ブルー&ぶるー

2008/11/30
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以下の文章は数年前にパソコンバージョンのブログに載せたものです。


















もう二度と,同じ過ちを起こさないよう,そして失った子をほんの数週間でしたが,私のおなかの中で生きていたという証にするために,

この記録を残すことにしました。

2003年10月1日(水)アルビの練見。途中で急に喉に違和感を感じる。咳が出始める。風邪かな。と、大して深く考えず。

2003年10月4日(土)鳥屋野潟公園にて子供祭り開催。具合のほうは相当悪く,咳が止まらず、微熱も続く。

しかし、荷物運搬係りだったため休むわけにも行かず,出席。でも、テントの後ろでうずくまるか持参してきた本を読んで一日を過ごす。

家に帰ってきて,川崎戦のビデオを見て,さらに落ち込む。

2003年10月6日(月)食後,急に胸やけが。生理が遅れていることもあり,どうもおかしいと思い,

検査薬を買って検査。はっきりと陽性反応。



若い頃から三人子供を産むと言うのは夢でもあり,ダンナにももう一人欲しいと常々言っていた。しかし,ダンナはいらないというし、

出来たんじゃないかと思われる時期も何度かあったけど、すべて空振り。もう私の体は妊娠できなくなってしまったのかなとおもい、ほとんどあきらめていた。

そんなしているうちに,アルビにはまり,もうこの先の人生,アルビで行こう!!なんえ思って矢先だったため、かなり動揺してしまった。

でも、出産前後数ヶ月休めばまた見に行けるわけだし,何も一生はなれるわけではないので,大丈夫だと思った。

2003年10月7日(火)ダンナに妊娠したらしいことを話した。私の思っていた反応とはまったく違っていた。

一言目には「なんかブルーになってきた。」

二言目には「おろすのにはいくらかかるんだ。」と。

産めばいいという言葉は一言もなかった。まあ、動揺しているのかなとも思い,

「でも、妊娠してたってアルビも見にいけるし,産んだあとも観戦に行くときくらい親に子供預けていってもいいし。」といったら、「それはだめだ。大きいおなかでアルビなんか見に行って,階段から落ちたり,押されて転んだりするようなことがあったらどうするんだ。

アルビはあきらめろ。っていうか,産む気なのか!?」と言われた。

もう、この日でおろすことはきまっていたのかも。今から思えば。



計算上では今週末で七週目に入ることになるため、そろそろ決断しなくてはならなくなり、だんなと話し合う。

出来れば産みたいと言う思いもあったが、経済的なことが一番大きな問題となり,おろす決心をする。

2003年10月15日(水)病院へ行き,中絶の予約をする。そこで,おなかの赤ちゃんの写真を目にしてしまう。

すごく辛くなり,こらえきれずに病院のトイレで涙を流す。やっぱり産みたい。

この子を殺してしまうのは残酷でかわいそうだし、私自身も辛い。



お金のことを考えてみろ。この先家のローンはあがる,税金も上がる。住宅控除もなくなる。ボーナスもカット、そのうちなくなる可能性もある。上の二人の教育費もこれからかかっていくばかり。

