動く重力

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エーテルとグラタン(8)

エーテルとグラタン(8)

<三日目_夜_長岡(3)>



 楓の家に戻る途中で興奮冷めやらぬ俺は、意を決して楓に少年の事を話した。
「夢に少年が出てきて、そいつは、今日俺が死ぬっていう予言をしたんだ」
 俺は、楓が『そう、親切な少年がいるのね』とまったく信じていないような言葉を返してくると思った。だから意外だった。まさか楓が大きく目を見開き、声にならないくらい驚くとは。
「えっ、楓さん、何でそんなに驚いているのですか?」
 俺は驚きを隠せない楓に驚きを隠せない。そりゃあ、敬語も使うってものだ。普通、そんなに簡単に信じるだろうか、こんな話を。
「あのさ」こう前置きした楓の話は俺達の立場を逆転させ、俺をさらに驚かせた。「私の夢にも、その少年、出てきたよ?」

 二人して困惑した。俺は楓と細かい点をいろいろ確認する。
「その少年は、今日俺が死ぬみたいな事を言ってた?」
「うん。言ってた」
「その少年は、自分が幽霊だとか言ってた?」
「うん。言ってた」
「その少年はもしかして、『スリープス』が好きだとか言ってた?」
「うん。言ってた」
 俺が言う少年と楓が言う少年はどうやら同一人物のようだった。俺は混乱していた。分からない事がたくさんあるのは分かる。だがしかし、俺は一体何が分からないのだろうか? 大量の疑問を一息のうちに浴びせられると人間はこうなってしまうらしい。俺は、よくある『ここは誰? 私はどこ?』の問いかけの意味が分かったような気がしていた。

「聞いていいかな?」
 少し歩いて少し頭の中を整理した後で、俺は楓に少し質問する事にした。少年の事に関する俺の疑問は、もう全世界でこいつにしか答えられない。まあ、少年が今日も俺の夢に出てくるのかもしれないから、断言は出来ないけど。
「なんでも、どうぞ」
 俺の質問に少し間を取ってから楓は答えた。とにかく、先に質問する権利を得たのは俺なのだから楓に聞かなければならないだろう。
「少年はどうして楓の夢に出てきたんだ?」
「曰く、長岡を助けたかったから、という事のようですけど」
「楓は俺に何かしてくれたのか?」
「今日、あんたが私の家に来れたのはまさに私のお陰じゃない」
 用もないのに俺を呼んだのには、どうやらそういった事情があったらしい。
「そうか、呼ばれたのには意味があったのか」
「意味とかまでは分かんないけど」
「まあでも、別にお前と少年に面識があったっていいか。少年がやりやすいようにやってくれれば良かったんだ」
 そっかそっか、と納得する俺。こんなにも物分りがいいのは、以前少年に幽霊がいかにでたらめな存在かを教えられたからだった。人間は学習するのだ。
 ただ依然、隣の楓は納得していないようだった。
 俺は楓を納得させるようにこう言った。
「幽霊っていうのは俺達の常識じゃ測れないんだ」
「でも、彼が言ったのよ?」
「何を?」
「『幽霊は直接的に本人に死を告げることが禁止されています』って」
 口調があの少年に良く似ていた。俺は本当に楓の言うのと同じ少年の夢を見ているらしい。ただ、そんな事はどうでもいい。今の言葉のせいで再び俺は混乱した。

 俺は少年に『ナガオカさんは死にます』と言われた。
 幽霊は直接的に本人に死を告げることが禁止されています。

 これはおかしい。少年の言っていることは矛盾している。
 俺は少年が楓に嘘を吐いたのではないかと考えた。今までの彼のやり方は、結構、強引だ。強盗をやっつけたスリープスの曲のヒントだって、あの時たまたま思い付いたから良かったものの、とても親切だとは言い難かった。だから、嘘を吐いている可能性が低いとは決して言えない。俺はそう結論付けた。
 ただ、そうなると何のためにそんな嘘を吐いたのかさっぱり分からなかった。今回の件と、幽霊が本人に死を宣告してはいけないというルールは一体どこで結びつくのだろうか?
「長岡、家に着いたよ」
 気付けば楓の家だった。
 まあ、いいか。
 俺は先程の疑問はもう忘れる事にした。そもそも人間の俺に幽霊の考える事が分かるわけがない。分からなくても俺は生きてるし、全部丸く収まったのだ。だから、これでいいだろう。俺はこの事が、CDの仕組みを知らなくても音楽は聴ける、という事に似ているような気がした。

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