ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2006.04.27
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源だという。併し、適度のストレスも進化のためには必要なのだ。

最近、何かを強く思うことが少なくなっているのではないか。でも一言では言えない難しさもあ

る。広く浅くが生きる上で利口なのかはよくわからない。全てに当てはまる訳ではない。

どうやら、何も思おうとしないのではないか。だからのほほんと生きているのではないだろうか。

若いうちはまだ時間があるが、老人には時間がないが、そしてそれが「健康寿命」だとは限らない。

最近、これまで役に立たないと思っていた近世の文学や、四書が面白いと思うのは、いくつも空地があるか

らだろう。どうやら、研究しても価値がないと放置されていたのではないか。西欧流を真似しても

所詮仮想現実でしかない。寧ろ足元を見なければならなくなっているのではないか。ところが、故郷



ちの存在もなくなるだろう。それは漠然としているが、何かを強く思うことが、いま必要ではない

だろうか。それは、我ままや、利己的なことではなく、人間として評価できるものだろうが、それ

は価値とは違うだろう。何かを強く思い描いてそれに向かうことが必要ではないだろうか。

それが何であるかは、個人で決めることだろうけれど、そんな気がします。


PS

人は何を言わんとしているのか表現することは微妙で、中々伝わらないだろうと思います。自分の

思惟というのは、一様ではない。その時々で変わりもするし、更に逆のことも考えたりする。

もう28日になりましたが、芥川の作品の講座がありますが、彼を壊したのは、先ず自分の責任で

しょうけれど、その環境であり、薬物でしょうね。青酸カリだという話ですが、それとも睡眠薬に

よるものか分かりませんが、少なくとも作品を少し分析すれば、病的傾向は、今の精神科医ならす

ぐ分かるでしょうね。吉田松陰の全集物を、少し読んで見ましたが、世間で言われているような見



私たちの識見は、本当に正しい歴史観の上に形成されているのであろうか。正確なスケールでデー

タは作られていなければ世界観も狂ってきます。謂わば間違ったデータで構築されている現実

があるのではないか。誤魔化しの世界を、恐らく多くの人が気づいているだろうけど、手が出せな

いでいるとすれば、どうも厄介な社会構造になっているようです。そうだとすれば、何れリセット

されることになる。






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最終更新日  2006.04.28 01:40:55
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