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2023.11.12
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テーマ: 歴史の足跡(80)
カテゴリ: 歴史散歩



ブラじゅんこです


前回は
新田荘の散策をアップしましたが
新田荘を回ると同時に

世良田 も回っていました

世良田とは・・・


徳川家康の先祖といわれている
世良田新田氏のこと


徳川家の発祥の地 と言われているんです

っということだからか
最初に訪れた郷土資料館では
「どうする家康」のスタンプラリーをやってました

もちろん私ももらった








なぜここが徳川氏の発祥の地なのか

家康のおじいさんにあたる松平清康が
清和源氏の新田氏の分家である世良田氏を名乗り

孫である家康も世良田氏を称して
三河守を望みましたが
「世良田氏に三河守を叙任した前例がない」とされたため

新田義季が新田得川氏を名乗っていたことを見つけ
さらに藤原姓を名乗ったことをあると発見し
無事に「 徳川三河守藤原家康 」となったわけです

「どうする家康」でも


実は
私も初めて知りましたびっくり






まず最初に訪れたのはこちら





世良田東照宮

こちらは 黒門
なかなかに立派
歴史を感じます


この東照宮は
家光が日光東照宮の奥社を移築したもの
移築したのち、現在のあのきらびやかな東照宮を建てたわけですね
つまり、 この東照宮は秀忠が建てたもの ということになりますかね





黒門をくぐると
すぐ左に 上番所 がありました






まっすぐ進むと
拝殿がありますが。。。

その前に
大きな 石灯篭 が並んでいます





この灯篭は奉納されたものだそうですが
誰が奉納したのかが掲示されてました

ほほう
忍藩や川越藩なのですな


引きで見るとこんな感じ





きれいですねぇ


さて、 拝殿 にご挨拶しましょう






ご挨拶を済ませたら
拝殿の近くまで行けるということで
入場料をお支払いして
いざ


拝殿を近くで拝見すると・・・






これが初代東照宮になりますね

ん~~~
かなり時間が経過した感が


この拝殿は
東照宮奥宮にあったもので
参拝は将軍・御三家・勅使のみ
大工は二条城・江戸城天守閣を築城した
中井大和守正清だそう

・・・すごい建物を建てた人なんですねびっくり
江戸城の天守閣、見てみたかったなぁ
天守台だけでもすごいもんな


さて
拝殿の後ろには
ご本殿 があるので
早速に拝見に・・・
行ったら・・・





まさかの修復中号泣


今年はあちこちの神社やお寺に参ってるけど
修復中が多いんだよなぁ
秩父神社もそう、伊達政宗の御廟も
まだアップしてないけど鹿島神社も修復中だった。。。
そんな年回りなんだろうか


気を取り直して

もう一度拝殿をじっくり眺めます










さて
この東照宮は
長楽寺というお寺の境内に建てられたので
すぐ隣に 長楽寺 があります


長楽寺は
1221年、新田義重の四男で、徳川氏始祖の義季が開いたお寺
江戸時代になると、徳川祖先の寺として
あの天海大僧正を住職としたそうです


では早速こちらにもご挨拶に・・・


その途中に
東照宮の勅使門 がありました






この勅使門は
江戸時代に東照宮の正門とされていて
勅使や幕府の上使が参拝するときだけ開かれたそう
なので「あかずの門」「赤門」とも言われていたそうです

きれいな門ですよねぇ







さあ
いざ長楽寺へ

お邪魔いたします






立派な 山門 ですな


入って左側に 蓮池と渡月橋 がありました
いわゆる心字池ですな






渡月橋を渡って
まっすぐ進むと






三仏堂

こちらは新田義季によって建立されて
家光によって再建されたそう
「三仏」とは。。。
阿弥陀如来・弥勒菩薩・釈迦如来
それぞれ3m前後あるらしい
で・・・・でかい・・・


さらに奥に進むと






太鼓門

時報や行事の合図などに
この門の上に太鼓を置いて知らせていたそう

太鼓がなくなったあとは
旧鐘楼から鐘が移されたそうだけど
戦時中に供出されちゃったとか
いやはや・・・


さらに進み
右へと曲がると





こちらが 本堂

こちらは平成17年に再建されたものだそう
きれいなご本堂


ご挨拶を済ませて
新田義季のお墓 があるというところへ向かいます





おお、しっかりと碑がある






この石段を上ると・・・






しっかりとお参りさせていただきました


地図を見ると
ここは山になってるんですね


ここからさらに奥へと進むと・・・





開山堂

こちらは、長楽寺の開祖・栄朝禅師の像が祀られているそう
なんとも趣がありすぎる・・・




あとから知ったんですが
ここの扁額は松平定信の真筆だそうで
しっかりと撮影しておけばよかったな
微妙に見えない


そうそう
途中に 牛石 がありました






徳川義季の招きで上野国に来た栄朝禅師と
一緒に旅をしてきた牛が
ここに座ったまま動かなくてなって
そのまま石になってしまったんだとか
その場所に長楽寺を建立したそうです

不思議な話だ。。。





この日は
新田義貞の由来の場所を散策するのがメインだったので
あまり徳川の方は調べていかなかったんですが

たまたま走っていたら出会った 東照宮






ここは 徳川義季の館跡 らしいです






あとで調べたら
この裏手に新田義重の宝塔があったらしい
しまった~~~







その東照宮のすぐ近くにある 満徳寺





ここは鎌倉東慶寺と同じく
縁切寺として有名

新田義季の娘、浄念比丘尼が開祖と言われてます
ここは、大阪夏の陣のあと、千姫が豊臣家と縁を切るために入寺したのち
再婚したことにならって
縁切寺法(こんな法があったんだ)の特権を幕府から与えられたそう
実際は千姫は来ていなくて
代わりに侍女が入ったそうですが

今は廃寺になっていて
遺跡公園となってます






旧本堂






礎石が並んでいて
解説版もたくさんありました
整備された気持ちのいい空間でした


ここでも「どうする家康」のスタンプをもらおうと思ったら
設置してある資料館が締まってしまって
「・・・」となっていたら
わざわざ入り口を開けてスタンプを押させてくださいました
ありがとうございます







今回、新田義貞の由来の場所を歩くのあたって
世良田も近いことから
欲張って散策しましたが

やっぱり欲張りすぎたな

でも実際に行ってみると
こんなに徳川の江戸幕府との関係があったのかと
びっくりしましたびっくり




では
また次のブラじゅんこで​​​​​​​​​​​​​​​​​​ ​​





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最終更新日  2023.11.12 15:27:10
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