全137件 (137件中 1-50件目)
いま自分たちにできること、という言葉がたくさん使われている。これは、離れた地域にいる当事者でないものが、いま何ができ、何をすべきなのかということだろう。そこで、建築家に期待することを私なりに書いておきたい。それは、文字通りの「土地の復興」だ。1755年、ポルトガルの首都リスボンを大地震が襲った。大方の建物が崩壊し、地震から40分後に第一波の大津波が襲い、高台で難を逃れた人々を火災が襲い、6万人ともいう死者をだした。復興に当たったのが宰相セバスティアン・デ・カルヴァーリョ。略奪を戒めるため、絞首台を設けて見せしめの処刑をし、疫病を怖れて反対を押し切って、大量の遺体を沖合で水葬にし、軍隊を城壁に配備して、街を逃れる元気な男たちを阻止して、復興の労力にしたという。さらに、建築家を沢山雇い、安心な建築の研究と街の復旧に着手、シャンゼリゼに倣った、幅広いリベルターデ通りなどをつくり1年のうちに被災地は消え、建築ラッシュとなった。さて、ここで参考になることは、1、津波で襲われても街を放棄しない、ということ2、100年単位のグランドデザインをすること、だが時間をかけない3、建築家の知恵を結集することだろう。(ただし、放射能地域は別途、検討が必要だろう)そこで、だれがこうした構想を立ち上げられるかといえばいまの政府、国交省や組織すら壊滅的な地方自治体では無理だろう。世界の集合知でできないだろうか。オープン・ソースの協働フレームワークでこれを検討してはどうか。いま、放射能の影響等を内外の専門家がネットワークで情報提供しているが、それと同様に世界の専門家たちの知恵を使う方法がよいと思う。たとえば、どのようにどんな幅と形状の道路網をつくれば、車でも逃げられる街になるか。あるいは歩いて逃げられる街になるかなどを具体的な都市毎に適性解を出していく。都市計画や数学者やなどが、案を検証して問題点を潰しつくりあげていく。あるいは、今回の倍の津波に耐える防波堤のデザインと景観をコンペする。むろん、無料コンペだ。役人が考えたら、たとえ立派な構造物ができても牢屋のような街になりかねないし書類書類、伺い伺い、会議会議、で長い時間がかかるだろう。それよりも、世界的な建築家達がデザインを持ち寄り、構造計算の専門家が検討し施工会社の技術者が問題点を指摘し、改良する。その複数案の中から住民の投票で選んだらいいのではないか。ポルトガルのポルトの郊外、マトジーニョスの海辺に立つ、50年も前にできたレストランBOA NOVAにはいまだに世界中から客が訪れる。それは、世界的に有名な建築家アルヴァロ・シザが若い頃に設計したレストランだからだ。そう、著名な建築家の手掛けた構造物は、長く観光資源になる。世界的建築家(勿論、SANAAのような日本の建築家も含む)が設計し、アーティストが壁画を描く。そんな堤防は鎮魂から希望の砦に成りはしないか。国交省は、検証の計算と金の算段をすればいい。あるいは建築費用の一部も世界から募ってもいい。もうひとつリスボンに学ぶことは、土地を放棄しないということ。逃げる算段をしながら、したたかにまた街に住む選択をゆるす方がいい。逃げる備えはして、あと70年は津波は来ない、と思う大胆さはあってもいい。その発想は責任を問われる政府、役人には無理だ。だから、世論を形成して、街に早く戻ることを選択させるようにしていくべきではないか。その際に、重要な点が、街並みの計画だ。三井所清典さんが手掛けてきた、有田の景観づくりが手本になる。東大大学院のころから、有田の景観計画に関わってきた三井所さんの功績で大きいのは、有田に建築確認申請をしていた全ての建築家に手紙を出し、街並みの研究会を組織したことだ。そして、皆で有田の街を歩き、残すべき有田らしいデザイン要素を抽出し記号化し、省くべき修景の要素を確認して、みなで共有していったことだ。これこそが、市井の設計者の「協働」に他ならない。このネットワークによって、新しく有田に建つ建築物は、有田らしい表情に管理されて、素晴らしい景観が生まれることになった。いま、東北の街を思う時、地元の方々が懐かしいと思える記号はなんなのか。そのことを古い写真から抽出し、その街らしい、懐かしく、新しい景観を造っていくことが必要だと思う。それを住民の意見を集め、役所に提案し、復興の青写真に採用してもらうことができるといい。その作業ができるのは、その地方出身で別のところにいる建築家ではないか。できれば、三井所さんたちのように手法に長けた方々がウェブのプラットフォームを立ちあげてその地域の景観の決まりごとを纏めることが必要だと思う。それは、細かい決めごとではない。バンクーバーでは、屋根やガラスに緑青いろのブルーグリーンが使われていて、街のカラーになっているがそれは、はじめに出来た大型のホテルが雪山のイメージのブルーグリーンの尖がり屋根にしたことによる。だから、コンセプトを表す言葉と、屋根、壁の色と何かの記号的意匠くらいの緩さであってもいい。そこで建築に携わる、メーカーも含めた技術者が地域復興のイメージを共有することが大事ではないか。そうすれば、何十年後かに世界で有数の美しい港町として観光地になれるかもしれない。ナザレをイメージしよう。沢山の業者がてんでのデザインを主張して、アラカルトの街ができては悔やんでも悔やみきれない。「いま、私たちにできること」 を建築家にあてはめると、こうしたことではないかと思う。※勿論、坂茂さんのように、被災地に入れなくてもという意味です。
2011/04/04
コメント(5)
東京の浄水場などで乳児の基準を上回る放射能が検出されました。金町浄水場では、210ベクレルという値でした。乳児の基準の100をオーバーするので、飲ませないようにという発表がありました。翌日は79に下がったので、摂取解除になって猪瀬副知事がツイッターで「問題なし」と発信しました。私も、皆さんと同じように「あれっ?」と思いました。そこで、他の地方ですが水道局の知りあい2人に、金町浄水場の水がうちの蛇口に届くまでの時間をきいてみました。まあ、条件がアバウトなので、大まかなタイムラグを知る程度ですが、役に立つかもとアップしました。条件は、金町浄水場から14キロメートルくらいの、屋上に貯水槽をもつマンション。地方だから東京とは異なる可能性はあります。まず、A君の回答--------------------------------------------------------------------------------------------------------超アバウトでまず水道管を通る水の流速を想定する。計画上の最大流速は毎秒1mぐらいである。24時間平均すれば0.3m/秒ぐらいかと思う1キロメートルを流れるにかかる時間は 1000m÷0.3m/秒=3,333秒=0.93時間水道管は最短直線距離ではないので5割り増しとすると 0.93×1.5=1.4時間T1=流れるのにかかる時間=金町浄水場との距離×1.4時間=19.6時間次に配水池の滞留時間はT2=12時間(設計指針による配水池の貯留時間)さらにマンションの受水槽での滞留時間はT3=12時間(受水槽は1日の使用水量の半分の容量)以上からΣT=T1+T2+T3 =金町浄水場からの距離×1.4時間+24時間=43.6時間 となる。 感覚的にはプラマイ30%程度の誤差かなと思う。-------------------------------------------------------------------------------------------------------------おやおやって、思いますよね。今日も日立とかで、数値が下がったから乳児用の制限解除されてますが、汚染された水が届くのは2日近く後ってことです。続いて、B君--------------------------------------------------------------------------------------------------------------質問の件,ざっくり言って,取水してからマンションまでの到達時間は概ね24時間+-10時間くらいと思う。どこの地点の水道水を測定したかで時間は異なります。仮に,配水池(浄水場で水をためる池)の出口で測っていれば5時間くらいで到達します。マンションの貯水槽の最大貯留量(満水から空水まで)は10時分位あると思う。どのような運転パターン(水位設定)にしているかによりますが,5時間+-アルファー時間ではないでしょうか。もう一つ,金町の水は混合して配水しているところが多いので,影響エリアが大きくなっています。お宅の地区は別の水系の水が混ざって配水されているかもしれません。(結果としては薄まっている)。HPからだけでは判断できません。---------------------------------------------------------------------------------------------------------------ということで、B君は、14時間~34時間 + 5時間位どうもA君と屋上の貯水槽の容量の設定が違うのが大きいですが、だいたい 19時間~39時間という回答です。だいぶ幅がありますが、すぐ解除というのは誤解する人がいるかも知れませんね。あと、「問題なし」の猪瀬さん。安全か危険かは、オン、オフのようなデジタルな感覚ですが、放射能の影響は、変化する量が描く曲線の積分、つまり変化する曲線が描く面積ですよね。ですから、放射性物質や線量の変化の曲線の高さが100より下がったからOKではなく、面積の広がるスピードが少し弱まるということですよね。自分の地域のモニタリングポストの数値をグラフ化して、その線が描く面積を塗り、できたら事故前の数値を延長した線も描いてその描く面積を別の色に塗ると、ダメージを受ける確率が大幅に拡大しているのが実感できますね。為政者の論理で発信することと、自分や家族を守る論理は異なるのでそれぞれ注意が必要です。
2011/03/27
コメント(0)
311の複合震災で被害に遭われた皆さまの困難には、言葉も浮かびません。青ヶ島の桟橋でのあいさつ「おもうわよう」というのに近いのかも知れません。「おもうわよう」は、青ヶ島の方言で、万葉集の頃から伝わる、さよならの意味。島を離れて遠くに行ってもあなたの面(おも)を思い浮かべて「おもうわよう」という美しい挨拶です。震災では、たくさんの方々が、未だに消息も知れず、分かれ分かれになっています。この先、ずっと会えない人も少なくないでしょう。その方々が、いま、おもっていることに、振幅を合わせることは、到底できないけれど、遠く、私は東京からですが、「おもうわよう」という気持ちです。頑張って、とか、元気で、とかが、口にできない。「おもうわよう」という島の言葉に近い気持ちです。--------------------------地震の少し前に、建築家の中村好文さんのお話を聴く機会がありました。好文さんは、小屋好きです。コルビジェの南仏カブ・マルタンの夏の休暇小屋を訪ねたりされています。この8畳位しかない休暇小屋に来ていて、コルビジェは海で亡くなっています。そんな暮らしを少し意識されているのか、長野に皆で泊りにいける小屋を設計しました。これが、めちゃくちゃ楽しそうなのです。ガス、水道、電気、というライフラインは一切なし。いいえ、自給するという小屋です。太陽光パネルと風力で電気を得る。屋根に降った雨水を甕に貯め、手押しポンプで櫓の上のウイスキー樽に上げて水道にする。薪の竈と離れの五右衛門風呂。どれをとっても自然から得られるもので調達しようという、遊び心溢れた小屋なのです。その不便さを設計的工夫でやりくりした仕掛けもみごとです。ああ、愉しそうと参加したくなります。好文さんは、以前からお施主さんがオール電化を望んでも断る、と表明されています。家庭に火があることの大切さを訴えています。どうしてもIHにというお施主さんには、居間にストーブを置くのを条件に仕事を引き受けるということです。いま、原発の被災によって電力量不足に直面しています。その不便の中で、我々が失ってきた精神的な豊かさも少しずつ発見しているのかと思います。(勿論、被災地は別です)部屋は節電前は明るすぎたんではないか、月や星はなんて美しいのか、等々。住宅の関係の仕事をしていると、住まいにとって何が一番贅沢かが分かってきます。自然です。どんなに安っぽい外観でも、豊かな木々が覆えば最高の住み心地になります。その自然を死滅させる発電方式がいいのか、好文さんが試みた自然力の享受の方向がいいのか?この両極の間の針は、明らかに好文さんの側に徐々に振れてくるでしょう。住宅のエネルギー自給率が増えていくことになるのと、オール電化にブレーキがかかるのは、明らかです。オール電化への疑問も、私が以前から書いてきたことなので〆るとすると、生物多様性とエネルギー多様化がこれからの住宅のポイントでしょうか。
2011/03/23
コメント(0)
若い人に時々伝えていることがある。幸せのつくり方について。家を建てる人に参考になるかどうか、書いてみる。人生の評価を、こう思っている。自分が死ぬ時になって、自分と係わってプラスと感じてくれた人と、マイナスだったと感じた人を通算して、その収支がプラスになってないとまずい。だって、マイナスだったら、その人が生まれなかった方がよかったということになるから。もし結婚して家庭をもったら、絶対にプラスにできる方法がある。目の前の、たった一人のパートナーだけを絶対に幸せにすると誓って行動することだ。2人も3人も幸せにしようとすると、一人も幸せにできない。何とかいう報道ジャーナリストは、OもAも、タレント二人とも幸せにできなかった。その男と係わらなければ、二人はあるいはもっと幸せに暮らせたかもしれない。絶対に自分を裏切らないという人が側にいてくれる安寧は、一生の長い時間を考えれば、とてつもなく大きい。目の前のパートナーだけを、絶対に幸せにしてやろうとすれば、その幸せは自然に周りを幸せにする。子供、親、相手の親、祖父母、職場の仲間、友達、子供の友達・・・。自然に周囲に幸せが広がっていく。特に大きいのが、子供への影響だ。仲のいい両親に育てられた子とそうでない子の幸せのボリュームは、大きく違ってしまう。仲のいい両親に育てられた子供は、パートナーを大切にすることが自然にできて、仲のいい家庭をつくる可能性が高く、その反対もしかり。暴力的な親は暴力的な家庭を再生産してしまう。つまりたった一人を懸命になって幸せにすれば、かなりの幸せを世に広げることが可能だ。そして、それは自分で決めれば実現できることだ。よくイチローがいうように、自分でコントロールできることの中にある。婚外の関係は当然、自分でコントロールできないことだ。自分にコントロールできないことに責任を持つことはできない。ジョンレノンのイマジンのように、想像してみるといい。世の中の人々が、みんな目の前のパートナーを絶対に幸せにしようとしたら。浮気や離婚によって傷つく人や子供たちが激減し笑いあう声が広がることを。親のいない施設でタイガーマスクを待つ子供たちが少なくなることを。去年の10月に煙草を喫う若い人に、言った「煙草をすう人かすわない人かじゃなくて、煙草を止められる人か止められない人かと分けたらどっちになりたいの?」と。結果、彼は煙草をやめた。世の中は、自分の心の持ちようだ。実は浮気なんて簡単にできる。誰だってできる。動物もみんなしている。鴛鴦もしている。チンパンジーは、ボスの目を盗んで、メスにマウントする。ヒキガエルは、声の太い優位のオスのそばにいて、隙をみてマウントする。同じ行動をすることはない。パートナーを裏切る人間になるのか、絶対に裏切らない人間になるのか。後者を選べば、世の中にかなりの幸せを広げることが可能だ。それこそが、実は男(女)らしいということだ。クリエイティブな一生ではないか。
