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5月20日 AM2:00に私の実家の近くに住むおっちゃんが亡くなった。今日は結婚記念日でもあったそう。泣きながら話すおばちゃんの顔を見ながら私はとても胸が痛かった。余命2年と宣告されたのは、つい数ヶ月前のこと。それじゃ、これからは色んなことしようねっておばちゃんと話してたのに、おっちゃんは逝ってしまった。。。うちの両親は私がまだ幼い頃に会社をはじめた。4人も子供がいて、毎日仕事で大変な両親の姿を見て、おっちゃんとおばちゃんが私を見てくれると言ってくれたらしい。出会った頃の記憶はない。小さかったから・・・でも、覚えてることも沢山ある。おっちゃんとお風呂に入ったこと。おっちゃんの家の石鹸はとってもきれいな色をしてて、半透明の赤い石鹸だった。おっちゃんと新幹線を見に行ったこと(これはかすかに覚えてるくらい)、おっちゃんと買い物に行ったこと、おっちゃんの家には珍しいものが沢山あったこと、おっちゃんと一緒にご飯食べたこと。本当はおっちゃんより、おばちゃんと一緒にいた時間のほうが長いけど、思い返してみると結構沢山の思い出がある。両親の仕事が落ち着き、おばちゃんも仕事に行きだしたこと、私が思春期に入ったこともあって、しばらくの間、おっちゃんとおばちゃんと接する時間が減った時期があった。それが、何を機にしてかは分からないけれど、気がつくとまた近くにおっちゃんとおばちゃんがいた。うちの玄関を開けて背伸びをするとおっちゃんの家の玄関がなんとか見える。朝、学校に行こうと玄関を出ると、畑に水をあげるおっちゃんの姿があった。そんな時遠いところからも手を振ってくれたおっちゃん。道ですれ違うときも絶対に手を振ってくれたおっちゃん。どこかに出かけたら必ずお土産を持ってきてくれたおっちゃん。年末には餅つきをしようと必ず誘ってくれていたおっちゃん。何かあると必ずおっちゃんは声をかけてくれた。成人式の日、挨拶に行った。おっちゃんはいなかったけど、おばちゃんは涙を流して喜んでくれた。おっちゃんにも見てもらいたかったなあ・・・結婚式、韓国までおっちゃんとおばちゃんは来てくれた。おっちゃんはその夜に食べたものが悪かったのか食あたりになって、帰りの日もすごい顔色悪くて、、、それでも、別れ際には「幸せになれよ!」って言ってくれた。日本に帰ってからも「ご飯食べにおいで」と、しょっちゅう言ってくれた。ユラコムの七五三のとき、私は着物を持っていないので、おばちゃんに貸してもらいに行くと、着物を広げながら「お前にはこのほうが似合う」といってくれたおっちゃん。しかも借りただけじゃなくて、本当にもらってしまった。お嫁さんもいるのに。。。でも嬉しかった。ずっと大事にするからね。そんなおっちゃんが急にいなくなった。体が悪くなったとは聞いてたけど、おっちゃんのことだからまたすぐ元気になって野菜作ったりする姿を見れると思っていた。だから、かなり悪いと聞いても「またまた~」と思ってた自分がいて、もっと顔を見に行けばよかったと今になって後悔している。亡くなる前日に母と一緒に会いに行った。薬のせいで意識はなかった。横でおばちゃんが私と母が来たことを伝えると、眉間が少し動いた。ふっくらしてた顔も痩せて見るのが辛かった。人ってこんなにも急に変わってしまうものなのだろうか・・・そして今日の夕方、家に戻ってきているおっちゃんに会いに行った。亡くなってから時間がだいぶ経っているので体は硬直していた。でも、おっちゃんは寝ているだけにしか見えなくて、私が「おっちゃん」って呼ぶと、「お~来たか~」って言って今にも起きてくれそうな感じだった。とてもきれいな顔だった。おっちゃん、一緒にまた韓国行こうなって言ってたのに、一緒にチヂミしようなって言ってたのに・・・早すぎるわ。でも、おっちゃん、ありがとう。今までほんまにありがとう。ゆっくり休んでな~。おばちゃんのことは、私もうちの家族もちゃんと守っていくから、心配せんとゆっくり休んでな。もっともっと沢山言いたいことがあるけれど、何から話せばいいのか分からなくて・・・おっちゃん、、、ありがとう。。。ありがとう。。。ありがとう。絶対に忘れへんからね。
