実は、 wife
と年に数回マイカーで旅行をするのが楽しみでもあり趣味でもありますが、特に「旅と歴史」をからめた旅をするのが好きで、飛鳥から奈良・平安初期の時代が大好きです。その中でも「明日香」や「平城京」の名残を感じさせてくれる「奈良」の地の落ち着いたたたずまいが大好きです。度々、奈良を訪問しています。「高松塚古墳」や「キトラ古墳」、「石舞台」をはじめ蘇我氏の館が中腹にあったとされる「甘樫丘」からの眺めは,古都「飛鳥」を感じさせてくれます。奈良の明日香村はそれほど広い地域ではありませんので、散策するといろいろな発見もあり、名所旧跡を見て歩いてきました。日本のおだやかな原風景にふれる気がします。

前回はいつ訪問したかをよくよく調べたら2012年でしたのでもう8年前という事にはなりますが、 wife
と例のごとくゆったりと風景を楽しみながら、「明日香」の地を歩いているときに、たまたま「聖徳中学校」をみつけました。「明日香」の地は、聖徳太子のゆかりの地でもありますので、なぜか特別感動した思い出があります。

この時には、「聖徳太子」ゆかりの地でもあるので「しょうとくちゅうがく」とは思いましたが、「せいとくちゅうがく」かもしれないと思って旅から帰って、インターネットで、「聖徳中学校」のホームページを拝見したところ、明日香村立聖徳(しょうとく)中学校とのことで確認ができました。
令和2年4月22日で 創立69年を迎えるようですが、①学校名称の由来、②明日香、聖徳太子、飛鳥時代などとの関りなど、わかる範囲でお教えいただければと思い、突然で失礼とはと思いながらも、 E メールで問い合わせをさせていただきました。古代史の曙といっても過言ではない飛鳥時代、有力豪族たちや聖徳太子や馬子に代表される蘇我氏など「明日香」に関する「知識」の広がり、深みを持てればと思っておりました。「聖徳中学」は wikipedia で確認させていただきましたが、 1 学年 2 クラスで約 40 名で 100 名程度のこじんまりした学校と思われますが、日本の歴史の中で、まさに日本史としても重要な始まりの時代である「明日香」に通学される生徒のみなさんは、素晴らしい歴史資産、歴史環境に中で生活、勉学をされていてたいへんうらやましく思う次第です。
「聖徳中学校」の J 先生からの返信をいただきました。大変丁寧に資料を調べていただいたもので感激いたしました。どのようにご紹介すべきか思案しましたが、そのまま掲載させていただいた方が「明日香の地の聖徳中学校」の理解が深められると判断し、そのまま掲載させていただきたいと思い、ご了承をいただけましたのでここにご紹介させていただきます。(お名前は失礼とは存じますがイニシャルとさせていただきました)
『お返事が大変遅くなり、申し訳ございません。聖徳中学校で郷土学習を担当しております、 J と申します。よろしくお願いいたします。
お問い合わせの件ですが、開校当時を知る人が身近にいないもので、資料等から簡単にお答いたします。
明日香村は、高市郡飛鳥村、高市村、阪合村の小さな3村が合併して、現在の明日香村ができました。そのとき一番規模が大きかったのは「高市村」でしたが、「飛鳥村」に吸収合併されたのではないということを示しながらも、「あすか」の名を残すために、万葉集でよく見られる「明日香」の表記にしたとのことです。
学校開設は自治体合併のまだその前ですが、その折にも3村の組合立の学校として、名前を考えられたようです。そのときこの地にゆかりの聖徳太子のお名前を頂戴し学校の名前としたようです。そのときの資料をコピーし pdf で添付させていただきます。
私は明日香村の小中学校で、長く勤めておりますが、生徒たちはたいへん純朴で、今時の子どもにはめずらしいくらい、教師にも友好的です。


また本校は明日香小学校から連続したカリキュラムで学習する一貫教育を進めており、その中で独自の副教材を使った郷土の学習にも力を入れています。校内には季節の花を愛でることができる万葉の小径や、珍しい水琴窟なども造成されています。
明日香を愛していただき、ありがとうございます。こうして遠いところから「聖徳」の名に関心を持って下さる方がおられること、生徒たちにも話したいと思います。どうかまたこちらにお越しの折は、お声かけ下さい。資料等準備いたします。
おたずねの件に十分お答えできたかどうかわかりませんが、どうかお許し下さい。また、 pdf が開かないなど、不具合がございましたら、 FAX で送らせていただきますので、そのときもお知らせ下さい。』


( お送りいただいた設立当時の「設置書」に及び「校章由来」 )
J 先生殿
この度は、早速大変ご丁寧な返信をいただき感謝申し上げます。
最近のコロナウィルスの関係から巣ごもり状態にあり、思うように旅行もできない中、 J 先生より「明日香の薫り」を頂いたような気がいたします。
小生の唐突なご質問にも関わらず、過去をひもときいろいろとお調べいただき大変恐縮です。あらためてありがとうございました。
「聖徳太子」は多少大げさになるかもしれませんが、私たち日本人にとっては「日本の黎明期に活躍をされ、歴史に刻まれている歴史上のスーパースターのひとりです。そのご活躍の一方、若くしてその後の政治の第一線から離れ、本人からすると忸怩たる思いもあったことと感じざるを得ない部分があります。後継の「山背大兄王及び家族の方々」の悲劇など同情を禁じ得ないところもあります。
奈良の飛鳥地方は、日本の歴史の曙たる日本を感じさせる素晴らしいところです。「甘樫丘」から見た風景や wife と二人で、散策してみた姿もその空気もその原風景を感じるところでもあります。そんな散策のときに、「聖徳中学校」の校門に刻まれた文字を見ました。帰ってからネットで調べてもよく調べきれなかったこともあり、失礼とは存じながら貴校に直接お問い合わせさせていただいた次第です。
J 先生から「聖徳中学校」命名の経緯や、明日香の風土、生徒の皆様素朴さ勉学への姿勢なども、大変身近に感じられ期待を遥かに超えた感激と感動を頂きました。
貴重な添付資料もありがとうございました。当時のなまなましい雰囲気が伝わってまいりました。ありがとうございました。
~あとがき~
数年前に、ある地域の生涯学習の講演会の中で、「それぞれの地域で他の地域にはない唯一のことはその地の歴史です」という話をお伺いし、まさにその通りだと感銘を受けたことがあります。今回の「明日香」地域は歴史的に大変魅力があります。ちょっと目をつぶったら、「聖徳太子」の時代の映像が浮かんできます。摂政としての重責や、蘇我馬子との人間、政治的な関係の中で、冠位十二階、十七条の憲法、遣隋使・隋との交渉など大いに活躍されました。その後政治の第一線から離れ、亡くなるまでの斑鳩での生活について、歴史的な文書もあまり残っていないのでよくわからないところはありますが、そのまま政治の第一線で活躍されたらどういう足跡を残されたかといろいろと空想の輪が広がります。大好きな「明日香」ですが、まだ訪れたことのない方は是非一度足を運んでください。きっと期待を超える感動が味わえるものと思います。以上
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