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日曜日は天気が良かったので「成田山」に行ってきました。成田山には子供のころから毎年このくらいの時期に行っています。いつもは父と一緒ですが、今年はいません。今年は、母、弟、私&私の旦那で行きました。すごく楽しかったです。旦那もすごく楽しかったそうです。父の思い出話をしながら行きました。父と思い出のある場所って辛いかな~?って思ってましたけど、逆ですね。父が身近に感じられて、とても暖かい気持ちになります。父も一緒に成田山に行っているような気がします。きっと、父も一緒にいたんですね。
2007年10月29日
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今日、父の葬儀に参列した友人から、「お父さんと弟と○○(私の名前)、そっくりだね」と言われました。昔から似てる似てるとは言われ続けていますが、やっぱり似ているんですね。父の遺伝子は私と弟にしっかりと受け継がれているようです。ちなみに、弟は声も父にそっくりです。電話だとどっちだかわかりません。私は父に性格や行動や食べ物の好みがそっくりです。あらためて父に似ていると言われると嬉しいですね。もちろん、母の遺伝子もちゃんと受け継いでますよ♪
2007年10月24日
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今日は御位牌を見に仏具屋さんへ行ってきました。ついでに仏壇なんかも見たんですけど、お値段がピンキリで・・・。しかも、「○○葬儀社をご利用の御葬家様は40%~50%OFF」だったりする。一体、原価はいくらなんだ~~~???50%OFFでも利益があるって事でしょ~?なんだかな~(´ω`;)>゛値段があってないようなモノ??我が家は分家なのでお墓もないので、お墓探しもしなくちゃならない。これもまた、わからない事だらけ。宗派とか良くわからないんだけど・・・。四十九日の法要が終わったら少し落ち着くのかな?
2007年10月20日
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タイトルに意味はないです。なんとなく、です。色々あってバタバタしていたら、いつの間にかすっかり秋になっちゃいました。明日は美容院に行こうかな~♪くよくよしててもお父さんは戻って来ないし、残った家族が明るく前向きに生きて行った方が、お父さんも安心できるでしょ(*^ー’)bって早すぎ~~~~??私たちのお父さんは本当にお茶目で面白い人だったので、父の思い出話をすると涙も悲しい涙ではなく、笑いすぎて涙が出るって感じです。闘病生活中も色々と笑わせてくれたので、楽しい思い出がたくさんあります。楽しかったな~闘病生活。父がこれを読んだら、「楽しかないよ!!!」と怒るかもしれませんけどね。でも、こんなに父と話した年は今までにないかも。私は父とは昔からわりと仲良しで、一緒に買い物に行ったり、休みの日の朝食はいつも一緒に食べてました。家族の中で早起きなのが私と父だけだったので、休みの日の6時ごろから起きだして二人で朝ごはん食べてましたね。闘病中には会社を抜け出して昼休みに病院へ行って一緒に昼ごはんを食べたりしました。なんとなく、仕事の途中で父と会うのが新鮮で、ウキウキしながら病院へ行っていたのを覚えています。私の勤めている会社にも感謝しないといけないです。時給で働いているワケではないのに昼休み2時間くれたんですから。ありがたいですよね~休みもいっぱいもらいました。たくさん父との時間をもらいました。来週の月曜日からまた普通に出勤します。今まで以上に張り切って働かせていただきます♪
2007年10月19日