2011/01/21
コメント(0)
マーケティングの分野でいま話題なのが、コトラーのマーケティング3.0という本だ。ツイッターやミクシーなどのソーシャルメディアの発達した世界ではそこから生まれる集合知が、企業の知恵を凌駕して、企業はそれらの知恵と一緒になって、開発や商品提供をしないとうまくいかなくなる、というようなことが書かれている。その時に重要なのが、企業の精神の真っ当さで、口先だけで消費者を操ろうとしても、すぐに見透かされるから、本気、ホンモノでないとダメだ、とも指摘している。例えば、企業のブランド名を売ろうとして球団買収をしようとしても本当にプロスポーツをスポンサードして、人々に夢と活力を与え、地域の人々にも喜んで貰おうという精神がないと、すぐに見透かされてブランドの価値など上がらないということだ。あの騒ぎで、ブランドの認知が上がったという人もいるが、とんでもないあの企業グループの好感度は、大幅に落ち込んだと私は思う。そう、精神の正しさで企業選別が今後厳しくなってくるということだ。もっと身近な例を挙げれば、チェーン展開をしている珈琲店タリーズがコンビニで、「バリスタのプライベートコーヒー」と称して缶やカップのコーヒーを売っているが、しっかり香料が入っている。じぁ、タリーズのバリスタは、プライベートでコーヒーに香料を入れて飲んでいるのか? じぁ、タリーズのお店のコーヒーも香料入りなのか?とどんどん疑問が膨らんでしまう。(ちなみに、私も缶コーヒーを飲むが、香料入りは飲まない。おしっこがコーヒー臭くて気持ちが悪いからww)つまり、企業は、口先で消費者をだませなくなってしまっている。こんな小さなブログでも、検索にかかれば、どんどん広がっていく。そのうちタリーズの会議で、「香料添加で、バリスタのプライベートコーヒーというCMはまずいんじゃないですか?」という議論が交わされる。缶からバリスタの味という意味の文言が消えるか、香料が消えると思う。そのうちに。バリスタがプライベートで飲んでいる味を「本当に消費者に飲んでいただきたい」と真面目に思う「精神」が問われてくる。それが、コトラーのいうマーケティング3.0の世界というわけだ。別に、タリーズがどうということではなくて、企業ももっとちゃんと志高くやらないと、すぐ見破られる社会になってるので、ちゃんとやりましょうね、ということです。もちろん住宅の世界はもっともっと重要なので、しっかりやって欲しいです。
2010/12/15
コメント(4)
前回、カナダでは森林伐採をしても、必ずしも植林をする訳ではない、と書いた。森林を伐採したら植林をするというのが常識の日本では、そんな自然破壊が?と信じられないことかと、思う。事実であることが、今朝の朝日新聞の朝刊に写真入りで載っている。三菱商事のパルプ用伐採の方法として掲載されているが、別に三菱がはじめたことでなく、カナダでは一般的に実施されている伐採方法だ。それは、山火事の焼失跡のように伐採する、という方法。山火事が起きてもその跡は、自然に森が再生するので、山火事も自然現象のサイクルの一部と捉え、どんな風に燃え、残るのかを研究して、大真面目で「山火事っぽく」伐採している。具体的には、直線的に伐採せず、有機的なつながりの線で伐採する。伐採エリアに島状の林を残す。伐採部の一番広い幅は、対象木の高さの一定倍率より広くならないようにする。商品にならないような材は、倒木として片づけない。というような決まりがある。伐採面の幅は、昆虫が渡れる距離、動物が隠れられる場所の確保、等、植物だけでなく森の再生に必要な生態系を考慮して計画されている。その上で、植林をせずに再生を待つ、というのがごく一般的な方法で、価格の高い樹種が必要な時だけ、植林が行われている。他にも、伐採計画は、高速道路から見て、景観が損なわれないように、一列スクリーンのように木立を残し、その裏側を伐採するというような、景観シミュレーションをしながら立てられている。伐ったら植える、というのは、林業大国では常識ではないのである。そういう林業と日本は闘っていかなければならない。そのためには、「森に手をかけなければならない」と皆が信じていることを一度捨てて、森に手をかけない林業を目指すことを議論していかなければならないと強く思う。
2010/11/09
コメント(0)
なんだか森林環境税というようなものを徴収されている自治体があるというので、住宅に関連している者として疑問に思っていることを、いっておこうかな、と。その税金のことはよくわかりませんので、関係はありません。最近、環境の活動をしているアーティストや著名人は森の手入れをすること、特に間伐や下草刈りの重要性の啓蒙を熱心にしています。確かに重要なんですが、この「森に手をかけなければダメだ」というキャンペーンには問題が多い、と思っています。ここのところ間伐、間伐と騒ぐようになってきたかというと、京都議定書の6%削減の達成がきついので、その内の3.9%を、森林再生でカウントして貰おうという戦略がベースになっています。日本の林業は、高密度で植林し、縦にひょろひょろと伸ばし、材に節が出ないように枝うちし、下草刈りをして、一定程度伸びたところで間伐をして、光がはいるようにして、樹径を太くするという、めちゃくちゃ手間のかかるサイクルを繰り返してきました。人手がなく、この間伐ができないために、森の木の成長が止まりCO2の吸収量が増えないので、間伐をすすめて森林再生をしCO2をまた、どんどん吸収するようにするので、それでCO2削減にカウントしてくれ、という訳です。それで環境省が、間伐、カンバツとキャンペーンを張ったので環境活動家っぽい人や、シンパがカンバツ、カンバツと唱え初めました。確かに間伐が必要な山が、日本中にた~くさんあるので、それ自体はそう間違ってはいないのですが、そういう人たちが本当の問題を把握して、ビジョンをもって動いているかというと全くそうでないので、かなり危惧しています。世界中で、林業にこんなに手をかけている国はどこにもありません。例えば、木材産業が日本の車産業のようなカナダでは、伐採の後、欲しい樹種(単価の高い樹種)にしたい時には、植林をしますが、多くはそのままで、自然に木が生えてくるままにしています。そうしていても、まず最初に生える樹種が出て、後になって更に成長する木に樹種が交代するというように、森はできます。そのために、動植物の世界が壊れないような伐採を研究していますが、森自体に手をかけるということは、殆どしません。それでも、二次林(一度伐採して、次に生えた森)が100年を越し、二次林からどんどん材が出されています。また、日本の森は急峻だから木を運び出せないとよくいわれますがカナダでも全く道のない急峻なところから伐り出していますから条件的に日本が特殊ではありません。ドイツの林業も、「ナチュール ゲメス」といって、自然のままに、というのが、基本です。まず、木を伐ったら植林をしなければダメなんだ、という常識を捨てて、ほっといて金をかけなくても、森が育つやり方があるということを知る必要があります。(日本のいまの気候では難しい問題がありますが)ついでに、外国では伐採した後の森に、割れた木や曲がった木が雑然とほったらかしになっていて、一見だらしなく、きたなく見えますが、これは敢えて商品にならない木を放置して、虫や茸、動物の棲みかに残しているのです。使えない材まで律儀に出して余計な手間を掛けている日本の感覚を疑う必要があります。そう「生えてくる木をただ伐って出す」だけの百年サイクルを作り直さないと、絶対に外材に勝てず、林業の再生は不可能です。にも関わらず、いまだに密度の高い、間伐を前提とした植林が行われているという、大きな問題があります。それは、植林に補助金が出て、補助金は平米当たり何本以上植えるという手抜き防止の基準があり、その補助金がかなり手厚いためにもっと粗い植林をしようという流れにならず、また、畑づくりのような林業が繰り返されるという愚が起こっています。教授と呼ばれるミュージシャン達に知って欲しいのは、林業の再生は森に手を入れないで成り立つ仕組みづくりの重要さです。でないといびつで過保護の森づくりがずっと残って、みんなが間伐が大事だと思い続けて、外材に負け続けるという構図から抜けられません。そのためには、節が無い木が一番という日本人の木材の価値観を変える必要があります。でないと、枝うちをして、畑のように手を掛ける林業経営が止まらないのです。海外では、松の害虫のパインビートルで松が大量に枯れています。パインビートルにやられると、木に青い染みができます。普通なら商品にならないところですが、それを「デニムパイン」と名付けて人気商品にした会社があります。強度があれば、材の見た目は許容しようじゃないか、という合理性があります。日本も和室などを除けば、もう節があってもいいじゃないかという価値観の転換が必要なのです。それこそ、人気のあるミュージシャンが節のある木が自然でカッコイイという歌をつくって、徐々に価値観を変えていくと、日本の林業の再生もほんのりと見えてくるんですがねぇ。
2010/10/29
コメント(0)
住生活グループが横浜ベイスターズの買収を断念した。当然のなりゆきだと思う。住宅博士を名乗っていて、こういう時にきちんとしたことがいえないとダメだと思うから、いっておいて良かった。無理筋は、あきらかだったので、その間他のスポンサーを探せなかったTBSが気の毒といえば、気の毒。再来年は、サムスン・ベイスターズか、グーグル・ベイスターズバイドゥ・ベイスターズ とかになったりするのか。日本の勢いのある会社が浮かばないのが、寂しいね。
2010/10/27
コメント(0)
ネットを見ていたら、以前の日記に関連した、西村欣也さんの原稿が掲載されていたので、無断で(失礼)転載させていただく。ロビンというのは、離婚した奥さんの名前だった(笑)http://plaza.rakuten.co.jp/jutakuaruki/diary/200603010000/↑が先ですね。「 オーバルリンゴットのスタンド下の通路で、ダン・ジャンセンに会った。94年、リレハンメル五輪。スピードスケート男子1000メートルの金メダリストは、テレビの解説者として、トリノに来ていた。 長野五輪前に、ニューヨークのホテルで彼にロングインタビューをした。波乱のライフストーリーが再びよみがえってきた。 88年のカルガリー五輪。大会中、最愛の姉・ジェーンを白血病で失った。ジャンセンは9人兄弟の末っ子。幼いころからジェーンが彼の面倒をみてきた。棄権を考えた。母のゲリーが言った。「それをジェーンが望むと思いますか」 しかし、心の揺れが収まるはずもない。500メートルで転倒し、1000メートルもバランスを崩した。「無冠の帝王」のレッテルが張られた。 リレハンメルは4度目の五輪だった。9カ月の娘を連れ、彼はオリンピックに戻ってきた。名前は「ジェーン」。姉と同じ名をつけた。圧倒的な力を持ちながら、500メートルではまたバランスを崩した。が、1000メートルで彼は、勝った。世界記録を樹立し、金メダルを獲得した。「2人のジェーンが手を貸してくれたんだ」。僕は記者席から、拍手を送った。 しかし、人生はテレビドラマのように、そこでエンドマークが出るわけではない。ニューヨークでのインタビューで、ジャンセンから妻のロビンと離婚することを告げられた。 「金メダルを取って、生活が変わりすぎたのが原因だろうね。あれから、ほとんど家にいられなくなった。ロビンが戸惑ってしまったのかもしれない」 僕は言葉を返せなかった。亡き姉のため、子供のため、家族のために戦ってきた男が、金メダルの代償に、家族を失った。 「スポーツ・イラストレーテッド」のアレクサンダー・ウルフ記者はこう書いていた。「彼は、本当に自分のために戦ったことがあるだろうか。常に自分以外のだれかのためにスケートを履いてきたのだ」 あまりに辛口すぎるコメントだと思う。五輪で人生が終わらないのと同様に、離婚後の彼が幸せかどうかの判断など、つきはしない。 しかし、アスリートにとって、誰かのためではなく、自分のために戦う試合があってもいいのは確かだろう。 今大会、日本男女ともにメダルを獲得していない。そのこともあって、女子フィギュアには過剰ともいえる期待がかかっている。 荒川静香、村主章枝、安藤美姫が背負っているものは、想像の領域に収まりきらない。難しいことだろうが、どうか、その荷を下ろして、会場となるパラベラのリンクに向かってほしい。 自分のために戦う一瞬が、あっていい。」
2010/10/14
コメント(0)
まあ、住むということの周辺のことなので最近、メールマガジンに3000円とか500円とかでリゾートクラブの体験宿泊を案内する広告がメチャクチャ多い。この会社を調べようと、グーグルで検索すると、その会員制クラブの口コミと称するサイトがずらーっと並ぶ。それで、こりゃー、おかしいぞ、と思う。だって、ぜーんぶいいことしか書いてないし、でっちあげた口コミってバレバレのつくりなんだもの。もっとうまくやんなきゃ。それでほんとの口コミは、と探したらグーグルの6枚目辺りにありました。予想通り、評判が悪いです。そこに書かれている体験談では●体験宿泊にいくと、90分くらいのセールスを受ける●その日に申し込むと100万円くらい得になるといわれる●会員権には買い取り制度があるというようなことで●200万~300万のローンを組んで会員契約を結ぶ●会員になると利用ポイントが与えられる●ポイントは、休日利用ほど高いポイント設定になっており、ハイシーズンだと3泊程度しか利用できない●とにかく予約がなかなかとれない●特に週末はとれない●それなのに、会員獲得のための体験宿泊は休日もどんどん行われているさらに会員には●ポイントアップ(自分の手持ちのポイントを更に買い増す)の勧誘がたくさん来ると書いていくときりがないが、かなり後悔している人が多い。掲示版のリアルな内容からして、信頼性が高いと思える。ということで、私は、これはキャパシティーギャップのビジネスモデルではないかと思っています。違法ではないが、とても問題があるもの例えば、つぶれた英会話のノバ。教育とは、教室というハードと教師というソフトを授業というセットで提供するという従来のモデルを、「あなたの都合のいい時に、都合のいい場所で」と一見生徒に便利なように解体したので、キャパシティ・ギャップを利用できるようになった。教室は駅前というが、アリバイ的にごく小さな教室にして予約制にする。教師もキャパを小さく抑えて、キャパを遥かにオーバーする「権利」をどんどん売る。生徒には、キャパシティ・ギャップは見えず、予約が取れないことは、先生が人気があるとかにすり替えられていく。さらに、予約が取れないと挫折を助長し、権利が行使されずにそのまま利益になる。エステの利用権も同様のところがある。だから、こうしたビジネスには、絶対に公開性が担保されなければならないんですね。会員何人につき、施設がいくつ。施設がいくつなら、会員は何人で打ち止めにする、等の透明性がなければならない。この企業は、掲示板で判断する限りにおいて、かなり疑問点が多いと思います。そういう問題があるから、検索時に本当の口コミが出てこないように、姑息な対策を施しているんでしょうね。せっせとメルマガや広告を受け付けているメディアも一端の責任がありそうですね。このブログを読みにくるような人は心配ないですが、合法的な手口にのりませんように。早晩、問題化しそうな感じも。
