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いや~ね。いま、実績が96%ぐらいなわけ。明日が今月最後の日なわけ。見込みがすべて入れば達成。大きな見込みを外せば未達。しかも、自分でできることはもうない。嫌だね~、こうゆう状況。数字に追われているところをみると、うまく会社に溶け込めて入るようだけど。ま、こればっかはどうしようもないや。
2008/02/28
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結局失言を失言たらしめるものは、受け取る側がどう受け取るかが重要になる。いかに正しかろうが、理に適っていようが、解釈の仕様は無限にあるといってもいいと思う。発信をするということは同時に受信という結果を生み出す。それは普段の会話にも言えることだし、個々人のブログに関しても言える。一人では生きていけない世の中、必ず周りの人には何かを発信していかなければならない。逆に、それ以上に受信もしていかなければいけない。そこで、受け取る側にマイナスの影響を与える発言は、基本的にしないように生きようとするのが常。しかし、ほんとふとした瞬間に超えてしまう。これは誰にでもあること。どんなに気をつけていてもどこかに発信をしている限りそれは不可抗力。その後、どうするかがその人の器になるのだろうか・・・。少なくともリスタートはいつでも出来る。
2008/02/25
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なーんかここ最近目立って来ました。ラジオでも、ブログでも、テレビでも、と。総じて、表現方法がふさわしくなかったり、、ちょっとした勘違いだったり、個人の行き過ぎた考えを表現してしまっただけなんだろうけれど、不特定多数の人たちが見たり聞いたりする媒体で、且つ、いろんな人に影響を与えることが出来る人物だとそこにはどうしても責任が求められる。決して今話題になってる方もそれを軽く見ていたわけではなく、ただ一線を少しはみ出してしまっただけなのだと思う。かと言って、これは他人事ではない。現在、ブログという媒体によって、あらゆる人たちがインターネットの世界に言葉を発信している。不特定多数の人が見て、且つ、与えようと思えば容易に人に影響を与えることは可能な媒体である。元々気をつけてはいるが、自分も、いつ、どこで、所謂失言をしてしまうかわからない、という危険性は必ずある。人の振り見て我振り直せ、とはいうが、改めて気をつけなければと思う。
2008/02/24
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久々に早稲田に出没。学館なるところで芝居を見てきたわけですが、ほんと変わらんなぁ、あの場は。流行だったり、個人の趣向だったりはあるのだけれども、やってることの根本は何も変わってない。関わってる人たちもさほど変わってなかったりするのは、コメントを控えといて・・・。学生ならでは!!ってとこが一番大きいのかな、おそらく。いつまでもああゆう場は残っていてほしいものです。
2008/02/23
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会社の上司だったり、先輩、しかも結構歳の上の人と飲むのは面白い。仕事なので当然仕事の話にもなるわけで。やはり昔はこうだったというような定番の話題にもなる。今ではありえないようなやり方が、その時代では当然だったり、それに伴って起こるアクシデントさえもその時代にはまかり通っていた。話を聞くだけでもすげぇ、感嘆の声が漏れる。だからといって、昔がこうだったから今もこうやれとは言わない方々で、今は今のやり方で模索していくというかなり柔軟性の利く人たちである。どうもこれってかなり稀なケースらしい。よく言う昔はこうだった、今はだめだ、というような使い古された台詞を使うことなく、今は今でやっていこうという意志を感じる。きっとそれは昔の経験に胡坐をかくでもなく、それを糧に今の仕事にどう生かせるか考えられるかの違いだと思う。たいていの方は、昔はこうだったから今もこうやれ、って言うのが多い。今は状況が違うかもしれないが、やるしかないんだから、と精神論を振りかざし自分は何もしない全く尊敬の出来ない方も確かにいる。結局自分の経験に裏付けされたことしかできないから、すべて自分の杓子定規で物事を図る。それはただの甘え。人は生きている限り、自分の経験から物事を図っていくのは当然のことなのだが、本来は現状を把握し、今までの経験から、どうするべきかを考えていかなければいけない。その考えることそのものを放棄してしまっている人が多い気がする。それは今を生きる人たちにはたいてい当てはまる。インターネットが普及しほとんどのことが調べれば分かるようになり、考えることがあまりなくなってしまったこともひとつの要因ではあるだろう。そう考えると、なーんか、上司だったり、先輩だったりには恵まれてるらしい。
