おいでやす。郡山ハルジ ウェブサイト。

アイアンマンへの道(後編)


<アイアンマン完走記 - ケンタッキー・ルイビル>

[スイム - 3.8キロ]

前の晩、早起きするために夜9時に寝たが、10時45分には目が覚めてしまい(笑)、その後ずっと眠れなかった。睡眠時間100分。その前の晩も、その前の晩も、数時間ずつしか眠れていなかった。非常に眠いのだが、朝4時にはベッドを出て会場に急ぐ。スタートは7時だが、早いヤツは4時くらいから並んでいるのだ。

swim river.JPG
スイムのコースとなるオハイオ・リバー
橋の向こう側の島をグルリと周って右下の川岸に上陸します


スイムはいわゆるタイムトライアル・スタートで、2つのボート用のデッキから3秒ごとに2人ずつ川に飛び込んでいく。
オレは6時前にはスタート地点に到着していたが、すでに参加者のほとんどが列に並んでおり、スタート地点から1.5キロも歩いて列の最後尾についた。オレがようやく川に飛び込んだ時はすでに7時半過ぎ。参加者推定2500人のうち、オレの後ろには100人もいなかったはずだ。

swim start.JPG
こんな感じで順番を待って次々と川に入っていきます


はじめの1.5キロは川の上流に向かって泳ぐ。当日はこの大会のために上流のダムを一時的に堰き止めてくれているらしいが、それでも静止している水を泳ぐ場合の倍近い時間が掛かる。
水は緑がかった茶褐色で、水中では50センチ前方も見えない。しかし波がないので水面上のサイティング(方向確認)はしやすい。やがて日が昇り、跳ねる水に反射し、泳ぎながらキレイだなあ、と思う。

swim start1.JPG
トォッ
朝の気温は15℃くらいですが水温は25℃


眠いのでボーっとしていて、緊張することなくリラックスして泳げている自分に気づく(笑)。周りの連中に遅れを取っている様子もない。睡眠不足だが体調はいいようだ。
1.5キロ地点でブイを左折し、川の中央に向かって数百m、さらに次のブイを左折すると、残りの2キロは下流方向だ。明らかに体感できるほどではないが、実際には川の流れのおかげで往路の倍近いスピードで泳いでいる。とはいえ腕が疲れているので、なかなか上陸地点がやってこない。さっき橋の下を通過したので、あと700mくらいか。それともひょっとして上陸地点はもう1つ向こうの橋のさらに向こうか?

swim start2.JPG
中央上の方に写っているのがトウヘッド島
この島をグルリと周って、ダウンタウンに向かって川を下ります


前方を泳ぐ連中が進路をやや左に転換し始めた。すると、左手に見覚えのある景色が見えてきた。上陸地点だ。なんだか拍子抜けする。もうスイムを終えてしまうのがなんだか惜しいような気がする。

swim1.JPG
3.8キロを泳ぎ終えて、上陸


時計を見ると1時間半掛かっていない。
2年前、2時間20分の制限時間内に泳ぎ切れるかどうかが最大の懸案だったのがウソのようだ。

さあ、これから222.2キロの長旅が始まる。

[バイク - 180キロ]

swim2.JPG
川から上がってなんだかとても爽快な気分になり、笑っているところ(笑)


水着のままトランジション・エリアまで走り、着替えその他の入ったトランジション・バッグをボランティアから受け取って、着替えテントに入る。中にはパイプ椅子が100個くらい並んでいて、同じくらいの数の野郎どもが一斉に着替えている。オレも空いている椅子を探し出して着替え始める。

具体的に言うと、水着を脱いで、トランジション・バッグからバスタオルを出して身体中を拭き、擦過傷やマメになりそうなところにワセリンを塗り、CW-Xのハーフタイツを履き、5本指靴下を履き、ソルボのアーチ・サポーターを履き、ジャージを着、ゼッケン・ベルトを締め、2リットルの飲料水が入ったキャメルバッグを背負い、ヘルメットを被り、バイク・シューズを履き、最後にサングラスを掛けてテントの外に出る。

transition area.JPG
2500台の自転車が並ぶトランジションエリア
スイム、バイクを終えたら一旦ここに帰ってきます


水泳が苦手なオレは、スイムを終えて陸に上がる頃にはいつもトランジション・エリアに自転車がポツリポツリと残っているだけなのだが、今日ははまだ半分近く残っている。
無事に180キロを走り切れればいいなあ、と思いながらトランジション・エリアを後にする。

最初の15キロはオハイオ・リバー沿いの道を走る。約1ヶ月前に、アイアンマンに向けてトレーニングしていた地元出身の男性が、自転車で走っているところを酔っ払い運転の自動車にはねられて死亡したのはこの道路だったなあ…とふと思い出す。彼も今日この道路を思い切り走りたかったんだろうな、オレが今日こうしてこの道を走れるのは幸運だなあ、などと本気で思う。

transition bag.JPG
2500人分のトランジションバッグ
各自の着替えやその他必要なものが入っています


トランジションを出たばかりなので、この15キロは比較的混んでいる。
中には一列縦走の原則を知らないのか、他人の左側に並列になって延々と走っているヤツもいる。対向車線は通常どおり自動車が走っているので、追い抜くにも抜けない人たちがそいつの後ろに数人溜まっている。オレは辛抱できず「ヘイ、前方のゼッケン番号XXX番の人。追い抜くので左に寄ってください」と声を掛けると、そいつは後ろを振り向いた途端バランスを崩し、そいつの左後方から抜く機会を伺っていた自転車に接触し2人はオレの目の前でガシャンと音を立てて横転した。

真後ろにいたオレも彼らに巻き込まれ横転するのを覚悟したが、うまい具合にハンドルを操作し横転した2人の自転車の間を縫って間一髪で事故を逃れた。オレは一瞬、自転車を停めて彼らの無事を確認すべきか迷ったが、大きな事故ではなさそうだったのでそのまま先に進んだ。オレは自分が事故に巻き込まれずに済んだのは、この道路で命を落とした彼の庇護があったからであるような気がしてならなかった。

bike.JPG
自転車に乗ってコースに出たところ


コースは7月に祖母さんの葬式に出て帰国した直後に一度試走しているので、どこも見慣れた風景だ。しかし7月の時と違って快晴の今日は、青空にケンタッキーの牧草地が一層映えて見える。この後のランのための十分なエネルギーや気力を残すようラクに走ろうと最初から決めていたので、レースというよりも気分はサイクリングに近い。

主に上り坂で、力に任せて追い越しを掛けてくるヤツがいるが、だいたい20代か30代前半のヤツだ。あとで痛い目に遭うことを知らないのだろう。そういえば、180キロの間オレに抜かれると毎回必死で抜き返していた30歳前後の男がいたが、あとでゼッケン番号を元にソイツのタイムを確認したら、自転車はオレとほぼ同じタイムで完走しているのに、ランに6時間半くらい掛かっていた。自転車で力を使い果たし、ランのほとんどを歩いたのだろう(笑)。

bike group.JPG
風光明媚なコース、絶好のコンディション
ちなみに追い越し時以外は原則的に一列になって走ります


距離が長くなってくると肩が痛んできたり、サドルと擦れる股間がヒリヒリしてきたりするが、それを除けば180キロを走るのが殊更ツライという感じはない。週末のロング・ライドの成果か、後半になってもバテはやってこない。多少脚の筋肉に痛みが出てくるが、最後のランには影響しない部位だ。

終盤になると、コースの前半でオレを追い抜いていったヤツの姿が前方に次々と現れてくる。ペース配分を間違って前半で飛ばしすぎ、エネルギー切れを起こした若い連中だ。ふくらはぎに43歳と書かれたオレに追いつかれて、どう感じていることか。

bike2.JPG
やっぱりなんだか楽しくなってきて、自転車をこぎながら笑っています


自転車180キロを7時間以内で完走するのを目標としていたが、最後の15キロの直線に6時間足らずで到達してしまった。ちょっと飛ばしすぎたかも。幸い、先日鍼を打ってもらった例の部位に痛みは出てきていないが、自転車でのオーバーペースが次のランに影響しなければいいのだが…と思う。

再びトランジション・エリアが見えてきた。午後3時過ぎ。日差しはかなり強く気温も高い。
いよいよ最後の勝負だな…と思いながらトランジション・エリアに入る。

バイク180km、6時間19分

[ラン - 42.2キロ]

バイクシューズの靴底の金具でカチャカチャ音を立てて着替えテントに走りながら、自分の体調を確認する。脚は疲れているが、ほかにこれといった痛みや違和感はない。マラソンを走り切る気力も残っている、と思う。ただ、実際にどこまで走れるかは分からない。

bike-run transition1.JPG
自転車180kmを走り終えてトランジションに戻ってきます
自転車はボランティアの人に預けます(写真左)


