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あん子は、今ドイツに音楽の研修にいっている。ほとんど、語学力がないのに、どうしているのか、心配しようにも、こちらから連絡のしようがない。現地でも使える筈のスマートホンが使えないと知人の携帯電話で電話をしてきた。研修の場所は、田舎の町で町おこしの音楽研修のようだ。研修料も非常に安い。ヨーロッパのいろいろな国から若者が集ってくる。こんなところで、言葉ではなく、音楽で交流ができることは、うらやましい限りだ。他方、ぽん太は、遊園地のプールの監視員のアルバイトに励んでいる。朝6時ころ出かけ、夜10時ころ帰ってくる。若者同士のアルバイト監視員はノルマがなく、子どもたちの元気な姿からもお金では、得難いものがあると思っている。ぽん太は、外国には行かないといっていたが、友達に誘われて、東南アジアに語学研修に行きたい、お金を出してといいだした。予算と一つ一つ積算していくと、大変な額になった。「おとう、これだけだしてくれ。後は自分で出す。」私は、遊びのような語学「遊学」は反対だ。それでも、アルバイで稼いだお金を出すといっていること大学まで2時間もかかるのに、自宅通学をしていること無駄も勉強かと言い聞かせている。そして、ぽん太には、「遊学」の資金援助は、今回限りだ。と言い聞かせている。どんな実りの秋にあるのだろうか。
2013.08.11
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先日の夕食時にぽん太が自動車運転免許を取りたいという。「夏の予定で2週間,時間があく、運転免許を取りたい」私は、ぽん太に言った。「未成年者の交通事故は一番多い」母親もいった。「学生の中は、ダメ、就職が決まったら、いい」これを受けて私は言った。「勉強をするために学校に行かせた。時間があったら勉強してほしい」「夏休みに勉強する人はいない。」「お父さんはやった。」「国家試験目指していない人は勉強はしない。」「これまで、交通事故の事件をしたことがある。被害者も加害者も悲劇である。」「こういう交通社会だから仕方がないじゃないの。」「非行少年の事件などで、親が子の気をひきためにか、子どもにバイクを許していることがある。ぽん太の生命は、かけがいのないものだ。未成年者若年者には事故が多い。友達と誘われれば、無謀な運転をするかもしれない。ここで運転免許を許して、ぽん太に何かあったら、生きる望みがなくなる。」こんなやりとりをした。自動車を運転するのは、走る凶器を操ることだ。その責任の自覚が必要だ。自分で任意保険を掛けることができて初めて自動車を運転する資格ができると話した。ほん太は、納得できないようだった。但し、ほん太の生命がかけがいのないことを話した点だけは苦笑しながら聞いていた。少なからずの親は、安易に子どもに自動車の運転を許し後悔している人がいるのではないだろうか。
2013.07.06
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地方の方には想像がつかないかも知れないが首都圏の公共交通は午前零時すぎまで運行している。我が家は駅の近くにあることもあり、子どもたちの帰宅は、少し前のサラリーマンのようで、子どもの代わりに私が寝たあとで帰宅することがある。確かにこんな風な生活ができることは、一面、合理性の結果と思える。他方、それぞれのライフスタイルがばらばらになる。こんな状況下である。猪瀬都知事が24時間の交通を提案している。産業栄えて、家族バラバラこんな社会を私たちはめざすものでしょうか。
2013.05.24
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ほん太の19歳の誕生日を信州の温泉でやった。義理の両親を温泉に招待しての久しぶりの懇親だ。やー、18年か。祖父、祖母ともに孫の成長に目を細めていた。なにかにつけて、孫らに気配りを続けてくれる。ありたいことだ。ぽん太がキャンパスに描いてほしい。情操にも気づかっていろいろな絵の具を揃えた。、どのような絵を描くのだろうか。
2013.04.30
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我が家にはゲームがない。私は、遅く子どもができたので、他の人の子育ての苦労を教わることができる。あるお母さんは、「ゲームを作った会社を恨みたい」といっていた。子どもがゲーム依存症になってしまって、多くの家庭で、ゲームの存在が子どもに大きな影響を与えることも教わった。ゲームを隠したり、ゲームの時間を厳格に守らせるとしても、長続きできないようだ。わが子もあるとき、泣きながら、自分の小遣いでゲームを買いたいと言ってきたことがあった。多くの親は、かわいい子どもの願いごとをこんな風にいわれたら、ゲームを許すだすう。しかし、私には、「ゲーム会社を恨みたい」といっていたお母さんの声が脳裏から離れなかった。子どもには、ゲームをすると目が悪いなる。頭が悪くなる。考える力だなくなる。とか、説得した。丁度、当時子どもたちは、バイオリンを習っていたので、ゲームは簡単に楽しめる。しかし、バイオリン簡単ではない。しかし、練習をして、はじめて楽しめる。これはゲームにない楽しみだ。バイオリンは大変高価なゲームようなものだ。こんなことをいって納得させた。ゲームをさせなかったことが原因かも知れないが両親は近視だが、二人の子どもはそうでない。少なくともゲーム依存症にならなかった。やはり、ゲームを買わなかったことは、良かったと今でも思っている。
2013.04.19
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もうこのブロクも店仕舞いをしなければならないと思っている。2005(平成17)年10月にこのブロクを立ち上げた。約8年間、続いたわけだ。そうすると長女が、小学6年、長男が小学4年のときということになる。その後、長女は、公立中学、公立高校、そして、公立の大学に進んだ。長男は、公立中学、私立高校、そして、大学は私学に進んだ。先日、長男の誕生日だった。誕生日を月末に延期して、妻の実家に行って、誕生会と大学入学祝い会を合わせてやることにした。きっと大きくなった孫を見て喜んでくれるだろう。賑やかだった我が家の夕食も、バラバラが多くなった。二人とも大きくなった。逞しくなっている。
2013.04.17
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ぽん太が、バイクに乗りたいといってきた。私はこう答えた。 バイクは、スリリングな、乗り物だ。 大げさにバイク乗りの20人に1人は事故で死んでいると思う。 ほん太の生命は貴重だ。失いたくない。ほん太には、予想外の回答で、納得したようだ。今度は、ほん太が自動車の運転免許を取りたいといった。私は、こう答えた。 18歳が一番事故が多い。 若者たちは、集まると浮かれて、自動車を無謀に運転することがある。 もう少し、我慢しなさい。交通事故は、身近にある。事故で人が亡くなっている。自動車は、遊園地のおもちゃじゃない。人を殺傷する凶器となる。ほん太と対話をしながら、親業ももうじき店閉まいか、と思った。
2013.03.23
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先週の土曜日、今年の卒業生と在学生との最後の交流試合があった。私も、一つの区切りと初めて学校でのアソフトの試合を見に行った。手前側は卒業生、向う側は在学生だ。やはり卒業生が圧倒していた。ぽん太がこの学校を選択したひとつの理由が水泳部があることだった。入学して体験入部したところ、ハードなランニングがあり、入部の意欲がそがれたようだ。水泳部の入部者は、例年多くない。最初からハードルを高くしている。この学校には、アメフト部があった。体験入部して気に入って入った。母親は、ハードなクラブなので入部について怪我を心配した。アメフトは、この学校での1、2の大所帯だ。この部は運動部でありがちなしごきもない。試合になると、保護者も゛応援に行っていた。ほん太は3年間続けた。しかし、中には受験が気になるのか、学年が上がるにつれて退部するものもいたようだが、大半は、卒業まで、続けた。クラブ活動と勉強の両立は難しいようだった。みんな苦労をしているようだ。・・・・いずれにしても、アメフト三昧の高校生活であった。私には、高校生活の大半がアメフトのようにみえた。・・・・昨年の9月から、短期間でずいぶん成長したと思う。大抵の社会問題に自分なりの意見をもっている。説得力もあるものもある。4月からは大学生だ。・・・・ほん太は、アルバイトをして一杯金を稼ぐといっていた。これに対し私は、アルバイトをするために授業料を払うのではない。勉強してほしいから、授業料を払う。お金はいつでも稼げる。まずは勉強だと諭した。青春に光あれ
2013.03.17
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昨日はぽん太の高校の卒業式だった。私は、仕事の都合で出席できなかった。妻は、当初、卒業式は、親は行くもんでばないと言っていた。高校の卒業式は、子どものためにある。卒業式に親がでるのは、親が子離れしないというのだ。私は、そんな理屈よりも、個性的なぽん太の高校生活で、心配をかけられてきた。学校の勉強では、先生方に申し訳ないところであった。しかしながら、アメフトの部活動を9月の試合まで続け、そのあとの受験体制の追い込みで希望する大学に合格した。3年前の入学式には私が一緒にいった。だから、有終の美を私も同席したかったのだ。妻を説得して卒業式の様子でも知りたいので行ってもらった。ところで、ほん太のどこにその力があったのか。ユニークな論文課題試験に対しぽん太は、経験等を踏まえた論文を仕上げたようだ。ぽん太は、習い事として小さいときからバイオリンと水泳をしてきた。これは、学校の勉強には、影響ないと思ってきた。しかしながら、バイオリンは高校の音楽で水泳は同じく体育で生かされた。この得意科目は、おそらく同級生に負けない自信がぽん太型の高校生活の基盤になったろう。私も私の小学校では、学力ある人以上に運動ができたり、した子どもが、堂々としていたことを思いだす。大学受験の論文の課題についてバイオリンと水泳の体験を生かした答案を書いたということだ。めぐりめぐって、幼児期に始めた、習い事が大学受験に役立ったということだ。それにしても、ぽん太は強運だ。
2013.03.10
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日曜日は,ぽん太の18歳の誕生日だった。レストランで食事をした。18年前桜満開の誕生だった。口が重くなっている今日この頃であるが,音楽の先生が女性から男性に変わりぽん太のことを認めているらしい。先生から「大学はオーケストラのある大学に入るといい」と言われたらしい。演奏の方もほめられ,先生と馬があうようた。同じ教師でも言葉一つで,子どもは,反発したりその気になったりする。小さいころからやっていたバイオリン小五でやめて高校の授業で復活した。音楽でバイオリンをとっているのは3人だそうだ。他の2名はバイオリン未経験だそうだ。ほん太が教えている。教えながら,小さいころのバイオリンを思い出しているだろうか。18年前,本当に遠く感じた。しかし今ではほんの昨日のようだ。もう,子育ても終着駅かな。これが,人間の営みの繰り返しだろうな。私を生んでくれた親育ててくれた親そして,その親・・・・・そんなことも思っていると何が,目が潤んでくる。
2012.04.17
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あん子が寮に引っ越した。妻が,寂しがっているようだった。一晩いないのに「もうずいぶん時がたったような気がする」というのだ。狭いが,自分の部屋があり,防音室もある。何不自由ない。しかしながら,あん子が家を出たいというのは,母親の小言などが,うるさく感じたのだろうか。奨学金も借りて自立するといっている。まあ,苦労することはいいことだ。
2012.04.06
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仕事を終えて車であんこの寮に荷物を運んだ。こんな近い人は他にいないだろう。相当古い建物で,入寮希望者が少ないので特別寮に入る理由はないが許可された。きれい好きとか,潔癖症の人だと抵抗がある建物だ。それでも住めば都だ。年近い若者が,共同生活をすること自体に意味があるだろう。男子寮を通って女子寮に入るためには,まず暗唱番号でドアを開ける。エレペーターがないで階段でよいしょと運んだ。階段の両方に部屋がある。その一つを開けると中に数個の部屋があった。数個の部屋の仲間との共同生活になる。大きくなったものだ。少しさみしくはなるが自立するこころは,評価したい。
2012.04.05
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あん子の新年度この4月から寮生活をする。通学に不便だからではなく。ひとり暮らしがしたいからといっている。私は、子どもが家を出ることは、賛成だ。親が煩わしいと思うのは、生理現象だろう。いろいろな人と出会うことは、よい経験だ。それでも週末は、帰って来るといっている。単身赴任みたいなものだ。ぽん太の新年度アメフトの最後の学年だ。本当にアメフトか好きな様だ。アメフトよりも勉学といいたい。しかし、自分の人生だ。アメフトが思いでの高校生活もいいかも知れない。本当に楽しい高校生活のようだ。うらやましい限りだ。
2012.04.01
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母親が、インフルエンザの疑いで、ダウンしたので長女は丁度、春休み中だったので、午前中、長女に電話番の仕事をして貰った。(大きくなったと思った。)小さいときは、単なる庇護する対象であった子が今では、私の仕事の一部を手伝うことができるまで成長した。長女は午前中で帰っていった。夕食も長女が作っていた。電話番のバイト代を払うよ。・・・いいよ。事務員の仕事で簡単だね。妻の病気が気がかりだが、大きくなった長女の、平然とした立ち振る舞いに、小さな感動を覚えた。
