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子供達がまだ小さい頃、クリスマスには多くのお父さんと同じようにサンタクロースになってプレゼントを贈った。やがてサンタの存在を子供達なりに疑いだし、そしてこの役目から退職した。子供達には何時までも夢を見ていて欲しかったのだが仕方のないことだ。大人気ない輩が幼い子供の夢を壊すのには腹が立つが、人の口に戸が立てられないと昔から言う。それにしてもハラハラさせられたのは「そのサンタはパパ」という歌だ。いい曲だと思う。クリスマスソングとしては欠かせないのも事実だ。がそれだけにこの一節だけは何とかならないものかと本気でなやんだ。クリスマスソングには必ず入っているのでこの曲が流れると、疑いを持ち出した頃、子供達は「あれ」と言って私に疑問をぶつけてきた。その度に私は「本当のサンタさんの子供の話なんだ。サンタさんがパパでいいね!」と言い続けたものだ。が、やがてこの曲を聴いても子供達には何の反応も無くなり、以来二度とサンタは本当にいるのかとは聞かなくなった。それと共に子供達は自分でプレゼントを私たちに用意するようになった。お小遣いも少ないので、母親のプレゼントは私にそっと相談してきて、買い物にまで付き合わされた。そして支払いの時になると決まって不足分は私が払うのだった。それが何とも当たり前のように付き合わされた。そして、それが私にとって、嬉しく、とても幸せな時間に感じたものだった。プレゼントは私にもあった。それもクリスマスの日まで私は知らない。きっと母親と相談して、私の場合と同じように用意しているのだろう。そんな子供達もみな成人してしまった。男の子ばかりの3人の息子達である。今同居しているのは3番め息子、この息子だけが今でもプレゼントをくれる。しかし、再来年の春には社会人。そして家を出るだろう。さて後何回プレゼントをもらえるのだろう。クリスマスの予定はそれと共に無くなってしまう。・・・のかな。あの曲を聴くと今でもハラハラする。ある意味恨めしい。クリスマスソングとしてはいい曲だ。でも子供には、特に幼い子供には聞かせたくないと今でもハラハラしている。
2013年12月15日
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定年後一年契約で仕事をしている。現役時代には11月末から毎週2回、3回はあった忘年会もだんだん声が掛からなくなり、今のところ今年の予定は職場の一件だけである。世代交代は必要なことであるとは認識している。できれば定年と同時に勤めをやめ悠々自適な生活をおくりたい。しかし頼みの年金は65歳までもらえない。40年近く働いてきても60歳定年のルールで新入社員以下の待遇になり、以前の部下に使われる。それができない人はやめて結構との会社の態度。働く体力がないならともかく、まだ元気なうちに寒空の下に放りだされ、ホームレスと同じである。サラリーマンの人生ってこんなにもろいもんなんだ。だからなんとか自力でやれる仕事を見つけようと必死な毎日である。もっと前から準備をしたかったが、副業禁止の規則もあり、行動は限られていた。あと一年、来年の年末には自営業者として独立し忘年会三昧で楽しむぞ。
2013年12月04日
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紅白は何となくNHKに反発があって、自主的には観ていない積りでいる。多くの家庭でもそうだろうが、子供の頃は母親や姉の権力で仕方なく観ていた。今でもあまり好きとは思っていないが、妻の権力でやはり付き合って観ている。そんな中、不思議に思うのは、子供の頃、美空ひばりさんの歌には全く感心が無かった。母達が「やはりひばりよね」と見入っている傍ら、全く理解できなかった。しかし、だんだん当時の母親の年齢に近づく頃には、ひばりさんの歌が少しづつ分るようになり、母もひばりさんも亡くなった今、本当に聞きたいなあと思っている。歌の好みは年齢と共に変わると云う事かなあ!今では、若い今時の歌手には馴染めず、若者に迎合するNHKに対して「権威が落ちたなあ」等と勝手な事をつぶやいている。振り返ってみると、何だかんだ言っても、毎年欠かさず紅白を観てきたのだから感心してしまう。出場者のみなさん!この時を楽しんで下さい!観ている方は、かくも勝手なものですから。(でも、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」は久々に楽しい曲だと思っています)
2013年11月29日