2008/02/22
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蚊が出た。こんな寒いのに、ほんとごくろうなこって。
2008/02/21
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なんか来てた。卒業生名簿だって。個人情報じゃん!!!名前に勤務先に自宅の住所が載っている列記とした個人情報でした。今の時代大丈夫なんかね、これ。小学校に連絡網すら作れない時代なのに・・・。地方新聞にマラソンの優勝者の名前すら書けない時代なのに・・・。まぁ、私個人はそこまで個人情報に対して敏感ではないので、いいのですが・・・。知り合いの名前を探すという定番なこともやりつつ、利用する人によってはいろんな意味で貴重なリストだな、と。こうゆうものが悪用されるから、名簿も作れないような世の中になるんだよなぁ。あーあ、やだやだ。
2008/02/19
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やはり日常は永遠に続くものではなくふとした瞬間に終わるものだと思い知らされた。先週になりますが、去年新宿で働いていた時にお世話になった先輩が亡くなりました。当然のごとく、それを1回で受け止める器はなく、もう一度聞き直してしまいました。1月の末に一度会って話していたのに・・・、とはよく聞く言葉。そんな言葉しか出ない自分の浅はかさを改めて感じ、そこはかとない無力感に覆われ、それを聞いた日は、それ以後ぼーっと事務作業ばっかりしてました。身近な人が亡くなるってこうゆうことなのか、と頭で整理しつつも気持ちはダークなまま。とは言うものの、やるべき仕事がなくなるわけではないのでそれなりにこなしつつ、いろいろ精神を安定させるための自問自答を繰り返してました。結局世の中はそうなんだ、という現実とやりきれない思いの狭間で彷徨い、時の流れに任せて今日に至り、改めて言葉に出来ました。ご冥福をお祈りいたします。
2008/02/18
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ようやく一先ず落ち着いた。人に話して状況を理解する行為を2度ほど繰り返して。付き合ってくれた二人には感謝"(*^^)/。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆結局自分の中で消化しきれないものは外に出すしかない。外に出してみて改めてそのものの形を把握できる。その類のものが最近増えてきた気がする。年1だったものが年2、年3ぐらいに増えている。恐らくこれは退化。子供の頃は許容できる範囲が大きかった。あるものを在るがままに捉え、そのまま許容できるような器の大きさがあった気がする。今はもう小石を投じれば波紋が伝わり、器を大破しかねる。その投じられている様子を人に伝えることで、やっと小石が投じられていると把握できるというほど理解速度が遅い。果たしてこれが年を重ねるということなのだろうか。いずれにせよ、今はこのような状況であるなら今後もそうなる可能性は大いにある。あ~、クリーニングをとりにいかないとなぁ。物忘れをするのも・・・・いや、これはただの不注意か・・・。
2008/02/12
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いろいろ焦った。クレジットの引き落とし日が明日で、銀行の口座にお金がなくて3連休中にお金を入れようとしたら、平日は一部店舗を除いてお金を入れられないという事実に直面し、カード会社に電話するもお休みのため火曜に電話するよう言われる始末。それが昨日なんだけれど、改めて近くのATM屁行ってみたら、そこが一部店舗だったらしく、入金して明日の引き落としに備えた。カード関連も終わったと思い、財布を整理していたら、今月初めに出したクリーニングの伝票が・・・・。まだ取りにいっていないこと判明!!ダッシュでクリーニング屋に行くもときすでに遅し。閉まってました・・・(T_T) いつ取りにいけるかなぁ。クリーニングを取りに行くために早帰りできないかなぁ・・・。なんかよくわからないが、突然パソコンでパスワード関連が通れなくなる。何度やってもだめなのでワードで打ってみると『MJKLUIOP』がなぜか数字入力になる。は???と思い、言語バーをひたすらいじったり、キーボードのデバイスをいじくったりと試行錯誤。埃をかぶったマニュアルまで引っ張り出してみるが、直らない。最後の手段として再インストールというところ手前で、マニュアルのキーボードのところを見ると、例のおかしな入力になる部分だけ黒く囲ってあることに気づく。どうやら数字ロック機能というものがあるようで、あるキーを押すと数字のみ入力できるようになるらしい。確かにその部分のキーをよく見ると、薄い青で数字が書いてある。マニュアル通りのキーを押すと、見事解決。1時間は奮闘した・・・。なんだかなぁ。と、言いつつも昼寝したり、洗濯したり、休日っぽいことは堪能してました(^▽^)