2010/10/08
コメント(0)
さて、久しぶりに思ったことを。建材関係の「住生活グループ」が横浜ベイスターズを買収しそうだと報道されている。結構なことだが、私としては「大丈夫なの?」と思わざるを得ない。なぜなら、住宅の新築着工が100万戸から70万戸、80万戸へ減じ、世帯数もこれからどんどん減っていく。住宅も余っていて、住宅行政も新築からリフォームへと大きく舵を切っている。そう、市場が今後痩せ細っていくばかりなのが、目にみえている訳だ。その生き残り策として、建材各社が合従して何とか縮小市場に対処しようとしているのが、今の状況だろう。いってみれば、八百屋が古くなった葡萄のパックのちょっと傷んだ部分を取り去って、ちょっと大きなサービスパックにして売り切ろうというようなもので、そんなに強い商品力がないのが実情ではないか。傷んだ部分はもちろん、リストラだ。普通なら、辞めていってもらった方々への断腸の思いがまだ熱く残っている時期ではないか。球団経営は赤字が予想されている。いま、しんどい不況を首をひくくして耐え、体制を整えなければならない時期の企業が知名度を上げるためだけに、無理して、無理して、辞めて行った人々の怨念を無視して、手を出す案件ではないように思う。やはりスポーツを心から支援し、生き生き、溌剌とプレーしていただき、その活力で観る人を楽しませ、勇気付けようと貢献する精神が必要で、それがチームを持つ動機の核にあるべきだろう。それには長くこのチームを持つ潤沢な資金と強い愛情が必要だと思う。なぜ、こんなことを書くかといえば、このグループの中に関係した周囲の人があまりよくいわない会社が含まれているからだ。勿論、その反対に素晴らしいと評価されている企業もある。企業というものは、ただ利益をあげればいいというものではない。周囲をとりまくステークホルダーに尊敬されて、人々の幸せや安寧に貢献することが大切で、それがまず重要だろう。私がこの企業グループに望むのは、任天堂のように不況でもまだまだ潤沢な財務体質にある会社に、スポーツ振興の役目を譲って、まずはとにかく、みんなが付き合いたいと尊敬される企業になることに全力で注力することである。法人という人の人格は、とても重要だと思う。次の言葉を贈ろう。「あるブランドが好きになるということは、そのブランドが発言する内容(=広告)ではなく、その企業が行っている行動そのものによる」
2010/10/06
コメント(4)
昨日 俳人の金子兜太さんの映像上映会とトークショーを観た。兜太さんは愉快な人柄の人気俳人で 9月に卒寿になってまだまだ矍鑠とされていて驚く。ゲストの小澤昭一さんや永六輔さんがスローモーションのような反応なのに対し 一人早送りのようなレスポンス。小澤さんのが十も若いというのに。沢山の生きるヒントをいただいたが 住むということについても。兜太さんは日銀をやめた後 俳句で生計をたてていく算段をし 東京でマンション暮らしをしようとしていたらしい。その時奥様の皆子さんが「あなたは土から離れたらダメになるから、土の上に生きなくては。私がなんとかするから」と強くすすめて 熊谷の戸建てに住むことになったそうです。その後 奥様が故郷の秩父から木々を植えて今では緑豊かな庭になっています。自分は漂泊の人間だが 家を持って地に足をつけ安定したことが その後の人生で大変大きかった と言われていました。ご自分の俳句生活を「定住漂泊」と表出していくほど 戸建てに住んだことが重要だったのです。庭は兜太さんの死生感まで関係していて 自分は死んでここに居なくなるが 例えば庭の橡の木になっている。 そう思うようになった と。そんな兜太さんが奥様を亡くされて詠んだ句は合歓の花君と別れてうろつくよカッコイイなぁ
2009/12/16
コメント(2)
このブログでは、ちょこちょこ教育のことも話題にしているので今日は、どうしても書きたいことを。ソニーのCMのことだ。貧すれば鈍す、というがまさにそんな感じだ。小学校の先生が、教室で生徒たちに学校を休むということを告げている。その理由は説明しないが、実は3年ぶりに発売されたファイナルファンタジーをやるためだ、という内容だ。おい、ソニーよ。そこまでくだらない企業になったのか。おい、ソニーよ。It's a sony. というブランドメッセージを聞いて誇らしい気持ちになったわれわれの好きだった尊敬に価する企業精神はどこへ行った。なさけない。何をしてもいいというのか。CMは、にやりと笑えもしない。いやーな気持ちと、蔑みだけが残るものだ。そして、子供たちに与える悪影響も、大きい。おい、ソニー 志は、どうした。貧しくても、志だけは高く持ってくれ。
2009/12/10
コメント(6)
久しぶりにこの部屋にやってきた。この部屋、少しカビ臭いかも。やってきたついでに日記をかいておこうかな。民主党が90年比で25%のCO2削減を目標にした。私の日記を読んでいただいていた方は、私が環境保全に積極的だということをご理解いただけると思うが、この25%には、「ほんとかよ?」という気持ちが強い。日本の状況と欧州と全く違うにも関わらず目標パーセンテージだけが横並びに並べられている。1990年は10月に東西ドイツが統合された年。その頃の東側のエネルギー効率の悪さは日本と比べものにならない。イギリスなどは石炭をまだたくさん使っていた。要するに改善代がたくさんある。しかも、ここからが重要だが、民生の事情が全く違う。欧州は基本が全館空調に対して、日本は個室空調。つまりは炬燵にストーブだったものが、新築になると全館空調になる。海外は単に効率を上げれば、その分が節減につながるが日本は効率向上、総量拡大の道の途上にある。しかもエネルギー会社は、単純に効率をあげると使用料がへるので、利便さをアピールして例えば浴室乾燥機とかをすすめる営業を行う。欧米は民生にも改善代があるが、日本は効率向上で利便拡大、総量拡大が顕著ではないか。典型的なのは、乾燥機付き洗濯機というようなものの普及だ。大雑把にいって、民生用エネルギーは、90年に対して、03年のレベルですら20%も増えている。大幅に増えているのは電力。個々の電気製品の省エネ性能が上がっても、製品を使う場面が拡大していけば、省エネはおぼつかない。毎日テレビでこんなに省エネ性能が上がったと聞かされているので、民生の省エネも進んでいるように感じるが、実は前は暖かい部屋は居間だけで、寒い寝室の布団に潜り込んでいたりしていたのだ。今は効率の悪い電気で各部屋を暖房して、暖房便座を使い浴室の床まで暖房している訳だ。ちなみに冷房用のエネルギーは夏のピークで話題になるので沢山使っているような気がするが、たいしたことはない。随分、乱暴な計算だが、各家庭が90年の25%減のレベルにするとしたら、今の電力使用量を5割以下にしなければならないと思う。それが79年レベルの使用量。昭和54年だ。産業界の省エネはかなり進んでいるので、民生はもっと削減しなければならない筈である。当然、そんなの無理だということになるが、あとは排出権を買うという、地球温暖化の本質と関係ない処理の仕方になる訳だ。冷静に考えても、これはええかっこしい、だと思えてしまう。環境にうるさい私がこんなことを書くのは、省エネ性能と総量拡大のことを考えて欲しいからです。
2009/09/08
コメント(4)
ああ、なんだか久しぶりだなぁ。お帰りなさい。って自分でいってどうする!!書くことはいっぱいあるけど、時間がない。で、また書いてみようかと思ったのは、フジ系で放送されている「エチカの鏡」という番組で脳科学者を夫にもつお婆さんが実践している0歳児保育の方法が、私が無意識にやっていたことと、かなり符合していたので、やはり合っていたのではと、考えたのでした。前の日記はhttp://plaza.rakuten.co.jp/jutakuaruki/diary/200707240000/なんですが、ゼロ歳から赤ちゃんは分かってて、その「分かってる」ということを前提に「まともに」接してやるというので、全然差ができると思います。私の書いたものより、久保田カヨ子さんの理論の方が一万倍も役にたつので、まだ、子供が生まれたとか妊娠している人とかが、周りにいたら、ぜひぜひぜひ教えてあげてください。一生感謝されますよ。カヨ子あばあちゃんは、凄いです。
2009/06/10
コメント(6)
「生活の柄」 高田渡歩き疲れては夜空と陸との隙間にもぐり込んで草に埋もれては寝たのですところ構わず寝たのです歩き 疲れては草に埋もれて寝たのです歩き疲れ 寝たのですが眠れないのです近ごろは眠れない陸をひいては眠れない夜空の下では眠れないゆり起こされては眠れない歩き 疲れては草に埋もれて 寝たのです歩き疲れ 寝たのですが眠れないのですそんな僕の生活の柄が夏向きなのでしょうか寝たかと思うと寝たかと思うとまたも冷気にからかわれて秋は 秋は 浮浪者のままでは眠れない秋は 秋からは浮浪者のままでは眠れない 高田渡が山之口獏の詩を歌った「生活の柄」が出たのが1971年。それからもう37年も経っている。が、日本の不安定雇用は拡大し、私のいう派遣ピンはね業は巨大市場になってしまった。ある人と関わりのあった人の幸せ度を通算してプラスにならないと、その人の生きていた価値はないと日頃思っている。(だからせめて、連れそった者だけでも幸せにしようと努めています^^)この日本に生まれて幸せ、という気持ちの総和は37年前の高田渡の歌の時代より拡大しているだろうか。そうでなければ、この国の幸福価値の成長は37年もかけてマイナスであったということだ。いまの30代以下に訊いたらどうなんだろう。「生活の柄」は秋から路上で生活するのは厳しいと歌う。今はもう真冬だ。日本の仮の豊かさは、この恐慌さわぎを、大量の国内棄民で守ろうとしている。美しい国 ニッポンのこれが生活の柄か。秋は、秋からは浮浪者のままでは眠れない。高田渡が生きていたら、どんな風に歌っただろうか。
2008/12/16
コメント(2)
いま温暖化をストップしよう。ヒートアイランドを何とかとめよう。と国や自治体をあげて取り組んでると思いますよね。誰でも。でも、実態はこんなことが起きているのです。関東地方である分譲地開発が計画されました。理想的な街づくりを目指して、歩道は石のブロック舗装。電気は埋設管で電柱のない街路。街路樹を植えて環境にやさしい街並みをつくろうと計画されました。でも、この計画さまざまな抵抗にあいます。全てをつくるのは分譲地を開発するディベロッパーですがつくったあと引き取るのは自治体。自治体は、まず敷石の歩道舗装は引き取らない、街路樹も認めない、と突っぱねます。そういう開発をされては困ると。理由は道路維持管理費がないから。次に電力会社は、正式には断らず、電線を通す管や中継器などの設計に一年かかるといってきます。そんなものを待っていたら、造成が遅れ販売時期も逸してしまうことをよく承知していて、いわば、実質的な電線埋設の拒否とも思えます。これが環境と景観を考えた街づくりの計画が直面している、まさに「実態」です。環境だ、緑化だといいつつ街路樹は植えるな、植えたら引き取らないというのが自治体の実態です。ね、おかしいと思いませんか。ここで前回に書いたアラウーノと同じ問題が出てきます。確かにその自治体に落葉を清掃する経済的余力はないのかもしれません。仮にそうだとしても、そこに住む住人が掃除をすればいいのです。それがいやなら住まなければいいのです。ちょっとした人々の努力で、いい環境の維持は可能です。自治体が街路樹を引き取らないのなら、住民が手分けして落葉掃除をすればいいのです。そういう生き方がエコにつながり、愚かな企業の開発する反エコ手抜き促進商品に乗らず、大局がみえない自治体のボケた眼を開かせることになると思います。でも、問題は自治体のアホな判断で環境配慮型の開発が市民は知らないまま潰されていくことなんですね。ここは何とかしなければならない。私の家の前の公園も、沢山の木や花を伐って、土をコンクリートにして「きれいな明るい公園」になりました。普通の人は、明るくなったと喜んでいるようですが、私は怒っています。案の定、丸く残された土に一本だけ残された欅の大樹は去年の台風で、大枝が折れました。やはり弱っていたのだと思います。自治体の愚かさも誰かが、止めなければヒートアイランドなど止まりません。ついでに、最近は政府や自治体のエコのスポークスマンのように、市民にエコを説き、意識を高める活動をされている優秀な方が目立ってきていますが、電力会社からサポートを受けてウェブサイトを開いたり、官製レポートのような発信ばかりしていないで、もっと実態を見てレポートをして欲しいと思います。
2008/09/29
コメント(0)
前に環境によくない商品だと書いたアラウーノについて追加の情報です。日本のトップ何社かに入るある大手住宅メーカーがアラウーノをメーカー仕様に加えるかどうかの検討をしました。アラウーノはこすり洗いをするなという商品ですが、「絶対にこすり洗いをする家庭はでてくる」という前提で想定される洗い方でテストをしたそうです。何年か掃除したことに匹敵するように、こすり洗いしたところ、傷だらけになり、結局採用は見合わせたそうです。いまだにメーカー仕様に入っていません。自社の住宅を何十年も保証継続させるためには、その位の責任感で商品検証するのが、志の高いメーカーです。一棟づつ建てる会社は、将来にわたって責任をもつのでそうなりますが、建てて売ってしまえば一旦終りのマンション業界では、アラウーノはたくさん売れています。マンションなど代替わりすれば、ごしごし洗う人も増える懸念がありますが。そしてこのアラウーノの傷つきやすさの指標になる高度を、ある建築家がメーカーの人に尋ねたら鉛筆硬度で、6Hとの答え。しばらくしてまたきくと今度は7Hという返事だったということです。それでほんとはいくつなのかと、私がウェブを検索したら松下電工が発行した松下電工技報に、ちゃんと書かれていました。松下電工技報(Vol.55 No.4)の93頁~98頁に載っています。http://www.mew.co.jp/tecrepo/554j/pdfs/554_16.pdf4Hでした。このあとさらに硬度をあげたのかは分かりません。でも、そんなに硬度は高くないのでこすり洗いは無理でしょう。私が、なんでアラウーノに反対の論を張っているのかは前の2回の日記を読んでいただけばわかりますが、個人のエコの配慮を排除する商品だからです。使用するたびに中性洗剤を固定的に流す商品を開発するなんて、絶対に反エコです。環境展にこの商品がでていたので、私がなんでこれが環境にいいんですか?環境に悪いじゃないですか。といったら、説明していた社員の方が全く言葉に詰まってしまったではないですか。あなた方が一番、エコじゃないと知っているんです。琵琶湖の周りで売れますか。胸を張って。しかもこんな商品がヒットすると、自動的に洗う商品が次々に開発されます。お風呂とか。日本人のエコの考え方を歪ませる影響が大きいので反対をしているのです。トイレは洗えばいいのです。もっと洗剤を使わずに洗う習慣をひろげるほうが、世界をリードする松下の行動に相応しいのではないでしょうか。幸之助さん、そうですよね。みんながちょっとごしごしすればいいだけ、じゃないですか。こんななさけない開発、やめましょうよ。世界に恥ずかしいですよ。もっと志の高い開発をお願いします。そして、日頃環境に関心のありそうな顔をしている建築家の皆さん。アラウーノをすすめたりしていますが、もっとよく考えてください。何度もいいます。日本のみなさん、アラオーヨ!
