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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2009.10.13
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 岩船寺は山号、高雄山(こうゆうざん)、本尊は阿弥陀如来、開基は行基と伝えられ、アジサイの名所として知られアジサイ寺とも呼ばれます。

 ”京の古寺から 岩船寺”(1998年5月 淡交社刊 植村幸雄/永野一晃著)を読みました。

 京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院である岩船寺(がんせんじ)の四季を、写真と文章で紹介しています。

 植村幸雄さんは、1939年京都府加茂町岩船寺に生まれ、1957年得度、1961年種智院大学仏教学部密教学科卒業、1967年総本山西大寺にて灌頂、1981年20年間の商事会社勤務を経て1982年岩船寺副住職、1986年住職になりました。

 永野一晃さんは、日本写真家協会会員、1945年京都市に生まれ、1966年ヤラカス館本店に入社、ファッション、料理などの広告写真撮影に従事、1971年フリーランスとなり大阪にスタジオIKKOを設立しました。

 岩船寺は729年に聖武天皇の発願により行基が建立したと伝わり、その後、平安時代初期の806年に空海の甥・智泉が入り、伝法灌頂の道場として報恩院を建立しました。

 813年に嵯峨天皇が皇子誕生を祈念して後の仁明天皇を授かったので、嵯峨天皇の皇后が伽藍を整え、岩船寺と称するようになったといいます。

 1221年の承久の変の兵火により建物のほとんどを焼失しましたが、室町時代に三重塔などが再建されました。

 江戸時代には興福寺の末寺でした。



 岩船寺、浄瑠璃寺付近には当尾石仏群と称される鎌倉時代を中心とした石仏や石塔が多数残り、その中には鎌倉時代の銘記を有するものも多いです。

 当尾には中世には、都会の喧騒を離れて修行に専念する僧が多数居住し、多くの寺院が建てられたと言われ、今に残る石仏・石塔群はその名残りであるといわれています。






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Last updated  2009.10.13 19:19:45
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