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よびりん2004さんComments
私はニュースの深層をよく視聴するのですが、以前上杉隆キャスターにゲストは葉千栄の時めちゃ面白かった。
その時気になったのが葉さんが、「日本の facebook はほんとつまんないね。今日の弁当 ( 夕食? ) の写真ばっかり!」と発言されたのが気になりました。
なんでかな?とずっと気になってたけど、やっと自分なりの答えが出たのでここに書いておきたいと思います。
どうも日本では職業に沿った発言以外は非常に厳しい見えない検閲を受けているんじゃないかと思います。
例えば、政治家が政治について語る。政治評論家・ジャーナリストが政治について語るのは許されるけど・・・それは職業だから
たとえば企業経営者が実名ブログで「マルクスレーニン主義が理想の社会です。」と言おうモンなら、どんないい業績を上げていても、2ちゃんねるで笑われる。ツイッターでたたかれる。実際ソフトバンクの孫さんはツイッターで脱原発の自分の立ち位置をしっかり表明しているけど、実業が情報ビジネスだから言えるんであって、東電の子会社なら沈黙するしかないわけだ。少なくとも今回の震災関連の発言で今後電力会社がソフトバンク携帯は絶対採用しない事は容易に予想されるよね。しかしそんな事で孫正義ブランドは揺るがないし、むしろ沈黙を守る経済界の中で消費者から見れば評価が上がったメリットもあると思う。長い目でみればソフトバンクブランドは孫氏の発言で向上するとさえ思う。
今、ブログを使って様々な人たちが自分の考え・意見を表明できるようになってほんといい事だと思います。
昔は自分の意見を不特定多数に表明するとしたら、せいぜい新聞の投書欄くらいしかなかった訳だ。新聞の投書欄に実名で意見が載っても、その本人と知るのはせいぜい自慢される家族・・いいとこ友達位でしょう。
ところが、今実名ブログで意見を書き込みしたら、読んだ人は名前がわかれば住所が検索エンジンで出てくる。住所がわかればグーグルアースで家まで拝見できる。
実名性がどんどん明瞭になって、ほんとにプライバシーがどんどん狭くなっている。
だから政治家・評論家・文筆家・ジャーナリスト以外の政治に関する発言はほとんど匿名で、地域性も消して誰だか絶対わからない様にしてる事が多い。
実名で意見を表明する恐ろしさを知っているんでしょうね。
これが政治家・評論家・文筆家・ジャーナリストなどは、意見を表明すること自体が職業だからむしろ意見を隠した方が怠慢だといわれる訳だ。
私も健康やクスリについて語る分には職業だから歓迎されるけど、例えば「コンビニはセブンイレブンに限る!」なんて言おうモンならローソンのオーナーは面白くないでしょう。
実際はすべてのコンビニが大好きでコンビニ評論家なら名乗れる気がする。すべてのコンビニのファンです。
インターネットは人間をどんどん自由にすると思ってし、情報に関してはどんどん自由になり平準化されていくのがいい事です。情報の平準化と言うのは、専門職に取っては脅威で、資格に胡坐をかけなくなる、実力があるとこだけが生き残ると言う点で大歓迎だけど、反作用として自然人としての匿名性がどんどんなくなっていく事に気づきました。
だから実名の facebook では今晩のご飯の写真か今日の弁当の写真しか載せられないわけだ。
自分独自の意見を意見を表明しようと思ったら、匿名ブログかツイッターか SNS しかないわけ。
匿名でも自分の意見を言えるのはいい事なんだけど、一つ問題があって、匿名だと発言に責任がないから、人によっては、どんどん表現がエスカレートしてしまうんだよね。
面と向かって言えない事でも匿名だと言ってしまう。非情さがエスカレートして人間としての感情がなくなってしまう怖さがあるんですよ。さらに読んだ人も何らかの影響を受ける訳で匿名の負の連鎖を引き起こす事がなにより怖いですね。
これは、自筆の文章よりワードで書かれた文章が権威を感じてしまうのが人間の修正なのですね。なぜか印字された文章というのは自筆の文字より説得力が増す訳です。だから役所に出す手書きにいいものを書類はわざわざワードに打ち込んでプリントするわけです。
これが非常に怖いわけで、一つ間違うと人間性に歪みを引き起こす恐れさえあると思う。
今までインターネットの普及で社会が前進すると思っていたんだけど、反作用として個人のプライバシーの範囲が狭まって、逆にどんどん息苦しくしてしまう恐れを感じます。
これってミシェル・フーコーの言った生権力そのものだと思いました。 生権力は、現代の精神病理を紐解くキーワードになっていて、誰でも見えない監獄の中にいて監視を受けているというのが受けているというのがミシェル・フーコーの思想。
例えば戦前の日本では軍国主義の下に憲兵・特高警察という目に見える監視を国民は受けていたわけだけど、今は目に見えないネットの検索性という監視を受けるようになったと言えるでしょう。そこでは異質なものは炎上という糾弾の対象になってしまいます。
こうやって見えない監視を受けていることで、人間としての尊厳や本当の生きがいを見失ってしまう事が怖いよね。
本当に意味の生きがいって言うのは、社会から受けてきた教育という名の洗脳を引き剥がした後じゃないと出てこないから・・・
この場合の教育というのは学校だけじゃなくて、親・兄弟・友達・本・上司様々な情報を与えられた対象を含んでいます。
そこで間違った情報をまじめに受け取っちゃうと、自律神経失調症や心身症の原因になっちゃうから、みなさんも気をつけてね。
私がヨコミネ式幼児教育に関心があるのは、その点です。おそらくヨコミネ式教育で自閉症や注意欠陥症候群が良くなるのも充分ありえると思っています。
なぜなら自学自習の習慣を養うというのは、とりもなおさず誰の洗脳も受けないで自分の頭で考える能力を身に着ける事になるから。
それってまさにお釈迦様に臨終の際に弟子に語った「自燈明 法燈明」そのものだから。
訳すると「俺が死んでも俺を拝むなよ。頼りになるのは自分だけ。真理にのみ従いなさい。」 ( 意訳 ) というのを実践しているのがヨコミネ式の自学自習の精神だから。
ある意味釈迦の教えを実践してるのがヨコミネ式教育かもしれませんね。
本を買って読んだけど、大人にも充分通用する教育理論だと思います。
はて、葉千栄さんの「 facebook はつまらない」発言でのそんなことを考えました。
そういえば俺も facebook で「にゃっとう食べたい!」と書いてたね。