2008/02/11
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つい1時間前まで肉の日だった。てか、肉食ってない・・・。
2008/02/10
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映画を2本見た。一本目。『魁!!男塾』漫画が好きだったから見にいったんだけれども、どうもどこかの誰かさんを思い出しました。確か監督・脚本・主演が同じ人でその人がやりたいことが仰山詰まってました。ファンのつぼを見事についてましたね。でも、原作見たことない人は面白くないかもな。個人的には満足。『L change the WorLd』今話題のデスノートのLのスピンオフ作品。一応、原作(Mと名乗る方が書いている)小説を読んでから行ったんだけど、後から読んだほうがよかったな、と。映画自体は始めてみる人にも、デスノートを知ってて見に行っても楽しめる作品ではあった。でも、原作の小説は読まないで行った方がおすすめ。小説の方は、キャラのバックボーンだったり、前作映画の設定だったり、さらにLの心理描写だったりが深くて面白い。映画は映画でいいのだけれども、初めて見た人にも分かるように完全に新たなる作品という形をとっているため、映画から入ったほうが絶対よかった。どうしても小説の先入観が邪魔をしてしまい、ちょっと物足りない感が・・・。割と充実した~、とか思い、電気スタンドの蛍光灯を買って帰るが、スタンド自体が壊れていたようで、点かずじまい。うすうすは予測していたのだが・・・。新しいスタンド買わないとな。
2008/02/09
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という言葉が、一番初めによぎりました。仙台市こども宇宙館というプラネタリウムあ宇宙に関する展示をやっていた科学館みたいな施設が昨年末をもって閉館していました。親から連絡が入って、始めに思ったのがタイトル。今の子供たちは科学館や博物館に行ったりして遊ばないんだろうなぁ。インターネットが普及して情報の量が半端なく増え、さしあたって必要な情報は手に入れられる世の中になり、わざわざ科学館に行かなくても、てか、それ何??って感覚なのでしょうか?でも、実際自分が今の時代で子供だったら明らかにそう考えていると思います。自分が幼かった頃は、科学館やら博物館にやたら行きたがっていた時期があってなにかと行ってた気がします。いろいろな実験や展示品を見て遊んだり、メカニズムを知りたくなったり、嵌まってたなぁ。きっと不思議なこと、わからないことが当たり前になってるのかと。それが悪いという話ではなく、ただ興味の対象がインターネットの発展とともに外から内へ向き始め、外のことはわからなくて当たり前、自分がわかっていればいい、という人たちが増えてきているんだろうと思います。自分が子供の頃は、わからないからこそ知りたい、もっとわからないことを知りたい、とそうゆう意味では貪欲だったかと。ちょっと早く大人になりすぎてるんだろうなぁ。もしくは、なってる気になってるんだろうな。おそらく周りもそれを求めている。そうゆうものと触れる機会が少なくなるのは、やはり寂しいし、もったいない。でも、今は今でいいこともある。結局は時代のニーズなんでしょうな。ちなみに、上の画像はHPからの転載です。最後にもう一度行きたかったな。18年間お疲れ様でした。
2008/02/05
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あの~、いつも思うんですけど~、なんで僕はテーブルに放置されてるの?一回ごと洗ってくれよ~。一日経ったら、埃とか雑菌とかつくでしょ?なんでそのままコーヒーとか入れちゃうかな~。コーヒー飲んだ後、平気でミルクティーとか注ぐでしょ?味混ざっちゃうからやめよーよ。あとスプーンも使うたびに変えよ~よ。あ~、寝ちゃうんだ。そんでまた、朝コーヒー入れるんでしょ?何日目?これ。いい加減にしよーよ。前日の飲み物の跡とか残ってるでしょ?気にならないかな~。そのうち病気になるよ、そんなんじゃ。と、心の中で思っても結局そのまんま。お世話になってます\(── 。 ──)
2008/02/04
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