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2024.08.05
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テーマ: 歴史の足跡(80)
カテゴリ: 歴史散歩



ブラじゅんこです


前回の 「衣笠城」 のつづき

今回は城を降りて
街中へと繰り出します

衣笠の街には
三浦氏にまつわる場所がたくさんあるので
1つずつ巡っていきますね













満昌寺


このお寺は
三浦義明を弔うために
源頼朝が建てたといわれています


なんと!
頼朝お手植え といわれるつつじがありましたびっくり





お花が咲いてるときに
来てみたいな


そして
この奥に
大介義明の廟所 があります






なんか立派



またもやこの階段・・・






いや、がんばりますよ





登りきると
宝物殿が現れました

どうやらこの裏にお墓があるみたいなので







こちらが
大介義明のお墓

街を歩いていると
とにかくこの「大介義明」がとても大切にされているんだなぁと
実感するんですが
このお墓もそうですよねぇ
とても立派なお墓でした






次に目的地まで
少々迷いつつ向かいます

細道が多くて
若干迷った



そしてたどり着いたのが。。






近殿(ちかた)神社


御祭神はなんと!
三浦義村ですよ

え、あの義村?
(いや、13人の鎌倉殿を引きずりすぎ。。。)

義村がなぜ御祭神になったのかは定かではありませんが
なかなかに立派な神社でした







その近くには
薬王寺の跡 があります






薬王寺はいまは廃寺で残ってませんが
和田義盛が父・善宗、叔父・義澄を弔うために
創建したといわれているそう

和田小太郎くん。。。
あのキャラ好きだったなぁ
(いや、だから鎌倉殿引きずりすぎって)





真ん中が
義村パパ・義澄のお墓

塀に囲まれて
きれいにされてますねぇ


このあたりは
細い道なので
しっかりと道を確認してくださいね


さて
その細い道を抜けて
大通りに出る手前に
駒繋石 があります






この石は
薬王寺にお参りにくる武将たちが
この石に馬をつないだことから名付けられたそう







ここから
大通りを歩きつつ

腹切松公園 へ向かいます


いや、腹切松公園って
子どもたちの待ち合わせ場所とかになったら
「今日は腹切で遊ぼうぜ」
みたいなことになるのか







デデ~~ン
いや、インパクトあるな


で、なぜこんな名前かといいますと・・

衣笠城が攻め込まれた時
一人城に残っていた大介義明が
城外へ出て
清雲寺で先祖の墓に別れを告げて
敵陣に突入し
大矢部の傘松の下で切腹した

っと言われていて
その松があるからなんです






今あるこの松は2代目
初代の松は幹もすごく太くで立派だったそうですよ






次はその 清雲寺 へと向かったのですが
入り口が分からずに
グルっと敷地回りを回ってしまった・・・






無事に入り口を発見しました


こちらには
三浦氏三代のお墓 があります






このご本堂の裏に
お墓があるので
回り込んで向かいます






真ん中にあるのが
​2代目為嗣​
このお墓はもともとこの場所にあったそう

そして両脇にあるのが
初代・為通、3代・義継

この2人のお墓は
廃寺となった円通寺から移されたそうで
どちらがどちらかは分からないそうです


ちなみに
義村は6代目になるんですね





衣笠の街を歩いていると
三浦の家紋をたくさん見かけました





三浦氏がこの地に
しっかりと根付いていたんでしょうね



では、また次のブラじゅんこで








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最終更新日  2024.08.05 01:12:23
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