これまで180キロを自転車で走ったことは1回しかない。その時はためしに2キロくらい走ってみたが、心身ともに疲労していて、これから42.2キロを走るなんてとても無理だと思った。その後、自転車150キロの後で5キロくらい走ったこともあったが、その時はこれ以上走ったら明日の仕事に支障が出ると感じ、5キロでストップしている。

それに、昨年秋に3年ぶりに走ったフルマラソンを別にすれば、ランニング単体でのトレーニングでも最長30キロしか走っていない。要するに、180キロを自転車で走破した後の42.2キロというのは、自分にとってまったく未知の領域なのだ。

bike-run transition.JPG
テントで走る格好に着替えたら、最後のマラソンへと旅立ちます


30℃近い暑さを想定し、トランジションバッグの中にはナイキ・スフィアのタンクトップを用意していたが、それほど暑くないし、着替えている時間がもったいないのでこのままバイクジャージで走ることにする。シューズは先月帰国したときに買ってきた、ウルトラマラソン用のアシックス・ サロマLSD である。キャメルバッグに残っていたドリンクを塩分・水分補給のために飲み干し、トランジションを後にする。

コース上に出ると、バイクの時と違って走者の姿は比較的まばらだ。走者のスピードもちょうどハーフ・アイアンマンのランの後半のようなスピードで、最初からもうバテている感じ(笑)。
たしかに、身体の感覚で言うと、マラソンで30キロを走り終えた後で、さらに一からマラソンをスタートしたような感じである。

Run1.JPG
ランの最初でオハイオ・リバーに架かる橋の上を往復します
橋の上の給水所で紙コップを受け取ろうとしているところ


それにしても、思ったよりも暑い。25℃くらいあるだろうか。
自転車の時は常時風を浴びているので暑さを感じないが、ランはせいぜい時速10キロ程度なので蒸し蒸しする。まあ、これまでの水分・ミネラル分その他栄養分補給は計画どおり出来ている(1時間に1リットルの水分と約1000mgの塩分、20分ごとに100カロリー)。以降も給水エリアごとに計画通りの水分と栄養分を補給すれば、バテが来ることはないはず。

12キロの折り返し地点はすぐにやってきた。まだ余裕を感じる。アイアンマンのベテランっぽい年配の男性に何人か抜かれ、何度かスピードを上げたい誘惑に駆られたが、「勝負は30キロ以降だ」と自分に言い聞かせて自重する。先はまだ長い。

Run.JPG
やっぱり楽しくなってきて、笑っています
(しかし笑っていられたのは最初の10キロくらいまででした)


しかしこのあたりから例の頻尿の症状がやってきた。
さっきまでは暑いと思っていたのに、日が傾いて気温が下がったせいかやたらと冷えを感じ、それに伴い膀胱の圧迫感が気になる。…いや、この冷えは、もしかしたらこれは脱水症状だろうか?いずれにせよ、やたらと尿意を感じ、この後約20分おきに簡易トイレに駆け込み始める。トイレに入って一度ストップしてしまうと、これまでのペースが崩れ、次第にスピードが落ちてくる。集中力が切れてきた証拠だ。やばい。

21.1キロの中間地点で、レース前に預けていたスペシャル・ニーズ・バッグを受け取る。中には炭酸を抜いた レッドブル が入れてあるのだ。レース後半のバテてきたタイミングで“気付け”にこの栄養ドリンクを飲んで乗り切ろうと考えていたのである。

中間地点を超えて約10分後、コースはダウンタウンに戻ってきた。一気に観衆の数が増え、応援の声が高まってきた。このタイミングでレッドブルが効いてきたらしく、オレは断然元気が出てきた(笑)。笑顔が戻り、ペースも上がってくる。アイアンマンの終盤で絶好調である。
すでに2周目を終えたエリート走者がゴールに向かう姿を尻目に、オレは「待ってろよ、あと2時間後には戻ってくるからな!」と英語で独り言ち、2周回目のコースに戻った。

Fourth St Live.JPG
ゴールとなるルイビルのダウンタウン、通称 Fourth Street Live


18マイル(29キロ)地点の看板が見えたらスパートしよう。オレはそう思いながら、さらにペースを上げたくなる誘惑を抑えて走り続けた。
…しかし。
18マイル地点に到達する頃には脚が上がらなくなってきていた。
レッドブルが切れたのだ。プラス、レッドブルの効果で調子に乗ってペースを上げたので、脚に来たのだ。さっき上り坂でみんな歩いているのに無理して走ったのもマズかった。