2008/09/12
コメント(8)
少し前に人材派遣の大手が、禁止されている港湾関係への派遣を行い業務停止命令を受けましたね。港湾以外でも、建設現場、警備業務への派遣も禁止されています。建設関係なので、ここで触れておく必要があるでしょう。なぜ禁止なんでしょう。本質的なことはどこでも書いていません。例えば、ヤフー知恵袋のベストアンサーに選ばれた答えは以下のものです。・業務が非定常で・新人が慣れない作業場にいく・仕事が完了すればすぐ解雇されやすい・重大事故が起きやすい・各種保険に加入させない事がある・等、労働者保護がとられにくいため、労働者派遣法第4条で 港湾運送・建設・警備業務への派遣を禁止していますまあ、合っています。私が書くと「重層的下請け制度のもとに暴力団の組織的ピンはね業が入り込みやすい」ということとになります。建設の分野でみると、期間限定の職場である現場、特に土木系の野丁場といわれる現場では、力仕事をする労働者を大量に使い捨て多くの犠牲の上に公共工事が行われてきた歴史があります。この現場へは、金の形にたこ部屋と呼ばれる宿舎に拘束されきつい肉体労働を強いられ、劣悪な環境で怪我をしたり、事故でなくなったりした方々がたくさんいます。このタコ部屋への人の送り込みを主に行っていたのが昔の暴力団です。いってみれば賃金のピンはね業です。いまでも、大手の孫請や曾孫請には、人工の手配業だけの建設会社がありますから、根本的に解消されてはいませんが、こうした歴史をみなければなりません。重層的な下請構造は、怪我をしても死傷病報告書にも上らないで表向きの無災害になっていたというようなこともありました。あ、今回の件で過去形で書いてはいけませんでしたね。こうした労働者の供給の場として山谷などのいわゆる寄せ場があります。昔は、トラックやマイクロバスで手配師がやってきて、「片付け 8000円 ないかい、あと一人」というような風景が、高田の馬場などでもよくあったのです。敢えて過去形にしたのは、今はこの形態が大きく変わってきたからです。それは人材派遣に登録した人の携帯に電話が掛かってきて人が集められるという訳です。さて、もう勘のいいあなたはお気づきですね。この人材派遣って、暴力団とかがやっていた手配師と全く同じじゃないか、と。そうなんです。まさに。私はこの日本に、こんなに巨大な産業規模で派遣業があること自体大問題だと思っています。いままで書いてきたことをよく検討していただければ「不安定雇用の拡大・定着」の元凶が派遣業だという本質が分かっていただけると思います。なんだかんだいっても、賃金のピンはね業の仲間にしか過ぎません。「自分に自由なワークスタイル」というような甘言で装飾されていますが、企業に都合のいい切捨てしやすい労働力の手配屋でしか、ありません。こんな業種は、こんな規模でほんとに必要なんでしょうか。バブルの清算のために規制緩和で拡大させた間接雇用市場がモンスターのように巨大化したのです。外人と話していて、こんなことをいわれました。「テンポラリーとかいってるけど、一年も二年もテンポラリーっていわないよね。あれでは、売春組織と同じ構造だっていわれてもしょうがないよね」私は、何もいえませんでした。港湾労働への派遣で業務停止を受けた企業のニュースの本質的なところは、どのメディアも書いていないので私が書きました。ご意見をお聞かせください。
2008/03/24
コメント(6)
さて、ちょっと気のすすまないことを書かなければならないのです。私の尊敬するブロガーのけもやさんの施工会社の住友不動産の新商品のことです。レディに、煌く時間の贈りもの。J・LADYだそうですが、この商品にわたしが「問題でしょう」といっているトイレ「アラウーノ」が標準仕様となっているのです。アラウーノについては、私はとびきり志の低い反環境の商品だと思っています。ところが、この商品月間に5000台というペースで売れているのです。実に年間に72トンの中性洗剤が下水に流れ込むことになります。開発者の姿勢が決定的に間違っているのは希釈倍数で考えているところです。環境負荷は希釈で考えるのは間違いだというのは、以前の私のディスポーザーの記事を見ていただければ分かると思います。下水処理場の浄化基準であるBODやCODは、放流管理の目安でしかありません。ましてや環境ホルモンの悪影響は、極々微量が影響することは明らかな上に、どう生態系に因果が巡るかも把握できている訳ではありません。特にキャパが限られた湖沼などの内水面では、希釈度が高くても総量が問題になることは、論を待ちません。その認識があれば、「固定的に」大量の中性洗剤を使う製品を開発する姿勢が間違っているのは明白です。この「固定的に」というのが大きな問題なのです。人々の環境配慮も遠ざけます。このトイレが設置されたマンションを買えば使わざるを得ません。松下幸之助が生きていたら、こんな開発は許したとは思えません。志が低いからです。お風呂も自動洗浄が出てきました。この風潮は、絶対によくありません。洗剤なんか毎日使わなくても、きれいになります。みなさん、洗いましょう。まずは水で洗いましょう。子供たちにキレイな水や地球を残しましょう。こうした反環境のブームが終わるまで、何度でも書いていきます。賛成される方は、ブログで書いてくださいね。
2007/11/02
コメント(6)
もう一ヶ月以上も更新をさぼってしまいました。書きたいことは沢山あるのですが。近々再開しますが、つなぎとして。黒川紀章さんが亡くなったときの最期の言葉が、よかったなぁと。「そんなぁ、そんなぁ、そんなぁ。ほんとに好きだったんだから」素晴らしい作品とともに、残ると思います。
2007/10/17
コメント(0)
私の「おきにいりブログ」でリンクを頂いているむうみん6363さんの東京の個展に行ってきました。以前から観せて頂きたいと思っていたので、勇んで11時にいったら11時半からでした。おっちょこちょいです。会場に入った途端、「あっ!むうみんさんだ。そのまんまだ」と思ってしまいました^_^お会いすれば誰もが納得されます。いやぁ、やはり観てよかった。アート作品は、作品の発する磁場の中で体験しないとダメですね、やはり。イサム・ノグチにenergy void という作品がありますがそのタイトルのように、作品の持っている場の力を感じるのがいちばんなのだと思います。焼き物でこんなことができるのか?という色彩の変幻に驚きます。観る角度によって、どんどん表情が変わります。固くて柔らかい、モダンで和、寒と暖、など対立する要素が不思議に調和して、感情の襞を刺激します。なんだかその光の変化の不思議さが、ジェームズ・タレルの作品に通底するような気がしたので、タレルの名前を出したら、むうみんさんもタレルに触発されたとおっしゃって、「ふむふむなるほど~」と作品理解が深まりました。自然光の中で作品が変化していくのも見てみたいですねぇというような話もしました。むうみんさんの作品、日本ののみならず、手触り感のあるというか、ざらついたナチュラルな感性を求めるボボズ世代の世界のエスタブリッシュメントにストライクだなぁというのが、私の感想でした。是非皆さんも観にいかれてはと思います。むうみんさん、ありがとうございました。中央区銀座1-5-2 ギンザファーストビル3Fなびす画廊TEL:03-3561-3544で、10日~15日(土)の11:30~19:00(最終日は17:00まで)
2007/09/10
コメント(4)
あるところで、うちが昔から石鹸を洗濯に使っていたので、子供の体操着が真っ白じゃなくて、体育祭の時に一目で分かって便利だったという話(ここにも書きました)を載せたところ、ある方が、素敵なコメントをしてくれました。ホントにそう思うので、勝手に掲載させて頂きました。体操着は真っ白じゃないといけない・・・ CM に踊らされている人多いのですねえ。 白じゃないとダメ、白じゃないと汚いという 考えはどうにかならないですかねえ。 日本人は白にこだわりすぎるような気が します。 戸塚真弓さんというエッセイストが以前 日経新聞に連載していたエッセイで印象 的なのがあります。 パリの産院で娘さんを産んだ時、同時期に 隣室に貴族の出の女性がいたそうです。 その方の産んだ赤ちゃんは肌着、シーツ、 マクラカバーなど身体を覆うすべのて布 がお古だった。 しかし、よく見るとどれにも、一族の印で あろうと思われる格調 高いデザインの刺繍があった。 きっと、赤ちゃんが産まれるたびに、一族 の間で使われてきたんだろうな。これからも 布の命が続く限り一族の間で使い回されるん だろうな、 と思ったそうです。 肌着や、シーツ等は、目に優しく映る象牙色 っぽい白や、グレイッシュな白だったそうです。 CM でやっている「眩しい白」ってなんだか 無理があって、、、目にまぶしすぎます。
2007/08/31
コメント(4)
夏休みを頂いていました。ちょっと北の方に。こ~ちゃんちの方ではありませんが。少し前に梅津かずおさんの家のデザインが問題になりました。家のデザインは地域によって受け入れる幅が全くちがいますね。私が行っていた北の方では、真っ赤な外壁の隣に真っ黄色の家、その隣が真っ青というのがごく自然に建っているところでした。絶対的な尺度がなくて、地域が受け入れるデザインが自然とつくられるということでしょう。そういう意味では、梅津さんには考え直して貰いたいというのが、私の考えです。家の外観は施主個人のものだけでなく、地域のものでもあるからです。この分野では、建築家の三井所清典さんが有田で行ってこられたことを詳しく学ぶだけでも、誰もが「そうあるべきだ」と思うでしょう。三井所さんはもう30年以上も前から、地域の町並みづくりに取組み、特に佐賀の有田の街並は三井所さんが働きかけいまでは大きな共有財産といえる成果を残しています。三井所さんは1977年から佐賀県立九州陶磁文化館の設計を手がけるとともに、この土地に相応しい建物を考え続け自ら手がける建築で注目されるような例を残しながらその後に大きな影響を与える運動を行います。彼は自分一人で手がける建物では、地域の景観は守れないことを感じ、その地域に建築確認申請を提出する建築事務所に手紙を出し、有田の景観を考える建築士会議を立ち上げます。そして共感してくれた仲間とともに、有田の街を歩きひとつひとつの建物を見て歩き、評価すべき特徴を共有化したりガスボンベをカバーする処理の仕方を検討したりしながらその研究発表を市政通信を通して発表しました。そうしてメンバーの一人一人が設計する建物が、有田らしいデザイン要素を取り入れたものになっていったのです。その中で、あるメンバーが突然、研究会を欠席するようになりました。調べてみると、彼が設計した郊外のラーメン屋が目立つようにと真っ黄色に塗ってあり、そのことを後悔して参加できなくなったとのことです。その後、彼はオーナーを説得して有田に相応しいデザインに改装することに成功しまた、研究会にに復帰したそうです。私は、街並は大切な地域の文化、財産だと思っています。ですから、この三井所さんの仕事は大変尊敬しています。この有田の例をみれば、梅津さんの問題も自ずと結論が出ると思っています。
2007/08/21
コメント(2)
この春に長崎に旅行しました。住宅ずきとして日本の洋風建築のはしりともいえるグラバー邸も見学。グラバー邸のまわりには市内の明治の洋館が移築され結構な公園になっていました。運良くボランティアガイドの方に案内してもらうことができました。一通り見終わって別れ際にガイドさんになにげなく「原爆のときは?」とお聞きしました。すると「私はちょうど2キロほどのところで、山の陰に入っていたので 大丈夫でした。みんなが落下傘が落ちてきたといって見ていたので 私も見ていたのですが、まぶしくて見失ってしまって 諦めて歩きはじめて山陰に入ったところで閃光に遇いました。 10秒遅かったらだめでした。伏せたまま もの凄く熱くて、世界がピンクになりました。 後から聞くと人によって色が違ってましたが。 これが熱線が到達したときだそうです。私には何分にも感じましたが、実際には 秒の単位だったそうです。 その時落下傘を探していた人は、直射光で大火傷。 直前まで将棋を指していて、川へ泳ぎに行った友人は即死でした。」 もう、何度も話してきた淡々とした話し振りが かえって重く感じました。俳人の池田澄子さんが、師の三橋敏雄の句死に消えてひろごる君や夏の空 敏雄を挙げながら、素敵な文章を書かれていました。特に魂など信じていなくても、身近な人がなくなると身近にその人がいるような気がする。この句は高柳重信を思って敏雄が詠んだ句だがいま流行している「千の風になって」の歌と全く同じだ。と。そして、続けて、ある島の挨拶を紹介しています。その島では、島から出て行く人に向けてさよならでも、またねーでもなく、手を振りながら「おもうわよー」と叫ぶそうです。もうすぐ送り火の夜がやってきます。池田さんの文章のタイトルは「送り火のあとも、おもうわよー」でした。長崎のボランティアガイドさんも間違いなく「おもって」いるでしょうね。そして私たちにとって大事なのは、そのことを子供たちに伝えていくことだと思います。池田澄子さんの句を最後に。泉あり子にピカドンを説明す 澄子
2007/08/09
コメント(0)
なんだか、すっかり教育論ぽい内容がつづいてしまいました。人気ブロガーの「けもや」さんが紹介してくれたお蔭で、概ね好評の反応でした。というわけで、もう1回だけ情報をお伝えしておきます。29日の朝日新聞の書評欄に「天才の脳科学」という本が紹介されていました。ナンシー・C・アンドリアセンという方の書いた理論書らしいのですが、まだ読んでいません。書評に書かれていたことが、先日からのテーマに関連していたのでお伝えしようと。書評子の「天才が開花するには『氏』(遺伝要因)より『育ち』(環境要因)こそが肝心という示唆が実にいいのだ!」という部分。「やっぱりそうか」と思いました。以前から、「子供の能力(脳力)の支配要因は殆ど環境だ」と思っていました。育て方で、8ビット(古っ!)にもスーパーコンピューターにもなると感じていました。育てる方のプレッシャーにはなりますが、自分の子ができないのは自分の頭が悪いせいだ、という逃げができないんですね。きついですが、自分の子供ができないのは、自分の育て方が悪かった、ということになるのです。子供には知られたくありませんが(笑)別の見方をすれば、自分の成績が悪かったとしても、子供は素晴らしく優秀に育てることができる、というこどです。これは何も、勉強だけでなく、音楽や美術やスポーツなども同じでしょう。この本には「よりよい脳を作る」ためのポイントとして・テレビを消そう・子供と一緒に本を読もう・小学校で外国語の教育をしよう・音楽に興味をもたせよう・・・・・・などが、上げられているようです。(けもやさん、外国語もいいようです。外国語を勉強すると日本語がいい加減になると思うのも、子供の能力の過小評価かもしれませんね)私が書いた、「読書」は、脳を刺激する方法の一部なのでしょう。脳の膨大なキャパシティを楽しく刺激すると子供の能力はグングン伸びるようです。子供の能力は、一にしてあなたの育て方にかかっています。と、また、最後にプレッシャーをかけてしまいました(笑)がようは、子供をバカにしないことが基本だと思います。ああ、忘れていました。もっともっと重要な基本が、あります。互いのパートナーを愛することです。つまり夫婦仲のいいことが、優れた子供を育てる一番のポイントだと思います。人生、自分とかかわって幸せになった人と不幸せになった人を最後に集計して、プラスにならなければ、その人がこの世に存在した意義がありませんね。で、一生懸命になれば目の前のパートナーの一人くらいは、幸せにできるのでは、ないでしょうか。私は、私の連れ合いを「こいつだけは幸せにしよう」と思って生きてきました。二人も三人も幸せにする甲斐性はありません。二人も三人も幸せにしようとすると、一人も幸せにできなくなります。うまくできています。パートナーを懸命に幸せにしようと生きていれば子供たちは黙っていてもそれを見ています。子供を優秀に育てるのも親の教育ですが、子供をまっとうに育てるのも、親の行動だと思います。勿論、一人で子供を育てている方に当てはまることを書いてはいませんので、ご勘弁ください。二人で育てているなら、まず、夫婦の単位を幸せにすることが、子供の教育に一番重要だと思うのです。たぶんそれが、「教育のいらない教育」。子供にベストな環境だと思います。
