全60件 (60件中 1-50件目)
ブログを移転します。http://ameblo.jp/kiraku1/初めのうちは移転作業でこちらの記事と重複することも多いと思いますが、これからもよろしくお願いします。
2009.01.13
2009年からヒプノセラピーをメニューに加えることとなりました。 ブームが去ってのまさに満を持しての今です 2年前から勉強を始めましたが、やっと実践で使える確信が持てて告知することとなりました。 前世やインナーチャイルドと言ったジャンルの誘導催眠なのですが、 これらを知った当初は、実はバカにしておりました。 「記憶を思い出すだけで、症状が消える」 そんな便利なものあるの?? しかし、あるとき、ヒプノのグループワークをした際、 内的な感情のエネルギーが動く実感があり、 その後、自分の行動の中で明らかな変化を感じることがあり、 勉強を始めました。 相変わらず、自分で体験して納得しないとその気になれないです・・ しかし、その気になったといっても、実際過去世があるかないかすらわかりません。 でも、その方の潜在意識が過去世というストーリーを使って 自覚している自分へメッセージ(気づき)をくれているのだなという ことは理解できました。 もちろん、うまくイメージが進まないこともありますけどね。 その後は実践をするたび、なるほど、へぇ~、そうくるか!という症例がでて、これは、ぜひとも多くの方に体験をしていただきたいと思い、 メニューに加えることにいたしました。 いままでのエネルギー療法やヒーリングのノウハウを生かしつつも 全く違うポイントからもアプローチできることで、対応できる ことが増えそうです。 そこで、ちょっと宣伝 サロン氣楽のヒプノセラピー 2009年1~3月までモニター価格で7500円で実施いたします。 (それ以後は15000円です。) 東京世田谷、新大阪、奈良の各院で予約可能です。 たぶん二時間くらいかかります。 この機会にぜひ体験してみてください。
2008.12.26
えっとですね、エネルギー講座とかでエネルギーがイメージの仕方で流れる質がかわるという話をすることがあるんですが、そのとき「○○式はどれになりますか?」という質問がきます。それはいつも決まって同じ流派の方からの質問です。僕が伝えたいのは、どの流派がどれに当てはまるか、とか上か下ではなくて自分のイメージしだいで働きも影響も違いますよ・・・ということなんですよね。だって、伝授とかうけてなくてもエネルギーなんてつかえるもん。本格的にやるなら別だけど・・・すなわち「なんでもいっしょ」ということ。宇宙や愛に差はない。すくなくともそれをうたい文句にしてやってるエネルギーは自分ところはこういうやり方です!と強調しないほうがいいと思う。そしてどこにもあてはまらないとも思う。なので、できたら僕は「氣楽式」とか「○○ヒーリング」とか名前をつけたくないかなって思ってるんです。いろいろ勉強したけど、結局みんなほんまいっしょやもん。だからエネルギー概論みたいな感じでやっていけたらいいなとおもいます。
2008.12.26
僕の施術の目的は痛みやつらさを軽減するということがメインではあるのですが、もうひとつの目的として「緩む」ということがあります。それは身体(筋肉や内臓)もそうですが、心も同時に行います。一言でいうと「芯が緩む」感じですね。ただ、言葉としてお話して緩まれる方もおられますが、多くは手技かエネルギーです。ようは語らず緩める・・・ができるかどうかなんですね。そう思うと、言葉のみのカウンセリングなどをされている方の技術はすごいと思います。その方々に響く言葉を使い分けるわけですからいろんな価値観や知識が必要となりますから僕にはとてもできません。その点、いまの僕のアプローチはそれらがいらないのでありがたいです(^^)では、実際「緩む」とどうなるかというと基本的にはめちゃめちゃ気持ちがいい!!に尽きます。でも、中には 大泣きする方や大笑いされる方、 走りだしたくなる方 ユルユルで動けなくなる方、いろんな反応があります。それらは逆に 泣くことや笑うことを制限していた 動くことを制限していた 緊張が続いていたことが鬱積していた結果だと思います。緩むことで抑えられなくなって思わず解放してしまった・・・という解釈ですかね、カタルシスとか言うらしいです。それをカラオケやお酒、趣味で実践している方はいいんですが、そうでないとたまりますからねぇ。なんでもため込むのはよくないのかも??お金も循環!循環!
2008.12.17
簡単にいえば、専門職と総合職。職人と営業。ある人が「人はスペシャリストとジェネラリストに大別できるかもね」と話していました。サラリーマンの頃から技術系だったので、えー加減な思いつきばかりを話してる営業を見て「よくこれで仕事が成立しているよなぁ」といつも思っていました。先日、ピアニストのクライアントさんが愚痴ってました。旅行の計画立ててたのにプロデューサーが「遊んでる場合じゃないですよ!CDの製作が云々・・・といっといて自分は海外旅行いってるのよね、企画だけあげといて消えちゃった」、ま、ご立腹も仕方ないです。いまも、職人みたいな仕事ですから、その思いはかわらないんですが、考えてみたら、スペシャリストはその道をいかに追求するかが仕事であり、人を動かさなくとも、動機付けがなくとも成立するわけです、二ーズさえあれば。でも、その分ジェネラリストから見たら偏屈なガンコものとしか見れないでしょうね。一方、ジェネラリストは企画力もそうですが、人を動かし、その気にさせないといけないわけです。その人自身がじっとしていたらなにも動かないわけですね。そう考えると、あの手この手、ダメで元々でもとにかく何かを発信しつづけていないといけないわけですね。スペシャリストとジェネラリストは組織として儲ける(会社など)とかボランティア精神などの目的意識が共感しないと信頼できるところまでは行きにくい(どちらかが支配していれば信頼性はあまり重視されませんが)けど、それが合致すればすばらしいことが起こるように思います。最近、氣になったことの話でした。
2008.11.29
昨年から始まったお氣楽エネルギー講座 昨年は大阪では大人数になってしまうことも多かったのですが、 今年は10数名でこじんまりとアットホームな雰囲気でやっております 日曜は新大阪の和室で、平日は2部の淳香先生の平野の施術院で、 東京は昨年と変わらず世田谷のワンルームで5,6名でこっそりやっております^^ 少人数だとなかなかゆる~い感じでフレンドリーになりますね 繰り返し復習することと、新しくお伝えすることがありますので、 毎回参加いただいてる方にも喜んでいただいてます。 毎回参加している私がそれは一番体感しているかも! ワークする相手が違っても、自分のエネルギー状態によっても、 新しい発見が毎回あるんですよね 初めての方には 「こんな簡単にできるんだ・・・」とおっしゃていただくことが多いんですが そうなんです。 エネルギーを扱うことは、実は、簡単にできるんですよ。 もちろん、そこそこ使えるにはそれなりの 訓練やセンスも必要です。 でも、ピアノやスポーツといっしょで技術なんです 興味ある方はぜひご参加くださいね さて、今年最後のエネルギー講座です。 各地でのスケジュールですので、よかったら足をお運びください シリーズ5回目だけど、初めての方でも充分楽しんでいただける内容です。 一部はいつもどおり一部はいつもどおりの基礎的なワーク (誘導瞑想、自働運動、遠隔療法)を吉田先生が指導します。 (新大阪、吉田、世田谷、森田) 二部は総合的なヒーリングテクニックのご紹介とワークになります。 チャクラのヒーリングや内臓を元気にするエネルギーワークなど すぐに使える小ネタもいっぱいやります。 帰りはポカポカ気持ちよくなってますよ もちろん誰でも簡単にできますし、 自分自身にもできます。 家族、友人、ペットにもできます 2008年11月3日(月、祝) 新大阪「お氣楽エネルギー講座」 ●場所 大阪市立青少年文化創造ステーション 和室 KOKO PLAZA ココプラザ) http://www.kokoplaza.net/access/map.html 2008年11月23日(日) 東京「お氣楽エネルギー講座」 ●場所:サロン氣楽、世田谷院 http://homepage3.nifty.com/KIRAKU/access-tokyo.htm 2008年12月4日(木) 大阪平日「お氣楽エネルギー講座」 ●場所 清風ヒーリング整体院 http://www.k4.dion.ne.jp/~kiyoraka/akusesu.html いずれも ●時間 1部 13:00~ 講師 清風ヒーリング整体院 吉田 (世田谷、森田) 2部 15:00~ 講師 サロン氣楽 森田 ●料金 ( )内は氣楽のエネルギースクール及び 能力伝授を受けていただいてる方 1部2000円(2000円)、 2部4000円(2000円)、 両方参加5000円(3000円) お申し込みの方は、お名前と携帯番号を kiraku@mbm.nifty.comまでメールでお送りください。 お申し込みお待ちしています~
2008.10.29
