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今日も他人事
艦これSS「生きること死ぬこと」
海は静かだった。何処までも広く、青く澄み渡っている。
扶桑は四方に飛ばした水上偵察機"瑞雲"を通じて、その光景を見つめていた。
艦娘にとって艦載機は云わば第三の眼のようなものだ。
一度に制御する艦載機が増えれば増えるほど、艦娘に伝わる情報量も飛躍的に増加していく。
その為、多数の艦載機を同時に操る術は空母や航空戦艦のような一部の艦娘にしか扱えない。
扶桑も航空戦艦になったばかりの頃は苦労したが、今では最大で四十機程度の艦載機を同時に操れるようになった。
超弩級戦艦の証ともいうべき主砲は全て取っ払い、飛行甲板など最低限の艤装だけを纏った身軽な状態だ。
「扶桑、そっちはどうよ?」
随伴している隼鷹がのんびりした口調で問いかけてくる。
その左手には艦載機の制御を示す火の玉が揺らめいていた。
隼鷹は軽空母の中でも随一の艦載機搭載量を誇る艦娘だ。
その数は六十機以上と、扶桑の倍近い数をより精密かつ多彩に操ることができる。
「今の所、異常は見られないわ」
「そっか。まぁ、こっちも同じようなもんさ。
今日は深海棲艦もお休みってことかね」
「だと良いのだけれど」
扶桑は臨時に編成された特務艦隊の旗艦として鎮守府近海の警備に当たっていた。
その任務は鎮守府近海に密かに潜航し、強行偵察中の敵潜水艦の狩りだしだった。
鎮守府近海の制海圏は既に奪還しているが、潜水艦の高い潜航能力があれば潜入自体は難しいことではない。
そこで定期的に航空戦艦を旗艦とした機動部隊を編成し、その対処に投入していた。
「神通。そちらに何か反応はある?」
「いいえ、海中にも反応はありません。那珂ちゃん、どう?」
「はーい、那珂ちゃんの方も反応なし。海はとっても平和だよっ」
元気いっぱいに答える那珂に対し、神通は心配げな表情を浮かべている。
「那珂ちゃん、調子が悪い所とかない?大丈夫?」
「大丈夫だって。もう、神通ちゃんは心配性だなぁ」
「だって、那珂ちゃんは二次改造を受けたばかりだし、実戦も久しぶりだし、私心配なんだもの」
二人のやり取りを見つめながら、扶桑は思わずクスリと笑みを浮かべた。
二人は同じ川内型軽巡洋艦の姉妹艦だった。
神通は扶桑、隼鷹と組んで、鎮守府近海を強行偵察中の敵潜水艦を探索し、駆除する仕事を担ってきた。
那珂は長らく護衛艦隊に所属していたが、先日、提督の指示で二次改造を施され、実戦部隊への再配備が決まった。
長女の川内こそいないが、かつての旧日本軍の斬り込み戦隊「華の二水戦」の姉妹が揃い踏みすることになる。
神通と那珂のやり取りは微笑ましかったが、不意に扶桑の表情は曇った。
本来なら、ここにいるべきもう一人の艦娘の姿を思い出してしまったからだ。
そして、その姿を見ることはもう二度とない。
「どうしちゃったのさ、暗い顔して」
「隼鷹」
「思いだしてたのかい、夕張のこと」
「ええ、まあ」
「戦ってるからね、あたしら。いつかはさ、こういう時が来るんだろうとは思ってたけど。
やっぱ、寂しいね。仲間がいなくなるのってさ」
隼鷹の言葉に扶桑は小さく頷き返した。
話が聞こえたのか、那珂と神通も気まずそうに黙っている。
「明石の奴も大分、落ち込んでたよ。今はもう大分、落ち着いたみたいだけど」
「夕張とは仲が良かったのよね」
「ああ、よく二人でつるんでたよ。酒屋にまで来て、二人して艤装の話ばっかりしてるんだから。
どういう頭してるんだ、こいつらって思ったりしたもんさ」
「如何にもあの二人らしいわね」
二人が居酒屋で艤装談義をしている光景があまりにはっきりと思い浮かび、扶桑は苦笑した。
「けどね、最近、思うんだ。もし沈んだのが明石の方だったら、夕張は明石ほど落ち込まなかったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「ああ、悪い意味じゃないよ。夕張だけじゃなくて、あたしら艦娘はさ、大体、死ぬのが当然だろ。
