
私は宗教法人が大嫌いで、どうしても馴染めないのですが、行かなければ話を聞けないので、どうしても行くことになりました。
この宗教法人は GLA
関西本部という名前です。(現在はここは独立しています。今はただ、宗教法人GLAです。)しかし歴史は詳しく知りませんでしたが、瑞法会という宗教法人が、今で言う構造改革によって高橋信次氏に教えを請い願い、自分たちの瑞法会の教義を捨てて、高橋信次氏のお話しされる言葉を教義にするという改革をした勇気ある宗教法人でした。
その名前は 瑞法会 という名前でした。
この宗教法人の指導者(中谷本部長)が高橋信次氏の話を聞く事で、瑞法会の指導者は「真実は高橋信次氏が 全てお判りに成っておられる」という事を心から深く理解され、人を東京に送り出し、高橋信次氏の周辺を色々と偵察された後、 「この方(高橋信次氏)の仰ることは間違いがない」と確認をした後、瑞法会教団を完全に方向転換させた のでした。
この時の中谷氏は本当に勇気と決断力があったと、今でも尊敬しています。
その後、人間の弱さか人間の業か、はたまた過去世の業なのか、彼は高橋佳子様の理解が出来ず、志を撤回される事に成ってしまいましたが、本当に残念でした。そのような渦中に、私は身近に関係していましたので、よく理解しているつもりです。
高橋信次氏が地上界から去った後に、この当時の指導者がどうしても「法の継承」という事が判断が出来ない事態に陥り、自分の心で決断し判断する事がかなり難しくなったのは否めない事実です。それゆえ、彼が過去であった出来事を生かさすことが出来なかったのが、私ごとですが残念でなりません。
残念な理由は、現在間違った方向に行かれているからです。
高橋信次没後、私はこのGLA関西本部事務局に事務員として三年間お世話に成りましたが、人間のあらゆる側面を見させて頂くことに成ったのも、この道を求めたからでしょう。
ここを教えてくれた彼女から幾らか話を聞いていましたが、 本当に高橋信次氏が、真実の人なのかどうかをどうしても確かめたい。 そして話が本当なのかどうか
を知り、確かめたかったのです。そして東大阪市弥刀に在るこの会館に、当時、青年部対象の集会がありました。
それにフリーで参加しました。
当時は録音機器を持って行く事が出来たので、カセットテープで録音をしました。
そして初めて高橋信次さんを見る事が出来ましたが、写真の通りの姿でした。
そして講演が始まりましたが、その時は余り話が心に入らなかったのです。
「なーんだ、判り切った話じゃないか」という思いが心を支配していたからでした。
そして二回目もその様な考えが心を支配していました。
そして三回目だったと思います。
私は何時ものように会館の三階に上がり、時間があったので入り口の外にあるベランダの所でたたずんでいました。
階段が真中にあってその左側の欄干に寄りかかって立っていると、階段の方で人の気配を感じました。
そしてその方角を見ると、高橋信次氏が階段を上り切って私の立っている方向に来られました。
この時、私は異様な光景を見ることになりました。
それは高橋信次氏の体全体が何かの光に包まれているような感じで、その光景が私の目に映っていたからです。
その時の体全体を包んでいる光が淡い黄金色だったので、それで驚いたのかも知れません。初めてそのような光景に出合ったからです。
一体この光は何なのか?という疑問が生じたのも当然ですが、高橋信次氏の身体全体を包んでいる光を、ダルマの様に体全体を包んでいた光を見ました。
今でもすぐに思い出せますが、心の中はかなり緊張していたようです。そして高橋信次氏と中谷本部長が私の目の前を通り過ぎようとした時、私の意思ではなく、頭を押し付けられるようにして、体は直立不動のまま、手はズボンの縫い目の所に置き、手の指をピーンと立てて、直立不動の姿勢で軍隊式のようにお辞儀をしていました。
自分の意思ではなく、全くもって願っていた訳でもなく、強制的にさせられたかのような目に見えない力でそうなったかのような、その様な感覚で間違いなく頭を下げていました。
その後しばらくして講演が始まりました。しかしこの日は私にとって何か違っていたような雰囲気を感じている気がしました。
講演中に氏は「この中でノイローゼになった者は居ますか? 正直に手を上げて下さい。」という質問がありました。
この質問に対して、私は躊躇せず素直に手を上げました。
この時私の前の人も手を上げていました。私はその人の陰に隠れていたので(私よりも体の大きい人だったから)、高橋氏からは見えにくかったのでしょうか?
高橋氏は私の丁度前方に立っておられたので、私の前に座っている人が邪魔だったのか、少し右の方向に体を動かし覗き込むようにして私の方を見ました。
そして頷いておられる姿を思い出します。
それから沢山のお話があった。
そして話の中で、両親の事についての話がありました。
氏は
「 例え両親がどの様な方であろうとも、子供として両親に感謝しないのは、子供として失格です!。子供としての資格はありません。
」
とかなりきつい調子で言われました。
でもこの瞬間です。私の心に今まで体験をしたことのない「ガツーン」という衝撃が、心の中に入って来た感覚があり、何かが心の中で起こったのでした。
それは私の心の中に、直球でストライクを入れたようであり、その瞬間に涙が溢れ出て来て、全く止まらなくなってしまったのでした。
止めようとしても止まらないのです。勝手に胸が込み上げて来て、止めど無く涙が出てくるのでした。
そして悲しくも無いのに、声を出して泣いてしまう自分が居るのです。
悲しくも無く、嬉しくも無く、ただただ、心が感謝しているのです。
この状態は車で家に帰るまで続いたのでした。
運転中本当に危険でした。だって、全く前が確認できなかったのですから。
涙で霞んでしまう、その様な状況が家に帰るまで続いていたからです。
こんなことは本当に初めての事でした。
これには下地があったと思います。
「蕁麻疹が消えた」 の項目でも話しましたが、父親に感謝する心が有ったから、この様に心が答えたのだと思っています。
私は全く両親に対して「感謝すること」、この心が無かったことを痛感していました。
この時点から、両親への畏怖心が芽生えたのも事実です。
ハッキリ言って、この私の心の構造改革が始まった時だったようです。
なぜ胸から込み上げて来るのでしょうか?
悲しいとき、苦しいとき、怒るとき、本当に胸が何とも言えない感じで蠢いているというような感じで、波打っている時がありますね。
見える人には見える? 言葉で言えば当然ですが、その胸に丸いものが在ると言います。 それが心だと言います。
心は想念を中心にして、知性、理性、本能、感情と後に作られた想念によって形成されていると聞いています。
だから本能と感情が膨れ上がり、恋愛感情が高まると、知性と理性が縮まりあのハートのマークが形成されると言われています。
人間にはもともと想念という存在は無かったといわれます。
魂として、この地上に降り立ってから、この地球の生活で踏み外し始めた者達が想念世界を形成し始めたとの事です。地獄も同じものだと言明できます。
これら詳しくは 高橋信次氏の著書 を読むと、興味深いものがあります。
実際に自分もある程度の経験をしますと、全く嘘ではないことが理解出来ます。
しかしそれを他人に理解させようなんて事も思いません。
受け取る受け取らないのは、その人の心に任せます。
私は発信するだけ。そして自分も一生懸命生きるだけ。
それでいいのだと、この頃思えるように成って来ました。
今までは何とかして知って欲しい。理解して欲しい。その様に考え行動して来ました。
でも逆な結果に何時もなってしまうから不思議ですね。
もっと詳しく知りたい方は
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