エネルギーの実験なんかをやってるとたまに面白いことが起こります。といっても、ほとんど信じていただけないようなことですけどね。そして、あんまりやってはいけないようなこともあったりするんですけど・・・でも、これはどちらかというとよきことなんでご興味あればお読みください(^^)同じ位の意識を感じる、同じ位のパワーのある人同士がエネルギーを循環させるとたま~に人格が入れ替わることがあったりします。昔、「転校生」って映画ありましたが、それはぶつかったエネルギーで男女が入れ替わっちゃったというストーリーですが、僕が体験したのはそこまで派手ではないんですが、あることをするとなんとなく入れ替わるんですね。それで、得たことは「相手がどうなってるのか、なぜそのような行動をとるのか?そのような態度をとるのか?」が理解できるということです。で、なるほど!と思えたこと。落ち着きのない人がいました。全体像でいえば、パワフルで行動的な方です。その人と入れ替わったとき、僕も落ち着きがなくなりました。とにかくじっとしていれないんです。体を揺らしたり、指を常に動かしたり、じっとしていられないんですね。前々からなんでだろう?と思っていたんですが、理由がわかりました。その人はエネルギーが体の奥からこんこんと湧き出ていたんですね。だからそれを消費するためには、普通に座って話していても体を動かしていなければ発散できずイライラしてしまうわけです。普段、パワフルな方はそうなんでしょうね。一方、僕を体験した相手は「静か過ぎるぐらい淡々としていて退屈・・・」といってました。どちらかというと僕は外から取り入れる省エネタイプですから・・でも、これらのことは入れ替わったからこそ、自分とは違う「差」というものがあったからこそわかったことです。自分自身は生まれてから自分しか知りませんからそれが当たり前なんで、自分がなぜその個性かなんてわかりませんもんね。で、このことで、落ち着きのない相手への偏見がなくなったことはいうまでもありません。そうせざるを得ないわけですから・・・あー、そうだったんだって。この話については賛否両論あると思いますが、僕は「人同士がわかりあう」という観点からよいことだと思って書いてみました。面白いと思うんだけどなぁ。でも、講座ではこんなややこしいことはいたしません、ご安心ください。
2008.10.17
最近、気づいたことがあります。 その店の屋号や、その団体が掲げるコンセプト ってそれをモットーにしてるんじゃなくて、 それを目標にしているってことです。 逆に言えば、自然体ならできていないってこと。(きびしーーー) もちろん自然体でやってる方もおられると思いますけど。 うちも実はそうだったんですよね。 屋号は「氣楽」なんですが、僕自身はすごくシビアにいろんなことを見ているし、いろいろ考えるし、だから「氣楽にいきたい」から「氣楽」って名前(コンセプト)にした。 氣を楽しむっていう意味では「氣楽」ですが・・ これを読んで「そんな世の中斜めに見なくてもいいじゃん」 と思われる方も多いでしょうけど、本質を見るにはいいかもしれません。 うちの嫁さんはホラー映画が好きで、かわいいドクロの ピアスがほしいっていってます。 そういえば、ホラー好きって明るいやつが多い氣がする・・ 趣味はダーク??ですが、人間そのものは、あっけらかんの普通の人です。 もちろん、僕のやってることはまったく理解してくれていません。 (^^;) そう考えると「ないものねだり」がその人のコンセプトや 趣味に現れるのかもしれません。 幸せ、わくわく、にこにこ、愛、慈悲、・・・ポジティブ表現はすでにそうである人はわざわざその言葉を持ち出さない。 普通に生きていてポジティブが当たり前なんだから いちいち気にしないよね。 ダーク、不幸、悪魔・・・ネガティブな言葉は 楽観的に余裕のある人が軽~く使っているかもしれない。 ネガティブな言葉をいったから悪くなる。。なんて 考えもしないぐらい明るかったりする。以前「ありがとうございますシール」が流行ったときにものすごく違和感と笑いがありました。なんでわざわざ当たり前のことをシールにしなきゃならんのだ?です。自分もそうですが、人は弱いですね。 あー、こんなこと考えてること自体「氣楽」じゃないよねぇ。 でも、「氣楽にいきる」ためにかんばってます!! コンセプトはそれでいいのだ。
2008.09.09
もったいぶったあとのつづきです(^^)えへへ。生き方が変わると書いたのはまず自分が明らかに変わったという実感があり、そしてその手法を施術に展開したとき、やはりクライアントさんもそうなっていったという結果があるからなんです。もちろん、その方の準備やタイミングによって一回で激変する方、何年か整体で通っていただいていて突然変化しだした人、ゆっくりすこしずつの方全然変化ない方さまざまです。では、その「変わった」とはどう変わったかということですよね。一般的には「上を目指す」「成長する」「進化する」という言葉がよく使われるのですが、僕の感じるそれは「元に戻る」「自然体」「本来の自分」ということです。前回書いた「ひずみをとる」に大きく関連するのですが、僕のやっている施術は「身体のひずみを取り、エネルギーの流れをよくする」といういわば‘ごみ掃除‘と、とにかく深いリラックスを体験してもらうことだけで、積極的に何かを意図的に変化させたり、コントロールしたりすることは痛みをとること以外には今は使っていません。(一時期はそうゆうこともありましたが、それはかなり傲慢なことだと気づきやめました。まだ、少しそういった部分も無意識であるかもしれません。言葉としてもあまり親切でないことのほうがおおいかも(^^;)そのときは叱ってください(^^;)よろしくです。)ひずみが取れていくにつれ、不安などいわゆるネガティブなものが解消、もしくは受け入れやすくなること、自分と向き合うことが起こりやすくなるなどの情報が入ってきやすくなるようです。ぐるぐる巻きの水道のホースのねじれをなおしていくような感じですね。それだけで、十分本来の自分の生きている目的なり、役割なりを実感する方向に向かって「流れに乗る」ことができていくように思っています。そうなってくると、多少のしんどいこともあって当たり前、順調、と思え、過去のつらかったことさえ、必要であったと実感し、実は想い描いていたことも現実化している自分に気づいていく。共感できる人も集まってくるし、いろんなことが楽になる。もちろん、こうなっていくには自分ひとりでは無理。周りの人が理解してくれないと難しい。でも、自分が変われば相手も変わる。時に切れることもある。それも流れ、乗ったほうがよいかもです。そういったことが全部、ありになれば、まさに「気楽に生きる」ですね。最後になりますが、僕は病気になってくれた?息子と脱サラをいとも簡単にokしてくれた嫁さん、その後関わってくれた方たち、そしてエネルギーの存在に出会えたことに感謝しています。そして、講座やスクールという形からですが、自分がよかったと思えることをわかる範囲ではありますがいろんな方にお伝えしていく機会にめぐり合えたことに感謝しています。これが実は自然な流れなんだろうけど、僕の「こだわり」です。
2008.08.18
つづきです。エネルギー療法といっても、当初やっていたことは一般的にいう「エネルギーを入れる」ことと骨を調整することだけでした。(のちに細かい調整方法を開発しますが・・・)それだけでも、いままで以上に結果を得ることができ、難病などを改善することもありました。そして、あるときから、「心のつらさ」を持つ方が急に増え始めました。看板はあくまで「整体」なんですが、紹介で来たり、肩こりなんだけど、問診したらウツだったりという方が続きました。カウンセリングなんて勉強していないし、でも、エネルギーやクレニオやると、なんだか改善する方が増え、いつの間にやら心の面もフォローするようになってしまいました。そこで、出た結論は「身体やエネルギーのひずみを改善すると心のひずみも改善する」ということでした。僕の施術やセッションを受けていただいた方はご存知だと思いますが、前半は会話もしますが(カウンセリングはのちに勉強しましたが、ほとんどその手法は使っていない。クライアントさんとの距離を広げる結果になるようなものが多かった)後半は黙ってただリラックスしていただいているだけです。その間にいろんなひずみを修正するのですが、不思議と心が楽になっておられることが多いようです。それに加えて、「気づき」が増えるようです。エネルギーの流れがよくなると、情報量が増えます。当然、気づくための材料が多くなるわけです。エネルギーの調整で心も身体も良くなるなんてこんないいことないじゃないですか(^^)しかも、施術側の僕も、受けているクライアントさんも予想もしないような良い結果が出たりするわけです。(今はいろんな傾向がわかっているんで、だいたい予測はできるようになりましたが、当時は毎日が発見でした。そして、のちにそれがヒーリングと呼ばれていることを知りました。本読まないと駄目だねぇ)その結果の出方が特殊なことが多かったこともあり、逆に、特殊な症状をお持ちの方(いわゆる不思議体験や妄想的なつらさで周りに理解されない症状をもって苦しんでおられる方)の改善が続いたときもありました。僕も当初は理解できなかったのですが、世間でいう霊的な影響と言われているもののほとんどはそうではないこともわかりました。これはちょっとヘビーな内容ですね・・・そしてエネルギーの可能性はそれだけにとどまらない事がまたまたある結果を通してわかってきました。それは生き方が変わるということです。 もったいぶって、つづく
2008.08.08
