madokaのADD(ADHD)徒然日録

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2011年05月27日
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カテゴリ: ADD(ADHD)的交々
私にとってのNGワードがあります。それは、

『母親失格』

こうして文字を書くだけでも涙が溢れてくるくらいダメな言葉です。
人間失格と言われるほうがよっぽどマシ。

この言葉を面と向かって言われると大泣きします。
冗談で言われても泣きます。
この言葉を使われなくても、そういうニュアンスの話をされた時はひどく心を揺さぶられます。

まぁ泣くケースは旦那の前に限られますが(他人がストレートに言うワケないですもんね)

多くのADHD(ADD)の方がそうであるように、私は昔から自己評価が低いです。

トロでドジでマヌケでも気にしませんでしたし、人からどう言われようが傷つくことも腹の立つことも全くありませんでした。かえってそのことをいじられるくらいのが楽だった気もします。

私が本当に自分の「出来なさ」を思い知ったのは数年前。新居での子育てが始まってからでした。

もちろんその前にも仕事などで行き詰ることはありましたが、その頃はちょっとストイックな傾向があり『何事も努力次第』と信じきっていたので、『努力しても出来ないことがある』なんてことは頭の片隅にもなかったんです。(←このストイック傾向のせいで心身がヤバクくなった話はまた今度^^;)

さて、娘が生まれてから約1ヶ月と20日。信州の実家(帰省出産)から東京の新しい家に移り、家族3人での生活がスタートしました。
しかし初日から【家事】という大きな壁にぶつかってしまったのです



手をつけても次の行動にどう移ったらいいのか分からない。
物事の順序も優先順位もまるで分からない。
時間が読めない。時間の使い方が分からない。


結局、掃除も洗濯も料理も、家事と呼べるものは何一つまともにできず、何もかもが中途半端

唯一出来たのは娘のお世話(授乳とオムツ替え)だけ。

たったそれだけなのに、とてつもない疲労感で、私は娘を抱いてソファーにもたれたまま動けずにいた。
自己嫌悪に苛まれながら、娘をギュッと抱きしめ、溢れ出る涙をどうすることもできずに「ごめんね・・・ごめんね・・・」とただ謝りつづけた。
日が沈んで暗くなった部屋に娘と二人、世間から取り残された気がして孤独で惨めだった。

しばらくして旦那から帰るコールがあり、ホッとして落ち着きを取り戻したが、相変わらずソファーからは立ちあがれなかった。
旦那は帰宅してすぐに電気をつけたが、散乱した家の状態を見ても特に何も言わなかった。


「なんだ~カーテンも閉めてないのかぁ」と笑って言った。

悪気のない旦那の言葉が胸に突き刺さった。黙る私を不思議に思って旦那が顔を覗き込んだ。

「泣いてるのか!?」

言われた瞬間に箍が外れた。役立たずな自分への強い自責の念と、旦那が帰ってきた安心感に感情が膨れ上がり、声をあげて泣いた。
(今思えばこの頃は『産後うつ』だったのかもしれません。感情のコントロールがうまくできずによく泣いていた気がします。)


出産前から、家事は産後3ヶ月間はしなくていいと言ってくれていた。
この時も「出来ないことを無理にしなくていいよ」と言ってくれた。食事を作ってくれた。お風呂も沸かしてくれた。ありがたかった。

私はそれまで、自分は頑張れば出来ると思っていた。
〔自分は面倒くさがりなだけで、出来ないわけじゃない。〕〔やる気にさえなればちゃんと出来る。〕そう思っていた。

だから『出来ない事実』に愕然とした。これからどうしたらいいんだろう。
こんなんで子育てができるんだろうか。

≪母親失格・・・≫

私にこの烙印を最初に押したのは、紛れもなく私自身だったのです。

※昨日の続きのための前置きを書くつもりが長くなってしまった~






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最終更新日  2011年06月06日 17時10分25秒
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