光透波(ことは)の泉【デジタル版】 しあわせの波紋
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー神道最高神「天照大神」の真の正体は、「イエス・キリスト」であった…。これが、このシリーズの結論でした。そのことを如実に示しているのが、日本神話の中でも唯一「天照大神」が主人公の神話、「天岩戸開き神話」です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「天照大神の天の岩戸開き神話」……………地上が暗闇、常世の長鳴鳥(鶏)●「イエス・キリストの死と復活」……………地上が暗闇、ペトロの鶏『失われたイエス・キリスト「天照大神」の謎』(飛鳥昭雄・三神たける)を参考に、前回まで見てきたように、それぞれの話には興味深い一致があります。と、いうよりも、イエス・キリストの死と復活を、天照大神が主人公の「天岩戸開き神話」の最深部に組み込んだということになるようです。時代はイエス・キリストの死と復活が、紀元33年。天岩戸開き神話がある「古事記」「日本書紀」の成立が8世紀。ですから、原始キリスト教の集団「秦氏」が、シルクロードを通じて、日本へやってくる、あるいは、日本へ原始キリスト教が伝来されるには、十分な時間があります。★天照大神と天鈿女命(アメノウズメ)★天の岩屋に籠もった天照大神を、再び外に出すのに、大きな役割を担ったのが、天鈿女命(アメノウズメ)でした。今回も、同書を参考に見ていきます。その部分の神話を見てみると、以下のようになります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアメノウズメが岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りをして、胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。この声を聴いたアマテラスは、何事だろうと天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているというのに、なぜアメノウズメは楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、それを喜んでいるのです」と言うと、アメノコヤネとフトダマがアマテラスの前に鏡を差し出した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、このことについて、同書より引用してみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまさに、天鈿女命を特徴づけているのは、踊りもさることながら、全面に出した「性=セクシャリティー」である。このセクシャリティーが他の神々を笑わせ、天照大神の関心を引いた。天照大神にとって、もっとも身近な女性は、天鈿女命であると言っても過言ではあるまい。(『失われたイエス・キリスト「天照大神」の謎』)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★イエス・キリストには妻がいた??★一方の、イエス・キリストの死と復活場面をみると、これに対応する女性はいるのでしょうか。天鈿女命のように、性を全面に出した女性は…と見ると…。います!!母親のマリアではなく、もう一人のマリア、マグダラのマリアという女性がいました。しかも、この女性、もと娼婦であったといい、以前イエスによって、悪霊を祓ってもらったと聖書に記されています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアにご自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。(マルコによる福音書第16章9節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー性を全面に出しているという意味では、「天鈿女命」に通じるものがあります。さらにもっといえば、同書で指摘されているように、このマグダラのマリアは、イエスが復活して一番初めに姿を見せています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアにご自身を現された」(「マルコによる福音書」第16章9節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー天岩戸開き神話においても、一番最初に天照大神にまみえたのは、まさに「天鈿女命」でした。マグダラのマリアと、天鈿女命。ともに、イエス・キリストと天照大神が復活してから、一番初めに出会った人物だということになります。となると…。そう、両者は重なってきます!●「マグダラのマリア」=「天鈿女命」!「秦氏=原始キリスト教徒」という視点で見ると、「天鈿女命」の名前には、重要な意味が込められていることが指摘されています。ここで重要な部分は何か。「天」と「女」はよく使われますので、大事なのは、「鈿(宇受)=ウズ」だといいます。一般的には美称句「貴」のことだと言われるそうですが、「ウズ」は、意外なところへと結びついていきます。秦氏のメッカ、秦氏の中心地とも言うべき場所。そう、京都の「太秦(ウズマサ)」の「ウズ」!!「太秦」の謎については、第102幕「太秦の真意」で紹介しました。そこでの飛鳥昭雄氏・三神たける氏の著書から引用します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「アラム語でイエス・キリストは「イシュ・メシャ」と発音する。ところが、だ。アラム語は、メソポタミアからオリエント一帯に広く使われていた言葉であるため、地方による訛りが非常に強い。東のほうへ行くと、「イズ・マシ」とか、「イザ・マサ」などと発音される。さらに東へ移動して、インド北部あたりまで来ると、「ユズ・マサ」などと発音されるようになる。――賢明な方は、もうお気づきだろう。これが「ウズマサ」である!エルサレム教団が東へ東へ移動していったなら、その過程で言語が訛っていったはずである。イエス・キリスト=「イシュ・メシャ」という言葉も、いつの間にか「ユズ・マサ」「ウズ・マサ」と転化して言ったのではないだろうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつまりは、こういうことです。●「太秦=ウズマサ」=「ウズ・マサ」=「ユズ・マサ」=「イシュ・メシャ」=「イエス・キリスト」!!実際は、「イエス・キリスト」から、「ウズマサ」へと転化していったとみることができます。そして、「ウズ」に対応するのが「イシュ」=「イエス」です。となると、「天鈿女命」=「アメノウズメ」の「ウズメ」の意味が見えてきます。「ウズメ」=「ウズ・メ」=「イエス・女」=「イエスの女」再び引用を。引用ばかりですみません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「イエスの女」とは、何か。常識的に考えれば、「イエスの妻」となるだろう。はたして、マグダラのマリアがイエスの妻かどうかは、今のところ判断のしようはない。だが、イエスにもっとも近い女性という意味で、「イエスの女」と呼ばれても、決して不思議ではないのである。「初代教会の伝説を記したエウゼビオスの『教会史』は、マグダラのマリアは「イエスの妻」だったという記録がある。もちろん、現在のキリスト教会では、これを認めていない。あくまでもイエス・キリストは独身で、マグダラのマリアは妻ではないと主張する。」(天照大神の謎)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイエスには妻がいたのかどうか、真相はわかりませんが、ともかく、マグダラのマリアと天鈿女命は、重なってきます。これもまた、イエス・キリストの死と復活が、天岩戸開き神話に込められているというひとつの傍証にはなるでしょう。
December 15, 2006
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