そこへもう一人生まれてみろ。ここにすむことさえ出来なくなるかもしれないんだぞ。


と。

ああ、もうあきらめなきゃいけないんだと思った。

2003年10月20日(月)目に見えてつわりが悪化。今までは食べた後に吐き気がしただけだったのが,食べ物の匂いをかいだり,考えただけで気持ち悪くなってしまう。

もうだめだという気持ちの問題もあったのだと思うけど,とにかく具合悪くて,仕事から帰ってきても,よこになって、ほとんど何も出来ない状態。

2003年10月23日(木)手術日。

9時に入院。

病衣に着替え,子宮口を開くための処置をする。そのまま一時間安静。

点滴もはじめる。トイレにいったらおしっこをするための力加減がつかめず

何度トイレにいっても残尿感が残る。

12時50分。手術室に移動するためのベッドに移動し,おしりに注射。そのまま30分安静。


13時20分。手術室に移動。ベッドに横になったまま運ばれる。なんか、ドラマを見ているようだった。手術室と書いてある扉が開かれる。頭に

帽子がかぶされる。周りに4,5人の看護婦さんがつき、それぞれ名前を言って,挨拶。だんだん胸がいっぱいになってきて涙が浮かんでくる。

先生が来て,点滴から麻酔を注入、眠くなりますよ…といわれ,「あ…やだ…」と思う間に眠りの中へ。目の前は真っ白な状態。周りがガヤガヤ騒がしい感じ。

話の内容までは聞き取れない。なんかうるさいなあ…と思ったところで目がさめる。目の前に手術台の照明が見える。

あ…今私寝てたんだ…とおもったとたん下腹部に激痛が。まだ手術中でした。痛みで顔がゆがみ,口でハアハアと荒い呼吸をしていると,

隣についていた看護婦さんが,「痛みますか?」と聞くので,うなずき,歯を食いしばっていると先生が「もうすぐ終わるので,がんばってください。」と。

終了後,足の付け根に温かいタオルのようなものを乗せられる。しかし下腹部の痛みはとれず,坐薬挿入。

その後,病室に戻る。痛みで口呼吸になったため、軽い過呼吸状態に。しばらくは痛みとの戦い。二時間安静。

その後,診察を受け,ダンナが迎えにきて帰宅。

自宅では車があるにもかかわらず私がいないことに学校から帰ってきた娘が不審に思い私の携帯に電話するがもちろんつながらず,義母に電話。

家まで駆けつけていた。とにかく今回のことは親には一生の秘密にしようということだったので言い訳に苦労したけどなんとかごまかして一安心。

不思議だったのが,あんなに苦しかったつわりがまったくなくなり,朝から何も食べていなかったことと重なり,食欲がものすごく,夕食で三食分食べた感じ。

夜には出血もなくなり,そして興奮もあったのか,落ち込んで考えることもなく一日が終わる。

2003年10月24日(金)大事を取って今日も仕事を休む。会社ではさぞかし不信がられていることでしょう。

最低限の家事をした後はほとんど横になって一日を過ごす。

午後テレビをつけたら『真実一路』をやっていて、ちょうど出産シーンだった。それを目にしたとたん涙があふれてきてとまらなくなった。

私も産みたかった。でも、どんなに思ってもあの子はもうここにはいないんだということを実感した。

見ていられなくて電源を切る。

2003年10月26日(日)今日はアルビの試合がある日。8時半にスワンにつき,開場を待つ。しかしいつものような興奮がなく,

なんとなく試合を待つ。アルビに対する集中力が欠けてしまった。何処からか隙間風が入って来ている感じ。

朝から出血が始まる。同時に下腹痛も起きる。

試合開始。

上野さんとマルクスのゴールで勝利。そして久しぶりの無失点勝利。

とても温かい気持ちになりました。ありがとう、アルビ。

いつまでも落ち込んでいたらいけないな。もう終わってしまったことなんだからクヨクヨしていても

しかたないんだな。と思った。

2003年10月29日(水)予後検診。

まだ、出血と下腹痛はあるけど、徐々に良くなりますと言うことで、あっさり終了。

おなかの大きい人と一緒にいるのはかなり苦痛なので早く終わってよかったけど。

夜,布団に入ってからまた突然悲しみが襲ってきた。

やっぱりあの子を産みたかった。出来ることならもう一度妊娠して今度こそ産みたいと切実に思う。でも、その子はあの子ではない。

