2006/05/30
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カテゴリ: シャートなお話
この町に出て来る前、僕には一人の恋人が居た。
暮らしていた村を囲む森と同じように静かで、それでいて心の強さを感じさせる眼差しの娘だった。

渓流で見つけた翡翠の原石から創り上げた勾玉を彼女にわたし、僕は五月晴れのある日村を出た。
本当は、誕生日のお祝いに、そんな石ころでなくて、素敵なプレゼントを贈りたかった。
だから、彼女のために、もっと稼ぎたかったから、僕は町に出ることにした。
深い緑色をした勾玉が、静かに微笑んで見送ってれた彼女の胸で、ゆっくりと揺れていた事を思い出す。

町に出てきて、無我夢中で暮らしていた。
秋の訪れも冬の兆しも知らず、僕はあっという間に過ぎ去る日々を、一人で暮らしていた。
春が来て、いつの間にか一年が過ぎていたことに、ようやく気がついた或る日、僕はその女(ひと)に出会った。


五月のもうひとつの誕生石が、エメラルドだということを知ったのも、そのときだった。
その女(ひと)には、まさしくエメラルドの奥深い輝きが相応しく、僕は夢中になった。

彼女に見詰められると、僕は何もかも投げ出してしまいたくなった。
語る口調、さりげない身振り、そのすべてが洗練され、田舎と都市の違いを見せつけられる思いだった。
そして、心安らぐどこか懐かしいその雰囲気。
彼女と暮らし始めて、僕は恋人を忘れた。

或る日、ふと彼女が大事にしている宝石箱を開けてみて、不思議なものを見つけた。
フェルトで包まれたそれを解くと、中から深い緑色をした勾玉がひとつ出てきた。
それは、僕が村の恋人に創ったもののように見えた。
そして、その横で燦然と煌いているのは、僕が彼女にあげた、エメラルドの指輪。

翡翠と翠玉。

ひとつは静かに、ひとつは艶やかに・・・
僕は、五月晴れの陽を背に受けながら、ずぶずぶとその緑色の中に沈み込んで行く様な気がして、ぞくっと身を震わせた。





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最終更新日  2006/05/31 07:08:49 AM
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