KoHaNeの心の手帳

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2025年02月26日
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カテゴリ: 日記



おはようございます。(二度目)
今日は今日で日記を書きたい気分なので綴っていこうと思います。


二度目の結婚は地元からほど遠く方言も強いところで慣れるまで大変でした。
でも、そこで唯一感謝することがあるのなら。
職場で尊敬する先輩方に出会えたことです。今でも忘れません。
介護の仕事が好きになったのも、介護福祉士の資格まで取れたのも先輩方のおかげです。
本当にありがとうございました。それだけはとても苦痛と悲しみに満ちたあの地獄のような日々の中で唯一素敵な時間でした。多分先輩方がいなければ私は今ここにいません。

繰り返される伴侶のジサツ未遂と救急車と数か月単位の入院。
ニートになって引きこもりになってしまった彼をなんとか支えようとしましたが

私は外で稼がなくてならないし、私自身もうつ病を抱えながらだったのでそれだけでも辛いことでしたが、義理のご両親に頼んでも何もしてくれないどころか義理の妹さんの結婚、妊娠のお祝いに呼んでくる始末。どう喜べと??という感じでした。
義理とは言え妹ですし、年下ですし、こちらは姉なのに煙草をふかして煙を吐いて挨拶もしてこない、こちらが挨拶してもうなづくだけのひとたちをどうこの大変な時に祝えと????
本当にあれはつらかった。義理のお母さんにおめでたいことは重々承知ですが、こちらとしてはお祝いする余裕もないので行けませんと伝えてもご本人が仕事終わりの私を見つけてチャイム連打。
信じられませんでした。あなたの息子ですよ?何とかしてください。

何度も離婚を考えて、でも何度も一度目の離婚を思い出して私が悪いんだ、私の我慢が足りないんだと一人で考えてがんばろうとしての繰り返し。
摩耗していくのがわかりました。
事故にあって怪我をして看護師さんに「家族は?」と聞かれたときに咄嗟にでたのは「すみません、いないので会社の人に連絡してもらえますか」でした。
既婚者なのに家族がいないと頼れないと思った時
何針も縫うけがをしたのに誰も心配してくれない時
そして、ひきこもりなのに夜中に人のお金でコンビニに行き爆買いし爆食いする彼。
退行し子供のような100キロ近くまで増えた彼の世話。

ああ、しねないのだと思いました。何をしても飛び降りはやったことがありませんが。
いろいろな方法を試みた気がします。

そして、度重なってでた彼の「しらない、僕のおかねじゃないし」という言葉に
もうだめだ。働いても働いても感謝どころか何もしてくれないどころか害だ。と思った時に
我慢の糸が切れたような音がしました。


父母は相変わらずで、貴方が悪いと、二度も離婚するなんて、と思っているようでした。
だから私は外に話を聞いてくれる人を求め、そこで彼氏と出会うことになるのですが。
付き合ってすぐ隣の隣の県へ引っ越ししてしまい中距離になってしまいました。

其の頃は外国人の多い介護施設で働いていましたが、特養ということと、外国の方の団結力というかさぼり癖というか辟易し、休憩時間も休憩室で歌を歌ったり大音量で歌を流したりと好き勝手。
一概に外国の方とひとくくりにしてはいけないとわかっていますが、死ぬほど忙しかったでした。
一人でこの仕事量どうしたら終わるの?と思うほどです。いや、無理な量だと思います。

オムツを三人交換、トイレに行きたいと言われれば何度も何度も(認知症のため)つれていき、夜のお部屋の準備をしつつ、ユニット外に出ていかないように見守り、記録を書き、突然放尿する方の行動を見つつ、歩き回ってる方も見守りつつ、食事の準備。
もうここだけで無理だと思うのですが。。新人なのに日本人だからという理由であれこれ仕事を言われパンク寸前。
元々のスタッフさんからしたら私は新米なのに注意してくるなんてと批判。
胃が痛かったですし、家でもいろいろとあり。
パニックになったのでしょう。仕事終わりに彼氏のもとに泣きつきに行きました。
その結果、親からは絶縁されてしまい。
そこでその時の彼氏と同棲をすることになりましたが、一緒に住んでみないとわからないものですね。
なんと、、モラハラ男でした。
食品はそれぞれこれという食品、潔癖のけがあり洗い物や洗濯などの細かいところにも指定、あとなんだったか。もう細かいルールが多すぎてでも、こちらからのお願いは一つも聞いてくれなくて。
結局別れました。
ただこの県、精神科の病院が異様に少なく病院に困りました。

そこから、職場運というか人間関係が最悪で。
男の職員にしか反応しない上司や仕事を押し付けてくる看護師、陰口を目の前で言う看護師に仕事を押し付けイライラしていたのを上司にチクる看護師。
無関係の部署で仕事知らないはずなのにちくちく行ってくる謎の人や男性職員と仕方なく残業しているだけなのにロッカーから私物を盗っていったり、あらぬ噂を女性職員に流し無視をくわだて皆の前でぐだぐだ陰口を聞こえるように言うお局。
結論、病みました。

仕事は自分で言うことでもありませんが、できました。
でも、心が持たなくて職場を転々としているうちにぽっきり折れてしまい
家の外に出るのが怖くなりました。
買い物もいけず、調味料を食べつつ水道水を飲んで過ごしました。
そんな私の状況を察したのか偶然なのか、しのうとした私のところに久方ぶりに母から電話がかかってきて、声で何かを察したのか状況を伝えると仕方ないから帰ってきなさいと地元へ帰郷。

髪はざっくばらんに切りそろえられ、動くこともほぼできない私はそこで療養し
とりあえず、めまい、吐き気、倦怠感、体力低下、頭痛、続く発熱に幻覚、足ムズムズ症候群、胃痛などの症状がありましたが、
やっと落ち着くまでになりました。
もちろんまだ完全にない日は稀ですが、寝込む日は本当に少なくなったと思います。
この状態に戻るまで1年程かかりました。今では外にも出れるようになってますし、家事も少しずつして、B型ですが通えています。

うつ病って本当に時間がかかるのだなと心底思います。
どうか、焦らないで少しずつ良くなっていきたいです。
もしうつ病に苦しんでいる方がいたら、一緒に焦らずいきましょう。





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最終更新日  2025年02月26日 06時59分56秒
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