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父が亡くなってから日が経つにつれ、寂しさが増してきているような気がします。葬儀の時は何かのイベントのようで、終われば父が帰ってくるような・・・そんな気がしていました。葬儀の慌しさが終わって来客も少なくなり、平凡な日常が戻ってくると、寂しさは尚いっそう身にしみます。母はもっと切に感じているのでしょうか。今年の一月、私たちが父の病名を知る前に父の言った言葉。「おねえちゃんの子供の顔が見たいな」私の子供の顔が見たいって事です。その時私は、父の病名も余命も知りませんでしたから、「そのうち見れるでしょ~」と軽~く答えましたけど、その時父は知っていたんですよね、自分の病気の事。私だって見たいです。父が私の子供を抱いているところ。「じぃじ」と呼ばれて目を細めているところ・・・。「しょうがない」と諦めたつもりでいましたが、他人から「残念だね」と言われると胸が締め付けられるように痛い。
2007年10月18日
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父の闘病にかかったお金について母と概算してみました。病院の治療 100万円くらい (抗がん剤、等)健康食品 300万円くらい (酵素、フコイダン、アラビノキシラン、乳酸菌酵素 等)その他 100万円くらい (リクライニングベット、温熱治療器、空気清浄機 等)だいたい、500万円くらいでしょうか。もう少し落ち着いたら正確な数字を計算するつもりですが。この、500万円という金額は高いと思いますか?その他にも、病院までの交通費なんかも含めるともっとかかっているかも。私は案外安かったなと思います。母は可能性のある事なら全てやりたいと言っていましたから、病院の治療でも「保険適用外」の治療もおかまいなしでしたし、健康食品についても良いと思われることは全てやりました。とにかく、お金に糸目はつけずなんでも、本当になんでもやりました。なので、もう1千万くらい使っちゃっているんじゃないかと思っていました。健康食品に300万円くらい使いましたが効果がなかったのでしょうか?結果的に2ヶ月の命が10ヶ月になりましたが治ったわけではないので・・・。ただ、全く効果がなかったとは思いません。酵素を取り始めたら食欲が戻った時期もありましたし。父は癌発覚時にリンパへの転移があったので全身への転移も時間の問題でした。最近、CT検査とかしたわけではないので転移の有無はわかりませんが、最期まで、他の臓器の異常で苦しむ事はありませんでした。亡くなる当日でさえ、私よりも良い便でしたし。癌による激痛みたいなものもありませんでしたし。鎮痛剤も頭痛で使うのを2回ぐらい使っただけです。だから、まだ大丈夫だと思ってしまったんですけどね・・・。残った健康食品は私たちが使おうと思います。酵素はIKKOさんも飲んでいるみたいですね。(メーカーは不明ですが)アラビノキシランはお肌がツルツルになります。フコイダンは・・・あんまり美味しくないです。死んだらどこに行くのか・・・。そんなことを考えます。49日までは近くにいるとか言いますが、それは現世の人が考えた事なので信じていません。いつまでいるのかはわかりませんが、まだ近くにいるのはわかります。さっきテレビを見ながら転寝をしていたら、脇に座っている人影がありました。母かと思っていましたが、母ではないそうです。あぁ、父が「そんなところで転寝をしていたら風邪をひくぞ」と心配して出てきちゃったんですね。ちょうど父の夢を見ていましたし。心配かけると父が迷っちゃうから、しっかりしないといけないですね。
2007年10月17日
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10月10日 水曜日 午後9時24分父は約10ヶ月間の闘病生活に幕を下ろしました。最後は苦しむ事もなく、家族や親戚に見守られながら、静かに息を引き取りました。父は最期に一筋の涙を流しましたが、それは、感謝の気持ちを持ちながら亡くなったのだと、お坊様がおっしゃっていたそうです。明日は初七日になります。私たち残された家族は元気です。父がいなくなった寂しさはありますが、父の死を受け入れ前向きに生きていけそうです。精神的に一番辛かったのは、父の病名を知り、余命宣告された今年の一月でした。息の仕方がわからなくなるくらい動揺し、しばらく食欲もなかったのを覚えています。あれから10ヶ月、父の病気を治すために家族一丸となって頑張ってきました。この10ヶ月があるから、今穏やかに父の死を受け入れられたのだと思います。私たちが想像している以上に肝臓病って辛いようですね。