昼食に「どーしてもラーメンが食べたいっす」という後輩A君が、「前から気になっていた店」として指定したのがIというラーメン屋さんだった。僕はこの店に以前入ったことがあるが、どんな味だったかの記憶がない。それでも、美味いか不味いか、はたまたその中間かぐらいの差しかないと思い、入店に同意した。
昼時だというのに、店内には1組しかいない。店の入り口にある本棚には、「浪速金融道」とか「業界の裏話」といった裏社会科の教科書ばかりが積んである。おそらく店主の趣味に違いない。
チャーシュー麺を注文する。

見た目はいい。が、食べはじめると、口から食道、胃腸にかけて、言いようのない後悔が回っていく。
A君は押し黙っている。僕もモノがしゃべれない。しゃべったら最後、2度とモグモグしたくなくなる。
はたと気がつく。この店は、「記憶の残らない店」ではなく、「記憶から抹消したい店」として僕の体が処理していたのだ。
A君は、途中でコショウや醤油を足して微調整をかけた。しかし、既に後の祭りであるということは、どんぶりに並々と残された麺らしき物体が物語っていた。
店を出てから、僕とA君は大笑いした。人間、どうしようもなくなると、なぜか大笑いしてしまうものである。記憶を消すスイッチのような行動でもある。