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幼い頃に 自分の将来の 姿を覗ける 望遠鏡が あったとしたら
覗く勇気が 自分には あっただろうか?
きっと 悩んでしまった と思う
仮に 恐いもの 見たさに 負けて 覗いたとしても
年老いた 自分の姿を 見つけたら
納得できなかった のではないだろうか?
中々 受入れられ ないようね
「 そりゃ 幼くて 世の中の事を 知な過ぎるから 無理もない。」 と
誰かが 言う かもしれない
果たして そうだろうか?
仮に その望遠鏡で 再び
この先 五年・十年・二十年が 覗けるとしたら
手を出しますか?
手に取って 焦点を 合わせる 勇気が ありますか?
喜文治
少年が自分の20代・30代・40代・50代・60代・70代80代のある日を、
覗いたとすれば、きっと受入れられなかったでしょう?
しかし、現実には、それを生きています。
受入れ難い筈の、自分の人生を、生きています。
理想通りに行かなかった理由は、数え切れない程あります。
勿論、少年には、格好悪い、言い訳にしか聞えないでしょう。
じゃ、現状を消しゴムで、消し去りたいのですか?
そこまで言うなら、消し去っても良いよ。
でも、その心の構え方では、同じ様な人生を、なぞるだけでは、ないだろうか?
それだけのエネルギーがあれば、ここから何とかしようよ。
少年が、成る程!こうなる為に、あんな事をしていたんだね。って、
納得してくれる様な、自分にして行こうよ。
分かってくれるよ。どれだけ頑張ったか?その姿を見せれば、頷(うなず)くよ。
手伝ってくれるよ。見てられないって。
所で、爺様の少年は見掛けないけど、どうしたの?
・・・・・・・・・。
「 随分前から、見失っている。」
それって、見捨てられたんじゃないの?
・・・・・・・・・。
「 否、何処かで、迷子になったんじゃろう?」
どっちが?
・・・・・・・・・・。
「 わしがじゃ。」
あじゃ~。