一番辛い症状が「倦怠感」という周りからはわからない症状の為、周りに理解してもらえず、とても苦しいそうです。私たちも父が亡くなるほど肝臓病が進んでいることは、意識を失う前日にさえ気づきませんでした。いつもと同じ夜だったのに、まさか翌朝ベッドで意識不明になっているとは・・・。父は私たち家族の為に10ヶ月も頑張ってくれたのだと思います。この10ヶ月間、父と過ごした日々は私たちにとってかけがえのない時間です。余命宣告されてから過ごす日々は不安と恐怖もありましたが、父と過ごす一日一日、瞬間瞬間に感謝して幸せを感じながら過ごしたので、辛かったはずの闘病生活も辛い記憶はほとんどありません。10ヶ月間、本当にお疲れ様でした。大好きなお父さん。ありがとう、いつかまた会えるよね。
2007年10月15日
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父は奇跡的に意識を取り戻し会話ができるまで回復しましたが、 以前、点滴と酸素マスクを外せる状態ではなく、 危険な状態には変わりないようです。 意識を失った原因は肝機能の低下と、 このところの食欲不振による低血糖が原因だったそうです。 今は病院で携帯から日記を書いていますので、 コメントにお返事もできず申し訳ございません。 父は昨日の急変の事を全く覚えておらず、 あんなに苦しんだのに何故自分が病院にいるのかもわかりませんでした。 父の苦しんでいる姿は数年前に亡くなった祖母の様子と似ていたので、 あの時私は本当にこのまま父が逝ってしまうと、 必死に父を呼び続けました。 幸い、父は戻ってきたわけですが、 意識が戻って自分が病院にいる事がわかると、 「もうダメなんだ」と思ってしまったみたいで… もし、あのまま逝ってしまったなら、 もう苦しい思いや不安な思いや痛い思いをしなくても良いのかな とか考えてしまいます。 ハッキリ意識が戻ったのが余計に悲しい… そう思いつつも、父に生きていてほしい 意識障害が起きないで欲しいと 嫌がる父に酸素マスクを必死でつけさせたりしてしまいます。 今は意識がハッキリしているので、 おとなしくつけていてくれますが… 支離滅裂ですが、なんだかんだ言っても、 父の意識が戻って私の目をキチンと見て 名前を呼んでくれた時は本当に嬉しかったです。
2007年10月06日
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父が急変しました。 意識がなく救急隊には病院までもたないと言われました。 病院に着いても意識が戻る事はないと言われました。 今は落ち着き少しコミュニケーションが取れるようになりました。 良かった。
2007年10月05日
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ここんとこ急に寒くなりましたね。癌でない私も鼻水ズルズルで体調崩し気味です(´ω`)末期癌の父には相当堪えたらしく、絶不調です。季節の変わり目って危険だと実感しました。食欲もなく、体力も急激に落ちたように見えます。今日の外来での血液検査は悪くなってました。医者は「血液検査します?」って感じで、ちょっと見放された感じ。まぁ、たしかに悪かったからって何かできる訳でもないんですけど。これはいよいよ覚悟の時が来たのかな~と思うと、胸が締め付けられるように痛いです。父が最初に入院した時のような気持ちです。最初に入院した頃はまだ寒くて、早歩きで病院に行ってたな~。すごく必死で定時とともにタイムカードを押して病院に毎日行ってた。朝も会社行く前に病院に寄って父の顔見てから行ってたな。昼休みも病院に行ってた。懐かしいな~あの頃は末期癌と診断されても元気だったな、今と比べると。余命を過ぎても大笑いとかしてたな。春の頃は本当に良くなってきたから治ると信じてた。つい最近まで、心の底では治るんじゃないかと思ってた。今年の猛暑も乗り切ったんだし、今回の気温の変化も乗り切って欲しいな~。闘病中は喧嘩もしたりしたけど、私はお父さんが大好きです。やっぱり、お父さんが大好きです。どうか、体調が良くなりますように・・・。
2007年10月03日
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