僕はあんまり自分の過去のことは書かないんですけど、講座も近いことですし、なぜこんなあやしい?ことに首をつっこんだか自分の整理もかねて書いてみようと思いました。そもそも一部上場企業の自動車部品メーカーのエンジニアをやっているときに(いま在籍してたら儲かってるやろなぁ、けど同期がほぼ海外飛んで身体こわしてるしなぁ。微妙)子供が喘息になって、自分がなにかできないだろうか?と本屋で見たのが「喘息は身体の歪から」という感じの整体系の本でした。これなら自分でもできるかな?って感じでカイロプラクティック(みたいな)の勉強を仕事いきながら土日スクールに通って、その後独立したわけだけど、やっぱリスクが高い割りに成果がいまいちでない(それは未熟だからですが)。インターン中に精神世界好きな先輩がいて、なにやらあやしい本を紹介されたんだけど、一冊だけ、薄い、字の大きい本だけが読めた。今の僕の施術のベースになっている頭蓋仙骨療法(クレニオセイクラルワーク)開発者のジョンーアプレジャー博士著の「もうひとりのあなた」という本だった。その内容が西洋医学でもあるオステオパシーの博士なのにエネルギー的なアプローチや感情解放などのテクニックが軽く書かれており、それ関連のブアツイ専門書買って我流でやり始めていたけど、これが結構結果が出る。そのうち借金して50万の短期セミナーにも行ったりして技術を高めていった。クレニオやりだしたら、やはりエネルギー療法をやってみたくなるんだけど、クライアントさんにお金いただいて手を当ててるだけは当時は罪悪感があって手技をひととおりやってから練習だからと断ってやらせてもらったりしてました。そのうち、エネルギーの能力について客観的に書いた本が目に付きました(これも読みやすい本)うさんくさいと思いつつ入会したその直後、会報に「頭蓋脊椎仙骨調整師養成講座」みたいなのが書いてあり「お、これは!」と即申し込みをしたら、いざ講座が始まったら、なんと何も手で触らずにイメージだけでやる調整を教えるではないですか。(当時、6万だったけど、いまは50万ぐらいかかるらしい。なんでも高い。でもこれが生活の糧になるなら安い。)当時はそんなんで人の骨動くとは思えず、やられた!と思ったのですが、いまや当たり前になってる自分が怖いです。それからというもの、クライアントさんに光線あててる間にカーテンの陰からやってみたり、いろいろ試しました。それでもあまり自信が持てず、エネルギーを使っている実感が乏しい日々でした。しかし、子供にもやり続け、そのうち子供の病気も治り、自分も喘息が治った。そしていろんな結果が出始めてきた。 つづく
2008.07.25
2回目の大阪エネルギー講座でした。 今回も会場はいっぱいで賑わいました。 ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。 一部の淳香先生は人気の自発功(自動運動、活元運動) や遠隔ヒーリングの基礎をお話されていました。 で、僕はというと、相変わらずいかに笑いを取るか・・ いやいや、いかに体感、実感いただくかというワークを交え 手を変え、品を変え、いろいろ話させていただきました。 一言で氣やエネルギーといっても目的や用途によっていろんな種類が 当然あるはずです。 人の体にアプローチしても ただ、「あったかくなりました」「体が楽になりました」 ではおもしろくないですやん! どうあったかくなるのか?何パターンかのやり方でどう変わるの? といった変化をつけたほうが、より興味も持っていただけるかな? というスタンスで「差」を感じてもらいたいというのが 想いとしてあります。 エネルギーを物品に封入するでも その仕方や物品の質、封入する人の「差」でも いろいろ違ってきますから それを感じていただけたことがうれしいですね。 いくら偉い人、スゴイ人が話しても、それはそれ。 やはり 「体験したことだけが真実」 なんだと思います。 で、そうこうやっていくうちにやがて みなさんがいろんなことに氣づいていかれることで ご自分なり「答え」が出てくるんだと思います。 そんなエネルギー講座です^^
2008.07.16
講座でお話したことを実践してすぐ結果がでましたとちょこちょこ報告をいただいてうれしく思っています。ちょっとした意識づけですぐ実践できるのがエネルギーのいいところです。 もちろん、もっと人に何かを施したり、もっといろんな経験を してみたいと思う方は、それなりの時間や量を研鑚、勉強したり、能力伝授やレイキでいうアチューンメントなどで 情報量を増やすといったことがいるかもしれませんが 日常でよりよく過ごす工夫のひとつとして誰でも意識すれば 活用できることと思います。 特別ではなく、普通なんです。 ただ、知らなかっただけかも。 ピアノのレッスンに例えるなら ○ピアノの音は鍵盤をたたけば誰でも音だけはなる =誰でも使える。 ○ドレミを覚えれば楽しめる =技術を知る。 ○どんどん楽しくなるとどんどんレパートリーが増え、人にも聞いてもらえる =使い方を学んでいく。人にも施せる ○いいピアノがほしくなり、本格的に学ぶ =伝授などを受ける。勉強する、努力する ○より人に聞いてもらうことで、自分も人も幸せになる =より人に施すことで、自分も人も幸せになる 何も特別なことではないんですよね。 楽しく。ピアノを弾くように、エネルギーに接していただけたらと思います。 そりゃ、プロになるにはどちらもセンスや半端じゃない努力 もいるだろうけど、それはそこまではまった人??だけで エネルギー自体は今ある一般的な技術となんら変わりない と思っています。 とにかく使い倒してください(^^)
2008.07.01
氣功やエネルギーの会話のなかで「マイナスが強いねぇ」「邪気をもらったよ」なんて言葉を聞きます。プラスとマイナス、善と悪、どちらも当人に不要なものがマイナスであり悪であり・・・でも、こういった目には見えない世界は共感するからプラスもマイナスも影響を受けるものであり、自分にないものは相手がどうであれ影響受けないのが理屈だと思うんですよ。ディズニーランドにいったって、いってない人に「こうこうでめっちゃ楽しかった!」といっても、いってない人には「ふぅ~ん」でしかない。男性に生理痛のつらさはわからないし、共感できないけど、捻挫は男女共通だからその痛さは共感できる。すなわち、マイナス(邪氣)を受けた・・・ということはその同じ要素が自分にあるから受ける。自分はきれいだと(そんなマイナス要素は持ち合わせていない)と思っているから相手からもらってしんどいのだ!と発想してしまう。でも実際は、きれいだったら素通りするはずですね。以前、僕も「人のせいだ」と、発想していたんだけど、ある時、気づいたことがありました。施術でクライアントさんの影響を受けてしんどくなったとき、それを自分で引っこ抜いていたら、昔のつらかった感情が出てきたんですよね。なんだ、同じ部分に共鳴してたのか!と目からうろこ・・・相手のマイナス(邪氣)は自分のマイナス部分を浮き出させるきっかけを作ってくれるもんなんだね。どうしても、世間ではこの表現をするので僕もついしてしまうけどほんとは「共鳴エネルギー」とか「共氣」とかそんなかんじかもしれませんね。いろいろ人のせいにしないようにしたいもんです。
2008.06.23
よく、スピリチュアルなセッションやリーディングで「それはお父さんの影響で・・・」「お母さんがどうこうで・・・」といわれましたとクライアントさんから聞くことがあります。ほとんどの場合、生まれて最初に愛してくれるのは親だけど、トラウマくれるのも親だと思ってます。(近頃はニュースで多数報道されている通り、「愛してくれる」は当てはまらないことも多いでしょうね)だから、「親のせいで~」は生きるための超超超大前提と考えたほうがいいと思います。生まれるとともについてる足かせみたいなもんでしょう。はやくはずしたもん勝ちかもしれません。で、いろんな諸問題の相談に「まず、親のことを解決しましょう」とアドバイスしている人たち。一番はじめのトラウマの原因を解決したら、そりゃすべて解決するでしょう。そこが根源なんだから・・・でも、そんな高い高いハードルを一番最初にこえることなんてほとんど無理でしょう。正論ですが、実践的でない。他人とのことも解決できないのに、その根源に一足飛びにいくことは至難の業です。そりゃ中には行く人もいるでしょうけど・・・「親との問題(もちろん内面的な部分)が解決しないんでなかなか前に進まないんですよ」とぼそっという方が結構多い。僕はそんなのは当たり前やん!です。逆に諸問題を解決していくにつれて親との問題(もちろん内面的な部分)の糸口が見つかると思っています。他人で揉まれてクリアーしながら親との問題(もちろん内面的な部分)に取り組むほうがはるかに効率的だと僕は考えています。だから親との問題(もちろん内面的な部分)は一番最後でいいんじゃないでしょうか?とお話しています。今日は少し堅いお話でした。
2008.06.17
バランスよく自然体に戻ることは大事なことだと思います。僕は「肉体、精神、魂の軸を合わせていく」と表現しているのですが、それが、合うにつれて「神さんの作ったストーリー」に乗っていくことになります。それが自然体。肉体の軸はわかりやすですよね。いわゆる姿勢なんですが、整体として骨格を調整していくことがその代表かな。ストレッチ、ヨガ、体操、いろいろあると思いますが僕は仙骨の状態にこだわっています。精神の軸はわかりにくいですね。環境や宗教などまわりの状況でベストはこれっていうのがないですから。でも、ひとつだけ言えることは「自分で納得しているか」ということです。それだけで軸はできるように思います。魂の軸は・・・ぶれないように思います。肉体と精神のぶれを絶対的に安定した魂の軸に合わせることが生きる目的かもしれません。だから魂を磨くとか魂の成長とかの言葉はピンとかないんですよね。魂ってたぶん完成形だと思ってます。そこに個人の肉体と精神を合わせていくと自然体になる。ただそれだけなんだと思います。遠いですけど・・・
2008.06.10