2012.02.06
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久しぶりにこの日記を訪れた。最後は昨年の4月だった。・・・・・・・・・先日、わがまちの教育関係者の新年会があった。新年会では、後半がカラオケになる。私は、森山直太郎の「さくら」を歌わせて貰った。他の人は演歌とか、男女の恋の歌とかを歌っていた。家族は、私には「さくら」は高音が、難しくあわないといっていた。エイヤーと「さくら」にした。最後まで、歌えるが心配だったが、どうにか歌えた。私は、教育関係者の場であるので、それにふさわしい歌が妥当であると思って挑戦できた。なんとか、私のレパートリに加えることができそうである。教育関係者の場で適当な歌のレパートリーは次のものがある。「ふるさとの山に向ひていうことはなし」「手紙(15歳の君へ)」「旅立ちの日に」・・・・・・・ところで、わがまちの教育長は、音大出身であり、娘の小学校の校長でもあった。教育長が、私の娘のことを知っておられ、教職をとっておくといいとおしゃっていた。そのことを娘に話したら「教職はとっている。僻地に行くよ。」といっていた。音楽をやっている大1の娘の学年末試験が終わったようだ。娘の指導により新曲を開拓したいと思っている。・・・・・・以前は「明日にいきるこどもたちに」で検索すると最初に出て来たが、今は相当に後ろになってしまった。たびたび、こちらにも来ることにしたい。
2012.01.28
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我が家の長女は、これまで料理らしいものを作ったことはなかった。母親が、料理よりは勉学としてさせてこなかったのだろう。私は、その方針に賛成をしなかった。急に、料理などできるかどうか、心配をしてきた。どういうわけか。この4月に大学生になったとたん。料理を作り出したいといいだした。めもり計とか、カップを取り揃えたようだ。そこで最初に作ったものがカレーライスである。長女の料理事始めの成果品次にうどんに挑戦した。2回目の成果品次にボンゴロスパゲチィーに挑戦した。3回目の成果品私も、長女に注文を出した。今度、肉じゃとか、家庭料理に挑戦してほしいと。長女せはうなずいた。楽しみだ。
2011.04.11
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幸い、長女は、大学生になることができた。もう4年後は社会人になっているかも知れない。教職をとって、母校に実習に行きたいともいっている。一般教養の科目で日本国憲法をとるようだ。うれしいことだ。長男は高校2年生に進級した。部活と勉学の両立が課題だ。楽しい学園生活を送っている。今年は、長男が入っているアメリカンフットボールの試合の応援にいってやりたい。・・・・・・・・震災の東北でも、春の訪れが来ている。被災者には本当の春はまだ先であるのだろうか。・・・・・・・・・・・・・・・ミッフィ(うさこ)ちゃんから下記の便りが届いている。(朝日新聞3月27日)被災地を思い ミッフィーも涙
2011.04.06
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2011.03.16
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あん子は、高校を卒業した。私の高校時代と比べるとたいへん充実した日々ではなかったか。好きな音楽で相対的な特技のバイオインを生かしての高校生活ではなかったたか。学業は、そこそこやりとげた。但し、遅刻が著しく多い。なんと遅刻が3年生の数値をでは40回位だった。私は、子どもの遅刻、さらには欠席にはうるさく言わない。怠惰の生活の遅刻ではなく、体調の管理の遅刻であり、わたしより、要領のよさを身につけて欲しい思っていたからだ。ところで、私の方針を理解して公立高校の音楽科を受験しここに通った。学校がこんなに不便なところにあるとは思わなかった。私学の音楽高校ならば、30分で行けるが1時間30分もかかる。ときどき音楽高校ではなく普通科に行けばよかったといっているが、普通高校だと、音楽は独学になった筈だ。しかし、通った学校は普通科、美術科、書道科のある特色がある。しかも、公立の高校であり、私学の音楽単科高校では体験できないことがあったと思う。管弦楽部ではコンサートミストレスを体験したり、みんなに支えられた筈だ。あん子と話すとユニークな子に育ったと思う。自分の意見をそれなりに根拠もって述べる。・・・・・・・あんことの音楽との出会いは1~2歳のときに与えたテープ付の童謡カートだ。字も読めないがカードの絵をみてカセットをラジカセに入れて朝から晩まで童謡を歌い100曲以上の童謡を覚えてしまったと思う。・・・・・・・・先日、二人でカラオケに行った。森山直太郎の「さくら」を歌った。私は相当に練習をしたつもりだ。86点だった。おんこは初見で91点だった。・・・・・・・・子どもが成長していく。この手に抱いた小さなか弱い生命誕生したとき高校卒義まで18年か私は○○歳になっているか。長いなあ。それから、毎年人間ドックに通った。今から、思うと短かったなあ。狭い自宅でバイオリンの練習の音うるさいと思ったことは一度もなかった。私には、ここちよい、子守歌だった。4月からは大学生だ。入学式には、来ないでといっている。明日に生きるあん子もう、わたしたちは、卒業式だろうか。18年間、感動をありがとう。旅立ちだ。がんばれ
2011.03.16
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昨日につづけて歌の話演歌だらけの教育関係者の懇親会でのさわやかなアンジェラ・アキの「手紙」を歌うことができたことは、こちらも感激している。この「味」をしめてさらに、その次の曲に挑戦している。森山直太郎の「さくら(独唱)」だ。こんな歌詞だ。 記ぼくらはきっと待ってる君とまた会える日々を桜並木のみちの上で手を振り叫ぶよどんなに苦しい時も君は笑っているからくじけそうになりかけても頑張れる気がしたよかすみゆく景色の中にあの日の歌が聞こえるさくら さくら 今咲きほこる刹那に散るゆくさだめと知ってさらば友よ 旅立ちのとき変わらないその想いを 今今なら言えるだろうか偽りのない言葉輝ける君の未来を願うほんとの言葉移りゆく街はまるで僕らをせかすようにさくら さくら ただ舞い落ちるいつか生まれ変わる時を信じ泣くな友よ 惜別のとき飾らないあの笑顔で さあさくら さくら いざ舞い上がれとわにさんざめく光を浴びてさらば友よ またこの場所で会おうさくら舞い散るみちのさくら舞い散るみちの上で・・・・・・・・・・・・・この歌は、楽譜では上がものすごく高い。ドレミファソラシドさらにその上のドレミファソラシドのドが求められいる。森山直太郎の歌を聴くと上の方は、裏声だ。あー大変むずかしい。でも、挑戦してみたい。ついでにギターの伴奏も合わせてできたらいいだろうなあと思っている。
2011.03.07
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私には、趣味とは言えないが、こだわりの歌がある。・・・・・・・・・大分以前のことであるが、私のまちの教育関係者の新年の集いがあった。私が出席するのは、3回目であった。そこでは、会食の途中からカラオケが始まる。勧められて「ふるさとの山に向ひて」石川啄木作詩新井満作曲を歌った。多くの人が演歌を歌う中で新鮮な歌であったようだ。そんなわけて次年度は、最初からカラオケがあると思って最初から準備をしていった。「手紙ー十五の君へ」アンジャラ・アキ作詩・作曲歌おうと思ったところ、なかった。そこで、パス今年は、他の曲も考えていた。「手紙」があった。教育関係者の前で多くの人が相変わらず演歌が多く歌われているところ1年越しに「手紙」をうたうことができた。途中に予想していなかたが、手拍子があった。ある人から「○○さんは、いつも子どものことを思っているのですね、よかった。」と感想を述べられた。・・・・・・あらためて、歌詞を読んでみる。・・・・・・・・拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです未来の自分に宛てて書く手紙ならきっと素直に打ち明けられるだろう今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は誰の言葉を信じて歩けばいいの?ひとつしかないこと胸が何度もばらばらに割れて苦しい中で今を生きている今を生きている拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる荒れた青春の海は厳しいけれど明日の岸辺へと 夢の舟よ進め今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうなときは自分の声を信じ歩けばいいの大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど苦くて甘い今を生きている人生のすべてに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育ててKeep on beliebing負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は誰の言葉を信じて歩けばいいの?ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうなときは自分の声を信じ歩けばいいのいつの時代も悲しみを避けては通れないけれど笑顔を見せて 今を生きていこう今を生きていこう拝啓 この手紙読んでいるあなたが幸せなことを願います・・・・・・・・・・カラオケで検索すると沢山の歌がある。アンジャラ・アキの手紙は子どもたちの目線での歌詞だ。文字通り、私もその年代には子どもこころに沢山の悩みがあった。そして、その上に現在の私がある。この歌は、今のわたしにも、指針となる。もう一度噛みしめたい。 自分の声を信じ歩けばいいの いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど 笑顔を見せて 今を生きていこう 今を生きていこう今日もこんな気持ちで「がんばるぞ!!」
2011.03.06
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我が家の子どもたちの夏休みが始まった(正確に長女は、21日から)。それぞれ部活に忙しいようだ。ぽん太は、5泊6日の合宿に出かける。長女は、高校生活最後の部活である。100名を超える管弦楽部のコンサートマスターをさせて貰って、苦労をしているが、それなりに満足している。それぞれ夢中になるものがあり、それに突進している。それはいいことだ。二人のスケジュルを調整すると家族でゆっくりくつろげる日が8月の一日だけであった。どんな実りの秋を迎えるのだうか。
2010.07.19
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子育ての苦労がしたいという人がいた。「子どもがいなくて、お金もかからず、苦労もなくていいね。」と言われることがあるそうだ。ところが当人は子どもが欲しくてもできない。お金を子どもに、子どもの苦労もしたいといっていた。・・・・・・・・・・子どものことで学校に呼ばれた。その中で授業中の態度が良くないようなことを言われた。そんなとき、私の高校時代のことを思いだした。私が音楽が得意の科目だった。ひどい成績を貰った。試験の点数はいいのに音楽の授業の際に、授業態度が悪かったから減点されたと理解した。そのときから、授業をまじめに受けないと教師は平常点で「仕返し」すると思うことが自覚できた。今から思えば当然のルールだ。・・・・・・・・・今日子どもたちにいった。授業中の態度が悪いのは家庭で自由過ぎることが原因かも知れない。我が家でも最低限度のルールをみんなで守っていくべきではないか。みんなで家事を手伝う。部屋はきれいにする。寝る時は、寝間着をきて寝る。等々・・・・・・・子どもたちには、いやでも守らなければならないルールがあることを知って貰いたい。
2010.07.14
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妻の週末は、長男のクラブの懇親会に出かけたことだ。あまり、こうした会合に出かけるのが、ないので私が都合が悪いといったら、出かけた。アメフトクラブは新鮮な様子だ。いろいろな会話の様子を話してくれた。アメフトでは、保護者も応援に行くそうだ。子どもから元気を貰うクラブのようだ。長女は、学校の管弦楽の自主練習に出かけている。長女はコンサートマスターをさせて貰っているのでそれなりの自覚で有志で練習をするそうだ。ところで、どういわけか、長男がピアノを練習していた。伴奏をすると音楽10点貰えるそうだ。私は、長男の学校のPTAに出かけた。事情で学校に行っていない生徒がいるようだ。こんな自由な学校でなにが原因だろうか。せっかく、受験勉強して入学したのにこれ以上休んでいると・・・・心配だ。だれか適確な助言をしてあげてほしい。
2010.06.27
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ぽん太は、6時に起きて、アメフトの練習試合といって出かけていった。長女は昼過ぎフットネスクラブに行って水泳をした。長女の水泳の復活は3年ぶりである。体型では母親を越し、大人になった長女の泳ぎぷりは堂々としていた。親馬鹿だが、幼稚園の年長から小学6年生までスイミングを通わせてよかったと思っている。ホン太は、あまり、勉強も意にかけずに、アメフトに打ち込む。アメフトは集団スポーツだ。何か学ぶことがあるだろう。・・・・・・ところで、私の子育ての卒業を兼ねてほん太の学校のPTAの役員になった。妻とぽん太は、反対をした。長女は賛成をした。そんな訳で役員をやっている。会議では、私は少数意見が多い。でも、こだわらない。しかしながら、他の役員の人はこれまで、小学校、中学校などで役員の経験者ばかりだ。私のような人はいない。しかし、すごい。いろいろな係自薦によって決まってしまう。人のために世話を焼くことに悔いにならない人ばかりだ。ほん太は学校のことをほとんど話さないがPTAの役員をやっているために、学校の情報が入って来るので母親も今では喜んでいる。・・・・・今度、アメフトの保護者会の会食がある。妻が出かけると行っている。少し引っ込み気味の妻にも私が役員を引き受けたことは言い影響を与えているかも知れない。
