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田園が青々して綺麗… New! すずめのじゅんじゅんさん

2012.01.17
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カテゴリ: 本・記事より
今日は朝から裏日本では貴重な冬晴れスマイル

神戸の震災の日ですね

思えばあの日寝ていても大きな揺れで目が開きました

「大きな地震だな~」
朝起きてきてTVから見る映像に

3ヶ月後のゴールデンウィークにイチローの試合を見に行きました
その当時イチローはオリックスにいました

腕に「頑張ろう神戸」のエンブレムをつけて。



そこはまだ焦げ臭い臭いがしました

去年は津波、神戸は火に。



でも人間はどんな辛い状況にあっても
希望を失わなければ
何とか前へ進めるものです



図書館で見つけた本に
「フリードル先生とテレジンのこどもたち」を読みました

第二次世界大戦のヨーロッパに
ナチスドイツの支配下にあった
テレジン収容所にいた子供たちのことが書いてありました

1万5000人の子供たちで


そんな収容所生活の中で、
フリードル・ディッカーという先生が
「元気を出せ」と言葉の上で励ましたのではなく
共に楽しかった事を語り合い
一緒に絵を書く事で

「子供たちは、みな学校が好き
 美しいモノが大好き
 そして何かを作り出すことは
 生きる力になるはず」という信念でした

生き残ったディタ・クラウスさんは話します

「収容所の生活は本当に辛いものだったけれど
 それよりももっと悲しく辛いと感じたのは
 助け出されて、「もう家に帰っていいよ」と言われた時でした
 明日はどうなるかわからない状態のときより
 健康がある程度回復したら自分で生きていくことを
 考えなくてはなりません
 その時に初めて私には何もない、帰るべき家もない
 待ってくれる家族もない
 学校も仕事もない。喪失感なんて言葉では表せない
 自分が立っている場所さえ失ってしまったような気持ちになった
 ある時期、一番辛かったことは
 どうして自分だけが生き残ってしまったのだろう
 亡くなった人が取り上げられるたびにそう思った
 そんな時友人にあった。
 泣けなかった。
 泣けなかった。
 友人は言ってくれた

  生きて良かった。亡くなった人の分まで
  幸せになってね。亡くなった人達はそれを願っているのだから」

  その言葉で私は立ち直った 















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最終更新日  2012.01.17 13:26:46
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