よくスピリチュアルな話で「あるがままでいいんですよ」と言ったり、言われたりして「そうだったのか、自分は自由に自分のことを表現してもいいんだ!」と気づくことがあります。僕ら戦後生まれの世代はおそらくだけど高度成長のためも含めて義務教育の時点で「平均的優等生」をベースにしてきた「無個性」の教育であって、それが実際今の日本をすごい国にしてきたんだと思います。それゆえ、表現したいけど、「言っちゃだめ、やっちゃだめ」という制限も多く、「個性」を抑えることが当たり前になり、それをやっていいのは芸術家と芸人に限られるという社会になりました。(立川談志師匠の言葉を一部お借りしました)それが経済的に豊かになった今、開放のチャンスが与えられ、「あるがまま」という言葉がはやった結果が勘違いされて「わがまま」が蔓延したように思います。僕の思うおおきな違いは「あるがまま」=自分の長所、短所を自分で認めること。「わがまま」 = ↑ を他人に認めさせること。ちなみに「無個性」 = ↑ を自分も他人も見て見ぬ振りをすること。のように思います。だから、「無個性」時代から、自分の長所、短所を認める(解放する)という意味では「あるがまま」も「わがまま」も一緒だけどね。仮に「わがまま」を選ぶと人をも巻き込むので迷惑がかかることしばしば。でも、本人は「あるがままでいいんだぁ」と信じ込む。なかなか、ひとの心は難しい。
2008.05.29
いわゆる不思議体験はみなさん、人には言えないけど、いっぱい経験されていることと思います。こればっかりは同じ体験しないといくら話しても伝わらないもんね。でも、その不思議体験が目の前で起こってそれが同じパターンである程度の人数が起こると、結果として法則化されますね。たとえば、野口整体に代表される自働運動(活源運動)なんかはそうですね。勝手に体が動き出すってやつです。僕は、自分に自分の施術クラニオセイクラル(頭蓋仙骨調整)をやってたらそうなったんだけど、それを同僚の3人にやったら3人とも再現したんで法則になるわけです。この結果としては、肉体と精神の「ひずみとり」が行われるようです。ただ、野口整体のそれとは似て否なるものですが・・・あと、エネルギーを流すと、胸やのどが詰まって、胃とか食道からエネルギーのかたまり(通称たまご=ゴブリン)が上がってきて口からゲボって出ることがある。その瞬間、心が開放し、体は弛緩すること外多いです。これは大体がネガティブな想念のかたまりなんだけど、擬似的に物質っぽくでてくるところが不思議ですねぇ。もちろん、ただのパフォーマンスじゃなくて施術の結果おこったことでクライアントさんはびっくりはするものの、なぜそうなっったかを説明すると納得されますし、やはり内面が楽になられます。こんなことが数多く起こるへんな施術院です(^^)。
2008.05.19
最近、やっと自分の長年やってきたことがまとまりつつあって、他にも目を向けてみようといろんな施術やエネルギーのセミナーなんかに顔を出し始めた。自分のスタイルが確立するまでは、必要最小限のピン!ときたものしか、勉強にはいかなかった。それでもカリスマが自爆しているようなところも多かった。で、いろいろ行って思ったことが、「マイナスエネルギーの影響は受けません!」というキャッチフレーズが多いこと。このエネルギーを使っていれば大丈夫!という感じですね。でも、僕から見たらどう見ても受けてる感じがする。というかマイナスを否定してるんですよね、ほとんど。さも、自分がきれいで他の汚れたものに侵されるようなニュアンスでいってるんですよね。やっぱり自分はきれいだって思いたいのかなぁ。だから本当のことをいっていないだけかもしれない。こわぁ~マイナスの存在を否定するからしんどくなる。肯定したら見方がかわるのにね。善悪ないという観点からすると「自分が持っているマイナス(と思わしきもの)が相手の出しているものに反応しているだけ」と僕は考えています。要は「マイナスを受けたぁ~」と大騒ぎしている人ほど同じマイナスを持っているということです。もちろん、敏感体質というつらい一面もあるでしょうけどエネルギーが波とするならば、自分が同じ周波数を持っていなければ反応はしないはずなんですよね。やせてる人に「デブ」といっても何ともないのと同じこと。エネルギーは同じ波動に響くのだ。ですから、影響を受けたときこそ、自分のマイナスが浮き彫りになっているのだからそれを抜くチャンス!と思っていただけたらいいと思います。自分で勝手にマイナスと位置づけているものを出すチャンスです。多くのクライアントさんや自分を見てきて、何か影響を受けたとき、大きな気づきがあることが多いです。どうやって抜くかは・・・それぞれのセミナーでならったことをやってみたらいいと思います。知らない方は、僕の開催している勉強会やスクールでもやってますので、よかったらどうぞ(^^)。
2008.05.12
現状、迷っているとき打破する方法があります。それは「腹をくくる」というただそれだけのこと。実際、それだけがかなり大変なんだけど(^^;)。いわゆる宣言(アファメーション)とか言葉にするという言霊的なのではなく、まさに文字どおり「腹(下丹田)」がゆるまぬよう自分を引き受けるという「決意」ですね。これは技法としてもやることができ、腹をくくる(しめる)とエネルギーがもれず、かつ上半身に拡がります。そして身体の軸が安定します。みなさんもやってみてください。座って、下腹部(へそよりやや下)を息を吐きながらおなかを出すようにして力を入れてみてください。上半身は逆にゆるみ、両手がうごきやすく、背筋が伸びるのを感じませんか?これだけでも、エネルギーが満ち、内外の情報が増え、「決意」「気づき」が増えます。簡単ですが、思いついたときやるとこれがいいんですね。世の中、瞑想、技法がいっぱいあり、わざと手を変え、品を変えややこしくしている傾向がありますが、やはり簡単シンプルがいいと思います。でも、簡単で楽なのはあきるし、おもしろみがないし、やった実感がないから続かないんですよね。その話はまた後日。僕は、施術で同様のことをエネルギーでやりますが、それはあくまで、ジャブを打ち続けてすこしづつ壁をくずすお手伝いであり、最後にストレートで穴をあけるのは本人なんですよね。
2008.05.07
僕には居場所があります。といっても所ではなく、形のない意識での居場所です。僕という個とすべてが一体化する意識だけの場です。「全意識」、「膨大な意識」などと呼ばれているかもしれません。物理学では無から有が発生するまでの10マイナス44秒の時、あるいは宗教では神、愛と呼ばれているかも知れません。自分がネガティブなとき、ストレスを感じるとき、うれしすぎるとき、そして施術するとき僕はそこに戻り感情のリセットや共感、体調の管理をします。その場は誰しも持っています。なぜならすべての始まりですからすべての存在の中にあります。そしてそれは必ずとは言えませんが誰しも体験できます。ある人は瞑想で、ある人は武術で、そして僕は施術でそれを表現します。先日施術を受けてくれたかたがぽつんと「エゴのない感覚…」と言ってくれました。ほんの少しの間、エゴが消え、身体の感覚がなくなり自分が誰かさえわからない、でもしっかり覚醒している感覚で満たされるんです。これが居場所。そのとき、優しい気持ちになれて自然体に戻れるんですよね。でも、大事なのは、その感覚をいかに日常にフィードバックするかが問題なんですが(^^)言葉でなく感覚で伝わるのはほんとにうれしかった。施術を通して体験し、みなさんに自分の居場所を思い出していただけるよう、これからもゆっくりですがやっていきます。ありがとうございました。
2008.04.28
エネルギー療法を行う上で、使用するエネルギーは 大きく分けてふたつあります。 思考エネルギー=肉体、心=急性=粗い 意識エネルギー=心、魂 =慢性=細かい 単純に分けたらこんな感じです。 同じクライアントさんでも、意識エネルギーを使っている 間はおだやかにスヤスヤ眠っていて、思考エネルギーを使ったとたん、 身体が勝手に動き出すなんて方もおられます。 思考は自分の知識で行うイメージ療法みたいなもの。 意識は何かにおまかせで行うなにもしない状態。 両方使えたほうが便利です。 たとえば、飲み物の味変えなんかやると 思考と意識での差はよくわかります。 好みの味と自然の味という結果になるわけです。 スクールや講座でもやってます(^^)
2008.04.22
何年かに一回、ゴブリン(小悪魔)が僕に発生することが あります。 急にウツっぽくなるんですね。 今回、「お、ひさしぶりじゃん」って感じで発生しました。 スタッフにも「こんな感じめずらしいですねぇ」といわれる始末。 で、どうやって対処するかっていうと、やっぱエネルギーなんです。自分でゴブリンを抜く訳です。 胸や喉のつまりはその兆候。 プラスを入れて引っこ抜く・・・咳や嗚咽とともに出てきます(^^) 世の中の人の「うつっぽい」かたの大半はゴブリンのせいかもしれません。ゴブリンを抜くと元氣になる方が多い。 気づかずに放置したゴブリンは大きくなるようで 大きいゴブリンを抜いたら激変した方はたくさんおられます(^^) 施術の帰りに 免許もないのにバイク買った人、家を買った人、 結婚した人、離婚した人、etc これも突き抜けですよね(^^) 転機を先延ばしにしていたことが決断でき、やることが加速する ようです・・・いやただ元に戻るだけかもしれません。 ゴブリンのいたずらは困ったもんです。それと同時にゴブリンのおかげで気づくことが多いのも事実です。 僕の仕事は「ゴブリン抜き屋」でもあります。
2008.04.02
長年の痛み、つらさが突然消えたとき、みなさんは どう感じるでしょうか? やっと開放された。 感謝、感激! え、うそ? そんなはずがない。 いままで苦しんできたのはなんだったの? いろいろあると思います。 うちにこられた方も、30年の腰痛が一回で消えた、 5年上がらなかった肩が一回で消えた、など長年の 不快が瞬時にとれることがありますが、 感想の「そんなはずがない」「いままで苦しんできたのはなんだったの?」と強く思った方は再発することが多いです。 これは「痛みとともに歩んだ愛着」=「手放したくない」 となるんでしょうかね。 かえって、痛いの嫌い!ってあっけらかんとしている方は そのまま消えてます。 本来、なぜ痛んだか・とか少しは考えてほしいなぁとも思うんですが そんなことはお構いなしに楽になられてます。 痛み、つらさは不思議です。