2007/07/30
コメント(6)
昨日の日記の成り行き上、本の読み聞かせの続き、というか補足を。毎週12冊の本を借り続けると、何回も同じ本を借りていても児童コーナーの本で、借りるものがなくなってきます。私たちが行っていた区の中央図書館でもそうでした。そうなると子供の年齢に合う本なんていってられません。幼稚園の年中くらいには、小学校の高学年が読む岩波の「二年間の休暇」(15少年漂流記の元の本)とかのシリーズを読んで聞かせるようになっていました。あの、上下二段組の活字びっしりの厚いシリーズです。あと落語のシリーズ本とか。なので、子供が面白いと食いついてくれば本についている推奨年齢なんて関係ありません。昨日書いたように、子供をバカにしない方がいいんです。あくまで、子供が面白がれば、ですが。もうひとつ、絵のない本でも、親の横で並んで読むのが、いいと思います。夜、仰向けになって本を読んでいて、うっかり寝てしまい子供に起こされて、読み始めたら、「違う、ここから」と指さされたことがありました。「こいつどこを読んでるのか、うすうす知っているのかと思ったからです」毎日、毎日同じことをしていると、なんとなく分かるのかも知れません。最後に、もうひとつ。岩波シリーズなどを読むとき、眠い母親は分厚い本なので、怒ったように超スピードで読んでいました。ホントにぶっとばし読みです。が、それがよかったようです。ついてこれるスピードなら、幼稚園生などは、猛スピードがいいのです。もちろん小さい頃から毎日読んで来てのことですが。ここでも、子供をバカにしないのが、いいのです。読み聞かせのスピードは、自分で読み始めた時の黙読スピードに影響すると思います。我が家の体験から、感じたことを書きました。専門家でないので、合っているかどうかは分かりません。ただ、ひとついえるのは、363日バッティングセンターに行っていたイチローのように365日、5,6年読み聞かせを続けるとそうとうの戦闘能力ができることは間違いないと思います。少しでも参考になれば幸いです。
2007/07/26
コメント(10)
頭のいい子が育つ家、というのがひとつのブームになっています。首都圏で有名中学に合格した子供達の家をよく調べてみたら、共通項が浮かんできた。それを家づくりに取り入れたら頭のいい子が育ちやすいとPRするちょっとバカバカしいものですがなかなかの人気です。間取りで子供の頭がよくなれば世話がありません。が、残念ながらそうはいきません。この中学受験成功組のパターンは、親から子への充電時間が長くとれるかどうかが影響しているのだと思います。私なりの考えを書いてみます。実体験で、それを話さないと説明できないのでかなり自慢話っぽくなります。耐えられない方は、ここでやめてくださいね。では、子供はみんな大人よりバカです。当たり前です。ではなぜ「あの子は賢い」とかいうのが出てくるか。それは「その年代の子供より」というのが省略されているのです。賢い子というのは、周りの子より、少し大人に近い、つまり早熟なだけです。子供の教育は、意識的に早熟にするのが子供のためになる、と育て終わってから気づきました。そのポイントは、「子供をバカにしない」ということです。これは子供を見下した態度をとるなということではありません。「こんなことは、まだ分からないだろう」とか「まだ、そんなことは早いよ」というような偏見を持たないことです。大体の人は、子供を小さな入れ物と見すぎて、刺激をセーブします。刺激を猛烈に飲み込むでかい入れ物と気がつきません。そこに気づいてあげると、結構大きな差になると思います。○赤ちゃんはみんな分かっている例えば、首の据わらない2~3ヶ月の赤ちゃんは勿論言葉を理解します。モノの名前もどんどん覚えます。しゃべれないだけです。壁に掛け時計があったら、赤ちゃんの顔を目の前に持っていき、秒針の動きを見せながら「とけい、とけい」と教えてみてください。少し続けるとやがて、膝の上に置いた赤ちゃんに「とけい、とけいは?」と聞くと、首も動かせないあかんぼが、眼の玉だけ動かして、時計をみます。長男の時に経験したことですが、これはびっくりしました。最初は「まさか、気のせいだろう」と思いましたが、何度やっても時計を眼でみるので、「お~、こいつ首も据わんねーのに、わかってんのかー」って、びっくりしました。もっと驚いたのは、いつも見せていた時計でない、実家の時計に反応した時です。つまり、時計というものの固有名称でなく、「時計」という概念を理解しているのか、とびっくりしたのです。「高いところにある、丸っこいのは時計というんだな」と首も動かせないあかんぼが分かってんのか、と思った時はびっくり。「まだ赤ちゃんだから、何も分からない」と思うのはやめました。多分、余り接していない男だから、びっくりしたのであって、普段おかあさんはもっと沢山気づいていると思います。○ストレスを少なくできるですから「子供をバカにしない」で「たくさん、たくさん刺激してやる」ことが「早熟」に育つポイントのような気がします。「早熟」に育つというのは、教育の場にいってもコンプレックスを感じないで済むので、子供にはストレスが少ないメリットがあります。どうせ大人になれば、大差ないので、育っていく過程でストレスが少なくできるのであれば、楽しい学校生活が送れていいのではないかと思います。ですから赤ちゃんは、できるだけ沢山親や大人と刺激的に接触した方がいいと思います。「まだ早い」位の刺激をどんどん「バカにせず」にすることがいいと思います。○読む能力でかなりカバーできる本を沢山読み聞かせることは、いちばん薦めたいことです。うちではお金がなかったので、毎週図書館に行って2人分の12冊の絵本を借り、それをかみさんが読んで聴かせていました。私も休みの日は読みましたが。多分2000冊位は読んだのではないでしょうか?子供の国語の能力がかなりあるようだと気がついたのは、小学校3年生の頃でした。そのころは読み聞かせは終わっていて、自分で読んでいました。ここはポイントですが、中学くらいまでは、算数も理科も国語の能力が重要で、読む力があれば、かなりカバーできるというのも分かりました。結局、長男は文系が得意でしたが、学校は理系に進みました。これもずっと後になって分かったことですが、この読み聴かせは、日本語だけでなく、どうも語学全般の能力を上げるらしい、ということです。息子は大学に入って、英語やスペイン語を同じように勉強しても勘がいいらしく、自分でよく「俺、人より語学を覚えるのが早いようだ」といっていました。たぶん間違いないと思いますが、小さいころの読み聞かせは、言語脳のシナプスを発達させ、処理回路網を細かくするようです。(本当は、ここからキーになる秘訣があるのですがいつか機会があれば・・・・・・)結局、その息子は私の数倍のスピードで本を読みます。本を読むスピードが早いということは、勉強時間が極端に短くなります。5時間で読む本を1時間で読むと、直近のことだから記憶も濃いのだそうです。癪ですが、ほんとうらしい。ちなみに中学受験の時の彼の机の上には、プリント一枚載っていませんでした。彼はプリントを読むそばから捨てていました。私は正直驚いていました。私はなぜ、こんな自慢話と軽蔑されるようなことをしてまでこんなことを書いているのかというと、間取りなんて関係ないですよ。ということを書くべきだと思ったからです。本をどれだけ読んで聴かせたかの方が、100倍も1000倍も影響すると思います。ちょっとの努力で子供に便利な能力をプレゼントできるとしたら、いいと思いませんか?誰にでもできて、読む人のボケ防止にもなって、楽しくて何しろただですから。中学受験で家が関係すると言われるのは、社会常識を常日頃親と会話で習得する部分が大きいから、茶の間やキッチンに子供が出てきやすい間取りがいい、ということですよね。でもそれって、間取りとか関係なくて、普段から「京都議定書ってさ・・・・・・」「時計ってなんで12進法なの?」というような会話をする雰囲気があるかどうか、なんですよね。間取りなんてことより、ちょっと早熟に育てるメリットを自覚して、小学校に上がる前にたくさん本を読み聴かせ、子供をバカにせず、ちょっと早いかも知れない話題も話していくということの方が重要なんだと思うのですが。今回は相当、反発されそうだなぁ。まぁいいや。ただの自慢話と思わずに読んでくださった方、ありがとうございました。
2007/07/24
コメント(8)
「ニューハウス」という雑誌が休刊するという話が飛び込んできた。現誌名になったのが昭和37年。もとになった季刊住宅誌「ハウス」の創刊が昭和26年だから日本の住宅誌の草分けだ。「新しい住まいの設計」とともに日本の住宅づくりの情報雑誌として大きな役割を果たしてきた。どんな商品でも需要が旺盛な時代は情報が偏在しており、その情報を編集して発信する価値が高い。やがて情報の普遍化が進行し、情報の山の高低差は少なくなり、情報価値が希薄化する。日本の戦後は焼け野が原から始まった。国民に戦後復興の基盤として手頃な住宅を供給することが急務であり、それが高度成長の路線にのって住宅産業も発展する。2002年に破綻して大東建託傘下に入った日本電建も住宅産業創生期の代表企業だった。ニューハウスもこの日本電建のPR誌からスタートしたというのも、感慨深いものがある。ウェブでなんでも検索でき、こだわりの設備建材を施主の指名や支給で建築する時代。たくさんの建設日記がいつでも本物の家づくりライブを実演している時代。情報の山の高低差がなくなっている時代に、住宅専門誌が果たす役割ってなんなのでしょう。こんな住宅雑誌だったら買う、というのを教えていただけると参考になります。
2007/07/23
コメント(0)
住宅産業新聞に注文住宅の業者を選んだ手段について調査結果が出ていました。結果は、住宅展示場 40.7%知人等の紹介 25.2%自身や親族・知人の勤め先16.5% インターネット 3.3%となっています。このインターネットの数値を高いとみるか低いとみるかは分かれるところでしょう。私は、結構いるなぁという感想です。私は、住宅という商品は誰でも購入経験がないのが普通で、さらに人生で一番高い買い物だから、人に押されたり、引かれたりしないと買えないものだという考えです。アンケートの設計を見ていないのでなんともいえませんが100人に3.3人もネットで見つけたというのです。建築家プロデュース会社もあるでしょうし、近くの工務店や住宅メーカーもあるでしょう。この数値はまだ大きくなっていくと思います。というのも、ネットで下調べしてから展示場にいってメーカーに出会ったのも、メーカーにカウントされているでしょうから、質問のしかたで変わると思います。実際の好感が、ネットで築かれていたというようなケースは今後増えてくるでしょう。でも逆の味方をすれば、住宅メーカーや紹介が断然多いのはそれだけ「不安」が付きまとう買い物だということでしょう。たくさん不安を抱えているだけに、不安を解決できる営業は「売れる」わけです。積水ハウスのコンサルティング・ハウジングというコンセプトも物売りのプレハブメーカーから、暮らし方の知恵やアイデアを提供するソフト提供業へ変わっていきたいという願望でしょう。それが売るためのコツだということが、よく分かっているのです。この数字で、私は「住宅は人に会うことによって、買うことになる商品」という自分の考えを確認できました。こういうことが深い意味で分かっている住宅メーカーは以外に少ないのです。ここから考えれば、いろいろ出てくるのですが。住宅マーケティングの話になったので、最後に。デザインというような形の無いものを買う場合、かなり不安ですよね。私の経験では、設計士のファッションがダサかったら期待できません。ファッションのセンスが悪くて、設計デザインが素晴らしい人はめったにいません。普通のファッションセンスで設計はすごい人は、います。皆さんの場合はどうでしょう。
2007/07/12
コメント(2)
魔法の洗面器というのがあります。楽天やヴィッターズなどで売っています。銀や亜鉛が塗ってある洗面器で、普通に使ってるだけで銀イオンが浴室の水蒸気に溶け出して、浴室内の黴を防止してくれる優れもの。値段は9,240円。これで浴室にカビが生えなければ安いものです。6月末に公取から排除勧告が出ました。当然ですよね。そんなことありえないでしょう。問題は、化学に詳しい「けもや」さんでなくとも分かりそうなこんないんちき商品が例えば高島屋の通販などでも売られたという構造。しかも、まだ楽天などで堂々と売っているという通販の対応の悪さ。ちなみに高島屋のサイトには、『公正取引委員会より、弊社通信販売カタログにおいて、「魔法の洗面器を浴室で使用するだけで、又は魔法の洗面器にくんだ水を浴室の壁面、床等に流すことにより、当該商品から発生する銀イオンが浴室内のカビの発生を抑制する」と表示していることについて、「実際のものよりも著しく優良である」とみなされ、不当景品類及び不当表示防止法の規定に該当するとして、6 月29 日に排除命令を受けました。今般の排除命令は、弊社通信販売カタログの表示内容についてのものでございますので、商品の安全性には問題はございませんが、当該商品の表示につきましては、お客様に対し多大なるご迷惑をおかけしましたことを心より深くお詫び申し上げます。弊社といたしましては、従前より、コンプライアンス経営の徹底を図っておりますが、今回の事案の発生を受け、カタログ表示のチェック体制の一層の強化を図り、今後このような事態が発生することのないよう努めてまいる所存でございます。何卒、ご理解賜りますようお願い申し上げます。』となっている。下に相談窓口が書いてあるので、申し入れれば返品がきくのでしょうが、洗面器だけがカビないのなら百円の洗面器と同じで、9千円も出して誰も買わないわけだから、詐欺に近いような気がしませんか。9千円は風呂場がカビないから出すのであって、洗面器自体の抗菌作用に問題がない、で済む話ではないと思います。だったら、高島屋としては、全品回収しますとした方が姿勢が明確です。それでも欲しい人には相談してくださいというのが筋でしょう。インチキに組しない姿勢がブランドを守ると思うのですがいかがでしょう。自分のお客様が騙されることにもっと緊張感と責任感が欲しいですね。売買の場を提供しているだけというスタンスにしても、客側の利益の立場に立った対応を願いたいものです。それにしても、イオンとか酵素とか遠赤外線とか目に見えないものの効用は、一旦疑ってかかるくらいでちょうどいいかと思います。そういえば不思議な力の石を売る店もやたらに増えました。石を拾ってきて1000円、2000円で売れれば確かに、笑いが止まらないでしょう。こういうのは詐欺にならないおいしい商売なのでしょうね。
