2007.03.20
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カテゴリ: 我*物語




忠実な自転車


一話 完結 童話


『 ハ ピ ネ ス 』



 午後のスーパーは、昼食用の買い出しも落ち着き、静かです。店の裏口では、魚屋の若い店員が汗を吸ったはちまきを外して、たばこの煙を ゆっくりとはき出しています。


 そんなスーパーの駐車場にランドセルを背負ってとぼとぼ と歩く幸一の姿がありました。笑っているような、そうでないような、ほんわりとした顔をしています。女の子からはか「かわいい」、男の子からは「ふぬけ」といわれ る、幸一のいつもの顔でした。


 幸一が入っていったのは、スーパーではなく、その脇にあ る小さな露店でした。「たこ焼きハピネス」。赤いビニールの雨よけに、そう書いてあります。


「おう、早かったな」


 鉄板の上でジュージューと音を立てるたこ焼きを器用に ひっくり返しながら、お父さんが言いました。お母さんが、お帰り、と少し疲れた顔 で言いながら、ランドセルを受け取り、物置代わりに使っている茶色い長机に置きました。花びんにお客さんに分けてもらったヒマワリの花が生けてありました。


 幸一は、机にきちんとたたんであるエプロンと帽子を取り、もたもたと身に着けていきました。お父さんとお母さんはとお揃いで、アメリカ の星条旗をデザインしたものでした。小さいころの幸一は、この白地に赤い縦じま模様がかっこいいと思っていたのですが、今は違いました。


 店員らしいかっこうになると、幸一は、出来上がったたこ焼きを発泡スチロールの皿の上にもくもくと並べていきました。幸一はこのごろ口数がめっきりすくなくなっていました。


「きょう・・・、学校どうだった」


 幸一の様子を横目でちらちらとうかがっていたおとうさんが、思い切ったようにたずねました。毎日同じ場所でたこ焼きとにらめっこのお父さ んにとって、幸一の学校の話を聞くのは大きな楽しみでしたが、最近は切り出すのにちょっとした気力が必要でした。幸一の様子を見ていると、悪い返事が帰ってくるのではないかと思えるからでした。





 幸一は、にっこりと笑って答えましたが、それ以上は何も言いませんでした。お父さんは、余計に心配になりました。


「おめえ・・・ ひょっとして学校嫌いになったのか」
「ううん、そんなことないよ。楽しいよ」


 そう答えたあと、幸一はお父さんが自分を心配してくれているのだと気づきました。いつものようにお父さんとお母さんを笑わせてあげたいと 思うのですが、いい話が思いつきませんでした。


 だぼだぼのエプロンをつけた弘志が、トイレから帰り作業に加わりました。これでせまい店の中に家族が全員そろったことになります。


 それにしても暑い一日です。この時間はお客があまりないので仕事も少なく、余計に暑さを感じます。幸一はたよりなげな音をたてるせん風機をうらめしそうに見つめました。


「お父ちゃん、アイス買って」


 たまりかねて弘志が言いました。お父さんから返事がないのでお母さんにも言いました。これでがまんしてね、とお母さんが冷蔵庫からジュー スを取り出しましたが、弘志は納得せず、アイス、アイスと大声を出し始めました。


「はい、アイス」


 その時、タイミング良く、店の軒下からアイスが二つ差し出されました。見るといつもたこ焼きを買ってくれるおばあさんが、日傘をさして 笑っています。


「やったー」





「いやね、孫に買ってきたんだけど、いいんですよ。幸ちゃん弘ちゃんも暑い中おりこうに手伝っているんだから。孫にも見せてやりたいわ。それから、たこ焼き二つちょうだい」


 お父さんは申しわけなさそうに頭をかいています。幸一は、おばあさんにお礼を言うと、弘志のとなりに座りました。そして、氷のバーの 先っぽをカリッとかみました。


「お客さんにはいい人と悪い人がいるね」


 アイスの残りをすすりながら、弘志が妙なことを言いました。弘志は小学二年生です。


「だって、お兄ちゃん、時々お客さんが来たら、奥にかくれるでしょ。ああいうお客さんは、きっと悪いお客さんなんでしょ」





 ここは、幸一のお父さんのお店です。お父さんは山手の田舎町で生まれ育ち、学校を卒業したあと街に出て、いくつかの工場に勤めたのですが、お人好しと気の小さいのとでうまくいかず、結局「一人が気楽だ」と言ってこの店を始めたのでした。豊かな暮らしとはいきませんが、家族で店に立つのは結構楽しいものでした。中でも幸一の話す学校での出来事は、長い間、店での楽しい話題になってきました。


「弘志、ちょっとお母さんとアイス買っておいで」
「えっ?」
「あっ、違う。タバコだ、タバコ」


 弘志とお母さんが店を出ると、お父さんはエプロンをとっていすに腰を下ろしました。


「お父さんは・・・ お父さんはこの仕事けっこう気に入ってるんだ。お母さんやおめえたちといっしょにいられるからな。だけど、おめえも大きくなった。みんなと遊んだり塾に行ったりしたいんなら、無理に手伝わなくてもいいんだぞ」


 お父さんは、幸一が、同級生やその親が店にくるのを恥ずかしがっていることを知っているのです。街なかのこのあたりでは、ほとんどのお父さんは会社や役場に勤めるサラリーマンでしょう。たこ焼き屋はやっぱり変わっているのです。


 幸一は、この間店に来た友達の祐二君の、へんてこりんなものでも見つけたような表情を思い出していました。


「・・・塾なんて行くお金ないでしょ」


 幸一は、そういってアイスの取っ手の棒をゴミ箱にぽいと捨てると、新しいメリケン粉を探し始めました。お父さんは小さくため息をつきました。


 店のヒマワリがコスモスに変わったある日のことです。いつものように学校からスーパーに到着すると、幸一ははっとした顔をしてあわてて建物の影にかくれました。壁の端からそっとのぞきこむと、ハピネスの前に赤いランド セルの集団があるのです。山口さんのランドセルの側面には、キラキラ光る星の形をしたアクセサリーがぶら下がっていました。


 壁に取り付けられたパイプを握る幸一の手が、汗でねっとりしてきました。


「お母さんがね、ここのたこ焼きメチャおいしいから、帰りに買ってきてっておこづかいくれたの」


 山口さんは、澄ました笑顔でたこ焼きを受け取ります。お父さんは照れたような顔で何度も山口さんに会釈をしています。それを見て幸一はなんだか悲しい気分になりました。そして、きびすを返すと、近所の川の土手に向かっていきました。夕日が街を包んでとてもきれいですが、幸一はランドセルをしょった背中を丸めてとぼとぼと歩いていきます。


 店の手伝いをしないは、夏休みに友達と一日だけキャンプに行って以来です。あの時は、星条旗のエプロンであくせく働くお父さんのことが思い出されて、何だか落ち着かない思いをしたものですが、今の幸一の胸の内は少しだけ複雑でした。


 困ったことになりました。次の日帰ってもやっぱり赤いランドセルの集団が店の前にいるのです。今度は山口さんではなく、同じクラスの横井さんたちです。どうやらたこ焼きが学校で流行っているようなのです。店のはんじょうを喜ぶところですが、幸一にとっては困ったことです。幸一は放課後を川原で過ごすのがくせになってしまいました。


「幸一、こういちー」


 学校の休み時間、ちびでおかっぱ頭の俊平君がこうふんした様子で近づいてきました。


「聞いたか? 祐二君のこと」


 俊平君は、きょとんとした幸一にまくしたてました。幸一と祐二君は、あの時店で会ってからなんとなく話をしていませんでした。


「祐二君のお父さん、来月から転勤になるんだって。それもブラジルらしいよ。ブラジルなんてサッカーの本場だよ。すげーよなー、仕事で海外に住めるなんて。ああ、行くのはお父さんだけで、祐二君やお母さんは残るけどね」


 幸一は、そっと横目で祐二君を見ました。手を机に乗せたまま、うつむいていました。祐二君のまわりだけ、寂しい感じがしました。


 その日の夕方も幸一は、いつもの川の土手で座っていました。祐二君のお父さんの顔が浮かんできます。すっと背が高くていつもいい匂いがしました。小さいころ、「コーチしてやるぞ」って、日曜日の草野球に時々きてくれました。かっこいいプレーをたくさん見せてくれたお父さん。そんな時、祐二君は自慢げな様子で、いつもより張り切るのでした。


「祐二君・・・」


 気がつくと、川原で知らないお父さんと、5歳くらいの男の子がかけっこをしていました。それをぼんやり見ていて、幸一はあのくらいのころ、お父さんとよく相撲をとっていたことを思い出しました。


「よーし、幸一、かかってこい」


 お父さんはいつもにっこり笑って、大きく手を広げるので した。
 そんな風に言ってくれると、幸一は、なんだかのどがひく ひくなって、こそばゆくって思わず顔がゆるんで・・・それくらいうれしいのでした。


 男の子がこけて泣き出したのをきっかけに、幸一は、すくっと立ち上がり、夕日を背にして、お父さんのたちの働くたこ焼き屋に駆け出した ました。


 もう、店にもし同級生がいたら、というようなことはちっとも考えていませんでした。ただ、お父さんに思いっきり抱きつきたい。その思いだけが胸いっぱいに広がっていました。






ハピネス 2002年
38=kirin74









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Last updated  2007.03.20 23:34:33
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Re:寂しい夜には、童話でもいかがですか。(03/20)  
フランク・鰤杜 さん
 悪魔兄弟のポップコーン屋さんに出てきた男の子ですね。フランク・鰤杜です。
 なんとも、ほのぼの系ですね。児童小説?っていいじゃないですか。僕は児童小説の方が、書きやすくって好きですし、読みやすいですね。
 例えば冒頭の。
 「午後のスーパーは、昼食用の買い出しも落ち着き、静かです。」
 これって、子供向きと言うか、子供が出てくる話、子供に読んで欲しいですよね。(僕も好きですが)
 でも、これを大人向けに帰ると、なんか、ストレートでなくなるでしょ。
 「すでに午後を迎えたスーパーは、先程までの昼食用の買い出し客も落ち着き、静かになった。」
 「店内に流れる音楽がはっきり聞こえる。昼食を買いに来た客も落ち着き、午後を迎えたスーパーは、静かになった。」
 話長いでしょ。僕これはあんまり好きじゃないんです。星条旗のエプロンみたいに、ストレートがいいですね。長く読むときに疲れます。
 僕も、話はストレートのつもりです。というか、僕は大人向きの文章は書けませんし、書いても下手です。
 アディオス (2007.03.22 11:29:26)

Re[1]:寂しい夜には、童話でもいかがですか。(03/20)  
kirin74  さん
フランク・鰤杜さん、ありがとうございます。
そうです。あのボクの物語でした。
いかがでしたか?
帰宅してからコメント熟読させていただきます。
アディオス (2007.03.22 17:13:06)

Re[1]:寂しい夜には、童話でもいかがですか。(03/20)  
kirin74  さん
フランク・鰤杜さんこんばんは。
そうですね。子どもに読んでもらうことを想定した方が書きやすいように思います。また、書き方もマイルド+ストレートになりますね。字の数も少なくなるかもです。

実は、本当にあるのですよ。同名の店が。
郷里の自宅の近所のスーパーに。
名前は知りませんが、こういう物語を想像させてくれる家族です。
今頃どうしているのかなぁ。
(2007.03.23 20:23:45)

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