さっきまでのレッドブル・ハイの反動で、一気にテンションが下がっている。脚も攣りそう。もはや早歩きと変わらないペースである。オレはとにかく脚の切り返しに意識を集中し、極力スピードを維持した。ただ、周囲の走者はオレよりもさらにペースが落ちているので、それでも次々と前の走者を追い抜いている(笑)。しかし、すぐに尿意に駆られトイレに駆け込み、用を足してトイレからコース上に戻る頃には、さっき追い抜いた人たちが前を走っている(笑)。ずっとこれの繰り返しであった。

最後の折り返しあたりからは胃の調子もおかしくなってきて、固形物を入れたらすぐに戻しそうな感じであった。もうラストスパートどころではない。悔しいが、とにかく集中して今のペースをゴールまで維持するだけだ。日がすっかり傾き、路面に懸かる樹木や建物の影も長い。日が暮れるまでにゴールしたい。路傍の看板はあと2マイル(3.2キロ)を示している。トレーニングの時ならあっと言う間に過ぎる距離なのだが、これがやたらと長く感じる。

Fourth St Live1.jpg
Fourth Street Live をゴール側から見たところ


ダウンタウンのビル群が迫ってくるが、日暮れが迫り応援の観衆の数も1周回目の時より減っていて寂しい。スピードも上がらない。最後の300m地点の角を曲がる。ようやく遠目にゴールのFourth Street Liveが見え、ゴールで待つ観衆の声が聞こえてくる。なんとなく最後の力が出てくる。周りには5~6人の男女が走っているが、すでに力尽きているのか、誰もスパートを掛ける様子はない。ちょっとだけ申し訳ない気がしながら、容易に数人を追い抜いて前に出る。

あと100mくらい。あと30秒足らずで、夢にまで見たあのアイアンマンのゴールだ。しかし不思議にも感慨は湧いてこない。あまりにもあっさりした自分の心理に、ちょっと拍子抜けする。
あと50m。いよいよ観衆の声が大きくなる。アナウンサーがオレのゼッケン番号を目視確認したらしく、オレのゼッケン番号と出身地と氏名をアナウンスするのが聞こえてくるが、すぐに観衆の声にかき消される。ここでようやくゴールの実感が湧いてきた。カメラを意識して帽子とサングラスを取り、フィニッシュに備える(笑)。

finish1.JPG
日が沈むちょっと前にゴール スゴイ顔をしています
ラストスパートから急ブレーキを掛けたために後のめりになってます
(しつこいようだが、実際のゴール時間は12時間35分58秒)


頭上から強烈な白いスポットライトが当たる。まるで天国にでも到達したかのような感じだ(笑)。半分観衆とカメラを意識してガッツポーズを取る。オーバーアクションに観衆が反応して大きな声が上がる(笑)。

目を開けるとフィニッシュ・ラインを過ぎていた。「ついに終わった。」という感じ。
キレイな地元ボランティアのお姉さんが待ち受けていて、銀色の防寒シートを掛けて肩を抱いてくれる。そして、表情から健康状態をチェックしながら、何か欲しいものはないか、ゲータレードがいいか、それとも水がいいかなどと親切に聞いてくれる。ああ、なんて象徴的なんだろう。ボランティアはほかにも爺さんとかオバサンがいくらでもいるのに、キレイなネーちゃんに当たるなんて。今日のレースはオレはホントに始終ラッキーだったなあ、と思う(笑)。

一方で、あまりにも好条件が重なり過ぎて、自分をギリギリまで追い詰めるところまで行けなかったなあ、とも感じる。

アイアンマンを完走したら、もうお腹いっぱい、アイアンマンはこれでもう十分だ、と思うか、それとも不満足な結果に、もう1度挑戦だ、と思うか、どっちだろう?と思っていた。
でも今回は、想定したベストな結果以上の記録を出しながら、なんとなく自分の中に不完全燃焼な感じがあって、ゴールを後にしながらオレは「来年もまた自分はアイアンマンに挑戦してるんだろうなあ」…という気がしているのであった。

finish1.JPG


[公式記録]
出走者総数 2444人(うちアイアンマン初参加者 推定600人前後)
完走者総数 2347人(完走率 96% (アイアンマン史上2位か3位の高率))
完走タイム平均 12時間52分14秒

オレの記録 12時間35分58秒
 スイム(3.8km)  1時間25分13秒 (1239位)
 (トランジション1  10分19秒)
 バイク(180km)  6時間19分21秒 (1228位)
 (トランジション2  7分31秒)
 ラン(42.2km)  4時間34分34秒 (詳細不明、900位台)

エイジグループ 40-44才男 397人中 189位
男性完走者 1810人中 874位


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: