最後の病院。


ほんとは生理前に行かなくちゃならなかったんだけど、
ダラダラしてたら、こんなに時間が流れてて、遅ればせながら病院に行った。

診察台にあがって、足を開く。
忘れかけてた記憶をまた想いだして、苦しくて吐きそうになる。

洗浄して、エコーして、内診して、
「まだ、万全ではないけど、もう大丈夫。」
という先生の声が響いた。

きっと、これはよいこと。ほっとすること、なんだよね、と自分に言い聞かせた。
もう、病院に行かなくていいから、もう、いつも通り大丈夫。
何ごともなくて、よかったよかった、って自分に言い聞かせた。


帰り道、自転車をこぎながら、涙が止まらなかった。

生理が来たときから、ううん、手術を、麻酔を打ったときから、
もう、分かっていた。
頭では、理解してたんだけど、でも、何かの間違いが起きてたら、
奇跡が起きてたらって、あきらめきれなかった。



手がなくても、足がなくても、どんな状態でもいいから、生きてて。



ありえないって解ってたんだけど。


子どもの命の決定的な消滅と、あたしの大丈夫は、引きかえ。

ほんとに、きれいになくなっちゃった。
跡形も痕跡もなく。
あたしの体にキズくらい残してくれてもよかったのに。

あたしの体がこうやって、
何ごともなかったかのように元に戻っていくように、

やっぱり人間って、精神的にもそう弱くはなくって、
時が流れて、日々の生活に忙しくなって、
今は、こんなに痛い胸の痛みも、
いつか、薄れていくんだな、と思う。

いつか、子どもを産んだりしたら、
その子に、全ての愛情を注いじゃうんだろうなって、思う。

なんで、キズを残してくれなかったの?
存在した証をあたしの体に刻印しなかったの?
って想って、涙があふれてきた。

あたしの心なんて、ほんとあてになんなくて、
いつか、記憶の彼方にいっちゃうかもしれないのに。

でも、今は、めいっぱい、心に刻んで、
ちゃんと、生きていくから。
ごめんね、それしかできない。


© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: