こっぱんの日記

こっぱんの日記

2014.10.02
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カテゴリ: 美術・博物・展示
今日は午前中は、録画していたテレビ番組、「阿久悠」、「安土城最後の日」などを見て過ごし、午後からは難波高島屋で開催されている「名取洋之助展」を見に行った。写真家としての「名取洋之助」の名前だけを知っている程度で詳しいことは知らなかったが、この展覧会を見て大きな業績を遺した人だということが分かった。

名取洋之助(1910~1962)は、昭和初めから戦後にかけて活躍した写真家。この展覧会の副題として「報道写真とデザインの父」と書かれていたので、ニュース写真家かと思っていたが、そうではなく日常の風景や生活の断面を切り取ったものである。現代を切り取るという点ではニュース性があるのかも知れない。

18才で渡独し21才で報道写真家になる。23才で帰国後も欧米の写真誌に写真を送り日本の実像を伝えた。アメリカのLIFE誌にも彼の写真が何度も掲載され高い評価を受けた。対外写真雑誌NIPPONを1934年に発刊し36号まで続いた。戦後は、1950年に岩波写真文庫のシリーズを発行し、1959年まで286冊を数えた。名取学校の生徒には、土門拳、三木淳、稲村隆正、長野重一、亀倉雄策、岡部冬彦などがいる。

展覧会には写真150点のほか、グラフ誌などの資料100点が展示されていた。

画像は、左:パンフレットおよび右:関連サイトより。左:アメリカ撮影中の名取1937、NIPPON7号1936、摩天楼から紙飛行機を飛ばす紳士1937、先住民ニューメキシコ1937、NIPPON創刊号1934、LIFE1937.1.11.号、右:名取、展覧会場内、中国麦石山石窟1936、ベルリンオリンピック1936、NIPPON表紙、同、週刊サンニュースの一部、岩波写真文庫の一部。
141002natori

1.報道写真家になる
  ・日本 1935  6点
  ・朝鮮・満州 1936  7点
  ・ドイツ 1936 32点

  ・NIPPON 1934―1944 36号まで36点
  ・アメリカ 1937 46点
3.名取学校について
  ・週刊サンニュース 12点
  ・岩波写真文庫 1950―1959 数10冊展示
  ・SHANGHAI 1938 1点
  ・CANTON 1939 2点
  ・華南画報 1939 5点
  ・MANCHOUKUO 1939 4点
  ・COMMERCE JAPAN 1938 7点
  ・カウパアプ タワンオーク(東華画法) 22点

  ・日本 1954 6点
  ・中国 1956 37点
4.再びの写真家
  ・ヨーロッパ 1959- 29点
   没後「ロマネスク」として出版。



また、1962年の告別式での識者からの弔辞7人分の要旨が35分のビデオにまとめて流されていた。





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Last updated  2014.10.02 17:31:40
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