2007/07/09
コメント(11)
洗剤を常時使うアラウーノへの疑問をかいたことに関連して、合成洗剤について書かれた「学校給食ニュース」というところの解説を見つけたので、載せておきます。(転載に問題があれば、落とします)私にはこの内容が正しいはどうか分かりません。が、正しそうな感じだと思いました。(1)歴史 合成洗剤の歴史は短く、世界に普及してわずか半世紀強でしかありません。その歴史とともに大まかな流れを見てみましょう。 合成洗剤は、第一次世界大戦中、ドイツで開発されました。第二次世界大戦後、アメリカで油脂不足から石けんが不足し、石油から合成洗剤を大量生産するようになりました。1951年に日本ではじめての合成洗剤(ABS)が販売され、急速に普及します。 ところが、ABSは、生分解性がとても悪く、10年後の1961年には多摩川で発泡が見られるなど目に見える汚染が広がりました。そのため、世界各国で使用禁止になり、ソフトタイプとよばれるLASが主流になっていきます。日本でも68年に行政指導でLAS化がすすめられました。しかし、その間にも発ガン性や免疫への影響、環境への影響が明らかにされ、62年には中性洗剤を誤飲した男性が死亡する事故も起こりました。 その後、LASの毒性や環境影響も指摘される中、アルコール系や非イオン系などの洗剤が登場したり、「天然原料」をうたった合成洗剤が登場しますが、いずれにしても安全性と環境への影響に問題があるかその疑いがとれないものばかりです。 洗剤の界面活性成分だけでなく、製品に助剤として入れられていたトリポリリン酸塩が富栄養化の原因ではないかと社会問題になりました。 79年に滋賀県が琵琶湖富栄養化防止条例で合成洗剤をはじめて制限します。メーカー側はすぐに無りん洗剤を発売し、以後日本ではほとんどが「無リン」になりました。しかし、リンの代わりに入れられたアルミノけい酸が水に溶けず下水管の目詰まりや環境汚染を引き起こしたりもしています。 このように合成洗剤の歴史は、人体と環境に対する被害の歴史でもありました。(2)特徴 合成洗剤は、石けんと異なり石油などの原料油からアルキルベンゼンやアルファオレイン、高級アルコールなどを製造し、たとえば、アルキルベンゼンに硫酸化剤を加えて硫酸化し、水酸化ナトリウムで中和したのがLASというようになります。高温、高圧をかけてつくられるため、合成洗剤を日常の中でつくることはできません。 合成洗剤は、それぞれに特徴が異なりますが、共通して言えるのは、石けんよりも界面活性作用が安定しているということです。石けんは、たとえば海水中に入れると薄まることとミネラルの影響ですぐに白濁し、界面活性作用をなくします。しかし、合成洗剤は、海の水でもきれいに溶け、生物によったり、自然の浄化作用で分解されるまでたとえ薄められても界面活性作用が残ります。 また、合成洗剤は、石けんよりも一般的にタンパク質吸着性や浸透性がすぐれ、洗い上がりの見た目の差を生んでいますが、同時に、このタンパク質吸着性と浸透性が、人体や環境の問題を引き起こしていると言えます。 BODの調査などで、合成洗剤の種類によっては石けんの方が環境負荷が高い結果になることがありますが、界面活性作用の持続や、分解される過程と物質を見てみると、総合的には石けんより合成洗剤の方が環境に与える影響は大きいと言えます。(3)人体への影響・手荒れ 合成洗剤の影響でまっさきに思い立つのが手荒れです。学校給食の調理現場でも、家庭でも手荒れの被害は深刻です。合成洗剤のコマーシャルで常に「手荒れが減った」「手荒れしにくい」と宣伝を続けているのは、逆に手荒れの被害が続いていることを物語っています。皮膚の被害は目に見えますが、より恐ろしいのは内臓障害です。・内臓障害(肝臓、腎臓) 合成洗剤の特徴から合成洗剤は、口から入るよりも皮膚から入る方が身体の中に長く残留すると考えられます。合成洗剤は、石けんと異なり、薄まってからも界面活性作用が続きます。皮膚には防御作用があり、体外から不要なものが浸透しないようになっていますが、合成洗剤はその特徴から、皮膚を通して直接血管に浸透してしまいます。口から入れば、消化器官系=排泄系に入るため排泄しやすいですが、皮膚を通して入った場合、血管に入り、体内を循環します。しかも、異物、毒物を分解する肝臓でも分解できないため、長く循環し、一部は脂肪の多いところなどに滞留することになります。 そして、とりわけ肝臓・腎臓に問題を生じさせることが動物実験で分かっています。・次世代への影響 合成洗剤は、その性質から胎盤を通過し、胎児や受精卵にも影響を与えるという研究もあります。また、精子の減少を引き起こす可能性も指摘されています。 この他、急性毒性、慢性毒性、成長や繁殖障害など様々な問題が指摘されています。(4)環境への影響 合成洗剤の環境への影響はとりわけ水生生物や河川・海洋の生態系にとって深刻です。濃度が濃い場合、魚はエラに障害を起こして死んでしまいます。 また、細胞膜を通過したり、細胞膜のタンパク質を変成させる作用があるため、微生物や魚類の卵などは深刻な被害を受けます。個々の種に悪い影響を与えるとともに河川・海洋の生態系を破壊する原因のひとつとなります。 ちなみに、石けんの場合は、先に述べたとおり、薄くなったときに界面活性力や乳化力を失うため、淡水中でも合成洗剤のような影響はなく、ミネラル分の多い海水中ではまったく影響はありません。 なお、分解されず残った合成洗剤は、水道水として再び私たちの元にかえってきます。そして、私たちの身体に取り込まれていくのです。食器と洗剤 合成洗剤から石けんに切り替えたとき、落ちにくさを感じる人が多くあります。特にプラスチック食器の場合、プラスチック自体が油などの汚れとくっつきやすい性質があり、それをとるのに合成洗剤の界面活性作用などが力を発揮しやすいからです。しかし、その一方で、合成洗剤の残留性は、残留しやすい順に、素焼き>金属、プラスチック>ガラス、陶磁器となり、プラスチック食器を使用した際の合成洗剤の残留も気がかりです。
2007/06/26
コメント(4)
松下電工から樹脂製のトイレで常に洗剤入りの水を流して洗う、アラウーノという製品が出た。私は、以前ディスポーザーを使わないようにということも書きましたが、この製品にもかなり疑問を感じます。少なくても天下の松下が開発する製品ではないと思います。志が低すぎる。このアラウーノは、流す水に毎回中性洗剤を混ぜて洗浄します。その洗剤の量は毎回1,2滴程度だから、環境に問題ない。むしろブラシで洗うより洗剤の量は半分だと説明しています。本当にそうでしょうか?アラウーノは3ヶ月で、300mlの洗剤を使います。年間に1200ml。それも毎年確実に。それに対して、掃除の方は3ヶ月で600ml洗剤を使うというのです。みなさん、ホントにそんなに使うのでしょうか?この論理は、週に2回25ml使って皆が(一人のおさぼりさんもなく)必ず洗うという前提に立っています。ちなみに我が家は、トイレ掃除に洗剤など使いません。使わなくてもきれいです。食器も洗剤を使わずに洗います。(自分で洗うので確かです^^)それが陶器の素晴らしさだと思います。全員が必ず3ヶ月で600mlも中性洗剤を使うから半分の環境負荷だというのは、私には理解できませんがみなさん、どの程度トイレ用の洗剤を使われているのでしょうか。では、この製品が1万台売れたら、1年間に12トンの中性洗剤が下水に流れます。エリアが分散されているから、問題ないと思うのは私は間違いだと思います。ごく微量の化学物質が環境ホルモンのとなって害を及ぼしていることの全容はまだ分かっていません。そんな中で、定常的に洗剤を流し続ける商品を開発しようという志が間違っていると思います。また、住む人が代替わりしたら、知らずに研磨剤入りのもので磨くことも予想されます。おそらく陶器の市場には入れないために開発したのでしょうが私は、環境負荷の固定化という意味で、時代遅れの商品だと思います。もっと水でアラオーヨ!というのが、私の意見です。松下電工の方、反論あればご意見を!また、皆さんトイレの洗剤をどの程度使っているか教えてくださいね。
2007/06/22
コメント(6)
先週、ビッグサイトで開かれていた「建築リフォーム&リニューアル展」を見てきました。ちょうど第6回 リフォーム&リニューアル設計アイデアコンテストの贈賞式が行われていました。200を超える応募作品の中からグランプリに選ばれたのはマンションリフォームを手がけた疋田さつきさんの作品「re・novation」でした。この作品は外梁工法が流行る前の、梁が室内にぼこぼこ出っ張った古いマンションをシンプルなちょっと和テイストの空間に変質させた見事なものでした。地味といえば地味な仕事。予選時には一票も入らなかった作品だったそうですが、敗者復活から見直されグランプリまで上りきったそうです。新築と違って大きな制約のあるリフォームを、普通の建築家なら諦めてしまうような困難を乗り越えて、全く新しい空間に転換した努力が評価されたようです。受賞作の中には素敵なプロジェクトがたくさんありましたが、私が感心したのは、石井大五さんの「JIGSAW」という作品。変哲もない箱型の店舗を、窓の切り方の変化で全くモダンな美容室にリフォームしたもの。その際に、地域の人々が覚えている窓の支配線の幾つかを記号として踏襲することにより、街の風景に違和感なく、それでいて新鮮な建築を溶け込ませた計算が素晴らしかった。こう書いても分かりにくいと思いますが、顔でいうと目の間隔はそのままに、目の高さ関係を大きくずらしたみたいに、全然ちがうビジュアルなのに「目」という記憶は残っているという感じでしょうか。そうして人々の覚えている風景のスケールを利用した方が、街に受け入れられやすいという配慮が素晴らしいと思いました。どんな分野でもすぐれたクリエーターというのは、「作為」を見せず十二分に計算されたものを、一見単純に、誰にでもできそうに、すっきりした形で提示してみせます。そういう意味で石井さんの作品も優れたクリエイティビティを発揮されていたと思います。このコンテストの入賞者には、大手ゼネコンの設計者や、納谷学・新さん、宮本佳明さんといった今をときめく建築家、そして学生までなかなか幅広い顔ぶれが揃いました。これから、このリフォームやリニューアル(リモデリング)といった分野は、環境問題とのからみでどんどん大きくなっていく分野だと実感しました。
2007/06/18
コメント(4)
ノバが騒々しい。住宅博士が教育産業を取り上げるのか、と思われるかも知れませんが、教育というジャンルですが実はむしろ、会員制リゾートマンションの商売に近いのです。ですから、取り上げます。なぜならノバのビジネスの本質の部分があまり語られていないからです。先日わたしが若い子に電車の中でした話から、「あれはね、『キャパシティ・ギャップのビジネスモデル』と私が呼んでる商売なんだよ。 普通、リアルの場の教育機関は「教室」と「教師」という『授ける側』の キャパシティと生徒の『受』のボリュームがつり合わなければ なりたたないでしょ。教育産業は教室・教師という二つのキャパシティに縛られて、それにバランスした授業しか行えないわけだ。ところがノバが打ち出した、一見消費者利便に合わせたサービスの『あなたの好きな時間と 場所で』というところにミソがあって、受講券を 前売りすることによって、『授ける』側の キャパを極めて小さくすることができる。本当は、教える側と教わる側の釣り合いがとれていなければならない制約が、巧妙に取り外せるわけだ。これによって教室の大きさに関わらず、講師の人数に関わらずドンドン生徒を拡大できるんだ。実際、駅前の教室の殆どは、アリバイといえる程小さい。 キャパの不釣合いがあっても『予約が取れなかった』と いうことは、『人気が高い先生だな!』とか、『いま、春休みだしな』というように 置き換わって表面化しない。 先生も専門の教育者を雇う必要もなく、ただの 『しゃべれる』相手をそれなりに置けばいい。 さらに、大半の人は挫折して途中でやめるから その分も、ギャップとして利益にする。(今回の 解約の不正) こうやって、キャパシティギャップから生まれた お金のフローは大きくプラスになるから、それが 次の客を吸い寄せるCMにつぎ込まれるワケなんだ。 だから英会話学校というビジネスモデルというより会員制リゾートマンションの会員権販売にずっと近い。当然、会員権ビジネスは施設キャパに対して、募集する会員の数の上限は設定されるハズ。ところがノバは極めて曖昧。教室という箱と教師の量と質という頸木から逃れたのがこのビジネスの本質でそこに旨みがあるからなんだ。」今度の騒ぎの問題は、このビジネスモデルそのものにあるのに、テレビなどの解説はそこをとらえているものは殆どありませんね。
2007/06/14
コメント(3)
サミットで環境問題が毎回大きく採りあげられますが、日本の電気製品の性能は非常に優秀で、その技術をもって世界の省エネに貢献していくべきなのでしょう。特に、住宅を建てる時に関係する大きな機器はエアコンで、その最先端のものは、成績係数が5というレベルになっています。成績係数というのは、入力kWに対する出力kWのことで、いってみれば入力したエネルギーの5倍のエネルギーの冷暖房を行えるということです。電力で熱を起こしたりするのではなく、熱の移送に使うため、一見エネルギー保存の法則に反するような、高効率になるわけです。空気の熱を使うというヒートポンプの発達によるものです。こうした省エネサイクルを開発しても、産業界の省エネはもうかなりギリギリに絞られていますから民生の部門をもっと省エネするようにという要請が、家電メーカーにはきている訳です。でも、成績係数が5という、ちょっと前の1.8倍位の高効率まで引っ張りあげた空調に、もうそんなに効率化の余地はありません。それなら、10年間トータルの成績係数を上げようと生まれたのが、お掃除ロボットです。でも、一般の方に「その方が省エネになります」といっても、残念ながら売れません。日本人には特に。それで「10年間、いっっちども、お掃除しないでいいんですよ」とか「汚れて、黴くさい風になりませんよ」という消費者メリットで売っているのです。本当は、電器業界の切実な省エネミッションがあるんですね。日本人はもっと環境を重視した購買をする民族にならないと、「うつくしい国」に近づかないでしょうね。
2007/06/11
コメント(4)
コムスンの話は、福祉の分野ですが、高級老人ホームを開発している会社に移譲するということであれば、ここで取り上げるべきでしょう。結論からいえば、私はこの会社は社会にいらないと思っています。福祉に進出してきた時から、派手なCMでもっともらしい宣伝をしていましたが、「いまにきっと何か起こす」と思っていました。事件が起きたから、私が言い出したと思われた方は、私の05年の12月の日記を見てください。http://plaza.rakuten.co.jp/jutakuaruki/diary/200512090000/これが、私の基本的な考え方です。人材派遣業は、日本が不況脱出のために都合よく拡大させてきた、一種のピンはね屋です。外人と話していると、「売春と同じ形態だよね。何年も働く派遣をテンポラリーなんていわないよ」と強烈なことをいわれました。コムスンなんていらない、というのは、大切な介護保険のお金を不正請求という泥棒をしていた。それもいくつもの店で。こういう業者には、退場いただこうという厚生労働省の判断は喝采を贈ります。問題は、真面目に働いている方々と介護を受けている方々の不安ですが、一旦はご不自由があろうかと思いますが、自治体でカバーして巨悪をきれいに排除して二度と起こらないようにした方がいいと思います。福祉を食い物にするような企業風土の会社の元で、業務の移譲をすることは、私には許せません。
