今日も他人事

今日も他人事

FE覚醒SS 傷心



エメリナ救出作戦の失敗……なんとか確保した退路からの脱出には成功したものの、クロム自警団もフェリア連合王国軍も少なくない犠牲を払っている。
軍師であるルフレは、ペレジア王国軍の追撃を避けながら、部隊の再編と作戦の練り直しをしなければならず、寝る間も惜しんでその対応に追われていた。

「せめて、クロムが元気ならなぁ」

そう呟いでも、現実は変わらない。
本来なら作戦の指揮自体はルフレの仕事ではなく、自警団の団長でありイーリス聖王国の王子であるクロムの役目だ。
しかし、クロムは姉のエメリナを救えなかったことから、今、精神的に摩耗しきっていた。
持ち前の責任感の強さで職務を放り出すようなことはなかったが、それでも以前のような気概はまだ戻ってきていない。

「……仕方ないよね。実のお姉さんが亡くなったんだもの」

全身に漂う疲労感を感じながらルフレは小さく呟いた。
記憶が無い自分にも肉親を失うことが辛いということは想像がつく。
特にエメリナは誰からも愛されるような慈愛に満ちた女性だった。
クロム達肉親だけでなく、多くの国民が哀しみに包まれているのだろう。
私は違う。言葉に出さず、心の中で呟く。私は違う、と。
コンコンと自室のドアを叩く音がした。

「リズだけど。今、入ってもいい?」
「あ、はい、どうぞ?」

部屋に入って来たリズは姉のエメリナが亡くなった直後よりも元気を取り戻してきているようだ。
元々、明るい娘なのだ。ただ、元気そうに見えるだけなのかもしれないが。

「ごめんね、ルフレ。お仕事の邪魔しちゃって」
「いいわよ、気にしないで、リズ……それで?どうしたの?」
「うん、あのね、お兄ちゃんのことなんだけど」
「クロムのこと?」
「そう。さっき、びっくりする話を聞いちゃったんだ」
「びっくり?」
「うん、少し前から、お兄ちゃんとスミアって一緒にいる事、多かったでしょ?」
「そう、だっけ?」
「え、気づいてなかったの、ルフレ?」
「うーん、仕事で忙しかったし」

思い返してみると、確かにクロムとスミアはよく一緒にいることが多かった気がしなくもない。
でも、ルフレと出会う前から元々、二人は仲が良かった様だし、特に気にしてもいなかった。

「お兄ちゃんね、さっきスミアにプロポーズしたみたいなの」
「え」

ガツンと。頭をハンマーで殴られたような気がした。

「えええ」
「……大丈夫?」
「あ、うん。私は大丈夫。大丈夫、だけど」

全く予期していない言葉だった。本当に、不意を突かれたような気分。
ポカンとしているルフレを尻目に、リズはクロムとスミアの馴れ初めについて楽しそうに喋っている。
しばらくして、リズは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめん、こんな時に不謹慎だった?」
「ううん、そんなことないわ」

頭を振ってリズに笑顔を返す。
リズの話は殆どルフレの耳に入っていなかった。
クロムとスミアが結婚したという事実以外は。

「おめでたい話だもの。こんな時こそ大事なんじゃないかな」
「良かった。後で告知するって言ってたから。みんなで祝福してあげようね」
「ええ、勿論」

喜色満面でリズが部屋を出ていく。
それを見届けてから、ルフレは椅子に深く沈み込み、大きく息を吐いた。

「クロムとスミアが、かぁ」

一組の男女が親密になるのだ。
考えてみれば当然過ぎる話で、それを全く考えていなかった自分は何処か抜けていたのだろう。
そう冷静に考えながらも、以前クロムとスミアが楽しげに話していた姿を思い返すと、ルフレの心中はざわめいて仕方がなかった。

「そっかぁ、クロム、結婚しちゃうのか」

力の篭っていない小さな呟き。
誰にも答えられることなく、空しく部屋の中で消えていく。
クロムが結婚する。それ自体は喜ばしいことの筈だ。
だというのに、寂しさと悲しさが入り混じった感情はざわめき続けている。
不意に、ルフレは単純な事実に辿り付いた。

「――そっか。私、クロムの事が好きだったんだ」

記憶を失ってから初めて出会った人。
初めて会う筈なのに、何処かで会ったことがあるような不思議な感覚。
会った時からどこかでクロムに親しみを感じていた。
クロムもルフレのことを初めから信用してくれた。
軍師として働いたのもクロムの力になりたいと思ったからだ。
国とか民とかどうでもいいことだった。
……なんて単純な話。出会った時からルフレはクロムの事が好きだったのだ。
ただ、自分の気持ちを意識せずにこれまで過ごしてきたというだけのこと。

目元が熱い。ルフレは静かに目元を拭い、小さく鼻を啜った。
机の上には、軍師としての仕事がまだ残っている。
ただ、ちょっと。僅かの間でいいから、何も考えずに休もうと、ルフレは思った。


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