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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2026.05.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 朝枝利男は1893年生まれで、少年期を群馬県妙義山のふもとで過ごし、青年期に東京高等師範学校で地学・博物学を学びました。
 ”ガラパゴスを歩いた男 朝枝利男の太平洋探検記”(2025年1月 教育評論社刊 丹羽 典生著)を読みました。
 日本人として初めてガラパゴスを探検したがほぼ無名の人物である朝枝利男について、その生涯を紹介しています。
 自然科学への関心が一貫して強く、机上の勉強だけでなく、実際に外へ出て見ることを好みました。
 そして、野外で観察・スケッチを行う実践的な性格だったようです。
 高等師範を卒業し地理の教職に就きましたが、すぐ1923年に留学のため渡米しました。
 そして、ニューヨーク、カリフォルニアで、写真・標本画の技量を身につけました。
 この頃、米国の資産家クロッカーが、1930~37年に太平洋各地への探検旅行を開催しました。
 朝枝は、1932年に、米カリフォルニア科学アカデミーの第2回ガラパゴス探検に技師として参加しました。
 写真撮影、標本のスケッチ、彩色の技師として、約6000枚の写真と130点の水彩画、手書きの探検記を遺しました。
 特に1932年と35年訪問のガラパゴス諸島では、風景、鳥類、植物、動物、樹木の観察を、日記、絵、写真とともに詳細に記録しました。
 一部は、1932年の東京朝日新聞や月刊誌への寄稿などで、日本に紹介する試みもなされました。
 このほか、イースター島やソロモン諸島等も訪れました。
 1935年訪問のイースター島では、米自然史博物館にモアイ像複製製作のための石膏型取りを行いました。
 しかし、朝枝の探検家としての時代は、第二次世界大戦によって突然終焉しました。
 1942年には、米西海岸にいる日本人の強制収容所送りで妻とともに召喚されました。
 戦後は、カリフォルニア科学アカデミーで資料や展示の準学芸員の仕事に就き、1966年まで16年間勤めました。
 そして、1968年に75歳で亡くなりました。
 丹羽典生さんは1973年生まれ、2005年に東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程を単位取得退学 しました。
 2005~2008年まで、日本学術振興会特別研究員PDとして、法政大学に在籍しました。
 2008年より、国立民族学博物館助教、2012年より准教授、2022年より教授となりました。
 朝枝利男は、ガラパゴス探検の日本人パイオニアであるといいます。
 ただし、1930年代の探検であり、本書の日本ガラパゴス交流50年史の枠のなかには入らないそうです。
 しかし、日本ガラパゴス史の中で外すことができない存在です。
 とはいえ、その探検が日本や日本人に与えた影響はほとんど皆無です。
 したがって、日本のガラパゴス史における朝枝の重要性と位置づけは難しいといいます。
 日本人のガラパゴス研究の草分けですが、後世に残る実績は説明しがたいのです。
 いわば、歴史の前に属する前史に当たるわけです。
 人類学が学問として制度的に確立する前の移行期には、さまざまな調査プロジェクトが存在していました。
 中でも、日本人博物学者朝枝利男の参加したアメリカの探検隊に注目しています。
 朝枝利男は多様な経歴を経て、渡米後にアメリカで活躍した博物学者・学芸員です。
 剥製から水彩画と写真撮影まで、多才な博物学的技術を身に着けていました。
 魚類の水彩画は生前何度か展覧会が開かれ、いまでも高く評価されています。
 アメリカの博物館に籍を置き,1930年代の太平洋諸社会を幅広く調査する探検隊に複数参加しました。
 1932年に行われたカリフォルニア科学アカデミーの2度目の探検には、隊員として参加しました。
 探検家としての修業時代であり、日本人としてははじめての参加でした。
 仕事は、写真撮影、標本のスケッチ、彩色でした。
 まだカラー写真がなく、海から引き揚げた動物や藻類を正確に模写し彩色する仕事は貴重でした。
 数多くの博物学的な写真と水彩画を残しましたが、それらは世界各地の博物館に散在しています。
 しかし、資料としての整理の段階にあるままで、整理が進められていません。
 また、朝枝の生涯は詳しく分からず、謎に包まれています。
 朝枝は1893年12月9日東京生まれで、原籍は山口県で士族の出です。
 ただし、両親の名前も分からず、具体的な出生地は判明していません。
 履歴書やほかの各種記録において、出身地欄を東京と記載しています。