2007/06/07
コメント(0)
さて、政界は参院選にまっしぐらですが、住宅関連企業の団体は消費税問題に全力投球です。住宅関連団体が集まった住団連は、今年を消費税決戦の年と位置づけて活動をしているそうです。というのも参院選までは、封印されている消費税が、参院選後に俎上に上るのは規定の路線で、なんとか住宅への消費税を回避あるいは軽減したいというのが、業界の一致した願望です。仮に2%上がっても、2500万円で50万円。大型テレビが買えます。5%上がったら、125万円。車が買えます。住宅では、最後の50万円とか100万円で、格段にグレードが上がったりします。ですから、この消費税は極めて大きいのですが、それ以前に家を建てようとするマインドが下がる、駆け込み受注が増える。それが去ると全く受注がなくなるということが業界には大打撃なのです。住団連では、200年もつ住宅をつくろうという動きがあるようですが200年もつものが果たして「消費」という言葉に似つかわしいのかというのが、彼らの主張です。金利は今後上がりこそすれ、今より下がることはないでしょう。土地も都市部は底を打ち始めています。オイルはまだ上がりそうで、建設資材も上がっています。木材は不足しています。それやこれやで、家を建てることが決まっている方は、すぐに建ててもまず、損はしないと思います。焦る必要はありませんが、じっくり建てようと思ったら、あまり決断を先にしても得はなさそうです。遅くなると、家は永くかかるだけに、逆に慌てる展開にはまる確率が高くなりそうな状況ではあります。
2007/05/28
コメント(4)
今週の週刊新潮の広告に、「名球会」は金やんの「株式会社」だった!という見出しが躍っています。共同で運営しているような印象の団体が実は1企業の影響が強いという例なのでしょう。住宅業界にも、ちょっと?がつくことがあります。日本木造住宅耐震補強事業者協同組合という極めて長い名前の団体があります。通称「木耐協」といいます。木造住宅の耐震診断を行い、その結果の補強リフォーム工事を行う組合員(工務店など)で組織される団体です。一見非常に公的な響きの名前で、実際ここが発表する耐震診断などのデータを日経新聞などが、よく使っています。でもこの団体は、埼玉県のエイムという会社が中心的に運営しています。実は、その事実はかなり神経質に隠されています。木耐協のホームページにもエイムのことは書かれていません。以前は、役員が載っていましたが。一方、エイムの自社のホームページにも「木耐協」の言葉が出てきません。きちんと一線を画しているようです。しかし、求人サイトのエイムの求人情報に図らずも書いていました。「住宅設備資材のメーカーです。お客様は全国の建設会社・工務店・リフォーム会社など『日本木造住宅耐震補強事業者協同組合』(略して『木耐協』)を運営しています。」自社で書いているので、これ以上正確なものはないでしょう。ちなみに、エイムの売上げも9億円(2004年実績)から13億7000万円(2005年実績)に急進しているようです。 事業共同組合というのは中小の企業が集まって、一社では難しい研究などを行う組織で、木耐協も国交省に認められた団体です。それ自体は全く問題がありません。私が、疑問に思うのは次の3点です。ひとつは一社の影響がつよいシステム共有のボランタリーチェーンに近い組織の名称として、あまりにも公的な響きを持ち過ぎていないかということ。昨日の朝日新聞にビルの耐震補強で実績を上げているピタコラム工法が取り上げられています。矢作建設工業という会社が開発した工法が広がり、いまは170社が加盟する「ピタコラム工法協会」という協会ができて相互研究が行われているようです。木耐協も元々はエイムがシステム開発して興した任意団体だったので、ピタコラムのように関係を分かりやすく、誤解の少ないようにした方がいいのではと思います。あるいは、もうエイム色が薄いというのであれば「運営している」などと書かないことです。なぜなら社団法人:日本木造住宅産業協会という団体があり、これは一般に「木住協」といわれ、日本の木造住宅メーカーや部材供給メーカーが一同に集う立派な団体ですが、木耐協はどうも、この木住協のような団体と混同しやすいのです。混同するようなことを、狙っていると思われてしまいます。もし目指しているなら、木住協のようにホームページで、定款、収支計算書、貸借対照表、役員報酬の規定、役員名簿等をオープンにされるといいと思います。そうした方が業界の評価が高まると思います。そこで、2つ目の疑問ですが、木耐協の全国総会に国交省の幹部が来て挨拶や講演をします。確かに業界団体の集まりに国交省の幹部が来るのは普通ですが、一社が「運営しています」というような団体の場合はどうでしょう。モスバーガーの全国大会に厚労省の幹部が来て講演をするような感覚を受けるのですが、どうでしょう。その不思議さが薄れているのが、この非常に公的な響きのする名称のせいだと思っています。ちなみに現在はどうか分かりませんが、木耐協の役員に元国交省の幹部が名を連ねていました。それに関連して、3つめの疑問は、公器といわれる新聞、特に日経新聞が、全国の住宅の耐震性のデータを「木耐協」調べのデータで発表することです。私に言わせれば一リフォーム業者団体のプロモーションになりかねない発表を無自覚にしているとしか、思えません。もし発表するなら、大学の調査等も併せて発表すべきです。この団体は、耐震という時流にのったビジネスモデルの賢い形態でしょう。エイムが開発させた耐震診断のシステムを低廉に提供し、耐震補強の部材を組合員に販売しています。一種のプロモーション業ということなのでしょう。今後は、組合員が「公の団体」と間違われないような分かりやすさが必要だと思うだけで、研究を続けて貢献して欲しいと思います。国交省と新聞社には、見解を聞いてみたいと思っています。
2007/05/19
コメント(0)
昨日のつづきになりますが、諏訪の神長官(じんちょうかん)守矢史料館の上のなだらかな斜面を登っていくと、やはり藤森照信さんが造った木の上の茶室があります。「高過庵」。名前も人をくっています。建物もへんてこにいびつな土の家が、木にちょこんと乗ったようなものです。なかなかなごみます。八ヶ岳が遠方に見え、周りは残花。遅い水仙にタンポポ。蝋梅まで一緒に咲いています。腰を低く耕す人もいます。こんなところで、小さな庵に入って寝転んでいたら、最高ですね。芸大の前身の日本美術学校を起こした岡倉天心が、北茨城の五浦(いづら)の海辺に思索のための六角の小屋(六角堂)を建てていて、これもすこぶる気持ちよさそうでしたが、「高過庵」もなかなかに魅力的でした。さて、わたしはこの「高過庵」が日本の住宅の、ゆっくりとした方向性のひとつだと思っています。といっても、積水ハウスが樹上住宅を売り出すというようなものではありません。もっと精神的なものです。日本の住宅メーカーは、戦後の焼け野が原が落ち着いて、高度成長に呼応するように発展してきました。まずは雨露を凌ぐための家であり、次には「子づくり、子育て」のための住宅というのが、これまでのメインストリームでした。が、成人に占める50代以上の割合が50%以上を超えたいま、住宅は「自己実現」の要素の高いものへと変質してきているのです。別の言い方をすれば、「子づくり、子育て」のケ(日常)から「愉しい自己実現」のハレ(非日常)へと、住まいがシフトしているのです。だからお風呂が、半身浴や読書空間、星空の天井など、ハレ化が進んでいるのです。住まいの計画は、民力(経済力といってもいいでしょう)の高まりとハレ化によって、非日常の取り入れが進んでいきます。ですから、「高過庵」のコンセプトもちっとも現代の住宅とかけ離れていないのですね。住宅の計画をするとき、「非日常」を取り入れることを考えると面白いでしょうね。え、だれですか現代の住宅と「たかすぎ」つながりだと思った方は。
2007/05/15
コメント(8)
さて、人気ブロガーのkakkonさんから、更新の依頼をいただきました。Kakkonさん、ありがとうございました。もうずっと更新していないのに声を掛けていただき、うれしかったです。では、何から書きましょう。何気ないところから、足慣らししましょうか。日経アーキテクチュア(ちゅあ、ですね。伸ばしたくなりますが)の5.14号にあの藤森照信さんと小田和正さんの対談が載っているそうです。なんとお二人は東北大の建築の同級生だそうです。歌手はやはり若いですね。藤森さんをご存知ない方は、赤瀬川源平(尾辻克彦)さんの自宅のニラ(韮)ハウスや自邸のたんぽぽハウスをつくったり今は銀座のエルメス(メゾン・エルメス)で個展がひらかれ、4畳半の空間も設計展開している、ちょっと変わった建築家です。最近、私も藤森さんの作品を観る機会があって、魅了されました。諏訪の神長官守矢史料館です。諏訪大社の上宮の神官の守矢家の史料を展示する市営の小さな建物ですが、日本のアニミズムの原点のような展示とそれにふさわしい不思議な魅力の建物でした。内部の展示も、諏訪大社の御頭祭というオドロオドロシイ神事の再現で、鹿の首や猪の首が沢山ならび、兎の生贄や鹿の脳和(のうあえ:肉と脳ミソをあえたもの)とかが祭られて、神社の祭礼の不思議さを漂わせています。建物は、何一つ工業化されたものを使わず、鉄は手の鍛造品、ガラスも手造り、外壁もさわらの割り板、屋根は鉄平石とか壁も台形の空間というか、計算で建ててないぞという巧妙な計算の(笑)まさに藤森さんの「毛深い建築」そのものです。詳しくは、検索すれば出てきますので、そちらに譲るとして、やはり創造的というのは、どういうことかということをつくづく考えさせられました。この人以外に創られようが無かったものを現出させるのが、真のクリエーターなんでしょうね。このけったいな建築家と小田和正。誰が食べても美味しい素敵な料理を創るシェフと、蜂の子料理の頑固オヤジが、同窓生みたいな感じでしょうか。面白いもんです。ボーボワールの「人はすべて死す」の中に、自己の存在の証を残そうと壁に爪を立てる人の話があったと思いますが、このふたりなら、ながくながく人々の記憶に残るのでしょうね。さて、どっちがながく残るでしょう。私は流行から自由でいた建築の方に、分があるかと思いますがどうでしょう。また、それが創造性の価値を左右するものでもないですしね。その人が創るしかなかったものを、何かもっていると、愉しいかもしれませんね。
2007/05/14
コメント(4)
リフォームのことを書くのに確認作業があり、その間のつなぎに床のことを書きます。最近、新宿の南口の紀伊国屋(書店)から、南口の高架橋の歩道まで、足元の素材を意識しながら歩いて床材って重要だなとあらためて思いました。本屋さんから駅前の歩道まで、靴の底にあたる素材はこう変化しました。塩ビの床材⇒ウッドデッキの木⇒高島屋入口の泥落しのブラシ素材⇒大理石⇒敷石調ブロック⇒動く歩道のゴム⇒アスファルトとまあ、だいたいこんな感じです。普通のビジネスシューズで歩いたのですが、人間の足の裏は鋭敏ですね。こんなにも歩きやすさが違うのかと、つくづく思いました。歩いていて一番よかったのはウッドデッキの木でした。動く歩道のゴムも超人になったような気分でいいのですが、長く歩くには酔ってしまいそうです。デパートの中のピカピカの大理石は硬く、つるつるして一番歩きにくかったですね。足の裏が鋭敏だと思うのは、靴を履いていても、点字ブロックの凹凸のひとつひとつが分ることからも。女性のハイヒールでは無理でしょうが。ウッドデッキがよかったのは、ごくわずかながら弾力があって、なおかつ滑らない。この滑らないというのは、思いのほか重要だと思いました。最近のペットブームで犬が滑らない床が流行っていますが、その前に人間が歩きやすい方が、ず~~~~っと重要ではと思いました。何十年も過ごす家なので、床材はもっと吟味してもいいと思います。ウォーキングシューズをあれほど吟味するのに、歩きやすさから床材はあまり検討されていないのではないでしょうか。埃が立ちにくい、埃が目立たない、掃除がしやすい、家具が映える、部屋が明るくなる、落ち着く、などなど、です。裸足に気持ちいい、というのも最近でてきましたが、もう一歩つっこんで純粋に「人間が歩きやすい」という視点を加えたほうが絶対にいいと思います。私なら間違っても大理石など選ばないでしょう。大理石は靴の文化の素材です。永く住む床に使うのは、私は疲れると思います。というか気付きました。関西の旅館に行くと廊下が畳だったりします。あれはほんとに安らぎますが、掃除はしにくいのでしょうね。でも、そこまで発想を広げてもいいのではと思うくらいです。同じ木の床でも、コンクリートの上に置いたような床よりやはり根太を張ってその上に板張りした方が、足には心地よいでしょうね。いまは、ダニやダストや掃除のしにくさのせいで人気が無くなってしまった絨毯も、そうした点が改善されたものが出てきたら、また復活するような気もします。寝室などは木の床よりいいように思います。そう考えると、畳と廊下の日本の床システムというのは、体にやさしい優れたデザインだとつくづく思います。あなたの足の裏は、驚くほど鋭敏で、足からの疲れは大きいのは事実。一度床選びをよく考える価値がありそうですね。
2006/06/14
コメント(2)
以前、住宅関係の会社が東京に攻め上り成功するのは難しいことを書きました。その際、リフォームのペイントハウスも厳しいことにも触れました。その後も堅調な話は聞こえて来ませんでしたが、日経にこんな記事が載ってしまいました。『ペイントハウスの有価証券報告書、初の訂正命令へ・金融庁証券取引等監視委員会は26日、ジャスダック上場の住宅リフォーム会社、ペイントハウスに対し2005年8月期の有価証券報告書の訂正を命ずるよう金融庁に処分勧告をする方針を固めた。同委の訂正勧告は初めてで、本来は債務超過なのに資産超過と公表していたという。会社側は同日、勧告を見込んで訂正命令の差し止めを求める仮処分と訴訟を東京地裁に申し立てたと発表した。監視委は週明けにも勧告、金融庁から訂正命令が出る見込み。提訴も通らなかった場合、ペイントハウスは2期連続で債務超過となり、 ジャスダックの規則によって上場廃止となる見通しだ。』これはリフォームマーケットのいろいろな問題を象徴するできごとのような気がします。次回はマスコミもよく分ってない、奇妙なことを書きます。(ひっぱるなぁ)
2006/06/02
コメント(0)
ある会合で住宅金融公庫のトップや住宅業界トップの方々の話を聞きました。もっぱら金利上昇と消費税が差し迫った課題で、これらの結果により昨年120万戸だった新築着工も、大打撃を受ける可能性があるのでなんとかしたいというのが、揃った意見でした。ある人は、消費税が10%や15%になったら、120万戸の新築着工も80万戸くらいになってしまうかも、と言っていました。さあ、消費税がどうなるか。いくらまで上がるのか。外国のように住宅取得の免除があるのか。などなど、まだ分りませんが、分っていることは確実に上がることと上がると決まったとたん、駆け込み需要が発生して大騒ぎになること、です。前の消費税アップの時に、あるメーカーさんは見学会のバスの中で、なんと「今、ご注文頂いても来年の○までお引渡しはできません」というような、超・超強気のお断り説明をしていて、ポルシェのカイエンか?と驚きました。(そのころカイエンはありませんでしたが、そんな感じです)そして現場では、突貫工事のオンパレードでした。というようなことが起きるとすると、どうせ建てるなら早く建てた方が、どうもよさそうな気がします。少なくても、駆け込み時期に建てるのは、得になりそうもないですね。何でもそうですが、暇なときの方が親切です。
2006/05/26
コメント(2)
5月10日に発表になった、IHクッキングヒーターの安全性についての、「国民生活センター」の実験結果の報告書を転載しておきます。東京ガスの言い分について書いた時、東京ガスの方が言っていたことと関連します。ガスコンロの安全機構は永年のトラブルを解決する形で進化してきて、いまは過熱防止も立消え防止も含め安全レベルは非常に高い。IHはまだまだこれからで、特に独身者用マンションや購入者の代替わりで、使用方法の不慣れからくる事故はかなりおきて来ることが予想される。その中には火災もあって、事実起きている。消火にあたった大阪の消防署のコメントが、IHだから安全ということはないと、考えを改めなければ、というものだった。今は正しい情報が伝えられてない、と東京ガスの人はいっていましたが、私もそう思いますので、公の機関の結果を転載しておきます。結果揚げ物少量油対応のものを含めて、全銘柄とも200gで調理してもほぼ設定した油温に制御されていたが、加熱キーで調理すると一時的に油温が250℃を超え発煙するものがあった 最大火力でフライパンの予熱を行うと、わずか1~2分で底の温度が600℃に達するものもあり、油を注いでから予熱すると発火することもあった。また、空焚き状態になると、鍋底がリング状に赤熱するまで運転を続けたものもあった オールメタル対応のものは、アルミや銅の鍋も加熱できたが、ステンレス鍋に比べて火力や熱効率が劣り、湯沸かし時間が2倍以上かかった。また、使用中に鍋に浮力が生じ動いたり、トッププレートの温度が高温になるものもあった 電磁波の強度(磁束密度)を測定した結果、健康影響について確立されている曝露制限についての国際的な指針であるICNIRPのガイドラインを満たしていた 消費者へのアドバイス揚げ物調理をするときは必ず付属の天ぷら鍋を使用するとともに、油の量や設定を守り、調理中はその場を離れない 最大火力で予熱等を行うと、鍋底の温度が短時間で上昇し危険なので、火力は弱めで使用する オールメタル対応品のアルミや銅の鍋の湯沸かし時間は、ステンレス鍋の2倍以上かかり、熱効率も悪く、湯沸かし費用がかかることに留意する 心臓ペースメーカーなどの医療器具を使用している人は、使用にあたっては医師に相談する IHクッキングヒーターの設置には、200V電源が必要なので、場合によっては200Vの引き込み工事や配線工事が必要なほか、電力会社との契約電流の変更も必要となる けもやさんから教えて頂いた「国民生活センター」のホームページは面白いです。ダイソンなどのサイクロン掃除機のテストとか。読まれるなら、結果のサマリーだけでなく、PDFの報告書そのものを読まれた方がいいでしょう。
2006/05/23
コメント(2)
エアコンを買い替えようとしているんですが、最近の高機能エアコンの除菌効果にたじろいでいます。東芝のエアコンは銀イオンを噴出して除菌するそうです。銀イオンはブドウ球菌やサルモネラ菌、赤痢菌、ロタウィルス等など、沢山の菌を殺菌するそうです。はて、と考えます。そんな強力が殺菌作用が、バイキンマンだけやっつけて、アンパンマンには悪さをしないんだろうか?カタログには制汗剤や洗濯機など、さまざまに使われており人体に負担を与えない、と書いてあります。はて、と考えます。制汗剤に使われていて安全なら、エアコンでも安全なのだろうか?また、それ自体に毒性は無かったとしても、そんな滅菌状態の中で、子供を育てるのってどうなんだろ?人間って雑菌の中で生きて、免疫を強化していくのではないのだろうか?だいたいそんな影響は10年、20年検証しないと分らないのではないのか?等など、無知な為に疑問が湧いてきて、疑わしきは購入せずにして、殺菌作用のないエアコンにしようかと話しています。実は、マイナスイオンというのも、結構怪しんでいます。前に理学部でかなり専門的なことを学んでいる息子に、「マイナスイオン」って何?と聞いたところ、「何だろうね。プラズマ状態が発生しているということかね。オゾンが発生しているとしたら、毒だけどね。きちんと説明できないと思うよ。説明できないのに健康にいいなんてでたらめもいいとこだとおれは思うけど。大企業が売れればいいとやっている、無責任だと思うよ。」とそっけなく言われて、いろいろ調べても、今ひとつ明解に説明したものに出会いません。なので、未だに信じていません。アスベストも理想の材料として、なんの疑いもなく沢山使われました。でも、大変有害な物質だった。自分で納得がいかなかったら、採り入れない防衛手段が必要なのではないかと思います。毎日ドライヤーで有害なオゾンを吸っていたら、とか、自分で自分を守るしかないのかと思いますね。どなたか、銀イオンとかマイナスイオンとか理解できるように教えてくださいませんか。
2006/05/22
コメント(6)
ガスと電気の省エネのことを書いたのでついでにわが家で大活躍のお鍋を紹介しておきます。展示場の歩き方ではありませんが、番外編ということで。情報は絶対のお薦めの☆☆☆☆☆です。わが家はガスですが、殆ど「はかせ鍋」で調理しています。アフィリエイトをしていない私がお薦めするのですから信用してください(笑)(調べるのは各自ググッてください。)住宅博士だから「はかせ鍋」ではありません。早稲田の小林さんという博士が発明した画期的な鍋です。「はかせ」は鍋の外側にもう一枚ステンレスの袴を「穿かせ」てある構造から来ています。何しろ料理が簡単。煮物なら沸騰するまで火に掛けて、具の芯に火が通ったと思ったら、火から下ろして煮込み時間だけ放っておくだけ。これで非常においしい煮物ができます。具に味が滲みるには冷えていく過程が必要らしく、75度くらいから、極めてゆっくりゆっくり冷えて行くために、野菜など本当の味が壊れずに美味しくできあがります。保温調理というらしいのですが、シャトルシェフというジャーの中に入れるものも発売されていますが、これはゆっくりと冷えていく過程で味が滲みるという博士の研究が分ってないのか、ずーっと高温を保てばいいと思ったのでしょうが、勘違いですね。第一、「はかせ鍋」はただの円筒を鍋の周りにはかせているだけの省資源、シンプル構造。発明の美しさはこうでなくちゃ。調理動作ももうひとつの鍋に入れるなんて面倒なことは一切なく火からおろして平らなところにドンとおけばいいだけ。ガス代は3分の1以下(もっとだろうな)。スカートをはいているので、お湯も凄くはやく沸きます。パスタを茹でるなら、お湯を沸かしてパスタを放り込み少しほぐして、火から下ろし、8分とか10分とか置いておくだけ。カレーも旨い、八つ頭も旨い。省エネだけならこんなに薦めません。全く欠点がありません。ああ、人工大理石のトップだとどうなんだろう。何しろ、熱いまま下ろしますからね。これからキッチン検討する方は、このあたりチェックした方がいいかもしれません。「はかせ鍋」使えますかって(笑)この調理器を使うからこのキッチンというのもあるんだというのに今気づきました。住宅博士が薦める「はかせ鍋」。今なら定価の2割引き。っていうようなトーンになってきましたが、ホントにガスを使われていて、美味しいものが好きな方は、一つ手に入れてみても絶対後悔はしません。ふ~、アフィリエイトで200円分くらいの価値があったでしょうね。
2006/05/19
コメント(4)
前から、なんでオール電化が省エネなんだ?んな、バカなことがあるわけないと、書いてきました。だって化石燃料で比べたら、ガス会社の方が圧倒的にエネルギー効率が高いでしょ、という疑問があったからです。だって燃やして発電して、送電して、また熱に変えてというのと、ただ燃やして熱にするのとでは、圧倒的にガスの方がエネルギー効率がたかい筈ですから。最近、それに関連して、東京ガスの言い分を知りましたのでご紹介します。まず、東電のIHコンロの熱効率がいいという説明は正確ではない、といってますね。よくガスとIHを比べて水を沸かし、IHの方が早く沸くという説明は、「水の量」や鍋などの条件によって違う、というのが正しい、そうです。つまり少ない水を沸かすのはIHのが早くても、パスタを茹でるような沢山の水を沸かすのは、ガスのが早いはずなのに、その説明がないのはフェアでない。次に、そもそもガスの熱効率はJISで、燃料のエネルギーが水に伝わった効率を表しているのに、IHは水ではなく「鍋」に伝わった効率であらわし、それを比較しているのもおかしい、ともいっています。東電のホーム頁では、IHの熱効率が90%でガスが55%と比較しています。水に伝わる熱効率で表すと、本当はIHは79%になるそうです。違う基準のものを比べるのは、消費者への裏切りですね。科学者なら絶対やらないことです。(BY 博士)それでも79%と55%では、IHのほうがずっと熱効率が高いようですが私が言っているように、総合エネルギー効率でみると化石燃料の持っているエネルギーを100とすると発電時に56%程度ロスして、さらに送電で4%をロスするので家庭に来た時点で、すでに40%のエネルギー効率。さらにその79%ですから、40×0.79=31.6%の効率になる。ガスはそのまま、55%~57%なので ガスの方が総合エネルギー効率はずっと高い、といってます、東京ガスでは。当然ですよね。こんなこと細かい数字で確認するまでもなく感覚的に分りますよね。もっとガスのがいいと思っていましたが。なのに、世をあげてオール電化、でええんか?ってだじゃれ言ってる場合じゃないでしょ。日本を全部原子力にするならともかく。このブログのひとつの志は、業界を俯瞰してみることです。生活者が近視眼的になって見えていないことも、俯瞰した視点で伝えて、フェアな判断ができるようにサポートできたらと思います。今日は、東京ガスの言い分を紹介しましたが、彼らの言い分は正直に正確な情報を生活者に与えていきたいというものでした。皆さんはどう思いますか?ご意見くださいね。
2006/05/16
コメント(9)
今、(関東地方で)話題の栗原はるみさんがプロデュースした、木下工務店の家を見てきました。連休の終わりでしたが、予約制といっても盛況でした。思いっきり栗原さんが夢やこだわりを広げて、メーカーが必死になんとか実現しようと苦労して、なんとかおっつけようとして、フーフーしている様子がありありでした。ホントに住宅メーカーの商品として開発したのかと、聞かれれば即座に否の答えになるでしょう。か~なりわがままなお施主である栗原さんの気に入るように「採算度外視で建てました」というところでしょう。と、ちょっと振り回されぎみな木下工務店ではありましたが、家自体は「ど」がつくインパクトの気持ちのいいものでした。何しろ正面、ファサードが二階屋根まで、全面ガラス張り。二階天井までと書かず、屋根までと書いたのは、屋根裏が剥き出しでそこまで一気に7メートル以上?、一面のガラスですから度肝を抜かれます。この家の扉という扉が、デカイ。外国にいる気分になりますが、それ以上に、デカイ。ま、玄関扉はそこそこですが。それを開いて室内に入るとう~むむむ・・・・・・。玄関ホールから続く空間が、そのままドデカイキッチンです。勿論、流しはアールのついたアイランドで、これまた勿論ダブルシンクです。トーゼンです。なんといっても、「人を呼びたくなる家」(だっけ)がコンセプトですから。家事好きのホステスは、七面鳥の羽を毟りながら来客に「あーら、いらっしゃ~い。ご主人、もういらしてるわよ。ビールならそこ、ワインならもう開いてるはずよ。そう、一息ついたら、カナッペ並べるの手伝ってくれる?」なんて、肘で冷蔵庫を指したりします。で、その冷蔵庫がホシザキの業務用。当然こちらも2機です。ガラスのスライドドアに、輸入ビールなどが並んでお店やさんの雰囲気。賞味期限切れの忘れられた餃子の皮が放置されてある、誰かさんちとは、おー違いです。全ての壁は真っ白。そこに見せる収納よろしく、グラスなどが並んでいます。埃はすべて床に直接落ちなければイヤという怠惰な主婦をあざ笑うかのように、家事大好き主婦の面目躍如です。毎日こまめに掃除をしないと、食器たちも埃まみれです。レストランのように頻繁に食器も使われるんですね、こういうご家庭では。玄関も全面ガラスばりですが、入って正面の壁もアールのついたガラス張りです。大きなガラスドアが連続して並んでいて、ドアは回転して、外と繋がります。施工がさぞや大変だったでしょう。キッチンの横には、これまたアールがついた階段です。階段は栗原さんのこだわりの重要なポイントです。階段を上がったスペース(としかいいようがない)にも小さなキッチンせっとがあります。誰ですか、子世帯が使うキッチンだ、なんて思った方は?なにしろこの家のパーティは沢山人が来るので、2階にも人が集まるので、2階でも温かいものをサーブしたりワイワイつくったりもできるようになっているのですね。集まる方も、カメラマンやアーキテクト、スタイリストやイラストレーターやテキスタイルデザイナー、アナウンサーなどなどなんでしょうか。ほら、最近離婚した奥さんやいっつも子供がソファに飲み物を零す家族を集めて、ブ●ボンのお菓子を食べている誰かさんとは文字づらから違うではありませんか(笑)この家、壁も分厚いです。サッシ面が躯体より10センチは引っ込んでいます。窓の外枠の白い部分も汚れるだろうなぁ。あ~、このまどフィックスだよ、どうすんだろ。というような庶民っぽいことより、カッコよさを求めてあるのです。結論的にいうと、コラボレーションするなら、対等の関係でつくらないと、ちょっと気恥ずかしいプロジェクトになってしまうのかなと、思ったのでした。どこか「先生、先生」と必要以上に祀り上げてしまったのかと思います。家はインパクトのあるものですが、住宅メーカーのモデルハウスはその名の通り、建てようとする人への目安として見てもらう目的があります。でも、この家実際につくったらという検討客に、まともに返事ができないのではと思います。殆どが特注で、それを売るときにどうするか、という商品化も間に合っていないのだと思います。住宅メーカーとして、先生なのか生活者なのか、どっちに顔を向けてつくるのかが重要なのでしょう。造られた方の苦労が分るだけに、少しもったいないかなと思いました。(でも、一度行かれることをお薦めします。)
2006/05/15
コメント(4)
全く住宅と関係ありませんが、知り合いが演奏をするので、もし16日(日)お暇な方は、ウィーンフィルのソロチェリストのタマシュ・ヴァルガの世界with 大田区ハイドン室内管弦楽団大田区民ホール アプリコ大ホールへ16日 13時開場 14時開演 無料です。
2006/04/14
コメント(0)
全137件 (137件中 1-50件目)

![]()
![]()