2007年05月20日
昨日の日記の続きのようなものになるけれど・・・さすがに昨日は腹が立って夜もなかなか寝れなかった。そのうえ、ユラコムに薬を飲ませたら鼻は少しは収まったものの、今度は夜中に咳き込んで何度も目を覚ましていた。「薬飲ませんとこう」とママコムは思った。でも、昨日の夜から咳が酷くなった気がしたので、小児科に行くことにした。いつも行っている小児科ではなくて、何回か行った事のある小児科。ここを選んだ理由は、ユラコムはここなら大丈夫そうな気がした・・・ただそれだけの理由だった。先生に昨日の耳鼻科での様子、薬のこと、夜の咳のことなどを伝える。ここの先生は口数は少ないが、子供にはとても優しくしてくれる。←と、ママコムは思う。体温を測るときにユラコムは少し怖がっていたけど、そのほかは怖がらずに診察終了。もちろん、今回は耳は診てもらってない。ユラコムもコワイだろうけど、ママコムも怖かった。子供が泣いている姿を見ると、とても胸が痛くなる。診察室から出てきたユラコムは自慢げな表情で、「ユラコム泣かへんかったやろぉ?」と言っていた。偉かったゾ!!!これくらいの子供って耳鼻科が嫌いなんやろかぁ??耳の掃除ってちゃんとしてるのかな??ユラコムの耳を覗くと、すごい耳垢が溜まっていて、取りたくなるけどユラコムが嫌がるので取らせてくれない・・・どうすれば耳掃除が好きになるのかな??いい方法がないかな??あと、耳鼻科を好きになる方法は??ママコムの課題がまた増えました。良い方法知ってる方ぜひとも教えてください!!追伸:今、ユラコムは気持ちよく寝ています。今日違う病院に行って良かった~
2007年05月15日
ちょっと前から鼻水&鼻づまり気味だったユラコム。日に日に症状は酷くなってきて、鼻水も透明から黄色い粘り気のあるものに変わっていった。ちょっと耳もさわってるような感じだったから、もしかしてまた中耳炎になったのかなと心配になった。昨日の夜、ママコムは小児科に行こうか耳鼻科に行こうか一人悩むもし中耳炎だったら、一週間後にはまた耳鼻科に行かないといけないし・・・前に友達の結婚式で子持ちママに風邪でも耳鼻科に行ってるという話も聞いたし・・・でも、やっぱり慣れてる先生(小児科)の方がいいかなあ。あ、でもこの先生に耳を診てもらったときに痛かったせいでユラコムは耳を診られるのが嫌になったしなあ・・・で、ママコムは耳鼻科を選択。ユラコムをいつもより少し早めに保育園に迎えに行き病院へと向かった診察室に入る前にママコムはユラコムに必死に話しかける。「先生が耳診てくれるけど痛くないからね~」「お鼻もきれいかなあって見てくれるよ~」とりあえず、少しでもユラコムが前向きになってくれるように頑張った。名前が呼ばれ診察室へ。‘ここはどこだ???‘という表情を浮かべるユラコム。先生の顔をチラッとみてみるママコム。かなりの無愛想男である。しかも顔もコワイこんな人にユラコムはちゃんと耳を見てもらえるのかと不安になる。ユラコムを膝に乗せ、症状を伝えるママコム。フムフムとうなずく医者。ここまではまだ大丈夫だった。が、先生が耳を診る器具を出したとたん、ユラコム大暴れ必死に宥めようにも全くユラコムには聞こえてない様子。すると先生。何もしないでユラコムをうっとうしそうな目つきで見ている。ママコム、その目つきに少しキレたでも我慢我慢と自分に言い聞かせて、ユラコムを説得。すると横から、「そんな事言っても分からないんだし、早く押さえつけて!!!!」と一言。その言葉にまたまたキレたママコムでも、我慢。先生も無理やりユラコムを押さえつける。その上ため息と、睨み、時間が気になるしぐさの繰り返しで、とうとう、ママコム限界に来た。「あんた!!それでも医者か??????」と、言いそうになった瞬間、先生の態度が変わった。何か妙に優しい。診察室での医者の態度にママコムは徐々に腹が立ち、目が充血しておまけにアイラインが取れてきたのだろうか。医者のユラコムに対する態度が許せないママコムの顔はとてつもなく酷い顔だったのだろうか・・・限界まで来たときに、自分が医者を睨んでいたことはなんとなく覚えてるけど。。。それからは「耳は大丈夫ですねぇ。鼻の薬を出しておきます」で、終わり。ユラコムはずっと泣いていて、診察室をでたら今度はママコムが泣けてきたこんなことなら小児科に行けばよかった。小児科じゃなくても、もっと調べていけばよかった。と、自己嫌悪に陥るママコム。今日の医者に一言いいたい。「あんたは、自分の子供がどこか悪いときにでも今日のユラコムのような態度で接するんか??」今日は心から「医者が何様やねん」と憤りを感じた日になった。あ、今日の耳鼻科の医者に対してです。他のお医者様方にはスミマセン・・・
2007年05月14日
韓国の今日はオボイナル(両親の日)日本は母の日、父の日と分かれているけれど、韓国は一緒。朝、ウルサンにすむ義母と義父に電話を入れた。でも何度かけても繋がらない・・・不安になってパパコムに連絡してみた。すると、電話が壊れてる、、だった。今度は携帯にかけてみた。電源を切っている。義母にはあまり抵抗なく電話できるけれど、義父に電話をかけたことがあまりないママコム。でもかけてみることにした。切った後、一人ニヤつくママコム。思っていた以上に喜んでもらえたから。良かった。次は義母。しばらく繋がらなかったけど、昼前になってやっと繋がった。義母はいつも喜んでくれるので、電話を切った後はとても気分がいい。もちろん今回もそうだった。私ママコムは、パパコムと結婚してよかったと思う理由の中に、シブモニム(義父母)に恵まれてるからというのがある。前にも何度となく書いたとおもうけど、結婚する前は怖くて仕方なかった。パパコムとは一緒になりたいけれど、義父母とこれからどうやって付き合っていくのかと考えると不安で不安で、結婚をやめようと思ったこともあった。そんな不安を抱えながらも結婚の準備は進みとうとう2日前には気持ちが自分でも抑えきれなくなって、義母の前で号泣してしまった。すると、不思議と気持ちが楽になった。義母も一緒に泣いてくれたからかもしれないけど。もちろん結婚してから今日まで来るのに、毎日毎日が平和だったわけでもない。義母には怒られ続け、時にはパパコムにあたることもあった。でも、それがいつの間にか、慣れてきたといったらおかしいけど、自分の中で義母が私に話してくれることが嫌味に聞こえなくなってきた。私のために色んなことを教えてくれる義母、私やパパコムのために夜遅くまでおかずを作ってくれる義母、私が風邪を引いているときには心配してくれる義母、私の下手な料理をほめてくれる義母。気がつけばとても大切な人になっていた。そりゃ~今でも「そこまで言わなくても・・・」と思うこともある。人間だから全てに満足できるわけでもない。でもこれはお互いにそうだと思う。義母も私に対して不満もあるだろうと思う。でもそれをあえて口にはしないで、少しずつ分かるように話してくれる。これも義母にとっての優しさなんだろうと思う。義父とはあまり話はしないけれど、いつも見守ってくれているので感謝している。今はこうして韓国と日本で離れているので、会って直接感謝の気持ちが伝えられないけれど、毎年毎年、シブモニムに対する気持ちが強くなっているのは確か。オモニム、アボニム、感謝します。
2007年05月08日

今日はユラコムのお友達とお出かけしてきたこのお友達はユラコムが週1で通っている講談社のすこやか教室で知り合った。ユラコムのクラスはユラコムとMちゃんの2人。最初は少ないなあって思ったけど今はこれで良かったかもと思っている。ユラコムがレッスン中はママコムとMちゃんママとお話タイム。これがまた良い人で、ママコムの話もいっぱい聞いてくれるし、とっても楽しい。そこで、今回一緒に遊びに行くことになった。こむせまり家もMちゃん一家にもGWに家族で旅行ってのがないでもさすがのGWに遠出はできない。なので、いつものママコム&ユラコムのコースだけど、琵琶湖博物館に行くことにした。ユラコムはMちゃんと遊べるのでとてもウキウキMちゃんママが家まで迎えに来てくれたとりあえず、どこかで腹ごしらえということでファミレスでランチ。今日は暑かったのでサラダうどんを食べた。お店を出て博物館へ。いやあ~びっくりした 空いてるだろうと思ってきてみたら、多すぎたでも、ここまで来たんだし・・と中に入った。中は水族館があるんだけど、魚より人の数が多かったと思う。ま、でもこれもGWの記念だと思い込むママコム。人が沢山いたけど、子供たちはそれなりに楽しんでくれたよう。良かった・・・お昼寝を全くせずに家まで帰ってきた私達。散らかってる部屋だったけど、こむせまり家で少し遊んだユラコムはお友達が遊びに来てくれたのがとても嬉しかったみたい良かったねユラコム。Mちゃん、またいつでも来てね。待ってるよぉ
2007年05月04日

ママコムは今日から連休に入ったGW前は‘今年は何しようかな~♪‘なんて楽しいことばかり考えていたけど、結局何も決まらないまま連休を迎えることになったが、久々に家族でバーベキュー(そんなに良いものでもなく飯盒炊爨というほうがいい??)に行こうとジジコムが言い出し、急遽みんなで行くことに。ただ、残念なことにママコムの兄コムは旅行に行くらしく、一緒に行けなかったあ、もう一人忘れてました・・・パパコムも今回は不参加。韓国での仕事が忙しくてGWにはというか、2月から帰ってません早く帰っておいでぇ~なので、こむせまり家からはママコム&ユラコム、ジジコム、バアバコム、ママコムの弟一家、ママコムの姉一家(お義母さんも参加)の大人子供合わせて計13人で行くことに。場所は滋賀では有名な永源寺の近くの川(すんません、それしか名前分かりません)。うちから車で1時間弱の所にある。小さい頃に行った事があるらしいけど、全然記憶にない。うちもかなりの田舎で、空気もきれいだけど、ここ永源寺はうちとは比べものにならない。水も空気もきれいで、ちょっとオバサン入ってるかも知れないけど、‘人間、こういうところに住むべきだ!!‘と何度も言っていたママコム。マイナスイオン、マイナスイオンと深呼吸しまくったジジコムが穴場を発見したので、みんなで荷物を降ろして準備に取り掛かる。ママコムと弟の奥さん&姉の旦那さんの3人で火を熾す作業を・・が、これがなかなか難しいと、そこにバアバコムが登場。彼女は見かけによらず大胆で、今回も何をしてくるかと思っていたら、バキバキとそこらじゅうの木を素手で折りだし、炭の上にドサッ。あっという間に火が熾ったさすがバアバコム子供たちは楽しそうに遊んでる中、私ママコムはせっせと肉焼き当番。横でバアバコムは‘遅い‘だの‘焦げてる‘だの文句を言っていたけど、それでも頑張ったママコム。やっぱり外で食べる肉は旨いちょっと焦げてたけどそれもまた美味しいんだわ本当はここで一杯といきたいところだったけど、帰りはママコムが運転することになってたので我慢した家族で飯盒炊爨に出かけるのって何年ぶりかなり小さい頃だったような気がするんだけど・・・そんなに長居したわけでもなかったけど、なんか楽しかったなあ・・・って思ってるのは私だけ??またみんなで行こうね。
2007年05月03日
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