 幼少期に母親が亡くなり、父親や兄弟から一人離れて半年ほど東京の伯父宅で暮らすこともありました。
 そのころから、田舎での自然に囲まれた生活へのあこがれがあったようです。
 このあこがれが実現したのは、1900年代半ばあたりのことでした。
 現在の群馬県富岡市一ノ宮に転居し、8年間をここで過ごしました。
 群馬県立富岡中学、現、群馬県立富岡高等学校で学び、妙義山界隈の自然に親しんで過ごしたといいます。
 父親が他界し、富岡中学の在学4年目に帰京しています。
 そして、1911年に東京の麻布中学を卒業しています。
 旧制中学校を卒業後、1912年から1914年まで、群馬県の中里尋常高等小学校で教員に就いていました。
 その後、日本各地を旅しつつ自己研鑽を重ねていたと思われます。
 海洋生物への関心、生物標本の収集、水彩画や図の作成などの博物学的技術への関心が培われていました。
 1916年に、東京高等師範学校の理科第三部予科(甲)に入りました。
 1917年に、同校理科第三部本科に入学しました。
 写真撮影の経験は、高等師範学校本科への在学2年目の1917年からはじまっています。
 予科時代の学級主任は,進化論の啓蒙で知られる丘浅次郎でした。
 生物の教授、生物学の学科主任は、理学博士の山内繁雄でした。
 鉱物、地質の教授、鉱物学、地質学の学科主任は、佐藤傳蔵でした。
 それぞれ、朝枝の属した理科第三部本科の第一学年の学級主任と第二学年の学級主任でした。
 1920年3月に、同校の第三部甲組(博物、地理)を卒業しました。
 卒業後は、母校であった東京の私立麻生中学校にもどり教鞭をとりました。
 地理の講義を担当し、博物学的技術の研鑽を怠りませんでした。
 在職中に、シカゴ大学地質学の客員教授から留学を勧められたといいます。
 1922年3月にはやくも退職し、アメリカ留学の準備を行いました。
 1923年3月20日に横浜から天洋丸で出港し、4月5日にサンフランシスコに到着しました。
 しかし、9月1日に関東大震災が起きて、将来の計画はいったん白紙になり、シカゴ大学への留学の夢は途絶えました。
 1924年はニューヨークにいて、渡米以来YMCAで英語の習得に努めました。
 その後、オハイオ州クリーブランドの喫茶店で働きました。
 そしてニューヨークで、動物剥製の展示で有名な、ジェイムズ・クラーク・スタジオで仕事を得ました。
 ここで最先端の博物館関係技術を経験して、1929年まで所属していたといいます。
 そして、1926年にはロサンゼルスに、1927年春にはサンフランシスコに一時的に居住していました。
 標本画仕事に関連して、スタンフォード大学の魚類学者ディビッド・スター・ジョーダンと、カリフォルニア科学アカデミーの魚類学者バートン・ウォーレン・エヴァーマンの知己を得ました。
 この二人の高名な学者との関係は、朝枝がカリフォルニアをベースに活動するきっかけとなりました。
 この頃、コダック社主催の写真コンテスト自然研究部門で、第一等の賞が授与されました。
 1920年代後半には、一時的な仕事で西海岸に行ったりしましたが、主な居住地はニューヨークでした。
 ここで、クラーク・スタジオを媒介に、写真家、画家としての仕事をこなしていました。
 そして1929年にサンフランシスコの邦人のもとにに引っ越して、活動の拠点を西海岸に移しました。
 ここで、先進的スタジオのナチュラルカラー・フォトプリント・スタジオで、技師として仕事をしました。
 朝枝は、生来の自然への関心から地学・博物学に対する旺盛な知的好奇心をもっていました。
 人生の運不運にまきこまれたものの、たくましく研鑽を続けました。
 自学自習を交えながら習得した技術は、当時の博物館に関わる最先端でした。
 しかも、朝枝は技術の更新を決して止めることはありませんでした。
 しかし、朝枝は生涯にわたり正規の研究者であったことはなかったのです。
 ただし、東京高等師範学校の山内繁雄との邂逅により、ユニークな研究者ネットワークに属せられました。
 朝枝が渡米後すぐクラーク・スタジオに入れたのも、こうしたネットワークに属していたからでした。
 本書は、ほぼ無名の人物である朝枝利男について、その生涯とガラパゴス諸島への探検などを詳述しています。
 同時に、朝枝が残した膨大な写真・スケッチについても、その一部を紹介しています。
序章 バックヤードでの出会い/第一章 渡米して探検家となる/第二章 ガラパゴス諸島探検記/第三章 ガラパゴスでの発見と記録/第四章 太平洋を駆け抜ける/第五章 探検を終えた朝枝利男






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Last updated  2026.05.23 08:49:00
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