2010.06.13
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朝6時過ぎに目覚めた。いつも7時過ぎに置きにホン太が学校に出かけるところだった。朝練があるそうだ。体の節々がギコチない。昨夜、フィットネスクラブに行ったからだ。長女の運動能力が著しく低下している。運動する必要があるのだか、市営のプールは、交通の便が悪く利用の継続は長女にとって無理である。そこで、長女にフィットネスを勧め私もいくことになった。いろいろな道具がある。やせる?ために自転車のようなものをこいだり走る歩道を走ったり重機を持ち上げたりこれらは、強い動機がなければ、継続は困難である。それに対しプールは、自然であり、久しぶりに泳いだ。そして、ジャグシーサウナ風呂などは、利用しやすい。昼寝ができるところ飲食できるところがあれば、最高だが、あくまでも、ジムであり、ない。長女には、夜9時30分ころ(11時30分までやっている)誘った。「明日、レッスンがあり、練習していないのでこれから、練習するのでいけない」というわけで、一人で行ってきた。・・・・・こんな施設ができると公共のプール、ジムは利用者が少なくなるのが心配な気持ちだった。・・・・・昨夜の気持ちの良い後遺症を味わいながら仕事をやっている。
2010.06.12
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高校3年生の長女は、今日は遠足だ。なっと目的地は東京デズィニーランドである。現地集合、現地解散である。おそらく、楽しかったに違いない。たしか長女が幼稚園のときデズニーランドに行ったことがなった。入り口で絵本とそっくりのおおかみのぬいぐるみを来た人が迎えてきた。長女は、本物ののおおかみと思って泣いてしまったことがあった。・・・・・歳月の経過をしみじみ感じる。たしか、夕方バーレードもあった。
2010.05.28
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先週、沖縄に仕事で行ってきた。その合間に、今話題になっている、辺野古の海岸に行ってきた。(海岸の手前の紙片の帯のようものは、境界の鉄条網に巻いてあるビラである。)この海岸を潰して、飛行場を造るというのだ。沖縄の人々がもう,いやだといって反対をしている。少し前ならお金で解決できたかも知れいない。しかし、お金は必ずしも人々を幸せにするとは限らない。身分不相応のお金は古今東西の例を待つまでもなく人間に不幸を造っている。・・・・・私は、沖縄の人の真の気持ちかどうか、わからないが沖縄の平和の象徴の島にしたい。隣国と沖縄との間の平和条約を締結する。完全に軍備施設を撤去する。・・・・・・この島でいろいろな国の若者たちが農作業をしたりいろいろなことそして、平和を語り合う。こんな平和な島はどうだろうか。
2010.05.23
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ぽん太は、水泳部に入りたいといって、わざわざこの学校を希望した。入学後、水泳部を覗いた。ハードな陸上のトレーニングかあるといって入るのをやめたという。そこで、今度はアメフトに入部するというのである。あー、子どもの気持ちはかわりやすいな。
2010.05.21
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長女は、学校の管弦楽のコンサートマスターになった。口では、いやなことをいっているがみんなをまとめて曲を仕上げることに奔走している。苦労をしているようだが、まんざらではないようだ。長女の場合、普通高校に行って音楽をやることをできたが、音楽課の高校に進学したので、音楽三昧の高校生活だ。大変な思いでになるだろう。ほん太は、どんな高校生活を送るのだろうか。最近、口数が少なくなった。私の高校は当時自由がなく、息苦しかった。自由な高校生活に憧れていた。そんなことからほん太の高校進学には自由な学校に進学させたかった。予想外に自由な学校だ。この学校の規則には2種類がある。刑事事件を起こす場合は、罰が与えられる。最悪、退学だ。その他は、指導に留まる。生徒が茶髪にしても、教師は生徒に対し内面を充実させたらどうか、いうだけだ。家庭の問題だという。見識であると思う。入学式に金髪の男子学生がいた。少し、びっくりした。しかし、金髪の学生がこうした学校の配慮を理解して、一生懸命勉学に励んで欲しい。夕食のときに、冗談で、話しかけた。「金髪にしたくない。?」「したくない。」こんな話を県立高校に通っている長女にすると考えられない。身なり検査かあり、髪を染めることは絶対に許されないといっている。こんな自由な学校に通っていると文字通り、何事も自己責任だ。
2010.04.21
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今日は、ほん太はいない。合宿である。朝、ドタバタして出掛けていった。母と子のトラブルに巻き込まれて朝6時50分に起こされた。集合時間に間に合ったのだろうか。新入生ばかりの合宿で楽しいものではないだろうか。最近口数はすくなっなったが多くの人と沢山会話をしているだろう。今日は、全校生徒一同会しての合宿だ。明日は16回目の誕生日だ。16年前の信州は、桜満開であった。あれから16年大きくなった。
2010.04.14
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ほん太は、私立の高校に行くことになった。よくは知らないが、私立はどこも土曜日授業があるようだ。姉は、公立高校に行っており、土曜日の授業は、気の毒な気がする。特に学校の先生は、もし、月から土まで勤務しているとしたら、先生も気の毒だ。私学も本当は土曜日を休みにしたいが土曜日に授業をやっていることろがあるので生徒確保のためにやむなくやっているのが実情だろうか。土曜日も授業があることをどのように考えるべきか。多くの親は歓迎するかも知れない。私は反対だ。まあ、ほん太は自分で選択したことだ。
2010.04.09
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ほん太には、高校になったら携帯を買ってやるといっていた。今日、代理店に行って、購入した。代金ゼロ円のつもりで購入する予定でいた。本人が気に入ったのは最新製のもので、高額なものであった。我が家では、子どもが買いたい親は買わない場合は、半分を親は出してやることにしている。そんな約束で購入することになった。新製品なので、明後日入荷するそうだ。うれしそうな笑顔だった。我が家ではこれで4人全員が携帯をもったことになった。明日、ほん太は高校に身体検査に行く。
2010.03.23
