ゆのさんのボーイズ・ラブの館

ゆのさんのボーイズ・ラブの館

5・・・事故



チラチラ降り出した雪はすでに結構な降りに変わっていた

天から舞い落ちる白い宝石は
ポツ、ポツ、と日樹のベンチコートにあたれば融けて水滴に変わり
影かたち残さず儚く消えてゆく

支えを無くした、まるで今の自分のようだ

同じ部の連中に快く思われていないことは承知していた
だが、自分を中傷する言葉をじかに聞いたショックに動揺は隠しきれない
なまじそれが核心をついていたから
一刻も早くその場を逃げ去りたかった

歩行者信号が点滅して青から赤に替わろうとしている
日樹はすれ違う人群れの中に顔見知りの姿を見つけた
見間違いだろうか?

「・・・先生・・・?」
それは日樹が以前、憧れ慕っていた
そして辛い別れを強いられた美術教師の姿

その姿を確認したく、渡りきるはずの横断歩道を戻り追いかけた
信号はもう赤に変わった

その時、右折に急ぐ車が交差点に差し掛かり、日樹に向って突進してきた

「あっ・・・」
危ないと危険を察知した同時に自分の体に大きな衝撃を感じた

キキーッ!!
急ブレーキを踏む音
すぐ後にドスンと物がぶつかる鈍い音が響いた
周囲の人間がいっせいに音のする方へ向き直る
不自然な向きに急停車した車
そして悲鳴と、駆け寄る人の群れ

「しっかりしろ!」
誰かがしきりに自分に呼びかけているのが聞こえる

「・・・誰?・・僕を呼んでるのは・・・」

足に鈍い痛みを感じ、動かそうと何度も試みたが言うことを聞かない
麻痺している
重い・・・

「動かすな!」
「早く救急車を呼ぶんだ!」

誰かが叫んでいる
意識が薄れてはまたかすかに戻る
体を抱き起こされているのか、ぼんやりと人影が見えてきた
自分を取り囲んでいる大勢の顔

ここはどこだったろう
なにをしていたんだっけ・・・

おかしいな・・・
体が自由に動かない

日樹の顔を冷たい雪が濡らす
混濁する意識のなかで
見上げた空から真っ白な雪が幾重にも舞い落ちてくるのが見える

・・・そうだあの日も・・・雪が降ってた・・・
そう遠くない過去を思い出す

確認するように少しずつ記憶をたどる
一日一日を順に
心の奥底に埋めて隠した記憶を穿り返す
一週間前のこと、三日前、昨日・・・そして今日、記憶がグルグル錯乱する

・・・僕は
思い出してしまって良いのだろうか
忘れなければいけないことじゃなかったか・・・

再び意識が薄れていく

救急車のサイレンが遠くから聞こえて来た
スパイクの入ったシューズバッグは形を崩し、日樹から遠く飛ばされていた






© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: