そしてそのあと、カウベルが止んでからのテンポが次第に遅くなって行き、練習番号55から、スコアの a tempo の指示に反して、非常に遅くなりました!ギルバート畏るべし。ここをスローテンポでじっくりと歩むことで、続くミステリオーソを迎える心的準備ができると言うか、期待感が非常に高まってきます。そのように雰囲気だてが十分に整ったなかで、いよいよ練習番号56、ミステリオーソです。全曲中でもっとも深く澄み切った心境というか、マーラーの魂が憧憬してやまない安寧というか、そういうものがここに在るように僕は感じます。終楽章と対極に位置するという意味で、この曲の中核部分と言ってもいいのでは、と思っています。ここをギルバートは、とてもやさしく、とても大事に、壊れないようにそっと守るように奏でてくれました。聴きごたえがありました。
そのあと、オーボエからクラリネットに引き継がれる悲しみを帯びた歌が、一転フォルテとなり昂揚していき、カウベルが大きく鳴らされ、ヴァイオリンを中心に高々と歌いあげられる、この楽章最大の盛り上がりの箇所です。(練習番号59から62の最初の数小節までのところです。)このあたりのテンポ取りは、指揮者によって大きく異なるところですね。ここでのテンポ関連のマーラーの指示を見ると、まず練習番号59の最初付近にEtwas zurückhaltend(少し引き留めて)と、その先にリタルダンドがありますが、それに引き続きカウベルが盛大に鳴り始める第154小節で a tempo となった以後は、その後のわずか30数小節の間に、Etwas drängend (少し急き込んで)が2回、Nicht Schleppen (引きずらないで)が3回も出てきます。マーラーはここの盛り上がりを、足取りを緩めず、張り詰めたテンションのまま一気呵成に演奏するという意向を相当強く持っていたのだと思います。その指定通りに、ここはテンポを若干速める演奏が多く、逆にテンポを落とすのは少数派です。ギルバートはここでテンポを落とし、腰をじっくりと据えて、かつ少しずつ遅くなっていくような感じで、大事に歌っていきました。自分としては非常に好きなやり方です。(2009年のレック&東響が、同じ方向性の演奏で素晴らしかったことを思いだします。)なお、第154小節からのカウベルは、3人5個と言う比較的コンパクトな規模でしたが、存在感のある、いい響きでした。