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ほん太の受験があり、延び延びになっていた妻の誕生日を日曜日にリゾートホテルに出掛けてやってきた。晩御飯を終えてから、コテージに戻った。小さな別荘風でいい雰囲気だ。大声を出しても近所迷惑にならない。シャンペンで乾杯した。家から、小さなキーボートを持参してみんなで合唱したりした。子どもたちに妻に贈りものをしていた。私は感謝状を作成しプレゼントは時計に贈ることにしてカタログを渡した。スキーをしたり、温泉に入ったり、ショッピングをしたり、家族の絆を感じり、一時であった。
2010.03.22
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ほん太のチャレンジは終わった。自由な雰囲気の学校に行く。高校に行ったら水泳を復活したいというぽん太には、その学校に温水プールがあることは、うれしいことだろう。ほん太は、公立中学を卒業して学力よりも人とのコミュニュケーション能力が身についたようだ。家では、その面影がないが、テニス部の部長として後輩を丁寧に指導していたようだ。色紙にそのようなことが書いてあった。(また、親は知らないと思っているらしいが、女の子とも付き合っていたようだ。女の子用のプレゼントを見つけたことがあったが、このことは、妻にも内緒にしている。)たのしい中学だったら、いいことだ。・・・・・正月も妻の誕生日も先送りしきた。次の連休久しぶりに出掛ける。軽井沢だ。少し贅沢をしたい。子どもたちは、スキーをやりたいという。・・・・思えば12年前スキー場で長女が足の骨を折ったこと山の上から麓まで救急車できた。麓の病院では当日日曜日で整形外科が担当医がいなかった。入院を余儀なくされそうだったが、懇願し、さらに整形外科を求めて地方都市の整形外科の病院へ石膏で固められた娘を抱えて、最終の列車で自宅に戻った。その際、ほん太は不安そうに長女を見ていた。そんな長い日を思い出す。そんなガラスのようだった子どもたちも逞しくなった。・・・・・もう、子育てもおわりかなあ。少なくともこれからは、少し遠くから見守っていきたい。・・・・・4月はほん太16歳さくら満開のあの日から16年かあのとき子育てに不安な時代ほん太が高校に行く日は遠い遠い日と思っていた。その遠い日がやってきた。目熱いものが流れてくる。
2010.03.17
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卒業式の歌が「仰げば尊し」から「旅立ちの日に」なっている。荒れた中学を合唱の力で変えた。そんな経緯の歌だ。卒業式というより出発式「旅立ちの日」という時代だ。昨日は、我が子の中学の卒業式であった。来賓としても招待されていたが、父兄の一員として出席した。市長が他の学校で祝辞をのべるために、これまで教頭が市長の祝辞を代読していたところ今日から、執行部のどなたがが、代読することになった。市役所の元福祉部長で現理事が市長の代わりに来ていただいた。おそらちく、市に戻り、みなで卒業式の雰囲気を語り、市の幹部が共有されてのではないでしょうか。ところで、贅沢な願いをいうならば、代読からさらにご自分の言葉で挨拶をのべるところにいって頂きたい。同じ朗読でも他人の書いた文の朗読と自分の書いた文の朗読とは、質の差異がある。法曹の関係者の集まりで裁判官、検察官、及び弁護士の関係者の挨拶がある。裁判官、検察官は、もっぱら原稿を読んで挨拶している。弁護士は原稿がない。あるとき、挨拶した弁護士に尋ねたことがあった。「先生、完璧な無駄のない挨拶でしたね。原稿を見なくて、すごいですね。」「実は原稿を書いて、何回も事務所で練習をしたのです。原稿を読んでの挨拶はしたくない。」なるほど完璧さの陰に努力がある。その努力を感じさせない努力があるのである。横道にそれたが、いずれにしてもわが子も義務教育を終えた。他県の制度もしらないが県の入試制度には、いろいろ考えさせられる。業者テストの偏差値で私学が入学保証する。・・・・・同級生180人ある子はバレイを極めるためにロシアの学校に留学する。ある子は静岡の野球学校に進む。未知の世界に夢を追ってチャレンジする子どもたち5年後の成人式どんな体験をして再会するのだろうか。卒業生の旅立ちの日の合唱が印象的だった。旅立ちの日作詞:小嶋 登 作曲:坂本 浩美 編曲:松井 孝夫--------------------------------------------------------------------------------白い光の中に 山並みは萌えて遙かな空の 果てまでも 君は飛び立つ限りなく青い 空に心ふるわせ自由をかける鳥よ 振り返ることもせず勇気を翼にこめて 希望の風に乗りこの広い大空に 夢を託して懐かしい友の声 ふとよみがえる意味もない いさかいに 泣いたあの時心通ったうれしさに 抱き合った日よみんな過ぎたけれど 思い出強く抱いて勇気を翼にこめて 希望の風に乗りこの広い大空に 夢を託して(※)今 別れの時 飛び立とう 未来信じて はずむ 若い 力信じて この広い 大空に(※)繰り返し--------------------------------------------------------------------------------・・・・・・さあこの広い 広い 大空に飛び立とう未来を信じて卒業おめでとう
2010.03.14
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こどもと話をしているときときどき切れそうになるときもある。そんなとき、その後を想像してみる。そこで切れるをやめることが多くなった。話してもわからないと思いときもしはなすのをやめるのが懸命だ。理解しない相手に諭すことは困難なことである。これは、仕事の関係で法教育といることから学んだことだ。その過程で法的対話があり、法的対話の起点は傾聴ということだ。これまで、ともすると話をしているときつまらない相手の話の場合話を遮って、こちらの話を畳かけることもあった。しかし、傾聴を意識して話すと最後は相互に理性的に終わることを体験する。すなわち、傾聴することにより相手は自分のことを尊重していると形を理解するからだ。我が家のことも達ともこの対話を日々実践して生きたい。
2010.03.09
