キッシンジャーがニューヨークの外交評議会で新進気鋭の政治学者として頭角を見せたのは、核を使わない通常兵器戦争の限界を戦略的に分析した業績である。 ここに一冊の本があり、『軍備管理・軍縮・安全保障 "Arms Control, Disarmament and National Security"』という題名だが、その執筆陣の豪華さに、私は驚いた。 キッシンジャーだけではなく、未来学者ハーマン・カーンHarman Kahn、哲学者のエーリヒ・フロムErich Frommや元イギリス労働党委員長で、ノーベル平和賞を受けたノエルベーカー卿Philip Noelbaker、そして同じく後にノーベル経済学賞を受けた元ICU教授のケネス・ボールディングKenneth Ewert Boulding、また後にニクソンと大統領選挙を争う運命にある民主党の上院議員ヒューバート・ハンフリーHubert H.Humphreyまでが名前を連ねているのである。
この書の中で、キッシンジャーは『限定戦争の再評価-通常兵器か核兵器か?_"Limited War, Conventional or Nuclear? A Reappraisal"』と題する論文を掲載し、次のように述べている。 「われわれは、核兵器が自分たちに対しては使用されないという想定で戦略を策定したり、われわれの生存を賭けたりすることはできない。」 「空軍は限定核戦争を<制空権Defend Air Space Control>だと考える。陸軍は地上作戦に影響をもちうる戦術目標(交通の要所など)を破壊するのに不可欠だと考え、海軍は何より第一に港湾施設の排撃に関心を持っている。・・・・限定核戦争についてのわが三軍の見解の不一致は、わが同盟諸国との外交関係においても再現されている。われわれの同盟諸国の大半は核兵器を保有していない。核保有国は、報復攻撃を強調するあまり、核戦争の戦術的側面を重視しなかった。大部分の同盟諸国の世論は、いろいろな機会において核兵器反対のために動員されてきた。」 「このような環境の下では、ソ連の圧力に直面しながら、同盟諸国にも受け入れられ、われわれも確信を持って保持しうるような戦略・戦術両面の理論を調和させることは次第に難しくなるだろう。・・・・もし西側諸国が完全に核戦略に依存するなら、戦争開始前と戦争中の核脅迫に対する西側の脆弱性は相当大きいものになるだろう。」 「一つの理由には、核兵器はかなりの距離から正確に(ミサイルで)到達させることができるようになるので、主要な核戦略部隊を戦闘地域に進出させる必要はなくなると思われる。さらに重要なことだが、これまで制空権と考えられてきたものを手に入れる唯一の方法は、敵の中距離ミサイルと大陸間ミサイルの大半をやっつけることである。このような作戦は、戦争を限定しようとする試みと調和させることが難しくなるだろう。」 「核実験停止のもたらす結果がどのようなものであれ、実験停止は、限定戦争において核兵器を使用することに対して、既存の世論の強い嫌悪感をさらに増大させるであろう。このような状況で西側諸国が(世論と対立したまま)基本的に核戦略に依存するままであれば、きわめて不安定な内外情勢をつくり出すことになるであろう。」 「したがって、今後数年間、西側諸国は通常兵器による軍事力の大幅な強化を行わなければならない。・・・・この西側の通常兵器による軍事力は、ソ連が威嚇政策だけで利益を得ていた多くの機会を除去するであろう。通常兵器による軍事力は、わがアメリカの外交の柔軟性を補強し、核兵器の軍備管理について、ソ連と自信を持って交渉することを可能にするであろう。」 「侵略者は通常兵器による限定戦争で勝利を得ようとし、手に入れた勝利を核兵器によって守ろうとするかもしれない。こうして、われわれは敗北を受け入れるか、それとも核兵器の使用を否認させるだけで侵略を黙認してしまうか、あるいは勝利を手に入れる前に侵略者から戦利品を奪えないようにする干渉戦争に乗り出すか、現実のディレンマに直面するであろう。もしソ連が通常兵器部隊でヨーロッパあるいはイランを軍事侵略することに成功すれば、ソ連は核兵器で自分の侵略地域を防衛し、反撃を阻止すると脅かしつつ、自分たちに都合のよい和平を提案することができる。」 「これに応じて、われわれは戦略ドクトリンを調整しなければならない。しかし、われわれが重要な地域において通常兵器による戦争で敗北するかもしれないという印象を与えることはきわめて危険なことであろう。・・・・われわれが通常兵器による軍事戦略と、核戦略の関係について採用する戦略方針は、アメリカの外交と同時に、われわれの戦略が今後進むべき方向を決定するだろう。これは軍備管理交渉において明白である。」 「今後、われわれが採用すべき方策は、限定戦争能力と通常兵器の軍事力を同時に再建しながら、きわめて重要な軍備管理交渉に乗り出すことである。アメリカの指導層は、われわれが軍備管理交渉に熱心な努力を傾ける一方で、軍事支出を増大しなければならないことを世論に理解させねばならない。この二つの努力のうち、どちらを軽視しても、その危険は非常に大きい。」
「むしろ私は核爆弾を使いたいんだがね。"I'd rather use the nuclear bomb,"」 この経緯が録音で鮮明に再現された。
そのとき、キッシンジャー博士は真面目になって、 「それはあまりにもやりすぎだと私は思いますよ。"That, I think, would just be too much," 」とはっきりと反対した。
が、ニクソンはしつこく核攻撃案に固執して、こうも言った。 「核爆弾だぞ。(ベトナムに多数の死者が出ても)構わないじゃないか、君。"The nuclear bomb. Does that bother you?" 」 「君、こういうことは大胆に考えてほしいもんだね。 "I just want you to think big."」