あたしらは何時だって死と隣り合わせなんだって本能的に悟ってる」
海面に視線を落としたまま、隼鷹が低い声で呟くように言った。
隼鷹の言っている意味が扶桑にはよく分かるような気がした。
無論、死にたい訳ではない。ただ、艦娘は戦う為に存在している。
かつて、兵器として生み出され、そして今、人の形をしているが本質的には兵器なのだ。
戦う以上、犠牲は常に付きまとう。
誰が死に、誰が生き残ったか。
それはカードの裏表の様に簡単に入れ替わるものに過ぎない。
昨日、敵艦を沈めた艦娘が翌日には撃沈されていたとしてもおかしくない。
「けど、明石は違う。あいつは戦う為でも壊す為でもなく、直す為、作る為に生まれてきた。
だから、同じ艦娘でもあたしらとは根っこの所が違うんじゃないかな」
そうかもしれない、と扶桑は思った。
明石にも自衛用の艤装はあるが、それは敵を撃破するためのものではない。
何かを直し、造り、蓄えていく。
それが明石の本質だとしたら、そもそも戦闘用の艦娘達とは真逆だ。
戦争では営々と蓄えられた物資も生命も湯水の如く失われていく。
例え、一方的な勝利であったとしても、必ずそこには破壊と浪費が満ちている。
もしかすると、明石にとっては日々の戦闘でさえ、受け入れがたいものなのかもしれない。
明石が思い詰めた表情で、犠牲者を出さないで欲しいと提督に訴えたという話を聞くと、そう思えて仕方がない。
「なぁ、扶桑」
「何?」
「提督はどうなのかな」
「え」
「あたしらに出来るだけ犠牲が出ない様に苦慮してくれている。
けど、それは必ず犠牲は出るって受け入れた上でのことなのか。
それとも、もう誰一人、犠牲を出さないって思い詰めてのことなのか」
おそらくは後者だろう。そう思ったが、扶桑は口には出さなかった。
提督と長く接している扶桑にはそれがよく分かる。そして、おそらく隼鷹も。
「あいつさ、あんたが沈んでも、ちゃんと立ち直れるのかね」
何処か遠くを見つめながら、隼鷹は独り言のように呟いた。
扶桑は目を閉じた。
夕張が沈んだ日、提督は執務室のソファで背中を丸め、じっと注がれたお茶に視線を落としていた。
身震い一つせず、ただ組んだ手が白くなるほどに強く握り締めていた。
あの時の光景を、今でも扶桑ははっきりと覚えている。
「大丈夫よ。あの人はそんなに弱くないわ」
扶桑ははっきりとした口調で答えた。
半分は確信であり、もう半分は願望でもある。
例え、自分が沈んだとしても、きっと立ち直ってくれる筈だ。
隼鷹はふっと微笑を浮かべて、そっか、と呟いた。
「ま、提督が沈んでたら、その時は、あんたに任せるよ。
扶桑が優しく慰めてやるのが一番の良薬だからねぇ」
「え、私?」
「提督は扶桑にぞっこんだからね。抱き締めて咥えこんでやれば一発さ」
「そ、それって」
「お二人とも任務中に何の話をされてるんですか」
少し離れていた場所で聞いていた神通が顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。
「えー、別にいいじゃん。夫婦なんだし。普段からやってるでしょ?」
「な、破廉恥ですっ。那珂ちゃんも何か言って」
「あはは、那珂ちゃん、アイドルだからそういうのよく分かんないなぁ」
そう恍ける那珂だったが、その頬は思いっきり紅潮している。
「もう知りませんっ」
「あ、神通ちゃん、一人は危ないってば」
顔を真っ赤にして駆け去っていく神通を那珂が慌てて追いかけた。
「あー、ごめんごめん。後で一杯、奢るからさあ許してよ、神通」
全く悪びれた素振りのない隼鷹に、扶桑は思わずクスクスと笑った。
悩んでいても仕方がないことだ。生きている以上、いずれ終わりは来る。
扶桑も提督も皆、何時かは分かれの時が来るのだ。
それまで、精一杯生き、出来るだけ楽しく生きれれば、それは幸せなことだろう。
澄み渡る青い海を一瞥し、扶桑は仲間の後を追った。
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