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反抗期気味で一切両親の助言に聞く耳をもっていなかった。しかし、最後の追い込みに12月中旬からつきあった。ぽん太が「救い?」を求めてきたのである。そこで、太不得意な英語を中心に手助けした。約70日で約7~8冊の参考書をこなした。繰り返し繰り返し、参考書をやらせた。いまでは、英語が得意科目と言っている。1週間前の期末試験では、先生が「実力があるのだから、もっとがんばれ」といわれたような成績だったといっていた。ほん太は、これまで大変な不本意な成績を付けられていたところ、先生に上記のようにいわれて、まんざらでもなく大変喜んで私に告げた。この間(12月中旬から3月始めまで)自宅で冬休みは、朝7時から8時30分ころ新学期は7時から8時土曜日、日曜日は事務所で午前9時過から昼まで試験直前は3週間にわたって事務所で夜8時ころまで以上勉強をしていた。驚く集中力であった。ところで、はじめのころは、大変だった。日本語と英語の違いを理解していない。日本語主語→・・・・・→動詞。 英語主語→動詞→・・・・・。繰り返し、繰り返し、やった。ほん太にいった。バイオリンでも基礎の練習の繰り返しこれが英語でも時同じであることを教えた。いまでは英作文もかなりできるようになったといっている。約70日間のコーチングだった。ほん太中心の年末、新年、2月だった。気がついたら3月になっていた感じである。試験を通じてほん太も親のアドバイスを理解するようになった。ほん太にいった。注文し毎月送られてきている(4月から3月)基礎英語2のテキストを指し後2週間くらいやったらどうか。「アーイ」とうそぶくながら、答えていた。試験前は素直に助言を聞いていたが終われば、また横柄な態度になりつつある。・・・・来週は卒業式だ。春休み温泉でもいって自分にご褒美をあげたい。
2010.03.06
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ご挨拶が遅くなりました。本年も宜しくお願いします。今日成人式でした。わが町の成人式に行ってきました。もっと新成人中心の式典にすればいいと思うが、格式ばったもので当然に多少騒々しいものでした。・・・・・・我が家も、長女が後3年長男が5年後か 大きくなったものだ。最近長女には、議論を吹きかけてている。「音楽は何ですか?」と音楽の先生から、解釈の主体性を問題にされているそうだ。「あなたはこの曲をどういう風に弾きたいの?」と質問されても、答えられないという。だから、前述の様な質問をした。今までは、ただ好きで音楽をやってきた。これからは音楽を職業にするか、趣味にするか。学校の管弦楽部でコンサートミストレスになったそうだ。新年の役所の仕事初めには知事はじめと職員の前で演奏したそうだ。・・・・さあ、正月も終わりだ。
2010.01.11
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最近子どもたちと話をすることも少なくなった。それぞれ信じる道を歩んで欲しい。夜というより未明に仕事を終えて家に帰ると長女の部屋から目ざましの音楽がなりつづいている。後で妻に聞くと朝3時おきたいそうだ。朝、少し練習をして、朝6時に学校に行って練習室の予約をするそうだ。反対に長男が服のままで寝ていることもある。長男は最近勉強することの意味を少しは理解してきたようかな。音楽も勉強も信念でやって欲しい。その先の夢を求めて・・・・そして、私も、学生時代、やりたかった音楽(フオークソング)を再開したいと思っている。文字通り、それぞれの道だ。市民会館が午前中なら、2万円位で借りれる。私も練習をしてまあ、観客のいない市民会館で家族で発表会だ。
2009.10.01
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最近、娘の発表会から遠ざかっていた。昨日何とか間に合った。バイオリンを初めて12年昔、高校生の演奏を聞いてすごいと思った。小さい子もいた。どんな思い出で娘の演奏を聞いたのだろうか。私がバイオリンを勧めキラキラ星からプロコイエフ?までに
2009.08.26
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それぞれの夏が終わろうとしている。みんなそれぞれせわしく、今年も家族ではどこにも行かなかった。長女は、音楽中心の長男は、中3のそれなりの生活を送っている。長男が野球を友達と見に行くと言っている。私は「人生は選択だ。」そして、私なら「行かない。」と言ったが・・・・選択の自由何かを得、何かを失う。私の夏は私は約1,000キロドライブにつきる。電車の旅は、手持ち無沙汰。車の旅は、自分の意思で旅している感じ。郷里房総の海美ヶ原高原夏の思い出だ。
2009.08.23
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8月14日、長野県上田市の無言館を訪ねた。坂を上がると小さな教会の様な建物があった。 入り口がわからない。美術館のような入り口に表示と入場券売り場がないのである。恐る恐る、戸を開けて、入ると展示室の中だ。 いきなり、戦没画学生の作品の中だ。舞台の袖からいきなり舞台に出された感じだ。 何のこころの準備なく、・・・・・戦死した年齢が24歳とか・・・・ 普通の美術館なら、来館者の様子は、特段特記すべきことはない。ここでは、来館者の表情がみな重い。沈黙の美術館だ。 美術の専門家ではないが、まだ、初級のような作品もある。でも、彼らは、これ以上腕を磨く機会は永久にないのだ。 この絵画らが「無言」で叫んでいるようだ。「もっともっと絵を描きたかった。」と。 戦時広報に死亡の通知が淡々と記載されていた。絵の好きな画学生は、多くの当時の日本人同様に特段、戦争について良いとか、悪いとか思わず、これが、日本人の定めとして受け入れて、戦地に向ったのだろう。 家族恋人景色等々さまざまな題名の絵画があった。 ・・・・・購入した本にこんなタイトルがあった。「すすり泣きの聞こえる美術館に来たのは初めてです。」 このような遺品が物語るように無名の多くの人々の人生が敵、味方問わず、奪われたのである。
2009.08.17
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他にもブログがあり、そちらの方に時間をとられ 最近こちらのブログがおろそかになっている。長女は、音楽三昧の生活で長男は、受験生で話題がないことも重なる。先日、食事時に「海に行かないか。」都尋ねたが、回答はなかった。小さいときの夏の関心事は、今年は海に行けるかどうか、であった。ある年、海に連泊した。朝から晩まで夢中で過ごした。子どもが砂遊びに夢中になるように・・・・・我が家の子どもたちが小さいとき、沖縄八丈島房総半島伊豆半島等にそしてケアンズもあった。もう大きく鉈子どもたちにはそれほど興味もないようだ。・・・・夏の北海道の海海岸でたき火をしながら海水浴をしている。沖縄の海は暑かった。・・・・仕事場から海まで約2時間恋する海にいってみるかな一人でも
2009.08.03
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長女と次のような会話をした。 世界史はセブノートを作ることにした。 そうだね。暗記用のノートはいいかもね。今世界史はどこやっているの。 ルネッサンスのところ。 ルネッサンスになんなの。 キリストのなんとか、よくわからない。 そうだ、家に漫画日本の歴史があるね。それの世界史買ってあげようか。 買わなくていいよ。。こんな会話をしながら、家にある漫画日本史は、妻も弟もときどき読んだりしている。早速、町に出かけて、漫画世界の歴史全22巻を自宅まで持参してきた。高校時代は、世界史の中に溺れていたが、今は少し距離を置いて読めそうだ。しばらくは、我が家の知的レベルの向上しに役立つかも知れない。いずれにしても、世界史の知識に穴が空いていることを自覚した。
2009.06.13
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昨年のNHKの合唱コンクールの中学校の課題曲手紙ー拝啓十五の君へ楽譜を勝ってきた。歌詞を読んでみた。・・・・・拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう 十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです 未来の自分に宛てて書く手紙なら きっと素直に打ち明けられるだろう 今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を信じ歩けばいいの? ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて 苦しい中で今を生きている 今を生きている 拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです 自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる 荒れた青春の海は厳しいけれど 明日の岸辺へと 夢の舟よ進め 今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は 自分の声を信じ歩けばいいの 大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど 苦くて甘い今を生きている 人生の全てに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて Keep on believing 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を信じ歩けばいいの? ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は 自分の声を信じ歩けばいいの いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど 笑顔を見せて 今を生きていこう 今を生きていこう 拝啓 この手紙読んでいるあなたが 幸せな事を願います ・・・・どういうわけか、自然に涙がにじんできた。どんな風に歌ったらいいのか、参考にユーチューブで聴いてみた。今度は涙かほとばしってきた。泣いてしまった。そして思い出した。歌詞にあるとおり、15歳を中心として、始まる10代の後半不安な毎日であった。文字通り「今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を信じ歩けばいいの? ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて」の言葉は、当時の自分のようだ。ユーチューブで合唱をしている学生が、涙を堪えて泣いていた。あるいは、こらえ切れずハンカチで顔をおっていた。まさに子どもたちは、そんな不安の中で歌詞に共感しているのだろう。・・・・・わが子らも、口には出さず、程度のことがあるが、同じ気持ちではないだろうか。・・・・青春とうい言葉は私には、悲しくも、また哀しいものだ。子どもたちにはこの歌詞をかみしめて、今を生きて欲しいそれにしても作曲者のアンジェラ・アキさんはどうして、子どもたちの気持ちを理解する作曲ができたのだすうか。おそらく、ご自身もそのような体験を踏まえられているのではないだろうか。是非、ユューチュウブで、アンジェラ・アキさんそして学生の歌を聴いてみて欲しい。きっと、なにか感ずることがあると思う。
2009.06.08
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この大型連休は長女が音楽の合宿でいない。ポン太は一人っ子の様におとなしかった。3人で、都心のレストランに出かけたり、私と妻とは、w大O講堂に憲法記念講演会に出かけたりとりあえず、よい休日だつた。連休最後の今日は、長年お世話になった車を雑巾で拭いてやった。ところところに擦り傷があった。汚れを落としながら、いろいろな思い出が浮かんできた。手放すのが惜しくなった。3人でデーラーに行って、この車と今度購入する車を並べて、皆で記念写真を撮った。 新しい車にどんな思い出を詰めることができるのか。
2009.05.06
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私は、タンスの奥から5月人形と鯉のぼりを出した。ベランダに鯉のぼりを挙げている家は私の家でだけのようだった。そしてスーパーで菖蒲を買ってきました。帰宅した子は、5月人形と並んで写真に収まり、菖蒲湯に入った。夜、明日デーラーに行く4輪駆動車を最後のドライブに出かけた。この車も残し、車2台の選択肢もあるが、1台の車を皆で使う事に意義がある。余り悪路をドライブせず、宝の持ち腐れのようだった。ペーパードライバーだった妻も車を恐る恐る運転しだした。
2009.05.05
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今日は、長女のバイオリン発表会だ。グラズノフの協奏曲を弾くそうだ。その先生の門下では上級生になった。先生は、もとポン太の先生だった。ぽん太のために探しまっくり、出会った先生だ。ぽん太がバイオリンをやらなければ、 長女をその先生との出会いもない。ぽん太は、その先生がバイオリン最後の先生だが長女は、その先生のもとで飛躍しようとしている。人間のうちに秘めた能力は、出会いによって出るのだろうか。人生は巡り合わせだ。その出会いを大切にするか、しないかであろうか。
2009.04.26
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最近、新聞をとっていない家庭が3件ばかりあった。専門学校で教師をしているとき、新聞を読んでいない生徒が沢山した。まず新聞をとることが、市民生活の前提であるとアドバイスをした。前記の3家族には高校、中学、小学生がそれぞれいる。親として、子どもの成長を願っているはずだ。家計を切り詰めるとしても、新聞は最後のはずだ。話の中で、今どんなことが問題になっているか、質問したが、答えは沈黙であった。なんといっていいのだろうか。社会にいろいな出来事がある。そんな出来事に目を向け、文化欄もあり、人間に夢も与える。家に新聞がない家庭の子どもはどのように成長するのだろうか。おそらく、この家族の中には、このまちに住民運動があったこと派遣切り、裁判員制度など無関係な生活を送られているのだろう。それでも、子どもたちには思慮深い人間になって欲しいはずだ。その手はじめが、親子で新聞を読んで、会話することがあるとおもう。(因みに、ぽん太は小学校4年生ころから、新聞を読み出した。)
2009.04.23
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