あの子には今後一生会えることはないんだと思うとホントに悲しい。あの子はこの世に生まれてくることなく死んでしまった。

生まれてきて,うれしいことや悲しいこと,楽しいことや苦しいこと,いろいろなことがある人生を生きるチャンスを与えてあげることが出来なかった。

本当にごめんなさい。辛い。

術後一週間たつけど、日ごとに悲しみや後悔が大きくなっていっているかもしれない。


2003年11月1日(土)最近,携帯をFOMAに機種変更した。ダンナは,今日一日で相当使ってしまった。と言っていたので,何でそんなに使ったのか聞いてみたところ,

アダルトの動画を見まくっていたらしい。携帯にそんな馬鹿みたいにお金かけられないから,やめてくれといった。

それについては承知したものの,一言,なんかモヤモヤしてきた。と。

私の中の血がものすごい勢いで逆流していく。「悪いけど,私,そんな気ぜんぜんおきないから。」というと、処理だけでもして欲しい,と。

絶対いや。今の私はそんなこと考える余裕もないし、そういう行為自体もそうだし、考えることも自分の中から排除したいのに。悲しくなって涙が出てきた。

どうしても出したいなら,他でして来て。私はそれで全然かまわないから。と言った。


しばらくしてから、俺が悪かった。自分本位過ぎた。反省してる。と言ってきたけど,もうすごくすごく嫌な気分だった。

だいたい、手術後も毎日のように体を触ってくる。子供の前でも。昔からそうだけど。


以前から嫌だったけど,妊娠してから術後一週間は胸もパンパンに張って,ちょっと触れるだけで痛いのに,ホントに嫌。

痛くて苦痛。心も苦痛。何でこんなに我慢しなくちゃいけないんだろう。

2003年11月2日(日)出血は終わりに近い。赤黒くなってきたし,量も減ってきた。たまに思い出したようにワッとあるときもある。

でも、もうすぐ終わりなんだと思うと寂しい気がする。

出血のある間は、あの子のかけらがまだ私の中にいるような気がするけど,終わってしまうと言うことは何もなくなる。

本当の無になってしまうんだな。あの子は。と思うとこのまま出血が続いてもかまわない気がする。

2003年11月3日(月)今日はなんだか鬱。ふっと気を抜くとすぐに涙がこぼれてしまうんじゃないかと言うくらい不安定。

何か今日暗い。とダンナにいわれたけど、別に普通。と答える。

こういうときは一人になりたい。誰ともかかわりを持ちたくない。

2003年11月4日(火)なんだか何かに追われているような落ち着きのなさ。

動機がして,何をするにもあせった気持ちが先に出る。持っているものをぽろぽろ落とす。

夕飯のとき普通に持っていた味噌汁をぽろっとひっくり返したのには自分でもびっくり。


急に力がが抜けた感じ。気づくと最近良く物を落とす。一日一回ではすまない。

最近だけでいくつ食器を駄目にしたんだろう。心のゆとりのなさからきているのかな。


2004年3月14日(日)毎日あの子のことを思わない日はなかったけど、今日ほど後悔の波にもまれたのは久しぶり。

向井亜紀の「生まれてくれてありがとう」を読んだ。

二人の子供を代理出産で授かるまでのことを記録した本。

読んでいてたびたび胸が痛くなった。私のしたことがどんなに罪深いことだったのか。許されざるべきことをした、と深く後悔。

でも、生活のために仕方なかったと自分に言い訳。そうじゃない。

そもそも妊娠して困るなら、しないように努力をするべきでなかったのか。

でもでも私は産みたかった。まわりが許さなかった。って罪を責任転嫁したくなる。それもまた罪。

あ~もう!どうしたらいいんだろう。出来ることならもう一度五ヶ月前に戻って違う決心をしたい。でもそれはかなわない。どんなに思っても、もし、どうしても諦めきれなくてもう一度妊娠をしてもそれはあの子じゃない。あの子は二度とこの世に生を受けてくることはない。それなのに私はこんなにのほほんと生きていていいのかな。許してもらえるのかな。そんなわけないじゃん。

一生罪を償っていかなくてはいけないと、思う。





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最終更新日  2008/12/01 08:22:52 AM


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