2008.03.25
「いばらの道」回避理論ということを数年前に真剣にかんがえたことがありました。「痛い目に逢わないとわからない」「追い込まれないと気づかない」という思考パターンをなんとか回避できないかということなんですね。要はある時期に「痛い目に逢わないとわからない」「追い込まれないと気づかない」という連続に疲れてしまったわけです。当初はそれらを乗り越え気づくことで自分が楽になる「快楽」があるわけですから、「試練好き」「いばら好き」などといって自分をなぐさめながら(T.T)、ひたすらドーパミンがドバドバ出る快楽を求めて「自分と向き合う!」なーんてやってたわけです。人間、どんな形でも「快楽」がないと行動しませんからね。種の保存も、達成感を求め努力するもみな同じだと思います。だから「いばら好き」の思考パターンが取れないわけです。「快楽主義」だから・・・しかしあるとき、ほんとに疲れてしまった。で、いろいろ考え、実践して出た「いばらの道」回避理論の答えは「乗り越えることを繰り返せば気づきが早くなる、またはそんなに痛い目や追い込まれなくても事前に気づくようになる」という微妙な結論に今のところなっています。いばらを進めば勝手に回避してたという本末転倒の結果ですな、ははは。(以前の回避理論は「いかに逃げるか」を追求してた、と今になってはわかるんですが・・・)逆に言えば「ドーパミンが出るほどの変化がなくなりつつある」という・・・なんだかなぁさびしいような・・・ことになります。淡々とした退屈な状態。でもこの淡々とした退屈な状態こそが「幸せ」という実感であるのも事実です。逃げ回ると幸せは来ない・・・とも言えるかも・・・ただし、僕の場合ですけどね。
2008.03.11
現状、迷っているとき打破する方法があります。それは「腹をくくる」というただそれだけのこと。実際、それだけがかなり大変なんだけど(^^;)。いわゆる宣言(アファメーション)とか言葉にするという言霊的なのではなく、まさに文字どおり「腹(下丹田)」がゆるまぬよう自分を引き受けるという「決意」ですね。これは技法としてもやることができ、腹をくくる(しめる)とエネルギーがもれず、かつ上半身に拡がります。そして身体の軸が安定します。みなさんもやってみてください。座って、下腹部(へそよりやや下)に息を吐きながらおなかを出すように力を入れてみてください。上半身は逆にゆるみ、両手がうごきやすく、背筋が伸びるのを感じませんか?簡単ですが、思いついたときやるとこれがいいんですね。僕は、施術で同様のことをエネルギーでやりますが、それはあくまで、ジャブを打ち続けてすこしづつ壁をくずすお手伝いであり、最後にストレートで穴をあけるのは本人なんですよね。
2008.02.18
昨日、毎年恒例の大神神社へ節分の参拝にいきました。 しかも、三輪山へ登る予定で・・・ 同行のマイミクやくも先生と朝7:30に鳥居前集合し、 雪ということで、バイク用レインスーツにながぐつの完全装備で いざ登山口の狭井神社へといったんですが、 やはり悪天候のため、入山禁止となっていました。 またもや登れず・・・ というのは、つい最近まで、山がご神体である三輪山。 なんとなく恐れ多いと登ることは敬遠していたのですが、 去年の秋、長崎から来ていたマイミクてんかいさんと 勢いで「ま、いいか」と登ったら、途中で身体が動かなくなって 息が出来なくなるわ、ボロボロ涙出るわ、であえなくリタイヤ。 今回は節分ということで気合入れたものの、雪でダメ。 まだ僕の準備ができてないのか・・ただの思いこみか・・・ で、気をとりなおして、いつもの檜原神社へいき、そのあとなんとなく ふたりで合意して、室生にある龍穴神社へと向かいました。 これがまた、雪がガンガン降っていて、スタッドレスはいてたから いけたようなもんで、道を雪の重みで木がさえぎっているのを どけつつ、たどり着きました。 そこは、ほんとうに荘厳としたいい感じのきて、よかったと心から 思えるところで、滝が龍のように流れ、雪景色だからこその すばらしさもありました。 帰りは赤目温泉でラドン泉で暖まり帰路に着き、ほんとよき節分 を過ごせました。 雪の中、車は大変だけど、みなさんもぜひいかれたらどうかと思います。
2008.02.09
高校生の時からずっと聴き続けてるジャンルの音楽があります。それは「フュージョン」というジャンルです。その前はクロスオーヴァーとも言われてました。近年はT-スクエアのF-1グランプリのテーマソングが有名です。他はもっぱら釣り番組やレポート番組のBGMによく流れます。はじめて「高中正義」というギタリストの「BLUE LAGOON」を聞いた時は驚きましたね。それまでは「アリス」をはじめ「ニューミュージック」と言われるフォーク流れかディープパープルなどのロックが主でしたから歌のないインストゥルメンタルでこんなに惹かれるとは思いませんでした。その後、カシオペアというテクニック志向のバンドに出会い、ライブに足を運び、ベースをコピーし、カーステレオ(死後?)で毎日聞き込んでいました。(それは今も変わりません)代表曲は「朝焼け」です。その25年聴き続けたカシオペアが解散(活動休止)するって最近知りました。かなりショックです・・・実はそのリーダー野呂一生と高中正義のジョイントライブに来月行くことになってるんで、なんか複雑です。よく予約しておいたものだ。相変わらず虫の知らせは確率が高い。なんにしても、いままで当たり前だったものが、急になくなるのはさびしい。人は勝手なモンですぐその環境に慣れてしまうものだがやはり寂しく感じるものです。解散や離脱はそれなりに理由があってそうなるもんです。それに執着を持つのも良くないかもしれません。人の縁は「疎」と「密」が繰り返し起こるものと思っています。よく、ある人と会いだすと偶然出会うことも含めて良く会うということがあると思います。自分もそういう経験をしてきたし、これからもあると思いますが自然な流れとして受け入れていきたいと思います。「疎」や「密」になろうとしているのに、思い入れや損得が強くてズルズルいくとろくな事はありません。返って潔い方がその後の関係が良好になりますね。カシオペアのみなさん、お疲れ様でした。いい音楽を聞かせて下さってありがとう。これからも聴き続けると思います。
2008.01.28
誕生月に体調不良になる という都市伝説?スピ伝説?を聞かれたことがあるでしょうか? 僕は1月4日に44歳になりましたが、ここ何年かはずっと年末から節分くらいまで風邪ではなく体がだるい状態で1日寝込む時もしばしばありました。 一年一度の体のリセットかな?と納得していましたが、今回は元気なんですよね。 節分までまだしばらく期間はありますが、この体調はいい感じです。 原因とたどるとやはり大地のエネルギーを活用し始めてから体がより安定してきたように思います。 というわけで 今年のエネルギー講座の瞑想にはこの大地のエネルギーを入れるアイテムも加えて、より肉体、精神、魂のバランスの取れたものに思います。 講座内容は昨年と大きくはかわらないのですが、 東京、大阪、大阪平日、それぞれ年間5回開催いたします。 講座は学校方式ではなく、順を追わず、 どこからでも参加できる寺子屋方式で 面白いと思えば次のステップにいっていただけたらと思います。 他に、学校方式のスクール、上級者向けのエキスパート講座も ありますので、興味のある方はお問い合わせください。 ●1部(約90分) 初心者の方でも、その日から使えるようになって頂きたい、という思いで、 同じ内容を繰り返し行います。 毎回ほぼ同じ内容ですが、少しは違う事も入れて行きます。 また反復することで、より身につくというワークでもありますので、 繰り返し受講されることは、大いに意味があります。 同じ内容は不要という方は次回より、2部からの参加にされてもかまいません。 主な内容は 「氣を感じる、自発功、対面ヒーリング、遠隔ヒーリング、誘導瞑想など」 担当は東京は森田全彦、大阪は吉田淳香先生です。 吉田淳香先生のHPhttp://www.k4.dion.ne.jp/~kiyoraka/●2部(約90~120分) 初~中級者の方向けに実際にエネルギーを日常や施術で使っていただく ための具体的な理論や技術をお伝えするとともに、新しいネタもチョコチョコ お話していきたいと思います。 そして最後に瞑想も実施いたします。 担当は東京、大阪共、森田全彦です。 大阪2月、 東京3月・・・エネルギー使い分けの巻 大阪4月、 東京5月・・・エネルギー封入の巻 大阪6月、 東京7月・・・肉体調整の巻 大阪8月、 東京9月・・・情報を読むの巻 大阪10月、東京11月・・総合ヒーリングの巻 以上を予定してますが、 いつもながら思いつきと空気を読んで???の内容になりますので お楽しみに・・・ ●料金 ( )内は氣楽のエネルギースクール及び伝授を受けていただいてる方 1部2000円(2000円)、 2部4000円(2000円)、 両方参加5000円(3000円) 具体的な日程は、、 2月10日(日)新大阪 2月28日(木)大阪平野 3月23日(日)東京世田谷 です。 詳細は http://okira9.web.fc2.com/kouza.html 参加希望の方は 日程、 一部、二部、どちらに参加か お名前、 連絡先、 を、HPからメール送ってください。よろしくです!
