東京湾には、いたるところに公園がある。公の園なので、ここで遊ぶ人もいれば、暮らす人もいる。大都会に沈殿する不自由を、自由にする場でもあるのだ。
年末の釣り納めに立ち寄った海沿いのとある公園で、首輪のない痩せた犬と出合った。駐車場の隅で、弁当を食べる僕らをじっと見つめていた。物欲しげな視線に耐えかねて、から揚げやカツを数切れ食べさせようと思い近づくと、僕らを見ながら一定の距離を保って離れていく。なんとも無愛想な犬だ。仕方なく近くに放り投げてやると、恐る恐る近づいて、サッとくわえて草むらの影に走り、そこで辺りに注意を払いながら大急ぎで食べていた。
年明け最初の釣りで、またこの公園に向かう。同行した後輩S君は、「あの犬、まだいますかね?」とハンドルをきる。公園前の交差点に差し掛かった時、こんもりとした丘の上で、前足を踏ん張りお尻を高くして身体を伸ばしている、あの犬がいた。
僕らのことを覚えているだろうか?あれから1週間も経ってここにいるということは、きっとこの公園があの犬の住みかになっているのだろう。
S君は、「あれだけご馳走したのだから、今日は恩返しをしてもらわないといけないっすね」と、あの無愛想な犬からのお礼を待っている。車を降り、釣り仕度をして犬に近寄ると、相変わらずこちらを見ながら後ずさりしていく。本当に愛想のないヤツだ。僕らは、「通称ポチ」という名前を付けてやった。

結局ここでの釣りで、「通称ポチ」は僕らに恩返しをしてくれなかった。帰り際、お土産に魚をくわえて来てくれないかと期待していたのだが、「通称ポチ」は公園に散歩に来たほかの犬とじゃれあって、見送りさえもしてくれなかった。
場所を代え、違う海沿いの公園に向かう。

魚はこちらでも釣れず終い。たこあげをしたり、サッカーをしている家族の声ばかりが響きわたり、とても釣りに集中できる環境じゃなかった。
この公園には、手のひらに乗ってしまいそうな犬や、品のある服を着た犬が飼い主に連れまわされている。すれ違う飼主同士が、我が犬の自慢話のキャッチボールをしている。犬が、飼主の装飾品のように見えてきた。暇な釣り人になっていた僕は、人影もない公園に暮らす「通称ポチ」のことばかり考えていた。