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人は比較の中で生きている。人を比較して批評し、自分を他人と比較し一喜一憂する。絶対的自己の哲学で生きると、周りから変人扱いされる。他人の言葉は無責任であると知りながら、他人の言葉に傷つく。自分は自分と言いながら絶えず他人の言葉が気になる。自らの耳を塞ぎ、聞くもの聞かず、無表情に感情を押し殺さねば自己を貫けない。18歳で子供を持つ持たないも、比較の産物で極めて個人的な事柄である。18歳で子供を持つ女性の数が多いか少ないかで社会の考えは変わる。18歳のママがそれでいいなら、本来他人の口出すことではない。ただ、その存在がまれだからと言う理由で、第三者はあれやこれや言いたがるが、それはそれで、放っておくより仕方が無い。人の考えにまで規制は掛けられないから。言えるのは、無責任な言葉に傷つかない当事者の強さであろう。無責任な中傷を許さない社会のモラルであろう。一生懸命生きていこうとしている者を支えあう周りの人々の優しさであろう
2013年11月19日
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近年このハロウィンって言うのを目に耳にする。詳しいことは知らないが、近くの英会話塾が毎年、「子供達がやってきたら渡してくれ」、とお菓子の包みを置いていく。近所のことなので快く引き受けている。妻も花屋で、「可愛いのがあった」と黄色いカボチャに目鼻口をくりぬいたものを買ってきて玄関先に飾っている。但しこの目鼻口のくりぬいたカボチャは年中見掛けるがこれでもいいのだろうか。実は私の子供のころ、似たような事をした思い出がある。遥か昔のことである。昭和30年代小学校低学年のころ、季節は正確には忘れたが、七夕の頃だったような気がする。年に一回のことだが不思議なことに、その時期になると誰言うこともなく子供たちが集まり、集団で行った。要領はちょっと過激な言葉使いだが、極めておとなしくほほ笑ましい行事であった。それはまず、空き缶の底に五寸釘などで穴を多数開け、針金で持ち手を付け、片方の丸く開いた所からロウソクを入れて、カンテラを作るところから始まる。そして暗くなると近所の女の子や男の子が混じった数人の仲間を作り、繰り出す。その時の言葉が前述の少し過激で、次のようなものであった。「ロウソク出せ、出せよ!出さないとかっちゃくぞ(引っかくの意味)!おまけに噛み付くぞ!」これをカンテラを灯し、道を歩きながら合唱し、家があるとその玄関先でより大声で呼びかける。すると、基本的にロウソクをもらうい皆喜ぶのだが、中には飴などのお菓子や当時10円のお小遣いをくれる家もあった。予想外の出来事に驚いたりしたものである。子供心にロウソクでいいのに、と思ったものである。何故ならロウソクが無くなった時点でこの楽しい集まりも解散となるからである。これは昔からの住人には当たり前の風習ではあったが、初めて引っ越して来た住人にとっては、かなり驚いたらしい。そんな事もあってか、何時のころからか、学校から注意があったようにも思うが、この行事は途絶えてしまった。今では懐かしい日本版ハロゥインの思い出である。
2013年10月29日
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とにかく早い。 家で食事をしていても、一番早く食べ終わる。 結婚して子供ができ、実家へ帰った時、亡くなった母に言われ、初めて気が付いた。 ショックでした。「子供がまだ食べ終わらないのに、一人だけ席を立つもんじゃない。」ってね。 そうですよね、自分だけ、さっさと食べ終わって、テレビや新聞を読みに席を立つなんて。 食事の時間は家族との大切な時間、ちゃんと子供や妻の顔を見て、みんな好き嫌いなく食べてるかいとか、今日の食欲はどうだろうか、元気が少しないかな、今日はなにするの、何したの、などの会話とか、何よりも美味しい食事を作ってくれた妻への感謝。 そういったことが父親であり一家の主の家庭での仕事では、と気づかされ、大いに反省した。言い訳を少しすると、早く食べるのには理由がある。 それは会社で昼食をとるのだが、約700名の従業員が一度に食堂で食事をする。 従って早く食べないと、次の人の邪魔になる。だから会社では皆食べるのが早い、しかも仲間うちで一緒に食べるので遅れるとまずいと、つい早く食べる癖がついてしまった。 しかし家では違う。私の直したい食べ方はやはり「ゆっくり食べる。」である。
2013年10月12日
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