2008.01.09
精神的につらい方に多いんですが、「せっかくよくなってきたのにまたちょっとしたことが原因で悪い方に戻りそうで不安で・・・」という方がおられます。良くなってくると自分で動けるようになり、急にアクションを起こすと少ししんどくなって、以前と同じ状態に戻ってしまいそのまま落ちていくのではないか?とあせってしまうようです。しかし、ご心配なかれ(^^)有名なチーター(といっても知らない方も多いかも)の歌に「人生は・・・・3歩進んで2歩さがるぅ~にゃ!」とありますが、2歩さがるのもしゃくなんで、でも1歩ぐらいさがるのは当たり前ではないかと思うんですね。以前と違って一度浮上している訳ですから、ある程度その原因もわかっているから浮上するノウハウは潜在意識では納得済みなはず!顕在意識だけがはげしく抵抗するんですね。ということで、1歩さがることを織り込んで生きると波はあるものの、右肩上がりの上昇トレンドで自分の心がトータルで上向いていくと思います。目先ではなく、全体(生涯)を長い目でみることができたら楽です。木ではなく森を見よ。これらはある事柄の相似形として学びました。わかる方にはわかりますね。何事からでもヒントはあるようです。だって本質はそんなに変わりませんからね。
2007.12.26
今年から始まったエネルギー&ヒーリングスクール。 詳細 http://okira9.web.fc2.com/school.html いままで体験したさまざまなエネルギーを 組み合わせ、独自の手法で確立したテクニックを わかりやすく説明していきます。 その一部はエネルギー講座で公開していますが スクールではさらに深く学んでいただきます。 第一回目のスクールが終了し、(実際は補習を一回残していますが) 参加の方はそれぞれ何かをお持ち帰りいただいたようでうれしく思います。 新たな価値観を感じていただいたり、いままでの手法にプラスされたり、未開発な感性が開花されたりとみなさん発見が多かったようです。 で、来年もやってみたいと思っていますので、ご興味のある方は 説明をさせていただきますので、ご連絡くださいませ。 (実際のスクール開催は参加者の方のご都合を調整しておこないます。) 場所は奈良、新大阪、東京です。 で、説明(ってそんな大げさなことではないのですが)については●とりあえず新大阪院では12日(水)の2時より行います。 それ以外の日をご希望の方は随時対応いたします。 ●また東京方面の方は17~23日まで世田谷におりますので その間なら対応できます。 そして、クレニオセイクラルワークのスクールも随時やっております。 こちらは最大2人までしか同時にお教えできませんので、個別に対応いたします。 すでに、何らかの形で開業されている方、これから何かをやりたいと 思ってらっしゃる方、深く理解したいと思われている方 よかったらおいでくださいね
2007.12.10
最近、「流れに乗る」ということを実感できたと報告くださる方が 急に増えてきた。 それはほんのささいな変化もあれば、人生が変わるほどの変化もある。 施術が終わった日の帰りに家を買った人もいる。 ちなみにこの方は別に大金持ちの気まぐれではなく、行き詰まっていた のが施術後、楽になってふと「家を買う」と情報が来たらしい。 「衝動的に買った家で勇気もいったけど、こんな理由があったとは思わなかった。流れに乗るとはこうゆうことだったのね」 ボロ家だったらしいが、それを自分で修復することで 生き急いでいた人生を客観的に見ることが出来、時間や心に余裕 がなかったのは自分自身が作り出した極度の「不安」からだということが 芯で理解できたらしく、すごく幸せを感じていると先日話してくださった。 確かにこの方の話は極端な例だけど、大なり小なり 物事には理由がある。 でも、その理由はその時にはなかなかわからない。 そして、それを知るにはとても勇気がいる。 しかし、その勇気をもつことが出来たらあとは その勇気の数倍、楽になることが出来ると思う。 その勇気とはたぶん「手放す」ということ。 出さないと入ってこない。 僕自身も手放すことで、それ以上のものを得たことは数多い。
2007.11.26
みなさんの中には自分を成長、安定させるために瞑想や技法を日々の 生活に取り入れている方も多くおられるかと思います。 その過程で、「底知れぬ快感」を得る瞬間があります。 俗に言う「悟りの境地」とか「無の境地」と表現されることかもしれません。 先日、とある瞑想をやっておられるグループの方と話していたら 「一度だけ、無の境地というかふかーく満たされた感覚があったんだけど、それ以後それがなくてね、がんばってるんですけど・・・」 と話された。 「それは、地道にがんばったからそれを得たのであって、それを再現することを目的に瞑想すると魔がさしますよ」と少しきつめにお答えしました。 確かに体感として実感できるものですから、それを再現しようとして がんばるのは仕方ないと思います。 あの身も心も満たされ、拡がり、すべてと一体化し、光となるような 快感は一度体験すると忘れることはできないでしょう。 よく「瞑想は指導者のもとでやらないと我流は危険を伴う」というのは エネルギーが急に動いて偏差を起こし、頭(脳)が麻痺することと、 上記のように目的を誤って「魔」にさされることです。 その「魔」については具体的なことはあまり書きませんが、要は 「おかしな思い込みに囚われる」ということです。 サリン事件もその一端でしょう。 瞑想の目的は(あくまで持論ですが) 「無(我またはエゴがなくなった)の状態に意識を一時的に置き そこから得た情報を実生活で実践し、結果を生むこと」 「リラクゼーションを誘発し、自律神経を安定させることで肉体の 免疫、自己治癒力を向上させること」と、自分の体験から定義づけています。 あまりにもインパクトのある快感のため、それを目的とする気持ちは わかりますが、そこはあくまで通過点と認識し、いつも冷静かつ淡々と続けていただきたいと思います。 またそれと同時、冷静に判断できる師、または仲間を必ず作っておくことです。単独は避けましょう。体感にこだわったり、それを目的としているようなグループはやめておきましょう。 仮に身体が宙に浮いたところで何の役にも立ちません・・・空を飛べたらいいけど。 なんか悪徳商法撲滅キャンペーンみたいなノリになりましたが、 先に経験した(いいこともわるいことも)者としては、なるべく効率よく達していただけたらなぁと超おせっかいの近所のおばちゃんになってしまいます。 おせっかいは嫌われる!! とわかっててもやってしまいます。はぁ~っ(^^;)
2007.11.19
目に見えない世界にモラルは・・・ある段階までは必要だと思います。 少なくとも自分自身が「愛」を持ち、「エゴ」と和解できるまでは 実際の人としてのモラルと同様に守るべきものは守り、立ち入っては いけないものには立ち入らない。 よくあるのが、相手のことがなんとなくわかるからといって 頼まれもしないのに、「ああしなさい、こうしなさい」という人。 以前、ある神社の神主さんに「この神社を浄化してあげます」といった あほ素人言霊使いがいましたが・・・何様のつもり?というやつですね。 「愛」を持ち、「エゴ」と和解できれば、例え その行動自体が一般的に言うモラルに反していても争いは起こらないはずです。それがないから争い、反発が起こります。 身近な例では、子供でも友人でも、悪いことをして叩かれたとします。 基本的に暴力(体罰)はモラル違反です。しかし平手打ちに愛情が 目一杯込められていたら(だいたい叩かれた時はわからんですが) 後になって親なり友人の想いがわかります。 エネルギーの世界は目には見えません。 それゆえ、思い込み、勘違い、盲信が起こりがちです。 通常の人間関係同様、モラルを持って接していかなければなりません。しかし「愛」を持ち、「エゴ」と和解できれば自然と「壁」や「鍵」は消えていくでしょう。 みなさんもそうだと思うんですが ある瞬間、深く実感することは多々あるが、持続的には なかなか伴わない。 それに向かってまだまだがんばらにゃ。 なかなかできんのぉ・・・ 先は長いのぉ・・・
2007.11.09
僕はこの世界を知って、まだ10年ぐらいです。 しかし、悲しいかな?その前の30年あまりよりずいぶん物事がわかってきました。年の功?かもしれませんが生き易くなったように思っています。 目に見えないもの(エネルギー)を認めるとどうなるか? いろんなことの「幅」が拡がると言うことが起こります。 例えば、聴覚ならある範囲の周波数は聞こえますが、それ以外は存在 はするけれども聞こえないだけの話で、聞こえなくても実際にはいろんな 分野で使用されています。犬笛とかね(^^) もっというならー5~+5しかしらなかったことがー10~+10まで 知ることが出来た・・・みたいな感じ。 下に書いた「シンセレ」もそうだし、いろんな納得できないこと、説明しにくいことが理解しやすくなってくる。 このメリットは大きい。 勉強もしなくていい、ただ体験するだけでいい。 それだけでも視野が拡がる。 みんな楽になってほしい。
2007.11.01
セレンデピティー 求めずして思わぬ発見をする能力。思いがけないものの発見。運よく発見したもの。 シンクロニシティー 虫の知らせのような、意味のある偶然の一致。心理学者ユングが提唱した概念。共時性。同時性。同時発生。 いずれもyahooの辞書より。 みなさんもお聞きになったことが在る言葉かもしれません。 僕もシンクロはずいぶん以前から聞いていたんですが、セレンデは半年くらい前に聞きました。 いずれもエネルギーという概念を意識すると自然に体験する事柄です。 というか、エネルギーの状態を良くすればそうなってくる。 しかし、上の文章の意味合いだけを見ているとなんだか「棚からぼた餅」 的な解釈になりそうで困ります(^^;) 経験的にはやはり目的意識をしっかり持つことで顕著に顕れる様ものです。 あと、なにか困難と向き合って乗り越えた時にも、過ぎてしまえばシンクロ&セレンデだったと思うことがあります。(以下シンセレとします) 個人的体験を書くなら(長くなるんで読まれるなら気合いれてください)現在、東京でマンションのひと部屋を借りて施術をしているわけですが ●始めの頃は公共施設の和室会議室を借りて座布団並べてタオルケット敷いて 2日間ぐらいで細々とやっていました。やがてありがたいことに人数が多くなりどうしようかと思案していたら、施設から「有料での施術行為は禁止になりました、来月からはダメ」と突然追い出されました。 東京は冷たい・・・まじめに東京は止めようと心が傾きかけるが・・・ ●いやいやこれしき、その足でネット喫茶からウィークリーマンションを探し、たまたまキャンセルのあった物件(駅近1分)に即決(シンセレー1→これは人数が増えたにも関わらずグズグズしていたから起こった・・かも) ●そこで稼働日が2日から6日に、クライアントさんも順調に増え2年ほど過ぎたある日、契約会社から「リストラ整理でこのマンション来月からダメ」 またである・・東京は突然冷たい・・・次を探さなくては・・・ ●とりあえず、つなぎに物件を押さえた。(駅から遠く、気にいらないけど仕方ない)と、なにげに6年ぶりに年賀状が来た東京の友人と会うことになり 話していると、なななんと!「整体院やりたいんだけど、初めはクライアント さんも来ないし半分使ってもらって家賃割り勘でどう?」というウソみたいな話。つなぎ物件はキャンセル、即使用させていただく。(シンセレー2→しかも以前より安いし、荷物も持ち帰らなくて良い、すばらしい!!) ●しかし1年半後、家族で海水浴で楽しんでいる時に友人から電話「収入ないんで来月から廃業せざるを得ないんでもう使えないよ」と、海でおぼれてしまうような話。もっと前もって言ってくれよぉ!! ●とうとう自分で借りなければならないときがやってきた。不動産屋を回り tokioの城島リーダーをもっとやさしくしたような店長に世話をかけて (下北沢のハウジングプラザさんありがとう!)契約、家賃丸々負担だけど 仕方ない、がんばろ! ●・・・とそこへ、またまた知人から「東京で事務所いるんだけど適当なところないかな?」とウソのような相談を持ち掛けられる・・・ウソ!!もちろん話は月の半分使用、半分負担でまとまり現在に至る。(シンセレー3→しかも、また家賃負担が安くなる) と言うわけで、内輪の話をあえて暴露してもいいやと思うくらい シンセレは起こります。 同じ流れで3回起これば法則になります。 その法則を成立させる秘訣は「目的を持つ(今回の場合はあきらめない?かな、ちょっとベタですが)」ということに尽きます。 それだけ必要とされているのかな?とも自画自賛したり(^^)。 他にもそんな事例がいっぱいあります。そのたびに驚き、気づかせてもらい、周りに感謝できます。 よくぞ追い出してくれました、ことわってくれました、とね。 それはシンセレで前に進めているから言える事です。 途中で止めてれば、ただ腹が立っただけで終わっていたかもしれません。 なんにせよ、こんな感じでこれからも楽しくいけそうです。 長文お付き合いありがとうございました。
2007.10.20
がんばってますかぁ!という言葉は精神的につらい方には「禁句」と言われています。 ここ何年かはテレビでもよく言われるようになり一般化してきました。 しかし言葉は意味をどう捉えるかで全然変わってもきます。 元来、日本ではかつて「おしん」という連ドラがブームになったように 「忍耐」と「根性」が美学でした。 (僕的にもそれはある意味で今も肯定的に見ています。) そして、その文化のなかでは「がんばる」という言葉は 「無理をして自分の限界を高めて取り組む」という意味でつかわれることが一般化しているようです。 気合入れてスポーツで競り合ったときなんかは燃えてきたりします。 (でも僕は水泳部だったので、声援の全く聞こえない世界でスポーツしてきました・・・いやぁ、孤独やねぇ) さて、一方、精神的につらい状況のときはこの言葉は 「こんなにがんばってきたのに、まだがんばらせるのか!」 という響き方をします。「もぉ勘弁してよぉ」ですね。 同じ言葉でも状況が変われば受け取り方がずいぶん違います。 (ちなみに関西の「あほ」という言葉はイントネーションの違いで最低でも5種類は使い分けられます。詳しくは最寄の関西人に聞いてください(^^) すなわち、発した側の思いで同じ「音」でも乗っかる「エネルギー」によって 響き方が全く違ってきますね。 「がんばれ」は僕の中では「ただ、目先のことをひとつひとつクリアーに することに専念しましょう」という想いです。 一度「がんばるぞー」を声を出してみてください。 たぶん頭に意識が行くと思います。 )))淡々((( これを見ながら同じことをやってみてください。 何かが違うと思います。 これがエネルギーという世界です。 変化を感じた方、良かったらコメント書き込んでください。
2007.10.13
みなさんは遠隔療法をご存知でしょうか? 離れていても施術効果があらわれると言うものです。 エネルギー療法や気功では一般的です。 原理は、ラジオや携帯と同じ「電波」と思っていただいたらなんとなく わかっていただけるでしょうか。 いわゆる距離に束縛されないということですね。 これは非常に不思議なんですができるのです。 一番有効でわかりやすいのが「ぎっくり腰」ですね。 立ったり歩いたりできなかったのが、5分ぐらいで できるようになります。 この症例はいままでかなりの数があり結構自信あり(^^)です。 最長距離はスペインの友人の奥さんのギックリ腰を改善したことですね。 あと原因不明の痛みですね。 突然内臓のないような部分や動かしてもいない関節が痛んだり 呼吸が苦しくなったりした場合も期待できます。 精神的なつらさもなぜか改善できたりします。 だいたい遠隔の依頼があるのは急な辛さは発生した場合が 多いので慢性的な場合は遠くて通っていただけない方には 対応させていただいてます。 ただし通常の施術後、帰宅されてから「反応」としてなんらかの 辛さが出た場合はアフターケアで無料対応しております。 って当たり前なんですよね、すいません(^^) これは施術に限ったことではなく 思いは届く・・・というのはまんざらウソではなさそうですね。
2007.10.04
先日の講演会でワインの味を変えるという実習をしました。 僕の経験ではワインが一番変化がわかりやすいからです。 こういう実習は楽しいですね。 やっぱりみんなでワイワイあーでもない、こーでもないというのが 講演会の楽しみですね。 予算の都合???ではないのですが、安いワインでやるのが一番いい。 やり方によっては数倍の値段の味に変えることも出来るし、失敗しても 「まぁ仕方ないか・・・」と諦めることが出来ますし(^^) でも高い、おいしいワインは何もせず、そのまま飲むに限ります。 すでに作り手の愛情がたっぷり入ってますからね。 やっぱ、おかんのおにぎり、おかんのカレーがうまいに決まってる。 これを立体で考えたら、形や味という技術が平面としたら 愛情が奥行きとなる。 この奥行きをだせるかどうかが物事すべての鍵になると思っています。 スクールや講演会でその辺、お伝えしています。東京と大阪でやってます。(スクールは奈良も)興味ある方はご連絡ください。
2007.09.22
今日はエネルギーの改善が進むとどうなるかというお話。 施術や製品で急なエネルギーの変化が起こると身体というか感覚が変になることがあります。 僕らは「浄化が進む」といってるんですが(最近なぜか「デトックス」という言葉が流行ってますが、そんな感じですね)下記のようなことがよくあります。 ○自分の身体と意識がずれている感じがする。 ○目前の人やモノが遠くに感じて距離感がわからなくなる ○周りのものが揺れる ○電球がとんだり、電化製品が壊れる ○風邪やインフルエンザのような症状が続く(咳、下痢、発疹、吐き気など) これは自分やクライアントさんたちに聞いた事象です。 なぜかはよくわかりませんが(静電気とか意識の波動だけが上がって肉体がついてこないとか説有り)それらをなんとかこうとか乗り越えると生きることがかなり楽になるようです。 ひとりで悩んでいるかたもいるかもしれません。 そんな経験のあった方おられたら体験お聞かせください
2007.09.18
みなさん、自分のエネルギーの管理ってやっておられるでしょうか? 具体的にいえば、瞑想、技法、手当て、マイナス除去などです。 定期的にこられるクライアントさんにちょっとした日々のメンテナンスをお教えして(ただし、僕の場合伺っていただかないと自分からあまりお教えしていないんで是非聞いてください、いじわるでなく他の話をしていて忘れる)それを実行する方とそうでない方では長い目で見ると変化が全然変わってきたりします。 先日も定期的に来られるピアニストの方が、お教えして最近になってやっと指の疲れを抜くことを実行され始めたら、施術後の指の動きが益々よくなったとおっしゃっていました。 なかなかできないことですが、「じぶんでやる」ということは本当に大事なことです(施術費節約にもなります・・・僕は儲かりませんが(^^;)
2007.09.11
過去にこんな人がいました。 プライドが高く、でも自信がないため、いろんなことから逃げて結果を出さない。 結果として失敗するのが怖くて初めから何もしないわけですね。 ニートと呼ばれる人たちはそうなんでしょうか、よくわかりませんが・・・ で、あるとき、その人に「いつか逃げれなくなるくらい追い込まれるよ」と言ったら「一生逃げて見せますよ!」という言葉が返ってきた。 「かっこいい!!」とそのとき正直思いましたね。 逃げるということに筋を通すのはすごいことです。 でもそれはそれでしんどいはず。 ほんと名言だと思いました。 しかし、次に会ったとき「どう幸せに生きるか」みたいなタイトルの本を持っている彼をみて、がっくりしました。なんだ、全然筋を通してないよぉ・・・ 向き合っても、逃げてもどちらもしんどい。 でも向き合ったほうが、越えたときは楽ですね。 どうせしんどいんだったらどちらを選びますか?
2007.09.04
盆休み、ひさびさに昔のサラリーマン時代の先輩 と伊勢あたりを400キロほど走ってきました。 暑いけど、やっぱバイクはいいわぁ。 昔はその先輩と北海道や信州、東北といろんなところを いっしょに走りました。 当時は二人ともカワサキ (僕はミーハーにもトップガンでトムクルーズが乗ってたやつ) でメチャクチャな走り方してたけど、 いまはゆったりBMWでゆるく走ってきました。 好きなことがあるのはありがたい・・・
2007.08.29
15年前、子供の病気がでるまでは僕は自分のいわゆる人生設計どおりに順調に進んでいました。 しかし病気を境に計画はもろくもくずれ、それをキッカケに施術の世界に転職したわけですが 二人目が嫁さんのお腹にいる時だったし経済的には賭けそのものでした。 でもその時は自分の気持ちでは「そうしか選択できなかった」んですね。 それがいろんな変化の始まりだったようです。 その後、公私共に事に当たるに、いままで成功していた「こうしておいた方が有利になるだろう」と作為的にやったことはことごとく失敗し、「直感的にひらめいたこと」は(後先考えず行動という意味ではない)うまくいくことが多くなりました。 しかし自分が生きてきた過程での偶然とは思えない出来事や出会い、行き詰まりから得た気付き、流れに乗るという感覚など、振り返るととても僕ごときが作為的(エゴ)にできるようなストーリーではないことや、その結果、いま「幸せ」を感じていること、またそこから創造したことから周りに結果なり、共感なりができていることなどから、主観的、客観的に「幸せ」を実感することができています。 このことは自分の「エゴ」が作り出したものとは到底思うことが出来ず、逆にこんなストーリーが用意されているのならばいくら「エゴ」でがんばっても太刀打ちできないと思うわけです。 そんなこんなで普段の自分の「エゴ」は少なくなったと言え、まだまだ多くあります。しかしたとえ瞬間でも「幸せ」を感じることで「エゴ」がなくなればまったく違ったものが見えます。 その「瞬間の真実(幸せ)」がすべての根源だと思っています。
2007.08.24
「今」存在している自分にOKを出すとすごいことが起こります。 過去の後悔と未来の不安がなくなります。 はぁ?? 答えは簡単。 今の自分は過去を通過してきた結果の自分ですから「今」OKならば過去もOKなはず。 よくあるのは「あのとき、左にいったのが悪かった。右にいってればこんなことには ならなかった」と後悔しているシーンですね。 過去の出来事に捉われすぎてそのことだけに執着して他が見えなくなる。 もっと他の自分で「いま」これでよい!とOKをだせば「あんなこともあったから(あっても) いまの自分があるからあれはあれで必要だったんだ」と思えるはずです。 僕の場合、子供の病気があって、体質を遺伝させた自分を責め続けた。 そして責めてはいけない、なんとか自分をコントロールしようと、もがきます。 しかしそれがあって 今の仕事ができた。この仕事ができてよかった=OK ならば過去自分を責めた後悔もなくなります。 後悔どころか感謝に変わります。 どれもこれも今のOKな自分につながる為に必要なことだったんだな、っと思えたりします。 過去にひどいことをされて傷ついた。 それがあって思うようにならない。 でもささいなことだけど、一瞬だけ幸せを感じた。 その幸せは思うようにならない自分に苦しんでいたからこそ感じることのできた幸せかな。 そう思った瞬間、その苦しみも必要だったかなと思えればOKかも知れません。 そして、そのOKの連続が未来なわけですから当然OKですよね。 極端な話、ネガティブな出来事も楽しめるかもしれませんよ。 理屈的には(^^) 僕もたまにスポッと不安が横切ったりします・・・老後どうしよう・・・とか。 でも2時間ぐらいで終わります。まあなんとかなるかぁで終わりです。 この「OK理論」で。
2007.08.20
またひとつ・・・ 先日、ドクター主催のがん患者さんのサポートするNPO団体「eークリニック」さんでコミュニケーションに関してのエネルギー講座をさせていただきました。 http://e-clinic21.or.jp/ まだまだ、エネルギーとか氣とかの価値観は社会的にはごくごく一部で しか受けいれられていないもの。 メディアなんかで取り上げられていても、実際身近にあるなんてあんまり おもわれていないのが現実。 3年くらい前だろうか、自分のやっていることが狭い範囲ではなく、 もっともっと一般的に受け入れられるにはどうすればいいだろうか?? と真剣に考えたことがありました。 もちろん、施術院に来られる方にエネルギーで結果をだして、 「ふ~ん、こんなこともあるのか」と納得いただくこともそうなんですが、 もう少し具体的にこれらの価値観のないところにまで伝えることが ができないものか・・・と。 でも、実際なにをやっていいのかわからないので考えるのやめました・・・ そうこうしているうちに講座をはじめたら、その内容をみて、 e-クリニックのスタッフの方が、どうでしょうか?と話を 持ち掛けてくださいました。 ちなみにドクター以外で講演したのははじめてだそうです。ははは(^^;) 講座はそこそこ体感していただけたりして楽しんでいただけたようでしたが、 聞いてくださったのは、がん患者さんやそのご家族80人くらい ですから、内容もがん克服につながることになります。 結局はストレスをどう溜めないか、心身をどう緩めるかという ことになってきますね。 こんなふうに、ゆっくりとこの価値観が広がっていけばいいなと思っています。 自分にとっても、「エネルギーで社会貢献」がまたひとつ現実化していくよう です。 いつも思うのですが、成功法則的に、ありありと自分のやりたいことを イメージしなくても、おぼろげながらにやりたいことがあるなぁと 日々、淡々と自分のやっていることを信じてやっていれば、 気がつくと「そういえば、これ、以前想っていたことなんだよなぁ」 と現実化している自分に氣がつくんじゃないかな。 確かに「やった!」という達成感は全くないけど、 知らぬ間にできてた・・・というシブさは充分あります。
2007.08.16
僕は何かにおいて「現場主義者」です。 いわゆる「痛い目にあわないとわからない」タイプでしょうか(^^) 僕の仕事上、「ニューエイジ思想」とでもいうんでしょうか、理想ばかりで何もしない人が多くて、僕の話が空回りすることも多々あります。 世界平和という言葉を僕はよく口にします。 しかし最後に「でも絶対に無理なこと」とくくります。 できてりゃ何千年も同じことを繰り返さないでしょう。 実際、僕も世界平和を願っています。 しかし、現実問題、身近な人と心底わかりあったことがある人、どれだけいるでしょうか? ささいなことでけんかして途絶えたりしませんか? 相似的にそれが国家レベルになると戦争になるだけのことですよね。 その一番初めの身近な人とわかりあう大変さを経験したり、僕はまだないですが世界の悲惨な状況をまっすぐ現場でみることでおそらく 「理想論」など吹っ飛ぶでしょう。 その目線でみたことない人は「想えば叶う」「祈れば通じる」と足元 を見ず先ばかり空論するわけですね。 現場を知れば、自分がいかに無力であるかを思い知らされます。 絶望もするでしょう。 でもそこで「では自分のできることをやるしかないか」と思える人は たぶん幸せな努力をするんじゃないでしょうか。 きれいなイメージですべてが解決していくと思っている方には申し訳ないですが「たぶん」無理だと思います。 きたない、欠落した、ボロボロの自分や周りを受け入れてはじめて ほんとうの「平和」があるんだと思います。
2007.08.13
直感を信じること。 それは実感し、実践し、結果を得ることが 体験として自分の真実になれば信じることができるんです。。 しかし、直感を信じ体験を重ねると今度は 直感より先に状況が先行していくようになる。 例えば電車で旅に出る。 思考なら時刻表を見て計画を立て定刻に現地につくよう計画を立てる。 いろんな判断をしてるわけです。 直感はコレに乗ろうとふらっと乗る。 乗り換えの時なぜか次の電車が前で待っていて 1分後に発車する。スムーズだ。 これは直感による初期設定ですね。 途中、トラブルがあり待たされることになる。 しかしそのとき知り合った人と後々まで交流する すばらしい友人となる。 この出来事は直感ではなくオートマティックに働いてると いうこと・・・すなわち「まかせている」「偶然はない」ということですね。 しかし直感もまかせるも実は判断してるんですよね。 最初に乗ると決めるのも判断、待たされたときに 人と話そうとしたことも判断。 結局はすべて判断しているということは事実なんです。 よく上に聞く・・とか自分は決めていない・・・ とか言いますよね? うそです。 すべて自分です。 だって自分が神ですからね。
2007.08.08
いまの(今生?)世の中で大事なことのひとつに「人間関係」があります。 例えば、自分中心に考えた場合、自分が苦手だなと思っていた人が転勤になった・・・とか好きな人が話し掛けてきた・・・とか相手の状態を把握せず好都合を結果として理解することになります。 全体に考えた場合、上記と同じことが起こったとしても 相手にも必ず意味があってそうなっていると理解出来ると思います。 お互いに必要があってそうなったということ。 自分に都合のよいことばかりを結果として 求める場合が多いのですが、それはやはり不自然。 目先に起こることで自分がどう揺れ、そのあとどうまとまるかという価値観で検証し、より自分が楽になり自分の持っているエネルギーを自分以外に還元していくことが全体からみたバランスだと思えます。 必ずお互いのために循環しているということですね。 ということは・・・ 全体に属しているということ すなわちひとりじゃないという感覚ですね。
2007.07.30
今回はテクニカルな分析をした話をひとつ。 クライアントさんに超一流企業の医療機器開発研究部の部長さんがおられて、時代の流れなのか氣功などに興味を持たれていて一度データー測定させてくださいということで研究所に伺うことになりました。 実験は思考を司る前頭葉の血流量の測定でした。 スタッフの方々の名刺は国立一期大学の工学博士ばかり。ちょっとビビリマスよね。 で、ヘモグロビンの流量を測定するわけですが、僕のエネルギーのオン、オフを切り替えた時にどうなるかという変化をグラフで見る訳ですが、結果として通常ありえない変化がでたそうです。 一般には脳の活動が低下(すなわち思考をやめる)すると血流量が除々に低下するのですが、僕の場合、エネルギーをオンにすると同時に一気に低下し、オフにすると一気に上昇する。 エネルギーを出すと同時に(タイムラグなしに)思考が全く止まっている状態が継続しているのだとおっしゃっていました。 それまで胡散臭くみておられたスタッフも見る目が変ってました。 僕もそうですが、理系の人間はこうゆうデーターの世界には弱いです。イチコロですね^^v 今後、どんどん測定機器が開発されることを願います。
2007.07.25
全60件 (60件中 1-50件目)


